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第135回都市経営フォーラム

環境アセスメントの新展開


講師:原科 幸彦 氏
東京工業大学大学院教授


日付:1999年3月24日(水)
場所:後楽国際ビルディング・大ホール


 

1.環境政策の新たな展開

2.環境影響評価法の成立

3.アセスメントにおける評価と参加

4.戦略アセスメント(SEA)

フリーディスカッション





 

 

 原科でございます。よろしくお願いします。
 今ご紹介いただきましたように、私は、東京工業大学で、以前は大岡山のキャンパスの工学部の社会工学科というところにおりましたが、昨年の4月から長津田のキャンパスに移りました。ここでは大学院の総合理工学研究科というのがございます。東京工業大学の環境研究は、長津田の総合理工学研究科の方に集中させておりまして、この研究科には4つの専攻がございます。専攻と申しますのは、学部でいいますと、学科に対応します。ですから、環境専門で4つの専攻があるということで、長津田に集中しているわけです。そこにできました最も新しい専攻が、環境理工学創造専攻といいます。創造専攻と申しますのは、クリエイティブという意味です。どういうことかといいますと、博士課程にウエートを置いた、最も新しい考え方の大学院でございます。ですから、こういった大学院はまだ少ない。しかし、これから我々は博士をどんどん教育していかなきゃいけない、そういう新しい分野でございます。
 この環境理工学創造専攻、実は、環境研究のハードの分野とソフトの分野の融合を考えておりまして、私はソフト側ということで参加しております。私の分野、環境計画ということで考えておりますけれども、環境計画における住民参加が私の主要課題でございます。そのための具体的な領域が環境アセスメントでございます。
 本学で教えているだけではなくて、放送大学で環境アセスメントという講義を担当しております。これも5年過ぎまして、4月から6年目に入ります。そういうことをやっておりますので、きょうは、この講義のために書きました本を持ってまいりまして、ご参考までにご回覧いただきます。
 こういったことをやっておりまして、最近の動きを見ますとアセスメントも日本の中でもだんだん定着してきたのかなという感じを持っております。
 今ご紹介いただきましたように、この6月からアセスメントの法律である環境影響評価法、あるいは環境アセス法と私どもいっております、これが施行になりますので、日本のアセスメントの状況も随分変わってまいります。



1.環境政策の新たな展開

 きょうは、そういった段階に参りましたので、環境アセスメントの新しい展開、新展開ということでお話ししたいと思います。
 私、ここでお話ししますのは4年ぶりでございます。4年前に「都市成長の管理と環境計画」というタイトルでお話ししました。その最後の方でアセスメントのことも少し触れましたが、時間がございませんでしたので、詳しくは申し上げませんでした。その続き、続編みたいなお話をしたいと思います。
 きょうは、お手元に追加の資料を用意させていただきました。日本経済新聞の「経済教室」というところに書いたものがございますので、それをちょっとごらんいただきたいと思います。
 前回、95年の11月でしたか、お話ししました後、翌96年にイスタンブールで、国連の人間居住会議、居住環境会議というんですか、ハビタットU、皆さん、こういった分野の方が多いので、よくご存じと思いますが、ハビタットUがございました。このハビタットUで、国連の用意したセッション、ダイアローグという専門家によるセッションがあり、私もここで発表いたしました。そのときのタイトルがこれです。(OHP−1)
 「URBAN LAND USE AND GROWTH MANAGEMENT」。
 ここでお話ししたことをベースにしてさらに発展させた議論です。「 A Warning from TOKYO」です。95年に阪神・淡路大震災がございまして、その後東京の防災の問題が随分注目を浴びました。今もそういったことでいろんなことが対応されているわけです。特に私は東京の都市構造、土地利用の問題を取り上げました。
 「Urban land use and growth management」の次に書いてあります「Environmental Planning for Sustainable Development」。Sustainable Development のための環境計画です。実はこのコンセプトが大変大事でございまして、これは国際的に共有されている概念といっていいと思います。いろんな国際会議で「Sustainable Development」という言葉が使われます。これはご存じのように、92年のリオの国連の会議、地球サミットといいますけれども、そのときに、いってみれば国際的な合意事項として「Sustainable Development」という概念が合意事項になったわけです。
 日本語では、当時は、「持続可能な開発」という訳が多かったのですが、最近では「持続可能な発展」という訳の方が増えてきたように思います。つまり、「Development 」というのはいろんな訳があります。「開発」という訳が基本ですが、「発展」も「Develop-ment」です。あるいは写真の現像も「Development」です。現像というのは見えなかった映像がじわーっと見えてまいりますね。それまで見えなくてもだんだん表に出てくるような状況を「Development」というわけです。
 そういうことで考えますと、日本のような経済的に発展した国、経済的先進国におきましては、開発行為は相当やってまいりましたので、今さら開発でもないだろう。むしろ我々の生活の質とか、あるいは環境の質を高めること、これはむしろ発展という表現の方が日本語では適切ではないだろうかということです。ですから、「持続可能な発展」という言い方がだんだん増えてきたように私は思います。
 実際、この92年のリオの会議の議論をベースに、我が国でも93年には環境基本法ができております。この基本法の中では「持続的発展が可能な社会の構築」、こういう表現になっています。持続的な発展というのが法律の中に使われておりまして、「Development 」という言葉はむしろ「発展」という表現の方がいいというのが最近の我々の考え方じゃないかと思います。
 そこで、「Enviromental Planning for Sustainable Development 」、こういう考え方が実はアセスメントの中にこれからは入っている。そのことをまず申し上げておきたいと思います。
 きょうはお手元に資料をいろいろ用意いたしました。追加で配付しましたのは、そこにございますように、「住みよい東京へ密度管理」とあります。この中身は後でゆっくり読んでいただけばよろしいと思います。要するに、こういった考え方、一種の成長管理的な考え方をこれからアセスメントに入れなきゃいけないということを申し上げたいと思います。
 そこで、お手元の資料、きょうはレジュメを用意いたしました。それをごらんいただきますと、レジュメには1番から4番まで番号を振っております。
 1番が、「環境政策の新たな展開」と書いてあります。このことをまずお考えいただきたい。環境の問題でいいますと、最近のトピックいろいろございます。例えば、ダイオキシンの問題とかあります。もう1つは、自然環境保全に関しましては、名古屋市の名古屋港に残された貴重な干潟、藤前干潟が保全されることになった。大きなニュースだと思います。いろんなメディアで放送されましたが、2月にはNHKの「クローズアップ現代」でも、これを扱いました。私はそのとき話をしました。ごらんになった方いらっしゃいますか。干潟が守られたという話です。あまり見ておられないでしょうか。
 その中で、キャスターの国谷さんが、その番組の中でこうおっしゃった。「新アセス法」「新環境アセス法」と何度もいった。「新環境アセス法」とおっしゃったので、私は「そうじゃないんだ」と、まず訂正させていただいて、「新」はつけなくていいんです。環境アセス法でいいんです。なぜかといいますと、環境アセスメントの法律は初めてできたんです。「新アセス法」といいますと、じゃ、「旧アセス法」があったように思います。でも、「旧」の法律はないんです。これまでのアセスメントは、国のレベルでは行政指導だった。地方自治体は条例もありますから、必ずしも行政指導だけではありませんけれども、基本は行政指導です。
 国の代表的な制度は閣議アセスです。これは閣議決定に基づく要綱によるアセスメントですから、行政指導です。その行政指導であったがゆえにいろんな弱点があったんです。それは今回法律ができましたので、様子は随分変わります。
 藤前の例は、いってみれば、予告編でもありませんけれども、こういうふうに新しく変わっていく、こんな具合になるんだよという1つの具体的な例です。
 ですから、まず藤前のお話を申し上げたいと思います。
(OHP−2)
 これは藤前干潟の様子でございます。名古屋港に残された貴重な干潟です。どのくらい貴重かといいますと、シギ・チドリ類、この飛来数が日本で今一番多くなっております。ちょっと前までは諫早湾が一番多かった。諫早湾があのように締め切られてしまいましたので、諫早ではぐっと減ったんです。環境影響は明らかにあったんです。ですから、今では藤前がシギ・チドリ類の飛来数が一番多いということで、大変重要である。実はラムサール条約の登録湿地として、その候補として、随分前から勧告されております。諫早湾が締め切られる前から貴重な干潟ということはわかっていた。10年以上前になります。しかし、名古屋市はここを都市ごみ、一般廃棄物の最終処分場として、埋立処分場にしようと考えておりましたので、ラムサール条約の登録地とはしないということで来たんです。しかし、環境庁は、これを鳥獣保護区に指定しまして、ラムサール条約の登録地にしたいと前から言っていたんですが、地元のそういった都市行政上の問題がございますので、大変難しい状況だったんです。
 実際、こんな状況です。このスライドのような様子ですから、地元にもかなり親しまれておりますし、それよりも何よりも国際的に大変に価値のある干潟ですから、大変重要な問題になるということです。この干潟に面して名古屋市の清掃工場がございます。
(OHP−3)
