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第146回都市経営フォーラム

都市・地域づくりと文化財保護
−登録文化財から世界遺産まで−

講師:稲葉 信子 氏
  文化庁文化財保護部建造物課文化財調査官


日付:2000年2月22日(火)
場所:後楽国際ビルディング・大ホール

 

文化財効果で商売繁盛−ある新聞記事から

高まる文化財への期待−地域活性化と文化財

文化財保護施策の現在−登録文化財・近代化遺産・町並み保存

文化財に指定されたら何もできなくなる?−言葉が一人歩きする

保存という言葉・文化財という言葉−かたい保存とやわらかい保存

文化財保護は本当に金がかかるのか?−文化財経済学の必要性

点から面へ、環境へ−文化的景観の可能性

文化財と経済効果−世界遺産の現場から

何を保存するのか−原点に戻って

フリーディスカッション




 皆さん、こんにちわ。今ご紹介いただきましたように、私、文化庁の文化財保護部建造物課というところで、文化財調査官という仕事をしております。建造物課というのは、建築関係の文化財の保存の仕事をしているところでございます。私自身も大学では建築を勉強いたしました。建築の中でも歴史のことをやっておりました。そのまま文化財保護の分野に入りまして、文化庁に入って今に至っているわけです。
 現在は建造物課の中にも幾つか担当がありまして、私自身が建造物の文化財保護全般を担当しているわけではなくて、昨年の4月から整備活用部門というところで仕事をしております。今幾つか入口のところで配らせていただきましたが、「個性を活かし 魅力を引き出す 文化財建造物活用への取り組み」というパンフレットがあります。こういうパンフレットなどを出して、文化財をどう活用していったらいいかということなどを宣伝したりしているところです。そして、それまでは4年間ほど町並み保存を担当しておりました。
 町並み保存といっても、文化財保護法の枠内でやる、それ以外でやる、いろいろとあると思いますけれども、文化財保護法の中では「伝統的建造物群保存地区制度」、略して「伝建」という言葉で呼んでいる制度です。
 また私はこうした本務のかたわらに世界遺産条約の仕事をしております。日本が世界遺産条約に加盟したのが1992年です。その翌年の1993年に法隆寺と姫路城が日本から最初の世界文化遺産として世界遺産リストに登録されました。そのころからずっと継続して、世界遺産条約関係のことをしております。
 谷口さんからこのフォーラムでお話をしてくださいといわれましたときに、私でなければということでしたら、世界遺産のことだったら何とか話せるかもしれないと申し上げたところ、そうではなくて、このタイトルにもございますけれども、都市・地域づくりと文化財保護という観点からお話してくださいといわれました。確かにそれが都市経営フォーラムの本来の目的だと思います。私自身も過去4年間町並み保存の部門におりましたし、文化庁が建築の分野でここ4〜5年間、何をやってきて、今何を考えているのか、どういう状態にあるのか、それと世界遺産とを絡めながらお話することは何とかできるんじゃないかと思ってお話を受けさせていただきました。

(スライド1)
 パワーポイントを使ってお話をしていきたいと思います。
 これが私のきょうの話のタイトルです。「都市・地域づくりと文化財保護」というのは、主催者の方からいただいたタイトルのままです。このタイトルをいただいたときに、文化庁の建造物課の中、あるいは文化庁全体を通してこういう仕事をしている人はたくさんおりますし、どうかなと思ったのですが、おそらく女性がいいと思われたのではないかと考えています。
 「都市・地域づくりと文化財保護」というタイトルはそのまま使わせていただきました。それに「登録文化財から世界遺産まで」という副題を私の方でつけました。ここで「世界遺産」とつけたのは、私が世界遺産のことを話したくて無理をしてつけたのではなくて、とかく世界遺産というと、特別のものとして例えば神棚にまつり上げてしまう傾向があると、私自身国内で世界遺産関係の仕事をしてきて常々感じてまいりました。このことについて、本当にそれでいいのかどうかということをお話したくて、副題に入れさせていただきました。
 もう一方の登録文化財というのは数年前から文化庁、特に建造物課の方で始めた新しい制度で、後で説明いたしますけれども、文化財保護法の中では最も緩やかな、規制の少ないタイプの文化財保護の制度です。

(スライド2)
 「登録文化財から世界遺産まで」を副題としましたのは、この2つの世界はかけはなれたものではない、その間には差、壁などはないということをお話したかったからです。登録文化財になっているものから、世界遺産になっているものまでは、緩やかにつながっている。その間に重要文化財があり、国宝がある。身近な建物が様々なめぐり合わせで登録文化財になったりならなかったりする。その中から、ステップを踏んで、重要文化財に、国宝に、世界遺産になるものが生まれてくる。しかしその境目というのは、デジタルの段差のある階段でつながっているものではなく、アナログの非常に緩やかでなだらかな坂道でつながっている。
 そしてもう1つ申し上げておきたいことは、ここでは「登録文化財から世界遺産まで」ということで保存の世界を「文化財」という法律による保護の仕組みで区切っていますが、実は登録文化財の外、アナログの線でいうとその左側あるいは右側にあるもの、すなわち文化財に指定あるいは登録されているものと、そうでないものとの間の差、壁もやはりない。
 皆さんは、文化財とは、保存とは、ということをとかく線を引っ張って特別なものと考えられるかもしれませんが、その差は全体から考えるとわずかでしかない。世界遺産も我々の社会の中に存在していますから、ある1つの大きなシステムの中を、あるいはリングの一部を切ってみているにすぎない。
 ここで「登録文化財から世界遺産まで」という副題をつけたのにはそういうことについて皆さんと考えてみたいという理由もあったわけです。

(スライド3)
 副題に登録文化財から世界遺産といたしましたので、まずはそれぞれの例をスライドで見ていただこうと思います。これは法隆寺西院の伽藍です。
 法隆寺は、姫路城とともに、日本が世界遺産条約に加盟した翌年に日本から最初の文化遺産として世界遺産リストに登録されたものです。ご存じのように法隆寺は国宝中の国宝といってもいい建築かと思います。この法隆寺の金堂が昭和24年に焼損したことをきっかけに現在の文化財保護法が制定されたといわれています。日本の文化財保護の中で、この法隆寺をおいてほかに語るものがないというわけではありませんが、これを最初の日本からの世界遺産として推薦するについては多分どこからも異論はないのだろうと思います。

(スライド4)
 これは登録文化財になったおそば屋さんです。どこにでもある町のちょっと気になる歴史的な建物を守るためにはどうしたらいいかということを考えるために、平成8年から文化庁では登録文化財という制度を導入いたしました。ゆるやかな規制で、その分だけ数をふやしたいという制度です。

(スライド5)
 「自然保護との違い」。世界遺産条約は、それがいいところでもあるのですが、自然遺産と文化遺産の両方を一緒にした条約です。ですから、私も世界遺産委員会に出席しておりますと、文化遺産の専門家でありながら、文化遺産の保護と、自然遺産の保護の両方の世界的な動きを一緒に勉強させていただくことになります。そのときに自然遺産の保護と文化遺産の保護では、世界が非常に違うなと思うことが多くあります。それは今申し上げた、日本の国内では世界遺産を神棚にまつり上げて考えてしまうというのと多少似たところがあります。それは例えば、自然遺産ですと、身近な自然の保護が世界の自然遺産の保護につながっているということが比較的素直に理解されているのではないか、ということでございます。
 自然遺産の分野では、自宅の台所で流す水の汚染が、世界遺産であるどこかの海の稀少生物の保護に影響を与えているということが、子供たちにも大人にも素直に理解されているのではないでしょうか。自然遺産の場合には、世界遺産レベルの自然の大切さも割と身近なところから発想することができているように思います。
 それに対して文化遺産の場合には、なかなかそうはいっていないのではないでしょうか。その違いが世界遺産委員会における文化遺産と自然遺産の保護の世界の温度差となって現れているように思います。
 例えば、「世界遺産」という言葉は今人気がありますから、たくさんの旅行会社が、「世界遺産」の名を使って旅行の企画を立てています。行き先は大抵は文化遺産かと思います。皆さん方がそうした旅行会社の企画などで世界遺産を見に行かれるときに、どのようなお考えで見学に行かれているのでしょうか。あるいは旅行会社はどのような考えのもとに企画をたてているのでしょうか。
 自然遺産を見に行かれる方は、ただきれいな自然を楽しみに行くというのでなく、比較的はっきりと自然保護の意識を持って見に行かれる方が多いのではないのでしょうか。自分が汚す水が、海に流れてここにたどり着いているということを自然遺産の現場で考えておられるのではないでしょうか。しかしそれに比べて文化遺産の場合には、見学に行かれる方のうちのはたして何人が、自分が守るべき身近な人文的な環境の保存が、世界遺産である文化遺産の保存につながっていると考えておられるでしょうか。
 そうした違いが、世界遺産委員会に出ておりますと、自然遺産のNGOと文化遺産のNGOの力の差として如実に目の前に現れてくることがあります。自然遺産の保護の場合ですと、直接世界遺産条約とは関係ないのですが、例えばグリーンピースのような団体の活動が一般の方には分かりやすいかと思います。世界遺産委員会の場では、自然遺産ではIUCNという団体、文化遺産ではICOMOSという団体が、専門家集団として世界遺産条約の運営に関与していますが、IUCNの組織力、そしてそれを周辺から支える社会的な状況に比べて、文化遺産の方は組織力ももちろんですが、支える社会の声がそれほど強くないのはどうしてなのだろうかと考えさせられてしまいます。
 私は文化遺産の専門家として多くの国際会議に出ることがありますが、国際的な場で文化遺産の保存の専門家が集まったときに自嘲的に、例えば「グリーンピースに比べて・・・」ということがよくあります。自然遺産に比べて、文化遺産の保存が分かりにくいのだとしたらそれはどうしてなのか。あるいはそれが理解されにくいのだとしたら、それはどうしてなのかということを最近よく考えています。

