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第173回都市経営フォーラム

デフレ時代と中心市街地

講師:藻谷 浩介 氏
日本政策投資銀行 地域企画部 調査役


日付:2002年5月23日(木)
場所:後楽国際ビルディング大ホール

 

1.中心市街地とはどこか

2.中心市街地衰退の現状と原因−「景気」が原因ではない

3.それでも中心市街地は必要か?

4.デフレを前提とした中心市街地活性化の原因療法




 皆様、こんにちは。ご紹介いただきました藻谷でございます。昭和39年生まれの、まだ37歳の若輩者で、先生と呼ばれる年齢ではございません。小学生の頃に石油ショックの激変やノストラダムスの予言の流行を経験し、バブル期にも(円高のおかげで海外旅行はたくさんできましたけれども)大して踊らず、世の中を斜めに見て「そんなに繁栄ばかりが続くはずがない」と思っていたいわゆる新人類世代の一人としての世代感覚で、お話をさせていただきます。
 私は日本政策投資銀行という会社に勤めております。旧日本開発銀行と旧北海道東北開発公庫がくっついた国の銀行でございますが、皆様の中には、そのどちらかがお金を貸してくれなかったとか、肝心なときに役に立たなかったとか、私どものOBの中では一番出世した感のある竹中平蔵先生のマクロ政策のおかげで困っている(?)とか、いろんな方がいらっしゃると思います。ヒラの私がいうのも変ですが、本当に申しわけございません。
 ですが、私どもの会社には結構いいところもありまして、国の一部門としては珍しく、(大して儲かっていないんですけれども)税金の補填を受けずに黒字経営で、不良債権比率も通常よりずっと少なく、担保よりも本来の採算性を念入りに審査して融資をやっております。また、地域振興を非常に重要な仕事としております。それも、単に来た案件にバツをつけて貸す貸さないといっている時代はとうに終わりまして、お金が必要あるなしにかかわらず、まずは地域の中に入っていって、いろいろな問題に直面した皆さんのお手伝いをしながら一緒に考えて、結果的に何かプロジェクトが立ち上がればいい、さらに結果的にそこに融資ができることもあるかもしれない、そういうスタンスでやっております。そういう会社におりますと、いろんないい情報、悪い情報、たくさん入ってくるものですから、企業機密にかかわらないところを交えながらお話をさせていただきます。
 また、今ご紹介いただかなかったんですが、私がこういうところで話をさせていただける最大の理由は、日本の市町村にほとんど行ったことがあって、かつ市町村関係の統計数字や地域特性を非常によく覚えている、というところによるのではないかと思っております。あと5つだけ行ってない村がありますが、そのうちの1つは三宅島で、これはいつ行けるのかめどが立たない。それはともかくとしまして、ほとんどの市町村は2度、3度以上、都道府県だと最低でも10度以上は行っております。さらに、「会社の仕事とか人のお金で行ったのが最初でした」という市町村は2つだけでございます。あとの三千二百幾つの市町村は、最初は必ず自腹で行っております。そういうことに自分のお金と時間を使っているという点では、どんなお年寄りの方にも多分負けないのではないかと思っております。働いているのが有名な会社ではございませんので、行った先に黒塗りの車が待っているということはございません。全部現地集合、現地解散でじっくりと回らせていただいています。駅前再開発があれば、時にはわざと隣の駅でレンタカーを借りて車で入ってみる。いかに入りにくいか、あるいは意外に入りやすいか、客の気持ちで理解できます。当然会社からはそういうお金は出ないんですが、人の金でやったことは身につかない、「アゴ足付きは金は得だが時間の損、人生の回り道」というのが、不遜ながら私の持論でございます。
 最近はおかげさまであちこちからご贔屓にしていただき、昨年度は183回講演をして歩きました。やってみて思うのですが、特定の町の特定地区の振興という話ですと話がしやすい。今まで一番やりやすかったのは、桑名駅前のある通りの特定範囲内の方々相手の話でした。そういう話になりますと、この区画の問題はどこで、桑名市内のほかのところとはここが違っていて、それに対してどうなんだ、という話ができますし、また、どんな場所についてもそれができるのが自分の強みです。逆に、今日のような集まりですと、全員の方が共通にご関心の地域というのはないものですから、立ち入った話はできません。そういう意味では具体性を欠いてつまらないと思いますが、どうか我慢して聞いていただければ幸いです。 (パワーポイント−1)
(パワーポイント−2)
 中心市街地はどこか。市街地衰退の原因。そして、市街地は必要か。デフレを前提とした市街地活性化の原因療法。本日の内容はこの4つです。
 世の中には「デフレは前提じゃない、対策を打つべきだ」という方が多くいらっしゃると思います。ですが、昔から右肩上がりの世界観では生きてきていない我々の世代の人間にとって、今のデフレというのはごく当たり前のことにしか思えない。もちろんデフレにはすごく大きな痛みがあるんですが、「痛いのは嫌だからデフレを退治しろ」というのは、「不老不死の薬をくれ」というのと同じでそうそう通用しないんじゃないか、というのが我々の世代の共通の認識だと思います。
 そもそも、デフレが市街地にとって本当に痛いのかということなんですが、確かに我々金融機関にとってはとても痛いです。ですが市街地にとっては、地価が高どまりする方が痛いのじゃないかと私は思っています。世の中でいわれていることと全然反対かもしれません。何分私は市街地の専門家でも何でもない法学部の出身で、銀行屋で、でも腐るほど市街地を歩きながら無数の関係者と話して回っているだけですので、理論から降ろしてきた考えとかセオリーと全然逆のことをいうかもしれません。講演が終わった後に名刺交換させていただいていると、「私もそう思ってすでに実践してます」とか「目から鱗」などとおっしゃっていただけることもあるのですが、「いやぁ、ユニークなお話をされますね」という方もいらっしゃいます。皆さんは、お聞きになってどうお考えか、本筋だと思われるか、ユニークだとお感じになるか。お楽しみいただければ幸いです。

