連載コラム  
 
Topic 36 通りに対する表情に配慮した街並みデザイン
  〜メッセージの見える街並み〜
 
吉田 雄史
 
 
●壁面後退と高さ制限への信仰
 
 街並みを形成する、と言ったときに、どのような手法があるか。都市計画を学んだ人であれば、「壁面後退距離を○○mとって、高さを○○mに揃えて…」という話が出るだろう。壁面後退と高さ制限というものは街並みを形成するうえで、重要な要素であることは間違いない。
 芦原義信氏は著書「街並みの美学」のなかで、街路景観を形づくる要素の一つとしてD/Hをあげている。Dは街路の幅員、正確には街路の両側の建物によって挟まれたエリアの幅員。Hは両側の建物の高さなので、D/Hはまさしく壁面後退と高さ制限に起因する。
 壁面後退と高さ制限を指定できる制度として、我が国においては地区計画制度があるが、壁面後退は○○m以上、最高高さは○○m以下と、それぞれの最低基準を定めるため、実際に出来た街並みは壁面が揃っているとは限らないし、高さも結果的には最高高さ未満で凸凹な街並みとなる可能性も秘めている。
 しかしながらセットフロント、いわゆる壁面後退距離をきっちり定めて、街並みの表面を揃えようという地区もある。また街並み誘導型地区計画制度は、壁面と高さのラインを揃えるという街並み景観を前提として、必要に応じて容積率緩和を行うという制度である。かくも壁面後退と高さに対する信仰は強い。
 
●パリや丸の内はどうして出来たか
 
 それでは、壁面と高さが揃っている街並みは本当に美しいのだろうか。我々がこのような信仰を持つに至った原因は、恐らくオスマン時代に形成されたパリの街並みにあると思われる。シャンゼリゼ通り沿いに建ち並んだアパルトマンは壁面も高さも揃い、並木による緑環境や1階のカフェの賑わいの要素を差し引いたとしても十分に美しい街並みである。この街並み形成は、当時フランスにおいて広く謳われていた古典主義的「都市の美化」の概念的・技術的完成と位置づけられるという。すなわち、都市を美しいものにしようという意思から作られたのであるから、美しいと感じるのは当然といえば当然である。
 一方、日本における典型例としては、東京駅北口の丸の内エリアがあり、こちらは戦前に美観地区が指定され、その際に100尺(約30.3m)の高さ制限がかけられた結果、軒を揃えた建物が建ち並んだ。現在は、その100尺の軒高を低層棟の高さとして維持したうえで、背後には200m級の高層棟が建ち並んでいる。100尺の高さ制限は、パリにおける「都市の美化」と同様の思想であったと考えられるが、その制限を建替え後も維持していることにより、「美しい街並み」と呼べるような景観を形成しつつある。
 2つに共通しているのは、街並みをつくるうえで「美」という概念があったこと、そしてそれを構築したのが、パリであればオスマンのような指導者であり、丸の内であれば大丸有というエリアマネジメント主体であり、いずれも明確な意思を持った主体が都市づくりのイニシアティブを担った、ということである。
 
●シティ・ビューティフルからシティ・プラクティカルへ
 
 それでは明確な意思によらない場合には、街並みはどのようにつくられるのだろうか。
 これは、19世紀末から20世紀初頭においてアメリカで起きた高さ制限の議論と経緯によって明らかになる。シカゴ、ニューヨークでは、当初パリの建築条例を模倣した建物高さ制限を制定していた。この背景には、乱れた街並みに秩序を取り戻すという意味に加え、パリやヨーロッパの街並みが有する「美」に対する憧憬があったと考えられる。しかし当時のアメリカの2大都市においては、問題はそれほど単純ではなかった。人口増加、都市機能集中、技術発展、不動産市場の競争激化が同時進行しており、建物の高層化は市場原理上避けて通れぬものであり、不動産業者の圧力等により、高さ制限は度々上方修正された。
 紆余曲折の結果、外壁の高さを制限することによりスカイラインの統一を図りつつ、敷地面積の一部に建設される高さ無制限のタワーを認めることで開発の権利を担保するという方策が採用された。また、道路面での日照・通風確保のために斜線による高さ制限を導入することで、安全・衛生面にも配慮するという社会における「正義性」も得た。
 すなわちこの時期は、街並み形成の原動力がシティ・ビューティフル(美)からシティ・プラクティカル(現実性)にシフトし始めた時期と捉えられる。「美」に特化したパリやヨーロッパの街並みづくりを第一段階と考えれば、市場性や安全性などより実用的な課題に配慮したゾーニングによる高さ容認型は第二段階といえよう。
 
