連載コラム  
 
Topic 18 生涯学習を楽しめる場
  〜「アフォーダブル」な生涯学習機会の提供〜
 
吉田 雄史
 
 
●「生涯学習」の蔓延
 
 「生涯学習」というキャッチフレーズがもてはやされるようになって久しい。特に自治体が策定する計画においてはその傾向が顕著で、これらにおいては「生涯学習活動の推進」は必要欠くべからざるアイテムとなっているようで、結果として生涯学習館、生涯学習センターなる名称を得た公共施設が各地に生まれている。その功罪はともかくとして、まずはそもそも生涯学習の定義とその必要性を整理する必要があろう。
 例えば宮崎県の生涯学習審議会答申(Web上で公開されている)では、「生涯学習の必要性」として、下記のように述べている。「わが国は、成熟社会へ向けて急速に進展している。このような社会の変化の中では、もはや、人々は学校教育で身につけた知識・技術等では、社会生活や職業等に対して十分な対応をすることは不可能となってきている。そのため、生涯を通して絶えず新たな知識や技術を習得し、より豊かで充実した人生を送るために、生涯学習に取り組むことが必要になってきている。」そしてその必要性が高まってきた社会的背景として、科学技術の高度化、情報化、国際化、高齢化、価値感の多様化、男女共同参画社会の形成、家庭・地域の変化、があげられている。ここで注目したいキーワードは、「教育」と「学習」で、字面を追えば、「教育」は教え、育てることであり、主体性は個人でなく、その仕組みを扱う方にあり、「学習」は、自ら学び習うことであり、主体性はその本人にある。つまり多様化する社会に適合し、豊かで充実した人生を送るためには、受動的な「教育」だけでなく、能動的に生涯を通じて学び続ける「学習」が重要、というのが基本思想と理解される。
 ここで注目したいキーワードは、「教育」と「学習」で、字面を追えば、「教育」は教え、育てることであり、主体性は個人でなく、その仕組みを扱う方にあり、「学習」は、自ら学び習うことであり、主体性はその本人にある。つまり多様化する社会に適合し、豊かで充実した人生を送るためには、受動的な「教育」だけでなく、能動的に生涯を通じて学び続ける「学習」が重要、というのが基本思想と理解される。
 
●Creativity: 都市のブランディング・差別化の要素
 
 前述の「生涯学習」とは若干離れた印象をもたれるかもしれないが、近年都市計画やまちづくりの分野で注目されるキーワードのひとつに「知的創造性」「Creativity」がある。
 リチャード・フロリダは「クリエイティブ資本論」等の著書において、都市のイノベーション指数、ハイテク指数はゲイ指数と密接に関連していると述べている。ゲイのコミュニティが形成されているということは、それを許容できるだけの社会体制がその都市にできている(フロリダはこの要素を「Tolerance」と呼んでいる)という証でもあり、それだけ旧弊に囚われないイノベーションが起こるだけの素地ができていることが、新たな都市のブランディングに繋がると読むのであろう。
 また、英国の都市計画家のチャールズ・ランドリーはその著書「The Creative City」のなかで、「文化施設をつくる・文化的なイベントをやるといったことでなく、都市に住んでいる人々が行政の人も市民も含めて、誰もが固定概念にとらわれず創造的な発想で暮らしていくことが都市再生につながる」ことを述べている。知的生産性など、目に見えない価値を認めていこうという動き、それが都市のブランディング、差別化に繋がる時代になってきたといえるだろう。
 
●人間の力=ソフトを磨くということ
 
 先に述べた「生涯学習」と次に述べた「Creativity」には共通点がある。それは、人間の有する能力、すなわちソフトの性能を「自ら」向上させていこうという方向性である。都市や建築から我々の身近にあるパソコンや携帯電話までを含めて、ハード・ツールは、近年に至るまで格段に進歩し、それに応じて個々人ができることも拡がってきた。しかし肝心の究極ソフト=人間の能力を磨いていかなければ、各々の人生を豊かすることはできない、ひいてはそうした人々が集まる都市も豊かになれない。そしてその能力を磨くこと、すなわち「学習」は主体的に行うものであり、それは固定観念に捉われない創造的な発想につながる。このように考えると、生涯学習を楽しむ機会を増やすことは「都市のバリューを高める」ための一因になるといえるだろう。
 それでは、我々が都市・建築というハードを整備する際に、ハード側としては人間の力というソフト向上のためにどのような貢献ができるのだろうか?以下、いくつかの事例をもって考察してみたい。
 