 それではこれから、実例ビデオをお見せします。愛知県刈谷市の昔々の中心市街地、「刈谷銀座商店街」の今から3年前の秋の姿です。私の話をお聞ききになったことのある方は、どこに行っても同じのを使っているんだなとお感じだと思いますが、当面これに勝る教訓的事例がないものですから、今回もお示ししたいと思います。刈谷のご関係者の方がいらっしゃいましたらご容赦ください。今までもあちこちで会場に、ご出身の方々がいらっしゃたり、あるときは市役所の方がいらっしゃったりしました。おかげさまで、いろんな事実関係をお教えいただいておりますので、適宜ご披露しつつお見せします。
(パワーポイント−3)
 市街地というのは、だいたい日本全国どこでも停滞ないし衰退しているんです。非常ににぎやかなところでも、シャッターをおろすと落書きだらけとか、雰囲気が悪くなっているところが多い。そこで多くの方がこうおっしゃいます。「いやぁ、景気が悪いから、どうにもならん。景気がよくならないと、市街地はだめだね」と。本当でしょうか。私は、今の日本における「景気改善」だとか、北陸における新幹線だとか、室蘭における白鳥大橋とか、四国にとっての3架橋だとか、地元の人が「これが来れば振興する、ないと振興しない」とおっしゃっている(いた)ものの多くは、良くて空手形、多くは単なる現状正当化ツールではないかと思っております。景気が悪いはずなのに史上最高益の大企業もある。逆に「景気がよくなったので市街地が再生した」という例はどこかにありますか?バブルはむしろ市街地の崩壊を早めたのではないでしょうか。そして、景気がいいのに市街地がまったく再生しない典型例が刈谷なのです。
 地元の方にいわせれば、「刈谷の景気も昔に比べれば全然だめだ」とおっしゃるかもしれませんが、全国を横並びに見た場合、とてもそうはいえません。ここはもともと日本3大家具産地の1つで、カリモクとか、由緒正しい家具メーカーが集積しています。しかも豊田佐吉の出身地で、トヨタグループの第二根拠地なのです。単体で売上高が2兆円を超えている日本電装を筆頭に、アイシン精機、トヨタ車体、トヨタ化工、豊田紡織、豊田自動織機と、トヨタ系の6つの1部上場企業の本社と主力工場が市内に集まっているのです。法人市民税と、莫大な固定資産税が市に入っております。市役所の方がおっしゃっていました。「恐らく財政面では日本で一番豊かな自治体です」。そうでしょう。本当かどうか知りませんが、手金で年間300億ぐらい投資しようと思えばできるといううわさを聞いたことがあります。けたが2つ違うんじゃないかと思います。トヨタはベアの問題はありましたが、成果主義給与で一時金がたくさん出ているそうで、また期間工を年収450万円で採用しているという景気のいい話も聞こえてきます。ついでにいうと、名古屋まで快速で17分で通勤できる便利な場所でもあります。
(ビデオ−1)
 これが、そういう金持ちの町の、昔々の中心市街地の、今から3年前の秋の日曜日午前中の姿でございます。今の中心ではなく、昔栄えた地区だということを一応ご認識の上でごらんください。「銀座中町」と書かれたこのぼろぼろのアーケード。最近ついに全部取り壊されてしまったんですが、もっと昔は両側の下町と上町に続く、長い長いアーケードだったそうです。この先の突き当たりには刈谷城址があります。譜代6万石の城下町。尾張徳川を抑えるために譜代の重臣を置いた町であります。今となってはどこが城下町だったのか全くわからないんですが、その昔のメインストリートである旧街道の上に、昭和35年にこんなに高いアーケードをかけている。3階分の高さ。いかに豊かだったかわかります。逆に今では横の家が低くなって、すきまをトタンでふさいでいます。
 アーケードの中にも営業している店が1軒だけありました。昔からの刈谷の住民の方は「いや、昔は横道にもアーケードがあって網の目のような大繁華街だったんだよね」とおっしゃいます。「土日には通る人の肩が触れ合った」とか、「昭和30年代、高校生の頃は、土曜日になると日が暮れるまでここにいた。当時買うもの、食べるもの、遊ぶものはすべてそろっていた」とか。それが、今では多くが更地に戻っています。これは私のレンタカーです。トヨタに敬意を表してスターレットですが、市街地の真ん中の更地に無料駐車しています。番人はおらず、未舗装です。月ぎめ駐車場にするだけの売り上げも出ないので、放置してあるのでしょうか。
 その向こうにはマンションが建ち始めています。ごらんのとおり、ここにも1つ、「市街地再開発&優良建築物整備事業・グランドメゾン刈谷」が工事中です。映像は3年前のものですので、今はとっくの昔にできていますが、市役所の人の話では、できて1カ月で完売したそうです。所得水準は高いし、人口は流入しているし、名古屋にも近いですから、すぐ売れるのです。
 ですが、商店街側は空地のままで、この看板がぽつんと立っています。去年の11月に3年ぶりに見に行ったら、何とまだ立っていました。撮影当時7年目、現在10年目に突入しています。さすが刈谷でトヨタ車体があるからじゃないでしょうか、大変いい鉄でできていまして、今でもさび1つないです。ただ、この高さまで草が生えていたので、しばらく見つからなくて苦労しましたが。この看板こそ、市街地問題といわれるものの本質、なぜ市街地はだめなのかということを示す好例といえます。
 「この用地は平成4年8月から商店街活性化のため商店街の駐車場として商店街が管理運営する」と、3回も「商店街」といっているんですが、商店がないのに、どうして商店街なのか。平成4年8月という日付から、バブル崩壊の始まった平成4年1月の大発会の株式大暴落からわずか半年後に、ここの再開発計画が頓挫したということが推測できます。「今後は車庫がわりの駐車場としては利用することができません」と書いてありますが、店がないのに車がとまっているとは、立派に車庫がわりです。「市街地は商店街だ」と主張し続けているうちに、単なる車庫がわりになってしまった、という状況が赤裸々にわかります。
 さらにその横には廃墟のような空きビルがある。この映像を見たときに、浜松の商店街振興組合の幹部の家具屋さんが、「ワー、懐かしいな。俺、ここの家具屋で修業したんだよね」とおっしゃいました。「いつぐらいのお話ですか」「石油ショックのころだよ。48年、49年ぐらいだ」と。今から25年前には浜松という60万都市から、商店街の幹部になるような偉い老舗の家具屋さんが修業に来るような立派な家具屋があった。
 こっちに行くと刈谷城、反対に行くと江戸、そしてここが町の最中心部の銀座中町の角、そこに家具産地を象徴する老舗の家具屋が立っている。これは銀座4丁目に車メーカーのショールームがあるというのと同じ感覚です。ですが、そういう時代は過ぎ去り、店だったビルは倉庫になっています。この家具屋さんは郊外で立派に生きているんですけれども。
 ここまで説明なしに見ると、皆さん、どこの過疎地の映像を見せているんだとお考えかもしれません。先ほどいいましたが、刈谷市は大金持ちです。右に30度だけ向いてみましょう。ごらんのとおり、彼らがちょっとお金を投じると、いわゆる良好な歩行空間整備と称するものができてしまう。電線地中化はとっくにできている。セットバックもして、歩道も車道も広々。金持ちの商店主は店を立派に建て替えて、横にマンションが建つ。こういう形の「まちづくり」と称するものをやろうと思えば、財政が豊かなのでできるんです。ですがインターロッキングで舗装された歩道を、だれも歩かない。人っ子1人いない。
 そこで、疑問が2つあるんです。1つはそもそも論で、こういう誰も歩かない街路をつくるような「まちづくり」に何か意味があるんでしょうか。それはちょっと置いておきましょう。2つ目は、刈谷市は左側のこの廃墟をなぜ直さないんでしょうか。
 皆さん、大体想像がつくと思うんです。私も市役所の方に一応聞いてみました。このアーケード街から向こうの狭い一角に地権者さんが8人いらっしゃる。こちら側には6人、合わせて14人いらっしゃるそうです。「すみません、その地権者さんって、固定資産税は払っていらっしゃるんですか」。何と1人だけ破産している方がいるんですが、あとの13人は払っていらっしゃるそうです。「よく文句出ませんね」「いや、地価が下がりに下がって、地価と固定資産税の連動が復活していますから」。
 これはご存じの方も多いと思いますが、いわゆる狂乱地価のころ、一緒に固定資産税が上がっていくと地権者が大変つらいものですから、政治的な力を使って地価と税評価の連動を切り離したのです。地価が上がった割に固定資産税が上がらないシステムに変えられました。逆に今地価がどんどん下がっているのに固定資産税が全く下がらないのは、そのときの連動が復活してないからです。でも、地価が狂乱地価以前の水準にまで戻れば、連動が復活して、地価に応じて固定資産税が下がっていくことになります。刈谷市では3年前から連動が復活して固定資産税が下がっているそうです。
「それで、よく市が困りませんね」「いや、おかげさまでまだ困りませんよ」。それは1部上場企業の本社が6つもあるんですから困らない。刈谷市は困らない。ほかの町はどうでしょう。まだ、ほとんどの町では固定資産税が地価に連動して下がる水準までいってません。いずれいきます。いったときに、刈谷のような素晴らしい工業集積がない町はどうしたらいいのか。
 逆に刈谷市に聞きたいのは、「少なくとも400年間続いた城下町・刈谷、地場産業の町・刈谷って、100年後にはどうなっているんでしょうか」ということです。100年後もトヨタの城下町として生きているんでしょうか。そもそもトヨタは100年後にありますか。あると期待したいですが、今と同じように刈谷に拠点を置いていますかね。そもそも車って、100年後にもあるんでしょうか。
 実は町というのはやり方さえ間違えなければ何百年も、博多のように2千年、ダマスカスのように4千年でも続くものですが、個々の企業とか、(まじめな日本人の皆さんの大好きな)産業というものは、そんなに長く続かないことが多い。「まちづくりなんかやってないで、産業振興だ」と多くの方がおっしゃいますけれども、そもそも産業と町というのは、人間の歴史とともに常に昔からあるもので表裏一体、産業だけが一段偉いというのは大きな勘違いです。しかも産業というのは、100年単位でみると耐用年数が来ちゃって、なくなってしまったり、売り上げが縮んで伝統工芸化してしまうんです。ところが町というのは、うまくやれば、耐用年数の危機を乗り越えて永続的に再生できるんです。
 ところが刈谷市は、ある時点で町が再生するシステムを壊してしまって、産業だけで食っていく町に変わってしまったんです。今はもうかるんですが、本当に50年後、100年後も大丈夫なのでしょうか。この話を市役所の方と2人でゆっくり話していたら、問題意識が一致していまして、「この地域に根ざした人間として、本当にそれを考えると青くなってくるんです」とおっしゃっていました。
 町が再生するシステムが具体的にどのようにして壊れたのか。この土地を見ているとよくわかります。マンション建てればすぐ売れることは隣で実証済みです。ところが14人の地権者にはいろんな方がいて、まとまらないんですね。先祖代々この一等地に暮らしてきたおばあちゃんもいれば、「私が死ぬまではタッチしないでくれ、あとはご勝手に」という方もいる。地価が高い頃に土地を担保に入れていて、不良債権化してしまって動きがとれない人もいれば、バブルの最盛期にここを大型店用地にしようとして中途半端に地上げしちゃった人もいる。「マンションにするのでは、期待していた地価の数分の一しか回収できない、商業じゃなきゃいやだ」と、無理な期待を掛け続けている人もいるんです。まとまりようがありません。
 じゃ、市がやったら?もちろん計画はあるんですが、できないんです。いかに金持ちの町とはいえ、こんなところにお金を投資するということは市民が許さない。ほかの町なら「市街地は町の顔だ」とかいえるのかもしれません。ですが、刈谷はその機能が停止してから既に三十何年たっている。だれもここが中心と思っていない。最近まで刈谷に住んでいたというある中年の方が、ビデオを見ておっしゃいました。「俺、20年間住んでいたけれども、この場所知らないや」。昭和30年代に刈谷で過ごしていた方はみんな知っているらしいんですが、昭和50年代以降に刈谷にいた方は全然知らなかったりする。それぐらいに、顔でもなければ、中心でもない状態で、ただのんべんだらりと時を過ごしてきた。そうすると、ここにお金を投下する公共投資に意味がついてこないわけです。これがまさに、デフレ時代の中心市街地の究極の姿です。
 東海道筋というのは大変開発が早かった。昭和39年に新幹線が通っている。ほかの町に比べると、時計が10年から、場合によったら30年ぐらい早いです。ですから、多くの地方都市で私が申し上げているのは、「皆様はこれからいろんな選択をしていきます。そのたびに間違った方を選択していると、10年から30年後におたくの市街地はこんな感じになりますよ」。決して冗談ではないと思っているのですが、どうでしょうか。
 東京の方は、自分にはそんなことは関係ないと思っているかもしれません。ですが、例えば向ヶ丘遊園のように、朝晩は通勤者が歩いているためににぎわって見えるけれども実体はかなり空洞化している町が、ちょっと郊外には増えています。都心部にも、10年、20年以内にこういう感じになっていくところは、いっぱい出てくるのではないでしょうか。皆さん、いかが考えでしょうか。  
(パワーポイント−4)
 では、市街地というのはおしなべてだめなのか。もう1つビデオをお見せしたいと思います。
 もし、アメリカみたいに町という町の市街地がみんな刈谷のような感じになっていくと決まっているのであれば、「もう放っておけば?」という考え方が成り立ちます。ところが、世の中は意外にそうでもないもので、市街地が常識的にはとっくにだめになっていそうなところで、意外に生きているという例があります。今からお見せするのは長崎県の佐世保市です。ご出身の方、行かれた方がいらっしゃるかもしれません。佐世保の商店街を歩いたことがあるという方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか。ちなみににぎわっていましたか?あんまり...ですか。
 街の印象は歩く時間や場所、歩き方で変わってきます。佐世保についても「元気がない、つまらない町だ」とおっしゃる方はいらっしゃいます。ですが、私の知る限りでは、この不利な地理条件、この程度の人口規模、不振を極める産業構造にもかかわらず、こんなに人が歩いている町というのは国内ではほかにはありません。ここに2年間住んでいた私の友人もそう言っていました。
 佐世保市の主産業は造船と米軍基地です。どちらも景気が悪いです。特に円高以降非常に状況が悪い。地理的に見ても九州の北西の端っこでして、用がなければ通ることがない。そこでハウステンボスという遊園地をつくって頑張っているんですが、残念ながらこれはまちとは何も関係ないところにあるんですね。ハウステンボスは市の南のこのあたりですが、博多方面から来たお客さんはここが終点で、来た方や長崎の方へ帰ってしまいます。誰もその先にある中心市街地には来ません。
 また、佐世保市は戦時統合で大きくなった市なので、人口は24万ですが実際は小さな市街地が連続しているみたいなまちで、24万都市と言える市街地はないんです。おまけに2000年時点で高齢化率がもう2割を超えています。住宅は郊外化しているし、郊外の幅の広い国道は一大ロードサイド街となっている。さらにジャスコが市の南外れに店舗面積2万5千平米の巨大なSCをぶっ建てた。そのうえ高速バスで1時間半、2200円で博多に行けてしまうから、おしゃれな女の子はみんな福岡に買い物に行く。ついでに言うと、長崎県は日本で一番人口減少が激しい県です。高齢化率も県民所得も下位5県に入っていると思います。このように、ありとあらゆる意味で環境が厳しい佐世保のまちの中心市街地がどうなっているかをお見せします。
(ビデオ−2)
 まず、広い国道が通っています。佐世保は丸焼けになった町ですから、片側4車線の大通りがまちなかを貫いてるんです。この両側には店は1軒もないです。こういうところを見て、さびれた町だね、ただ道路が通っているんだねと思って帰る人が多い。実は私も長年そう思っていました。ですが、東京もそうですが、本当ににぎわっている通りは裏にしかない。表にはないんです。逆に、本当の表通りにしか商店街がない町というのは全国的にはあまりないです。強いて例を挙げるなら水戸ですが、これはあまりうまく行っていない町の典型です。おもしろい町のほとんどは裏通りがにぎわっているんです。このとおり、佐世保でも1本入ったところには長さ約1キロにわたってアーケードがある。両端には何もないです。大型店があるから始まった、駅があったから始まったんじゃなくて、突然始まって突然終わる。その真ん中あたりに古いジャスコと地場デパートの佐世保玉屋と、大型店が2つだけあります。ジャスコは郊外ででっかくやっているわけですが、市街地の老朽化した方も閉めていない、なぜか?それは今からご覧になるとおり、市街地の方も儲かっているからなんです。
 これは1月の土曜日のお昼の映像です。1時か2時ぐらいですが、アーケードの中にはこんなに人が歩いています。これが地銀の親和銀行の本店の前です。余談ですが、土日に町の中の銀行の店の前でこういう市なりイベントなり、にぎわいができるような利用をしているかどうかというのは、町を見分ける大きなポイントです。その銀行の方針にもよりますが、佐世保のように活用している例は少ないですね。例を挙げるなら山形、状況は苦しいけれども、頑張っているいい町です。山形銀行の本店の前に土日に行くと何かやっていることが多いです。
 これは、その古い方のジャスコの入り口です。市街地の8階建ての、ほとんどの町では既に閉店したタイプの7000平米くらいしかないジャスコの中に、あんなにたくさん人がいるんです。なぜでしょう?
 この映像をいろんなところでお見せしていると、いろんな方から「変だね」といわれます。松山では、前田さんという一線の都市コンサルの方がこれをごらんになって、「佐世保の商店街には、若い人が喜んで行くような、客単価の高い人が行くようないい店がほとんどない。このにぎわいは商業の常識では説明できない」とおっしゃいました。そうなんです。
 ほかの観点もあります。この地域、景気が悪い。なのにどうして空き店舗がないんでしょう。実は商店街の端の方にはポツポツ出始めています。ですが、基本的には非常に空き店舗が少ない。普通の常識から考えるとわからない。
 それに対して、私もちゃんと取材をして、きちんとお答えできればいいんですが、仮説しか持っていません。また、現地に聞きに行った方もいっぱいいらっしゃるんですが、現地の商店街は商店街でなぜこうなのかよくわかってない面もあるようです。他の町を横並びに見てませんから、「頑張ってるけど、昔に比べると衰えたね」とおっしゃるわけです。
 理由を幾つか推測して申し上げたいと思います。1つには、恐らく家賃が極めて安いんだと思います。要するに、空けておくぐらいなら安く貸すという家主が多いのです。他の町だと、店を閉めといてそのうち売り逃げてやろうという人も出てくるわけですが、佐世保では産業が沈滞していますから、いまさら大きな商業系再開発なんてできようがありません。どうせ売れないなら貸しておけ、というわけです。2つめには、そのときに入る店があるということです。なぜ入る店があるのか。それは後でちょっと映りますが、裏通りに細い、空き店舗が多いような市場みたいな、インキュベーター地帯みたいなものがありまして、そこで成り立っている店が表が空くと出ていくんです。
 第3には、にぎわっていることが、さらに人を呼んでいるのです。いまどき、SCの中のにぎわいなら人口数万人のまちでもあるのですが、市街地がにぎわってるなんていう都会のような現象は、そうそうあるものではない。だから佐世保のように珍しくそういう場所があると、皆がにぎわいを味わいに出かけてくるのです。ものを買いに来ているというより、にぎわいを消費してるんです。佐世保地域には郊外含め30万人の人口がいる。うち、福岡に1万人行ってしまった、郊外に10万人が遊びに行っている、家で寝てるのが15万人、そうやって減らしていっても、30万人の人口の1〜2%、数千人でいいから商店街を歩いていれば、この程度のにぎわいは生まれるんじゃないでしょうか。
 売り上げだって、どんなに郊外や福岡に取られても、そこそこは上がるのです。貧しい長崎県とはいえ、1人当たり年間100万円は消費します。商圏に30万人いらっしゃれば3000億円の売り上げがある。その3000億円のうち、福岡に500億持っていかれた、郊外に2000億持っていかれる、というように減らしていっても、3000億円の売り上げのうち1割、300億円でいいから商店街で売れていれば、このくらいの街は成り立つはずです。
 つまり、多くの町が、郊外に負けたから、大型店のせいだから、うちはだめだだめだと人のせいにしているんですが、本当は客の数%、消費の1割でもいいから呼び戻していれば、にぎわいは出せる。それをたまたま佐世保はやっていた。そして、佐世保が異常に見えるのは、ほかの町がみんなだめで、購買力の1割どころか、数%も自分の町に落とすことに成功してないからだ、ということなのではないでしょうか。さっきの刈谷銀座商店街でいうならば、刈谷市民13万、小売消費額は150万は行っているんじゃないか。約2000億ぐらいの、佐世保の2/3ぐらいの購買力は実はある。その1%でも消費させれば、それだけで20億円。かなりの数の店が成り立つはずです。それすらできてないというのが刈谷銀座であるということです。
 以上が、私が推測する佐世保がにぎわっている理由です。いかがでしょうか。
 もう一つ、それ以外にややテクニカルな、都市経営的な秘密を申し上げます。これ、ジャスコの4階です。品揃えを撮影するのは商業界のルール違反で、知らずにやっていますと店の人にすぐつかまるんですが、これは売場ではなくて4階から外に出る通路です。店のどてっ腹から外に出られるんです。この通り、4階だというのに人が大勢歩いています。壁に店内の案内がありますが、この通り地下1階から8階のフードコートまで、これを撮った2年前の時点では全部埋まっているんです。信じられないですよね。
 外に出ると目の前は崖で、通路は左右に分かれます。右側の丘の上に建っているビルは何でしょう。その道の方が見るとすぐわかります。病院です。佐世保共済病院という、この地域で一番いい病院とジャスコの4階が、渡り廊下でつながってるんです。左に行くと、これは何でしょう。私は鉄道ファンでもありまして、日本の鉄軌道の全線を最近ようやく乗り終えたんですが、これは大分前に乗りました松浦鉄道、ローカルの3セク鉄道の佐世保中央駅のホームであります。この鉄道は過疎地を走る昔の産炭鉄道で、旧国鉄松浦線だったときには1日に6本しか走っていませんでした。それが廃止されて3セクになったときに、思い切って20分に1本の運行に変えたんです。そして、この町のど真ん中、アーケードの真上で病院の真横に、この駅を新設したんです。こうした努力のおかげで、松浦鉄道は黒字です。これは、大都市近郊でもなく特急も走っていない3セク鉄道では日本唯一です。
 実は200メートル先に、昔から中佐世保という駅があります。国鉄時代は、200メートル先から商店街や病院まで歩けということだったわけです。歩くわけがない。車社会の住民は平均50メートル歩かないんです。これはギャグでも何でもなくて、私は車を持ってないから割に歩きますけれども、皆さんは車をお持ちだから余り歩かないんじゃないですか。よくあるんです。二言目には「歩かせるまちづくり」といっていたある偉いコンサルの方と山城の跡に登ったら、彼が一行の30人中ビリだったという経験が私にはあります(笑)。
 このように、ジャスコと松浦鉄道と佐世保共済病院が金を出し合って、お互いを渡り廊下でつないだわけです。高度化資金を使ってないから、よくある成功事例集には載ってないんですが、これは市街地活性化という点でも大成功事例なんです。
 病院というのは実は巨大な集客装置です。よく町の中ににぎわいを取り戻すために核店舗を、とかいいますけれども、ご存じのとおり(あるいはお気づきではないかもしれませんが)、核店舗だけでにぎわいが戻るということは、これだけ大型店の増えた今の時代にはもうないです。ところが佐世保共済病院ぐらいであれば、年間300万人ぐらいを集客する。大きな遊園地並みの集客です。そして、平日は病院の駐車場が満杯。ところが、病院と商店街が共通駐車券になっていまして、平日はデパートや商店街の駐車場にとめて病院に来る人が多いんです。そのときにジャスコを1階から4階まで通るわけです。
 逆にきょうは土曜日。病院が閉まっていて、商店街の方の駐車場が混んでいる。そうすると、みんな病院の駐車場へとめて、ジャスコの中を通って商店街に出て行く。そういうことによって、店の中をまるで潮の満ち引きのように人が通っていくので、岩に固着する生物のようにそこにジャスコが成り立つわけです。イオングループの中でも特に商売上手の九州ジャスコが、郊外に大規模SCを持ちながら、何でまた市街地から撤退していないのか、これが理由です。
 この通り、商業と駅と病院が町の中にコンパクトにまとまっていて、車社会の住人ですら歩かざるを得ないような仕掛けが佐世保の町にはつくってある。逆にいうと、他のほとんどの町は佐世保みたいな要素を失ってしまった。病院でも何でも外に出してしまって商店だけまばらに並べて、「さあ物好きな人、街に来て歩いてください」というようなまちづくりしかしていない。だから衰退していくわけです。
 じゃ、佐世保の人は大変な見識があって、こういう町を意図的につくってきたのか。決してそうではないと思います。石油ショックで佐世保重工が苦しくなって以来、佐世保は景気がよくなったことがないんです。だから、景気のいい話、「市街地の町の真ん中の一等地にある病院を郊外に移築して商業系で再開発しようぜ」とか、そういう浮いた話はバブル期にもなかったんです。あったかもしれないけれども、できなかった。「商店街に再開発ビルをぶっ建てて何とかしようぜ」とか、「2核1モールづくり」だとか、そういうありとあらゆる世迷い事には、佐世保の現実から見てリアリティーがなかったから、何もしなかった。できなかった。家賃が下がっていく中で、地権者自身が地道に店を埋めていくことだけをやっていた。店に切れ目がないから、空間に緊張感があって人が喜んで歩く。地域の購買力のせいぜい1割から2割が市街地に落ち続けているだけ、完全にニッチなんですが、それでも十分繁栄する。そういう仕組みなんだと思います。これがデフレ時代の中心市街地のあり方なのです。佐世保の方が聞くと、「冗談じゃない。うちは景気悪くて大変なんだ」とおっしゃると思いますが。
 刈谷みたいなポテンシャルの高いところでこういうことができたらよかったんですが、皮肉なことに、私が全国を回って見ている限り、景気のいいところで佐世保みたいなことが起きている例はほとんどない。それはほとんどの地権者が、店を安い賃料で貸すのではなく、とりあえず駐車場にしてしまっているからです。では駐車場はどこまで増えるか。ある先生が講演していらっしゃるのを聞いて、なるほどと思ったんですが、アメリカのヒューストン、人口350万都市圏の都心部を上空から撮影すると、9割が駐車場だというんです。1割だけ高層ビルが建っている。それを高度利用と称している。確かに土地の1割に40階建のビルが建っていれば、都市計画の紙の上では容積率400%の高度利用なのかもしれません。でも実際はすき間だらけ。誰も歩きません。逆に、全部平屋建てでもいいから、すき間なく店が埋まっていれば、とってもにぎやかで、とっても高度利用に見えるんです。それが佐世保の姿です。容積率のフル利用はあきらめ、建蔽率の方を高めよう、とりあえず1階部分の店をちゃんと埋めていこうとやってきたから、結果的ににぎわいが保たれているんです。
 都市計画のこれまでの当然の常識、「高度利用=容積率フル利用」という常識を考え直さなければなりません。現場を歩いている私からみれば空想の世界に浸っているとしか思えない、東京の本当の都心ならいざしらずそれ以外のところではとうに住民や事業者のニーズから外れてしまっているこんな思い込みが、どうして今でも大手を振ってまかり通っているのか。それから、箱を建てたとか、道路を広げたとか、駐車場を整備した、そういうことで市街地が活性化する、なんていう実際にはもうどこでも起きていないことを、現実と勘違いするのもやめましょう。容積率ではなくて建蔽率を高め、1階部分を切れ目なく商業利用し、駐車場だの露店のない公開空地だの連続を切断するようなスペースを排除して、緊張感の切れない空間を作り上げること。これがデフレ時代の中心市街地の再建策なんです。