●街並みをつくるモチベーションはどこにあるか
 
 このように見ると、現在の日本における地区計画に代表される街並み形成に係る制度は、ビューティフルと見なされる街並み像を目標として掲げながらも、プラクティカルな面に流された、明らかに第二段階の延長線上にある。それは、目指すべき街並みとしての理念やそのためのモチベーション(動機付け)を見失った街並みを誘導していると言えなくもない。
 しかるに恐らくは、現在に至るまで、街並みを形成するモチベーションは第一段階、第二段階を超えていない。世界の都市を翻ってみれば、都市開発著しい中国や中東では、街並みの形成というよりは、ひたすら高さを目指すという動きが目立つ。確かにドバイの超高層群の一角には、低層の歴史的な集落を模したような建物群がある。中身はホテルやショッピングモールなのだが、その一角だけは周辺の高層棟は全く異なるヒューマンスケールな街並みを形成している。しかしながらそこは大手デベロッパーによって開発されたエリアの一部であり、強大な意思によってつくられた、いわばテーマパークの一部といってもよいエリアである。極言すれば、ディズニーランドと同じである。
 我々は未だにプラクティカルにしか街並みを形成する術を有していないのかもしれない。それでは、それを超えるモチベーションを如何にしてつくることができるのだろうか?
 
●共有できるフィロソフィーを発現する
 
 前述のような強い意思に起因する街並み形成が難しい場合、それに代わる街のフィロソフィーを発掘かつ共有することが考えられる。
 街並みは、その土地の有する歴史・街の生業・雰囲気といったものが表出する、街の資産であり、それらの背後には必ずそれを成り立たせるフィロソフィーが存在する。皆が共有できる夢、と言ってもいいかもしれない。それは形としては、街並みガイドラインといったものかもしれないが、その意味するものは限りなく重い。我々のできることは、そのような街並みを形成する、また成立せしめるような特徴を事細かに拾い上げ、フィロソフィーとして発現させることなのだろう。そのための手間を惜しんではならないし、さらにはそのフィロソフィーをストーリーとして効果的に語ることが必要である。
 
●街並みにおけるストーリーテリング
 
 ひとつの例をあげよう。現在JR大崎駅の西口に開発中の再開発エリアは、「環境」をテーマとした街づくりを進めている。オフィス低層部に「森」をつくることにより、都心に風の道をつくり、ヒートアイランド現象を緩和する。また現在建設中のSONYビルのファサードには、打ち水の原理を備えたバイオスキン・ファサードを整備している…といった、街として共有すべきフィロソフィーを街並み形成のストーリーとして語り始めている。
 
JR大崎駅西口の「風の道」を形成するThink Park Forest
 
●メッセージの見える街並み
 
 街並みの「ビューティフル」は「壁面後退」「高さ制限」という形態情報のみで語られるのではなく、より多面的であるべき、というのが筆者の意見である。
 もっと言えば、形態のビューティフルは「当然」で、それに上述のフィロソフィーやストーリーテリングといった要素が垣間見えることにより、街並みが「必然」となり、より一層奥深さを有すると考える。
 これらの概念を称して「メッセージの見える街並み」と名づけたい。住んでいる方が「うちの街並みはこうなんだ」ということを何時間でも話し続けられることが望ましい。これは、決して全国画一的な制度から生まれるものではない。街並みを成立させるためのフィロソフィー、それを語るためのストーリーと、それを如何に発信させ、来訪者や利用者に響くメッセージとして昇華させるか。トップダウンでなく、市民社会の合意形成の中で街並みを形成するからこそ、この技術がプランナーに求められている。
 
参考: *1 街並みの美学/芦原義信/1978年/岩波書店
  *2 都市美/西村幸夫編著/2005年/学芸出版社
  *3 10+1 都市景観スタディ/2006年/INAX出版
  *4 日本の街を美しくする/2006年/学芸出版社
 
 
 
   
トップページ
50のトピックス
知のポリビア
研究会について
お問い合わせ

 

 
Copyrights (c) 2009 NSRI All rights reserved