 環境事業局のパンフレットで「名古屋の環境事業」とあります。これはごみ焼却場です。ここで燃やします。そして目の前、ちょうど向こう側、これが干潟のところです。通常、この干潟は海面下です。めったに干潟は出てまいりません。ということで、一般の市民にはこの干潟はあまり認知されていなかった。実際は大変重要な価値のある干潟ですが、それがわからなかった。そこで、環境事業局としては、ここで燃やしたごみは、目の前に埋めればいい。これは、それほど重要な干潟でなければ、大変合理性のある方策ですね。その点ではいいんですが、この目の前の干潟が極めて重要な干潟でございますので、そうはいかないということです。
(OHP−4)
 実は長い経過がございまして、この地域、この10年ほどいろんな変化がありました。当初は、これ全体を埋め立てる、105ヘクタールぐらいある大きな、そういう計画だった。ところが、だんだんこれが変わってまいりまして、最初は新川という川に沿った部分は、埋めてしまいますと治水上の問題が生じるので、ここは埋めないということで、70ヘクタールに減った。これが第1段階です。その次に、前から住民の運動あるいは自然保護団体の運動が、とにかく干潟を残さなきゃいけないということでありまして、10万人の署名運動もありました。署名が集まったんです。そういった段階で、市も環境庁と相談しまして、減らしました。ここにありますように、52ヘクタールまで減ったんです。これが第2段階です。
 第3段階は、この52ヘクタールのうち46.5ヘクタールが土地を買収できましたが、残りの5.5はなかなか買収できなかった。ともかく46.5が確保できたということで、その段階で埋立事業を始めようということになった。それが第3段階です。そんな経過をたどっております。
 いずれにしても、1994年にこの事業計画に対してアセスメントが始まりました。名古屋のアセスメントの仕組みは結構よくできているんです。実は6月から始まるアセス法の仕組みとよく似ております。通常は、アセスメントの結果は、準備書という形で情報を提供します。それに対して、意見を求めて評価書というファイナルなものに変えます。そういうプロセスですが、準備書をつくる前の段階からアセスのプロセスが始まる。これはアセス法がそうです。名古屋の仕組みもそうなっている。その前に調査計画書をつくる。調査計画書をつくって、その段階から住民の意見を求める、こういうプロセスです。そういう意味では大変進んだ形です。94年に始まりました。調査計画書がつくられて公表されて、次に96年から通常のアセスメントに入っている。そんな経過をたどっております。
 この事例を昨年、ニュージーランドのクライストチャーチで行われましたアセスメントの国際学会で私は発表しました。この学会は、国際影響評価学会といいます。インターナショナル・アソシエーション・フォー・インパクト・アセスメントです。略称はIAIAというものです。この学会には世界の100カ国以上のメンバーが入っています。専門家が2500人。アメリカのEPAとか、イギリスの環境省、オランダの環境省、スウェーデン、各国の環境省、日本の環境庁もコミットしている。そういうこの分野で一番権威のある学会です。その学会で発表しました。
 私はこの学会の日本支部の代表をやっておりまして、日本の状況を報告しました。今年からアセス法が施行になりますから、昨年の段階で、「来年からいよいよアセス法が施行になる」ということで、ご紹介しました。そのときに日本の具体例として、藤前の例をお話しした。先ほどちょっとスライドに横文字が入っていましたけれども、藤前干潟はこんな状況だと世界の人に見ていただくために用意しました。
 そのときの中身は、こんなことを話しております。藤前干潟の発表ですが、干潟は英語でタイダル・フラットといいます。フジマエヒガタ・ケース・イン・ナゴヤシティ。アセスメント・プロセスは1994年で、これはスコーピングの段階です。アセス法では「方法書段階」といいます。英語ではスコーピングといいます。スコープというのは範囲ですね、範囲を決めるということです。何の範囲を決めるか。これは検討する範囲。アセス法では評価項目の範囲を決めること、あるいは評価の調査、予測、評価の手法を決めるということです。これがアセス法の中身なんです。
 しかし、同時に、どんな計画案を検討するかによって評価項目は違いますね。例えばトンネルをつくるかつくらないか、これは計画によって違います。それが違うと当然評価法も違ってくる。ですから、どんな計画案かもきちっとしなきゃいけないんです。それを我々は代替案といいます。いろんな案を比較するということ。代替案も本当はスコーピング段階で絞り込まないといけないんですが、アセス法では今のところそういう規定になっておりません。しかし、それをやらなきゃいけない。
 いずれにしても、そういうスコーピング段階を94年から始めました。96年からEIS、これは通常のアセスメントの準備書段階ということです。
 2年間EISのプロセスをやっていますから、やっていることは結構丁寧です。通常、日本では1年ぐらいですが、これは2年やっております。
 このプロセスで「Reviewing Committee of Nagoya City」と書いてあります。名古屋市の審査会、これがまずチェックしていった。その審査会における結果、通常日本であまり起こらないようなことが起こった。どういうことが起こったかといいますと、審査会では準備書段階の結果を変えるような意見が出た。準備書の段階では、この自然環境の影響は少ないとしていた。ところが、審査会で専門家が検討しまして、「影響は明らかだ」となっています。これは大変大きなことです。
 これは名古屋市の仕組みが実は結構よくできているからです。名古屋市の仕組みでは、専門家がきちんと配置されていますけれども、この案件に対して、十分専門家がいない場合は特別委員を設けまして、この場合にも呼んだ。そして専門家の中でいろいろ議論した場合、領域が違えば、直接の専門のない人はなかなかはっきりした判断ができない。ですから、多数決で決めるのではなく、いろいろな専門家の意見を、場合によっては並列することがある。独任制なんて言っています。専門家の意見をきちっと結果に反映させようとする仕組みがあります。
 しかも、審査会での審査中に公聴会を開きますが、公聴会で市民の意見も反映させます。公聴会制度と結びついている。それだけではない、公聴会に意見を出せる人の範囲は、閣議アセスの場合には、関係地域住民というぐあいに住民の範囲が限られているんですが、この名古屋の仕組みでは限ってないんです。だれでも来いなんです。海外にも声をかけまして、その結果60通の意見が出ましたけれども、20通は海外からです。非常にオープンなんです。これも、だれでも意見を出すという意味では、アセス法がそうなんです。関係地域住民という、これまでの地域の縛りはなくなるんです。
 そういうことだったので、いろいろな主体から意見が出されて、そして審査会で十分議論していった。そのときに特にNGOが相当頑張ったわけです。
 その結果、審査会の専門家の判断によって、影響は明らかだとなった。これが大変大きなわけです。OHPに「The committee identified clear impacts on the natural environmental 」と書いてあります。要するに、影響は明らかだ。この結果は普通は日本ではこういってないんですね。しかし、「BUT」と大きく書いてある。「No change of project was proposed 」。だから、アセスの結果、影響は明らかだと出たんですが、計画の変更は提案されなかった。そのかわり、確かに影響は明らかだ。それならば、人工干潟で対応しよう。こういう代償措置を提案した。これがまずかった。アセス法ではこういう場合にはまず環境影響の回避あるいは低減をはかる。回避、低減に最大限に努めることが求められております。しかる後に、どうしても残る影響に関しては代償措置なんです。順番がある。その順番を飛び越してしまった。実はこれがまずかった。そういうことがございました。
 こういうことを報告しましたら、昨年の4月、ニュージーランド、クライストチャーチでのIAIAの世界大会に世界から専門家が集まりまして、皆さんが議論しました。これだけ明確なアセスの結果が出た以上、計画を見直さないのはおかしいんじゃないか、そういうことをしっかりアピールするようにという議論だった。
 そこで、世界の専門家がこういうメッセージを出したわけです。この文章自体は、みんなで議論しまして、私が原案をつくったんですが、70名の世界の専門家が署名してくれました。新旧会長、全理事、世界の重立った人がみんなサインしてくれた。それだけのメンバーがサインしてくれたなら、なぜ組織として出せないのか。国際的な関係も大変重要ですから、組織としては出しにくい事情がございました。
(OHP−5)
 総会でこの決議をしたんですけれども、総会で決議する直前に日本の環境庁が表彰された。何で表彰されたかというと、アセスメントの法律をつくったからです。日本のアセスメントの法律をつくるのに25年かかっております。4半世紀。ようやくできた。日本は経済先進国のクラブでありますOECD、この中で一番最後なんです。今29国入っていますが、日本が法律をつくったのは29番目です。法制度の整備をしたのは日本は最後なんです。通常、経済的に発展した国は環境にも配慮する。一番最初にやったのはアメリカです。1969年にアメリカはつくりました。今からちょうど30年前です。アメリカが経済大国、2番目は通常日本でしょう。その日本は一番最後につくった。ですから、ちょっと情けなかったんですが、ともかく法律ができた、それをよかったというので、表彰してくれた。若干皮肉みたいな感じがしますけれども、そうじゃないんですね。つまり、日本はアジアの中でリードしていく立場なんだから、これを機会にしっかりいい制度をつくって運用してもらいたい、そういう励ましの言葉だったんでしょうね。
 いずれにしても、そういったことが国際組織から出ましたので、その直後にこの議論ですから、組織としてはちょっとぐあい悪い。だけど、専門家の責任として、これは無視できないわけです。アセスの結果が出た以上、それに対してリスポンスするのがアセスの本来の趣旨なんです。今回はそれがなかったから、それはまずいんじゃないかということで、こういう勧告が出ました。この勧告は、環境庁と名古屋市、愛知県の3者に送られまして、当然お渡ししました。ですから、当時テレビとか新聞で報道されました。そんなこともありまして、環境庁の最後の発言に1つの後押しになったんですね。つまり、国際的な目が見ているよ、環境行政しっかりやりなさい、こういう意味。こんなことがございました。 