1.中心市街地とはどこか

(パワーポイント−5)
(パワーポイント−6)
 さて今までのが、事例に基づいた長い(!)前置きです。これから少し、総論をやります。
 まず「中心市街地」とはどこか。いろんな方が「中心商店街=市街地」だと思っています。ですが、私は刈谷銀座みたいな例を余りにも見過ぎまして、市街地=商店街だ、というのをどうも信じられない。たまたま商店街に関してはいろいろ補助金が投入しやすいので、ついつい市街地は商店街だなんて短絡して考えているんじゃないかという気がするわけです。さびれ切っていても法律上商店街なら市街地といえるのか。実体はなくて気位だけ高い、そして経済的に全然お金が動いてないような商店街までをも市街地といっていいのでしょうか。
 他方、「郊外の合理的な開発地こそが新時代の中心市街地なんだ、便利な新市街地をつくるのがまちづくりなんだ」という考え方もありましょう。でも。仮にうまく郊外を開発したら中心市街地ができるということにしますと、これは結構話は簡単なんですね。例えば、刈谷銀座みたいになっちゃったところは、全部つぶしちゃって、幕張やつくばみたいな開発をしてしまえばいいんじゃないか。それで市街地になるんだったら、全く問題ないんじゃないか。あるいは、とてもつぶして開発するお金がないのであれば、もう昔の市街地は捨てちゃって、田んぼの真ん中に一から市街地をつくり直せばいいじゃないか。もう三河安城の駅前だけ整備すればいいんじゃないか?という考えになるわけです。
 皆さん、ちなみに、この2番目の考え方の方はいらっしゃいますか。手を挙げ切るだけの確信を持っている方はあまりいらっしゃらないようですね。
 またそれとは別に、自治体がここが市街地だといえば市街地なんだみたいな考え方があるかもしれません。最近大変多くなっている中心市街地活性化計画の中には、そう言わんばかりのものもあります。ですが、インフラを整備すれば実体がついてくるんでしょうか。そもそも市街地なんて、市があったら必ず市街地があるというほど、簡単にあるものなんだろうか。ましてや人工的につくれるのだろうか。いかがでしょう?
 私は、以上のようなことをいつも考えながら旅行してまいりました。そして正直、今から3年ぐらい前までは、市街地というのはなくなってしまってもしかたないんじゃないかと思っておったんです。ほとんどの市街地というものは、見たところ余りに名前だけになっているし、話を聞いてみても動きようもない。これ、要らないよ、というわけです。
 ところが、3年前に全国JCのアドバイザーをやった頃から、「それでもなお市街地にこだわる人が、商店主でも地権者でもない郊外住民の中にもこんなにいるのか」と認識を新たにし始めました。折も折、デフレが非常に厳しくなりまして、いろんなところで地価が下がったのを活かした新しい動きが起き始めました。そういうのをあれこれ見ているうちに、市街地と呼ぶにふさわしいまちが、まだまだ各地に多数存在している、一部生き返り始めているまちもある、と気づき出したんです。
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 生きている市街地には3つの共通点があるのです。まず、そこに「住む人」がいて、かつ住んでいないのに外から「来る人」がいること。家や店がごちゃごちゃ混じっていることが実は大事なのです。両者が混ざっているようでありながらよく見ると微妙に境界線があって、住む人と来る人の動線が混ざっていない場所、つまりよくある郊外区画整理地区だとかつくば研究学園都市のような場所は、私は市街地とは呼びません。計画者の狙い通りには行かないもので、市街地とよびたくなるようなにぎわいがうまれていないからです。ゾーニングは防災上はいいんでしょうけれども、にぎわいには逆効果なんです。防災をないがしろにしろとはいわないが、二律背反のような実態はきっちり押さえておく必要がある。
 次に、まちが器れ物、つまり「器」として機能していて、その上にいわば乗っかっている店とか住人とかが、一定のペースで入れ替わっていること。新規参入者が入ってくる場所、つまり「器としての力」を持っている場所がまちなんです。3つめに、ムラとは違うまち文化、まちブランドがあるということ。余所者を排除して身内で固めて、掟の下で大人しくするのがムラとすれば、まちは新参者を受け入れて基本的に自由競争する場所です。
 今でも市街地を名乗ってるような場所は数あれど、ほとんどこの要素のどれかが欠けちゃっているんです。何より住む人が年々減っている。それから、私の故郷山口県徳山市などもそうですが、多くの商店街では店の入れ替わりがとても少なくなって、まるでムラのようになってしまっている。今思えば、昭和40年代ぐらいまでは、店が頻繁に入れ替わっていたような記憶がある。ところが、故郷を離れて20年、戻ってみると、同じ店がまだある。いつから入れ替わりがなくなっちゃったんだろう。思い起こすと石油ショックのころなんですね。より正確にいうと、狂乱地価以降なんじゃないか。地価が高くなり過ぎたあたりから、実は店の入れ替わりが非常に少なくなってきたんです。そして、まちの文化、ブランドといったものは建前の世界になっちゃって、「郊外住民は誰もまちにブランドがあるなんて思ってない」という地域が、圧倒的に多くなってきた。まだブランドがあると本気で信じているのは地権者と商店主のおじいさんだけ、なんてことになっています。
 他方で、郊外の開発地にこの3要素を備えたところはあるか?たとえば幕張は、駅周辺に住居が全くありません。「来る人」だけがいて、そこに「住む人」がいないのです。SCやロードサイド商店街も「来る人」だけの空間ですね。こういう住人がいないところでは、結局「まち文化」ができません。今は栄えていても、数十年単位、百年単位で見れば続かないのではないでしょうか。良好な郊外開発や、まちをいったん更地にするような区画整理だの大規模再開発だので、立派な市街地が人工的につくれるというのは、計画への過信、テイストが古い世代の思い込みではないかと感じます。
 逆に住宅団地は、「住む人」だけの空間です。経済活動は不活性な場所です。分譲住宅地となると、新たな住人を受け入れる「器の力」も欠けがちです。こうしたところもまた市街地とはいえず、実際、寿命はまちよりずっと短いと思われます。
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 これまでさんざん、旧来のスタイルの都市開発の悪口を言ってきました。都市開発に融資している銀行の行員だというのに実に不遜ですが、実際問題、ひたすら見て歩いておりますと、都市開発のスタイルは民間の世界ではもう大きく変わってきています。ここに都市開発の4つのトレンドと称して書いているのですが、いかがでしょうか。
 一番多いのが「遊休地暫定有効活用型」。きちっと地上げするのではなくて、単一地権者の土地を安く借りて、安普請の建物でキャッシュフロー重視で利用するわけです。最近の開発モノはもうこればっかりで、当行も実際こういうところに融資しています。高知の「ひろめ市場」とか、結構おもしろいものがありますけれども、何でも暫定じゃあさみしい気もしますね。
 そこでもっと気合の入った「集客施設コンプレックス型」。思い切ってキャナルシティとか、イクスピアリみたいなものをつくってしまおう。非常に素晴らしいんですが、できるところが限られています。イクスピアリもキャナルシティも、共通していえるのは大都市地域で、かつ土地代がかかってない。イクスピアリの場合は、もともと大昔に格安にて入手している。そういうことを調べずにハコだけみて勝手に夢を描く自治体関係者、知ってて黙ってる業界関係者が多いんですよね。
 では、ビッグマーケットもないし、土地代もかかるところできることは何ですか。それは「タウンマネジメント型」か、はたまた「住・商・遊混在空間の再構築型」か。この2つしかないんです。1つの箱をぶっ建ってて町を変えるんじゃなくて、あるエリアの既存の空いている店の中にいろんなものを入れて、結果として町をにぎわわせていくというタイプ、新時代のタイプです。
 その中でも「タウンマネジメント型」というのは、特定のプロデューサーが、地権者にテナントを斡旋する、それもまちにぎわいが生まれるようにベストミックスを考えて斡旋するというものです。本当はこれだけTMOができたんだから各地で増えてなきゃいけなんですけども、実例はまだ少ないです。強いて言えば、パルコが京王線の仙川駅前で地権者から依頼されて、テナントミックス事業をやってます。クイーンズ伊勢丹を核に持ってきたのがあたって、大変にぎわっていて、最近は成城学園前からもお客さんが来ていますが、地権者が自然体でやっていてはこうはいかなかったのです。既成市街地での事例なら、金沢のTMO(金沢商業活性化センター)や都城のオーバルパティオあたりが成果をあげています。
 最後に「住・商・遊混在空間の再構築型」。都心の商店街に再び住宅を導入しようという動き、あるいは市街地の続きの住宅地区に新たに商業が流れ込んでいる動きです。前者を人工的にやろうとしているのが高松の丸亀長商店街。後者をいわば人工的に再現しようとしているのが幕張ベイタウン。自然発生的にそうなっているのが、今にぎわっている旬の場所、表参道だとか、自由が丘だとか、代官山から旧山手通り、下北沢、吉祥寺、名古屋の大須、大阪の天神橋筋商店街とか南堀江、福岡の大名、熊本の裏上通りなんてところです。皆、判で押したように住宅・マンションが密集したところなんですね。考えてみれば、ヨーロッパでもブティック街はまちなかの高級アパート街の中にあります。NYでも一番お洒落なのはおのぼりさん向けの5番街ではなくて、アッパーイーストサイドのアパート街やビレッジ・ソーホーですし。テイストの高い住人が住んでいる地区の中に商業集積ができるというのは、世界標準の流れなんですね。
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 以上の都市開発の4つのトレンドは、いずれもデフレを前提にしたスキームであるということにお気づきでしょうか。共通してるのはまず「“脱”単機能=諸機能雑居」ということ そして、諸機能の中でも一番普遍的に必要なのは、一番地価負担力の低い住機能なのです。そして「“脱”ハコ」。申し訳ないのですが、設計者のうんちくがテンコ盛りになったでっかいハコ一つよりも、小さくていかがわしい建物の密集した地区のほうが人を呼べるんです。そして、「“脱”垂直移動=低層型」。縦に高くするんじゃなくて、横に広がっている方が人が来る。どれも地価がやたら高いところでは無理な注文なわけですが、これがにぎわい創出の共通のトレンドになっています。つまり「まちなか指向」であります。



