連載コラム  
 
Topic 44 ロードプライシング等による交通需要管理
  〜道路空間の新たな可能性を見出す〜
 
筧 文彦
 
 
●なぜ交通需要管理か
 
 近年、道路空間の認識が変わり始めている。自動車が走るための空間から、人、自転車が通行するための空間、さらには交通機能以外の滞留空間としての使い方が注目されるようになってきた。如何にしてそのような空間を確保するのか。古くは街の城郭を彷彿とさせるような環状道路を周囲にめぐらせて、その内部を複数のセルに分割した。セル間を自動車で移動する場合には、一度環状道路まででなければいけないという形にして、セルの内部は歩行者のための道路とし、道路の階層をうまく計画することで不必要な車両の進入を阻止し、人々にとって、安全で快適な道路空間を生み出してきた。オランダにあるハウテン市はその典型であり、まちの周囲を囲む幹線道路の内側については、自転車、歩行者が主役となっており、自転車の街として名高い。(Topic27参照)
 

図 ハウテン市の市街地
(環状道路内部の複数のセル間は自動車で行き来できない)1)

 
 一方で、わが国の密集した市街地の現況をみるに、そのように秩序だった道路網で形成されている街は少ない。急速な市街地化とモータリゼーションの波が同時にやってきたため、市街地外縁部には自動車利用を主体とした新たな市街地ができたものの、中心部は基本的には、徒歩や路面電車を中心とした都市構造が出来上がっており、そこに郊外部の自動車が流入することにより、自動車と歩行者の適切な棲み分けを図る間もなく、混在した街ができてしまったといえる。今更、街を取り囲むように環状道路を走らせ、その内部を歩行者主役の道路構造に改変していくというのは現実的ではない。そのような地域に適しているのが車の利用者の交通行動の変更を促すことにより、都市や地域レベルの道路交通混雑を緩和する手法である交通需要管理といえよう。
 
●ロードプライシングの可能性
 
 交通需要管理の施策は多岐にわたり、公共交通の利用促進、パーク&ライド、時差出勤、ノーカーデー、相乗り、カーシェアリング、職住近接、在宅勤務(テレワーク)などの施策が考えられる。その中でもロードプライシングは、時差出勤、ノーカーデー等がある程度自主性に任せられるのに対して、料金の徴収という形で自動車利用者に対して負担を求めるという点で、他の施策とは一線を画す。そのため、合意形成に難しさはあるものの、交通量削減、環境改善等のより大きな施策効果を得ることができる。また、自発的な転換を促す施策に比べ、その料金を徴収するエリア、時間帯等、自動車からの転換が望ましいポイントにターゲットを絞って施策効果を期待することができる。
 プライシングを支える技術も進んでおり、料金徴収については高速道路のETC料金所で実証済みであり、プライシングエリアについてもカーナビ、VICSとの連携により車載器に表示させることで、わかりやすくドライバーに周知させ、いつのまにか課金されているという事態も防ぐことができる。車載器に挿入するカードに自動車の情報がインプットされることで、電気自動車等の環境対応車や、体の不自由な人を乗せた車両を認識する等、より細かい車種別規制も可能である。
 このような技術的背景をもとに、より限定的な地域、より細かい時間帯でフレキシブルなプライシングが可能となってきており、従来の交通渋滞の解消、環境改善を目的としたプライシングの使い方にとどまらない、新たな使い方が見えてくる。
 
●道路空間をフレキシブルに使う
 
 最近注目されている自転車走行空間の整備について、プライシングを実施し、柔軟な道路空間の使い方を後押しすることが考えられないだろうか。
 例えば、通勤通学時に駅までの端末交通に自転車利用が多い大都市近郊駅において、駅からの半径1〜2km程度のエリアを対象に、自動車をプライシングによってコントロールし、朝夕の通勤時間帯には車線を自転車専用空間に、自転車利用の少ない時間帯は自動車の走行や荷捌き車両の停車帯等に使うという空間利用が可能にならないだろうか。
 こうした方法は、従来の交通規制と比較してITS技術の活用により、確実な規制情報の伝達が可能なことに加え、規制遵守に関するドライバーモラルの良否によらず、公平な課金ができる等、高い交通マネジメント効果が期待できそうである。
 昨今の自転車走行空間の整備については、荷捌き車両の停車スペースを求める商業利用者からの強い反発により、整備が進んでいない地区も多い。
 一度整備した道路空間を容易に拡張・縮小することはできないが、プライシングにより、利用方法を場所ごと、時間帯ごとにフレキシブルにすることで、道路空間のより有効な使い方が可能になると言えよう。
 
●地域の魅力向上のためのプライシング
 
 自転車の走行空間の創出については、プライシングを通して道路空間をより柔軟に使うという視点であったが、それとは別に道路空間の質を向上させるという使い方を考えてみたい。
 これまでは、プライシングによる課金収入については、交通渋滞の緩和や大気環境の改善という目的にあわせて、「公共交通機関の輸送力増強」、「低公害車の普及促進」等への使用が考えられてきた2)。自動車利用者が負担した分については、その利用者の便益になるものに使用されるか、その利用者が外部に与えた負の影響を補うために使用されるのが筋であり、それらの考え方は妥当である。
 一方で、即地的(まちづくりのパッケージ)に、その負担と分配の仕組みを構築できないだろうか。
 道路空間は、地域の価値や街の魅力を左右する“まちなか”で、利用価値の高い貴重なスペースをほぼ車に専用するかたちで大きな面積をシェアしている。その対価として、課金収入を地域の魅力向上に還元する原資とする考え方である。
 例えば、伝統的建造物群保存地区等の歴史的建造物の維持補修、沿道の歴史的景観の保全や再現、歩行者環境の整備等の費用に充当すること等が考えられる。沿道の歴史的建造物の維持補修、歩行者環境の整備に対する助成がないわけではないが、地域の魅力向上を目的に交通管理手法と街づくりを直接結びつけ、同時に展開する方が、より高い地域活性化とブランド効果をもたらすのではないか。
 歴史的な街並みが有名な岐阜県の高山市では、慢性的な交通渋滞に悩まされ、観光に来た人々の散策する時間、空間を奪ってしまっている。このような地域について、徹底した交通管理を展開し、散策する時間、空間の創出に加え、課金収入を活用した建造物の維持補修、更なる景観の保全に努めれば、より魅力的な街並みが安定的に続いていくに違いない。
 
図 飛騨高山の歴史的な街並み3)
 
●道路空間の新たな可能性を見出すために
 
 プライシングによるまちなかへの交通抑制は、地域経済の活力を低下させるとの懸念の声も聞かれるが、むしろプライシングによる自動車交通抑制を公共交通手段等の充実によって補い、まちなか空間を機能更新と再構築により、人々をまちなかに呼び込み活性化につなげる施策と考えることはできないだろうか。
 これまで、まちなかの貴重なスペースの多くを自動車のために割いてきた。今後も引き続き、自動車のために割いていくのか、それとも空間の持つポテンシャルを多用途への利用も含めて引き出すのか。自動車交通量の減少が予想される中、ロードプライシングとそれを支える技術の進歩が、地域独自で街の価値向上を促進させていくような取組みの契機になることを期待したい。
 
1)
(財)日本自動車教育振興財団「くらしと交通vol.3」
2)
東京都環境局 第5回ロードプライシング検討会資料
3)
高山市観光情報 飛騨高山写真ライブラリー
 
 
 
   
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