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第180回都市経営フォーラム

自立型開発手法の可能性−米国の経験から

講師:保井 美樹 氏
東京大学先端科学技術研究センター助手


日付:2002年12月16日(月)
場所:後楽園会館

 

はじめに

1.地域はいかに「自立的」になり得るか

(1)「自立的」とは何か

(2)地域の自立に向けた課題

@財源の課題

A意思決定上の課題

Bサービス提供の仕組み(組織)に関する課題

(3)日本での流れ

@財源調達

A意思決定

B組織

(4)米国における地方構造と自立性

@その構造から見るサービス提供と意思決定の分権

A財源の自立性−受益者負担と都市政策

2.米国における地域の自立的開発制度の事例

(1)特別区

(2)TIF

(3)BID

3.自立的開発手法による地域づくり

(1)自立的なまちの活性化とは

(2)日本における負担者受益の流れ

4.地域のコンセンサスに基づく「負担者受益」型事業制度の活用

(1)「負担者受益」型制度の限界

(2)スマート・グロース運動

(3)シアトル市の近隣計画制度に見るボトムアップの計画過程

(4)アリゾナ州のグローイング・スマーター法に見る市民参加

(5)ユタ州エンビジョン・ユタに見る広域計画過程

5.アメリカの経験と日本への示唆

フリーディスカッション




はじめに

 本日は、このような場にお呼びいただきまして、まことにありがとうございます。保井美樹と申します。
 数カ月前に都市経営フォーラムの事務局の方からきょうのお話をいただいたのですが、そのときちょうど、友人で日本政策投資銀行の藻谷さんから去年この場でご講演されたことを聞いた直後だったものですから、彼は講演上手で日本全国を飛び回っていらっしゃるので、ここに来てお話しされても当然なんですけれども、年でいえば同じ30代だからいいか・・と気軽にお受けいたしました。しかし、その後事務局の方から送っていただいた資料を見たら、毎回、そうそうたる方々がご講演されているではないですか。20年ほどここの場に立つのは早かったんじゃないかと恐縮してしまいましたが、まあ、20年後は20年後で、これから得た知識や経験に基づいてお話しさせていただくことも蓄積されてこようかと思いますので、本日は、今の段階で私からお話しさせていただけることをできる限りお話しさせていただきたいと思います。若輩者ですが、よろしくお願いいたします。
 今ご紹介をいただいたんですけれども、現在、私は東大の先端研というところにおりますが、その前は東京市政調査会という主に自治体行政とか、大都市の都市問題等を扱う研究所におりまして、私の関心は単に都市計画というよりは、自治体の組織がどうあるべきかとか、政府や自治体が民間・住民とどういうふうに連携していけるのかといった組織や仕組みにあります。また、私は、東京市政調査会に勤務いたします前及び勤務中、5年ほどアメリカと行ったり来たりしておりました。その間、向こうでは研究機関や国際機関に在籍しておりましたが、いずれのときも日本に向けて或いは日本と関連のある研究・コンサルティングの仕事をしておりまして、アメリカはじめ海外の都市を見ながら、日本のよいところ、悪いところを日々感じながら仕事をしてきたという経緯がございます。
 アメリカといえば、最近は、もっぱらテロ後のアフガン攻撃、イラク攻撃など最近の強い連邦政府の姿勢が取り上げられますが、こと都市政策や地域づくりに関しては、あとでもご説明致しますように非常に分権的です。連邦制をしいているアメリカにおいては、一部、例えば高速道路などの例外を除いては、地域づくりに連邦政府がかかわることはありませんし、州政府も枠組みをつくるだけで、事業を行うのはほとんどが自治体、そして民間の役割です。分権的であるということは、国家として資源を再配分し、どの地域も同じレベルの公共施設やサービスが得られるようにするといった仕組がないということです。日本の例に引き寄せれば、現在まで地方自治体の大きな財源になってきました「地方交付金」のようなものがないわけです。
 もちろん特定の政策、事業に対する連邦補助金はあります。しかし一律に配分されることはありません。地域がそれを使って何をしたいのか、何を目指すのかがはっきりしないと上位政府からの援助ももらえないということです。我々研究者も、研究を行うためにはほとんどの場合、外部の助成金に応募する必要があるのですが、その際に、きちんとした目的とそれを実現する手段について考えをもち、それをうまく計画に表現できないと認められませんね。それと同じですね・・。これは、簡単なようで難しいことです。