2.中心市街地衰退の現状と原因−「景気」が原因ではない 

 さて、市街地とはどこか、どんなところがにぎわうのかという話をしてきましたが、現実にはそれぞれの町に昔栄えた中心があって、そのほとんどが今は非常に衰退しています。なぜ衰退しているのか。それはこれが理由です。
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 まず住む人が減っている。次いで、来る人が減る。住む人、来る人がいなくなれば、市街地はおしまいです。
 住む人は多くの町では昭和35年あたりがピークで、もう40年以上も減りっぱなしなのです。その分、当然近隣商圏は縮んでいます。でもまだしばらくは来る人が増えていたので何とかなっていた。ところが今度は来る人まで減り始めた。なぜ減ったのでしょう。
 どうしても商店街関係者の方はこうおっしゃいます。「郊外にでっかいショッピングセンター(SC)ができちまったから、中心街がだめになったよ」。私はその話を聞くたびに、「当事者のくせにほんの表面しか見ていない、マスコミ的だな」と思います。というのは、故郷の町がある方は思い起こしていただくとわかると思いますが、市街地が衰退したのと、郊外にSCができたのと、どっちが先でしょうか。ほぼ例外なく、市街地が既にかなり衰退した後にSCができています。できたことによって、さらに打撃をこうむる。だけど、順序としては、SCができるまで元気だったなんていう市街地はほとんどないんです。
 それはどうしてか。最大の理由は「職場の郊外化」です。SCができる20年も前、昭和50年代から職場がどんどん郊外に移って行った。そんなことはない、オフィスビルはバブルの頃に増えたという認識の方もいらっしゃるでしょうが、それは大企業の出先だけの話、全体の人数から見ればごく一部の話です。JC会員のような、地場の中小零細企業の職場が、商店以外は中心街から消えてしまっています。それは駐車場が必要になったからです。車なしでビジネスができなくなったので、地価の安い郊外に移っちゃった。何よりもまちづくりコンサルで中心市街地にオフィスを構えている人はほとんどいないというのが私の実感なんですけれども、どうでしょうか。やっぱり車で動かないとしようがないから、住宅地の中にいらっしゃる方が圧倒的に多いです。
 それから、行政さんが自分で郊外に移っちゃったところも多い。観光客も車で動くようになったので、市街地に入ってこなくなった。もっといけないのは、大学とかの教育機関をつくったり、新設したり、移設したりするとき、軒並みこぞって郊外に行った。一番ひどい例は金沢です。
 そして、とどめをさしたのが病院の郊外移転であります。病院が施設を更新する際に、必ずといっていいほど郊外に行ってしまう。なぜなら、病院というのは入院患者を抱えたまま改築できない。必ず新築移転しきゃいけない。ところが当たり前なんですが、高い土地代を払っている余裕がない。そんなものを払うぐらいなら、CTスキャンのまともなやつを買うとか、いい医者を雇った方がいいわけです。医者の質が高ければ、客はある程度遠くてもついてきます。ですから郊外に行ってしまう。本当は市街地の方がお年寄りが多くて、集客に適したケースもあるんです。地方の場合、大した渋滞もない。例えば、福井市なんて典型です。福井の市街地は都市計画が行き届いていて道が広い。なのに病院がそろって郊外の同じ方向に移転しちゃった。かえって過当競争になって苦しんでます。本当は市街地でやっていればよかった、だれも困ってないのに、土地代が払えないからそうなってしまったんです。
 そこで、いまやほとんどの市街地には病院もない、学校もない、観光客もいない、行政もいない、そして職場がない。住人もどんどん減っている。高齢化している。そこに商店だけが残っていました。これで商店街が成り立つでしょうか?まるで郊外型SCと同じような立地条件になってしまって、それで無料平面駐車場も快適なフロア空間もテナントミックスもないわけですから、成り立つわけがない。
 そこへもってきて、ついに郊外にSCができた。とどめを刺された商店街が、その前に既に弱りきっていたことを忘れて、「俺がだめになったのは大型店のせいだ、大型店のせいだ」といっているから、ますます永遠に市街地は立ち直らないんです。じゃあ大型店なみの無料平面駐車場とフロア面積とテナントミックスを実現できるかといえば、どうやっても彼我に地価の格差があるわけで、既存の住人や店が動かないわけで、私有財産権は侵害できないわけで、無理なんですね。
 地域の売り上げのせいぜい1割が落ちれば成り立つ市街地に、1割すら落ちなくなっている理由は、決して大型店のせいではない。そもそも商業のせいともいえない。先に、住む人と、買い物以外の理由で来る人を減らしちゃってるからです。現に佐世保のように、郊外にSCを出しているジャスコ自身が、病院とつながった中心市街地の老朽店で儲けているという例もあるわけです。
 骨粗鬆症になった人が、石につまづいて骨を折った。「俺が骨折ったのは石のせいだ。石をどけろ」と、全部の石を取りのけました。はい、骨粗鬆症は治ったでしょうか。治らないんですね。それと全く同じことです。
 逆に、今日は十分実例を論ずる時間はないんですが、最近全国で、市街地の一部が活性化している事例、(全体的に活性化している事例はないんですけれども)あるパーツだけは元気になっているというおもしろい例がポツポツ増えてきてます。そのすべてに共通しているのが、住宅だの職場だの公共施設だの、一度外に出ちゃったものを市街地に戻してくるということをやっている。逆に商業だけをてこ入れして成功した事例は、もともと住人や職場が多い大都市を別とすれば、最近はほとんどないと思います。
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 こういう機能流出が進みすぎて、今、日本の各地はどんどん「オール郊外化」の様相を呈しています。家、コンビニ、空き地、ビル、工場、農地が小刻みに繰り返されて、どこまで行っても景色が同じ。これは道路のつくり方の問題もあります。カラー舗装に使っているインターロッキングの色がどこも同じだとか、同じ歩道幅・車道幅の道路ばっかりだとか、道路法の基準をちょっと外れようとすると莫大な持ち出しになることもあって、都市景観が郊外も都心も全く同じに、非常に標準化してきているわけです。せっかく豊かなバリエーションをもっていた日本の町を、アメリカみたいなモノトーンに、税金投入して一生懸命つくり変えているわけです。
 ですが、行政のせいにする前に自分たち自身の責任も考えなくてはなりません。オール郊外化の本当の理由は、みんなが車で動きたいからです。「郊外だと車で用が足りて便利じゃないか」。そして、「町に行きたいときは、東京なり大阪なり広島なり福岡なり、手近な大都市に行けばいいじゃないか」。みんながそう思い出したために、環7の沿線だろうが、稚内だろうが、石垣島の郊外だろうが、実は大差ない景色になってきている。その一番進んだ地域がさっきの刈谷を含む西三河、それから、両毛地域からつくばにかけてです。よくみると雑草や街路樹の植生だけが違うんですが、TVで映ったくらいではどこかまったく区別がつきません。
 その時代にどういう町がつくられたかというのは、後世2000年後の目から見てみれば、その時代の人間の心、気持ちを反映しています。青森の三内丸山遺跡に何であんなに大きい家の跡があるのか。恐らく縄文人には、大自然の中にあって人間同士で寄り集まりたいという気持ちがあったんでしょう。今我々がこんなにばらばらにつくっているのはどうしてか。ばらばらになりたいからです。
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 とはいいましても、郊外の海の中にからくも市街地の島が残っているかどうかは、町の大きさによって違うんです。東京から最小広島までの大都市クラス(中枢都市)、その下にある大き目の県庁(準中枢都市)、普通の県庁及び県庁所在地ぐらいの大きさがあるのに県庁になれなかった町(中核都市)、それから、人口10万台ぐらいの町(県内第二都市)、5万人ぐらいの町(中小都市)、それに都市近郊の衛星都市で、市街地の状況が違います。それを世の中には、例えば「早稲田商店街でこれをやって成功したから、おたくの町でもやりませんか」と熊本の人吉に行って言うとか、東京という特殊な環境ゆえに成り立った特殊な再開発を中核都市でいきなり再現しようとする人がいる。これは絶対うまくいかない。全然状況が違うんです。
 どう状況が違うか。それには4つの要素を考えなきゃならない。まず人が住んでいるのか。次に職場があるのか。それから公共施設あるいは病院といったコミュニティー機能があるのか。最後に商業があるのか。
 住機能は、中枢都市では都心回帰が明確になってきています。東京、大阪、福岡、いずれも都心の区が最近転入超過に転じてきています。ですが、小さい町に行けば行くほど市街地の人口は相変わらず減りまくっている。大都市より地価が安いはずなのに、中規模都市の行政の市街地関係者に限って、都心居住ということをほとんど考えていない。都心政策がなくて、国の補助金に直結した商店街対策と都市インフラ整備しか頭にないからです。
 業務機能も、東京クラスはもちろん、大手企業の支店、営業所がある中核都市以上ではまだ何とかなっている。ですが、県内第二都市以下では、大手企業の支店、営業所はどんどん減ってきています。中小都市では基本的に郊外にしか事業所はない。中心市街地には、商店以外にほとんど職場がないという状況になりつつある。
 そこへもってきて、公共施設はどんどん郊外に移転する。官公庁、文化施設、病院、福祉、そして大学が郊外に移転してしまう。これは都市のクラスを問いません。
 さて、そうなったら、商業はどうなるでしょう。方程式みたいなもので、結論として商業がどうなるか明らかです。広島クラス以上であれば、家も職場も市街地にまだまだ密集しているので、アルパークや天満屋緑井店が郊外にできたからといって、そのことで市街地がだめになってはいない。(むしろ変な地下街が歩行動線を分断したことでだめになるんじゃないかという危惧があるわけですが)。
 その下の準中枢都市で、負け組と勝ち組が分かれそうだなという感じです。例えば、ここに書いてあるラインナップの中で観察すると一番市街地がおもしろいのは熊本ですが、熊本は今ようやく経済的にガタが来始めたので、ちょっとこれから心配されるところです。ちなみに、政令市である千葉や小倉が盛岡と並んでここに入っているのはなぜか。これは市街地の大きさで分類しているからです。都心の3キロ×3キロの範囲内で何人働いているか。千葉以下と広島以上では歴然と差があるので、こういうふうに分類ははっきりできちゃうんです。細かいことは、昔「地域開発」という雑誌に寄稿したことがあって、それをごらんいただければいいんですが、それはともかくとして、この準中枢クラスの町の中で生き残る町と死ぬ町が分かれるでしょう。
 その下の中核都市クラスは基本的に停滞。県内第二都市はもう衰退傾向が明らか。じゃ、中小都市は?形骸化しているという状況です。もちろん高山のように中小都市でありながら生きている町、長浜のように一部だけ蘇りつつある町もあります。例外は常にあるんですが、一般的な傾向としては以上のような状況です。
(パワーポイント−14)
 このように規模で有利不利はあるんですが、共通してこういうことがいえると思います。「根、葉、茎なくして花は咲きません」。「花」が商業です。これを咲かせないと魅力がない。店があって人が歩いてないと魅力がないし、お金も落ちない。税収も上がらない。商業はとても大事です。ただ、根っこのないところには花は咲きませんよ。葉っぱもなければ栄養も回りません。茎がなければ倒れてしまいます。「根っこ」は、人が住むということ。「葉っぱ」は、そこに職場があって、働いている人がいて、行き帰り、昼休みにものを買っていくということです。そして、「茎」というのは病院とか公共施設とかいろんなものがあって、そのために人がやってくるということです。
 根も葉も茎もないところに花だけを咲かそう。これは、非常にパワフルな補助金である高度化資金や、大手核店舗の体力伝説に囚われすぎると陥りやすい空想なのです。結果は、造花ができるだけ。造花には本当の魅力がないので、その証拠に虫が寄ってこない。生殖も行われない。皆さん、造花づくりをまちづくりといっている例がすごく多いと思いませんか。市街地に限らず、ほとんどの郊外型の商業開発も、残念ながら造花をつくっているだけです。できたては綺麗なんですが、寿命が短い。市街地の場合えらいお金をかけて周辺インフラ整備をしているんですが、それはそれで防災上はいいことなんでしょうが、しょせん出来上がってみれば、ロードサイドで民間が勝手に乱開発したものと、店の中味もお金の落ち方も大して変わらない。郊外だと10〜15年くらいで償却してしまうからそれでいいんですが、市街地で50年償却にしてたりすると、後半2/3はみじめなものです。トイレの造花のように色あせて、だんだん触るのも怖くなってくる。
 また、最近は大手商業者が不振なものですから、核店舗の代わりに公共施設をぶち込んで、あと専門店街という再開発がある。それは例えていうなら、根も葉もなく、茎と花だけがある一輪挿しのようなものです。3年ともたずにしおれる危険性が高い。
 あるいは、最近複合機能とかいっているけど、ほとんどの再開発はやっぱり住機能というのを念頭においてない。再開発は基本的に地権者をお金で口説き落とすシステムになってしまっていて、地価負担力がない居住機能はお呼びじゃないからです。でも根っこがないところに葉っぱと花だけ置いておいても、ベゴニアならいざ知らず、普通はいずれしおれるだけです。
 逆に割り切って、商業はもうだめだ。市街地商業をきっぱりあきらめたという考えもあるんです。人が住んでいて、オフィスがあって、役場があればいいじゃないか。商業を入れない再開発が出てきている。ですが、それは花のない草のようなもの。つまり雑草なんですね。脈々と生きているかもしれないけれども、全く楽しくない。で、オオイヌフグリでもドクダミでもいいから、花が咲く小さな草を育てようじゃないか、そういう考え方が出てくるわけです。ところが、郊外とは違う高度な市街地型商業を花開かせようと思ったら、やっぱりある特定の狭い場所に集中しなければ、郊外でやる以上のパフォーマンスは上がらないんです。そこは根、葉、茎が同時に生えている場所じゃなければいけないんです。
(パワーポイント−15)
 さて、ここでちょっとおひろめ程度に、全国の町の具体的な数字をお見せします。個別の町に行くと詳しくやるんですが、その時間もありませんし、絞れませんので、分析の視点だけご参考ください。これは、市の人口に比べて、中心市街地3キロ四方に何人の人が働いているかというグラフです(6年前の数字なので、今は大分変わっている恐れがありますが)。1つ1つの町が1つ1つの点になっています。本当は東京まで全部同じ方式で計算してあるんですけれども、時間の制約で、人口40万人以下の町をお見せしています。この中心市街地3キロ四方の従業者数密度という数字は、平均的に言えばきれいに都市全体の人口と相関します。
 ところが個別の町をみると、まちづくりのやり方によって数字がかなり違うんです。例えば、那覇の場合は基地に囲まれていた。盛岡の場合は巨大な農振地域を手つかずに残してきた。そのために狭い土地に機能が集中した。地価が高いけれども、密度の高い市街地が残されている。市の人口の割に市街地集積が大きいのです。高松みたいに、ビルに入るような大手企業の出先が多いので市街地集積密度が高いという例もあります。
 逆に、例えば豊田。トヨタ関係の工場労働者が広い台地に分散している。あるいはいわき市。合併して大きくなったけれども、実際は大きい市街地が全くない。平でも大体15万都市クラス。そういうところでは、残念ながら、市の人口の割ににぎわっている区画が生まれていない。傾向としては、両市に代表されるように人口の割に市街地集積密度が低いほど、閑散とした町が多いということがいえます。
 この違いからわかるのは、「配置の問題」です。手持ちの業務機能という資源を、どこにどれくらいの密度で配置するかによって、にぎわいという結果が変わってくるんです。
(パワーポイント−16)
 さて、具体的な例として、欠席裁判かもしれませんが、福井と盛岡の比較をお見せしましょう。たまたま先日福井に行く用事があってつくったものです。市街地の同じ10キロ四方に、1平方キロごとに何人働いているのかというグラフです。ちなみに、パソコンお使いの方に一言余計なことを申しますと、これはExcelではとてもつくりにくいです。先ほどのグラフもそうなんですが、Lotus 1-2-3でつくっています。実は使ってみるとロータスの方が、グラフィックが断然きれいだし、諸事万端作業も早いというのが私の発見です。
 盛岡と福井の最中心部の業務集積密度は全然違う。盛岡は密度が高い区画が3つも続いています。福井は1区画しかない。ですが、よく見たら、10キロ四方で働いている人の数は福井の方がちょっと多いんです。つまり福井は、郊外に開発地をいっぱいつくって、中心の高密度集積を切り崩してちょっとずつ機能をばらまいてきた。そうすると最中心部の密度が低くなって、にぎわいががくっと失われてしまう。これがまさに先ほどの「配置の問題」なんです。密度の高い空間を崩すのはすごく簡単。業務機能を10等分して振りまけば、全くどこにも集積がないのと同じような感じになってしまう。10キロ四方全体では同じ数字が入っているはずなのに、これだけ印象が変わる。事実、駅前におりてじっくり町を歩いてみれば、盛岡と福井とでは歴然とにぎわいが違う。
 この「配置の問題」こそが、まちづくりの課題なんです。産業振興の問題というのは、いわば全体で働いている人の総数をいかに増やすかという話。それに対してまちづくりの問題は、それをどこにどういう密度で配置したら、一番波及効果が大きくなってしかもコストダウンできるでしょうか、そういう問題です。
 では、何で福井の町はこんなに業務機能が郊外に行っちゃったんでしょうか。それは、逆説的に聞こえますが、中心街に比べて郊外の方が、地価が安いのに効用が高かったから。おまけに住宅が郊外化して、わざわざ市街地に通うのが手間だから。そうなってしまうと中心街に立地する積極的な意味がないわけです。
