連載コラム  
 
Topic 37 建築形態のコントロール 前編
  〜「デザインされる空間」から考える〜
 
藤田 朗
 
 
●都市空間認識の3つの段階
 
 空間は、以下の3つの段階によって認識される。
 
@デザインされる空間
A建設される空間
B経験される空間
 
 「@デザインされる空間」とは、建築家や都市デザイナーらにより構想される、まだ見ぬ空間である。また、「B経験される空間」とは、建設後にユーザーが生活を営み、出来事と共に記憶される空間である。時には「集団表象という形で時を越えてイメージが継承される(Topic 34参照)」こともある。
 筆者の問題意識は、現在の都市計画はAの「建設される」都市空間のみを対象としているが、@とBについても、もっと考慮すべきではないか、という点にある。(例:Topic 36で壁面後退と高さ制限への信仰の強さが指摘されている通り、建築形態をコントロールする建築基準法や都市計画法のメニューは、「形態以外の構想」に、ほぼ無頓着まま制度化され、運用されている点、など。)
 都市空間の質を高め、価値ある都市づくりを進めていくためは、「デザインという行為」や「デザインプロセス」を十分に考慮した上で、建築のレイアウトや装飾、色彩のコントロール(私権の制限)をすべきである。本稿前編では、「デザインされること」を手がかりに、「建設される」都市空間のコントロール方法について考えてみたい。
 一方、「経験される」都市空間とは、「物」と「出来事」により構成される。都市空間の「物」とは、生き物、水、土木構築物、建築、乗り物、広告物やサイン、商品、・・・ゴミに至るまで、きわめて雑多な事物(色彩、明暗、肌理、手触り、匂い、音・・・を含む)により構成される。加えて、人は、色眼鏡を通して都市空間を認識する。色眼鏡とは、その人が背負う文化や慣習がかけるバイアスである。これら空間認識の前提は、「都市空間の質」について考える際に極めて重要と思われる。「経験される」都市の側から、「建設される」都市のコントロールが可能かについては、次号後編にて論じたい。
 
●都市の建築は露出物
 
 都市の建築は、多くの人々の目にさらされる。故に、公共性を帯びている。だからこそ、都市の建築は、法制度や都市デザイン手法によって、形態や色彩(建築の自由度=私権)が制限される。ただし、建築の自由度は、歴史的な経緯もあり、国によってまちまちである。フランスやドイツなどヨーロッパの旧市街では、強い形態コントロールによって、揃った街並みが維持されている。日本の都市では、何を露出しようが、何色で塗ろうが、あまりとやかくいわれない傾向にある。
 都市の価値と、建築コントロールの方法との関係において、日本の法制度の課題は大きい。
 
●壁面の制限いろいろ
 
 建築基準法に基づく道路斜線制限や隣地斜線制限によって妙な角度に傾いた壁面が作られ、都市景観に良からぬ影響を及ぼすことは、繰返し指摘されることである。また、超高層建築物の壁面位置は、日影規制によって定まることが多い。その場合、街並みへの配慮がなおざりとはいえまいか。
 建築基準法に基づく総合設計制度の指針「東京都総合設計許可要綱」によれば、外壁面の後退距離は、(建築物高さの平方根の1/2+歩道状空地)以上と定められている。また、都市計画法に基づく地区計画制度の指針「東京都再開発等促進区を定める地区計画運用基準」によれば、壁面の後退距離は高さ10m以下の部分なら2m、高さ50m以下の部分なら6m、高さ100m以下の部分なら8mと、後退距離が定められている。これらの放物線や恣意的な階段状のラインで、都市のシルエットが定まったとしたら、妙ではないか。
 これらの壁面レイアウトの制限は、建築デザインの与件とはなっているが、デザインのことを考えて決められた基準でないことは「建設された空間」をみても、明白である。
 
●法制度の課題
 
 日本の都市デザインを制御する建築基準法や都市計画法は、最小不幸社会の考え方に基づいて、建築の高さや壁面の位置、建築物間の距離・密度などを規制し、公共性の確保を図ってきた。つまり、共通に妥当すべき建築規模等の規範を都市内に設け、日照不足や周辺秩序から逸脱する高層建築の回避など、公共の福祉を守っている。最小不幸社会の考え方とは、最低限の約束を担保することである。これらの法制度は、都市の価値を上げる必要条件かもしれないが、そもそも都市の価値と何かを、十分に示してはいない。
 