1.地域はいかに「自立的」になり得るか

(1)「自立的」とは何か

 ということで、本日は極端な分権化社会ともいえる部分もあるのですが、地域が自立的であると考えられるアメリカの事例を見ながら、日本における今後の分権化社会を見据えて、どういった姿が自立的な地域といえるのか、そのためにはどんなステップが必要になるのかを考えてみたいと思います。
 まず、この今日のテーマである「地域の自立」について、ここではどう解釈するかということを申し上げたいと思います。この講演の中では、これを「公共のための施設・サービスが、地域の中で調達された資源を用いて提供され、地域の中で利害をもつ人たち−すなわち、住民、事業者等−の意見を汲み取りながら意思決定を行っていくことにより、他に頼ることなく地域づくりを進めていくこと」・・と考えたいと思います。つまり、自立的開発手法とは、意思決定と財源調達において地域の中で独立して行うことができるような方法であるということです。

(2)地域の自立に向けた課題

(パワーポイント−2)
 このような仕組みを見ていく前に、こうした仕組みについて考えていくことが、現在の日本のまちづくりが抱えるどのような課題に対応しているのかを考えてみたいと思います。わたくしが考えますのは、この3点です。

@ 財源の課題

 第一に、日本のまちづくりが抱える財源の問題に対応するのではないかと思います。「まちづくり」というと幅が広いですから難しいですが、これを仮に、基礎自治体である市町村の普通建設事業費に置き換えて考えてみますと、市町村の歳出総額のうち、現在、この分野にはおよそ23.1%が充てられています。しかし、そのうちいわゆる単独事業費は5〜6割程度でありまして、市町村によるまちづくり関連事業には国の補助によって財源を調達しているものがまだまだ少なくなくありません。これだけでも、自立した財源が多くないことが分かりますし、この自立に対する依存財源が、640兆円という国債を抱える国の厳しい財政状況や分権化の流れを見れば、いつまでももつかというと危うい状況になりつつあります。
 かといって、単独でやろうとも、法人企業の業績低迷等から地方税の減収が続いておりまして、地方公共団体の財政悪化は深刻化の一途です。市町村税(約19兆円)は、平成10年度末から3年連続して減少しておりますし、都道府県(全体で15兆円)は法人関連の税(都道府県民税、事業税)の占める割合が多いですから、非常に不安定になっております。更に、市町村の地方債現在高は、地方税収の落ち込みの補填、経済対策に伴う公共投資の追加等により、平成4年末の約32兆5164億円から平成11年末の約58兆2685億円と急増しており、現在、その償還が新たな財政負担となっていることはあえて言うまでもないと思います。
 他方で、地方では、高齢化、情報化、分権化などを背景に、新しく、地域の実情にあったきめ細かなまちづくり事業を進めていくことが求められ、地方公共団体もその財源をいかに調達するか大変苦慮されています。このことから、地域の中で自立して財源を生み出す仕組とはどのようなものか、これについて考えていくことが不可欠になっていることが分かります。

A意思決定上の課題

 第二に、自立的なまちづくりの仕組について考えることは、日本のまちづくりにおける意思決定上の課題にも対応していると考えられます。このことは財源調達上の課題と関連しますが、日本においては、市町村が生活に身近なまちづくり事業を実施している一方で、その財源は国や都道府県に依存していることから実質的な意思決定も国や都道府県との協議を通じて行われるものが多く、市町村は自らの意思を事業に反映させるのに限界があるのが実態でした。つまり、国と地域との関係において意思決定が自立的ではなかったわけでして、それを問題と捉えれば、打開策を考える上で、アメリカの事例を見ていくことには意義があります。
 また、国と地域の関係だけでなく、市町村の内部におけるまちづくり事業の意思形成過程に市民の意思を反映させる方法も限定されていました。市民は、地方議会を通じた間接的な参加を除いては、公式には、公聴会等の機会を通じて意見提出できるのみであり、市町村がまちづくりのための公共サービス・施設の提供を検討する際に、市民が主体的に意思決定に参加するための仕組みは十分に確保されていないわけです。別に市民が政府に依存していたわけではないのかもしれませんが、少なくとも高度成長期には政府に一括して事業を任せる方が効率的であったものと考えられ、実質的に政府に物事を依存する仕組みが日本にはできています。しかし、分権化し、価値観が多様化し、人々の意識が成熟化する今後は、市民はそれぞれ自ら地域の意思決定に深く関わっていくことを希望する可能性があります。その際、アメリカの仕組みについて考えることには意義があるでしょう。

