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第139回都市経営フォーラム

21世紀の首都圏

講師:伊藤 滋 氏
慶應義塾大学教授


日付:1999年7月23日(金)
場所:後楽国際ビルディング・大ホール

 

1.国土計画のかかわり

2.圏域のひろがり

3.全国に対する重み

4.首都圏の構造

5.その生活と仕事

6.東京湾について

 フリーディスカッション




 1.国土計画とのかかわり

 まず、「国土計画とのかかわり」ということから、お話をさせていただきます。
 平成10年の3月に5番目の国土計画ができまして、11年の3月に首都圏基本計画ができました。そして、近畿圏計画と中部圏計画が、この秋ぐらいまでにできるでしょうか、今まとめの段階で、国土庁のお役所の人たちは忙しい仕事をしている最中です。
 首都圏計画は国土計画から1年おくれて出たわけですが、実は、これをいつ出すかということについては、お役所というのは恐るべきもので、3年ぐらい前から調整をしているんですね。国土計画の前に出すのがいいのか、後に出すのがいいのか、これはよくわかりませんが、国土庁の局長さんとか、担当課長さんには大変大事な話だそうです。恒例は、国土計画ができた後に、こういう広域圏計画ができるのですが、今回、国土計画の前にこの首都圏計画を出して、国土計画に大きい影響を与えられないかと考えた課長さんもいました。
 実は、これをつくるまでに満3年ぐらいかかって、何と委員会を40回ぐらいやっています。ところが、国のならわしというのは、先に広域圏計画をつくって、国土計画に影響を与えるのは、どうも今までのならいとは違うので、矢張りおくらせて出した方がいいということで、首都圏計画をつくるについて、一応の結論が出たあと、もう1回初めからやって、また第2回目の結論を出す、このように、2回ぐらい議論をまわしました。2回目の議論の結果が、この計画なのです。
 実は、1回目の議論のときにも報告書ができていました。平成8年の4月。3年前に、「首都圏基本計画への序論」というのをつくっているんです。こういうことで、今回の首都圏計画は、ほかの首都圏計画に比べて極めて異常なほど長い時間をかけて作業したということがあります。

 そこで、国土計画とのかかわりということですが、国土計画は、私何回も皆様にお話ししたと思いますが、一番重要な考え方は、新しい国土軸の提案というのがありました。特に、そこの中で、新太平洋国土軸、北東国土軸、環日本海国土軸、この3つが新しい21世紀の日本の将来を担う極めて重要な地域になるであろう、そうなるべきだということを書いています。
 そして、これまでの日本を担ってきた主として瀬戸内海から東京にかけての都市の連担する地域を西日本国土軸ということで、これについてはそれほど大きい記述は実はしていないんです。
 これが今度の国土計画の出だしの姿勢で、国土軸をどういう姿にするかというので、ここしばらく半年ぐらい、いろいろなところで話題になっている「美しい日本」をつくろう、ガーデンアイランズをつくろうという基本的な姿勢があって、今度はそういう「美しい日本」をつくるという観点から国土軸を整備するときに、行政、国家、地方自治体はどういう観点から具体的な地域整備をしなきゃいけないかというので、大都市圏のリニューアルとか、広域国際交流圏、広域地方連携軸、多自然居住地域、こういう言葉が、具体的な仕事を進める行政的キーワードとして出たわけです。
 今国土庁ではこの4つの言葉を使いながら、県庁もそうですが、それぞれの施策、例えば、広域国際交流圏という考え方に載っかっているかどうか考えて、国土計画と県計画の整合を図っている、あるいは府の計画の整合を図っている、こんなことをやっているわけです。
 今、改めて国土計画の姿をかいつまんでお話ししたのは、今までと違う文化とか美しさ、自然、5番目の国土計画はこういうことに重点を置けといっているんですが、それで報告書をつくってみますと、非常に静かで、礼儀正しくて、そして文化的味わいがあってという話が、かなりの部分を占めている。しかし、そういう国土をつくっていくためのエンジン。エンジンというのは、お金がなくてできるかというと、そうではございませんし、そういう国土をつくる知恵は一体だれが出すのか、それから、この国土計画がイメージしている日本の21世紀の姿は、国際関係の中でどう位置づけられるるか、こういう記述が、もちろん書いてありますけれども、やや少ない。
 そういう点で、首都圏計画を議論して、これが国土計画の前に出れば、国土計画に首都圏計画からエンジンをもらって入れることができるのではないか、こういう考え方が首都圏計画をつくっている専門家の中にあった。その議論は、国土計画の作成過程の中で少しは入れられておりますが、これもお役所の方は、ご存じのとおり、局が違いますと、不思議なことにあまり情報交流がない。ですから、首都圏計画が考えていたような極めて自由闊達な、国際的な形で、これまで以上に海外の人たちからも楽な気持ちで交流のできる地域という場所の記述が、抜けてきたといううらみがあるわけです。
 しかし、平成8年4月の「首都圏基本計画への序論」、これは未定稿ですが、ここの中ではそういう意識で記述をしてあります。実は、この未定稿の序論の方は、未定稿で序論であるだけに、21世紀の首都圏はどうあるべきかというのは大変おもしろいですね。基本計画に参りますと、恒例のお役所用語でびしびしと書かれていますから、10ページぐらい読むと、眠くなって放り出してしまう。
 このように、残念ながらお役人型の報告になっている首都圏基本計画を、どう読むかというお話を、きょうはしたい。そして、読むについては「首都圏基本計画への序論」からその見方を引っ張っていきたい、こういうことでございます。



2.圏域のひろがり

 「圏域のひろがり」ということですが、この圏域というのは2つございます。1つは、国際的な圏域、もう1つは、国内での首都圏圏域をどう考えるか、こういう議論です。国内での首都圏圏域をどう考えるかというのは、国土計画を議論するときにもありまりしたが、率直にいいますと、例えば、首都圏の基本計画をつくるときに、これまでの関東地方プラス山梨県、これがお役所が決めた首都圏の区域ですが、これの枠をはみ出してしまえ、そういう議論をいたしました。ずばりいいますと、福島県と新潟県と長野県の一部と、静岡県の半分ぐらいは首都圏であるといってしまってもいいだろう、こういう議論があったわけです。今大体100キロ圏ですが、首都圏を100キロ圏から150キロ圏ぐらいまで拡大して考えていこう。
 事実、私たちの動きを考えますと、皆様も「新潟に行ってくるよ」というのは日帰りが当たり前。それも朝行って夕方帰るのではなくて、お昼ごろ、昼食のちょっと間際に新幹線に乗って、午後着いて仕事をして、6時から7時に帰ってくるなんて幾らでもできるようになったわけです。
 それから、新潟行きの上越新幹線だって、30分おきぐらいに出ています。東北新幹線でも、福島だとちょっと遠い感じがしますけれども、郡山というと、新潟へ行くよりもっと短い時間感覚でしょうか、郡山まで行って帰ってこられる。そうすると、郡山まで東京から1時間半ぐらいでしょうか、1時間半で、郡山に行き、磐越西線に乗り換えて、さらに会津若松まで行ける。あそこは割合有能な先端型の工場があります。富士通もそうですし、オリンパス光学なども、まさに心臓部になるような工場を持ったりしています。古河電工もそうでしょうか。そういうところに東京のエンジニアが割合気楽に日帰りで行って帰ってこられる。
 それから、一番象徴的なのは、信越線の新幹線で、軽井沢が東京の本当に近くになってしまいました。1時間ちょっとで行ける。その伝でいけば、北軽井沢は群馬県ですけれども、軽井沢の駅のあるところは長野県です、あれはどう考えたって、首都圏に入れておかしくないわけです。それから、佐久平もそうですね。静岡県の半分というところは、もういうまでもございません。
 ですから、実態としては首都圏は150キロ圏ぐらいで、そこの中での人の移動、企業・工場の配置、あるいは情報ネットワークのつくり方、こういうことを議論してみようという話が、「首都圏基本計画への序論」では入っていたのです。残念ながら、最終的に基本計画ではもとにおさまりました。こういう議論が1つあります。



