連載コラム  
 
Topic 45 良質な街のメンテナンス
  〜メンテナンスへのモチベーションの上がる街〜
 
吉田 雄史
 
 
●TDRは街のメンテナンスの手本となるか?
 
 私事ではあるが、先日東京ディズニーリゾート(以下、TDRと略)に行った。ディズニーのオフィシャルホテルに宿泊して、ディズニーランドで遊び、またホテルに戻ってきてのんびりして…という定番コースである。TDRにリピーターの多い理由として、そのホスピタリティの高さがあげられるのは周知の事実であろう。園内で働く全ての職員(キャラクターも含めて)の立ち居振る舞い、そして彼らのスマイルはディズニーの世界観を決して壊さず、確固たるブランディングに寄与しているといえるだろう。
 もうひとつ筆者が考える理由としては、その魅力を減退させない施設および街のメンテナンスの徹底ぶりである。道にゴミが落ちていないのは当然とはいえ、季節ごとに街を彩るランドスケープ、整った施設群、そして常に新たな話題を提供するアトラクション。TDRは、2つのテーマパークとホテル群・駐車場等で約200haの規模を有しており、ひとつの街といって差し支えのないスケールである。しかし、現実の街がTDRのようにメンテナンスし続けることは可能なのだろうか?当然ながらTDRは企業により営利目的でつくられた環境であり、答えは「NO」である。しかしその点を差し引いたとしてもTDRは、街を徹底的にコントロールすることによって、街のメンテナンスの「有りよう」の極致を示しているように思われる。
 
●「街のメンテナンス」とは何を指すか
 
 各論に入る前に、先ずは「街のメンテナンス」とは何を指すかを明らかにしておきたい。まず「街」とは、都市のなかのあるエリアを指し、そこにおける建物のファサード・道路・ストリートファニチュアなど、実際に街を歩いていて目に入るものを対象とする。
 次に「メンテナンス」の内容だが、先ずは清掃・修繕である。ゴミが落ちていたら拾う、外壁が汚れたら掃除する、看板が剥がれたら修復する、といったハード面でのメンテナンスである。加えて、そのエリアの治安が悪ければ警備を強化する、テナントが不調であればそれを入れ替える、話題性が少なければイベントを実施する、などのソフト面でのメンテナンスもある。都市のなかの街および環境を今後も維持していくために、ハード面とソフト面両方からいかにメンテナンスしていくかが焦点となる。以下、そのメンテナンスの手法と実践する主体について述べていきたい。
 
●法制度によるメンテナンス
 
 TDRと異なり、実際の街は不特定多数の集まる場所であり、その利害関係も自ずと複雑になる。そこをある意思に基づいてメンテナンスしていこうとする場合、ひとつのやり方は、何らかの形での「決まりごと=ムチ」とそれを守ることによる「インセンティブ=アメ」を設定することである。具体的には、国や自治体等の制度に基づき、あるエリアのメンテナンスを進めていくという手法がある。
 例えば文部科学省が所管する「伝統的建造物群保存地区」は、いわゆる歴史的街並みを対象として国がエリアを選定し、そのなかにおいてはその場所の歴史的文脈に沿わない改修等は制限される一方、それらに沿った建替え等の場合には補助金が支給されるという仕組みである。実際の制度の運用は地方自治体が行なう。この制度の場合、本来の趣旨が街並みを文化財として保存することであったためか、ややハード面に偏りの感もあるが、制度によるメンテナンスの実現が担保されているという意味では確実な手法といえる。
 
●街づくり協議会等の組織によるメンテナンス
 
 「法制度によるメンテナンス」の対極にあるのが、自発的な組織によってメンテナンスをするというもので、近年話題のエリアマネジメントもこの中に含まれる。現在活力が無くなっているエリアや新規に開発されたエリアを対象として関係者間で決まりごとをつくり、それらを守ることにより、そのエリアの付加価値を高めていこうというのが趣旨である。その担い手は街の性格によって異なり、例えばオフィス街の場合にはデベロッパー、商店街の場合には商工会議所や商店会、また住宅街の場合には居住者による管理組合などがありうる。
 この手の協議会は自主的な発意で行なうが故に、前述の法制度によるメンテナンスに比べれば柔軟性もあるし、ソフト面の方策を充実させることも可能である。しかし自主的に行なうことが逆に、組織の持続性〜サステイナビリティの確保という点で課題となる。特にどこから資金調達するのかという点は重要で、場合によっては資金提供者の影響が色濃く出る可能性もあるという状況下において、その組織がイニシアティブを取り続けるのは容易なことではない。
 