Bサービス提供の仕組み(組織)に関する課題

 もう一つは、日本のまちづくりに関する組織・構造に関して考える際に意義がある可能性があります。これまで「地域」、「地域」といってきましたが、仮に国から地方公共団体に権限が委譲されたとしても、現在の仕組みの中でどれだけきめ細かい公共施設・サービスの提供が可能になるか、と考えると幾つかの問題が浮かび上がります。現在の日本のまちづくりを考えてみたとき、確かに、徐々に基礎自治体に権限が与えられるようになりつつありますし、マスタープランに沿って規制や事業を行っていくことは可能になってきています。しかし、なかなか難しいと思われるのは、広さの問題と、官民の狭間にある課題への対応です。すなわち、現在、既存の行政単位とは異なる広さ、すなわち基礎自治体より小さな単位、或いは自治体を越える範囲で物事を考え、実施することはなかなか難しいといえます。後者に対応した仕組みとしては、広域連合や一部事務組合といった形で、複数の自治体が特定の事務事業について共同して行なう仕組みがあります。しかし、特に前者、小さな単位で何かを実施することは現状としては難しいですね。日本で例えば道路の89%、公園では99%が市町村によって管理されています。しかし、公平を重んじなければならない市町村にとっては、当然、少なくとも建前上は、一部の地域は住民の強い要請があるからアップグレードした公園をつくる・・といったことはできないでしょう。
 また、官民の狭間にある課題への対応というのはこういうことです。政府というのは与えられた権限以上のことをすることはできませんから、市町村は総合的な地域の政府になるとはいえ、何でも規制できるわけではありません。現在、多くの自治体でポイ捨て禁止条例などができ、自治体が市民の生活の質を向上させる上で迷惑になることを規制するようになりましたが、それでも細かいこと、例えば、壁に落書きをする人、路上駐車・駐輪など、規制の対象となるような迷惑は沢山あり、そのすべてに行政罰を含めた規制をつくっていくことは難しいと思われます。また、中心市街地での違法駐車なども、市町村はそれを規制する権限はありませんから、違法駐車をしないように協力をお願いする程度のことしかできません。そういう面で、民間であれば、もちろん強制力はありませんが、別に縦割りの一部ではありませんから、地元の意見としてこういう細かな生活上の迷惑事項に対処していくことが可能になります。

(3)日本での流れ

(パワーポイント−3)
 このような課題があるものの、日本においても昨今の分権の流れから、まちづくりに大きな変化が見られるようになっています。

@財源調達

 財源調達に関しては、依然として地域の自立性に関する様々な問題がありますが、自治体が条例によって比較的簡単に税金を新設することができるようになったことを受けて、現在、各地で法定外目的税の設置によって財源調達を行なおうとする新条例が続出しています。面白い税金が、この2年でいろいろできましたね。レジ袋税、宿泊税、一般廃棄物税、産業廃棄物税等々。いずれも、誰が行政サービスの恩恵を受けているか、或いは、誰が行政サービスを必要とする原因をもたらしているかという議論から生まれた税金です。つまり、地域の中の「受益」と「負担」の関係について真剣な議論が行われるようになり、それを明確化することで財源を調達する機運が生まれてきました。