3.全国に対する重み

 もう1つは、世界に対してこの首都圏はどういう位置づけかということです。これは相当大事な話です。今首都圏の、山梨と関東地方を入れたこの地域の人口は約4000万です。4000万の人口が半径100キロぐらいの中へおさまっている地域は、世界の大都市圏の中でもこんな都市圏というのはほかにありません。上海が大きいといったって、上海の人口は、仮に100キロのコンパスで上海を中心にはかって、そこに4000万いるかといったら、4000万人いないですね。さすがの中国の上海でも。
 ニューヨーク100キロだって、せいぜい2500万〜2600万ではないでしょうか。ロンドンなどでは2000万切ってしまうでしょう。パリなんてもっと人口は小さく、1500万ぐらい。
 おまけに、関東地方の1人当たりの国民所得を考えますと、東京はもっと大きいわけですけれども、日本全国の国民所得の1.3倍ぐらいになるはずですね。ということは、日本の国民の1人当たりのGDP所得は、例えば、ルクセンブルグとかスイスとか、人口が700万〜800万の小さい国、産油国のブルネイとか、そういうのを除きますと、先進諸国で人口が4000万〜5000万以上の国の中では、アメリカを依然としてしのいでまだ大きい。そういう人が4000万もいる地域の計画は、実は1国の計画をやっているようなものです。日本ではなくて、首都圏という国の計画をやっている。そういう心構えでやっていいのではないかということです。何を言いたいかといいますと、首都圏は実は全国計画の中に組み入れられる計画なのか、それとも、首都圏の計画は全国計画とは全く異質の計画にするべきなのかということです。それは単に小さい面積の中に4000万も極めて世界で1番といっていいぐらいの高額の収入を得ている人たちがいるという実態だけではありません。
 日本がこれから国際化していくときに、日本の中にいろいろな制度的障害がいっぱいあります。そういう制度的障害のために、海外からいろいろな不信感が起きている。農業の問題に対して、どうしても日本が海外との交渉の中で、農業法ということをいう。これはもちろん世界の食糧事情という形で、農林省のいう筋道でもあるかもしれませんが、しかし、より望ましい農業生産体制をつくれという海外からの圧力に対して、農林省は大胆な形で、今の極めて小さい農家の土地所有をどうしても変えるわけにいかないわけです。
 それから、工場を中心とした地方に対するいろんな産業奨励政策も、諸外国から見ると、何も日本でつくらなくていいという。そういうものを依然として生産性の悪い日本でつくっていて、それをまた貿易障害という形を盾にして、国内の零細企業を守る、そういう理屈を表に出して、工業関係の海外産品を入れることを阻害しているとか、こういう話があるわけです。
 これは基本的には、東京以外の地域社会が持っている、どうしても閉鎖的な体質が生み出してくる結果である。ですから、日本全体を国際化しろといったって、これはほとんどできないに等しいということが、現状でいえるかもしれない。
 基本には、皆様よくおわかりの選挙制度がございます。ですから、そういう日本全体が持っている何らかの海外に対する自衛本能的な体質、そのかさの中に東京を入れてしまうということは、本当に日本の21世紀の世界とのつき合いの中での国益としていいのかどうか考えますと、これはもしかすると、首都圏だけは日本の中で全く違う、場合によっては日本とは違う国だぞ、そう考えてもいいではないか。そういうことを念頭に置いた国土計画、あるいは広域圏計画をつくってもいいのではないか、こんな議論が1つあります。
 もうちょっと踏み込んで話をいたしますと、地方の人たちが東京に来ていろんな不平不満をいいます。遠距離通勤とか、家が狭いとか、夏になるとヒートアイランドで眠れないとかいいますけれども、東京ぐらい不平不満をいって、だれにも怒られない都市はないでしょう。そして、東京へ来るといろんな意味での差別が東京の渦の中に巻き込まれてある程度なくなってしまう。これが、物理的な居住環境とか通勤とか、そういうことの不便にもかわからず、これまで地方の皆さんが東京へ来る、相当大きい理由であったのではないかと思います。
 貧乏だけど、自由に物がいえる。あるいは、周りに気兼ねをしないで転職ができる。自分の生まれてきた場所についてのことはほとんど言及されないで生活ができる。あるいは離婚を何回繰り返した男でも、ちょっとしたジャーナリズムや芸能の世界に入れば、ちゃんと評価されるとか、そういうことができる都会はどこかと聞くと、日本中の人が「東京だ」というのではないか。大阪もそうかもしれませんが、東京の方が懐が広い。
 今私が申し上げたような、東京の持っている特殊性というのは、実はニューヨークが持っている特殊性であり、パリの持っている特殊性である。そして、ある程度、ロンドンの持っている特殊性でもあるんですね。これから日本が、世界と本当に共通の土俵で、先進諸国の中で、ある程度仲間としてつき合うことができるとすれば、ニューヨークで成り立つことが東京で成り立つ、あるいはパリで成り立つことが東京で、ほとんど成り立つといっていいかもしれません。そういう都市として東京を考える。あるいは東京の周辺の近郊都市も入れて狭い東京圏を考える。それが結果として日本のためにプラスになってくるという考え方があってもいいと思うのです。
 このような考え方は、これまでの首都圏の計画にはほとんどなかった。国際化というのはどういうことかというと、例えば、外国の金融資本を日本の中に入りやすくするとか、航空会社の国際線を成田にもっと数多く入れるとか、あるいは衛星通信網の容量を大きくするとか、そういうことではないのです。
 本当の国際化というのは、相当覚悟をして、海外、主として先進諸国、OECDの仲間たちが持っているプラスとマイナスの両側面を懐広く都市の中へ受け入れてしまうということをしない限り、できないだろうということです。
 そういう感覚でこの「圏域のひろがり」を考えてみる必要があるのではないか。これはまた別な形で、日本の地方から見て、東京が海外から来るいろんな摩擦、矛盾、あるいは悪い影響を、プラスは地方に持っていっていいかもしれません、広い意味での東京は4000万人ですが、特に「東京圏」と新しく首都圏でいっている3200万人ぐらいの地域、そこに全部のみこんでしまう。そういう場所として地方が東京を考えてくれると、非常に安心できるわけです。
 地方はいい意味での国際化をうまく受け入れればいいわけです。例えば、札幌は北方の割合先進的な、教育レベルの高い国々と教育の交流をするとか、金沢はヨーロッパとアメリカの歴史のある都市と文化財保護についての積極的な交流を図っていくとか、あるいは福岡は、環黄海経済圏、あるいは韓国と対応しながら、主として、アジア側のお互いに話せばわかるという、漢字圏ですね。この間おもしろかったのは、小渕総理大臣が中国の首脳と会って、いろいろと議論したときに、今はアメリカと調子悪い時期ですね。「漢字を書ける国との話は、漢字が書けない、英語と漢字で話をしなきゃいけない国々との関係よりずっと理解できる」と中国の連中がいったというのだから、随分中国も日本にサービスするもんだな、おもしろい国だなと思いました。そういうふうに福岡でいえば、ある程度、お互いに気心がわかる連中と安心してつき合う。異質なものは全部東京に持っていく、こういうようなことをすれば、地方は安心して、限定した国際化、いい意味でプラスを与える国際化を進めていくことができるだろう、こういうふうに思うわけです。

