連載コラム  
 
Topic 31 公共施設(インフラ)の立体複合化
  〜単機能インフラから多機能(マルチファクショナル)インフラへ〜
 
吉田 雄史
 
 
●公共施設の効率性の重視
 
 道路、公園等の公共施設は、「市街地」として整備されるうえでの必要不可欠な施設であることはいうまでもない。小澤一郎氏はその論文*のなかで、都市基盤がないまま建物が建て詰まって出来た市街地を「原始市街地」と呼び、そこから道路・公園・下水道等の都市基盤が整備された市街地を「1次市街地」と呼んでいる。しかしながら「これは、経済の高度成長期、人口の拡大と都市への集中期において、急激に増大する都市的土地需要を計画的市街地に誘導する段階での市街地像」であり、「人口減少と社会の成熟期を迎え、拡大した市街地を整序し、また空洞化した街なかの再生・再構築をめざすこれからの都市づくりにおいては、新たな市街地像をもって仕事にとりかかることが必要」と述べている。
 これからの目指すべき都市像としてコンパクト・シティ論が唱えられて久しい。都市をコンパクトにすることを是とするならば、限られた空間をいかに効率よく使っていくか、都市を考える上ではその具体的な方策が求められる。一方、人口減少・高齢化社会の進展等、世の中が成熟社会へとシフトしつつある昨今、効率性に加え、快適性といった環境価値へのニーズも高まっている。
 以上のような背景から、道路・公園・下水道・その他生活を営む上で必要な公共施設(インフラ)に対しても、効率化かつ快適化という視点からあり方を考えるべきではないか、というのが今回のテーマである。
 そのキーワードとして挙げたいのが、マルチファクショナル(多機能化)である。財源が限られている以上、都市にとって必要不可欠な公共施設は極力複合化・統合化することで効率的な施設とし、同時に市民にとっての快適性が付与されれば言うことはない。詳細は後述するが、公共施設の多機能化は、小澤氏の述べる「1次市街地」から脱却し、新たな市街地像を提起するための解答になりうるであろう。
 それでは、マルチファクショナルなインフラとはどのようなものなのか。そして我々は何を念頭において、その多機能化を進めていくべきなのだろうか。高密度に都市・建築をつくってきた歴史をもつ日本をはじめ、諸外国においても既にインフラの多機能化は進んでいる。それらの事例を紹介しつつ、プランニングにおけるインフラ多機能化の意味について考えてみたい。
 
●タイプ1:複数機能を効率的に重ねる
 
 タイプ1として、現在日本において実現されている事例をいくつか紹介しよう。
 まず、都市をつくる上で必要なインフラ整備の際に生じた余剰空間を別用途に活用し、新しい機能を付加したもの、いわゆる「上部利用」がある。その例としては、下の写真の落合水再生センターの上部空間の一部が公園として整備されているものや、東京都のポンプ場の上部を利用して民間事業者がオフィスビルを整備した「後楽森ビル」などがある。特に後者は、インフラと民間建物の合築によるPPP(官民パートナーシップ)プロジェクトの好例である。
 これらは、いずれも都市に必要なインフラに新しい機能を重ねあわせることで、その空間の価値を高めたものといえる。
 

東京都の落合水再生センター。上部の一部を公園として開放している(東京都下水道局HPより)

東京都のポンプ場の上に整備された後楽森ビル (森ビルHPより)

 
 次に、求められる複数のインフラを効率性と機能性の観点から立体的に複合しているものがある。汐留シオサイトにおける都市基盤は、地下3階は地下鉄駅、地下2階は地下車路、地下1階は公共地下歩道、1階は歩車道、2階は歩行者デッキ、3階は新交通と、計6層にわたって徹底した立体複合利用がなされており、都市空間として総合的に解決を試みた例である。
 空間の総合化として解決を試みたという点では、隅田川をはじめとした河川沿いのスーパー堤防などもこのタイプの事例として見做せるのではないか。治水機能を高める堤防の高規格化と後背地の土地利用を総合化すると同時に、都市の防災性向上という課題解決を図っている。
 