●楽しく学べる公共施設の出現
 
 生涯学習を楽しむためには、生涯学習ができる場所をつくればよい、というほど単純ではない。圧倒的なハードが整備された結果、結局使われずに多額の負債と膨大なメンテナンス費が圧し掛かる…というのが国内バブル期の公共施設の典型であった。
 近年は、ハードだけでなく、そこで展開される展示企画や芸術教育などのプログラムを充実させている公共施設も増加している。印象的な建物デザインに加え、企画展示を充実させ、結果として年間150万人の集客を誇る「金沢21世紀美術館」はその一例といえるだろう。ここでは「楽しく学べる公共施設」のあり方が提示されている。
 
 
金沢21世紀美術館
 
●「いい年の」社会人も学べる場
 
 ビジネスの国際化・情報の高度化に伴い、社会人にとっても常時新たな知識を吸収し、自らのソフトを磨く必要性が求められている。六本木ヒルズの高層部において展開されている「アカデミーヒルズ」は、社会人を対象とした施設で、仕事帰りに夜間まで利用可能な図書館に加え、様々な自己啓発セミナー等を開催している。また、東京大学が主催する「東大まちづくり大学院」では、実務に携わる行政・民間の担当者を対象として、新たに都市計画・まちづくりを学びなおそうという講座で、平均年齢は40歳を超えるという。
 ここで特筆すべきは、「いい年の」社会人が学ぶための環境がしっかり準備されているという点である。ややもすると我々は、教育というと学生に混じって勉強する、肩身の狭い思いをする、・・・という印象があるが、これらの施設はそうではない。社会人ならではの環境・設備を保持しつつ、それにふさわしいプログラムを準備しているという点で、まさしく社会人にとって寛容な場づくりが志向されている。
 
●高齢者も学べる場
 
 高齢化社会においては、高齢者が学べる場をつくることも必要である。定年後も元気な高齢者の方々を対象として、今までの経験の活用に加え、新たに学び、その知識を活かす場の紹介等も含めた機会創出を考えるべきであろう。現状では高齢者向けの生涯学習機会は、自治体等が主催・提供するものが多いと思われるが、学習から活躍機会の提供まで含めたサービスは、民間のビジネスとしても十分に今後の社会状況にマッチするのではないだろうか。
 
●生涯学習の場が都市に溶け出す
 
 ここまで見てきたように、生涯学習と一括りに述べても、その学習内容・対象ともに多岐に富んでいる。いまや生涯学習は、公共施設だけでなく、高層ビルの最上部でも展開されている。この状況に対して都市側が貢献できることは、個々人の志向にあった生涯学習活動が行えるような環境・選択肢を広げる、ということではないだろうか。いつでも、どこでも学べる場の提供。すなわちAffordabilityの拡充である。
 例えば、自宅・オフィスに次ぐサード・プレースとしてスターバックス・カフェが位置づけられて久しい。私見だが、筆者はスターバックス(別にタリーズ等でもいいのだが)こそが、都市における生涯学習をサポートする拠点になりうると考えている。スターバックスの特徴は、「何をしていても何もしていなくても許容される」場所ということ。参考書を広げた自習、PC利用、英会話レッスンの場に利用されているケースも多い。インテリアもお洒落、ソファがあるなど他の喫茶店に比べるとゆったりしており、自分のスペースを確保しやすい。
 このような生涯学習を許容できるスペースを、都市のあちこちに散りばめてはどうだろう。ここでの業種・世代を超えた情報ネットワークは、新規ビジネスやイノベーションを生み出すプラットフォームであり、まさしく都市のインキュベーターともいえる。
 もうひとつ忘れてならないのは、このようなAffordableなスペースが増えることは、都市における新たなコミュニティのあり方を提示するということにもなるだろう。自らが学びたいものについて、集い、語り、気づき、議論できる場は、個人の創造的発想をはぐくむ、都市における新しいタイプの「縁」を創ることにもなるだろう。いつでも、誰でも、どこでも・・・その選択肢に幅広く対応し、利用者にとってのハードルが低く、受け入れていく都市の許容性、「懐の深さ」が、都市のバリューを生むと考える。
 
 
 
   
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