 そういう国際化、いい意味でも悪い意味でも、あらゆる矛盾を抱えている海外からの国際化の波を日本の窓口として受け入れる東京は、どういうような広域圏計画上の性格を持つかというので、いろいろ議論しまして、そこで出てきた大変おもしろい言葉で、「自由交流地域」という言葉を使っております。「自由交流地域」というのはどれぐらいのところかというと、東京駅を中心にして、半径30キロぐらいの場所ですから、東京でいえば三多摩ぐらいまで入りますかね。昔の業務核都市、千葉と大宮、八王子、それから横浜、これらを半径の中へ入れてくるぐらいが30キロ圏でした。
 この30キロ圏は人口約2400万人ぐらいです。ここのところで非常に思い切ったことをこの序論ではいっておりまして、すべての国際的に要求されるものは全部ここでのみ込んでしまえということですから、土地利用についても、容積地域でここは500%、ここは300%とか、そんな話は全部やめてしまえ。場合によっては1000%を超えるようなオフィスをどんどんつくったって一向に構わない。
 それから、外国人がどんどん入ってきても、逆に入ることを奨励しよう。むしろ外国人が入りやすい町を意図的に、例えば臨海地域につくってしまおう。要するにエスニックグループが入れるようにしよう。日本では、思い切ったエスニックグループが入れる地域なんてつくっていないわけです。そういうところにエスニックグループをつくることによって、積極的に東京の世界都市化を考えていこうということです。
 それから、今度は逆に、外国の人から評価されるようなすばらしい住宅市街地をつくろうではないか。だから、思い切って、最小限敷地規模を決めて、ここでは敷地は100坪以下に分割することは許さない。概念的には、絶対100坪以上の敷地にしてしまう。そういう地域社会ができれば、田園調布は今敷地分割されていますが、田園調布が仮に昔のように300坪、1反歩ぐらいでずっと残っていれば、あそこは一部分はもしかすると、ニューヨークの郊外、あるいはパリの郊外、ロンドンの郊外の高級住宅地と同じような雰囲気ができるかもしれない。
 それから、東京に関しては国際的な学校をどんどん入れてしまっていい。極論をすれば、東京に関しては、アメリカの大学が来て、日本の文部省の大学令と同じように、そこを出た人には、日本の文部省の決めている大学令の学士号を与えてしまう、そのくらいのことをやっていいのではないか。
 これぐらい思い切った自由な動きをやれる場所を東京の中につくってしまおう。これは相当極論ですが、こんな話が、自由交流地域とは何ぞやという議論ではあったわけです。
 もちろん、この地域は今いったように、いろんな規制を最小限に抑えますから、質のいい地域社会をつくるというのは逆に規制を強くしますけれども、経済的な規制、あるいは教育上の規制、こういうものを思い切って外してしまいますから、場合によっては弱肉強食の世界になる。弱肉強食の世界になるのは、実は世界じゅうの先進諸国の大都市では当たり前のことです。
 そういう観点で、自由交流地域については、これまでの日本の恒例の地域づくり、あるいは都市計画とは違う視点で考えていこう、こういうような提案をした。それから、それとは反対に、その後ろには、自然交流地域というのをつくろう。ここは今までの自由交流地域とは逆に、思い切って土地利用規制を厳しくする。場合によっては、ショッピングセンターは、アメリカからいろんなことをいわれても絶対につくらせない。農地と称しながら実は産業廃棄物が置いてあるというのは徹底的に規制をしてしまう。こういうようなことを進めていこう。こんな話です。
 これは何を意図しているかといいますと、首都圏の将来の1つのあるべき姿、これはあくまでも基本的には東京は日本とは異質の地域社会にしようということですから、異質な地域社会というのは、世界の経済をリードする人たちや文化をリードする人たち、教育をリードする人たちから、逆に東京あるいは東京の近郊に来たときに異質に感じられない。ここはアジアの混沌とした土地利用が展開しているところだと感じさせない。なるほど、ここで展開されている美しい田園は、どこかニューヨークの郊外で見たことがあるとか、あるいはロンドンの郊外で見たことがある、あるいはベルリンの郊外で見たことがある、そういうものに近づきつつあるな、こういう場所にしようということです。
 こんなことを考えると、自然交流地域は、今よりももっと徹底してスプロールを抑えていって、美しい水田地域と美しい丘陵地域。集落も、かやぶきはもうないですが、日本の昔の農家の持っていた美しいかわらぶきの屋根が連檐している農村型集落。こういうものが次々と、今までの混乱したところにつくられていく。混乱した汚いものは全部消し去っていく、こういうような場所を考えてみよう。こんな話が出てきました。
 こういう提案が何もいいといっているのではなく、21世紀の日本が世界とつき合っていくときの基本的な行儀作法を考えたときに、世界の他の国との共通性を持っていない限りは、経済の面でも文化の面でも、いつまでたっても、「日本人というのはおかしいね」ということをいわれる。そういう意識から出てきているわけです。ですから、こういう発想自体が、繰り返しますけれども、国土計画で議論していた発想とは違ってきているわけです。
 こんな話をしながら、首都圏基本計画の序論をつくってまいりましたけれども、結果としては、基本計画の中には、序論でいったような相当思い切った話も入っているとはいうものの、それほど激しい話は出てこなくて、矢張り予定調和型で、国土計画を意識しながら、これまでの首都圏計画を意識しながら、そういう内容になってきたと思っています。



4.首都圏の構造

 さて、首都圏基本計画は一体どういうふうにつくられているか。今回の首都圏基本計画が、根本的に今までの計画と違っているのは、この絵にすべてが書かれている。これは皆さん、あちこち配られているからおわかりだと思います。これが何かというと、分散型ネットワーク構造。それまでは業務核都市を中心にした放射・環状型のそういう絵姿で首都圏の模式図が書かれている。放射・環状型の放射と環状がぶつかっていく交点のところに「業務核都市」という言葉がずっと記述されていました。これは20年ぐらい記述されていたでしょうか。
 今回の首都圏基本計画では、もちろん業務核都市という言葉も入れておりますが、それに対して、広域連携拠点という言葉を使っております。サービス精神あふれる名前で、非常に数多くの都市を、これは広域連携拠点といっております。それから、それより小さい2つぐらいの都市が集まったところを地域の拠点といっております。
 広域連携拠点とはどういうところかといいますと、これまでの業務核都市、これは当然広域連携拠点に入りますが、そのほかに、これはお役人用語で申しわけないんですが、関東の北の方に参りますと、中核都市圏という言葉、国土計画的な考え方に違いないんですが、首都圏の中でも、地方の拠点整備の法律が10年ぐらい前にできましたでしょうか、それでいろんな産業政策上の融資の特典を与えるとか、あるいは公共事業の箇所づけの優先度を上げるとか、中核都市をどこかにつくろうという話、関東の北の方にはそういう都市が幾つか並んでいるんです。中核都市圏もこの広域連携拠点の中に入っている。ですから、一言でいうと、業務核都市と関東の北部にこれまであった中核都市、この2つが広域連携拠点の中に入ります。
 しかし、そのほかに、業務核都市に準ずる、新しい業務核都市をこの広域連携拠点群のかなりの部分としてつくっております。新しい業務核都市であって、首都圏基本計画では、広域連携拠点のところはどういうところかというと、一番象徴的なのは、町田と相模原、この2つをくっつけたところです。これを新しい業務核都市にしているのです。何でおもしろいかというと、町田は東京都で相模原は神奈川県です。ですから、県の境を越えていても、実体として2つの都市で、あの都市全部集めると人口が、相模原が50万近く、町田が35〜36万ありますから、足すと80万です。こういうところは県境を取っ払うと、80万ぐらいの思わぬ都市ができるというので、これを業務核都市にしている。
 それから、そういう大きい都市があるかと思いますと、青梅とか川越、こういう小さいところも業務核都市として指定しよう。これはどういう意図があるか。こういう小さいところ、さっきいった町田・相模原が80万で、青梅はたかだか15〜16万か20万しかないのですが、2つの観点から業務核都市の決め方をしていると思います。1つは、広域性です。町田・相模原に代表されるように。県境というのは首都圏の基本計画では基本的になくていいのではないか。人の動き、物の動き、情報の流れ。ですから、県境よりも都市のまとまりとして、かなりの人口や情報や経済機能の集積があれば、それとしてまとめていっていいのではないか、これが1つの見方です。
 もう1つは、しかしながら、片っ方で、県の政策として、地方分権の流れからいえば、県はそれなりにこれまで以上に主張がきちっとできるわけですから、県の政策の中で、この都市は県の知事が責任を持って育てていくということがはっきりとしている、こういう都市を幾つか業務核都市の中に入れ込んでいるわけです。ですから、業務核都市の中に、埼玉県では熊谷、川越などが入っておりますし、千葉県では柏が入っております。これも埼玉県ですが、春日部、越谷なども入っています。これは明らかに県の姿勢として、今いったような都市は、県計画の中で重要な、県がずっと責任を持って育てていく都市だから、これを国としても業務核都市として認めてくれる。2つの面から、この業務核都市の性格をつけていく。
 重要なことは、とかく都市を分類するときに、人口50万以上の都市は、何々の都市と位置づけると、自治省がやっております。行政効率上とか、あるいは市役所のスタッフの行政処理能力が人口規模によってかなり違うという見方をしていますが、首都圏基本計画の方では、そういう見方はとっていない。むしろ地域社会としてこういう都市のくくり方をすることが、非常に広い意味での広域的観点、もう1つは地域社会的観点から重要ならば、人口規模いかんにかかわらず、それを業務核都市として考えてみよう、こういう考え方です。
 これも計画の姿勢としてはこれまでと相当違ってきております。むしろ、こういう姿勢の方が新しい物事の考え方かなと私は思います。