(OHP−6)
 しかし、昨年の状況では、話はそう簡単にはいきませんで、市の審査会が終わった後は、このOHPのように「逆風の中“ゴーサイン”」と出ています。こういった鳥がいっぱい来るような干潟を、やむを得ず埋めてしまう。アセスの結果、影響は明らかに出ましたけれども、ほかに方策がないから埋めてしまう。そのかわり人工干潟で対応しましょう。ですから、人工干潟で対応しようという考え方の底には、ここの環境の価値があることを市も認めている。市としても大変苦しかったところです。しかし、当時の状況では、なかなか代替地が探せない。私もそれはそのとおりだと思います。つまり、名古屋市の中だけで探すのは大変難しい。しかし、実際に現地を名古屋港という目で見ますと、市の行政区画を越えた範囲で、愛知県の中で考えることになりますけれども、いろんなところがありそうです。ですから、その候補地の範囲を広げることができれば代替地は探せる。
(OHP−7)
 ということで、先ほどのIAIAのリコメンデーションは、名古屋市と愛知県と環境庁が協力して、何とか解決してもらえないだろうか。そういったことだったわけです。その後、市は、例えば、こういうような広報も出しました。この中にアセスメントのことを書いてないから、問題あると思いますけれども、大変難しい状況だということで、住民の理解を求めようとしました。ところが、これはそれだけ重要な環境、自然環境を守らなきゃいけないとだんだん声が大きくなった。愛知県、名古屋市の世論調査を見ましても、昨年の1月、新聞の世論調査では3分の2ぐらいの人が、名古屋市においてもそうだし、東海3県においてもそうだった。やはりこれは埋め立てるべきではない。最終段階では、特に干潟の直近の住民の九十数%が反対、そんなふうに変わっていったんです。
 国会議員も動き出しました。去年の秋ぐらい。最終的には人工干潟は本当に可能かどうかということを環境庁の専門家の委員会が検討しまして、中間報告が出た段階ですが、人工干潟を否定しております。環境庁は代替地をもっと探すべきだということです。昨年の12月です。(OHP−8)
 そして、ことしの1月の末、名古屋市は最終的に埋め立てを断念しまして、今代替地を探そう。これから大変だと思いますけれども、そういった英断をしたわけです。
 この流れをずっと見ますと、これまででしたら、アセスの結果が変わることもなかったし、アセスの結果がこうだったから、したがって計画を変えるということはまずなかった。ないとはいいませんけれども、あまりなかった。特に都市部ではまずなかった。
 これまでアセスによって計画が変わった例はあります。これは都市部より農村部です。鹿児島県の屋久島の世界遺産で、その地域自体が貴重な自然という認識を持っていますが、島の西側に西部林道というのがありまして、そこを拡幅する計画がありました。これもアセスに入ったんですが、環境の影響を考えまして、取りやめになっております。ですから、ないわけではありません。しかし、都市部においてこういうことはまずなかったです。そのように大変新しいことなんです。
 このことの意味を私は1つの新しい政策転換がここであったと考えるべきだと思うんです。
 それはどういうことかと申しますと、先ほどSustainable Development と申し上げました。そういった新しい政策の考え方は、これまでの環境行政の考え方とは基本的に違うんです。環境管理といいますが、実は人間行動の管理なんです。環境に影響する人間行動をいかに管理するか。これがこれからの環境政策で考えるべきことです。
 ですから、藤前の場合も環境に影響するんだったら、その原因となる事業計画という人間行動自体を変えなきゃいけないというところに来た。環境庁が今回こういうふうに明確に技術的な問題で意見を出したわけですが、この背景には、日本の政府全体の中で、こういった環境を配慮した意思決定をしなきゃいけないと、政策転換を図ってきたということがあります。
 環境庁が幾ら声を出しても、その意見に対して相手が耳を傾けることがなければできなかった。つまり、運輸省自体が、港湾計画の中で自然環境に配慮した港湾計画をするという政策に方向転換してきたんです。そのことがありますから、環境庁の意見に対して耳を傾けた。それが大変大事なところです。
 政策転換、その基本は1993年の環境基本法です。環境基本法の中で、環境に配慮した意思決定をすると決めております。これは第19条に書いてあります。第20条では環境影響評価制度の推進です。環境影響評価法、我々はアセス法ともいいます。これは環境基本法20条を根拠にしてつくられております。そういった大きな政策の転換があった。その象徴的な例が、まさに藤前だと思うんです。
 これを契機にしまして、NGOの活動も大変活発になってまいりましたけれども、行政の方も随分対応が変わってまいりました。
(OHP−9)
 日本のアセスメントの歴史を簡単に振り返ってみます。これも先ほどのクライストチャーチのときに発表したもので、英語で書いてありまして、申しわけないですが、日本の環境行政、これは1970年代から大きく変化したと思います。1967年の公害対策基本法が環境行政の1つのスタートといっていいと思います。70年にEnvironmental Dietと書きましたが、日本語では公害国会といいます。公害国会が70年にありまして、それ以来いろんな環境行政の仕組みが用意されました。71年には環境庁もスタートしております。

