連載コラム    
 
Topic 35 壁面緑化、見える屋上緑化
  〜壁面と屋上を使って都市に活力を与えよう〜
 
筧 文彦
 
 
●壁面緑化、屋上緑化の歴史
 
 最近、都市内の至るところで壁面緑化や屋上緑化の事例がみられるようになってきた。ヒートアイランドの抑制をはじめとして、CO2の固定化による排出量削減、大気浄化、騒音抑制等の数々の環境負荷低減の効果が実証されていることや、東京都にて、平成13年4月に「東京における自然の保護と回復に関する条例」(1,000u以上の敷地の建築物の新築、改築等に緑化義務付けが行われている)が施行されたことの影響もあるだろう。このような情勢をみると、壁面や屋上の緑化は最近の新しい技術のように感じてしまうが、その始まりは決して新しいものではない。高校野球の聖地である甲子園球場にツタのビッシリと生えた壁面があるのをご存知の方は多いだろう。これは球場の建設された大正13年(1924年)に西日除けを目的に行われたと言われている1)。また、屋上緑化については、日本では木造建築が主流であったため本格的に普及するようになったのは、戦後の高度経済成長に伴い、建築物が大型化・高層化するようになってからであり、ビル建築の初期の代表事例ではパレスサイドビルや旧千代田生命本社ビル(現目黒区総合庁舎)(共に1966年)がある。
 このように古くからの技術や試みが、都市開発の活発化に伴う緑地減少や地球温暖化による環境意識の高まりを背景として、近年急速に注目が集まったことで、最近、壁面や屋上の緑化をよく見かけるようになったし、全国の壁面や屋上の緑化の施工実績の調査結果2)を見ても急速な伸びを見せている理由であろう。
 
全国の壁面緑化・屋上緑化の実績
 
 更に、平成17年に国交省にて行われた調査3)においても、身近な屋上空間(戸建住宅、マンション、商業・公共施設、オフィスなど)の緑化について「希望する」と回答した人は9割にのぼっており、都市における壁面緑化・屋上緑化に強い追い風が吹いていることを裏付けるもののひとつと言えよう。ただし、気をつけなければならないのは、「緑=環境負荷低減に必要なもの」で思考停止してしまわないことである。確かに緑は環境負荷低減に効果はあるが、その段階で思考停止してしまうと、仮に革新的なヒートアイランド抑制技術等が登場した場合に、壁面緑化・屋上緑化の持つ都市における多様な効果に気づくことなく、その価値が低下したと思い込み、壁面緑化・屋上緑化の広がりの潮目が変わってしまう可能性が出てくるからである。そうならないためにも、壁面緑化、屋上緑化の多様な効果について今一度考えてみたいと思う。
 
●昔ながらの効果
 
 壁面緑化・屋上緑化の効果は多岐に渡るが、それらを眺めていると、時代により強調される効果が異なっていることに気づく。そう考えると、古くから認識されている効果については現在も褪せることなくその効果を維持し、時代の要請に応じて新たな効果が追加されていくという認識が素直なのかもしれない。
 壁面緑化の昔ながらの効果として、まず思い浮かぶものとしては、大規模なコンクリート擁壁等に対する“修景効果”である。壁面緑化による修景は、壁面の緑そのものの成長や、季節や雨風による見え方の変化等、人工的な建材にはない魅力を醸し出し、特に単一で広い無味乾燥な壁面を持つ土木構造物等にとっては、部分々々や時間的に異なる表情を見せる緑化による修景効果が、現在も土木構造物の生活空間における悪い意味での存在感を和らげている等、景観的にも心理的にも大きな意味と役割を持ち続けている。
 また、先にも述べたように西日除けによる屋内の快適性確保も、昔ながらの効果である。
 

東京都北区赤羽台団地の道路擁壁の緑化4)