 こういう広域な拠点都市を幾つか展開して、それをもちろん交通のインフラがネットワーク型に結びつけていくわけですけれども、そのときに分散型ネットワークというのはどういうことを考えているかというと、放射・環状型を意図的になるべく弱めています。そして、なるべく格子型に持っていこうという考え方で、主として道路の将来のあるべき姿をつくっているわけです。
 例えば、最近できた木更津から川崎に行く横断橋、あの横断橋の位置づけの仕方は、この首都圏基本計画の中では、単に南房総から東京に行く、あるいは東京の連中が南房総に行く、東京から南房総へ行く、そういう動き、レクリエーションの動きだけではなくて、大きくいえば、仙台から常磐線沿いにずっとおりてきて、ひたちなかの港を通ります。ひたちなかの港というのは首都圏基本計画では重要な場所です。ここに新しいコンテナの港をつくろうということです。常陸港の中を通って、そして鹿島臨海を通って、成田空港のところを通って、木更津から東京に来て、川崎から横浜の方に行って、第二東名に行く。こういう道路の流れを考える。これは東京の外側をぐるっと、東京に関係なく人や物の流れを処理しよう、そういう道路の組み立て方です。
 ですから、木更津の横断橋というのは、単に東京の連中がゴルフに行ったり、海水浴に行ったりするというだけの視点ではない。21世紀の首都圏では、あの横断道路というのはそれぐらい重要な意味を持っているんだぞということです。
 もう1つ、今ひたちなかといいましたけれども、ひたちなかから、北関東3県をずっと自動車道路がつくられています。この北関東自動車道路は、群馬県へ行くと、上の方は新潟へ行って、西の方は軽井沢から佐久に行きます。この軽井沢から佐久に行ったのは、佐久からずっと南におりまして、山梨から静岡へおりてくる道路をつくろう。静岡の清水に行くわけです。
 今いったかぎ型の大きい東京の外側をぐるっと取り囲む道路体系は、片っ方、東の方は那珂湊を入り口にして、南の方は清水の港を入り口にしている。この両方をかぎ型で結んでいこう。こういう道路体系を考えていって、これは何の役に立つかというと、実は、このかぎ型の道路体制の後ろに新潟県とか長野県、富山県、そういうところの非常に重要な工業基地がある。精密加工したり、化学ケミカル、そういうところの工業製品を、場合によっては清水におろしたり、那珂湊におろしたり、その途中に群馬から栃木、茨城にかけて北関東自動車道路沿いには自動車産業があったり、機械系の工場があったり、いろいろあります。
 ですから、後ろの方には新潟県や富山県や長野県の工場地帯があって、その途中には北関東3県の工場地帯があって、ずっとつなげたら、結果として那珂湊へ行く。南へおりれば、佐久から山梨県へ、山梨県でも精密加工の技術があります。それから、清水に行く。広くいうと、首都圏の外側に考えている道路は、日本全体に対して大きい影響力を持つ知的生産性に特化した製造業の品物を海外に輸出したり輸入する、こういうことです。
 今いった話を考えていくと、北関東の那珂湊から清水、片っ方、那珂湊からずっと来て東京湾から第二東名、こういう箱型の道路網体系が東京の外側にずっとつくられていく。そこの中に例の首都圏中央連絡道路が入ってくる。ですから、放射・環状というよりも、今いったような箱型のものを2つつなぎながら、大きい箱と小さい箱、大きい箱は、今いった那珂湊から清水、小さい箱は首都圏中央連絡道路、これのひげを延ばしていけば、いろんな形の格子状の道路の体系ができます。
 こういうような形で、放射・環状という形をなるべく変えていこう、これは相当重要な今回の首都圏計画の提案になってくるわけです。  

 もう1つ申し上げたいことは、首都圏計画を議論していたときに、こういう話がありました。4番目の首都圏計画までは、放射・環状に代表されるように、東京、そして東京都市圏、先ほどいったように半径30キロか40キロのところをぐるっと囲む、3000万ぐらいの人がいるところです。東京というのは東京23区ぐらいにしましょう、それを東京都市圏。それ以外のところは東京のもう1つ外側を囲む、東京に従属する地域だ、そういう扱いがいつもあったというのです。
 ですから、つくばはいつも東京を中心にして語られるとか、あるいは前橋、高崎、これも大宮経由で東京という形で語られる。結果として首都圏計画というのは、半径100キロでぐるっと円を描いて、その中のいろいろな土地利用とか、全部東京、東京、東京と、東京へサービスする機能として、外側の地域を扱っているのではないか、こういう話が随分出てきたわけです。
 これは実体としてはそうであるかもしれません。しかし、21世紀の首都圏の姿を考えたときには、明らかに4000万の地域社会が、全部因果関係が東京の都心部、23区に終わってしまう、そういうことを前提にして土地利用を考えたり、経済機能の配置を考えたりするのは明らかにおかしい。
 北関東3県だけでも、おおよそ人口が700万ぐらいあるでしょうか。山梨県を入れると800万です。ですから、山梨県と北関東3県を入れて800万あるこの地域社会については、それなりの独自の地域計画があっていいのではないか。
 今回の基本計画では、北関東3県と山梨県と千葉県の東側、太平洋に面したところ、鹿島臨海から銚子へ行って、銚子から九十九里に下がってきて、それから、鴨川の方に行く、これはレクリエーション地域です。この地域を含めて、東京圏とは全然違う地域で、首都圏の重要な部分を構成するという地域区分にしている。これを称して、関東北部地域、関東東部地域、内陸西部地域、こういう言葉です。関東北部地域というのは茨城県と栃木県と群馬県。関東東部地域というのは茨城県と千葉県の一部分。それから内陸西部地域というのは山梨県。ちょうど冠状のこの地域は東京圏とは別な経済活動、文化活動がこれから行われるであろう、こういうことを十分に認識すべきだという扱いにしております。
 それならば、先ほど首都圏基本計画の序論の中で、自由交流地域という話をしました。この自由交流地域の考え方が今回の首都圏計画の中に全くないのかというと、必ずしもそうではないのです。それは、大きい地域区分で、さっき私がいった関東北部、関東東部、内陸西部というのは1つのグループですが、この首都圏計画では、その前に東京都市圏というグルーピングをしています。東京都市圏、それから2番目に関東北部、関東東部、内陸西部地域、こういう一まとめです。
 この東京都市圏の中を東京の中心部と近郊地域と2つに分けています。東京中心部というのは、図面的にきちっと定義したわけではございませんけれども、大体23区、その周辺にもう一くくりしている都市クラス、例えば東京23区プラス川崎とか武蔵野市とか川口市、市川市、それぐらいです。この地域については、先ほどいった自由交流地域と考えると、それと同じような自由度を与えていいではないかというのが首都圏基本計画の立場、これは間接的に表現されています。
 この首都圏基本計画は国の計画ですから、これをもとにして、具体的な都市計画を考えていくことになると、東京中心部については、これまでと違う土地利用規制を、国際的ないろんな圧力の中でつくり出していくことは、割合前向きにやっていいのではないかということはあり得るわけです。
 例えば、臨港地区というのは、全国一律にいつも建設省の都市計画と港湾局の間で相談されて決められる。実はこれはおもしろいことに、小樽の臨港地区を外したから長崎の臨港地区は守るよとか、何かそんな話を役人はやっているらしい。ですが、とにかく臨港地区というのは、東京や大阪の都市の国際化をするときには、物すごく頭の痛い話になっている。首都圏基本計画が、もし思い切って、東京中心部については国際的な観点から自由な土地利用規制や経済の立地を考えていいということならば、臨港地区に、先ほどいった「エスニックタウンをつくってみよう。発展途上国の援助も兼ねて臨港地区にすばらしいエスニックタウンをつくってみようじゃないか。だから、臨港地区を外せ」なんてことはいえるかもしれない。
 例えば、今川崎でコーリアンタウンというのをつくろうとしています。これは内陸部です。しかし、片っ方でNKKの随分古い工場が川崎の埋立地の真ん中にある、あれは臨港地区です。あんなところに臨港地区で鉄があったから、そんなことを今もってずっと守っているのではなくて、もしあそこにコーリアンタウンのおもしろいのができるなら、積極的にやったっていいじゃないか。あるいはチャイナタウンをつくったっていいじゃないか。いろいろおもしろい人が入ってきて、新しい芸能が出てきたり、新しい教育が展開されたって一向におかしくないのではないか。
 この首都圏基本計画の東京中心部をもっと自由にしろという記述をもとにすれば、そういう話が延長としてはずっと議論ができるかもしれません。
 もうちょっと役人的にいいますと、首都圏基本計画で、より東京中心部について自由度を与えるとすれば、それぞれの法律をある程度頭に描くけれども、産業政策とか土地利用政策を、川崎は川崎市の条例、東京は東京の条例によって自由に動かしていって構わないであろう、こんなこともいえるのではないかと思うんです。