 1972年、この年にストックホルムで国連の人間環境会議があった。これはリオの会議のちょうど20年前です。実は、リオの会議は、国連人間環境会議から20年たったので、この20年間をレビューしてみましょう、振り返ってみましょうということで開いた。72年のストックホルムの会議がそのスタートなんです。
 そのときにストックホルムで日本政府代表は、日本は水俣病のような環境汚染による悲劇を二度と起こさない、そのために環境影響を事前に見積もって、これを十分配慮した意思決定をしていく、その制度としてアセスメントを導入するということを言いました。1972年に国際会議の場で発表しているんです。閣議了解しまして発表している。しかし、実際にアセスの法制度ができたのは1997年です。25年かかった。それだけかかってしまったということは、日本の環境行政の遅れを示している。
 国としての制度は25年かかりましたけれども、この間に、いろいろな形、例えば行政指導という格好で制度ができましたり、地方自治体ではたくさんの制度、この場合には、条例あるいは要綱で対応してきました。日本で今70種類以上のアセスの制度がございますけれども、そういった国の制度がなかなかできなかったために、必要なところからだんだん整備してきた、そんな経緯があります。
(OHP−10)
 これも1つ大きな政策転換を示す例だと思いますが、1997年、2年前に、アセス法ができる直前に、ひょっとしたらまただめかもしれないという状況があった。どういうことかというと、当時、最終段階、97年の2月に、通産省が発電所は別扱いにしてもらいたいといったんです。1983年にアセス法が廃案になった。そのときの理由が発電所を外したからです。だれが考えても、発電所は環境に対して影響が大きい。だから、これを外したアセス法は大きな骨抜きになります。骨抜きになっちゃうということで、このときだめになった。
 今回もそれが起こりそうだった。ところが、あれから十数年たっていますし、様子が変わってまいりました。83年の段階ではまだアセスメントは日本には定着していないから無理だという話だった。ところが、97年、このときには通産省の皆さんも、定着した、定着したからもう法律なくてもいいんじゃないか、こういう話です。定着したといいながら、今度は法律でなくてもやっているから大丈夫だという話だった。そこで私はとんでもないというので、こういうことを言いました。「Monday Nikkei」という日経のコーナーに「今週の人」という扱いがあった。これはどういうことかというと、私はアセスの専門家ですが、私の言っていることを、経済界のオピニオンリーダー日経もサポートしますよということです。この直後です。通産省は発電所を対象にしろというのを引っ込めました。あとはスムーズにいきました。ですから、発電所を対象に含めたのは大変大事なポイントです。経済界もアセスの制度をしっかりつくることは、今後の産業活動上に大変大事だと考えているんです。
 なぜかというと、日本が国際的に取り残されてきたでしょう。OECDの一番最後にアセスの制度ができた。ということでありましたから、海外のODAとか援助でも、アセスは日本式ではだめなんです。日本仕様じゃ全く通用しない。そういう現実がある。ですから、日本でもきちんとした仕組みをつくらないとだめだということで、ようやくアセスの法律ができた。
 そういうことで、私は、アセスにつきましては、大きな政策転換があって、その結果、このようなことになったということを申し上げたいと思います。



2.環境影響評価法の成立 

 一昨年の6月にアセス法ができましたけれども、アセスメントの法律にどんな特色があるか、これを申し上げたいと思います。
 これはお手元に資料を用意いたしましたので、ごらんいただきたいと思います。
 2つございます。1つは「アセス法を評価する」という論文です。コンパクトにまとめましたので、わかりやすいかと思いまして、用意いたしました。それから、もう1つは、「海外の環境法制」、「世界のモデルとなったアメリカの『環境アセス』」とあります。日本の環境アセスメントはアメリカの制度をひな形にしております。アメリカの制度をひな形というのは日本だけではありませんで、各国の制度が、世界最初にできたアメリカの制度を1つのひな形としてできております。そういうことでアメリカの制度を紹介しております。
 「アセス法を評価する」をごらんいただきます。現在アセス法に関しましては、昨年の12月から既に、方法書段階はスタートしてもいいということで、十数件はスタートして実際に始まっております。そのもうちょっと前、昨年の4月からスタートしておりますのが万博のアセスメントで、アセス法を先取りした適用をしております。2005年に愛知県で国際博覧会を行います。我々は万博アセスといっています。2005年に行われる万博ですから、新しいアセスメントの仕組みを使わないと恥ずかしいということです。それを先取りしてスタートしております。もう方法書段階は終わりまして、準備書が、つい先日出たところです。
 ただ、その適用の仕方を見ますと、まだまだ新しいコンセプトが十分生かされてないというきらいがございますけれども、それはまた申し上げます。そんな試みが始まっております。
 どういう改定がなされたかということを申し上げます。めくっていただいて、617ページと書いてあるところがあります。表1「アセス法による主な改善点」、随分あるんです。私は、1976年から1983年まで環境庁の国立公害研究所にいました。先ほどの年表で、環境庁がアセス法を提案しようと最初に試みたのが76年です。ところが、なかなか提案できませんで、法案を出せなくて、6回失敗しました。81年にようやく提案できた、法案を出した。しかし、さっきのような事情で、83年には結局だめになってしまった。76年から83年までの間、ちょうど環境庁の国立公害研究所におりましたので、随分苦労したことがよくわかるんです。そういった事情を考えますと、随分といろいろな改善点があったということで、この表にまとめております。
 例えば、対象事業、先ほどもお話ししたとおりですが、例外を認めない。つまり、政府が関与する大規模公共事業に関しては、すべて対象にする。発電所は、正確には民間事業ですが、公共性が高い。そういうものは対象にするということです。
 2番目、これが法制化の意味ですが、許認可にアセスの結果を反映するということです。これは我々横断条項という言い方をしております。アセスの結果を尊重して、許認可をなきゃいけないんです。許認可の要件を満たしていても、アセスの結果が相当厳しい場合には、許認可が下せない場合があります。そういう規定です。法の規制力、これが大きいです。
 したがって、それじゃ、どんなアセスの結果かということは、具体的には環境庁長官の意見が出されますから、環境庁長官の意見を尊重する。今行われている閣議アセスは、実は行政指導ですから、環境庁長官の意見はすべてに対して出せるわけじゃないんです。今400件近くの閣議アセスが行われましたが、そのうち環境庁長官が意見を求められたのは、何と23件。わずか6%です。94%は環境庁長官の意見を求めていないんです。これは行政指導だからです。しかし、今度は法律になりますから、すべてに対して環境庁長官がみずから意見を出せる。
 藤前の例も実はそうです。藤前も閣議アセスでやったんですが、アセスの段階では環境庁長官の意見は求められませんでした。何で、あんなふうになったのか。その次の段階です。この場合には、公有水面埋立申請というプロセスに入りますので、公有水面埋立申請になりますと、その段階で運輸大臣が、このような大規模埋立事業に関しましては、環境庁長官に意見を求めることになります。これはその法律の枠組みがあるからです。ですから、法律があって、その中で手続が決まっていますと、きちんとやれるわけです。
 公有水面埋立申請が始まる段階で、環境庁長官は意見を出せる、そういう機会がある。このことがありましたので、おかしな話ですが、アセスメントが終わってから次の段階に入ることになったので、環境庁長官は意見を出したんです。環境庁長官が意見を出すのが大変重要というのはそこなんです。通常の閣議アセスでは意見を出す機会がないので、そこでおしまい。今回は、意見を出す権利がありますから、それを前提に意見を出した。しかも、この場合にはまだ申請に入る前だった。しかし、その前でも将来意見を出す機会があるんだったらというので、環境庁がああやって意見表明したんです。それに対して、事業官庁はそういう環境に配慮した政策を表明しておりますから、当然意見に対して耳を傾けた、こんな格好です。
 それから、全体の手続が変わりました。皆さんにこういうお話をするときに紹介いたしますのは、多くの国がそうですが、日本の制度はアメリカの制度をモデルにしておりますので、アメリカの制度と比較するとわかっていただける。ちょっとこれをごらんいただきます。
(OHP−11)
 これはNEPAの制度です。随分といろんなプロセスになっています。この中で従来のアセスメントはどういうことをやっているか。NEPAではこれだけの制度になっていますが、日本の制度はこの部分だけなんです。DEIS。ドラフトEIS。準備書ということです。EISというのは、Environmental Impacts Assessment、これは日本語で環境影響評価書、あるいは簡単に評価書といいます。評価書のドラフトですから、準備書です。準備書をつくって公告を縦覧します。そして、意見書を求められる。その意見にこたえて、ファイナルの評価書をつくる。準備書から評価書に至る段階、この部分だけが日本のこれまでのアセスメントです。
 アメリカはどうしているか。その前にいっぱいある。この前の段階を日本だってやっている。しかし、違いは日本ではそのプロセスを公開しない。つまり、透明性がない。アメリカは透明性が高い。公開して、住民参加、住民は意見を出せる。日本は事前手続という言い方をします。これは実際に事業をやる方はおわかりだと思います。事前手続をやることはやるんですが、オープンじゃない。しかし、事業によっては、時には部分的にオープンすることはありますけれども、基本はオープンじゃないです。アメリカは基本的にオープンです。たくさんの段階で、まず対象事業をどうするかから意見を求める。
 日本の場合は、ご存じのように、対象事業は、表がありまして、対象になる種類と規模、表に入るか入らないかということで、対象が決まる。そういう意味では公正ですが、問題は、表になりますと、規模がぎりぎりのところ、規模のちょっと下は対象にならない。いわゆるアセス逃れが起こってしまう。
 わかりやすい例で、建物を考えますと、東京都の制度だと、100メートル以上かつ、10万平米以上、両方の条件がかなえば対象にします。ところが、10万平米以上の大規模な建築物で高さが99メートルだと対象にならない。ぎりぎりだったら、高さをちょっと低くするとか、あるいは面積をちょっと小さくして、工夫すれば対象にならない。そうなったら、当然、だれだって、ぎりぎりのときは小さくします。これは合理的な判断です。そういうことをやる人の方が悪いんじゃなくて、制度がおかしいんです。そういうことができる制度がおかしい。
 アメリカはそれができないのです。つまり、すべてが対象になり得る。表もありますが、表は明らかに対象にならないものという逆の表です。基本は全部が対象です。ともかくアセス対象になり得るということでありますが、これを詳しいアセスになるかどうか、チェックしていく段階、これをスクリーニングといいます。スクリーニングをやって、結果として日本でもやっているアセスをやるということです。
 アセスに入る前にさっきお話しした方法書段階、スコーピング。まず対象事業が決まって、ここに詳しいアセスメントをやりましょう、じゃ、どんな評価法を考えるか。どんな案を比較、検討するか。これを代替案といいます。代替案の範囲を決めて、代替案の範囲が決まりますと、評価方法が検討できますから、どんな評価項目にするか。そして、調査・予測・評価の方法を決める。これがスコーピングです。ここでもいろんな関係者の意見を聞く。そしてアセスに入る、こういうことです。
 ですから、こういった前段階を全部オープン。したがって、アメリカの制度は、日本の従来のアセスメント、閣議アセスと比較しますと、住民参加の仕方が随分違う。それがこの図です。
(OHP−12)
 先ほど回覧していただいた私の本に書いてあります。こんなに違うんです。実は、これは中央環境審議会がアセスをつくる段階で答申を出しております。公聴会で私も専門家として公述しました。そのときにこのコピーを資料として配った。アメリカでは、大きく見て4つの段階で住民参加の機会がある。DEISからFEIS、これが準備書から評価書です。我が国では準備書の段階だけです。ですから、我々日本国民はこの機会、準備書の段階しかないんですが、アメリカではスクリーニング段階で簡単なアセスメントをやります。それからスコーピング段階、それから準備書、評価書、こういう4つの段階で情報が提供されるわけです。これだけ違います。
 そこで、これだけ違うんだから、もうちょっとましな仕組みにしましょうというのが私の意見です。実際はそうなっています。アセス法はこれに少し答えています。
 その結果はどうなったか。これはお手元に用意しました資料「世界のモデルとなったアメリカの『環境アセス』」、これに出ております。今まで準備書だけだった。スコーピングに対応する方法書段階ができました。この段階が増えた。そして、スクリーニングがやれるようになった。ただ、スクリーニング段階での参加機会がない。しかし、情報は提供されます。そういう意味では従来に比べたら改善された。
 私は、アセス法は従来の環境アセスより格段によくなったと思います。しかし、まだ十分ではないですね。評価書の公表後に参加はないですし、まだ十分ではありませんけれども、過去に比べれば、随分進歩したことがこれでおわかりいただけると思います。