(スライド6)
 これは自然遺産の例ですが、世界遺産になっているオーストラリアのグレートバリアリーフです。

(スライド7)
 これもやはり世界遺産になっているフィリピンのトゥバタハ岩礁です。自然遺産のことを海を例にしてお話しましたから海が世界遺産になっているもののスライドをお見せしました。



文化財効果で商売繁盛−ある新聞記事から

(スライド8)
 これは昨年の暮れに出た新聞記事です。ごらんになった方がおいでになりますかどうか。大阪の方の新聞です。「文化財効果で商売繁盛」、「忘年会逆風どこ吹く風」と見出しにあります。不況の時代ですから、忘年会でもどこもお客さんが入らない。「保護審の答申が引き金になって予約殺到、若い女性」とも書いてあります。登録文化財になったある大阪の料理屋さんの記事です。
 私自身、文化財保護の仕事をしておりまして、例えば文化財に実際に住んでおられる方、保護行政をやっておられる教育委員会の方、マスコミの方、いろいろな方とお話をする機会がございます。そうした時は、その方々が文化財をどのように考えておられるか、あるいは保存というものをどのように考えておられるかということを考えながらお話をしなければならないことがよくあります。といいますのは、私が仕事でお話をするときは、どうしても文化財とか保存とかいうことをキーワードで話をすることになりますが、文化財とか保存とかいう言葉は、皆さん方がそれぞれに異なったイメージを持っておられる。いろいろな立場の方とお話させていただくときは、その方が文化財というものをどこにスタンスを置いて考えておられるのだろうか、あるいは保存というものをどこにスタンスを置いて考えておられるのだろうかということを、理解しながらでないと、お話がうまくつながらないことがあります。
 会場にお出での方の中で、この「文化財効果で商売繁盛」という言葉を見て、文化庁がまゆをひそめるのではないかと思われる方が何人ほどいらっしゃるでしょうか。あるいは喜ぶと思われる方が何人ほどいらっしゃるでしょうか。私自身は、文化財保護の仕事をしている者として、宣伝になることは悪いことではないと考えております。マスコミの方にも、なるべく文化財のことを理解していただいて、宣伝していただけるようにしています。ですから、登録文化財で「文化財効果で商売繁盛」というのは、登録文化財がある意味で目的をかなえたかなと思う1つの記事です。

(スライド9)
 もう一つ対照的な新聞記事を紹介させていただきます。これはつい先週の金曜日の文化財保護審議会の答申の後の土曜日の朝刊に掲載された記事です。「文化財の扱いに明暗」と見出しにあります。記事の左側は新たに登録文化財になった110件の建物のリストです。右側にあるのが目黒区が所有する建物についての記事です。保存費が高いので目黒区が取り壊しを決定したとあります。
 文化財に指定されている指定されていないを問わず、今まで何度も建築のあるいは町並みの保存運動が繰り返されてきたと思います。とりわけ都心の建物については保存が難しく、建築関係の学会などが要望書を出してもなかなかうまくいかない。そしてそのうまくいかない理由のほとんどが、お金がかかる、保存費がかかるというものだったように思います。お金がかかるというが、しかし何に比較してお金がかかるのというのでしょうか。
 私がレジュメの最後の方に、文化財経済学が必要だと書きましたのは、そこでございます。お金がかかるというが、何に比較してお金がかかるのか。長期的視点でお金がかかるのか、あるいは短期的視点でお金がかかるのか。今文化財の保存費が高いというのは、すべて短期的な視点でしか保存費の比較をしておられないからではないでしょうか。
 目に見えない損失をどういうふうに換算するのか。言葉で言っていても、何も説得力はないわけです。これを何らかの目に見える形の指標のようなものにしていかないと、文化財保存は説得力を失っていくということを、今痛切に感じています。それが、文化財経済学が必要だと考えている理由です。ある県が財政難で文化財保護の補助金を数年前から止めています。その県の財政規模の中で文化財保護の補助金のパーセンテージがどれくらいか私は知りませんが、とかく文化財関係は削られやすいように思います。予算を決めておられる方々は、経済的なメリット、デメリットを考えて削っていかれるのだと思いますが、その指標をどこにおいておられるのでしょうか。



高まる文化財への期待−地域活性化と文化財

(スライド10)
 「高まる文化財への期待−地域活性化と文化財」。ここ数年、お金がかかってもというか、かからないでもというか、今は不況の時代ですから、不況対策も兼ねて、文化財が何とかならないのかという期待が高まっています。具体的には地方の中小の都市から、そうした声が聞こえてまいります。バブルの時代にはそんなこと誰もいわなかったじゃないのと思いながら、文化財を保存する側にとっては、良かれ悪しかれ、今はある意味でこれが1つの追い風になっているように思います。

(スライド11)
 「中心市街地活性化」。今申し上げた地方の都市の駅前商店街など、空洞化した市街地の活性化に文化財が活用できないかという期待です。

(スライド12)
 地域活性化のもう1つの期待は「むらおこし」と文化財です。都市の活性化が建設省関係とするなら、こちらは農水省関係でございます。このどちらの省庁においても地域活性化に果たす文化財の役割の重要性が認識されてきているように思います。日本の国土の人が住んでいるところにほとんどはこの2つの省でカバーされているのではないでしょうか。この2つの省が施策で文化財との連携ということを言い始めたのは、最近の傾向です。

(スライド13)
 「文化財重視の開発へ 建設省が初の指針作り」。平成8年の新聞記事です。この新聞記事が出た時には、私の職場では随分話題になりました。役所の縦割り行政が批判されているのは承知していますが、建設省が文化財という言葉を使ったことには誰もが驚きました。
 今まで多くの建設関係の方々の、文化財型(文化庁型)の保存はやりませんという言葉をよく耳にしてきたものですから、敵対関係にあるとかそういうことではなく、単に私などは驚いたというわけです。

(スライド14)
 しかしそれはそれとして、その後、文化庁と建設省で共同事業を始めることになりました。平成8年8月のことでございます。そのときに文化庁と建設省で共同で作成したパンフレットがこの「文化財を活かしたモデル地域づくり」です。
 文化庁が持っている施策、あるいは文化庁が持っている文化財に関するノウハウと、建設省が持っているいろいろな都市政策に関する施策やノウハウを有効に連携させて、地域づくりに生かしていこうとする試みが、この「文化財を活かしたモデル地域づくり」です。
 バブルがはじける前はそうではなかったのにと思いますが、しかしこうした傾向は何も日本だけのことではなくて、多分世界的にも同じだと思います。経済的にひところのような成長のスピードではありませんから、とりわけ先進国ではどこの国でも同じようなことだと思います。

(スライド15)
 これが両省庁で出しましたパンフレット「文化財を活かしたモデル地域づくり」の見開きの部分です。山や田畑に囲まれたある町の例です。周辺に列挙してあるのは、現在文化財保護法で定義されている文化財の種類です。建造物・美術工芸品・有形民俗文化財、伝統的建造物群(集落・まちなみ)、天然記念物、史跡・名勝、無形文化財・無形民俗文化財などの分野があり、それぞれに対応する文化庁と建設省の事業が列挙してあります。
 ただしこれ以外は文化財でないのかというとそういうことではありません。文化庁では、現在の文化財指定の傾向が現実に合っているのかどうか、そのままでいいのかどうか常に見直しをしてきています。
 このパンフレットでございますと、山に囲まれたある小規模な町で、その中に点在する文化財が、例えばここに古墳があるとか、史跡があるとか、伝統的な町並みがあるとかというふうに描かれています。ただどうも気になりますのは、文化財がポツポツと点になって残っている様子が描かれているのみで、これらをまちづくりの総体の中でどう考えていこうかということは、この絵からはなかなかみえてこないこと、そのことは残念だと思っています。

