連載コラム  
 
Topic 23 特徴的な公共交通のデザイン
  〜公共交通は「見た目」が重要〜
 
吉田 雄史
 
 
●公共交通が都市のアイデンティティをつくる
 
 近年、世界的な低炭素社会への注目度の高まりを背景として、コンパクトシティ、TOD(公共交通指向型まちづくり)などの単語を頻繁に目にする。そんななか、一躍都市計画の主役に躍り出てきた存在が公共交通である。公共交通といえば一般的にはバス、電車、船、飛行機等が挙げられるが、今回は、それらの公共交通が都市のバリューに与える影響を取り上げたい。
 公共交通と都市の結びつきは深い。例えばロンドンに行って2階建てバスを見れば、あぁロンドンに来たなぁ、と思うし、トゥクトゥクと呼ばれる三輪タクシーが目に入れば否が応でもタイに来たことを認識させられる。このように公共交通はその都市のイメージやアイデンティティの形成に寄与してきた。
 
●低炭素型都市づくりの主役、LRT
 
 数ある公共交通のなかでも、低炭素型都市→公共交通という流れのなかで頻繁に議論に上るのが、LRT(Light Rail Transit)である。LRTの普及は世界的に見ればそう最近のことではない。脱クルマ社会の主役として、欧米の多くの都市では1960年代から導入構想がはじまり、1980年に入っていくつかが実現し始めた。筆者は、一昨年の秋にスペインのビルバオに行った際にLRTに乗車した。市の中心を流れるネルビオン川沿いの芝生の絨毯の上を、歴史的街並みをバックに颯爽と走るLRTは、はっとするほどに見栄えがする。ご存知の通りビルバオはアートによる都市再生に成功した都市として有名であるが、都市のバリュー向上に対して、LRTは隣の美術館建築に勝るとも劣らぬ貢献をしているように感じられた。
 
●富山LRTという成功例の意味すること
 
 翻って日本におけるLRTの普及はどうかといえば、1990年代から熊本市や広島市などにおいて、既存路面電車事業者によるLRV(Light Rail Vehicle)の導入が進められてきた。すなわち従前の線路の上を、ドイツなどから輸入してきた超低床車両を走らせるという形であり、軌道の新規整備を伴わないことからシステムとしての総称であるLRTとは区別されているのが現状である。
 そんななかで近年LRTの成功例として取り上げられるのが、富山市の事例である。ここでは、2006年4月に富山港線(愛称PORTRAM)、2009年12月に市内電車環状線(愛称CENTRAM)が開業している。富山港線についていえば、従来はJR西日本が運営していた鉄道路線を第3セクター会社である「富山ライトレール」に移管、路面電車化したものである。新規開業にあたっては、大部分は既存線路を利用するものの、駅前など軌道部の新設(1km程度)と駅を増やしている(10駅→13駅)。つまり、従来とハードはさほど変わっていないにも関わらず、開業直後から当初目標を上回る利用客数を誇っているのである。
 富山LRT成功の理由としてはいくつか挙げられている。運行本数の増加、駅前広場とパーキング&ライド駐車場整備、フィーダーバスの運行、市民へのアピール等、運営者側の創意工夫によるところが大きいことは言うまでもない。そうは言ってもやはり特筆したくなるのは、その車両デザインである。曲面を描く線形、色合い、そしてその車両が緑の芝面を滑るように走る姿、これらが複合することにより、都市に映える「絵」が生まれる。要はカッコいいのである。やはりキレイでカッコいいものに乗りたくなるのは人間の本能といえるだろう。
 
●未来を感じさせる?車両デザイン
 
 次に未来の、といってももう実用化に向けて進んでいる車両デザインを紹介したい。UAE(アラブ首長国連邦)の首都、アブダビにおいて建設が進められているマスダールという環境配慮型都市開発においては、完全car-freeな都市が志向されている。マスダールは5kuの規模で5万人の人口が想定されているが、都市内の交通はLRTに加えてPRT(Personal Rapid Transit)と呼ばれる4人乗りの電気で動く乗物に限定されている。83の駅間を利用者のニーズに応じて移動し、将来は空港や旧市街地までも連携するという。まるで映画に出てきそうな、いわゆる未来を感じさせるデザインであり、これが将来の我々の足となる都市はどのようなものか、想像が膨らむ。
 古来映画の世界においては、様々な公共交通がデザインされてきた。スターウォーズ、ブレードランナー等、その劇中の都市を描く際には必ずといっていいほど、特徴的な交通デザインが登場していることを考えると、都市空間における交通の存在は都市景観というバリューを語る上で大切な役割を果たしていると言えるだろう。
 