A意思決定

 意思決定に関しましても、近年、地域の独自性を重視した条例がたくさん生まれています。それも、これまでは国の基本法の委任を受けてつくられる条例が多かった訳ですが、そうではなく、地域の方から、住民の要請に応えて法律に先んじて自主的に条例をつくるケースが増えています。最近個性的な条例はどういう自治体がつくっているのかということで、原稿を依頼された関係もあってちょっと調べました。必ずしも大きな自治体だけではないんですね。もっと小さな自治体もありますから、中規模ぐらいの自治体、2万人から3〜4万人、その辺の自治体が非常に頑張っておりまして、さまざまな条例をつくるようになっている。このような条例は、地域の意思を法律というルールに置き換えるものであり、その独立した意思決定力を高めるものです。また、このような独立した地域の意思決定に関して、積極的に住民参加を盛込んでいく取組みも進んでいますね。

  B組織

 広域やコミュニティレベルで事業を行うところまではいきませんが、そのレベルで市民が話し合い、ビジョンをつくるイニシアティブは増えていますね。現在進んでいる分権化は、いわば国と地方の関係を対等にして、地方レベルで社会システムの管理を行なっていけるようにしようとするものですが、この次の段階は、地方の中での分権化、すなわち議会や首長と住民の関係を再構築し、いかに住民自治に基づくまちづくりを行なっていくかということになります。

(4)米国における地方構造と自立性

 このように日本には地域の自立性を高めることに大きな課題があり、かつ、それに向けた機運が生まれつつあります。そこで、これからアメリカの都市でしばしば取り入れられているまちづくりの仕組みにどのような自立性が確保されているかを見てみたいと思います。
 その前に、まず日本に対してアメリカの地方構造がどのようなものであるか、そこからどのようなことがいえるかを考えてみます。

@その構造から見るサービス提供と意思決定の分権

(パワーポイント−4)
 この〇が州だといたします。アメリカは連邦制ですから、外交や防衛などの連邦政府に留保される権限以外はすべて州政府が保有します。この○の中にカウンティ(郡)と呼ばれる地方公共団体があります。カウンティは州の下部組織であり、すべての地域をカバーしており、裁判、治安維持、保健、医療、教育といった行政サービスを提供しています。
 次に、市やタウンといった地方自治体があります。日本の場合、自治体というのはどこでもありますから、アメリカもそうなのかと思うと、実はそれは間違いで、アメリカにおいて自治体というのは住民の要請によって設立される主体です。自治体は土地利用や教育といった、生活に密接に関係する行政事務を担当しており、その権限は州から自治体に移譲されております。インフラを整備したり、ごみを処理したりということも自治体の役割ですが、自治体の設立されていない地域ではカウンティが面倒を見ます。
 さらに、これらにオーバーラップするような形で特別区という地方政府が設立されています。後で触れますが、特別区とは、1つあるいは少数の行政目的のために設置される地方政府です。例えば、ある地域でこういう公共施設が欲しい、あるいはここを宅地開発するので、下水道が必要だということになったりした場合に、新たにその必要性に応じて区域を設定して、その事業をやっていくという仕組みとして使われています。
 こういうふうにオーバーラップする部分があったり、自治体が設置されておらず、行政サービスが得られにくい地域等があったりして、広域的に見ると無駄・非効率な部分が多いことが問題になっているのですが、こういった問題に対処するために最近増えているのが、政府間協議会です。これは、カウンティや自治体、特別区等の代表が会員となって、広域的な問題について協議して、計画を策定するという機能をもっており、交通に関する連邦補助金を地域内で配分する権限を与えられたことから、各州・地域ごとに設立され、目立つ存在になっているところも多くなっています。
(パワーポイント−5)
 こういう独立性の高い地方政府が、アメリカにはなんと87503もあります。日本の地方公共団体の数は3241ですから、単純にいえば27倍の数です。もちろん国土の広さが違いますから、それを勘案すれば、一地方政府あたりの面積はちょうど日本と同じくらいになります。しかし、人口について勘案してみますと、一地方政府あたりの人口は日本が3万9千人になるのに対して、アメリカはたったの3000人です。