 反対に盛岡では、農振地域の開発が遅れたこともあって中心街の業務集積が維持されてきた。市街地人口も、マンションの町といわれるように密度が高い。その結果、市街地の経済的効用が高まって、例えば映画館通りというのが残っている。郊外にシネコンをつくろうとしたときに反対運動が起きた。普通シネコン反対運動なんていうのは商店街が騒ぐだけで、すぐつぶれるんですが、盛岡では市民運動になって盛り上がって、実際にシネコンができなかった。何でそんなことが起きたか。ちなみに私は、一概に郊外のシネコン反対とは全く思ってないんですが、盛岡の場合は、かなりの比率で、映画の特に好きな人が実際にまちなかに住んでいる。会社帰りに映画という都市文化も残っていた。そのため、郊外につくるとかえって不便だからやめてちょうだい、というコアユーザーの声が強かったんです。
 このように、密度の高い空間を残しておくと、結果的に地価の高いポイントが町の中に残される。逆に福井の場合、中心街の地価が今のように高いまま続いていくとは思えないわけです。
(パワーポイント−17)
 さて、来る人の代表として従業者数を見てきました。次に、住む人がいるかどうかという話ですが、これまた町によって大変差があります。これは先ほどと同じ3キロ×3キロの範囲に何人住んでいらっしゃるかというグラフです。当たり前ですが、ベッドタウンは住む人が多いです。ですがベッドタウンじゃないやつで比較しても大きな違いがある。例えば、久留米なんていうのは福岡のベッドタウンだと思っている人がいるかもしれませんが独立した産業都市です。ですが都心人口が多い。逆が、例えば水戸。他にも、いわき、豊田、旭川、富山。人口の割に市街地に人が住んでない町はおしなべて閑散としています。
 もちろん、このグラフで上のほうにある町でも、市街地3キロ×3キロに住んでいる人は市の人口のごく一部なんです。例えば那覇は大変にぎやかですが、市街地3キロ×3キロに住んでいる人は8万人。30万人の人口のうちの4人に1人でしかない。でも、その程度でも住めば全然にぎわいが変わってくる。逆に水戸に至っては、10人に1人ぐらいしか住んでない。
 ところが、例えば水戸市が再開発をするといったときに、相変わらず商業系のコンテンツしか考えてないんです。それは市街地=商店街だと思っているからです。ですが、水戸のこの数字を見れば、その前に家がない、根っこがないぞ、危機的な状況だぞというのがわかるはずなんです。ついでに水戸では、県庁と市役所が両方郊外移転してしまいましたので、実は就業者も少なくなってきています。そういうのを何とかしなければいけないのですが、どうしても反射的に商業だけに手を打とうとする。そうすると、造花ができる、そういう悪循環に陥ります。
(パワーポイント−18)
 具体的な例として、ここでは山陰の町を比較してみました。鳥取、米子、松江。ついでにさっきの佐世保を出しています。いずれも、住んでいる人の数は10キロ範囲で13万人くらい。佐世保だけちょっと多いですけれども。ところが、鳥取は市街地の中、久松山の麓に人口密集区画がある珍しい町で、さびれたとはいえ商店街が一応残っている。逆に松江市街地にはどこにも人口密集地がないんです。事実、観光客の歩くところ以外は、本当に閑散とした町です。小京都で、かつては非常にたくさん人が住んでいたはずなのに、発展の中で中心街に人をふやそうということをほとんど考えてこなかった。いつのまにか中心街が住宅街としては壊滅していた。そのため、デパートも経営不振になるし、商店街も消えかけている。もっといけないのは、堀端の町、水の都という地域文化を引き継ぐべき住民がいなくなっているので、地域文化までもがなくなろうとしている。そうするといずれは、観光的な魅力がなくなって、観光客が来なくなってしまうという悪循環に落ちていきます。
 それはともかくとして、こういう分析で具体的に見ていくと、その町の構造というのがかなりわかってまいります。
(パワーポイント−19)
 今までの議論の結論として、こういうことがいえます。仮に郊外のSCを撤去しても中心市街地はよみがえらない、と。
 なぜか。わが国の多くの町では、昭和35年頃をピークに人口が減り始め、昭和50年代に事業所、学校、公共施設、病院が郊外に出始めて、昭和60年代にはロードサイド商業が発達、平成になってとうとう郊外型の大規模SCが増え始めました。そこで、SCを強制的に閉鎖できたとしたら、市街地の人口はもとに戻りますか。ロードサイド商業はなくなりますか?覆水盆に返らず。そうはいかないわけです。
 例えば、高松。琴電そごうが残念ながらうまくいきませんで、天満屋さんが出店してくださるそうですが、その高松の郊外はどうなっているでしょうか。巨大なゆめタウン高松ができたときに、ちょっと前のタイプの中途半端な郊外SCであるジャスコが閉店したという話はあまりご存じないと思います。実は、郊外型の巨艦SCは競合が激しくて、一つできれば一つつぶれるというような状況になってきているんですね。金沢なんかでも似たようなことが起きてきています。ところが「今高松で一番にぎわっているところはどこですか」と、高松市民に聞けば、ゆめタウンでも旧市街地でもなくて、「レインボー通り」だというんです。通称で、地図には書いてないんですが、旧空港(今の香川インテリジェントパーク)の方向に延びる道路の沿線、田んぼを区画整理した地区にできた、一大ロードサイドショップ街です。核店舗はありません。マルナカなど、大きめのスーパーしかない。そこが実は一番にぎわっているというのです。ここに象徴的に出ているように、ロードサイド集積が最も集客が多くて、かつ中心市街地と直接バッティングする。そして、ロードサイドのおかげで郊外のSCまでもが不振になっていく。そういう現象が起きているわけです。
 何でロードサイド型商業が栄えるのか。それは簡単です。住民が郊外にばらばらに住んでいるからです。先ほどのグラフにもあったように、那覇ですら、市の人口の4人に1人しか中心3キロ×3キロに住んでないんです。多くの町では10人に1人しか住んでない。そうしたら、市の人口の大多数を占める郊外住民は一体どこで買い物をしますか。同じものがあれば、市街地までいかずとも、あるいはSCまで行かずとも、家の近くで買うに決まっているんです。
 昔のように24時間営業のコンビニが町に1個しかなければ、はるばる夜中に行ったかもしれない。今では1キロおきにある。そしたら、「同じコンビニでも、俺はセブン−イレブンが好きだから、わざわざ3キロ先まで行こう」なんて人はほとんどいないんです。普通は一番近いところにしか行かない。基本的に物が満ち足りている日本。MDで差別化するとかいろいろと理屈をこねるけれども、特に工業製品の場合、差別化できる部分が少ないんです。そうなってくると、単に家に近いところが選ばれていく。
 その先には何が起きるか。松江のように徹底的に人口を郊外に薄く分散させたところでは、市街地はもちろん郊外型の大型店さえも成り立ちにくくなってくるんです。必要なものはみんな家の近くの小さなロードサイドショップで買っちゃっているために、そもそもわざわざ大きい店に買いに行くという需要自体が減っている。さらに松江ぐらいになると、本当の「わざわざ需要」は神戸とか広島に逃げちゃっているんですね。こういう状況ですから、市街地も郊外型SCも共倒れになりかねないのです。郊外型SCを敵視するというのは、確かにわかるんですが、目に見える現象だけにとらわれた発想で、決して市街地再生につなっがていく発想ではありません。
(パワーポイント−20)
 というわけで、中心市街地の商業をよみがえらせたければ、住居を好き放題に郊外に分散させてきたやり方を改めなければだめだ、ということになります。
 ところがその際に、話が変な方にいきますと、「商店主自身が商店街に住んでないじゃないか。まず自分が住んでから文句をいえ」という人がでてきます。皆さんの中にも、そう思っていらっしゃる方も多いと思います。私はそういう話を聞くと、いつもこう思います。「商店主が商店街に住んだら事態は解決するのか?白鳥大橋ができて室蘭は良くなったか?新幹線が来ないから金沢はだめなのか。違うでしょう。新幹線が通っている新潟と通っていない金沢、金沢の方が賑やかなのはどうしてですか」と。理屈で考えても、実例を見ても結論は同じなのですが、新幹線が通れば購買力が大都市に吸収されやすくなり、出張の宿泊者も減り、マイナスのインパクトが出てきます。イメージだけで単純に思考停止してはだめなのです。その先を考えなくてはなりません。
 商店主が全員商店街に住んだら、町は再建できるでしょうか。「ある町に商店街がありました。商店主は全員町に住んでいました。ところがほかの人はだれも住んでいませんでした。お互いに物を売り買いしていました」。これ、成り立つと思いますか。成り立たないんです。市街地居住の問題を、商店主の問題に矮小化しちゃいけないんです。そうじゃなくて、「商店主さん、出ていきたかったら、出ていってください。だけど、なぜあなたは自分が住んでいた家にほかの人を入れないんですか、自分が住んでいた家を空き家のままにして、売り上げが落ちたと騒いでいませんか」。実は商店主以外の普通の人が住めないところにこそ、問題があるわけであります。
 実際問題、ほとんどの市街地には、これから町に住みたい、町で商売したいという人を、経済的に無理のない自己負担をさせつつ受け入れていく仕組みがない。下手にやろうとすると、すぐ家賃補助とか、継続性に難のあるスキームでやろうとする。昔は自然に回っていた町の中の住人の入れ替わり、店の入れ替わり、それが、あるときから地価が高くなり過ぎてなくなっちゃった。それを経済的に再び復活させる仕組み、つまり地権者自らが家賃を下げ新しい住人を受け入れていけるような仕組みをつくれば、商店主が出ていったって、替わりに若者が住むからかえっていいんです。
 事ほどさように、今日本は非常に不景気で、気分も暗いので、何か悪者をつくって、そいつのせいにして、そいつがいる間は他にできることが何かないのか考えることまでやめてしまう、という悪い風潮が蔓延しています。市街地も、大型店のせいだ、商店主のせいだといっておけば済む。そういうむなしい犯人探しはやめて、合理的に考え、行動しなければならないのです。
(パワーポイント−21)
 さて、市街地空洞化の原因は家や職場の郊外化だということを延々申し上げてきました。それでは、家や職場が郊外化するそもそもの原因は何なのか。それは、「自分だけのスペースが欲しい」ということなんです。自分の城をスペース豊かにつくって、車で動き回りたいんです。
 静岡に行って講演したときに、「皆さん、東京にどうやって行かれますか」と聞いてみました。静岡は1時間に1本ひかりがとまりますから、新幹線なら1時間で行けます。ところが3割ぐらいの方が自家用車と答えました。東名高速で静岡から走ってくると、下手すると4時間くらいかかる。だけど、車の方がいいというんです。それはなぜですか。「新幹線はたばこ臭いから嫌だ」という人がいました。あるいは「他人の煙を吸うから嫌だ。俺は自分の煙しか吸いたくない」という人。いろいろあるんですが、自分の箱の中で他人に関係ない時間を過ごしたいために、時間コストをかけてもいいから車で行くという人が増えているんです。
 事ほどさように、皆さん、私の城、俺の箱が欲しい。これに対して、「それは間違っている。人間は人と触れ合ってこそ人間だ。第一、いつまで車があると思っているんだ」というそもそも論を吹っかける人がいます。それも正しいのかもしれない。ですが、私はやりません。なぜか。そういう人はそういう人なんですから。実際に石油がなくなるまでは車に乗り続けるんです。それはしようがないんです。「行い正しい人になって、心のふれあいを求め、町に集え!」みたいな議論にしちゃうと、絶対うまくいかない。そうじゃなくて、私の城、俺の箱を求めない例外的な人が町に来れば十分なんです。
 さっきの佐世保の例であれば、地域の3000億円の購買力のうち、別に8割よそに行っちゃったって困らないんです。1割だけ中心に落ちれば十分なんです。人間もそうで、今10人に1人しか市街地に住んでない。それが5人に1人になるだけで全然違いますよ。要するに、最初からマジョリティーを相手にする必要はないんです。ニッチな嗜好の人だけが戻ってくればいいんです。
 ところが、現状ではニッチな人すら戻ってこれないんです。なぜか。まちに器がない。どういうことか。第一に、土地が高い、賃料が高いんです。だれも払えない水準の経済的にペイしない地価がついているような土地建物は、誰も買わないし借りないですよ。第二に、まちのつくりが車社会の現実に対応していない。そしてそれにも増していけないのは、関係者が現状に安住していてやる気がない。当事者意識がない。この3つです。
 2番目についてちょっとコメントします。よく「駐車場が足りない」という人がいるんですが、これはごく一部の町の話で、多くの町は刈谷みたいに虫食いだらけ、駐車場は無料で停め放題という方向に向かっています。東京ですら環七あたりから、無料駐車場付の大型店が普通に登場してきている。ところがいくら駐車できるようになっても全然商店街は復活しません。
 道路が狭い、という人もいます。確かに、郊外から市内に入ってくるところの道路が狭ければ渋滞がおきやすく、空洞化の遠因になるかもしれない。だけれども、ほとんどの地方都市ではさほど渋滞はないのです。また熊本のように、たいへん中心の街路がややこしくて慢性的に渋滞しているような町でも、中味に魅力があれば商店街は立派に栄え続けるのです。もっと困るのは、中心市街地の道路を拡幅して活性化、なんていうとっぴなことを言う人、実践する行政がある。通過車輌が何台増えても、市街地商業には関係ありません。郊外のバイパスみたいな市街地をつくっても、歩行者動線がいたずらに分断されるだけで、郊外開発と同等以上の経済効果はないのです。
 そうじゃなくて、車社会に適応してないというのはどういうことかというと、人は車で行きたいし、行って車を降りたら安心して歩きたいんですが、その両方が両立できていない。まちなかでは、降りたら車が危ないんです。特に私は3歳と6歳の子供を育てているものですから、非常によくわかるんです。
 車で行きたい。だけどいったん降りた後は、車を気にせずに歩きたい。現実に世の中にはそういうことになっている場所がいっぱいある。どこでしょうか。SCですよ。
 SCは車で楽に行ける。ですが車を降りた後、子供が走り回っても轢かれないんです。SCの駐車場の通路をおじいちゃんがヨタヨタとつえを突いて歩いていた。向こうからワゴン車がやってきた。どうすると思います?車の方が停まるんです。僕はいろんなSCに行くけれども、駐車場でブッブーッとやっているのは見たことがない。なぜならば、SCの駐車場は歩行者優先だというルールが、僕ら住民の自主ルールとしてでき上がっているんです。
 それでは、ある商店街の車道の信号のないところを、おじいちゃんが何を思ったか、つえを突いて歩いていました。青信号になって、車が向こうから来ました。どうしますか。必ずブッブーッとやるでしょう。道路交通法上、道路は商店街だろうがどこだろうが車優先ということになっているんです。自主ルールをつくると警察が取り締まりにきます。それが実は非常に大きな間違いなんですね。
 つまり、商店街の道路は歩行者優先、通過する車は歩行者がいれば必ず停まるということにして、安心して歩けるようにしちゃえばいいんです。SCの駐車場とまったく同じなんです。
 ところが世の中には極論をする人がいて、「街には公共交通で行け」とかいい出す。そうじゃない。みんな車で行きたいんです。だから、すぐそばまで車で行ける、停められるんだけれども、商店街では歩行者がいたら車の方がとまるというルールにすれば済むはずなのですが、道路は郊外だろうがまちなかだろうが通過者優先という杓子定規な決まりと、車は商店街に一切入れるなというような極論ばかりが対決するために、中間の妥当な解決がとれないんです。ちなみに、静岡市の呉服町商店街や七間町商店街は、平日はこういう歩車共存を実現し、土休日は歩行者天国になっているという、大人の解決のできたまちです。本当はビデオでお映しすればよくわかるんですが。
 3番目についてもコメントしましょう。「関係者の現状安住」といいましたが、この関係者とは誰か。すぐ、自治体がやる気がないとか、商業者が力不足だとかいうんですが、それよりも困った方々なのは地権者です。地権者が町の当事者なんです。佐世保になるのも、刈谷にするのも、実は地権者が自分で選んだことなんです。ところが、地権者にはそういう当事者意識がない。自分に権利と責任があるとは思ってない。
 地権者も商業者も住民も、市街地再生は公共がやるべきだとおっしゃるんですが、実は公共にできない部分こそが重要なのです。もちろん公共には努力してほしいんですが、努力しても限界があります。なぜか。
(パワーポイント−14-再表示)
 「商業を花とすれば、住民が根で職場が葉で公共機能が茎で」と申し上げました。確かに公共は、花を咲かせるための肥料のような高度化資金を持っています。公共施設をどこにつくるかもある程度は公共が決められます。つまり、茎と花はある程度公共が左右できる。でも、会社がどこに事業所を置くかとか、個人がどこに住むかを公共が決められますか?もちろん、宅地造成をやめるとか、郊外の区画整理をやらないとか、そういう考えがあるのかもしれない。ですが、基本的には公共の方針に関係ないところで、職場と住宅は郊外に行っちゃうんです。
 逆にいうと、市街地を何とかしたければ、根本的に民間の自由経済活力に任されているところ、居住機能と業務機能を、民間活力で再誘導しない限り手は打てないんです。ではどうやったら、居住機能と職場機能が市街地に再び流れ込んでくるでしょうか。ペイする地価にしない限り流れ込んでこないんです。だから、「地価が上がらなくなったので再開発ができなくなった」というのは、実は手段と目的が転倒しているんです。再開発や区画整理は防災上は極めて意義がある。やらなければ、いずれ長田区みたいな悲劇がいっぱい起きる。そのとおりなんだけれども、再開発のためにまちづくりしているんじゃないんです。町ににぎわいをもたらしたかったら、いくら点を再開発して行っても最初から限界があります。逆に地価が下がったのをきっかけに、住民と職場をもとに戻してくる運動を、民間が手広くやらないと、市街地は絶対に復活しないんです。