 もう1つ申し上げたいことがあります。この首都圏基本計画を議論するときに、首都機能移転については意図的にあえて外しております。こんな記述をしています。「首都機能移転は、国会を初めとする3権の中枢機能を東京圏以外の地域に移転することにより、東京一極集中の是正、国土の災害対応力の強化、東京の潤いある空間の回復に寄与するとともに、国政全般の改革と深くかかわるものである」。このように書いてあるのですが、首都機能移転の具体化に向けて積極的な検討を進めるには、国民の合意形成が物すごく重要で、これを考えながら決めてくれと書いてあるわけです。
 ですから、基本計画の立場としては、非常に微妙でございまして、いろんな議論が出ましたけれども、最終的には、はっきりとした首都圏基本計画としての立場はとれなかったんですが、東京に霞が関をそのまま残せというニュアンスはここには入っておりません。霞が関に中央省庁を残せというニュアンスは入っていない。しかし、ご存じのように、首都圏計画は栃木県も入っている。それから、茨城県も入っている。茨城県と栃木県は、首都圏の機能移転のかなり重要な候補地の1つになっています。特に栃木県は、栃木と福島の2つが結びついて、西側でいうと三重県とか岐阜県、こういうところと対抗しているわけです。
 私の考えているところでは、栃木県と福島県は、首都機能移転にとって非常に魅力のある場所だろう。消去法的にいきますと、首都機能移転の審議会が割合客観的な調査を進めていますけれども、岐阜の知事がいっている岐阜の東部、多治見とかあの辺に首都機能を移転しろという場所を具体的に見てみますと、そう簡単にあそこに霞が関がおさまるような平らな土地もございませんし、もっと重要なことは、岐阜県の多治見の辺の土地をいじりますと、木がなかなか育たない。もともとあそこは瀬戸物、焼き物をつくっているところで、焼き物の粘土が取れるところは、粘土が取れるだけに木が育たない。それなりに腐食土がある程度ちゃんとかぶっているやわらかない土壌がなければ、木が育たない。その腐食土をひっぺ返して、粘土を露出させて、そこに建物をつくるとなると、大変な植物の回復の努力をしなきゃいけない。現場を見てみますと、岐阜もなかなか難しい。
 それから、三重の東南というのも場所としてはおもしろいんですが、交通整備の問題からいうと、そう簡単に新幹線に行けるところでもないし、というようなことを1つ1つ考えていくと、栃木とか茨城の一部というのは首都機能移転の場所としては相当考えておかなきゃいけない。
 首都圏計画の中では、昔「展都」という言葉がありました。埼玉県知事や前の鈴木都知事もいっていました。展都というのは東京の近くの幾つかの都市を対象にしながらそれぞれの中央省庁を展開していくということです。展都という考え方で栃木県を見れば、首都圏の対象の中に首都が存在するということはあるかもしれない。大変デリケートな議論があったものですから、首都機能移転については、断定的なことは書いていないのです。



5.その生活と仕事

 いろいろ申し上げましたけれども、もう一度首都圏基本計画の初めに戻りまして、首都圏の目標とする社会や生活の姿、目次に書いた「生活と仕事」ということについて申し上げたいと思います。
 1つ、人口は、4010万が1995年の首都圏の人口です。これが2015年にどうなるかというチェックをまじめにしました。2015年になってもまだ首都圏の人口はふえるのです。2015年に4180万ぐらい。全国の人口は2005年ぐらいには頭打ちになって下がる。ですから、全国の人口が下がってきているときにも、首都圏の人口はまだ上昇している。20年間で150万ぐらいですから、ほんのわずかで、大したことないんですけれども、それでもふえていくというのは、それなりの拡大に対する土地利用とかインフラストラクチャーの計画をきちっとしなきゃいけないということです。
 もう1つは、人口はふえるんですが、実は年寄りが大変ふえてくる。これはいつも考えていかなきゃいけないことで、65歳以上の首都圏のご老人は現在500万ぐらいですが、2015年で1000万になります。ですから、倍になる。それに対して、14歳から下の、中学生、若い子供たち、これは610万が580万ですから、わずかに減ります。首都圏は、人口は150万ぐらいふえますけれども、その中でお年寄りが500万ふえるわけですから、猛烈な勢いで高齢化が進むということです。
 もう1つ、世帯。これもまたすごいことで、65歳以上の単独世帯、ひとり者の世帯。高齢の単独世帯は3倍以上になります。現在60万世帯ぐらいですが、これが2015年に190万、3倍ぐらい。ですから、そういうふうに考えてきますと、首都圏基本計画は、人口はふえるけれども、若者を主体にした人口のふえ方ではない。高齢化を実体とする人口のふえ方ですから、それに見合う都市のつくり方、土地利用の考え方をしなきゃいけない。こういうことです。
 今回の記述の中には、おもしろいことに、バリアフリーとかユニバーサルデザインという言葉があちらこちらに入っております。ユニバーサルデザインというのは、障害者や高齢者が普通の人と区別なくいろいろな施設が使えるようになる、あるいは職業に対するアクセスも差別がなく職業につけるようになる。健常者と全く同じように、ソフト、ハード両面で生活の枠組みができ上がる。これがユニバーサルデザインですね。バリアフリーというのはご存じだと思います。こういう言葉が首都圏基本計画の中に入ったというのも、大変興味のあることではないかと思います。
 こんなことを念頭に置きながら社会や生活の姿を5つの項目で整理しております。 1つは、我が国の活力創出に資する自由な活動の場の整備。これが先ほどいった自由交流圏の意図を受けて、自由な活動の場の整備、これは個人や企業が経済、社会、文化、こういういろいろな側面で、より自由に動き回って仕事を展開しやすい、そういうところが東京である、そういうふうにしようということです。規制はなるべく少なくする。それから、土地利用についても、今までの、こうならねばならないという土地利用ではなくて、現場に即して、社会の実態に合うような土地利用を考えよう、こんなことでしょう。
 2番目は、これまたおもしろいんですが、首都圏では、個人主体の多様な活動の展開を可能にしようということです。組織ではない。個人の社会的影響力が非常に大きくなってくるだろう。どういうことかというと、例えば、NPOなどがどんどんふえてくるのではないか。NPOがふえて、NPOの活動によって社会全体の動きが定まってくる。こんなことができるのが首都圏の特徴だろう。女性や高齢者が自由に社会活動に参加できるようにするのも、首都圏の特徴だろう。
 我が国の活力創出に関する自由な活動の場の整備と、個人主体の多様な活動の展開を可能とする社会の実現。個人と自由な活動、この2つを結びつけた文言が、先ほどいった序論の中の自由交流地域ということで、これを出だしで首都圏計画では記述しているわけです。しかし、場所は特定しておりません。
 実は、序論ではその場所を特定したのです。場所は約2400万人ぐらいが住んでいる半径30キロぐらいのところで、ここでは思い切って国際化を進めよう。くだらない規制は取っ払えということでした。それがさすがに最終の報告書では、ちょっと難しいからやめようということで、それははずして、一般的記述になっています。
 3番目は、これは当たり前ですが、環境と共生できる首都圏ということです。
 そして4番目、地震対策です。安全、快適で質の高い生活環境。この問題は明らかに首都圏にとっては深刻でございまして、小田原辺が直下型地震で今気になる場所です。阪神・淡路が終わりましたから、東海地震の可能性が少しですけれども、緊急性がなくなってきている。関東の地殻構造の変動する大地震、これはかなり後ですが、直下型の地震は、関東で相当覚悟しなければいけない。それは阪神・淡路大震災が示したとおりです。小田原で起きるといったら、新幹線、東名高速、全部やられます。そうすると、先ほどいったように、北関東、前橋から長野を通って、佐久へおりてきて、山梨から清水に来る道路、これは大変重要な道路になってくる。
 5番目は、21世紀の人々にきちっと引き継げられる質の高い社会的なインフラストラクチャー、道路や港湾、通信網、こういうものをつくっていこう。こういうことが首都圏基本計画の目標でございます。