A財源の自立性−受益者負担と都市政策

(パワーポイント−6)
 そして、地方政府の財源をみてみますと、アメリカの地方レベルの統治に関するもう一つの特徴が見られます。それは、受益者負担による財源調達手段が充実しているということです。
 アメリカは、大陸発見こそ16世紀(1522年)ですが、その国土がアメリカ国民によって形成されるようになったのは独立宣言が起草された1776年からであり、主に200年とちょっとで何もないところに都市そして人々が住む場所がつくられてきたわけです。
 よって、その都市づくりは地域ごとで行なわざるを得ません。当然、そこに住む人、そこを開拓する人でお金を出し合ってインフラをつくっていくこととなり、世界でも最も発達した「受益者負担」の仕組みができてきたわけです。原則として、この受益者負担は当初インフラ建設に用いられてきました。日本でもあるような下水道の受益者負担金、或いは、道路建設に沿道の地権者から負担金を徴収する、というのが典型です。今日、お話するのはこれが今日までにどのように発達してきたか、ということでもあります。すなわち、受益者負担の発展形が今日のアメリカにおける自立的都市開発の仕組みであり、それは同時に官民連携の仕組みでもあると私は考えています。



2.米国における地域の自立的開発制度の事例

(1)特別区

(パワーポイント−7)
 まず、今、組織の数・多様性・受益者負担による財源調達という意味で、アメリカの地域の独立性を高めている政府組織として、「特別区」を取り上げたいと思います。これは、先ほども申しましたように、一つ又は少数の行政サービスを担当する地方政府の一種ですが、まちづくりに関しては、このような役割分担になっています。まず自治体が、土地利用に関する全ての権限を有しており、規制的手段を導入することができるのはここだけです。マスタープランをつくり、ゾーニングを導入して、まちの基本的な形をつくるのは自治体の役割です。これに加えまして、アメリカの幾つかの先進的な地域には広域政府と呼ばれるものがあります。これは、自治体が財源をプールして、広域的に対処するべき問題、例えば、交通、低所得者向けの住宅配置の問題などに対応するものです。そして、もう一つがこの「特別区」です。特別区は、基本的に事業を行うための仕組みです。受益者負担で地域の中から適切に財源を調達し、それを用いてインフラ建設、建設後の維持管理、公共サービスの提供などを行っていく組織です。
(パワーポイント−8)
 この特別区は、インフラをつくるために19世紀から導入されているアメリカの都市づくりの基本ともいえる仕組みの一つです。その設立権限は州又はそれに授権された自治体がもっていますから、ある特定の地域だけで、特定の公共施設・サービスが提供される代わりに、通常とは異なる課税・課金が行われる一種の特区のような仕組みといえます。但し、単なる手段ではなく、その地域と事業を運営する独立した組織・財源・意思決定権限をもっている、政府であることが重要です。
(パワーポイント−9)
 この特別区のうち、近年増えている、活用されているのが、コミュニティ開発の分野を担当する特別区です。特別区の数の多い州において、コミュニティ開発を担当する特別区の制度の詳細を比較してみたのがこの表です。細かいところまで見るつもりはありませんが、その特徴として、@受益を期待する市民の側から設立が要請されること、A地区のレベルで独立した運営組織がつくられること、B負担者の多数決で物事が決定されていくこと、C時限的な仕組みであって、期待した成果が出たら解散されること、が挙げられます。わたくしは、このことが地域の自立的なまちづくりの仕組みとして重要な要素なのではないかと思います。意思決定・財源・組織の独立性がここでは実現されているわけです。
(パワーポイント−10)
 日本では、いわゆる「受益者負担」を、「公共機関が公共施設を整備したときに、それによって特別な利益を受ける者がいる場合には、その受益の範囲内で応分の負担を求める」仕組みであると考えられていますが、アメリカにある受益者負担の仕組み、少なくともこのようなコミュニティ開発特別区に見られる仕組みは、受益を期待する市民の側がまず負担を行い、或いは負担する意思を表明し、それを受けて事業が行われて、応分の利益がもたらされる、という仕組みです。つまり、負担が先であり、自発的。このような仕組みを、私は従前の「受益者負担」とあえて区別して、「負担者受益」と呼んでいます。こういった仕組みが、これから見る制度のようにアメリカにはいくつもあります。公共施設やサービスが求める人のためだけに、その人たちの負担によってつくられるというのは、見方を変えると、非常に「私的」な仕組みです。なぜなら、排除性があります。「もてる者」のみ持て、「持たざる者」は見捨てられてしまう危険性があります。確かに、特別区に関しては、そのような批判も多いのが事実ですし、このような仕組みを選択する場合には、このような構造が生まれてしまうことを限界として捉え、できるだけそれによる欠点が大きくならないように配慮する必要があります。他方で、このような仕組みをとることで、政府に任せていては実現しない創造的で、迅速なまちづくりの事業が可能になっていることも事実であろうと思います。つまり、特定の人たちの「私益」をもたらしながらも、同時に一定の「公益」ももたらす可能性があるのです。