3.それでも中心市街地は必要か? 

(パワーポイント−22)
 そこで、「ではどうすればいいのか」という話に行きたいところですが、その前にこの話を片付けなくてはいけません。なぜならば、本当に市街地は必要だと皆が思うのでなければ、市街地空洞化に対して有効な手は打てないんです。
(パワーポイント−23)
 いったい、そこまでして市街地に人と職場を戻すべきなのでしょうか。もう市街地なんてやめた方がいいんじゃないか。
 いろんな方が「市街地はあった方がいい」とおっしゃる。おっしゃるんですが、機会費用まで考えてみて本当に説得力のある議論が少ない。この紙では順番に定説に疑問を呈しています。
 曰く、「市街地に投資を集中すると、社会資本投資が効率化する」。本当はそのとおり。下水道と道路の負担を考えたら、郊外開発を続けていると必ず財政破綻する。本当は市街地に投資を集中した方がいいんです。いいんだけれども、現実には市街地で何かやると投資額の多くが土地代にいっちゃうんです。そうすると、投資効率は劇的に落ちる。
 一番すごい例は福山そごうです。福山そごうは、水島会長入魂の自社ビルですけれども閉店してしまいました。一時、公称ベースでは280億円年商があった。280億円売っている大型店がどうしてつぶれなきゃいけないんですか。おかしいと思いませんか。それは400億円かけて投資しちゃったからです。何で400億円もかかったんですか。建物も豪華すぎましたが、何よりも土地を買ったからです。要するに、市街地の土地代を払うということは、極めて不効率なんです。せっかく二百何十億も売っていて、それだけである程度地域内の資金循環が生まれていた。それがなくなった分だけ市街地の天満屋の売り上げが増えるかというと、そうでもない。岡山とか広島に逃げてしまう分があって、その分地域内の資金循環が細って、卸売業者が泣くわけです。そういうばかなことがなぜ起きたか。それは土地が高過ぎたのを買ったからです。
 あるいは「車を運転できない高齢者のために市街地が必要だ」というんですけれども、これは一体誰のことを指していっているのか。今の高齢者は確かに運転しないかもしれない。でも、これからの高齢化社会の主役は団塊の世代ですよ。彼らは基本的に免許を持っています。アメリカで既に起きているように、免許を持っている世代がお年をとったときに、かえって足が弱って車から降りられなくなって、事故が増える懸念が大です。「交通強者」としての高齢者です。「そんな人は市街地の中に入ってこないで郊外だけで暮らしてください」といわれたら、どう答えるか。
 また、「地域商業は地域経済にとって大事です。その活性化のために商店街を何とかしましょう」という人もいます。ですが、地域商業の定義って何ですか。地場資本なんです。確かに、地場資本の商業の振興はとても重要です。全部が大手の中央資本だけになると、地域内資金循環が細って地域経済は枯渇するし、アメリカみたいにどこの店の品揃えも同じになって、恐らく国としての潜在的な競争力まで落ちてくるかもしれない。このように、地域商業はとても大事なんですが、それイコール商店街でしょうか。地場資本の商業者の売り上げの、一体何割が商店街で上がっているでしょうか。力のある地場資本はみんな郊外にも出ています。例えば、「ジャスコの中に入店して、ジャスコの食品部門の前で戦っている八百屋さんがいる。そっちの方を支援した方がよほど効率的じゃないですか」といわれたら、何と答えるか。答えられないのではないか。
 このように、「市街地は重要だ」っていう話の多くは建前論で、実際に地域の人は建前だということを知っているから、だれも本音ではついてこないんです。
 そこでいつもの講演では、「本当にあなたは自分の町は必要だと思っていますか?そのためなら自腹を切ってもいいと思っていますか?関係のない郊外住民を説得できますか」といって、考えてもらうんですが、今日は具体的な町がテーマになっているわけではないのでそれはやめまして、私なりの結論をいってしまいます。
 思いますに、郊外住民にとっても市街地関係者にとっても共通の利害に立って考えて、「やっぱり市街地はあった方がいいのではないか」、という理由が3つあるのです。もしこれに賛成いただける方は、自分のまちのために収入を一部寄附してもいいぐらいの覚悟の上でご賛同ください。「自腹を切る気にはなれないけれども、国が金を出してくれるなら賛成」、という程度の説得力しかお感じにならないようであれば、それはやはり、まちは本当は要らないということなんだと思います。
(パワーポイント−24)
 理由の一つめは、佐世保などにヒントがあるんですが、「まちという器を残しておいた方が、生活や生業の選択肢が増える分だけ、生活が豊かですよ」ということです。
 さっきも説明したとおり、佐世保は郊外に大規模SCがある。撮影当日私は後で回ってみました。2500台あるという駐車場が満車状態でした。このように佐世保の人は、郊外に行けばSCがある。1時間半ドライブすれば博多で遊べる。そして、ちょっと買い物しようと思えば、ロードサイドの店が腐るほどある。なのに、たまにお客さんが来たときには、「ちょっと町でも行こうか」と連れていくと、「おい、こんなところにこんなにぎやかな町があったのか。すごいな」「そうだろう」といって胸を張れる。また、住む場所を選ぶ際にも、そういう繁華街の真横のマンションや貸家に住むという選択肢があるのです。脱サラして店でもやろうかと思えば、いきなり郊外の物件を買わずとも、繁華街の横の裏町でしみじみ始める選択肢があるのです。
 つまり、選択肢が4つあるんです。手近の大都市、郊外のお手軽ロードサイド、SCでファミリーサービス、そして市街地、4つある。ところが、刈谷の人は実はロードサイドか、SCか、名古屋に遊びに行くか、3つしか選択肢がない。どっちが豊かか。佐世保みたいな方が豊かなんじゃないか。そういう豊かな地域が欲しいと思うのなら、自分でもお金を少し負担して、まちづくりをやったらどうか、と思うわけです。
 ただ、「そういう選択肢も欲しい、そこまで豊かになりたい」というのは、住民の中でもせいぜい2〜3割でしょう。ですから、2〜3割の賛同のもとで、2〜3割を相手に、2〜3割が多めに負担するお金でやる。そういうことになります。とはいえその2〜3割には、若者が多く含まれることになるでしょうから、その成果は地域の明日の活力にも直接つながってくると思われます。
(パワーポイント−25)
 理由の二番目はもう少し広く賛同いただける話です。世の中には、「同じやるなら、できれば郊外でやるのはやめておいた方がいい、市街地でやった方が地域にお金が落ちますよ」という種類のものごとがあるのです。一番の例は病院です。先ほど申したとおり、病院は集客数が多い。行くと、終わるまでさんざん待たされる。それでも終わった後、ほっとする。そこで、佐世保みたいにジャスコの中を通って、商店街を通って駐車場に帰っていくと、ついそこにあるものを買っちゃうわけです(笑)。ところが病院が郊外にあれば、やれやれと車に乗って、「じゃ、ひとっ走りするか」といって、福岡に行っちゃったり、郊外に行って買ったりする。それでは売り上げが地元に循環しない。
 それから、大学。町の中に大学をつくっておけば、学生が町の中で消費する機会は増えるし、店や飲み屋でバイトで働くだろうし、いろいろおもしろい事業やイベントをするかもしれない。ところが地方のほとんどの新設大学は、判で押したように郊外の丘の上とか田んぼの中、ひどいのは山の中です。東京では慶應も法政も青山学院も都心回帰方針だというのに、地方の大学づくりはいかにももったいない。どんなにマイナーな大学でも、学生の9割は地域外の出身者です。自分の地域の無名大学には行かないで、よその町に行くんです。彼らの多くは仕送りを受けている。それなのに山の中に大学をつくって、仕送りをあたら携帯電話とインターネットだけに使わせるというのは、どういうことなのでしょうか。
 そして、もうちょっと一般的なところでは、飲み屋街。おもしろい飲み屋街は経済効果があるんです。例えば、仙台。たくさんの出張客が東京から日帰りで行くんですが、1杯ひっかけてから7時か8時の新幹線で帰る人がいっぱいいるわけです。東京から同じ距離に名古屋があります。名古屋で飲んで帰る人は極めて少ない。帰ってきて八重洲で飲んだりしている。これ、大変な違いです。
 皆さん、「あした、出張に行ってくれ。福岡。だけど、日帰りね」といわれたら、残念じゃないですか。でも、「あした出張に行ってくれ。北九州。だけど、日帰り」といわれたら、「よくわからないけど、ま、いいか」と思うかもしれません。その違いが、実際に宿泊者数の大きな違いになっているんです。北九州にも当然おいしいものがたくさんあるんだけど、街が面白くない、知られていないので、泊まりは福岡という人がたいへん多いんです。観光客になると、もっと差が拡大します。
 「あした出張に行ってくれ。札幌。日帰りできるよね」って言われたら、「せっかくの札幌出張、日帰りなんて殺生な」って思いますよね。でも、「あした出張に行ってくれ。苫小牧に日帰り」って言われたら、「よくわからないけど、いいかな」(笑)。実は札幌には海がないから、漁港が1カ所もない。札幌のおいしい魚の何割かは苫小牧で上がっているんです。王子製紙とかいい会社がたくさんあるから、御用達のおいしい店も多くて、特にホタテ貝の貝柱とか、苫小牧で食った方が圧倒的に安くてうまいんです。だけど、苫小牧はそういうふうに宣伝してないし、飲み屋街を作り込んでないし、どこに何があるか東京ではわからないから、だれも泊まりたがらない。出張者がたくさん来るんだけど、お金が全然落ちてないんです。まさに町を壊したことによって、自ら取れるはずの利益を失っている状態です。非常にもったいない。
 それどころか最近は、地方によっては飲み屋がどんどん郊外化して、市街地の盛り場が解体しはじめています。家が郊外にあって、車で通勤しているので、自宅の近くまで行ってから飲んでいるというのです。その方が代行も安いし、翌朝の車の回収もしやすいし。そうなるとどうなるか?本当に好きな人だけが1次会でだけ飲む地域になって、飲食店売り上げは全体で落ちてしまいます。それでもたまには皆さんぱーっとやりたいこともありましょう。そんなときは歌舞伎町だのミナミだの、手近の都会に年に数回繰り出すというわけで、やっぱり地元の経済にはプラスになりません。
 この間、そういうことが起きている典型的な町・前橋で聞いた話ですが、町の最後のストリートミュージシャンがいなくなってしまったそうです。飲み屋街がないから、夜は人が歩かない。弾いていても客がいなくてつまらないので、高崎に去ってしまった。高崎も同じく飲み屋街は衰退しているんですが、まだ新幹線通勤客が歩く分だけ賑やかなそうです。工場が多くて、ものすごい交流人口が毎日首都圏から流れ込んでくる前橋や高崎。そのほとんどが、泊まらないのはもちろん、何も飲み食いせずに帰ってしまう。実際はうまいものがあるのに。
 そのほか、いちいち説明する時間がありませんが、ブランド物の商業、食の名物を活かした観光、社会人教育、コンベンション、集客イベント、プロスポーツ、まちなかでやった方が経済効果が大きいのに、なぜかそうなっていないものは目白押しです。逆に、郊外にも普通にあるような商業テナントをわざわざ市街地の再開発ビルにいれたりするというのは、波及効果の感じられない話といえましょう。