3.アセスメントにおける評価と参加

 そういった参加の点で申し上げますと、ほかにも改善がございます。ちょっとお手元の資料をとっていただいて、先ほどの「アセス法を評価する」。環境政策が転換したということはどういうことかというと、環境の概念が広がったということが1つあります。環境基本法で新しい環境の概念、環境理念が示されました。したがって、評価する項目も、これまでより広くなっております。例えば、生態系を扱うところがはっきり出てまいりました。これまでは動物とか植物とか個別に評価していた。生態系システムに関しては評価しなかった。これからはそれが入ってきます。
 それから、身の周りの身近な自然、これに対してもきちっと把握する、評価する。それから廃棄物、環境に対する負荷、あるいは地球温暖化効果ガス、こういった問題にも対処する。ということで概念が随分と従来より広がっております。従来は環境汚染と自然保護だった。特に貴重な自然が中心だった。それに代わりまして、自然全体、生態系システムで見よう、あるいは身の周りの身近な自然をちゃんと評価して、守っていこう。それは環境負荷ということで、廃棄物とか、これだけ広がっています。ですから、新しい理念に答えた。
 それから、住民参加という意味では、意見の収集範囲が、これまでは関係地域住民ということで非常に限定されていた。事業の行われるすぐそば、近傍の住民の皆さん。ところが、この縛りをとりましたので、だれの声も聞く。恐らく海外からも声が出てきます。その趣旨は、判断に必要な環境情報を収集するために、これまでの関係地域住民だけではなくて、専門性の高い問題に対しては、国内全体から声を出してもらった方がいいだろうということがありますので、この縛りをなくしました。
 それから、準備書の記載事項が変わっております。これは仕組みが変わったということです。大切なことは代替案の比較検討をできる仕組みになったということです。この代替案のところは随分と議論がありまして、法律の中では、正確というか、具体的な表現になっておりませんが、中環審の報告とか、衆参両院における議論、そのプロセスで、代替案の検討が必要だということがまず確認されました。しかし、法律上は代替案という言葉は使っておりません。複数案という言い方がよく使われますが、その複数案ということも法律には書いてない。しかし、環境に対する影響を減らすための努力をどうしたか、説明することは必要なんです。
 環境アセスメントというのは環境に配慮しましたということを説明するためのプロセスです。最近よく使われる言葉でいうと、アカウンタビリティー。アカウンタビリティーをもたらすためのプロセスと考えていい。そのためにどのような工夫をするか、どのような努力をしたか、そのことを知りたい。そうすると、A案とか、B案とか、C案、複数の案を比較検討するのが一番わかりやすいということで、結果的にはそういう代替案の比較検討になるということです。この辺は今少し微妙な部分があります。準備書にはそういう環境保全措置を講ずるに至った検討の経緯を書くということになります。その中身は複数案を比較検討してくれということです。
 したがいまして、この法律をもとに具体的な技術的事項を決める基本になる、基本的事項というところには複数案という表現は出ております。これは環境庁と各省庁が協議をした結果ですから、行政の運用の中ではそうなっている。ですから、結果的には代替案の比較検討を行うことになるということです。これが大変大事なところです。
 そういった意味で、比較検討することは科学的な判断をしなきゃいけないということで、その根拠の情報がきちっとしたものだということを示すためには、作業を委託した場合には、委託先の名称をはっきり明記する、こういった点。情報の信頼性を高めるということです。
 さらには、このように比較検討することになりますと、不確実なものはいっぱいあります。それにどう対処するか。その段階では十分わからない場合があっても、最終的には判断しなきゃいけない。したがって、不確実なものが残った場合には、将来、それに対してフォローアップしましょうということです。ここで、不確実性に対する将来の対応とありますが、これにはいわゆる事後調査と、事後のレビューがあります。まとめてフォローアップといいます。そういったことを準備書に書いておく。準備書に書くことによって、将来対応することが保障されるという書き方です。そんなことも準備書に書かれます。中身も従来と随分変わっています。
 最後に、「フォローアップ」と書きましたが、その内容が準備書に書かれますから、それをアセスが終わった段階で、フォローアップということで対応していく。フォローアップ自体は、アセスとは別のプロセスになります。しかし、アセスの段階でそのことをあらかじめきちんと書いておく。これは大変大事な問題だと思います。
 今、主な点を申し上げましたけれども、これだけいろいろな改善がございますので、私は随分とよくなると思います。しかし、問題はあります。アカウンタビリティーと申し上げましたが、環境に配慮した意思決定、それに対する説明責任、アカウンタビリティーを満たすためのプロセスがアセスだと考えることができます。そうすると、意思決定のそういった透明性がどれだけ高まるか。これがアセス法を評価する場合の1つの基準になるわけです。
 その点でいいますと、私はまだ十分でないと思います。それに対しては、事業者の自主的な判断で十分対応できます。皆さんにお願いがあるんです。これからアセスをやる場合には、事業者の自主的判断ということで、より進んだアセスをやっていただきたい。法律の枠はできた。それにプラスアルファ、何をしたらいいか。それは透明性を高めるための情報公開と住民参加です。情報公開に関しましては、今の国会で情報公開法が審議されています。すべての情報が原則公開になりますから、基本的な条件は満たされるわけです。ぜひ活用していただきたい。じゃ、住民参加はどうか。これに関しては、残念ながらまだ十分でないんです。
 例えば、国のアセスメント、これまでのでちょっと比較して申し上げます。こんなことがあります。
(OHP−13)
 この図は私の本にも出ています。アセスメントというのはコミュニケーションなんです。説明責任、アカウンタビリティー。コミュニケーションの方法。どういうコミュニケーション。だれとだれの間か。事業者と住民、その間でやりとりするプロセスです。準備書というのは評価書の原案という文書の形で情報を提供します。それに対して住民の意見を出す。意見書。これは文書です。文書で情報を提供して文書で答える。これが基本です。ですから、意見書をもらったら、それに答えて準備書を修正する、これが評価書です。準備書を出す、住民が意見を出す、それに答えて準備書を修正して評価書にする。その前のプロセスが増えたんですが、中核はここです。この流れですが、これを住民参加ということで書いてみますと、こんなふうになります。
(OHP−14
 皆さんは、おわかりと思いますが、普通3本線がある。事業者と行政と住民、最低3本ある。これは2本しかない。住民にとって、事業者と行政は多くの場合同じに見える。公共事業が多いですから。これは閣議アセスですが、閣議アセスの場合に住民が関与できる機会はどうか。まず縦覧、これは準備書、それと意見書。意見書も文書ですが、その前に準備書という文書のコミュニケーション。それだけではなくてもう1つ、これを補完するものとして、会議によるコミュニケーション、説明会です。そして、意見書という文書を出して、最終的に評価書をつくる。こういうコミュニケーションです。文書が1、2、3、会議が1つ。ところが、下に横浜の例がありますが、ちょっと見ればわかる。線が多いでしょう。
(OHP−15)
 もっと多い例をごらんいただきますと、これは神奈川県の例です。これは、条例改正前の例ですが、これだけたくさんある。東京都でもこれだけ。どういうことかというと、繰り返し、さっきのフィードバックするループが、情報を提供して、答えて、こう回っていく。閣議アセスだと1回だけなんです。ところが、神奈川とか東京というのはたくさん線があった。これ1回だけじゃなくて、もう1回やる。そういう意味です。神奈川の場合は今は変わっていますが、昔の仕組みですと、意見書を出して、再意見書を出す、2回出す。東京も意見書、ここでまた意見書、フィードバックが2回ある。そういうやりとりをする。
 そのときに1つ大事なことは、単に回数が多いだけじゃくて、閣議アセスにはない公聴会がある、こっち、東京都にも公聴会があります。つまり、説明会というのは会議形式ですが、これは事業者が説明することが趣旨です。それに対して住民は質問する。公聴会というのは質問ではなくて住民が意見を出すところです。そういう意見をどんどん出す場をつくる。
 藤前の例で申し上げた名古屋市の例でも公聴会がある。しかし、閣議アセスではこれがない。アセス法でも実はありません。アセス法の場合には準備書から評価書に至るプロセスは基本的に変わらない。この前に方法書ができて、方法書段階でプロセスが増えましたから、これよりよくなっています。しかし、公聴会はありませんし、方法書段階は説明会もない。ですから、コミュニケーションがどうしても十分じゃない。ところが、神奈川県や東京都やいろんな自治体の例を見ますと、公聴会を設けて、情報の交換をする場合が随分多いです。これが大きな違いです。
 実は、万博のアセスメントはアセス法の前倒しということでやっているんですが、アセス法の規定以外にコミュニケーションの場を増やしました。方法書段階でも説明会をやる。それから、公聴会といわなくて、意見交換会。これを設けました。私も万博アセスの委員をやっていまして、手法検討委員会で手続きを決め、今はアセスメントが始まって委員を引き続きやっています。手続きを決める中で意見を申し上げて、今みたいな公聴会とか説明会を設けるべきだと提案して、ほぼそれが実現された。
 しかし、公聴会という言葉はどうも嫌だというんです。なぜか。万博は通産省が所管しますから、通産省は発電所とかで公聴会では苦労している。そのイメージがある。あんまりいいイメージじゃない。そこで、意見交換会という表現ならいいでしょう。ですから、意見交換会。中身は同じです。そういうのを設けました。
 このような機会を設けたんですが、残念ながら、参加の場としては不十分だった。特に意見交換会は、通常どうでしょう、単に1回やっただけでは答えは出ないですね。2回、3回やらないといけないでしょう。繰り返しの検討の場を持たなければ、公聴会あるいは意見交換会は実際に機能しない。今回はそこまでやってないのです。いってみれば、意見を聞き置くだけのことです。だから、十分じゃない。
 むしろこれからのアセスメントはそういう段階で意見を十分に交換していって、中身を詰めていく、そういう参加のプロセスが求められる。我が国は、基本としてはアメリカの制度をモデルにしています。スコーピング段階ではミーティングをしっかり持ち、ディスカッションをして中身を詰めていかないといけない。詰めていくから絞り込める。詰めていくから、どんな代替案なら事業者としても対応できるかがわかる。それだったら、どんな評価項目が必要だということになる。そういう詰めていくプロセスが大変大事です。そういった本当の意味の参加を促進することをやらないとうまくいかない。
 ですから、万博アセスメントはこれから先また大変ですけれども、今のところは、仕組みとしては法の枠を超えたものをつくりました。しかし、運用がいまいちだった。それなりの努力はしているのは認めますけれども、まだやることはいっぱいある。このことに関しては、都市計画の分野の皆さんの方が得意だと思いますけれども、都市計画では随分やっています。そういった方法が既にあるわけです。それをこのアセスのプロセスの中で活用していくことになる。そうすると、随分いい方向に行くと私は思います。ですから、私はそれをこれから期待したい。
 日本でも、公聴会で意見のやりとりがある例も少しはあります。大多数の公聴会は1回だけで意見をいいっ放しでしょう。都市計画の場合がそうですね。あれじゃだめです。1回、2回、3回、意見をいろいろ相互にやりとりしなければ。
 私が放送大学の番組で紹介しているのは川崎の例です。川崎では3回公述する。公聴会というのは主催は行政です。行政が中に入りまして、事業者と住民とで意見を出す。そうしますと、1回目は住民が意見を出す、事業者も意見を出す。2度目に住民が意見を出すときは、事業者の意見を聞いたんですから、それにリスポンスする。事業者は事業者で、住民の意見を聞いたんですから、住民の意見にリスポンスするわけです。ということで、結果的に、繰り返し、1回、2回、3回と意見を述べることによって相互のやりとりができる。これがみそなんです。
 ですから、同じ公聴会なのにその結果が随分と違ってくる。それをもっと進めたらいい。そういう住民参加の機会をきちっとつくって、それを適切に運用していくことが大変大事だと思います。これがこれからの住民参加の大きな課題の1つです。
 もう1つあります。より根本的な問題になりますが、日本のアセスメントはいずれにしても、事業が始まる直前でやります。これを事業アセスといいます。ところが、事業を行う前、もっと早い段階から実際は意思決定をする。つまり、事業の前には上位計画があります。計画の意思決定がある。上位計画を決めるもっと前には政策の意思決定。政策の段階、計画の段階、事業の段階、そういった段階を踏んでまいります。
 そういったプロセスは別に日本だけじゃありませんで、国際的にも大体同じような認識をしております。英語でも同じような表現を使います。政策はポリシー、計画がプランとかプログラムといいます。プランというと、平面的なイメージですが、プログラムというと段階を踏んでいくようなものです。そういう計画段階。そして、事業、プロジェクトです。みんなPがつく。そういうことで整理をしております。