●自発性と法制度の複合であるBID
 
 前述の法制度による縛りと自発性を両立する方策として位置づけられるのが、例えば米国で普及しているBID(Business Improvement District)であろう。
 BIDは、あるエリア内の地権者が合意することにより、そのエリア指定を行政に申請することにより、その地権者から上がってきた税金の一部をエリア内のマネジメントに使えるようにするというものである。
 例えば、アメリカ・ロスアンゼルスのサンタモニカ市にあるサード・ストリート周辺のエリアを見てみよう。このエリアではBIDが単なる清掃や警備だけでなく、テナントの入れ替えや建物のデザイン指導にいたるまで、実に多くの内容においてイニシアティブを有している。結果として、以前はゴーストタウンのようであったこの通りの賑わいは劇的に改善し、不動産価値も向上し、地権者にとっての満足度も高いという。
 この制度のポイントは、財源が地権者の税金の一部(負担金)から賄われているという点にあり、自らの資金を直接、自分たちの街の価値を向上する活動に使えるところにモチベーションが働く仕組みである。日本国内においては制度面において未整備ではあるが、BIDに準じた試み(汐留街づくり協議会)も見られる。
 
サンタモニカ、サード・ストリートの現況
 
●誰のため、何のためのメンテナンスか
 
 今後我が国における高齢化および労働人口の減少に伴い、ハードの新規整備も減少し、必然的にストックをいかに活用していくかが焦点となる。また、現在ある街を上手にメンテナンスしていくことは、地域の新たなコミュニティを醸成することにも繋がる。街のきめ細かいメンテナンスは、都市のバリュー向上のために必要な要素といっても差し支えあるまい。
 一方ここで立ち止まって考えたいのは、こういった街のメンテナンスを「誰が」「何のために」行なうのかということである。誰かが街をメンテナンスするのは、それが自分のためになるからである。自分の家の前の掃除をするのは、自分が気持ちよく一日を過ごすために他ならない(隣の家への体面づくりという面もあるかもしれないが)。TDRであれば、経営者・従業者全員がお客様にこの環境を楽しんでもらいたい、という思いがそうさせるのであろう。米国のBID普及の背景には、そのエリアのスラム化等による地元の地権者・住民等の復興への強い要望があった。このような背景も緊急性もない、ごく普通の街をメンテナンスしていくためには、そこに住む人々がメンテナンスしたくなるようなモチベーションを高めることが必要となる。それでは、いかにしてそのようなモチベーションを高めていくべきだろうか?
 
●メンテナンスへのモチベーションをどう高めるか
 
@メンテナンス効果の見える化と実益化
 先ずはその実施に伴う効果を明確に「見える化」し、実益を生むことである。商店街であれば売り上げ、オフィス街であれば賃料、といった不動産に係る指標で説明できればわかりやすい。街の「イメージ向上」のためのメンテナンスには財源が必要と言うのは易しいが、実益がない活動では資金は集まらないし、長続きもしない。「高齢化」や「人口減少」など今後の課題を踏まえると、益々財源確保が難しくなるが故に、メンテナンス効果を確実に「見える化」し、実益を生むための仕組みづくりが必要となろう。
 
A街のメンテナンスをプロフェッションとして確立
 前述のメンテナンス効果の「見える化」も含めて、担い手を責任あるプロフェッショナルにアウトソースするのも有用な方策と考えられる。前述のBIDにおいては、都市・建築計画の専門家をBIDの専属として雇用している。実績を買われて複数のBIDを渡り歩くプロもいるという。様々なノウハウを蓄積するという意味からも、都市経営のプロフェッショナルとして確立できることが重要であろう。現時点で我が国にこうしたプロフェッションの萌芽はまだ見えていないが、システムおよび担い手の双方からアプローチすることが必要と考えられる。
 
 
 
   
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