 もう1つ、首都圏基本計画では特徴のある表現がありまして、SOHO、テレワークという言葉です。SOHO、テレワークという言葉の後ろに2つの社会の変わり方を頭に描いているわけです。雇用形態が変わる、お年寄りがふえ、そして女性が積極的に社会に進出する、こういう社会的な変化。もう1つは、通信ネットワークが極めて安くいろんな情報をくれるようになる。これは実はなかなか難しいのですけれども、そういう前提。この2つを結びつけると、スモール・オフィス・ホーム・オフィス、SOHOという形で、自分の家、あるいは自分の家から5〜6分で行けるような駅前の小さいオフィスビルの中に事務所を持つ、こういう形で仕事をする人たちがどんどんふえてくるのではないか、ということになる。これは相当思い切った前提を置いています。
 このSOHOを主たる働き場所にするテレワーキングの就業者がどれくらいになるか。これは今回もしかすると、一番ドラマチックに首都圏基本計画で変えた数字かもしれません。想定がよくわかりませんが、1995年にはテレワークの就業者はたかだか13万人ぐらいしかいないんだそうです。それはそうでしょう。奥様方が何かデータ処理を家の中でカタコト、台所のそばのラップトップのパソコンでやっているぐらいが今のテレワークの実体だと思いますが、これが質の高い情報網が家の中に入ってきて、電話線を使うコストが安くなれば、2015年に340万人になるだろう。役人としては思い切ったすごい数字です。こういうような予想を今回は基本計画の中にきちっと入れました。
 このねらいはどういうことかというと、通勤時間が1時間から1時間半ぐらいのところに戸建て住宅をお求めになっている現在の40〜50歳のサラリーマンの皆様方が、退職されたとか、あるいはそこで奥様がアルバイトをしているときに、何も東京まで行かなくてもそこで仕事ができる、そういう状況をつくっていこうということです。
 そうなれば、週刊誌なんか「痛勤」といっています。そういわれている人たちにとっては、1戸建て住宅を持ちながら、ある程度安定した所得も手に入れられて老後もそれなりの楽しい意義のある生活ができる、あるいはそこの奥様方も仕事ができる、大変な新しい社会変革を提供するわけです。
 テレワークの数字をこれだけ上げたのは、もう1つ意図がございまして、テレワーキングで基本的に遠距離通勤をどれくらい減らせるか、そういう議論をやりました。首都圏基本計画をまとめる最後に出た結論ですが、現在30分以上かかってオフィスに勤めるサラリーマンの平均の通勤時間が1時間10分か15分だということです。テレワーキングを、例えば360万人ぐらいがするとなると、1時間15分が5分ぐらい縮まる。たかだか5分、何だ5分しか違わないというが、実はそうじゃないんです。この5分の違いは、30分や40分あるいは1時間ぐらいのところは、そんなに時間距離を縮めたってありがたいと思いません。
 例えば、東京に1時間で通えるといったら、保土ヶ谷、戸塚の駅前の人は1時間で通えます。戸塚に住んでいて、1時間で遠いから、横浜の町中のマンションに住めといったって、だれもそんなことするより、保土ヶ谷の駅から10分ぐらいの戸建て住宅にいた方がいいでしょう。ですから、30分とか1時間の人の通勤時間を短くする必要はないんです。むしろ1時間から1時間半のバンドに固まっている通勤者の時間を思い切って15分ぐらい下げられれば、東京大都市圏のホワイトカラーの人たちの作業効率もぐっと高くなるわけです。
 平均1時間15分の中で5分縮むということは、1時間から1時間半のバンドの中の通勤時間が、場合によっては15分ぐらい縮まってくるだろう、そういうことです。それに貢献するのがこのテレワーキングです。テレワーキングがもし自由になれば、1時間半なんていう通勤は嫌だ、やめよう、自分の戸建ての住宅の中で計算機を使って、家内と一緒に、パートかもしれないけれども、自由な時間を味わいながら生活しよう、こういうことになる。
 結果として、一番外側の長い通勤時間を使っている人たちの量が少なくなれば、通勤時間全体が5分ぐらい短縮される。繰り返しますけれども、1時間から1時間半のバンドの人たちの通勤時間は、例えば1時間半だとすれば、1時間20分とか1時間15分になる、そういうことです。
 こんなことが出てきまして、ここは実は鉄道の話と情報の話とを結びつけたわけです。今までは鉄道は鉄道、自動車は自動車で、相互の因果関係は、通勤形態、土地利用、住宅の供給タイプについて話をすることがなかなかできなかったのですが、テレーワクとかSOHOという言葉が出てきたので、情報通信の発達と、それに伴う作業形態と通勤の仕方が結びついてきた。これなどは、首都圏基本計画の新しい試みではないかと思います。