(スライド16)
 「農村文化活用法案 今国会の提出断念」。もう1つの「むらおこし」に関係する新聞記事です。前回の国会では時間切れで断念とありますが、今国会には提出される予定と聞いております。この記事には、「農山漁村で民間継承されてきた祭礼や芸能、技術、食文化、景観などを」の伝統文化をどういうふうに活用しながら農村の景観を守っていくのかということを考える法律と理解しています。農山漁村で継承されてきた祭礼や芸能などを。もしこの法律が成立すれば、文化庁は農水省とともに協力して事業を行っていくことになるのだと理解しています。

(スライド17)
 これは農水省で進めておられる「田園空間整備事業 田園空間博物館」のパンフレットです。見開きの絵柄は、奇しくも先ほどの文化庁・建設省共同事業のパンフレットと同じような構成の絵柄になっています。違うのは道の代わりに川が流れていることでしょうか。中心市街地と同様に農村における地域おこしというのも緊急の課題になっていると思います。今年度の始めに文化庁の技官の間で、農村における文化財の活用についてブレーンストーミングをしたことがあります。もし私自身が提案するとすれば、例えばここに里山がありますが、低い山は雑木が茂る。例えばこうしたところでカヤやクリ、ウルシ、コウゾ、ミツマタのような、伝統産業にかかわるものを育てたらどうか。景観の保全にもなるし、文化財の保存にも役立つし、地場産業の育成にもつながる。子供のいい学習の場にもなるのではないか、などと考えています。

(スライド18)
 ふたたびさきほどの文化庁・建設省のパンフレットです。参考のため並べてみました。同じような、ある町。道や川がつながって、そして周りが山に囲まれているという1つのイメージ。二つのパンフレットのイメージは共通しています。それでは発想が貧困だと皆さんは思われるかどうか。もうちょっと他の発想もあるのではないかと思われるでしょうか。先ほども申し上げましたが、気になりますのはやはり、地域づくりの中で文化財を点としてとらえる発想ではないかと考えています。あるいは文化財という言葉にもし抵抗があるならば、歴史的遺産といってもいいかと思います。地域づくりのなかで歴史的遺産をどういうふうにとらえるかということは、そのイメージの書き手、こちらの発想の柔軟性にもかかわってくることだと思います。世界遺産の場でも同じことを考えていますので、後の方でその関係のスライドを見ていただきたいと思います。

(スライド19)
 これは、文化庁の、私が所属する建造物課ではなくて、隣の記念物課というところで出したパンフレット「歴史とふれあい現代に活かすために」の最初の見開きのページです。描かれているのは城下町ですが、やはり山があり、川があり、さきほどの文化庁・建設省共同、そして農水省のパンフレットとこれも同じ構成の絵柄になっています。
 まちづくりあるいは地域おこしということを念頭において、文化財は点でなく、周りとつながっているということ、例えばここに描かれている川は山の向こうの別のまちにつながっていることを、どのようにイメージ化していくかが重要だと考えています。

(スライド20)
 「伝統文化を活かした地域おこしに向けて」。文化財が今あちらこちらから期待されていますのが、この地域おこしの分野かと思います。これは、平成11年4月の段階で文化財保護部がまず暫定的に出したパンフレットです。文化財を活かして地域おこしをするためにはまず何に留意しなくてはいけないのかということを幾つかキーポイントとして挙げた上で、その後ろに、現在の文化財指定の枠内でどのような活用がなされているかということをパンフレットにしてまとめたものです。
 今は委員会を立ち上げて、もう少し具体的な手法について、検討を進めています。観光のため、地域開発のため、とりわけ地場産業の振興のためにも、文化財というのは重要な役割を持っているということがいえると思います。



文化財保護施策の現在−登録文化財・近代化遺産・町並み保存

(スライド21)
 「文化財保護法の現在−登録文化財・近代化遺産・町並み保存」。私自身が建造物の分野ですので、ここ数年の、住環境と申しますか、英語で言うと、ビルト・エンバイアロンメント、建てられた環境そのものの保護施策が現在どういう状態にあるのかということを幾つかご紹介したいと思います。ご紹介するのは、私が所属する建造物課で関係のある登録文化財、近代化遺産、そして最後に町並み保存です。

(スライド22)
 登録文化財のパンフレットはお配りしたものの中にあると思います。同じものです。「建物を活かし、文化を生かす。文化財登録制度のご案内」。平成8年に文化財保護法に文化財登録制度が導入されたときに作成したパンフレットです。近頃の建造物課の仕事の中のヒットの1つです。
 年に6回ほど文化財保護審議会にかけて登録していくわけですが、毎回百件弱が登録されています。冒頭でもお話しましたけれども、ゆるやかな規制で、取り壊す場合も届出のみという制度です。そのかわりに修理費にかかる補助金を、例えば国宝や重要文化財のように50%以上も国から出したりということはしません。登録文化財に対する補助金の制度は、設計監理費の50%のみです。ですから、実際の修理とか整備にかかる費用に対しては、いろんなほかの制度を援用していくことになりますが、しかし登録文化財になっているということでほかの制度を援用しやすいというメリットがあります。所有者の方に文化財の価値を理解いただき、幾らかでも守っていただきたい。これは許可制ではなくて届出制のシステムですから、こちらの思いとしては、数ができるだけ多く残った方がいい。少しでも建物の寿命が長らえればいい。次に改築するときも、できることなら文化財の価値を残していっていただきたい。そうしたことを考えていただくための制度です。

(スライド23)
 パンフレットの最初の見開きのページです。「それは、新しい発想、やわらかいしくみ。文化財を活用しながら保存する<登録制度>です。」とあります。登録制度の目的を端的に表現しているかと思います。

(スライド24)
 もう1枚めくっていただくと、「登録することは、不自由になることではありません。」とあります。登録制度を考えていく過程で私たちが恐れたのは、文化財とか保存とかいう言葉に世の中がどのようなイメージを持っているか、どのような抵抗があるかということでした。文化財になったら何もできない、後の方で「くぎも打てない」ということを話題にしますが、文化財に対するそうしたイメージが登録文化財の普及に及ぼす影響が気になったところです。この「登録することは、不自由になることではありません」という見出しには、そうした思いも反映しているかと思います。登録文化財制度は基本的には外観を保存する制度です。

(スライド25)
 最後のページに、どんなものが登録文化財になるのかということと、どんな優遇措置があるのかということが書いてあります。
 この登録制度が少し定着してきまして、ある方がご相談にお出でになった。どうも東京の日本橋か銀座の方にビルを持っておられる方のようで、この制度について少し詳しく聞きたいとおっしゃられた。どんなことをお聞きになるのかと思ったら、「今持っているビルを取り払って新しいビルにすることを考えている。ところが、今経済的な時期も時期だし、残した方が得なのか、まっさらなビルに改築した方が得なのか、どっちが得なのか教えてほしい」というようなご質問の内容だったように記憶しています。非常に直裁的な質問で、こちらも分かりやすかったのですが、経済性のみを考えておられるとはいえ、そういう考えの方も引き込むことができたということは、裾野をひろげるという登録文化財制度の目的を1つ達したということかもしれないとその時は思いました。
 経済的なデメリット、メリットを考えられた上で、その上で残したいと思われる方の数が増えることで、例えば東京の日本橋や銀座かいわいの少し古い、しかし素敵なビルが少しでも残れば、例えば取り壊しの時期が10年でも20年でも延びればいいではないか、その間に方策も考えられる、従って保存するチャンスも増える。もちろん登録文化財になるためには文化財としての基準を満足することが必要ですが、ゆるやかな規制で、なるべく多くのものを残すというのが登録文化財制度の目的の1つです。
 それではどんなものが登録文化財になるか。いろんなものがあります。中には、規模が大きくて立派な重要文化財でもいいかと思われるようなものもあるかと思います。所有者が指定制度を好まない時に、登録文化財を選ばれることもあるかと思います。登録文化財なら所有者の方も比較的楽に同意されるように思います。ですから登録文化財の種類はさまざまです。割と規模の大きなものでは、箱根の富士屋ホテルや、丸の内の興業倶楽部が登録文化財になっていたりします。