(2)TIF

(パワーポイント−11)
 負担者受益による都市開発の仕組みとして、今度は、1990年代に積極的に活用されたタックス・インクレメント・ファイナンシング、TIFといわれる仕組みを取り上げたいと思います。これは、都市の衰退した地域で再開発を行うためにアメリカで頻繁に使われているツールの一つでして、そのメカニズムはこうです。
 衰退しきった地域ですから、その財産税評価額は既に下がっているわけですが、この評価をある一定時期でとめまして、課税団体の一般財源としては、その段階の評価額にかかる税収分しか入らないようにします。しかし、実際には、開発が行われることによって評価額は上がっていくわけでして、その差額にかかる税金が特定の基金にプールされて、その地域の開発財源として使われる、すなわち特定の地域の開発財源に特定目的化する、そういうメカニズムです。アメリカの場合は、財産税を課す主体には市だけでなく、郡、学校区、特別区など様々な地方政府がありまして、それら全ての一般財源の課税標準のもとになる評価額が固定されます。開発を管理するのは多くの場合、市政府或いはその外郭団体ですが、そこにとっては、自らの財源だけでなく、他の機関の財源分にも手をつけられるわけですから、ありがたさの増す仕組みです。ここで、税金の一部を特定の地区の開発財源に特定目的化する理屈は、そこはTIFなかりせば、何も投資が入らないと考えられる地域であり、別に課税団体は損をするわけではないこと、そして確かに一定期間は税収の増加部分を地域に還元することになるが、長期的に見れば、税源の増加につながり、メリットのある仕組みであるというものです。
 もちろん、うまくできた仕組みのように見えますが、幾つかの限界はあります。例えば、何もしなくても、TIFを取り入れても税収は変わりませんから、いいでしょう、というこの理屈は、収入側にしか着目していません。実際には税収が伸びていて、本来は、全ての行政区域に還元されるはずの財源が一部の地域に集中投下されていることに市民は納得しているのか。そして、TIFが入って新しく住宅、商業施設或いは工場などができることによって、新しい行政需要が生じた場合、実際には、他の行政サービスのレベルが下がってしまうのではないか。
(パワーポイント−12)
 このような問題を差し置いても、TIFが自立的な仕組みであると私が思いますのは、このような理由です。第一に、TIFが民間投資をベースとした仕組みであることです。つまり、原則として、民間の投資が入らないのに公共事業によって土地の造成、整備が行われるということがありません。こう考えると、日本の民活は、民間投資を期待する仕組みではあっても、民間投資をベースとした仕組みではないと思います。
 第二に、財源があるから事業をやるのではなく、事業を行って財源を生み出そうという考え方であることです。どういうことかと申しますと、予算を獲得することに一生懸命で、獲得したら、今度はそれを消化するために一生懸命になるというこれまでのやり方は、予算がどこからか振ってくる時代のやり方ですね。それが難しくなると、自分で予算をつくらなければなりません。ところが、公共団体の場合、財源が基本的には税金しかない。しかし、無闇に増税するわけにもいかない。そこで、できるだけ他に迷惑をかけない形で、その地域の中で財源が生まれるような形を考える方法を探る必要があると思います。
 第三に、特定の地域の中で財源を調達する場合の基本原則は何かといえば、利益を得る者が応分の負担をする、すなわち受益者負担ではないかと思います。その点で、TIFは、場所によって受益と負担が一致している制度である点で利益があります。
(パワーポイント−13)
 これを整理してみるとこういうことが言えるのではないでしょうか。
 かつての公共事業は、公共投資によって基盤整備が行われ、そのあとに売却されていきます。しかし、何が見込み違いだったのが、それが売れない、借り手がつかない。
(パワーポイント−14)