6.東京湾について

 次に、大事な話ですが、首都圏計画では東京湾の問題を特別に扱っております。東京湾問題は、目次の中でも、地域別に東京湾というのではなくて、全体の首都圏計画の組み立て方、例えば、環境と共生する首都圏とか、安全、快適で質の高い生活環境とか、いろいろ記述を並べてきました。その最後に、東京湾沿岸域の役割というのを入れてあるわけです。これはやはり、いろんな意味で21世紀に首都圏が抱えるであろう矛盾を東京湾が全部集約して持っている、それを独立の形ではなくて、千葉県の東京湾とか、東京都の東京湾というふうにしてしまうのは東京湾の本質をおろそかにしてしまう、そういうことで東京湾問題を別に扱っているのです。
 そういうことをすることによって、21世紀に東京湾の問題を各県が一緒になってぜひ考えてもらいたい、そういう願いがあるんです。まさに地方分権の時代の中で、各県が、それぞれの県のエゴを出さないで、東京湾問題については、率直に手を結び合って、話をしてもらいたいというねらいがある。
 そのことに関連して、忘れていたことをもう1つ申し上げますと、お手元の関東北部地域とか、関東東部地域、内陸西部地域をごらんになってください。これは県の境が書いてない。ですから、先ほどいったように、例えば町田・相模原は県の境を乗り越える形であえて2つの都市をくっつけて、町田・相模原を業務核都市、拠点都市、これを書いていますけれども、関東北部地域は茨城県と栃木県と群馬県かというと、必ずしもそうじゃない。関東北部地域の中に、本庄なんてどうなのというと、本庄は埼玉県。そういう点ではこの地域区分は県境ではございません。かなり政策意図を持ったグルーピングをしております。ですから、関東北部地域の問題を語ろうとするときには、埼玉県知事といえども、これは北関東3県の話だから、どうぞ勝手にというのではない。本庄が入っている以上、群馬県知事と埼玉県知事は一緒になって議論してほしい、こういうことになります。関東東部地域になれば、茨城県と千葉県の知事が一緒になって当然議論してもらいたい。こういう組み立て方になっております。
 では、東京湾の問題は何か。一番象徴的な話は、ここで何回か申し上げましたけれども、東京湾にはフェニックス計画がないのです。フェニックス計画というのははご存知だと思います。大阪湾にはフェニックス計画がありました。大阪湾にはフェニックス計画があったので、阪神・淡路大震災の後の瓦れきから木材を処理した後の灰とか、そういうものをフェニックス計画で定められた場所に投入することができたのです。大阪府、大阪市、兵庫県、大阪湾に面している県や市が合意して、この場所に、生活廃棄物の最終処分の灰や産業廃棄物の極めて限定されたものは、みんなで投入しよう、そしてフェニックス計画に従って、それなりの埋立地をつくろうということを決めてあったわけです。ですから、それが極めて有効に働いて、神戸市にとっても、芦屋市にとっても幸いだった。残骸の整理が、受け入れる場所がはっきりしていたから、大変円滑にいった。あれができていなかったら、大変なトラブルが後に尾を引いていたはずです。
 それが東京湾ではできていない。ですから、東京都は東京港の領域の中で皆様の生活ごみの最後の灰をあそこにどんどん埋め立てていくわけですが、あそこから出られない。神奈川県も同じ。フェニックス計画の位置がどこかといいますと、東京湾というのはこういう形をしている。そして、乱暴に書きますと、これが東京、これが川崎、横浜、その下側に横須賀。こっちは千葉です。フェニックス計画の島をどこにつくったらいいか。東京は最後のこのぎりぎりのところに焼却灰を埋める島をつくった。どこにつくったらいいかというと、だれが見てもこの辺がいいのです。どう見ても千葉の縄張りの中につくらなきゃならない。
 千葉の縄張りにつくるというのは大変なことで、千葉県というのは金をとるのがうまい。(笑)海面補償でもうまいです。さる政治家のように、「ただじゃさせないよ」。千葉県の気質というのはそうでしょう。埼玉や東京や神奈川は地続きで、北から南に仲よく行ったり来たりしています。県境なんてほとんどない。ところが、千葉というのは、必ず「千葉に行く」というふうに、東京からいうと川を3つぐらい渡って千葉だって実感しながら通勤している。だから、少し違う。
 フェニックスをここでやるなら、それなりの見返りもあるだろうな、と文句をつけても自然なのです。それに対して、格好いい姿勢を示しがちな東京都知事とか、神奈川県知事、横浜市の市長が、それとちゃんとつき合えるかというと、なかなかつき合えない。延々と議論をしていそうでしていない。
 ところが、前にここでいった話の二番せんじですが、片っ方で、地方分権という。地方分権というと、必ず水平調整という言葉が出るわけです。地方分権で「あなた方ちゃんと責任を持って仕事できるの」って国が問うわけです。例えば、建設省の河川局の連中が「あなた方、本当に河川の手入れをちゃんと、千葉県の知事さんは茨城県の知事と一緒になってできますかね」という。そうすると、全国知事会は、「それは知事同士が水平調整をするので、可能である」。知事と知事が、あらゆる矛盾と反対を乗り越えて解決点を見出して、答えをつくるということを水平調整という。随分楽観的です。水平調整が可能であるということで地方分権は動いている。
 フェニックス計画はまさに水平調整で一番にやるべきことです。首都圏基本計画で、沿岸域について一つの項を起こしたしたということは、まさに東京湾は1つ1つの県が縄張りをして、ここはおれのものでと囲い込むのではなくて、みんなが共通して大事に使ってもらわないと、東京湾は本当に、それこそ4000万の首都圏のすべての人々にとって、最後は問題を引き起こす悪い水たまりになってしまうぞ、こういうことなんです。これは是非、やってもらいたい。
 これこそ首都圏計画として一番計画らしい計画。県境を越え双方に手を結び合って、東京湾の水質をよくし、そして東京湾の船の運航、この間、5〜6年前にありました潜水艦と輸送船がぶつかりましたね。大きいタンカーがちょっとかじを取り間違えて、中ノ瀬の洲にぶち当たりました。東京湾で巨大なタンカーを動かすのは物すごく危険なのです。そういう交通事故をなくし、東京湾の下にはいつくばっているヘドロのすごいのがある、できるならば、それをなるべく少なくする、こういうことはこの4つの県が一緒になってやってもらわないといけない。
 何も東京湾の問題は、埋立地をどう使うかということだけではない。第二湾岸自動車道路をどういうふうに引くかとか、あるいは東海道貨物船と京葉線をどうつなぐかなんていう、そんな話でもない。それから、代替空港を東京湾の中のどこにつくるか、これはいろいろな計画がありますけれども、そんなことだけでもない。むしろ本質的には東京湾を利用する大型船の運航の安全を保障する。東京湾の水質をこれ以上悪くしない。周辺の2500〜2600万の人たちがどうしても必要なごみの最終処分場をきちっとつくる。もう1つは、三番瀬に代表されるなぎさ、遠浅な場所をなるべく、よりいい形で保全して、植物や動物の多様性を確保する。
 もっといえば、東京湾は巨大な冷たい水の固まりですから、うまく利用すれば、夏に、今の時期ですが、東京湾を通って渡る海風が冷えている、これがうまい形で川に沿って内陸まで上がってくるようになれば、ヒートアイランドの問題が、少なくとも1度ぐらいは下がってきて解消するとか、こういう可能性も秘めている。これは環境系の先生方がまじめに議論していることです。東京湾の冷たい空気を、江戸川とか多摩川とか神田川、古川とか小さい河川があります、そういうところに沿って、なるべく奥まで持ち込むことができれば、この暑い嫌らしい夏の夜の空気は随分やわらぐ、それはできるんだということをいっている。
 これらは全部東京湾の問題です。そういう問題提起を別項を起こして書いたわけです。例えば「今後の首都圏整備において東京湾沿岸について世代を超えた長期的な視点からその潜在的可能性を考えていくことが重要だ」。そこで、自然環境の保全とか良好な環境の創造。重要なのは、「関係主体間における必要な調整」、役人って随分うまいですね。仲の悪い知事がちゃんと握手しろなんて、絶対書いてない。「関係主体間における必要な調整」。こうやると、パンチ力が全然なくなるのですが、役人の世界はこれでわかるんだそうです。こういうようなことが書いてあります。
 こんなことで、東京湾問題はいろんな話があります。これも一度申し上げたと思いますが、東京湾には悪水、悪い水というのがあるそうです。それは、貝も死滅させ、ヘドロを常に生み出していく、そして養分のない水。それがどこにあるかというと、今から7〜8年前に土木の海洋工学の先生からいわれてギョッとしたんですが、いわれれば当たり前の話です。京葉の工業地帯はボンプで海の底の砂を噴き上げてつくりました。ですから、例えば浦安の住宅公団の今売れない土地、新浦安の前のところ、ああいう埋立地。なぎさがあって、海がひたひたと来ていて、そこに埋立地をつくるわけです。この土砂をどこから持ってくるかというと、話は簡単で、海底からポンプアップするわけです。したがってその後に穴ぼこがいっぱい残っているんです。これを5〜6年前まで私は知らなかった。浦安からずっと君津ぐらいまで穴ぼこがあり、ここにたまった水は動かないのだそうです。それはそうです。箱の中に入ってしまったわけですから。ここにヘドロがいっぱいたまっていて、時々動くと、このヘドロがフワーッと表に出てくるというんです。
 だから、幾らヘドロをとろうとしても、ここのヘドロをとらない限り、東京湾の水質はよくならない。どうするか、いい答えがないんだけれども、砂を上にかけてとめるかという話。その砂どこから持ってくるのというと、困ったな、山から持ってくると、山が削られるし、東京湾から持ってくると、また穴ぼこができてしまう。だけど、これは大変な問題です。三番瀬の埋め立て反対している人もそういうことに気がついているのかどうなのかと思うのです。これも矢張り知事さん方が相当相談してやってもらわないと困るわけです。
 こういうわけで、沿岸域、東京湾の問題は首都圏計画にとって極めて重要な言葉になりました。