(スライド26)
 これは登録文化財の例で八丁味噌の工場です。

(スライド27)
 これも登録文化財。時計屋さんです。

(スライド28)
 これは銭湯、お風呂屋さんですね。こんなようなものが登録文化財として登録されています。登録文化財になりますと、それを証明するプレート、看板のようなものをお配りしていますので、それが食べ物屋さんなど、地元の商売のお店に飾られることになる。地方の商店街ですとこれが割と人気がありまして、これが登録文化財の数を増やすのにまた役立っているかなと思うこともあります。

(スライド29)
 今1669件あります。

(スライド30)
 「近代化遺産」。もう1つ近代化遺産の保存というのも、ここ数年、建造物課では進めてきております。「近代化遺産」という言葉は、新聞などにもよく出てきていますので、お聞きになった方もいるかと思います。産業・土木・交通に係わる遺産のことで、英語でいうインダストリアル・ヘリテージのことです。比較的規模の大きいものが多いかと思います。
 もう戦後もかなりになりますから、戦後のものもそろそろ文化財指定の対象にふくまれつつある。登録文化財では、築後50年を1つの基準として考えています。鉄骨造、コンクリート造の建築や土木構造物も文化財の対象になっています。
 新たに文化財の種類を増やしていく、あるいは新たな分野に出ていくときには、何か分かりやすい言葉があると定着していきやすいかと思います。「近代化遺産」という言葉は、それが成功して定着していった例だと思います。初めの頃には「近代化」という言葉に抵抗を示された歴史家の方もいたというように聞いています。けれどもそんな懸念を超えて、近代化遺産という言葉は今は定着していると思います。

(スライド31)
 あるいは、「20世紀の遺産」。これは世界遺産の方で使う言葉です。そろそろ21世紀。20世紀に建てられた建物も世界遺産の保存の対象としてきちんと取り組む必要があるということです。

(スライド32)
 産業遺産あるいは20世紀の遺産も数が増えてきました。日本でもダムとか堰堤、炭坑、鉄道いろいろな産業遺産が指定されています。文化庁で文化財を活用するための施策を真剣に考えていかなくてはならなくなった理由の1つに、こうした規模の大きい産業遺産、近代の遺産が増えてきたことも大きく関係しています。
 江戸時代までの文化財ですと社寺が多いのですが、こうした社寺というのは社寺のままで現在も使われていることがほとんどですから、あえて活用ということを声高にいわないまでも、立派に活用されているといえると思います。文化財というと、それでもう凍結して、死んでしまったものと思われる方もあるかと思いますが、社寺である文化財は、今も宗教活動に現役で使われているということです。
 どんな建物でも、その建物が建てられた当初の目的のまま使われて続けていれば、それがその建物にとってベストであるかと思います。例えば民家は、民家として人が住んでいることが望ましい。しかし20世紀の遺産や産業遺産は、どうしても当初の目的を終えて今は使われなくなり、地方公共団体に所有が移っているものが多い。それをどのように活用していったらいいのか。割と規模も大きいですから、それをなるべく予算をかけないで活用していく手法、経済的に自立していくための活用の手法が求められている。私どもが文化財を活用していく手法を考えることを迫られている理由の1つは、この近代化遺産がふえてきたということが1つにはあるかと思います。お見せしているスライドは、白水ダムの写真です。

(スライド33)
 これは全国近代化遺産活用連絡協議会のパンフレットです。近代化遺産がある自治体を中心とする市町村の連絡協議会です。タイトルに「創ろう新たな地域文化、活かそう近代化遺産」とあります。

(スライド34)
 これは、世界遺産になっているドイツのフェルクリンゲンの製鉄所です。1994年に世界遺産リストに登録されました。世界遺産の場でも、こうした産業遺産や20世紀の遺産をどのように保存しようかという議論が進んでいます。

(スライド35)
 世界遺産では、近代建築というか、インターナショナルスタイルの建築では、バウハウスが世界遺産になっています。

(スライド36)
 建築関係の方には、バウハウスは、こちらの白黒写真の方がなじみがあるかと思います。これは20世紀の初めの頃の建築ですから十分文化財としての資格はありますが、いま世界遺産では、1960・70年代までのものが世界遺産リストに登録され、また議論されています。

(スライド37)
 これはその例の、ブラジルの新都市ブラジリアです。最も新しい1970年代のものでは、オーストラリアがシドニーオペラハウスをかつて申請し、取り下げた経緯がありますが、つい最近まで再提出の準備を整えていたと聞いています。現在はどのような状況になっているかは存じません。

(スライド38)
 最後の「町並み保存」です。これも建造物課で担当している制度です。これも非常に元気がいい。中心市街地の活性化、あるいは地域活性化と文化財ということを考えるときに、どうしてもそれ以外の文化財の場合は、物を点でとらえています。例えば史跡や名勝のように面であるとしても、この町並み保存(伝統的建造物群保存地区制度)だけが、人が住んでいるところを広域の、いわゆる面で保存する制度の1つをとっているものですから、非常にいいモデルケースになる。
 例えば高山ですと、町並み保存をしながら、そこに祭りがある。無形のもの、有形のもの、あるいは点のものをつないで考えようというときに、いい受け皿になるということです。

(スライド39)
 これは文化庁の町並み保存、すなわち伝統的建造物群保存地区制度のパンフレットの表紙です。「人が集い、町が生まれ、文化が育つ」とあります。

(スライド40)
 パンフレットの次のページです。「生き続けるための制度。決めるのは、市町村とそこに住む人々の意志。チャレンジはここからはじまります」とあります。

(スライド41)
 今は重要伝統的建造物群保存地区に選定されている地区は54地区です。川越が54番目です。現在は沖縄の渡名喜島が選定の申し出をしています。

(スライド42)
 最後のページには、制度の仕組みが説明してあります。
 金沢市が、文化財保護法でいう伝統的建造物群保存地区の制度で町並み保存をやりたいということで、チャレンジをされているということでございます。いろいろ模索された上で、再び文化財保護法の枠組みで町並み保存をやってみようという動きになっているとのこと。それは何なのかと考えてみますと、やはり文化財としての質を担保する制度をどこかに求めておかないと、いい保存はできないということかと私なりに考えています。



文化財に指定されたら何もできなくなる?−言葉が一人歩きする

(スライド43)
 私自身、世界遺産や町並み保存の仕事をしてきまして、気になっている幾つかの言葉をキーワードに順番にお話していきたいと思います。
 まず最初に、「文化財に指定されたら何もできなくなる」という先入観です。「文化財」という言葉を聞いて反応されるときに、これが一番多いのではないでしょうか。言葉が一人歩きすると申し上げましたのは、これです。文化財に指定されている建物に住んでおられる方々が、現実にそう感じておられるなら、私どもも何も申し上げることはできないのですが、そうではない、ほとんど文化財とは関係のない方から、「文化財なんかに指定されたら、何もできなくなるんじゃないか」というふうに反応が返ってくることが多い。初対面の方に「文化財保護の仕事をしております」というと、最初に返ってくるのがこの言葉。非常に気になっている言葉です。

(スライド44)
 そしてそれを象徴する言葉のようにしてよくいわれるのが、「くぎも打てない文化財」です。登録文化財を広めようとしているときに、私たち文化庁建造物課の中ででもこの言葉が出てきました。「くぎも打てない文化財」、それじゃこれからはだめなんだよ、ということです。これが保守と保守でないものの対立の話なのか、そうでないのか、私は考えさせられました。くぎも打てない文化財ではだめなのか、そうでないのか。私はこれを、くぎを打てないと感じるのか、それともくぎを打ちたくないと思うのかの違いとして理解しました。この差はもしかしたら非常に主観的な問題かもしれない。くぎを打てないと感じるのか、くぎを打ちたくないと思うのか。その差がどこで、だれの中に生まれてくるのか。それが町並み保存を4年ほどやってきた中で一番気になってきたことです。これは文化財というか、歴史的資産というか、歴史的なものを受け継ぐものの価値をどこに定めていくのかという、お互いの、つまりは我々の価値観をはかっているのだろうと思っています。