 これに対してTIFの場合は、問題のある地域があった際、まず、民間に投資意欲がある者がいるかを探します。もし出てきた場合には、その開発者と行政で協議を進めながら、場合によっては地元との話し合いも非公式に行ないながら、開発計画を策定することになります。そして、開発内容について合意が形成されてから、民間による開発及びTIF資金をもちいた基盤整備が一体的に行われます。その際、前倒しで資金が必要な場合は、将来生じるTIF資金だけを引き当てとした公債が発行されることもあります。アメリカにおきましては、政府が発行する債券には、その自治体の信用力そのものを担保とした一般責任債券のほかに、特定の事業による収入だけを引き当てとする、このTIFの際に発行されるようなレベニュー債というものがあり、TIFではこれが使われることも多くあります。
 そして、開発が進み、新たな機能が加わるにつれ、その地区の資産価値が上がっていくことが予想されます。そして、税収が増加するにつれ、TIF資金に使途を限定した基金にたまる額が大きくなっていきます。これが、基盤整備費用として、もしこれを民間が一体的に行なっていれば還元され、もし公債が発行されていれば償還財源となっていくわけです。
 つまり、基盤整備と上物の一体的開発、官民の役割分担、そして民間の自発性によって進められているところがこの仕組みの優れたところではないでしょうか。
(パワーポイント−15)
 さて、こういったTIF制度が多用されているのがイリノイ州です。ここは、さきほどご説明した特別区が最も多い州でもありまして、ということは何がいえるかというと、市がTIFを設立すると、いろんな課税主体から税源の一部委譲を一定期間にわたって受けることができるわけです。委譲する方は黙っているわけはないですから、それによる面倒な点もありますが、それでも他の主体の税源が活用できるというのは市にとって大きなメリットでしょう。
 イリノイ州では、1990年代にTIFが急増しました。中でもシカゴ市のあるクック郡での増加傾向は著しいものがあります。ここにもあるように、1985年には13地区、1990年代初めには82、そして、1995年には152とぐいぐい伸びています。シカゴ市では、このあとも増加し続けまして、2001年現在では105地区でしたが、最近みたら2002年10月現在ということで224地区にまたもや増えているようで、既に市域の5%以上を占めるようになっているということです。
(パワーポイント−16)
 基本となる法律は1977年のタックス・インクレメント・アロケーション・リディベロップメント・アクト、すなわち「税収増加配分再開発法」というもの。対象となる税金は日本でいう固定資産税にあたる財産税ですが、かつては消費税やユーティリティにかかる税金も対象でした。つまり、開発によって上がる消費税、ユーティリティ税も開発財源としてプールされるということです。
 TIFの運用主体は市。または、市の開発公社。期間は23年です。つまり、23年間、税評価額が固定され、一定部分がTIF財源になるということです。市は、23年で全ての償還が終えられるように計画する必要があります。TIF財源の用途は、新しい建物の建設はダメで、そのための基盤整備に限定されています。
(パワーポイント−17)
 それでは、このような制度の事例を幾つかご紹介しましょう。まず、もっとも古いのがシカゴ市のセントラル・ループTIF地区です。1984年に導入されていますので、2007年に全ての事業が終了予定、もうまもなくですね。ここは、シカゴにいらっしゃった方ならお分かりかと思いますが、シカゴ川の南側、ミシガン・アベニューの西側で、バーナムなどの素晴らしい建造物も多いですが、概して古い建物が多いせいか、1980年代頃から衰退し、空室率が非常に高く、アダルトビジネスばかりが目立つ地域になってしまいました。この辺、安ホテルが多いので、私も昔、学生の頃泊まったことがありますが、猥雑な感じで、ちょっと夜一人で歩くのは心もとない感じの場所ですね。ここをまさに「都市再生」と申しましょうか、都心の活気あるビジネスエリアとしてよみがえらせるために取り入れられたのがTIFでした。
 導入時の基本方針としては、もともとデパートが多く、商業地域として栄えていたステート通りで、商業活性化を行なうこと。そして、かつては劇場街であったランドルフ通りをやはり劇場街としてよみがえらせること。つまり、原則としては、かつて活気があった頃の様子を再生させようというのが趣旨です。
(パワーポイント−18)