●デザインガイドラインの現状
 
 法制度を補完する手法として、都市デザインガイドライン(及びその調整システム)や、街並み等に関する任意の契約・協定などが運用されてきた。
 幕張ベイタウンは、街路に接して建つ中庭型集合住宅のファサードが都市の表情を形成する、ヨーロッパ風の街並みが有名である。その仕様は、街区計画、配置計画、壁面や屋根のデザイン、外構など、事細かにデザインガイドラインとして予め規定されている。
 
指定する街路では、壁面線はできる限り道路境界に近づける。(他の街路は、道路境界より2mの位置)
街並みを形成する壁面は、開口部を除いた壁面の面積を、立面全体の60%以上確保する。
住棟の過半を平坦な屋根で構成することは避けること。
出典「幕張新都心住宅地都市デザインガイドライン(1991)」
 
 このような仕様規定型の手法は、関係者間の調整のシステムが機能するならば、比較的狭い地区内において、一つの完結した街並みを作る際に有効となる。
 ただし、細々と仕様規定がなされた都市デザインガイドラインには限界がある。それは、「おとぎ話にでてくる夢の国」のようにしか、まちづくりができないことである。どういうことか。都市デザインガイドラインを定める、一つの主体は、一種類の空間しか構想(表象)しえない。多数の構想が寄り集まる、複雑性を備えた「空間の質」は目指しようがないのである。よって、デザインされつくした「夢の国」のように、意外性や隙間のない都市空間が形成されるのである。
 一方、現時点において完成度が高いと思われる「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくりガイドライン2008」では、「公開空地をネットワークさせる」「外部と内部の中間領域を生成する」などといった、抽象度の高い性能規定をイメージの膨らむ概念図を示して誘導している。かつ、「リレーデザイン」というキーワードを生み出し、複数の敷地の相互の関係をデザインするように誘導している。
 細々と仕様を規定しない点、リレーデザインという連歌のような考え方の導入等は、都市デザインガイドラインの進化の方向性を示すといえそうだ。
 
●デザインプロセスから考える
 
 巨匠の手のよる、震える線を幾重にも描いたスケッチを見たことがあるだろうか。あるいは、若手の建築家が、似たようなスタイロフォーム模型を何百と作り、建築の形態や配置計画を検討することはご存知であろうか。これらは同じ行為であり、デザインされる空間(空間の表象)とは、予め建築家やデザイナーの頭の中に想起されているのではなく、自らの手の動きや行動の中から、主観的に自己言及的に後から発見される行為のかたちである。ハーバード大学GSDの学科長でもあったピーター・G・ロウは、「生成―吟味の手順とは、吟味の結果が明らかに解答を生じる次の試行の指針として使われる。ここでまた、問題が明確になり、限定されて新しい脈略に進む」と、デザインの発見的行為について分析している。
 このような「デザインという行為」が、都市計画にどのような示唆を与えるのであろうか。
 本稿の提案は以下の3点である。
 
@
デザインの過程において、周辺の街並み状況から何が発見・生成(リレーデザイン)されたのか、建築確認に先立ち審査する。(プロジェクトを特徴づけた周辺環境とは何か?)
A
周辺環境が個別の建築を方向付ける一方、個別の建築が周辺環境を方向付ける意義を規定する。(プロジェクトは、基盤となった周辺環境をいかに変容させるのか?)
B
上記@、Aに関するナレッジを体系的に整備する。
 
 最低限の約束を担保する法制度に上乗せする形で、都市の魅力を高めるために整備されたのが景観法である。例えば、上記試案を、地方自治体の景観に関する計画や条例、地域住民が締結する景観協定に盛り込んでは如何だろう。いずれにせよ、わが国の景観も「価値」の観点から法制度や都市デザイン手法を革新していくべき時であろう。・・・後編へ続く。
 
参考文献 ピーター・G・ロウ「デザインの思考過程」
  アンリ・ルフェーヴル「空間の生産」
  ※ルフェーヴルは「@空間の表象」「A空間の実践」「B表象の空間」の三つの空間分類を提示している。
 
 
 
   
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