(スライド45)
 もう1つの言葉「えっ、そんな大変なこと」。文化財の保存をしていますと、民家の保存もあります。住みながら保存することは本当に難しいのかどうか。これが先ほどの「くぎも打てない」か、「くぎを打ちたくない」かというその境目のところとかかわってくる。住みながら保存することは本当に難しいことなのかどうか。取材を受けるたびに、このことをどう理解していったらいいのか、マスコミの方とは一生懸命お話をする。この言葉を一番よく聞いたのは、白川郷・五箇山の合掌造り集落が世界遺産になったときです。あのときにいろいろマスコミの方から取材があった。そのときに一番多かったのが、やはり、ああいう人が住んでいるところを世界遺産して、本当に大変なことですねというコメントでした。住んでおられる方が大変なことだとおっしゃるのは、それはそれでいい。本当にそう感じておられるからです。私たちはそれを聞き、できるだけのサポートをしなくてはならない。しかしそれ以外の方が、とりわけマスコミの方がそうおっしゃられるのは、私たちにとってはきわめて逆風になるというか、決して追い風にはならない。

(スライド46)
 世界遺産になった白川郷・五箇山の写真です。1995年に世界遺産になりました。人が住んでいるところが世界遺産になったのはこれが初めてではありません。例えばヨーロッパであれば、ローマの町並みですとか、フィレンツェの町並みですとか、いろいろな歴史的都市・集落が世界遺産になっていますので、何も白川郷・五箇山がはじめてではありません。こういう谷あいのところにある集落です。行かれた方もおありになると思います。

(スライド47)
 これも白川郷・五箇山の写真です。先月に名古屋のテレビ局の方から問い合わせがありました。何かの特集でここをテレビ取材するとのことでした。「住みながら保存することは難しいことなんですが、それをどうしていったらいいとお考えですか」という問い合わせでした。「住みながら保存するのは難しいというのは、一体何をもって、難しいとするんですか」と、私がそのテレビ局の方に尋ね返したことがあります。

(スライド48)
 この辺はご紹介のスライドです。建物の中はこのようになっています。この地域が世界遺産になった直後にテレビや新聞が取り上げた特集の1つだったと思いますが、あるテレビ番組の録画をみたことがあります。こういう合掌造りの建物に住んでおられる主婦の方、若い方ではなく、割と年配の方だったように記憶しています。その方がテレビで、「この黒いすすけた柱と梁が気に入らない。白くきれいな台所に改造したい」とおっしゃった。
 記憶はとてもあいまいなのですが、そのときに受けた印象は、これを全部隠して、新建材で東京にあるようなマンション風の台所をつくりたいと考えておられると、私としては理解しました。ここに写っているような黒い煤けた柱と梁が汚くて嫌だ、そしてその反対側にある白い洋風の台所がいいと考えておられる。こうした住環境というか、住まいに対するイメージがどこから来るのかというのは、町並み保存をやってきて常に感じてきたことです。

(スライド49)
 この「嫁が来るとき」というタイトルを考えたとき、「嫁」とか「嫁が来る」というのは女性に対する差別言葉になるのかどうか非常に悩んだのですが、でもやはりこの言葉が一番しっくりくると思ってそのままにしました。町並み保存をやってきて勉強したのは、息子さんにお嫁さんが来るときというのが、変化が起きる1つのポイントだということです。これが親が改築を迫られる1つのときです。そのときに、若いお嫁さんがどういう新居に住みたいかと思っているイメージが、そのまま町並み保存に影響してくるわけです。
 親の世代の方は町並み保存に賛成をして、理解をして住んでおられる。あるいはこだわって住んでおられる。この「こだわり」という言葉が大事だと思います。その一方で、若いお嫁さんが持っている新居のイメージ、あるいは結婚生活のイメージが非常に画一化されているなという印象を、全国あちらこちらで受けてきました。
 その若いお嫁さん、あるいはお婿さんでもいいかもしれない、いずれにしてもその若い世代の住まいに対するイメージが一体どこから生まれてくるのだろうと考えてきました。もしかしたら親に原因があるかもしれない。いやそう思わざるを得ない。
 私は、前に文章でも書いたことがあるのですが、あるプレハブ住宅の会社のテレビコマーシャルでとても気になったものがありました。古い木造の家に住んでいる青年が、彼女ができないで困っている。新しいきれいな洋風の家にしたら彼女ができるかもしれない。そしてそれが実現して喜んでいるという内容のコマーシャルでした。画面では、古い伝統的な家までは白黒、それが突然、家を新築して洋風のいわゆるモダンなスタイルの家に変わった途端に、カラーに変わった。あれは私にとって非常にショッキングなコマーシャルでした。どこかの建設会社か、プレハブ会社のコマーシャルだったと思います。今はもう見ませんので、なくなったんだと思います。
 親が持つ住環境のイメージが貧困だと、子供にもそれが伝わっていくのか。その辺りのことが非常に気になっていることの1つです。



保存という言葉・文化財という言葉−かたい保存とやわらかい保存

(スライド50)
 それで、「かたい保存とやわらかい保存」ということ。これもよく聞きます。くぎも打てなくなる。だから、うちは文化財のようなかたい保存はやりません。私自身、まだ文化財保護法でいう伝統的建造物群保存地区の制度を実施していないところに宣伝のためにお話に行くことがあるのですが、そしてお話の相手の方は建設課の方や観光課の方だったりするのですが、その方々の非常な警戒心が先に出ることがあります。

(スライド51)
 そのときに、そうは直截にはおっしゃいませんが、言葉の後ろにみえているのは、「うちは文化財のようなかたい保存はやりません」ということ。地域づくりというのは、ある総体的なものを全体として推し進めていくことだと思います。かたい保存か、やわらかい保存かの境目は、登録文化財と世界遺産がアナログの線でゆるやかにつながっているのと同じに、これもやはりゆるやかにつながっていて、境目はないものだと思います。
 例えば世界遺産や国宝がかたい保存なら、登録文化財はやわらかい保存か、そういうことではないだろうと思うからです。それでは、一体保存とは何なのか、文化財とは何なのかということ。やわらかい保存をやわらかい方向でずっとアナログで進んでいくと、保存という制度を持たないところに行きつく。
 例えば今まで鎖国をしてきて突然国を開いたようなところは、かたい保存、やわらかい保存の区別を持たない。全体が1つのスピードで進んでいるからです。

(スライド52)
 もう1つよく聞くのは、文化財を、「使っていいんですか」ということ。例えばコーヒーショップにしていいんですか、お料理屋さんにしていいんですか、火を使っていいんですかなどなど。これも割と根強くあります。
 まちづくりに長くかかわっておられる方でこんな疑問を持たれる方はいないと思いますが、地方公共団体で突然文化財保護の職場に移ってこられた方からは、よくこうした質問を受けることがあります。つまり、火を使っていいんですかと。もちろん防火に留意された上であれば火を使っていただいてかまいませんし、用途も規制していません。文化財保護法で文化財に指定するということは、用途を規制することではありませんから、文化財としての価値を守っていただければ、原則的には、何に使っていただいてもいいわけです。
 そうなると、何を文化財としての価値とみるのかという根本的なところに、「くぎを打たない」か、「くぎも打てない」かの担当者の考え方の差の、主観的にところにもどっていきます。その担当者の判断が重要な役割を担うことにならざるを得ないということになります。

(スライド53)
 再び世界遺産であり、国宝でもある法隆寺です。例えば、この柱にだれもくぎを打とうとは思わないですよね。ペンキを塗ろうとも思わないし、これを喫茶店に転用しようとは思わないだろうと思います。

(スライド54)
 これは重要文化財に指定されている横浜のドックです。見てお分かりのように、喫茶店やレストランに使われています。さきほどの法隆寺とこのドックの間に明らかな境目はなく、その間は無限の点で続いている。その間のどこに実際の線をひくかということで、いつも文化財保存の現場の方は苦労しておられる。担当者が、かたいとやわらかいの間のどこで線を引くのか。それには基準があるのか。もし基準があるとしたら、それは非常に簡単な言葉で、「文化財としての価値を守る」ということ。じゃ、その価値はどのように見出していくのか。

(スライド55)
 これは煉瓦造の倉庫を、コンサートホールに使っている例です。

(スライド56)
 お配りした、建造物課で作成した「個性を活かし 魅力を引きだす 文化財建造物活用への取組み」というパンフレットのご紹介です。すでにお配りしていますので、時間のこともありますし、内容の説明は省略させていただきます。
 保存と活用の話を、重要文化財、登録文化財、市町村指定の文化財を問わずいろいろ取り上げています。どれがお勧めとか、どれがすばらしいとかなかなかいえません。最も上手に文化財を活用しているところはどこかと聞かれることがありますが、なかなか答えられません。そういう例があったら、賞金でも出して探したいなと思っております。
 例えばお祭りの会場にしたり、コンサートホールにしたり、レストランにしたり、さまざまな使い方があると思います。