●タイプ2:機能複合化に新たな「価値」を持たせる
 
 タイプ2は、都市空間活用の優先順位を決め、ステイクホルダー間の様々なやりくりの結果、人間=市民のための「空間を捻出」した、もっと言えば、市民のための価値ある「開放空間」を創出しようというものである。
 一般的に都心部は様々な機能が集積するがゆえに、インフラ等の公共施設も集中する。したがって、都心部など市民活動にとって最も価値ある場所において、必要な公共施設の機能を充足した上で空間を限定化し、残りの空間を市民のために「開放」するのは、プランニング上の合理的な判断といえる。これについては、海外の2つの下記事例を紹介したい。
 スペインはビルバオ市にAmezolaという駅を中心としたエリアがある。もともと鉄道が沿線市街地を分断していたが、鉄道上部に人工地盤を整備し、結果として現在では、高齢者や子供も含めた市民のための快適な空間となり、言われなければその地下に鉄道駅があろうとは気づかない。また両側の市街地を繋げることにより、周辺も含めた地域のポテンシャルアップに部分的には寄与しているといえよう。
 

Amezola地区の開発前の断面イメージ (鉄道により市街地が分断)

 
Amezola地区の開発後の断面イメージ
(オープンスペースにより市街地を繋ぐ)
   
Amezola地区の整備されたオープンスペース
画面奥の緑の丘の下が鉄道駅になっている
 
 もうひとつ、ドイツはデュッセルドルフ市のライン川モールを紹介したい。元々は川沿いを道路が走り、慢性的な交通渋滞に悩まされていたが、道路を地下化し、その上部を市民公園として開放した。現在は散歩したりジョギングしたりする人々で溢れかえり、まさしく市民のための「開放空間」が実現されている。
 
開発後のライン川モール(地下に道路が整備されている)
 
 タイプ1の「上部利用」とタイプ2では、結果だけみると何が違うのかという疑問があるかもしれない。タイプ1は、あるインフラの空間利用を限定せず、その上部を「付随的に」市民に開放している。一方タイプ2は、「都心を市民のための空間として開放する」という点に価値を見出し、既存インフラを再編した点に意義があり、その出自に大きな違いがある。筆者の私見では、未だ日本の都心部においてはこのタイプの視点に立ったマルチファクショナルなインフラづくりは見えていない。
 
●タイプ3:公共インフラを「多機能」に使いこなす
 
 今まで紹介したタイプは、複数のインフラが空間をシェアし、多機能化を実現したものであるが、タイプ3として、単機能もしくは複数機能の集合体が時間軸の中で多機能化することが考えられる。近い将来インフラ老朽化に伴い都心部におけるインフラ再構築には、高機能化・効率化が必然となろう。そこでは社会の要請に応じてフレキシブルにインフラを使うための方法論が有効となりうる。
 例えば、低炭素社会化に伴い、スマートシティや公共交通へのモーダル・シフトという次世代像があるとすれば、都心部の公園地下駐車場が、蓄電・蓄熱機能を有するスマートネットワークのセンターに置き換わっても不思議はない。また、日常時と災害等の非日常時で機能を使い分けることもあろう。ゲリラ豪雨時に地下インフラが貯留機能を果たすことや大規模震災時に地下鉄が救援物資の運搬ルートになり、駅が避難場所や救護施設に使われる等の方法もありうる。
 空間的にも時間的にも、社会や時代の要請に応じて柔軟に都市のスペースを徹底して使いこなすと同時に市民に快適性・安全性を提供する。公共施設の多機能化は都市のバリューを高める様々な可能性を包含する効果的なメソッドといえるだろう。
 
「低炭素社会と都市計画の役割」(都市計画/279号/p.279〜)
 
 
 
   
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