 以上、いろいろ申し上げましたけれども、整理して申し上げますと、首都圏基本計画、今回の特徴は、まず1番目に、それほど強烈な表現はできませんでしたが、国土計画で記述されなかった日本経済のエンジンとして、東京が担わなければならない使命をきちっと意識して、それに対する計画の基本的視点は、個人とかNPOとか、こういう小さい組織、それの活動を許容する、もっと自由にさせていく、こういう地域空間として、首都圏計画の中心の東京都市圏を考えようということです。
 そこはもっと国際性があるべきだ。エスニックの問題だって、前向きに受けとめてもいい。国全体といたしましては、なんことをいわなくていい場所だ。個人と小さいNPOの組織が自由に動け、そして動くことによって新しい文化的な価値とか経済的価値を生み出せる、そういう場所として、首都圏の位置づけをしよう。これが大変重要な考え方です。
 2番目は、具体的にどういう姿になるかというと、首都圏の今の放射・環状型の、何でも東京、東京という姿を改めよう。大きく分ければ、首都圏基本計画は、2つの地域計画が融合したものである。1つは、この東京都市圏という地域であり、もう1つは、その外側を囲む内陸西部と関東北部と関東東部、この3つの地域で囲まれたコの字型、冠型の地域、これが1つの地域計画の対象である。この2つがつながって首都圏基本計画ができる。ねらいは、放射・環状型でなくて、ネットワーク、格子型にしよう。そのねらっているところは、安全、地震問題、こういうことにこたえる交通の組み立て方を、今回の首都圏基本計画は提案している、そういうことです。
 3番目に、先ほどいった東京湾の問題は、地方分権の時代の知事さん方の水平調整問題で大変皮肉であり、象徴的な問題である。これについてきちっと位置づけをしたということです。
 4番目に、それほど重要なことではないかもしれませんけれども、情報化社会を踏まえた就業形態、これをきちっと記述できるのは首都圏計画であろう。情報化社会の特徴としてはSOHOがある。SOHOはSOHOとして記述しているのではなくて、SOHOが健全に成長すれば、結果として通勤問題についても何らかのコントリビューションができる。
 大体そんな組み立て方で今回の首都圏基本計画を立てた次第でございます。
 話が行ったり来たり、あっちこっちだらだらしたかもしれませんが、さわりはこれでお話しできたと思います。
 この基本計画は、多分、政府刊行物センターで売っていますが、今お話したようなことを頭に置かない限り、大変わかりにくい。本当に難しいんです。ですから、ご興味のある方は、頭に僕の言葉が残っている間に、政府刊行物センターに行って、これをお買い求めいただいて、ご一読くださればと思います。



フリーディスカッション

水谷(日本上下水道設計)
 日本上下水道設計の水谷と申します。
 いつも先生のお話を聞いて気になるんですが、これを実現するために、人々の政治的ウィルをどうやって結集してやっていくのかという視点がないと思うんです。そういうことについて少しご提案等をいただければと思うのですが。

伊藤
 本当にそうなんです。国土計画も首都圏基本計画も、政治的バックアップがないのです。おわかりでしょう。例えば、県計画ですと、知事が自分の県政についての思いを県計画の中に入れるわけです。それを議会へ出して承認してもらうわけです。県計画というのは、それなりの政治的意味、特に知事の持っている政治の方針、ステートメントですから、県計画が作成されることによって、県議会の議論を経て政治的な力を持つ。
 ところが、首都圏基本計画というのは、いってみると、現在の段階では国の計画です。国の計画というのは、国が、今千葉県や茨城県に、この基本計画に従ってやってみたらどうかなんていう状況では毛頭ないわけです。地方分権の時代に、まさにそんなことをやったらとんでもない話になる。ですから、この首都圏基本計画に書かれている内容の実態は、国家官僚が、それなりの専門家の発言をうまく使いながら、願望的に首都圏像はこうなるであろうということを表明しているだけのものなのです。
 国土計画もそうですが、国土計画がもう少し迫力があるのは、国土計画に従って国の事業を展開することができます。例えば、首都圏計画で、先ほどいった北関東自動車道路とか、佐久から清水におりる道路は、首都圏にも書いてありますが、国土計画の中できちっと位置づけられて、特に四全総で位置づけられて、国家の事業として動いていますから、それは国土計画で見た方がいい。あるいは利根川をどうするか。国土計画でちゃんと書かれている。この二番せんじを首都圏計画とか、近畿圏計画とか、中部圏計画で書いていますから、この計画がなくたって、県計画と国土計画があればいいじゃないかという話になる。政治的な力がないわけです。
 しかし、地方分権の中で、もし各県が集まって、まさに水平調整というのはこういうものをつくることですね、水平調整をしながら、各県計画を集めながら、そこの相互矛盾を直し、各県計画に根本的に欠けている新しい視点を入れて、各県のスタッフが集まって、彼らが主体になって、国の官僚がそれに情報を提供する、そういう組織ができて、その組織がこの基本計画をつくれば、政治的ウィルが働くわけです。
 いってみますと、今いったことは、首都圏ですから、1都7県の各県のスタッフが集まって非常に大がかりな計画をつくる。広域的な事務組合をつくる。事務組合というのは必ず政治的にちゃんとした民主主義的な選挙のシステムでつくられますから、それに国家官僚が側面から情報を提供するということになれば、これに組み込まれたことは、まさに各県知事が守らなきゃいけない、守らなきゃ水平調整が崩れる、そういうふうになる。
 ですから、今度の省庁再編成で、広域圏計画と国土利用計画と国土総合開発計画、全部集めまして、それぞれの計画を廃止するか、あるいは残すか、あるいはシステムを変えるかということを現在検討している最中です。その中でこの広域圏計画というのは、どうやら私が今いったように、各県が集まってつくる、これが一番きちっとすると思います。国はそれを後ろの方から側面的に情報提供する。場合によっては、各県が集まって出てきた、いろいろな国に対する要請、それに対して国がこたえる、そういう形にするのは、広域圏計画が一番いいであろう。国土計画はそうじゃないかもしれない。国土計画は逆に国家の意思をもっと強烈にはっきりと鮮明に出して、各県とか地域についての記述は捨ててしまえといっているのです。
 国土計画も、後ろに関東地方とか北海道はとか書いてあるわけですが、あんなのはやめてしまえということです。そういうふうにこれから相当変わると思います。
 国土庁の大都市圏局というところで、こういうのをやっているんです。そこでこういう仕事をずっとやって「はい、できました」といっても、これは水谷さんがいったとおり、政治的なエンジンがついてない。そんな話が今きっと、どこか省庁再編成に絡みながら出ていると思います。

中安
 先ほど環境と共生できる首都圏という話がありましたけれども、このように都市化した東京の中で自然環境を保全していくためには、どのようにしていけばいいのか、効果的な方法がありましたら、教えてください。

伊藤
 東京というのは緑が多いのです。そう思いませんか、東京23区。大阪などに比べて。どうしてかというと、それぞれの宅地の中で植木が育っているのです。そういう点では、生態系の方にぜひ主張してもらいたいのは、敷地を切り刻むことはやめさせよう。100坪を30坪にして分譲するのは、食いとめようというのをやっていただくと、都市計画にとっても物すごくいいし、生態系で頑張る方に物すごくいいことなんです。
 それで随分東京の緑が残されると思うんです。それを敷地は幾ら分割してもいいということになりますと、全部切られます。ここで何回か話したことですが、いつも文句を言っている建築基準法にもたまには褒めることがありまして、以前、建築基準法では、建物を建てるときの建ぺい率の定義は、敷地面積から30平米を引いたものを分母、建築面積が分子だったのです。Aが敷地面積で、Bが建築面積だとしますと、今はA分のBで建ぺい率を示していますが、Aマイナス30平米分のBだったのです。特に住居地域では、昭和34〜35年ごろまでそうでした。30平米というのは10坪ですから、相当の空間です。柿の木などを植えれば緑もあるし、果物があって華やかですし、大変よかったのですが、それがなくなってしまったのです。敷地面積マイナス30平米分の建築面積というのは、最低限の敷地規模がちゃんとあるよということを、算式が物語っていたわけですね。それがなくなってしまった。
 これは実は、物すごく大事なのです。敷地を小さくしないという運動を生態系の人たちにぜひ、してもらいたいと思います。

司会(谷口)
 ありがとうございました。ほかにまだ質問がおありかとも思いますが、時間がまいりましたので、きょうはこれで終わりたいと思います。
 伊藤先生、ありがとうございました。(拍手)


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