(スライド57)
 保存を促進するための施策として、都市の場合には、容積率の割増とか、空中権の移転とかがあるかと思います。少し話がそれるのですが、最近の動きとして、東京の重要文化財三井本館の例をご紹介したいと思います。これは東京都の重要文化財型特定街区促進制度という制度で、重要文化財をそのまま保存することを条件に、500%の容積率の割増を認めるものです。
 保存のための施策としては、ほかに税制とか補助金とかありますが、持続的な保存を促進するためには直接的な補助金よりも、相続税も含めて税制優遇などの方が望ましいこともある。しかしそうした要望を出してもなかなか認められず、補助金でいいじゃないかということになる。それでは、地域密着型、まちおこし型の保存はできていかない。それを理解していただくための素地が、日本の中では育ってはきていないのが現実です。アメリカなどと違うところです。



文化財保護は本当に金がかかるのか?−文化財経済学の必要性

(スライド58)
 今日のお話の最初から最後まで繰り返しになりますが、私が今一番必要だと思っているのは、「保存は本当にお金がかかるのか」ということです。そこで出てくるのが文化財経済学の必要性。短期的な視点では確かに金がかかるのかもしれない。それに対して私たちは、所有者、開発、ディベロッパーの方々をしっかり説得していけるノウハウというものをもたなくてはならない。「文化財は大切ですよ」、というだけでは、前になかなか進んでいかないと常に感じています。これは世界遺産でも同じです。世界遺産だからといって、素直に物は保存していけるわけではない。

(スライド59)
 前にある雑誌の編集委員を2年間担当しました時に、最初にみんなで顔合わせをして、それぞれの編集委員が何を担当するのか意見を持ち寄ったことがあります。そのときに、私が保存で1冊分特集を組みますといったら、一人の若い女性の委員から、開口一番、「えっ、そんなお金のかかることが特集になるの」という声がでて、私も返答に窮し、編集長も含め、少し年配の委員の方は、私たち二人の女性の押し問答を喜んでみていたということがありました。

(スライド60)
 また、私が町並み保存を担当していたときに、ある重要伝統的建造物群保存地区のある町に行きまして、担当の教育委員会の教育長の方とお話をしていましたら、その方が、「町並み保存もいいけど、やはりお金がかかってね」とおっしゃった。仲間内だからおっしゃられたのかどうか分かりませんが、教育長さんというのは、いずれは校長先生などになられて子供の教育にあたられたりすることもあるわけですからその方に、「町並み保存は金がかかる」ということを、少なくとも口にしていただきたくなかった。
 ただそのときに話題にされたのが、アルミサッシにすれば安くなるという割と卑近なというか、具体的なことだったんです。格子戸を、あるいは障子をアルミサッシにする。あるいは格子戸を、既製品にするということ。そのお金の問題だったと思うんです。このアルミサッシか、昔からの建具かの話は、価格の差の問題もありますが、それ以上に保存されたら何もできないということの象徴的な例として割と広がっているように思います。すきま風があって寒い、だからアルミサッシがいい、それなのに保存するとアルミサッシも使わせてもらえないということです。非常に卑近な例で申しわけありません。でも町並み保存はこうした小さなことの積み重ねで動いていると思うことが多いものですから。すきま風をなくすために木製のサッシで幾らでも暖かくなる。そのための工夫を建築の業界はやっていかなければならない。
 そのために必要な施策なり、補助なり、そうしたことを行政側が担当した上で、安易にアルミサッシに変えないで、木製のサッシで機密性のあるものを開発していく方が先であるということを、どういうふうに広めていったらいいのでしょうか。

(スライド61)
 「くぎも打てない」か、「くぎを打たないか」の話をするときにいつも思い出すことがあります。島根県のある未指定のカヤぶき民家に住んでいるおじいちゃんの話です。幕末の民家で建った当時のまま、そのおじいちゃんの意思で、電気しか入れていない。台所も当時のかまどで煮炊きされていて、ガスも入れていない。こだわって生活されておられるわけです。カヤぶきの屋根ですが、おじいちゃんの唯一の楽しみは、春先に屋根のカヤを部分的にふきかえていくこと。今年はここをやったから、次はここと、何年かすると順繰りにかわって新しくなっていく。それを非常に楽しそうにお話をする。この差が、「くぎも打てない」か、「くぎを打たないか」の差になってあらわれてくるんだなと思っています。
 文化財に指定された途端によくあるのが、修理をすることをやめてしまう方がおられることです。今まで大事に住んでおられた家が文化財に指定されてしまった途端に、修理をやめちゃって、全部お任せになってしまう。ふだんから、常日頃から修理しておけばいいのに、そうではなくて、文化財になった途端に、雨漏りし放題。いいや、役所が修理してくれるからという形になってします。
 それが「くぎも打てない」か、「くぎを打たない」かの意識の差にあらわれてくるんだなと思っております。



点から面へ、環境へ−文化的景観の可能性

(スライド62)
 「点から面へ、環境へ−文化的景観の可能性」。これからの文化遺産の概念は、点から面へ、景観へ、環境へというのが、世界遺産も含めて、ある1つの流れだろうと思います。そうした動きを象徴する「文化的景観」という言葉をお聞きになったことがある方はおられますでしょうか。一番わかりやすいのは、棚田だと思います。田んぼです。1つの田んぼそのものを考えることで、水も守り、景観も守り、そこで農耕作業に伴なう伝統文化も含めたものも守るという、1つの棚田で象徴的に表現される文化的景観。人間と自然環境との交流過程というものを、点の文化財からさらに広げて考えていくと、ここにつながっていく。ここで、最初に申し上げた自然環境保護とのつながりも出てくると思います。

(スライド63)
 これは世界遺産になっているフィリピンの棚田です。実はここもむらおこしで困っています。過疎の町ですし、若い人たちは、日本でいう東京、マニラなどの大都会に出て行ってしまうからです。

(スライド64)
 日本で中心市街地の活性化やむらおこしを考えると同時に、世界遺産であるフィリピンの棚田でもむらおこしを考えています。

(スライド65)
 これらも文化的景観の例です。オランダの埋立地。

(スライド66)
 同じくオランダの風車群。

(スライド67)
 そしてスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの参詣道。道も、人と人をつなぐ交流の場ということです。

(スライド68)
 もう1つ、棚田と同様に文化的景観の例として象徴的によくお話させていただくのが、聖なる山。日本でいうと富士山とか、修験の山。

(スライド69)
 先の写真とこれは、オーストラリアのエアーズロック(ウルル・カタ・ジュタ国立公園)。

(スライド70)
 そしてこれは、ニュージーランドの山(トンガリロ国立公園)。それぞれ、オーストラリアのアボリジニと、ニュージーランドのマオリの聖なる山が、世界遺産になっている例です。



文化財と経済効果−世界遺産の現場から

(スライド71)
 「文化財と経済効果−世界遺産の現場から」。例えばイタリア・ローマのパルテノンやフランスのベルサイユ宮殿を守るように、アジアの世界遺産が守れているわけではありません。アジアで、日本や一部の国を除いたら、開発途上国は世界遺産を守る資金的余裕はおよそありません。
 それでは世界遺産を守るためにどういう方法が地元にとって最も望ましいのか。それは例えばODAをつぎ込んで、技術者を送り込んで、修理をして、材料も技術もこっちから持っていって、向こうで直して帰ってくるということではないだろうと思っています。
 文化遺産を使ったまちおこしというと、経済的な効果の方が先行して聞こえが悪いのですが、何らかの形で地元が自立できるような自立採算型の保存の方策を考えないと、長続きしません。
 世界遺産の場では、そのことを国のトップレベルが自覚しないとうまくいきません。文化財経済学のようなものをきちんとつくって説得していかなくてはいけない。どの国のトップも、まずは貧困の解消と開発の方向に目が行きますし、どこでも文化省と開発省の力の差は日本以上だと思いますから。

(スライド72)
 ここからしばらくはネパールの世界遺産のスライドです。首都であるカトマンズと、近接する2つの古都、その周辺に点在する宗教遺産をまとめて7つのサイトが1つの世界遺産として登録されています。今この世界遺産を危機に瀕する世界遺産リストに記載するかどうかの議論が世界遺産委員会で進んでいます。ネパール政府が不名誉なこととして喜ばないため、まだ危機リストに記載はされていません。原因は、都市開発と遺産の保存の問題です。
 都市計画法があるのかないのか、遺産の周辺の伝統的な建物の取り壊しが進んで新しいビルに変わってしまっていっている。日本の町並み保存であるならば、修理のときに補助金を出すということもできます。フランスでもアメリカでも、先進国ならそれができます。ところが開発途上国では、こうした建物の修理に補助金を出す余裕はありません。
 7つのサイトのうちの1つでは、ユネスコの担当者を含め、保存の専門家たちが、まず地域の住民の組織をつくった上で、観光収入なり何らかの収入を得て、その住民組織が少しでも補助金を出して、望ましい修理を行う方向に誘導する努力をしていると聞いています。
 世界遺産の概念が広がっていると申し上げましたが、遺産そのものが点から面に広がっていると同時に、保存の手法も広がっている。世界遺産の保存は、その周辺の都市、地域開発の保全の問題と切り離してはいけない状態になっています。