4.戦略的環境アセスメント(SEA)

 (OHP−16)
 今申し上げたポリシー(政策段階)、プランあるいはプログラム(計画段階)、そして事業段階。日本のアセスメント、日本のというか、通常どこでもそうです、各国似たような状況がございます。事業段階で行う。これを事業アセスメントといいます。英語でも同じように、プロジェクトEIAといいます。EIAというのはEnvironmental Impact Assessment です。これが環境影響評価、英語の表現です。プロジェクトを対象にしますから、プロジェクトEIAという。日本語と同じ表現です。概念としては同じです。大多数のアセスはみんな事業段階です。大多数のと申し上げますのは、一部はそうじゃない。つまり、計画段階や政策段階で行うアセスメントも欧米ではやっている。日本ではやってません。ここがえらい違いです。
 アメリカのアセスメント、NEPA(National Environmental Policy Act)。NEPAに基づくシステムというのは、先ほどごらんいただきました。あれは当初から事業の前の、計画段階でもアセスをやるといっている。ただ、計画段階でやるのは数は少ないが、そういう考え方です。なぜかというと、これからの環境配慮のためには人間行動を管理するということが必要です。人間行動を管理するということは、その事業を行うもとになる大もとの計画自体を変えなきゃいけない場合もある。あるいは事業、計画の方針に当たる政策自体も見直さなきゃいけないだろうと思います。ですから、政策段階、計画段階のアセスメントということが、場合によっては必要になってくるだろうと、そういう考え方です。
 このことがこれから特に必要になってきます。例えば、3年前にここでお話ししたと申し上げました。そして、日経の記事をきょうコピーしてお配りしましたが、その議論はどういうことかというと、こういうことです。
(OHP−17)
 今度は朝日新聞ですが、「開発に負けた都市の余白」。これは1995年、ちょうど阪神大震災の直後に出ました。この中身は、私が朝日の記者のインタビューを受けまして、お話ししたことです。新聞記者は当然中身をチェックして、フォローして記事を書いています。住民参加の話はこの辺に書いています。こういうことです。
 これはどういうことかというと、個別の事業だけチェックしていったんじゃ十分じゃないということです。個別の事業段階では、まあいいかとなります。しかし、それが10個、20個と累積されますと、土地利用上大きな変化があります。ですから、累積効果というのは個別事業のアセスではチェックできない。これは計画段階とか、政策段階にさかのぼっていくしかない。これまでそういうことはして来なかった。したがって、この写真にあるように、こんな状況になります。これをカラーで見ていただくと、こんなことになります。
(OHP−18)
 上がニューヨークで下が東京です。都心から同じ10キロです。こういう土地利用の違いがある。10キロでこんなに違っていれば、20キロはもう明らかです。
(OHP−19)
 これは20キロです。ニューヨークは緑、グリーンベルト。東京はブラウンベルト。実はこの20キロは調布のあたりです。1950年代には、皆さんご承知と思いますが、グリーンベルト計画をつくろうと東京都が提案したことがあります。それがうまくいかなかった。結果がこうです。ですから、本来はニューヨークのようになるはずだったんですけれども、なり損なったということです。これは結局、東京圏の土地利用計画にきちっとしたものがなかったからです。
(OHP−20)
 これを見ていただきますとわかりますが、大都市の人口密度を比較したものです。23区程度の地域規模で大体似たところをとっています。東京都は1ヘクタール当たりで132人。ニューヨークは88人。東京の3分の2です。ロンドンは半分以下です、64人。このくらいの違いがある。このようなことが起こったのはなぜか。まさに計画段階できちっとしたチェックをして来なかったからです。あるいは計画自体がほとんどなかったといっていい。
 これを何とかしなきゃいけない。このようにロンドンは東京の半分以下の密度ですが、ロンドンの例もごらんいただきましょう。
(OHP−21)
 これは市街地ですが、居住環境はどうかというと、私は2年前にイギリスに行っておりましたので、そのとき撮ってきたものです。これは私が住んだところです。こんな住宅地です。この建物はくっついています。しかし、裏側に行くとこれだけの緑のスペースがあります。これをバックヤードといいます。環境の分野でよくNIMBYというでしょう。Not In My Back Yard 。つまり、総論賛成、各論反対です。それは非常にいい考え方だ。たがら賛成。だけど、うちのバックヤードには困るよ。総論賛成、各論反対。日本と一緒です。
 NIMBYのBack Yard というのはどんなものか。実はこんなに広いんです。こんなに広いんだから、バックヤードに迷惑施設を持ってこられるかもしれない。だから、Not In My Back Yard です。
(OHP−22)
 これがどんな都市構造になっているかというと、イギリスのことをご存じの方はおわかりと思いますが、こんな感じです。これは今のとは違うところですが、基本的なパターンは一緒です。道路に面して住宅がきちっと建っています。その道路の両側に囲まれたブロックの中では、バックヤードがしっかりあるわけです。ですから、外から見ただけではわかりません。都市の密度が結構管理されている。通りはずっとビルが建っていて、密度が高いようですけれども、こういうバックヤードを設けていて、道路が広い。したがって、平均密度が下がってくるわけです。その結果、東京の半分以下の密度です。
(OHP−23)
 これはロンドンの都心から5キロぐらい、ほぼ都心です。それがこんな状況です。緑がいっぱい。こういうスペースです。こういう状況、これがヘクタール64名という密度です。しかも、この密度の都市が大変魅力のある都市で、ロンドンには世界中から人が集まってくる。イギリスは今景気がすごくいいです。それだけ人を集める魅力ある町がこれです。
 ですから、こういった町をつくりたいんです。どうしたらいいか。そのためには土地利用計画の段階で、環境を配慮した判断をしなきゃいけない。そういう判断をする手続がこれまでなかった。しかし、それをしなきゃいけないというのが国際的な認識になっていまして、こういう段階のアセスメントが今始まっています。
(OHP−24)
 SEAといいます。Strategic environmental assessment。これは最初にご紹介した国際影響評価学会、アセスの国際学会の国際共同研究の成果です。Strategic environmental assessment。戦略的環境アセスメントといいます。この成果をまとめたわけです。私は日本支部の代表を担当しておりますので、仲間で翻訳しました。
(OHP−25)
 「戦略的環境アセスメント−政策、計画の環境アセスの現状と課題−」。国際影響評価学会。きょうは時間があまりありませんので、詳しくは申し上げませんが、こういう政策とか計画の段階からのアセスメント、これを戦略アセスといいます。
(OHP−26)
 さっきの図に戻って申し上げますと、計画段階、政策段階、いろんな段階がありますが、これらを総称するのが戦略的環境アセスです。事業アセスメントという場合には、事業実施の前にやりますから、段階として1つの段階がわかります。ところが、政策段階や計画段階はいろんな段階がある。これは理念として大きくまとめていますから、例えば、基本構想、基本計画、整備計画、実施計画という言い方もあります。ですから、事業に入るまでにいろんな段階があります。全体を総称しまして、戦略的段階といいます。英語でStrategic 。戦略的にものを考えるということはどういうことかといいますと、目標を決めて、その目標に合わせていろんな方向が出てくる。常に目的は何か、これとの対応で考えています。目的との対応であれやこれや考える。平たくいえばあれもこれも考えることのできる段階、そういう段階です。それを総称して戦略的環境アセスといいます。
 これをやろうじゃないか。やらなきゃいけないという考えです。これをNEPAで、アメリカでもやってきましたし、カナダでもやっています。オランダもそうです。オーストラリアもそうです。つまり、環境先進国みんな始めている。スウェーデン、ドイツもそうです。日本もやらなきゃいけないんです。
 ということで、実は去年の4月から環境庁では戦略的環境アセスメント研究会がスタートしました。私もメンバーです。秋には国際ワークショップもやりました。海外から3人の専門家、日本からの代表として私、計4名が講演しまして、日本の現状をお話ししました。しかし、日本は残念ながらまだあまりやってないんです。
 しかし、見方によっては、その兆しが少しずつあるんです。例えば、お手元にきょう用意したはずですが、東京都の例。朝日新聞の1面トップの記事があります。「計画段階で環境アセス」。ですから、これは大変重要な課題だということです。東京都は2000年度開始を目指しまして、計画段階での環境アセスメントをする。この審査会は15名のメンバーですが、そのうち12名が専門家、3名が公募委員、これは一般市民代表ということで始まりました。
 左にフローチャートがありますが、ごらんいただくと、箱が2つある。通常のアセスメントは下側です。「従来のアセス」と書いてあります。その上にあるその前の段階「新しく加わるアセス」。これが戦略的環境アセスです。計画段階ですから、事業に入るもっと前の段階でチェックをしてみよう。具体的には、総合計画ですから、例えば臨海部開発とか、大きな開発行為、いろんな事業があります。こういうものが対象になります。千葉だったら三番瀬とか、これもいろんな事業の複合体ですから対象になります。徳島県でも吉野川で第十堰が問題になっていますが、あそこも吉野川全体の河川の流域の計画を考えるのであれば、まさに計画アセスの対象です。戦略アセス。そんなレベルの話です。
 ここまでやるためには、重要な課題があります。その下に私のコメントが入っていますが、経済効果の評価が必要と書いてあるでしょう。どういうことかといいますと、環境問題だけを考えたら、こういう計画はやらない方が通常はいいですね。やらないのが一番いいのに決まっています。だけど、計画をやるということは、環境をある程度犠牲にするんですが、社会的な便益とか経済的な効果があるからなんです。だから社会経済と環境の問題を比較考量することが必要です。そういう環境管理をやるのがSEAなんです。
 今までそういう機会が日本にほとんどなかった。
(OHP−27)
 このマンガを見ていただくと、今の考え方がおわかりだと思います。これは皆さんお手元にきょう追加でお配りした日経の「経済教室」の論文が英語になったものです。日経では毎週Nikkey Weekly を出していますが、その週の「経済教室」の中から1つを選んで英語で海外に情報を発信します。私の書いた週は、私のを選んでくれました。そのときに英語にするだけじゃなくて、マンガを入れた。このマンガは何かというと、私のいっていることは一言でいうとこうだ。つまり、これから東京の都市環境を考えたとき、こういう人間行動、都市的な活動、それと自然環境、人間活動と自然環境。両者のバランスをはかると、東京はこっちの都市活動ばかりウエートが高い。もうちょっとこっちの自然環境を考えましょうよ。こういうことです。
 これを行うのは戦略的環境アセス、戦略的な段階でのアセスメントをやれば、自然環境への影響と、経済社会的な効果、この両者を比較すべきです。これが大変大きなところです。
 東京都もまさにこういう方向をねらっているんですが、ただ、今の東京都の仕組みは環境部局が中心になっていますので、果たしてこういった形になるかどうか心配です。この場合には、例えば事業部局と環境部局が一緒に運営していけばこういう話になります。東京都ぐらい大きくなっちゃうと、一緒にやるのはなかなか難しい。一生懸命努力してやることを期待していますので、そういう方向になっていただけると大変すばらしいと思います。
 そこで、じゃ、ほかにそういう例はないか。実は、環境部局やいろんな事業部局が一緒になっている例はあります。東京都は今申し上げたような状況で新しくやっています。委員を公募しますから、透明性が高いです。非常にいい点です。しかし、部局間全体のバランスを考えるためにはもうちょっと工夫が要る。
 部局を横断してという考え方でやっているのは川崎市の例があります。川崎市では環境調査制度というのがあります。1994年から始めております。これでは、公開性は今のところ低い。つまり、行政の内部でやります。そのかわり部局横断的です。環境部局が全体をまとめて、いろんな事業を管理して、全体で議論して、そして検討していくということをやっています。もう10ぐらい例がある。川崎の場合には庁内でやていますから、このプロセスを公開して透明性を高めれば、SEAに近づくんです。
 東京都とか川崎市でいろいろ例がありまして、少しずつ部分的にそういったSEAの要素を満たしたものが出てきたといってよろしいかと思います。
 今みたいな総合計画というレベルとは違うんですけれども、若干それに似た、住民が関与して決めていくというトライアルがもう1つあります。それは私が住んでおります横浜の例ですが、これもSEAと呼ぶにはまだ十分じゃないかもしれませんが、1つのトライアルと考えていただきたいと思います。
(OHP−28)
 「SEA Trial in Yokohama City」と書きました。これは昨年秋のSEAの国際ワークショップ、このときに発表したものです。私の地元なものですから、専門家であるし、しかも住民であるということで関与しました。ここではどういうことをやっているかというと、住民が参加して道路づくりを考えよう。これはこれまでいろんなメディアでも報告されましたから、ご存じの方が多いかもしれません。最終的に住民参加の委員会でやりまして、結果、こんなパンフレットがまとまりました。
(OHP−29)
 このパンフレットには、横浜市がどんな考え方でやっているかということが紹介されています。このパンフレットにあります住民参加の道路づくり委員会、そこで検討した。この計画は、個別の事業が3つある。
(OHP−30)
 どういうことかといいますと、道路計画がありまして、道路全体には、ここの部分の事業のように全部で3つの部分がある。通常のアセスメントではここの部分のアセス、こことこことあります。ただ、規模が小さいから普通は対象にならないんですが、それを全体をまずこの段階で考えています。既に計画があったわけです。個別の事業のちょっと上の段階、その段階です。
 そこで、大事なことは複数案を提案しました。つまり、計画段階で複数案を提案しました。これを我々の住民参加で議論してここまで詰めました。これは市が出したパンフレットです。これは横浜市の青葉区というところです。田園都市線の青葉台という駅があります、あのあたりです。この道路全体で全長7キロぐらい。この部分が1キロかその程度、これも2キロ程度、大して長さはないんですが、それぞれの部分で、AとBとある。複数のルートを考えました。それだけではありません。整備しない、ノーアクション。ですから、A、B、ノーアクション。ここもそうです。CとD、E、そしてノーアクション。ここはFとG、ノーアクション。そういうぐあいに数案を比較し、しかもノーアクションを比較する。そういうことを情報提供します。
 そうなりますと、この周りの評価はどうなるか。さっき申し上げたことですが、環境影響だけを考えたら整備しない方がいい。
(OHP−31)
 パンフレットの反対側。「環境への影響について1」。
(OHP−32)
 もう1つ。パンフレットの反対側に「環境への影響について2」。社会経済的影響。つまり、自然環境の評価と社会経済的評価、両面での評価を示しています。きょうパンフレットを持ってまいりましたので、回覧します。
 そういう情報提供をしている。計画段階のアセスメントです。そういうことをやって、皆さんの意見を聞こう。ですから、情報提供しまして、そして意見を求める。通常のアセスメントと違う。しかし、全体の考え方はアセスに近いんです。昨年の秋にアンケート結果が出ました。「整備しない」も入っていますから、市も心配したんです。ところが、結果は、「整備しない」というのが一番多くはなかったんです。むしろ整備してもらいたい。整備しない方がいいというのは大体7分の1ぐらいです。14〜15%です。ですから、それ以外の人は整備した方がいい。わからないという人もいます。しかし、特定のルートに関してサポートした人はどの部分についても30%ほどはありました。つまり、支配的だったのは、むしろ道路をつくるという案です。計画の効果と環境影響を比較考量した。つまり、経済的な効果とか、社会的な便益まで考えた上で、環境を考える。ここの地域は、もちろん道路のデザインによりますけれども、しかるべき環境を配慮したものであれば、整備した方がいいんじゃないか。そういう意見が多かったわけです。こんな結果が出ております。
 ですから、私は申し上げたい。こういうことをやりますと、整備しない方がいいんじゃないか、みんな反対となりがちですが、必ずしもそうじゃないんです。ただ、これに関しては、回答する人の範囲がどうだとか、いろいろありますので、きちんとしたことはまだいえませんけれども、1つの例としてこんなものがあります。
 戦略的環境アセスメントということが、まさにこれからの環境政策を考える上で大事なものです。Sustainable Development のために必要なことが、日本でも少しずつ始まってきたということを最後に紹介しておきます。
 きょうはビデオも用意して、ビデオでもうちょっと具体的な参考になるのを見ていただきたかったんですが、この会場では見れないということで残念です。私がお願いするのが遅かったためですが、これも早目じゃないといけないですね。早期の対応が必要なことはアセスメントと同じですね。以上です。(拍手)



フリーディスカッション

司会(谷口)
 
どうもありがとうございました。
 それでは、質問、ご意見の時間に入ります。ご質問のある方は挙手をお願いいたします。

青木(日本生態系協会)
 きょうは、本当に勉強になりました。ありがとうございました
 2点教えていただきたいことがあります。総合的な環境アセスメントについてのお話がありましたが、きょう原科先生の方からいただいた資料の中に最後の方に、既にオランダとか、デンマークとかフィンランド、アメリカでSEAが具体化されているということですが、こうした実施状況はどんな印象、どんな感じなのか。例えば、もう既にポリシーとか、プランとかプログラムの段階で、環境への悪影響があるということで、中止してしまったとか、そういった事例があるのか。そのあたりの感覚について教えていただきたいのが1点。
 それから、2枚目のレジュメの中で、96年の12月にECがSEAの指令案というものを公表している。このレジュメの段階では採択の手続に入っているということですけれども、現在既に採択されているのかどうか。この経緯について教えていただきたいと思います。