(パワーポイント−26)
 そして、市街地があった方がいいという一番重要な理由、3つめの理由がこれです。これからの著しい少子高齢化社会では、持続可能な暮らしの場として市街地が必要だ、ということです。
 この紙は、わが国で何年に何人の子供が生まれたかというグラフです。ちなみに偉い先生でこれを活用してくださっている方がいます。なぜか。単に客観的な数字が書いてあるだけで、足し算、引き算すらしてませんから、議論の余地がない紙なのです。ですが、日本で生まれた人が年によってこんなに上下していたというのは、多くの人にとっては驚くべき事実なんです。ジェットコースターじゃないか。終戦直後、団塊の世代の方が生まれていたころは、こんなに赤ちゃんが多かった。これは女性が1人当たり5人のお子さんを産んでいた時代です。それではいかにもつらいので、優生保護法で妊娠中絶が合法化された1950年からドラスティックに生まれる人が減り、そして60年あたりからまた増え始めた。再度のピークが1973年、石油ショックの年、イチロー君の生まれた年です。当時の出生率は2.02人だそうです。
 ところで、なぜ再度子供が増えたのか。高度成長だから増えたとかいう人がいるかもしれない。ですが、何でも景気とかいう抽象的な言葉を持ち出して説明するのは、マクロ経済をかじった人の悪い癖です。もっと簡単に考えてみればわかることで、親が多くなったので、子供が増えたんです。団塊の世代の女性が、ちょうど平均25歳だったんです。親になれる女性が多いから、当然たくさん子供が生まれる。
 そして、1974年から出生者はまたガタッと減る。これまた石油ショックのせいだ、と何でもかんでも景気のせいにする向きがあるんですが、ならばなぜ、安定成長期になっても出生は回復しなかったのか。人間を難しく考えちゃいけない。まずサルと同じだと考えれば、もっとわかりやすいことがたくさんあるわけです。1950年から出生が激減した結果として、1975年あたりから、親になる世代がドラスティックに減り始めたわけです。子供が減るのは当たり前です。さらにその後は安定成長で豊かになったので、出生率も欧州水準へとぐんぐん低下し続けます。
 それやこれやでまた20年。団塊ジュニアが成人し始めて、そろそろ子供が増えるだろうと、政府は期待した。事実、1994年にはちょっと増えたんです。ところが、その翌年から底割れして以降は横ばい。このグラフは1998年で終わっていますけれども、昨年までずっと横ばいです。実際に親になれる世代の女性の数は増えたんですが、出生率が1.33にまで下がってしまったので、効果が相殺されて横ばいになっているわけです。
 ではこれから先はどうなるでしょうか。これも景気に関係なく予測できます。実は今、日本では、1973年生まれ、28歳の人口が大変多い。そして、10年後には28歳の人は3割ぐらい減ることが確定している。そしたら、生まれる子供の数も、今より3割減ぐらい減るというのが常識的な考え方でしょう。20年後には28歳の人は今の半分近くまで減っています。とすれば、出生も半分近くまで減るだろう。これが本当の少子化です。1950年から少子化の第1弾、1975年から第2弾が来たんですが、本当に恐ろしいのはこれから来るこの第3弾。さらに加速度的に子供が減っていくということが確定しているのです。
 日本人はパンダと同じで、このまま行くといずれ絶滅するという説もあります。もちろんこれは極論で、どこかの段階で必ず出生率が少しだけ増えて、減り方がペースダウンする。それはいつか。私の直感では、団塊の世代の方が大体退場し終えて、福祉負担が減ったころからそうなるだろうと思っています。団塊の世代が邪魔だというんじゃありません。団塊の世代は、これまで経済発展の原動力としてこき使われてきた。その人たちが安んじてお亡くなりになるまでは、我々はきちんと負担してそのお世話をしなきゃいけない。皮肉でいっているんじゃないんです。それをやらなければ、恐らく日本はめちゃくちゃな国になると思います。それこそ国民を大事にしない国ということになって、だれもまじめに働かなくなるでしょうね。
 それはともかくとしまして、「この3次にわたる少子化の波がデフレの最大の元凶である!」というのが私の説です。マクロ経済の方々に言わせれば、「素人がいいかげんなことを言いおって。デフレは経済循環の問題、マネーフローの問題あるいは所得の問題で、人口には関係ない」ということになりましょう。その結果、「土地デフレは日銀の政策判断ミスが招いたのだ」なんて議論が流行る。確かにトリガーはそうだったかもしれない。でも、マクロ経済政策にファンダメンタルズを変えるような影響力なんてあるものなのでしょうか?だいたい、未だに出生率が2.04もあって、少子化の影響を考えなくてもいいアメリカの経済学を、本当にそのまま日本にもってきてもいいんでしょうか?。
 マクロ経済を忘れて常識で考えてみましょう。出生者数の減少、人口の減少が、住宅やオフィスや車の需要に影響を及ぼさないなんてこと、考えられますか?
 団塊の世代の方々は、大変たくさんが故郷を離れて住んでいます。東京とか大阪に集団就職した世代なんです。史上空前に人数が多いだけじゃなくて、史上空前に親元に住んでいる率が低いんです。その方々の多くが、35歳から45歳の間に横並びで家を買いました。それはいつですか。日本で35歳〜45歳人口がぴったり横ばいにピークだったのは6年間。1985年から91年までで、92年からは35歳〜45歳人口がガタッと落ちはじめた。同時に期せずしてバブルが崩壊する。これは偶然じゃないんです。団塊の世代の家の手当ての開始と終了が、土地需要を大きく左右したんです。
 ところでこれからはもっと凄いことがおきます。団塊の世代で、長男長女の夫婦の場合、故郷にそれぞれ両親の家があり、多くの場合はまだお母さんが生きていらっしゃる。大正世代です。ところが本人達は東京の郊外なんかに家を買っています。つまり3軒の家を持っているわけです。これを10年以内に1軒にまとめなきゃいけないという人が、冗談じゃなく、結構出てくるんです。まとめ方としては、田舎に戻るか、東京にそのまま住むかどっちか。どっちにしろ、東京でも田舎でも、団塊の世代の親の家が、これから大量に余る。しかも大正世代の家の多くは市街地に集中しているために、さらにすごい勢いで市街地に更地や駐車場が増えていくわけです。
 ともかく、そこはなんとか1軒にまとめるのに成功したとしましょう。でも今から20年後ぐらいにイチロー君が相続を始めると、さらにそこから3割ぐらいの家が要らないんです。そして今から60年後ぐらいにイチローの子供が相続すると、せっかく再度まとめた家のそのまた半分ぐらいが要らなくなっちゃう。構造的に向こう60〜70年、基本的に家の需要が減り続けることが予測できてしまうんです。もちろん、世帯数は逆にどんどん増えていくという考えがある。たぶんそうでしょう。でも世帯数が増えていくということは、1世帯当たりの面積が下がるということになりませんか?世帯当たりの人数があまりいないから。それやこれやで、住宅や宅地の新規需要は、非常に厳しい状況です。これは、住宅業界人なら誰でも知っていることです。
 じゃ、オフィスは?今は団塊の世代がまだ働いています。団塊ジュニアは就職が終わりました。だから今、日本は史上空前にオフィス人口が多いんです。今後とも、ネガサムゲームの中の勝者という意味では森ビルさんは満杯を続けるのかもしれない。ですが、国のトータルでいうと、今後団塊の世代が退職された後に入ってくる新入社員は最大このくらいの数しかいないわけですから、基本的にオフィスは余る。これは確定している。ビジネスホテルも全く同じ運命をたどります。国の経済に巨大な影響を与える新車需要も、まったく同様です。
 このように、人間はサルだと思えば簡単にわかることを、何でも景気だけのせいにするために、真実が見えなくなってしまう。事実、住宅公庫がやっている住宅需要予測は、当然に人口を変数としている。自動車工業会の自動車販売台数予測も、人口を変数にしている。ところが、住宅や自動車の需要に大きく左右されるはずの、国全体の経済予測の際には、マクロ経済学者は人口を変数に入れないんです。車とか家といった重要な財の需要が人口に連動することは明らかなのに、国全体の経済は人口に連動しないという計算法になっている。経済学者の代弁をすれば、「確かに住宅や車の需要は減るかもしれない。だが、総所得が減らない限り、住宅や車以外の“何か”が新たに売れて、全体としては帳尻があうのだ」ということになっているのです。これ自体が日本の現実を見れば疑問な考え方で、売れている“何か”というのは実は“貯蓄”という名の商品、“貯蓄”という名の娯楽だったりするのではないかと思っているのですが、それはさておき、住宅や車といった個別の財の需要が人口に連動して減ること自体は、マクロ経済学でも否定されているわけではない。ところが個別の財の話を景気全体の話と混同してしまう人が多くて、「いつまでたっても景気がよくならないから、家も車も売れず、デフレが止まらない。政策のせいだ」という不満がたまる。違うんです。景気が良くなっても、住宅や車は昔のようには売れないのです。
(パワーポイント−27)
 関西2府4県を例に、これから何が起きるか具体的にみてみましょう。これは出生率を見直す前の、国立社会保障・人口問題研究所の簡易推計モデルによる、単純な人口予測です。関西からはこれまでも長年にわたって人口が流出している。だけど、たくさん子供も生まれているために、まだ差し引き人口は増えている。しかしこれから子供がさらに減り始める。それは避けられない。そうすると、今2000万人ある関西の人口は、2050年までには1500万人まで減るんじゃないか、という予測になっています。これが国の機関のホームページに書いてあるんです。
 そんな先のことはよくわからないし関係ないという方。50年後の話はやめて、2020年、18年後ならどうでしょう?皆さんまだほとんど生きていらっしゃると思います(逆にいうと、18年後に生きてない人の意見だけで世の中を回すと、日本は多分めちゃくちゃになると思います)。18年後の関西では、何歳の人が何人になっているでしょうか。これは割に簡単に予測できるんです。
 これは今から7年前の人口ピラミッドと、国立社会保障・人口問題研究所が非常に甘い見通しに立って推計した18年後の人口ピラミッドの比較です。甘いというのは、近い将来に出生率がぐんぐん回復し出すという前提になってるんです(笑)。それはともかくとして、今関西には、0歳から4歳がこれだけいる。18年後にはそれがほとんど残っているでしょう。また、今20代がこれだけいる。ちょっと地方にUターンするけれども、18年後にも9割5分方残っているでしょう。今団塊の世代はこれだけいます。向こう18年、亡くなる人はあまりいない。平均余命は85歳ですから。ですが、相当地方にお帰りになるんじゃないか。それで18年後には2割ぐらい減るけれども、それでも8割が残っている。どうでしょう、以上の予測に特にひどい無理があるようには見えません。ですがその結果、95年に13%だった高齢化率、65歳以上の人口の比率が、18年後には27%。連続ドラマに時々出ていますが、那智勝浦町という、紀伊半島の先っちょの那智の滝が落ちているあたりの町の今現在と、同じぐらいの高齢化率になってしまうというんです。これが京阪神含めた関西全体の運命です。
 それはどうしてか。理由は簡単。都会だから子供が少ない。だから18年後の若者は今より数割減ってしまう。そして団塊の世代が多い。だから、どうしても高齢者が激増する。過去団塊の世代の働きでさんざんありがたい思いをしてきた。だから、心して今度はお年寄りを養わなきゃしようがない。
 さあ、関西は大変だ。特にアメリカ村あたりの若者商業や、住宅業界は大変です。インフラ産業が大丈夫でしょうか。福祉負担はまかなえるんでしょうか。まず難しいという気がするのですが...
(パワーポイント−28)
 それでは首都圏1都3県がどうなるかを見てみましょう。おもしろいことに、「日本がどんなに高齢化する、人口減少するといってもそれは地方の話で、首都圏は不沈空母だ、沈まないぞ」と、数字も見ないで頭ごなしに信じ込んでいる人が、東京にも地方にも大勢います。いや、日本人の99%がそうかもしれない。でも今までの話を理屈どおりに考えていただければ、少子高齢化の打撃が一番大きいのは首都圏だということが、当然わかるはずです。なぜか。首都圏は日本でも一番出生率が低い。これまでは、若者を地方から吸い上げることによって帳尻あわせしてきているのです。ですがこのビジネスモデルが少子化によって崩れる。おまけに、団塊の世代の多さも日本一です。そのためこれから、首都圏でこそものすごい人口減少が起きるわけです。
 今、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県には、合計して3325万人住んでいます。これは群を抜いて世界最大の都市地域です。10年後には3400万ぐらいまでいくかもしれません。ところが、それから2050年までの40年間に800万人減って、2600万人になってしまうというのです。40年間で800万人減るということは、1年平均20万人ずつ減っていくということです。たいへんな人口減少が首都圏を直撃するというこの予測は、今のトレンドを機械的に伸ばせば誰でも作れます。
 他方で、「東京への人口再一極集中が起きている」という人もいる。ですが、日本全体で過去30年間に生まれる子供を半減させちゃったという巨大な流れの前に立ってみれば、最近の東京への人口流入増加は軽微なものです。誤差の範囲内です。物事にはマグニチュードというものがあります。大きな波と小さな波を混同してはいけない。
 18年後の年齢階層別予測となると更に深刻です。今東京にいらっしゃる0歳から4歳の方は少子化で非常に低い水準なんですが、20代になられるころには地方から仲間が入ってきて、何割か増えるという。そうかもしれない。それでも、20代は今に比べて半減に近い減少になります。それから、今いらっしゃる20代後半の方は、ちょっと地方にお帰りになるけれども、9割以上東京に残るでしょう(そうかな?)。今いらっしゃる団塊の世代は2割ぐらい地方に帰るでしょう(そうかもしれない)。ですが、その結果として高齢者は今から倍増する。85歳以上に至っては3倍増になる。そして高齢化率が26%、今の伊豆大島並みになります。首都圏が18年後には過疎地なみの高齢化率になってしまうというんです。皆さん、ご存知でしたか?
 ちなみに、最近この予測は、出生率が低めに見直されて改定されました。その結果、2020年の1都3県の高齢化率は、前は25.8%だったのが、26.1%に、0.3ポイント悪化しています。
(パワーポイント−29)
 ここまでで明らかなように、新規の住宅需要が増えない、オフィス需要も増えないという時代がそこまで来ています。しかし土地や床の供給はむしろ増えていく傾向にありますから、地価や賃料がデフレになるということは避けられないと考えた方が良さそうです。しかも、これからさらに少子化が本格化するわけですから、需要不足は当面終わりません。
 「東京は不沈空母で磐石で、どんどん地価が上がって、全部の空きビルが埋まります」なんてことは今後あり得るはずがないんです。森ビルが勝ち続けるということはあり得るんですが、それはネガサムゲームの勝者にすぎないんです。高層ビルをバンバンぶっ建ててオフィスワーカーを収容するという時代は、基本的には終わっているんです。都心に高層ビルを集めてみんな職住接近のマンハッタン型にして、その結果、郊外人口や鉄道通勤客は激減するというシナリオもあり得ますが、どっちにしろネガサムゲームなんです。
(パワーポイント−30)
 地価下落の対策として、容積率を上げろという人がいる。この中にもいらっしゃるだろうと思いつつ申し上げますが、それは「供給を増やせば値段が上がる」というとてもおかしな議論です。例えていうならば、「米の値段が暴落したけどどうする?」「よし、田んぼを2階建てにしろ」といっているようなものです。あなたの土地だけ容積率が上がるのなら、あなたは大儲けです。ですがみんなの土地もそうなったらどうするんですか。供給過剰で逆に値段が下がりますよ。
 というより実態はさらに深刻です。東京都が調べた数字では、都内全体における容積率の有効利用率は5割です。地方はもっと低いでしょう。つまり、現状でも容積率は総体としては過剰なんです。ところが地価のほうは、使われていない容積率を織り込んでついていますから、既に過大評価です。
 ちなみに千代田区だけは容積率利用率が100.4%です。だから、東京の最都心部だけ容積率を上げるなら、まだオーケーです。東京の郊外部や地方都市でも、個別の土地を一件一件吟味して細かく上げ下げするのならまだいいでしょう。だけれども、各地で軒並み容積率を一方向に上げていくだけでは、確実に床が余って、デフレが加速します。容積率を上げたら地価が上がるというのは、団塊の世代がまだ家を持っていなかった時代における一種の幻覚、というよりその当時は確かに事実だったんだけどももう二度とは繰り返されない特殊な現象です。日本史上、もう起きないことなんです。
 それから、「調整インフレで地価を上昇させろ」とまじめにいっている人がいます。私は、マクロ経済学者じゃないんですが、直観的におかしい議論だと思う。インフレになったら本当に地価が上がるんでしょうか。「前回の石油ショックのときは上がったぜ」という方にお聞きします。「では、なぜ今アルゼンチンに行って土地を買い占めないんですか。これから確実に大インフレになりますよ。なぜ、10年前にロシアの土地を手当てしなかったか。その後1万倍のインフレがありましたよ」と。もちろん、アルゼンチンやロシアで土地を買うよりも、単に円を持っていた方が得なので、だれもそんなことはしません。同じように、日本で今後インフレが起きたらドルを買った方がいいんです。国賊的な話でいいたくないけれども、私はそういう財テクを全くやってないけれども(笑)、本当にインフレになったら生活防衛のために僕はドルを買います。スイスフランでも何でもいいですけれども、インフレにならない通貨を買う。石油ショックのときはそれができなかった。それだけのことです。
 あるいは金相場を考えてみましょう。インフレのときは資金が流れ込んで必ず上昇するのですが、結局はまた下がってしまうのがセオリーです。右肩上がりに上がるなんてことはないので、素人は手が出せません。それでは、そういう金相場と土地相場に、何か違いが出る理由がありますか?実は、石油ショックのときは違いがあったんです。当時は団塊の世代が20代前半だった。いずれ家を買うことがわかっていた。いずれ実需が上がって、値上がりの帳尻が合うということがわかっていたわけです。でも今後はどうでしょう?
 「バブル前の水準に戻れば地価は下げ止まるだろう」という人がいました。これは地価のメカニズムがわかってない、なにやら錬金術のように怪しげな考えです。バブル前の水準でとまるわけはないです。その頃はまだ団塊の世代が家を買ってなかったんですから。そのときに期待されている地価と、新規住宅購入者が長期的には減ることが確実な今の時点での地価が、一緒になるはずがないんです。こういう、「需要と供給のバランスで価格が決まる」という経済の根本大原則を、インフレとかマクロ経済政策で左右できるというのは、とても大きな勘違いだと思うんですが、どうなんでしょうか。
 あるいは、「少子高齢化対策で外国人労働者を入れろ」という人がいます。工場のためには要るのかもしれないのですが、これと地価と何の関係があるんですか。外国人労働者は家を買いますか。買わない。外国人観光客ならいいですよ。金持ちの人が永住するのでもいいですけれども、労働者が入ってきても土地対策という意味では効果がない。
 「人口が減っても、一人当たりの使用面積は増えるから大丈夫だ」という議論を信じる方はいらっしゃらないですよね。順序が逆です。まず需要と供給のバランスで土地に払われる金額の総額が決まって、それを供給される面積で割れば賃料になります。面積が増えても単価が下がるので、総額は増えません。同じ話で、国際通信業界では、インターネットの普及でトラフィック数が激増しているのに、それ以上の単価の下落で市場規模が縮小しています。海底光ケーブルを過剰に増強してしまって、激しい値崩れが起きているのです。
(パワーポイント−31)
 それやこれやで、これからも今のままの爆発的なペースで郊外開発、農地転用をやり続けていくと、何が起きるか。需要が増えないのに供給を拡大していけば、弊害は地価下落だけでは済みません。広大な開発地の中に老人が低密度で分散する状況になる。
 老人も65歳ぐらいの人はピンピンしています。だから、今から10年後ぐらいに団塊の世代が65歳を超えたころに、新聞ではやる特集は、「元気な高齢者、高齢化社会問題なし、ノープロブレム」という奴です。ところが今から20年後ぐらいには、そういう人たちが75歳を超えて、いわゆる後期高齢者になってまだ生きている。平均余命が85歳ですから。そのころになって初めて、高齢化というのはいかに大変かということがわかる。後期高齢者はそんなに元気に動かないのです。そういう人たちが半分空いているアパートとか、半分空いている山の上の住宅地に点在して住むようになれば、これをどうやってケアするか。そして、どんどん人口が高齢化して密度も下がっていくときに、郊外に引くだけ引いてしまった上下水道の収支構造はどうなるでしょう。通勤鉄道も本当に黒字のままいくだろうか。郊外開発のツケが、更新原資不足としてかえってくるんです。
 ところが、そのころになったら、市街地も場合によると刈谷銀座みたいになっている。駐車場にもならなくて、ただの更地になっていたりする。そして商店街も大型店もなくなっていて、生活利便施設がゼロになっていたら?この悲惨な地域崩壊シナリオをたどらないためには、どうしたらいいか。それは郊外開発抑制・市街地再生しかない。どうやってやるか。数十年越しで、ゆっくりでいいんです。次に建て替えるときに、郊外に行っていたあらゆるものを、ゆっくり市街地に戻していく、そういうやり方です。下水道普及率を上昇させる最良の方法は、下水道が既に引いてある地区の人口を増やしていくことなんです。
 団塊の世代が75歳を超えるまでにあと20年の猶予がある。それまでの長い時間の間にゆっくりと市街地の建蔽率を高く戻していって、郊外の空いたところを農地や山林に戻していく。日本の人口はいずれ8千万人ぐらいまで減ります。ドイツぐらいの大きさになる。それでも国力的には全然オーケー。先進国として十分成り立ちます。ただ、その過程で、中途半端な低密度な郊外ばっかりの国になってしまうと、観光客の1人も来ないでしょう。平面駐車場の間に高層ビル、というアメリカのような都心づくりをするのも、魅力づくりにはまったく役立ちません。
 そうじゃなくて、高齢化率が2割でありながらあんなに若者が歩いている市街地空間を持っている佐世保みたいに、中低層で建蔽率の高いにぎわい空間を再建するんです。「配置の問題」を認識して密度を高くする、これが最大の少子高齢化対策なんです。
 必要なのは容積率の増加ではなくて、中低層の建物による建蔽率の再増加です。これは、土地代が安くなるという不可避の傾向を前提とした、新しいまちづくりの方向性なんです。