(スライド73)
 ここから先はベトナムの町並みです。昨年の12月に世界遺産になったホイアンの町並みです。ここでは、住民の自治会というか、保存団体のようなものがあって、比較的うまく機能していると聞いています。ただこれからは観光客も増えていくでしょうし、今は大変きれいに保存されていますが、いずれは住んでいる人の意識の問題、私が日本の町並み保存で感じてきたことと同じことが起きてくるのではないかと考えています。いずれにしても問題になるのは、主体となる住んでおられる方の意識の問題、「くぎも打てない」か、「くぎも打たない」か、です。

(スライド74)
 これは中国の町並みです。やはり世界遺産です。

(スライド75)
 これはトルコの都市、イスタンブールです。アジアの都市の特徴というのは、密集していることで、非常に人口密度が高い。そこにさらに人口が流入してくるのをどうしたらいいのか。最初に申し上げたように、世界遺産を単体で切り離しては、もうどうにもいかないという状態をお話したかったわけです。

(スライド76)
 これはユネスコが以前に出したパンフレットですが、「シティ・オブ・アジア、フォー・ザ・フュ−チャー」。アジアの世界遺産の保存に都市の問題は欠かせないという思いを込めたパンフレットです。ここに新宿か渋谷か、東京の街角が写っています。

(スライド77)
 先々週、ラオスのルアンプラバンという世界遺産になっている町で、世界遺産都市の保存のためのトレーニング・ワークショップがあるというので、ちょっとのぞきに行って来ました。メコン川が流れている。川のこちら側が世界遺産の地域です。王宮があったところですが、今は首都はビエンチャンに移っています。
 フランスの植民地であったこともあり、いろいろなスタイルのものが混じっています。日本の町並み保存と違ったところはほとんどないと思います。貧しいところですから、屋根を伝統的な材料でふきかえる余裕はなく、タイなど隣国から入ってくる安い新建材にかえてしまっているとのことです。

(スライド78)
 ちょっと裏通りに入ると、連続した町並みというのではなく、普通の住宅地がひろがっています。世界遺産としての価値を守っていくためにはどうしたらいいかということを地元でも考えています。今はフランスのある市が、ユネスコと共同事業で技術者を送り込んで、地元の人とペアで仕事をしています。

(スライド79)
 これは表通りに建ち並ぶ家ではありませんが、最近改築された家の例です。左側に伝統的な家が建っています。デザインを調和させて町並み保存を考えてはいますが、皆さん方はどう思われるでしょうか。
 表通り以外は、網代で壁をふさいだような粗末な家も多いですから、かなり急なスピードで建てかわっています。観光収入が増えてくれば、さらにこれが加速されます。それを規制をかけてとめるというのは、ラオスを例にしてはいけないのですが、開発途上国ではとても難しい。ラオスはそうではないのですが、他では法律など守られていない国も多いわけですから。

(スライド80)
 ここは表通りの町並みですが、急速にレストランと土産物屋に変わっている。この建物は、空き地に最近新築された土産物屋です。写真だけだと分かりにくいのですが、本当はたるきが見えて、軒裏が深くなくてはいけないと思うのですが、軒をふさいで天井を貼ってしまっている。
 そこまでこの地域のルールで細かく規定していないのでしたら、つまり軒をふさいでしまうか、そうでないかの判断が所有者にまかされているのだとしたら、先ほど申し上げた、非常に長いアナログの坂道のどこまで上っていかれるか、それともどこまでおりていくかの境目は、所有者の意識にまかされていることになる。日本の町並み保存と同じです。

(スライド81)
 これはフランスと地元の共同でやっている遺産修復プロジェクトの看板です。あちこちにこういう看板が立てられています。

(スライド82)
  これはそのプロジェクトの1つです。ある民家を修理して、これを今後トレーニングセンターを兼ねた町並み保存センターにしていこうという計画です。ヘリテージハウスと呼んでいます。



何を保存するのか−原点に戻って

(スライド83)
 「何を保存するのか−原点に戻って」。何を保存するのか。価値を保存する。世界遺産もそうです。いつも最後に残るのは、価値を保存するということ。世界遺産にしたときの価値。それは例えば言葉で書かれている。それを町並み保存の現場に戻したときに、長い斜面のアナログの線の、かたい保存からやわらかい保存までの間の、無数の点のどこにとどめるのかということを、真剣になって考えていただきたい。それが保存の原点だろうと考えています。
 最初に世界遺産と登録文化財の間に差はないと、指定されている文化財とそうでない文化財の間に差はないと申し上げたのは、保存の原点はこの無数の点のどこにとどまるかを自らが決める、「こだわる」ところから始まると考えるからです。

(スライド84)
 この後はイメージ写真です。
 今お見せした風景には、世界遺産になっているものもあれば、そうでないところもあります。互いの風景をつなぐ共通のものは川、流れる水です。今世界遺産の現場が考えていることを、私なりにイメージ写真に変えたものです。
 以上です。どうもありがとうございました。(拍手)



フリーディスカッション

谷口
 どうもありがとうございました。
 大変幅の広いお話をいろいろお話しいただきました。後20分ぐらい時間がございますので、何かご質問、ご意見、その他承りますが、いかがでしょうか。

司波(都市総合計画)
 都市計画の仕事に関係しております司波でございます。
 先ほど目黒の勧銀のグラウンドの話がありました。私、目黒の住民でもありまして、あれを活用する会をつくって保存運動をしたんですが、多分きのうから打ち壊しに入っている。目黒区役所とずっと接触して感じたのは、先ほどのお話でいろいろ出てきましたけれども、民間を相手だと、いろんな方法論、特に経済という非常に合理的な手法を基軸に置いて、保存方法を議論することができるんですが、行政を相手にすると、それが全くできないんです。
 一番重要なのは、どうも行政の質が一番悪質じゃないか、と思うわけです。この辺、行政に対する教育というのをやっていく方法を考えないと、結局、行政が表に立って民間と取引する。質の悪い行政が出ていって、民間と取引したって、どうせ何もできないということを、目黒区と接触していまして、痛感したわけです。
 その辺に関する何か、今後の行政教育方針等々といったことについてお考えがあればお聞かせ願いたいと思います。

稲葉
 文化庁の中でも下っ端の私としてはお答えしにくいのですが、とりあえず、民間への先ほどのような宣伝を繰り返していくということだけで、とりたてて行政相手の施策はなかなか難しいことかと思います。
 ちょっと世界遺産の方に話をずらしてしまうことになりますが、私が、日本における行政の責任の話を転嫁するようなことになってしまいますが、世界遺産の場では、政策決定権者が重要な役割を担うということは、もちろんそれは確かにその通りで、十分に認識されています。市町村長やディベロッパー(ODA関係)など、また行政のトップレベルの人を呼んで会議やワークショップをしたこともありますし、企画もされています。
 世界遺産の方に話をずらしてしまって申しわけないのですが、確かにその通りかと思います。

末(文京区後楽町会)
 私はすぐお隣の小石川後楽園庭園を守る会を3年前につくりました。私は当会の代表で末と申します。地元後楽に住んでおります。このセミナーにも、再三参加させていただいて感謝しております。
 大変いい先生のお話でした。小石川後楽園は特別史跡、特別名勝という日本の最大級の庭園なんです。先生は建物とおっしゃいますけれども、私ども庭園を守っているんですが、まわりの建物の妨害に遭って、日照がだめだとか、そのために冬は動植物が来ないとか、だんだん悪い方に行っている。
 日本、戦後は開発を主体にして、こういう文化財とか、そういうものに対する配慮がなくて、どんどん高層ビルを建ててしまった。我々は、庭園の周辺に高層ビルを建てることについて、関係者との闘いをやっています。我々は自然保護に対して、350年も続いた遺産に対して、何とか外部から守ろう、そういう努力をしているんですが、そこで、公園の周りに高層建物を建てられてしまうということを文化庁はどういうふうにお考えか。文化財は家の中は一生懸命やるけれども、一歩外に出た土地は全く関係ないという今までの概念をぜひ捨てていただいて、そういう建物を建てた後の状況、耐用年数を過ぎたら壊していただくとか、法的な保護を文化庁は今後もお考えいただきたい、そういうことをお願いして質問させていただきます。