原科 
 大変大事な点だと思います。SEAは日本では今お話ししたような状況でございますけれども、イギリスとかオランダ、ヨーロッパ各国では、ある程度やっております。すべてについてやっているわけじゃありませんけれども、アメリカでも結構事例があります。ただ、完全に計画をやめてしまうという例はあまり聞いておりません。A案、B案、C案のどれにしようかと選ぶような段階のものが多くなっています。
 ただ、事業段階になりますと、昔は、アセスをやって、事業がやめになった場合もあったんですが、だんだんそれが、あらかじめ事業者が考えて、アセスやってだめになるような計画はつくらなくなっちゃう。例えば、アメリカの歴史が一番長いわけですが、EPAの統計を見ますと、アセスの実施例がだんだん減ってきているんです。それはどういうことかというと、スクリーニングプロセスというのがあります、つまり大きな影響があるかどうか、大きな影響がありそうものに対しては、通常のアセスをやる。そうじゃないものはやらない。大きな影響がありそうな事業は事前段階のスクリーニングプロセスでもうはねられてしまいます。そして最初から環境影響の少ない事業計画をつくるようになった。結果的には詳細なアセスの数が減ってきたんです。
 そういうことで、いろんな環境に配慮するということで計画の中身自体が変わってきているんです。事業段階でもそうですし、その上位計画ではもっと環境配慮を一般的な議論で行いますから、その結果全くやらないということはあまり聞いておりませんで、むしろそれによって実はポリシーならポリシー、計画なら上位計画、それをどんな方向にやっていくのか、それは大きな道筋が幾つかあります。まだ不確実性が高いですから。そのときにどのようにしたらいいかという選択をするときの道具として使う。
 例えば、成功例といった方がいいんでしょうけれども、オランダでは、政策段階でもやります。欧米でも計画段階のものはありますが、政策段階はめったにありません。ところが、オランダの場合には廃棄物処理の計画、これは10年計画ですが、それを政策段階のアセスでやっていまして、これもどのようにしたらいいかという方針を選ぶためのものです。どっちにしても、廃棄物の計画はつくらなきゃならない。どんな方針にしたらいいか。そういったことにSEAをやってみたというのがあります。数はまだ本当に少ないというものですけれども、そんなことでやっております。
 それから、イギリスの場合には、これは地域基本計画、ストラクチャープランと呼ばれております。直訳すれば地域構造計画となりますか、地域の基本計画です。これをつくるときに大抵SEAをやっています。これはイギリスの都市計画制度の中で、都市農村計画の中で、プランニングをしっかりやる。もともとそういう国ですから、その中で環境に配慮したものをやっている。これもイギリスの環境省がそういう政策判定の中で環境に配慮するというマニュアルをつくっています。
 ですから、イギリスとかオランダ、スウェーデンもそうですが、少しずつ実践が出てまいりましたので、これを今度は、例えばユーロができまして、EUが1つの組織として、国の連合体として活動するわけですから、EUの中で、SEAを行うという相談が始まっています。今、お話しになったように、そのプロポーザルが出ました。実は、2月、先月ですが、そのまた修正案が出たそうです。その修正案の中では、それまではかなりぼんやりしていた内容でしたが、より具体性が高くなりました。また、これまではある程度対象を絞っていましたが、より積極的にもうちょっと広くできるような形にしていくようです。そういった修正に今かかっております。ですから、そういう原案が出て、修正が先月出ましたから、もう1〜2年で最終的な合意に至るのではないかと見られております。

安武(横浜市青葉土木工事事務所)
 アセスメントの評価のことについてお聞かせ願いたいんです。青葉台土木事務所の方で、きょう先生の住民参加の道路づくりにも関心を持っている者です。アセスメントで計画を出して、いろいろと討議して、審査してもらうわけです。最終的にどう評価するかということが一番重要なファクターになってくると思います。例えば、今回の場合でもアンケート調査をやったということで、住民の意見が1つの評価の大きな手段として用いられると思うんですが、評価の基準なり、そういうことについて、戦略的環境アセスメントなり、一般的な環境アセスメントでも、評価の基準というのは変わると思うんです。そういうことについてどういうような世界の動きがあるのか。
 また、戦略的環境アセスメントの評価の基準としてはどういうことを基準に考えたらいいのか、その辺のことをお聞かせいただきたいと思います。

原科
 今のご質問、大変難しい問題です。これまでの日本のアセスメントは環境基準とか、環境目標とかが設定されているものに対してやっていましたので、そういったある基準があって判断していくということだったんですけれども、これからむしろ相対比較なんです。代替案とか複数案とかがありますが、相対比較が必要です。ある絶対的な基準でやると、当然それは満たさなきゃいけない。しかし、それ以上にさらによくしようということです。ですから、その場合にはAとBとCがあったら、A案、B案、C案、それぞれどっちがどれだけいいか。相互に比較するわけです。
 これには大きく2つの方法があります。1つは、アメリカ等でやられておりますように、定量的な評価、何とか点数をよくしようと、これをやります。こういうアプローチをアメリカでやっています。しかし、アメリカはすべてをそうやっているわけじゃありませんで、もう1つは、定性的な表現になる場合もある。つまり、定量的な、いろんな個別の要素に関する予測はしますけれども、それを総合的に判断してどうなるかと、ある程度定性的な基準が必要になる。だから定性的な評価もあります。
 こういった傾向が大きいのは、イギリスだと思います。私どもSEAの専門家の会議でも、いろんな評価の議論をします。昨年、IAIAのクライストチャーチ大会で、SEAのセッションがあって議論したんですが、イギリスのこの分野では一番有名な人が紹介してくれた。イギリスの場合はこうですよ。定性的なんです。アメリカは数字でやるでしょう。イギリスは違う。これはおもしろい。国民性なんですね。日本の場合はどうなんでしょう。日本の場合は定量的な部分だけを志向するのは難しい。日本の我々の判断材料としては、なかなか通じない面があります。ですから、恐らく定量的にチェックできる部分はあるでしょうが、それですべてというのはなかなか難しいんじゃないかと思います。
 ですから、定量的な個別の要素で予測していきますが、じゃ、トータルではどうなんだ。あとで定性的な記述も加えます。A案とB案と比較すれば、どの程度こちらがいいと、それは定性的にいいます。ですから、相対評価という状況ならば、これまでとはちょっと評価の仕方が変わるんじゃないかと思います。その場合、方法論的には、実際に各国もやっておりますので、私は基本的には日本も適用できると思います。
 ただ、問題は、じゃ、だれがその評価をするか。評価の主体が問題です。環境基準というのは専門家の判断があってこれを根拠に決めるわけですから、これはみんなが一致します。だけど、環境基準が設定できないものに関する評価は、主体によって変わりますね。特に景観とか、歴史的環境や文化財とか、これは随分変わります。そうすると、そういう主体による違いをどう扱うかということが別の次元の問題として残りますので、これはそう簡単ではないわけです。
 その意味では、私が、今横浜でやっているのはまさにそこなんです。住民の意見を聞くというのは、住民の意向を把握したい、しかし、住民といっても、1つの主体というよりたくさんの意見がありますから、Aグループ、Bグループ、Cグループとかに分けて、それぞれの代表的な意見としてはこうですよという表現になってくると思います。その後の調整をどうするかというのは、アセスメントとは別のプロセスです。
 ですから、アセスメントというのはあくまでもそういうことの情報を提供するまでだとということです。それを使ってどういうぐあいにして、合意形成していくかは、また別の次元で考える。
 そのことは各国の例でもありまして、例えばアメリカでも、アセスをやったその後、どうしても、むしろ対立点がはっきりする。対立点がはっきりすることが合意形成のためにまず必要だ。夫婦げんかしてワァーッと言い合う。その方が次の解決策が見つかるわけです。ですから、最初に対立点をはっきりさせるためのプロセスだと位置づけますと、これが役に立ちますね。そういった例も、私も幾つか紹介しています。
 そうしますと、例えばそのこと自体を最初から盛り込んだアセスメントがあります。これはカナダです。カナダはアメリカの例を見て、アメリカの経験を踏まえてさらにいいのをつくったんです。アセスの枠外に合意形成プロセスをくっつけているんです。英語でミーディエーションといいます。日本語でいう調停ですね。話し合いで決めるというミーディエーションプロセスをくっつける。アメリカはNEPAの精神に基づいてやってきたわけですが、アセスメントを終わった次の段階で、結果的にコート、裁判に行くか、あるいは話し合いか。こうなっています。昔は裁判が多かったんです。だけど、そういう次元の話はだんだんクリアされてきまして、裁判所で解決できない、解決に時間も金もかかってしようがない、そういう問題がたくさん残ってきた。そうしますと、話し合いをきちっとやった方がいい。その話し合いをどうやったらうまくいくかと考えますと、第三者が中に入った話し合いが効果的です。
 それにはいろんな方法があります。仲介、アービトレーション、あるいはミーディエーション、これは調停です。あるいはファシリテーション、話し合いを側面から支援する役割。ファシリテーターといいます。いろんな方法がありますが、ミーディエーションというのが一番みんなに好まれている。何でミーディエーションがいいかといいますと、アービトレーションというのは日本語で仲裁といいます。仲裁という場合には、解決策の判断自体を第三者に任せてしまう。あなたに任せます。長屋のご隠居さんに仲裁してくれ。大家といえば親も同じ、店子は子ですね、親のいうことを聞きましょう。そういう長屋のご隠居さんにお願いする、これはもう任せました、あなたに預けました、これが仲裁です。それはそういう条件が生まれた社会の中ではいいです。民主主義社会ではそうはいかない。いろんな意見がありますから。
 そうすると、調停の方がいい。調停はどうかというと、第三者に判断は任せないんです。調停者は調停案を提案します。それに対して、当事者みんなが、「わかった、それで手を打ちましょう」といえば、オーケー。そうじゃないと、調停は流れてしまう。それが調停です。ですから、調停役というのは中に入って、調停案を出すのですが、それに対してみんなが合意しないと、最終的な決定にならない。彼には任されないんです。これは民主的な手続ですね。ですから、調停案というのがあります。
 日本も実はいろんな訴訟は、皆さんご存じと思いますけれども、裁判よりも話し合いで解決している。日本はもっと昔からやっている。だから、むしろ日本式の解決方法なんです。日本では調停でほとんどいろんな解決をします。しかし、裁判という制度があるからこそ、調停が役に立つ。お互いにもちつもたれつです。
 アメリカでもそうなっていますし、カナダでもアセスプロセスの先には調停があるんだ、そういう仕組みをつくりました。アセスの評価の問題で根本的な問題があるわけですが、その問題は別の次元で解決しよう、そういう仕組みが出てまいりました。日本ではまだないですから、これをつくらなきゃいけない。今の段階は、その前段階として、いろんな価値判断の対立があるということを明確にするためのプロセスとしてアセスメントが、有効に機能するんじゃないかと私は思います。大変大事な質問をしていただきました。

長塚(長塚法律事務所)
  今のに関連して、いわゆる住民に、基準というか、評価というものを、ものによっては提供していかないと困ることがあるんじゃないか。例えば、ドイツなどもそういう、ものによっては基準を提起しているということを聞いておりますが、いかがでしょうか。

