(図33)
時それ大正十二年九月一日正午時
突然起こる大地震
神の怒りか龍神の
何に恐るる戦きか
大地ゆるぎて家毀し
瓦の崩れ落つる音
電柱さけて物凄く
潰れし家のその中に
呻きの声や叫ぶ声
文化の都一瞬に
修羅の巷と化しにけり
火の手は起こるここかしこ
狂へる風に煽られて
乱るる炎 火の柱
天に沖する黒煙り
老若男女分ちなく
右往左往に逃げまどふ
満都の人の狼狽は
実に一幅の地獄絵よ
悪魔の火の手はすさまじく
官省、帝劇、警視庁
三越、白木、松阪屋
枢要の街をなめて行く
折しも一日雑踏の
歓楽郷の浅草は
先づ十二階崩れ落ち
大劇場も活動も
またたく隙に灰塵に
帰するもあはれその中を
女子どもの逃げまどふ
姿みじめに見えけるが
五万有余の人達を
加護せしものか観音堂
焼け野の中に悠容と
聳えて立てる屋根瓦
阿鼻の叫号の被服廠
ここの広場を頼みとし
集まり来る避難者は
三万五千を数えしな
相生署長 山内
部下を率いて警戒のうちに
頼みの広場さえ
あやさんとは恐ろしき
紅蓮の炎に囲まれて
残る一方大川に
熱さのために耐えかねて
飛び込む者よ溺る者
中に集まる人の上
散るよ火の雨火の礫
必死に払ひ落とせども
猛る炎は容赦なく
家財道具に燃え移り
中へ中へと迫りゆく
怪しと見るや轟々と
突如起こりし旋風
人も荷物も巻き上ぐる
この世からなる焦熱の
地獄に起る叫喚は
例ふもおろか言葉なく
子供を抱へし若き妻
父母を護れる若人も
今は術なく抱き合ふて
焔の中に倒れける
蕭条濯ぐ秋の雨
そぞろ哀れを身にしみて
上野の山に来て見れば
大東京の影もなく
見渡す限り焼け野原
変り果てたる様なるよ
感慨胸に迫り来て
噫と一言洩らすのみ
こういう歌です。これは私が歌い継ぐべき歌だと思ってやっています。
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