稲葉
 景観の保存は大切、確かにその通りでございますが、文化財保護法で規制がかけられるところと、かけられないところがあります。文化財保護法の中では、保存のため必要があると認めるときは地域を定めて行為を制限するという、環境保全のための条項がございます(45条・81条)。ただそれも日本は権利関係の厳しいところですから、文化財の指定範囲以外のところの権利問題を超えて、そこに環境保全の条項を適用できるところまでには至っていません。


 お願いとしては、公園の南側に幅何メートルの間は高層建物は建てないという方向に文化庁はぜひ動いていただきたい。そうでないと、結局、皆さんは、借景といいますか、それを利用して高い建物を建ててしまう。そうすると、そのお庭が枯渇して、お庭でないものになってしまう。近所の高いビルはお庭があるからできる。それがもし枯渇してしまったときに、結局周りの価値観がなくなってしまう。だから、公園というのは、地域の人もそうですが、もっと大きい範囲でも、国として、世界遺産とかなるんだったら、その辺の保護ができるような行政の動き方を将来お願いしておきたいと思います。

柳澤(早稲田大学理工学部研究科)
 早稲田大学の大学院で都市環境工学の勉強をしている者で、柳澤といいます。きょうはありがとうございました。
 大学で勉強するかたわら、NPOとして日本民家再生リサイクル協会というところでボランティアをさせていただいています。きょう、先生のタイトルを見て、何とか民家再生とつながるお話があるのではないかと思って期待して来ました。
 民家再生の活動をしている中で、いろんな地方の民家を見学しに行くことがあります。そういったところに住んでいらっしゃる方は、「こんな汚いところにわざわざ遠くから来てもらって悪いね」という、「皆さん、きれいな家に住んでいるのに、何がおもしろくてこんなところに来るんだ」と、驚かれていることが多い。そういうのは先ほど先生おっしゃっていた、住民の意識というか、住んでいる方のこだわりがあるかないかで、その家が存続していくか、つぶされてしまうかの境目じゃないかなと思うんです。
 今いただいた資料を見ますと、税金の優遇制度とか、修理の際の設計監理費の補助とか、いろんな形で経済的に補助しますよという施策は出ていますが、すごく強く思うのは、住民の人たちに、自分たちが住んでいる家なり暮らし方が、今の東京から一方的に発信されている画一化された情報に比べて、決して劣ることはないという価値を見出すような教育。教育というと、ちょっと言葉があれかもしれませんが、啓蒙的な施策を、文化庁は率先してやるべきなんじゃないか。
 そういうのは箱物をつくるよりもはるかにお金がかかりませんし、そういう活動をすることによって人材がまず育つ。お年寄りの方を教育してもしようがないというか、(笑)若い人を教育する意味も含めて、例えばそういう家に生まれた子供が、「あっ、そういう見方もあるのか。うちはそんなに汚くないんだな。この黒い柱とか黒い壁は、おばあちゃんたちの代から住んでいる、すばらしい価値がある」と見直せるような教育的な施策をぜひ打ち出していただきたいと思っているんですけれども、何か具体的にあれば教えていただきたいと思います。

稲葉
 そのとおりでございます。私がお話したかったこともそこにあります。難しいのは具体的な施策をどうするかということかと思います。お金のないところですので、できることはやっぱりそういう教育のようなものかと思うのですが、幸いにと申しますか、文化庁は文部省に中にあって、教育とは一応つながっているところです。子供の小学校教育、幼児教育、そういうものにも入れていかなきゃならないんだろうということは、我々専門家レベルでは十分認識しておりますし、少しづつですが進んでもいます。文化財保存の専門家の間の共通認識だといっていいと思います。
 文化財保存の国際交流の拠点づくりということで、奈良にある事務所ができます。そこで、最初の事業として来週から国際会議が開かれます。会議ばっかりやっていて何だという声があるのも確かですが、その会議のテーマは、トレーニング・ストラテジー。トレーニングというのは、先ほども申しましたように、行政も含めて、トップレベルの政策決定権者も含めて、子供も含めての文化財保存のためのトレーニング。そのストラテジー、すなわち方針を考える会議、アジア太平洋地域の中で今何が緊急の課題なのかということを考える会議が来週からあって、私も参加します。
 その会議の中で最初に出てくる言葉は、多分、政策決定権者、行政の教育。そしてもう1つ表に出てくるのが子供の教育。この2つがファースト・プライオリティー、プライオリティーの最も高い2つのものであるという認識は、専門家の間では十分あると思います。

谷口
 今はまだ、何か具体的な教育のプログラムはないわけですね。

稲葉
 今はまだないですね。だけど、地域を変え、場所を変えて、そのトレーニングプログラムを世界遺産の場でやっていこうというのが、このプロジェクトの目的です。相手は子供だったり、市長さんだったりするときもあります。

国武
 埼玉県の蓮田市に居住しております。
 黒浜沼の自然を大切にする運動に参加しておりまして、前は会長をやっておりました。質問申し上げます内容は、先生を講師にお迎えしたいという場合は、直接でよろしいかどうか。(笑)あるいはどこか通じてやるのか。といいますのは、私の友人や昔いた役所の後輩にあたる方々の中に、何人か知事さんがいらっしゃいます。そして私も、環境問題についてやかましくいわれながら、瀬戸内海とか伊勢湾、あるいは東京湾とか、いろんな方々と一緒に仕事をしてきた人間ですが、今は定年でやめております。政治というものの重要性を非常に認識しておりますので、例えばの話ですが、先生が知事会でしゃべっていただくことができるのか。また、いろいろ政党がありますけれども、政党の方たちも各党頑張っておりますので、政策研究会をやっているときにしゃべっていただくことは可能なのか。役人でいらっしゃるので、どうかなと思っているんですが。
 まず、どういうふうにしてお願いしに行くのか、その辺をお聞きしたいと思います。

稲葉
 宣伝が大事な職場ですので、多分出ていくことはどこからも文句はいわれないと思いますので、もしお話をさせていただく機会があれば、喜んで伺いますので、どうぞ。私直接でもよろしいですし、建造物課の方でも結構です。

近藤(アトリエ74建築杜氏計画研究所)
 都市計画のコンサルタントに勤めております近藤と申します。
 町並み保存についてお尋ねしたいんです。これまでの重伝建に選定された地区、先ほど高山のお話も出ましたが、そういうところはある一定のまとまりを持った地域で、これから伝建をかけていこうと考えている市町村は、沿道に点々と、戦前のいい建物が残っている場合、今までの伝建制度では住民の合意形成をとることが難しいかと思われるんですが、文化庁としてこれからの伝建のあり方についてお考えがあれば、教えてください。

稲葉
 ご質問の内容は、高山のように、伝統的な建物が建ち並んで密度が高いものか、そうでないのかの保存のあり方ですね。伝建制度が、密度の高いものに限っているのかどうか、ということでしょうか。

近藤
 点々と残っているところでも、その沿道ではいい雰囲気が残されているかと思うんですが、そういうところを先ほどの質の保存、金沢のお話のときに出ましたが、そのようなことをしている場合、伝建をかけるのが一番いいのか、それともほかのやり方があるのか、そういうことをお尋ねしたいんです。

稲葉
 町並み保存に関してはいろんな手法があり得るので、例えば伝建だけが町並み保存ではないと思います。
 伝建制度というのはそれなりに文化庁の方から補助金を出したりするメリットがありますが、そうしたメリット、デメリットを考えながらまず地元で方向を決定していかれるものだと思います。重要伝統的建造物群保存地区にするために密度がどれくらいなくてはならないのかという、現状では数値化されたものはないんです。伝統的な建物が建ち並んだ宿場町のような分かりやすいものを選定していた初期に比べて、町並みの性格によっては、密度が少し下がっているものも今はあるんだと思います。
 ですので、相対的に考えた上で、地元の方がどの制度を選ばれるのかということにかかっていますので、今具体的にそういうところにかかわっておられるのであれば、具体的にご相談をいただくということもありますし、このお部屋の中にはそういう仲間の方々はいっぱいおられますし、また町並み保存のための団体もございますので、相談をしていくということになると思います。
 最近、伝建の選定になったところでは、建物が10棟ばかりの、ある山の中の山村がございます。この場合の主なものは山村の景観でしたので、山並みの景観も伝建の主たる価値にとらえてました。
 ですので相対的に考えた上でどうなるかということになると思います。

谷口
 どうもありがとうございました。
 雰囲気としては、まだまだお話しなさりたい方がいらっしゃるようですが、時間が参りましたので、きょうはこれで終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。(拍手)


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