原科
 ものによってはという意味ではそのとおりだと思います。私は、評価する項目の中には、科学的、客観的な判断ができるものと、それが難しい問題があると思うんです。これは環境指標を考える場合に、通常そういう整理をしておりまして、例えば、健康にかかわる問題、安全にかかわる問題、こういうものは客観的な判断があるという問題です。そういう有害性に関して、科学的、客観的な知見、あるいは疫学的な知見というのは必要です。そういう科学的な判断。そういうもので判断できる部分というのはこれまでの環境汚染では多かった。大気汚染とか水質汚濁もそうです。
 しかし、騒音を考えますと、騒音はある程度強くなると、もちろん健康影響がありますけれども、それ以下なら、むしろ人々の主観的な判断で随分左右されます。同じ音の大きさでも心地よい場合と、非常に気分の悪い場合とある、そういう要件。それから、景観とか文化財、あるいは緑のような、これはまさに個人の主観的な判断で随分違ってくる。そういうものに関しては、なかなか客観的な判断というのは提供できない。
 そうはいっても、例えば、景観に関して、風景の専門家がこれはすばらしいという情報提供はしてくれる。これはあくまでも評価基準じゃなくて、情報提供でしょうね。これはすばらしいものだと私は思いますとか、そういう専門家からの情報提供は出てきますが、最終的な意思決定となると、その場合にはちょっと状況は違うと思います。
 ですから、いってみれば、選択性が高い領域と、選択が難しくて、基本的にみんなが供する情報提供と、両方ある。そういう視野でものを考えることです。ですから、できるだけそういう情報提供として、おっしゃるように、客観的なものを提供していった方がいいと思いますが、それだけではカバーできない領域が必ず残ると思います。
 これからはむしろそれが大きいと思います。例えば、環境アセス法でいろんな項目が増えると申し上げました。生態系の評価は生態学の専門家の客観的な判断が相当意味があります。素人にはわからない。しかし、身近な、身の周りの自然、これはどうでしょう。専門家がもちろん基本的なことを教えてくれるのはいいんですけれども、その地域の歴史とか文化という要素も入ってくると思います。その地域に住む人が地域の自然を、身の周りの自然をどう人々が評価しているか、これによると思うんです。そのときには、それまで人々が気がつかなかったことに対して、目を覚まさせる意味での専門家の関与があったとしても、最終的な判断は地域住民がする。そこでしっかりものを見て、考えてもらう仕組みが必要だと思います。その意味では、実は身の周りの身近な自然に関して評価の方法はまだできていない。
 それをどうやって評価するかといっても、手続はつくれても、それはケース・バイ・ケースですから、地域によって違うので、一概に答えは出ないと思います。この考え方は大変大事だと思います。
 アセス法でスコーピングというプロセスを設けた1つの大きな理由は、これまでのように、一律の方法で評価するとは考えていなくて、ケース・バイ・ケースでやりましょうということです。ですから、これから皆さん特に注意していただきたいのは、スコーピング段階で予測評価項目を選ぶ場合、あるいは調査、予測、評価の方法を決める場合の考え方です。環境庁や事業官庁はマニュアルを出していますが、その表現を見ますと、「標準的方法」となっています。標準的方法というのは、その方法を使わなくてもいいということです。ケース・バイ・ケースです。これは極めて重要なことです。これから皆さん、いろいろ具体例が出てくると思いますが、この点を考えていただいて、その場所ではどれがいいか判断してください。新しいものをむしろ創造的につくっていただくということです。
 ですから、客観的な情報は常に用意しておきますが、選択を地域地域に任せるような、そういうことが大変重要になると思います。これは環境庁もそういう趣旨だということを今までいっておりますけれども、私からも申し上げておきます。

大森(日本生態系協会) 
 地域の人の評価というお話がちょっと出ましたが、条例アセスのことでお伺いしたいと思います。県レベルでは非常な勢いで条例が成立されていますけれども、市町村レベルの条例アセスが今後増えていくのか、その見通しと、市町村レベルでの条例アセスの必要性、先生の方でどんなふうにお考えになっているかというのをお聞かせいただきたいと思います。

原科
 
おっしゃるように都道府県段階で大変増えております。ちょっと前までは47都道府県と12の政令市、合わせて59の都道府県レベルの行政体がございますけれども、2年ほど前はそのうちの50ぐらいが制度を持っていました。ところが、今この時点では59のうち57です。持ってない方が珍しい。47都道府県で1つ。政令市12の中で1つが持ってない。どこでしょう、クイズになります。佐賀県と札幌市です。この2つももうすぐに用意すると思いますから、まず100%になります。ということで、都道府県段階はみんなつくっています。
 今のご質問は大変大事な点だと思います。アセス法の仕組みでは、分権化ということをある程度考えています。つまり、条例とか要綱とか、地域の制度がありますと、その仕組みを尊重する格好になっております。例えば、評価項目、これはアセス法で、さっき申し上げたように、評価項目の表がありましたね。しかし、自治体の評価項目にアセス法での評価項目以外の項目があった場合、これは認めます。私は神奈川県の審査会のメンバーですから、その例を申しますと、神奈川県では安全性とか、文化財などもあります。アセス法と並行して、一応プロセスが別ですが、これをやってもいいんです。つまり、地域の特殊性を認める。
 それから、必ず都道府県知事の意見を聞くことになっています。これは方法書段階も準備書から説明書段階に至る段階、必ず意見を聞きます。その意見を聞く場合に、都道府県知事の意見をどうやってつくるか。これは知事意見といっても、知事個人で決めるわけではなくて、組織で決めます。その場合に、例えば都道府県や政令市の制度があれば、その仕組みを使っていいんです。具体的には審査会で判断する。審査会の手続きの中で公聴会も設けてあれば、公聴会の意見も考えられる。ですから、公聴会とか審査会、そういった既存のものがあれば、それによって知事意見が形成されます。まさに藤前の例と同じですね。
 ですから、自治体の条例は大変大事です。自治体でどれだけ丁寧な手続をつくってあるかによって、先ほど申し上げたアセス法における欠陥、特に住民参加、これがカバーできるんです。大変大事です。都道府県知事の意見を形成する前には、その段階にはさらにその下の段階、市町村長の意見を入れる。市町村長意見の形成のためには、自治体のアセス制度による仕組みがあれば、より好ましいんです。
 ただ、現実は、市町村段階でのアセスの制度化というのは、非常に遅々としていて、あまりありません。東京で申し上げますと、私が関与している港区があります。23区ではこれだけです。ただ、類似のものが世田谷区とかに若干出てまいりました。アセスとはっきりいっているのは港区だけです。
 首都圏を広く見渡しますと、あとは逗子市です。逗子市が土地利用関係で少しございます。その程度で、あまりないんです。全国でもまだ10個になってませんから、その意味では、政令市以外の市町村段階では、これまでのところはそれほどは進んでおりません。
 これは審査会を設けたり、いろんな手続が結構大変なんです。ですから、その意味で、都道府県とか政令市のレベルならそういったことができますけれども、小さな市町村ではなかなか難しいということがあると思います。
 まずは都道府県段階できちっとした制度をつくっていただいて、市町村もそういった力があるところは徐々につくっていくということになると思います。理想としては、市町村もしっかりしたものをつくった方がいいと思いますけれども、現実的にはなかなか難しいんじゃないかというのが私の見方です。

原(三菱地所株式会社)
 大変勉強になりました。サステーナブル・ディベロップメントは、関係者のみならず、住民、世界に現在生きている我々全部にとって大変重要な課題だと思いますが、そのサステーナブル・ディペロップメントを確保するための環境影響評価、これは先生の日本経済新聞の「経済教室」にあるように、絶えざる学習の場である、そういう意味で、プロセスとしての環境アセスメントの意義というものは、評価するに人後に落ちざるところがありますが、むしろプロセスとしての学習の過程よりは、例えば京都議定書等で我々が直面している地球温暖化の問題等々からすれば、OECD先進諸国で議論されているのは、もっとサブスタンシャルな問題が多いのではないかという気がいたします。
 例えば、新開発よりは、既成市街地の再整備に重点を置くとか、そういう手続の問題というか、都市のありようの問題。先生は日本経済新聞の「経済教室」でも、ニューヨークと東京とを比べて人口密度が東京は高いとおっしゃっておられますが、昼夜間人口比等でとれば違うという結論も出るわけで、新開発か再開発かという問題というよりももっと、我々が直面する問題についてのサブスタンシャルな取り組みも大事なのかと思います。
 プロセスとしての評価の問題のほかに、世界の先進諸国で起きている新開発か再開発かという問題についての先生のコメントがいただければと思います。

原科 
 サブスタンシャルとおっしゃった中身はどういうことでしょう。


 
環境影響評価で個々の事業をやるやらないを含めた代替案の提示を、合意を形成していくことよりも、最後に先生はストラクチャープランで環境アセスメントをやっていくような話がございましたが、もっと国土計画とか、地域計画、そういった側面での実質的な都市政策の位置づけということが必要なのか。それをアセスの過程に乗っけていくのは非常に難しい問題なんじゃないかと思うんです。

原科
 
私が考えることは、今、原さんがおっしゃったことと多分同じような方向を向いているように思います。つまり、サブスタンシャルというのは、結局は計画プロセスの問題なんですね。アセスメントというと、環境庁が行うというイメージになってしまう。アセスという言葉をあまり使いたくない部分もありまして、これから考えるのはむしろ計画、プランニングプロセスの中で、環境配慮をどうやってやるか、そういう話です。
 ですから、イギリスでは、例えば先ほどマニュアルと申し上げたんですが、ポリシー・アプレイザル・アンド・エンバイロンメントというマニュアルがありまして、これは建設省に頼まれて数年前に翻訳しました。「政策評価と環境」ということで、政策とかプランニング、そういった問題でものを考える。そうしますと、まさにこれからのアセスメントは、プランニングプロセスの中で位置づけて考えていただきたいということです。
 ストラティージック・エンバイアロンメント・アセスメントというのは、そこを志向しています。ですから、SEAを考えるためには、計画プロセスとは何か。政策決定プロセスとは何か。公共事業はどう考えるか。地域計画はどう考えるか。その問題とつながってまいります。その意味では私は共通すると思うんです。ですから、さっき申し上げたように、SEAの段階で、やるやらないという問題よりも、その計画の方向をどうするか。その選択の問題だという議論です。個別の事業につきましては、やるやらないがはっきり出てまいりますけれども、計画とか政策に関しては、基本的には国民とか地域のニーズに答えるわけですから、事情が違います。何かある方向、しかし、それは選択の余地があるわけですから、どういう方向のものを選んでいくか。その選択のときにアセスというプロセスを使う必要がある。そういう意味です。ですから、これはこれまでの通常のアセスと全く違う段階で考える。
 これが1つおもしろいのは、事業の上位計画のアセスに関しましては、そういうSEAに関しましては、従来の方法論は結構使えそうだと思います。そういう判断をしている人が多い。ところが、政策段階、これは従来のものがそのまま使えないかもしれません。政策段階ではやはり政治的な配慮が入ってまいりますので、そうすると、社会的意思決定の支援というのは難しいなということです。その辺は方法論的には変えた方がいいんじゃないか、我々専門家の間ですが、そういう議論もしております。大変根源的な問題だと思います。これからそれが必要です。

司会 
 ちょうど時間が参りましたので、本日は、これで終わりたいと思います。原科先生、どうもありがとうございました。(拍手)


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