4.デフレを前提とした中心市街地活性化の原因療法 

(パワーポイント−32)
 それでは、以上をまとめて、「デフレを前提としたまちなか活性化の原因療法」をお示ししましょう。
 基本線は、先にお示しした空洞化の原因に対処して、住む人を増やし、来る人を増やすということです。人口をどこまで増やすか。地域の人間の2〜3割で十分。そこまで増やせば十分活性化できる。それぐらい日本は先進国で経済規模がでかいのです。だけど、現実の都心人口は、市全体の人口の1割もいない。そこを2割、3割に持ってくるにはどうしたらいいか。それは「2割、3割の物好きを町の中に住まわせる、さらに少ない物好きに町の中で商売をさせる」、この2つに尽きます。そのためにどうしたらいいか。既存の空家・空室・空建物を格安で賃貸市場に乗せる、あるいは土地を借りて中低層開発をする。土地信託か定期借地でやるということです。
 車社会に対する対応も簡単で、SCの駐車場みたいな町をつくる。正確にいうと、車で行けて、停められて、かつ降りた瞬間に車を気にせずに歩けるような町をつくる。今の道路法、道路交通法の反対をやる。通過車両を優先しない。通過しにくくする。通過したい人は郊外を通ってください。バイパスをつくるなという人がいますが、僕はどんどんつくるべきだと思います。どうぞ通ってください。そのかわりにバイパスの沿線開発はしない。中心市街地では路肩などに停めやすくして、さっきの佐世保みたいに車が入ってこない歩行空間をそこに横串に通す。これがやり方です。
 歩行者でにぎわっている町は、実は車対策ができています。長浜の黒壁地区を例にしましょう。視察に行く人はなぜか電車で行くもので、余り気がつかないんですが、あそこはにぎわい地区の真横に幾つか駐車場があるんです。そこに停めて歩けるようになっている。寸どめのところで駐車させて、そこから歩かせる。そういう仕組み。それをはるかかなたに駐車場をつくってシャトルバスだとか、そういうことをいうと、ほぼ100%成功しない。
 そして、何よりももっと重要なのが一番下のこれです。以上のような策を打とうとしても、普通の地権者の協力は得られない。期待している地価、賃料がつかないわけですから。そこでこっちも、安く貸してくれる人の土地しか使わないのです。そして絶対に家賃補助をしない。個別の例外があって、家賃補助をしても害がないという場合もあるかもしれません。ですが基本的には、家賃補助をするとほかの地権者も補助が出るまで待ってしまう。かえって活用の動きを殺してしまうのです。そうじゃなくて、安く貸した人だけが儲かる仕組みをつくる。安く貸したらいいんだ、公示地価は関係ないんだ、需要に合わせた値段をつけなきゃいけないんだという経済の基本原則がわかる地権者だけを、リウォードしていくのです。
 すると、5年ぐらいたつ間に、「何だ、あいつだけちゃんと金が儲かっているね」ということがわかってくる。最初は100人のうち1人だけ。それが5年ぐらいたつと、100人のうち10人ぐらがい真似をし出す。最終期には100人のうち3割ぐらいまでやってくれれば、十分まちはにぎわってきます。
 ある方がいいました「それじゃ虫食いになるじゃないか」。済みません、やらなくても虫食いになります。虫食い的に駐車場になるか。虫食い的ににぎわっているところができるか、どっちかしかないんです。数十年越しにやっていけば、地権者の世代交替もあって事態はゆっくり改善していきます。
 そんなのんきなことやっていられるか、と思うかもしれませんが、現実には各地で皆が取り組み始めていることなんです。たとえば、都内で安く住宅が供給されて千代田区の人口が激増しているのはそれが理由です。そして、地方都市でも後を追って、同じような流れが生まれています。
(ビデオ−3)
 もう時間を大幅に超過しましたので、たくさん事例をお見せしたいのですが不可能です。1つだけ、青森の事例をお見せします。残念ながら青森は余りにぎわっている町とはいえません。ですがたまたま青森に対照的な2つの新しい取組みがあったので、ご紹介したいのです。
 青森のメインストリートは新町商店街です。ごらんのとおり、市が高度化資金を入れて、街路整備やって、アーケードを更新して、とやっているんですが、基本的にはあまりにぎやかじゃないです。なりは立派ですけれども、空き店舗が結構あります。そこにさらなるテコ入れだということで、駅前再開発をやりました。有名なのでごらんになった方も多いと思いますが、アウガという再開発です。リンゴみたいなちょっと不気味な色の外装の再開発。上層階に入っている図書館が夜遅くまでやっていて、よく利用されていて有名です。周辺の人通りも増えて、一部には大成功例ということで伝えられている。確かにそこそこ集客もしています。ですが採算的には全く成り立っていません。なにぶん、あるコンサルが「核店舗を必ず見つける」と大見得をきったのをいいことに、先にビルを建ててしまったのですが、結局誰も入らなかった。慌てて埋めたので、賃料が低い。なのに権利床には高額の賃料を払わねばならない。公共インフラとしては意味があるんでしょうけれども、今のままでは経済的に成り立たないプロジェクトなのです。
 この事例に端的に表れているように、町の中に容積率フル利用の建物をつくって、人を上に上げるという考え、高度利用するという考えは、もうほとんどの町では正しくないんです。断言したいと思います。人口が増えずに空き地がどんどん増えている状況で容積率の「高度利用」をすれば、採算は立たないし、さらに空地を増やすだけなのです。にぎわいを増やす建蔽率をかえって下げてしまう。
 一方で、そこから100mほど離れた商店街の店舗跡地では、市所有の敷地をTMOが借りて、「パサージュ広場」という名前で有効利用しています。こっちの方は非常に時代に合ったものなんです。基本的にTMOが借りて運営しているから、商業空間として利用されています。周りはチャレンジショップで埋めて、その2階にはTMOやNPOのオフィスが入っています。真ん中は広場とオープンカフェです。またこの人は、広場でヒバ材の表札をつくって売っています。観光客相手の一種の露店です。
 ごらんのとおり、今まで青森の町になかったような、おしゃれで若い人向きの場所ができたために、こんなに人がたまっている。チャレンジショップも若い女性が経営しているわけです。ここのチャレンジショップの大きな特徴は内装がきれいなことです。外側はバラックでも中は本格的です。全国の他都市のチャレンジショップは逆に、たいてい外が立派で内装はボロボロ。文化祭の模擬店みたいなやつですが、あれではだめです。ちなみに、ここに出店したある専門学校卒の女性は、1年半で県内に6つの店を持つ事業家に成長したそうです。
  これこそデフレ時代の象徴のような施設。地権者ではなく市が土地代を負担しているところはちょっと残念ですが、上物代はほとんどかかってない。ソフトだけで勝負している。チャレンジショップが力尽きれば、またやめてほかの利用をするかもしれない。ですが、こういう空間の方が縦に高い再開発ビルよりもはるかに人間をホッとさせるし、東京の人間が見てもおもしろいと思うんです。新規参入者を受け入れる器としても機能している。
 反対側にまわると、店が1軒もない裏路地につながってます。アウガと、市内一番館の中三デパートを結ぶ2核1モール動線上だというのに、地権者としてこれを有効利用する人がだれもいない。従来の考え方でいえば、「ここも高度利用だ。全部ビルにしてしまえばいい」ということなんでしょうか。残念ながら、人口が増えないから、そんな需要はないんです。その分2核の間に空地を増やしてしまうだけです。次にやるべきことは、この路地の地権者の方のだれか1人でもいいから説得して、このチャレンジショップの卒業生を入れてもらうということです。今ある空資産をステップ・バイ・ステップで埋めていけば、ちょっとずつにぎわいが再生していくわけです。それを、何でも箱をつくれば人が来るという、まるで20年前の発想でやるために、逆に何をやってもうまくいかない。
 ここのオープンカフェで、今私は大変おいしいカレーを食べています。周りには、まるでやらせのようですが、こんなに人が集っているんです。「済みません。今仕事やっています」というふりをして、ここでコーヒーを飲んでから帰るサラリーマンとか、おばちゃんとか、お兄ちゃんとか、子供連れとかが現実にここでたむろしているわけですよ。こういう空間は、箱の中に入れてしまうと見えなくなるんです。これが外にあるから、通過者にも見える。気持ちが楽しくなって、歩き出す。にぎわいがにぎわいを呼んでくる。小さいけれども、佐世保の原理の萌芽です。
 じゃ、アウガの方はどうなっているか。ちょっと見せて終わります。ごらんのとおり、公開空地をつくった。つくったはいいが、日本の道路法上か、警察の規制か何か知らぬけれども、オープンカフェや露店を公開空地に出している例を見たことがありません。なぜかここではベンチすらない。金のかかったモニュメントがあるだけで、誰もいない。お金が落ちていません。そして、建設費を節約したのか。エスカレーターのないやたら広い階段が、地下1階へのメイン動線になっている。そこを荷物持っておばあさんが上がってきていますが、こういうのが良好なインフラといえるんでしょうか。こんなことをするくらいなら、地下1階に物を入れるべきではない。
 地下1階に何が入っているか。市場です。駅前にあったリンゴ市場を、当局は「汚い、市の顔としては恥ずかしい」と思ったのでしょうか、地下1階に移転させた。確かに防災上はまともになりました。相変わらず朝5時から営業していまして、それ自体はよくにぎわっています。にぎわっているけれども、中小零細の集まった市場ですから地価負担力はありません。その分はどこに転嫁されているのでしょうか?第一、ビルの地下に市場を入れて近代化と思っているのは、古い世代の感覚です。我々海外旅行に慣れている世代であれば、青森駅におりたときに、駅前に市場があって、おばあちゃんがほおかぶりしてリンゴ売っていたら、「何てすばらしい、個性ある青森」と思うのです。その景色はイタリアの町の駅前と変わらないんです。貧しいとも思わなければ、貧乏臭いとも思わない。そういうユニバーサルな感性がわからない、東京しか知らないおじさんが、市場をハコの中に無理やり閉じ込める。そうすると、市場自体は頑張っているけれども、横には服飾があったりして、すごく変な空間ができてしまう。
 しかも、市場の跡地は広大な空き地として駅前に残っています。これをさらに「高度利用」するという絵があるんでしょう。でも誰がやるんですか。既に最初の再開発ビルにも核店舗は来なかった。これからオフィスが増えるということはあり得ない。住宅なら需要はありそうですが、この駅前の一番地価の高いこの付近、それだけでは成り立ちません。結果的にはヒューストンになってしまっているのです。9割駐車場、1割ビル。需要が変わらないところで、容積率を高度利用すればするほど、建蔽率の低い町になってしまう。そしてにぎわいが分断されるんです。この悪循環をどこかで断ち切らなきゃいけない。建設業者の立場に立っていうならば、死んだ土地が幾らあったってしようがないんです。5年ごとに建て替える暫定利用があった方が建設業も儲かるんです。土地じゃなくて上物で食っていくという構造に、世の中を変えなきゃいけない。
 余談ですが、先日ある政令市の若手職員にこのビデオを説明していたら、「デパートを建てればいいじゃないですか」と言われました。まるでマリー=アントワネットの「パンがないならお菓子を食べればいいじゃないの」みたいですね。「アウガに核店舗が入らなかった」と説明した直後だというのに。
 ところでさらに裏に回ると、結局再開発し切れない古い市場街が残っていて、とてもいい雰囲気です。ごらんのとおり、たくさんの人が買い物している。「みすぼらしい、いかにも途上国みたいだ」と、嫌に思う人が、地の偉い方には多いのかもしれません。でも、青森に単身赴任しているサラリーマンに聞いてみたところ、「朝早く行くと本当においしい野菜が手に入る。自分の出身の仙台から考えるとうらましい」というんです。こういうのを全部つぶしちゃって、さっきのアウガみたいなものを10個並べることがまちづくりではないんです。こういうよさを残したまま、防災面で大丈夫なように1戸1戸をつくり変えていくのがまちづくりなんじゃないでしょうか。
 現に、そういう流れは着実に起きています。同じ青森の町でも、パサージュ広場ができてにぎわっている。今、全国津々浦々で、こういう動きがおきつつあるんです。
 時間も尽きましたのでこれで終わりますけれども、これだけ見せると、まるで「とにかくオープンカフェをやれ」といって終わったみたいですね(笑)。が、本当はこの後、商店街の空店舗を有効利用して通行量が増えている例、空大型店の再利用例、駐車場の屋台村への転用、住宅街が面白い商業空間になってきている例、ウォーターフロントの新たな活用例、延々とお見せしたいところなんです。ハコモノにしても、同じ青森県の弘前の中三百貨店は、地価をかけずにやった百貨店の増床改築で、立派に成り立っている。
 共通していえるのは、理解のある地権者の土地だけを安く借りて、そこに住人や新規参入者を入居させて、容積率は未利用だが建蔽率の高い、緊張感ある空間を構築していくということです。これがデフレ時代の中心市街地再生の唯一の道筋であり、かつ成功する道筋です。
 時間を大変超過しまして、まことに申しわけありませんでした。ここらで終わります。長時間どうもありがとうございました。(拍手)



藤山
 藻谷先生、大変わかりやすく、示唆に富んだご講演ありがとうございました。
 本日は時間をちょっとオーバーしておりますので、きょうは質問はなしということでこれで終わらせていただきます。どうも先生ありがとうございました。(拍手)



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