→日建グループへ



 

 

第42回NSRI都市・環境フォーラム
戦後都市計画を再考する:高山英華の生涯

2011年6月21日(火)
NSRIホール
講師:東 秀紀 氏(作家、建築史家、都市計画家、首都大学東京 都市環境学部都市環境学科自然・文化ツーリズムコース教授)

 


Ⅰ.戦前・戦中
・幼少年時代
・学生時代(サッカー、マルクシズム、三陸大津波と卒業計画)
・都市計画を志す(恩師内田祥三、大同都邑計画、第二工学部)

Ⅱ.戦後・高度成長時代
・復興
・高度成長時代(八郎潟、東京オリンピック、万博、東大都市工学科)
・都市計画からまちづくりへ(新都市計画法、地区計画制度、杉並区)

Ⅲ.まとめ
・高山英華とは何であったか
・その人物像(インタビューから)
・高山英華の生涯が語るもの

                                                     PDF版はこちらです→


 大変長らくお待たせいたしました。ただいまから第42回都市・環境フォーラムを開催させていただきます。今日は梅雨の谷間でお天気もよくなりましたが、大変お暑い中、お越しくださいまして、まことにありがとうございます。
本日のご案内役は、私、広報室の谷礼子でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、本日は、ご案内のとおり、首都大学東京 都市環境学部教授でいらっしゃる東秀紀先生にお越しいただきました。本日は、「戦後都市計画を再考する:高山英華の生涯」と題してご講演をいただきます。
東先生は、お手元の資料の通り、建築史家、作家としてもご活躍でいらっしゃいます。本日は、高山英華先生の人柄、その功績をお話しいただきながら、都市計画、まちづくりについての本来のあるべき姿についてお話をいただけるものと楽しみにしております。
それでは早速、先生にご講演をいただきたいと存じます。皆様、どうぞ大きな拍手で先生をお迎えください。(拍手)

 

 ただいま紹介にあずかりました首都大学東京の東です。よろしくお願いいたします。
(図1.2)
私は、昨年、高山英華先生の伝記を書きました。それが、ここで話をさせていただく理由かと思います。
高山英華先生の伝記をどうして書いたかというと、今から5年ほど前、伊藤滋先生から電話をいただいたのが端緒です。「渋谷の事務所に来てほしい」という話でしたので、「何だろう」と不思議に思いつつ行きました。
そこに石田頼房先生と宮沢美智雄先生がおられました。3人が言われるには、「実は、もうすぐ高山英華先生の生誕100周年だ。ついては伝記を書け」ということなのです。私は先生がたに、過去お世話になったものですから、断るわけにはいかない。そうこうするうちに、出版社からも電話がかかってくる。もう逃げられないということになり、腹をくくって、資料集め、関係者ヒアリングから始めました。


 


                                       1       

copyright 2011 NIKKEN SEKKEI LTD All Rights Reserved