富山駅前を疾走するLRT
展示されている1/1のPRT
 
●公共交通デザインは公共の資産
 
 LRTとまちの景観について、前述の富山市と、LRT導入の代名詞ともいえるストラスブール市の居住者を対象として、意識調査が行われている。両市ともに、「美しい景観はまちの誇り」と考えている人の割合は約90%、「多少コストがかかっても公共施設や公共交通機関をまちの景観にマッチしたデザインにすべき」と答えた人の割合も75〜80%といい、LRTを中心とした景観形成に対する高い意識を示している。
 既述した内容に基づいて、公共交通のデザインは都市の景観を形成する重要な要素、すなわち公共の資産であると仮定するならば、行政または地元は公共施設というハコモノだけでなく、「公共交通のある景」をもっと大事にしてもよいのではないか。必ずしも車両が新しい必要はない。「わが街のアイデンティティ」として積極的に認知し活用すべきである。
 
●車両デザインからトータルデザインへ
 
 例えば携帯電話が著名なアーティストの手によってデザインされるように、今後の公共交通はアーティストがデザインしてもいいだろう。地元のデザイナーを起用すれば地域性の創出というシナリオにも繋がる。しかしLRTに限っていえばまだ障壁は高いようだ。超低床式の車両は国産がなく、富山LRTにおいてもドイツ製を活用せざるを得ず、その分外観も内観もデザインできる部分が限られたという事情があった。生産工程も含めた、より柔軟かつ突き抜けたデザインができないものか。
 また、重要なのは車両デザインだけではない。ビルバオのLRTでは、停留所や沿線のストリートファニチュアまでも含めたトータルなデザインがみられる。富山LRTにおいても然り。ここでは市長や市民をも巻き込み、停留所・サイン・さらには3セク会社の名刺のマークまでも含めてデザインすることにより、徹底的なブランディング戦略が行われている。
 
●公共交通のつくる原風景
  公共交通とともにそれによって紡がれる原風景を生かし続けていくことも都市の重要なバリューであろう。世界一が集積するドバイにおいて、実は歴史を感じさせる公共交通がある。旧市街地にある運河を渡る渡し舟である。これは恐らく歴史的に古くからあるものと思われるが、周辺には積荷を満載した船が多数係留され、まだドバイが中東の交易地の一つであったころはこんな感じだったろうかと思わせる風景である。超先端の只中にぽっかり残されたような都市の記憶。こうした都市の記憶となる原風景の重要な要素である公共交通を守り育てていくことも広義の公共交通デザインとはいえないだろうか。

ドバイのオールドスークにおける
「アブラ」と呼ばれる渡船。
ボートにベンチがついた
程度の簡単な構造。
 
●公共交通のつくる原風景
 
 プロダクツとしてのカッコよさから、地域の有する個性・文化の体現、果ては沿線空間・都市景観の形成に至るまで、公共交通のデザインはかくも多様な意味をもつ。公共交通を都市の新たな主役として捉える場合、それは都市の魅力を再編・創出するための契機と捉えられよう。当然ながらその「見た目」の重要性はいうまでもない。「それに乗るためにそこに行く」・・・。そう感じられる公共交通を存在せしめることこそが都市のバリューを産み出すのであって、我々プランナーに求められているのはそのような試みを都市のなかで絶えず実践していくことなのだろう。
 
参考資料: 交通政策の未来戦略(文理閣/土居靖範)
  LRTと持続可能なまちづくり(学芸出版社/青山吉隆、小谷通泰)
  都市公共交通と環境デザイン(土橋正彦・宮沢 功/2006年度第9回都市環境デザインセミナー記録)
  http://www.gakugei-pub.jp/judi/semina/s0609/index.htm#Mli011
 
 
 
   
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