 一方、屋上緑化については、都市化に伴う緑地の減少を補う目的が主ではあるが、これも依然として緑化に求められている重要な効果のひとつである。
 
●最近注目されている効果と役割
 
 最近注目されている効果としては、やはり地球温暖化防止の観点から、ヒートアイランド抑制、CO2固定化等があるが、それら環境負荷低減効果については説明するまでもない。むしろ注目したいのは、“都市の豊かさ”を向上させるための効果であり、壁面や屋上の緑が新たな役割を担ってきている点である。
・効果・役割@ 街の活力:都心の新しい集客装置
 2003年にオープンした六本木ヒルズには、屋上に水田や畑がある。これまで都市に緑を提供することを主な役割としてきた屋上緑化から、その緑を活用した次のアクションを提供するという点で、新たな効果と言えるだろう。東京の一等地に農地というこれまでにあり得なかった組合せにより、農業をやりたい中高年層を週末に六本木で過ごさせるという、新たな来街者層を掘り起こし、小さいながらも街に活力を与える効果も期待される。
・効果・役割A 自然との共生:生物多様性の保全
 近年、壁面や屋上の緑化の面積が急激に拡大しているのは前述の通りだが、それら緑が都市の中に点在することにより、飛翔能力のある昆虫(トンボは1km 以内に水面があれば移動するという)や鳥の移動拠点として使われ、生物多様性保全の効果が期待されている。昆虫や鳥が行き交うネットワークが生まれることで、生態系間での種の移動は活発になり、長い目で見れば、地球が人類に提供している生態系サービス(木材・農産物、家畜、魚介類等)を支えることになり、都市の豊かさの向上につながるといえるだろう。また、短期的にも緑が増え、虫や動物に触れ合う機会多くなることは、都会に居ながらにして、自然を感じることができ、都会人にとっても魅力的であろう。
・効果・役割B ストレス低減:癒し、和み、安らぎ
 緑を見ると「癒される」、「心が和む」など、心理的効果があると言われてきた。これまではその効果を直感的には理解していながらも、理論的に示されることがなかった。しかし、近年、緑による癒しの効果が医科学的に証明され始めており、唾液から採取されるコルチゾール(濃度が高くなればなるほどストレスが高いことを示す物質)を用いて、緑による癒し効果を実証的に証明している研究もある5)。それら研究成果の蓄積をもとに、緑の持つ療法的機能への注目が高まっており、屋上緑化の新たな効果として期待されている。また、入院患者の癒し効果を狙った病院での壁面緑化の事例も見られるようになった。
 
病院における壁面緑化の事例(東急病院)
 
●壁面・屋上緑化の進むべき方向とは
 
 以上のように、壁面緑化・屋上緑化の効果について整理すると、過去からの効果を礎にし、時代の要請に応えて新しい効果や役割を生み出している。また、緑に癒されるという受動的なスタンスから、緑の持つ価値を活用するという能動的なスタンスへと、人々の緑化空間に対する要求や使い方も確実に変化している。
 その背景としては、屋上、壁面という空間が、公共空間ではなく、民地の建物の一部であるが故に、その緑の使い方が縛られておらず、都市に生活する人々の緑の新しい使い方についての自由な発想を受け入れ、効果を積み上げてきたためだと考えられる。そして、これからも同様に、新しい効果を生み出していくことが期待される。
 都市に生活する者としては、壁面や屋上が緑の自由な使い方を実現させるスペースであり、ツールであって欲しい。都心でキャンプや魚釣りをし、夜は高層ビル群の光と一緒にホタル鑑賞といった楽しい組合せも可能な都市が生まれるかもしれない。
 「都市に生活する人々が緑化というツールを用いて自由に発想し、生活を豊かにする」・・・。これが進むべき方向ではないだろうか。
 
  1) 「最先端の緑化技術」亀山章、三沢彰、近藤三雄、輿水肇 ソフトサイエンス社
  2) 国土交通省都市・地域整備局公園緑地課「全国屋上・壁面緑化施工面積調査(平成12年〜18年)」
  3) 国土交通省都市・地域整備局公園緑地課「〜真夏日の不快感を緩和する都市の緑の景観・心理効果について〜都市の緑量と心理的効果の相関関係の社会実験調査」
  4) 「壁面緑化のQ&A」財団法人都市緑化技術開発機構編 鹿島出版会
  5) 岩崎寛「緑地福祉学の構想と実践」千葉大学公共研究第3巻第4号
 
 
 
   
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