 具体的なプロジェクトとして、例えば、このランドルフ通りでは、こんな劇場ができました。ここは15年間空きビルになっていたところです。これが、2100人を収容する劇場に再整備されました。基本的には民間によるプロジェクトで、総事業費は約3500万ドルですけれども、このうちの4分の1程度がTIFの資金から出されました。ここだけでなく、この通りには、幾つも劇場として再オープンした施設があります。これによって、周辺にはレストランなどもでき始め、資産価値は上がりました。この劇場からだけで、年間28万ドルが財産税の増収分としてTIF基金に入っているとのことです。この施設だけですから、地区全体としたらこの何十倍、何百倍が基金に入っているわけです。そのほかに、こういう歩道整備したりとか、こういうこともTIFの財源を使ってやられています。
(パワーポイント−19)
 これはシカゴという大きな町の事例でしたが、小さな町でもこのような事例はあります。例えば、シカゴから北西に25キロいったところにあるスコキー村というところ。ご多分にもれず、ここはダウンタウンが衰退しきっていました。郊外の住宅地ですから、もう誰もが車をもっています。しかし、ダウンタウンには、今も村役場があり、その周辺には小さく、古びた商店が並んでいます。シカゴの都心のように、いかにもちょっとてこ入れしたら資産価値がグンと伸びそうで、それを放っておくのは市の財政政策上も無駄というところなら、まだ理解できますが、こういうところならもう放っておいて、郊外のよい住宅地の整備だけ進めればよいのではないかと思われますが、これをTIFを用いて再活性化することで、20世紀後半にすっかり揺らいでしまったコミュニティを取り戻そう、ということのように思われました。
 こうして、TIFが取り入れられる前、スコキー村では、「ダウンタウン基本戦略」がつくられました。まず、その地域の抱える問題を明らかにし、基本計画を策定して、その実施ツールの一つとしてTIFが検討される、というのが通常の進み方です。TIFが導入されると同時に、民間開発者との協議が行なわれ、これで行けるということになって、ここでは公債が発行されました。公債によって得られた資金で、土地の買収、用地造成が行なわれ、民間に売却されたり、民間の開発に歩道やストリートファニチャーの整備なども委ね、その分をTIF資金から支払ったりということがなされました。また、既存の商業施設の所有者には、ファサードの改善を勧め、その費用のうちの半分をTIF資金から援助するというプログラムも開始されました。
(パワーポイント−20)
 この公債発行に関しては、このような結果になっています。1990年の資産評価額は1850万ドルですが、1999年には、これが3300万ドルまで上がっています。これにしたがって、TIF財源も1999年までに170万ドル生まれていまして、これで償還が行なわれているということです。ここでは366万ドルの公債しか発行されていませんので、どうも23年もかからずに償還できそうだということになっており、15年程度で早期終了させることが検討されていました。シカゴと比べますと、規模は非常に小さいんですけれども、TIFはその土地で可能な範囲でやるということが可能ですから、そういう意味では非常にフレキシブルな制度だと言えます。シカゴのように大きな規模もできるし、こういう小さい町ではその町でできる規模でTIFを活用しているのです。
(パワーポイント−21)
 こういうなかなかよくできたTIFの仕組みなのですが、さきほども、実は、他の地域住民にとっては行政サービスの低下につながるのではないか、とか、開発によって生まれる行政サービスへの対応が考慮されていないといった問題を指摘しましたように、TIFの導入に際してはいくつかの課題があります。その主要な点は次のようなものです。
 第一に、ここには当事者間の調整と書いていますが、特にアメリカでは、TIFに際して税収の影響を受ける課税団体間の意見の調整が課題になっています。アメリカでは、財産税を課すのは市町村だけではなくて、先ほど説明したカウンティも含まれますし、特別区の主要な財源も財産税でして、TIFが設立されると、これらの主体が皆、影響を受けることになります。よって、TIFの導入に際しては、これらの課税団体の間でTIFを導入することによってどういうメリットがあるか、本当に必要なのか、といったことがよく議論され、その過程を経て意見を調整していくことが必要ですし、TIFの導入要件を明確化していくことが重要になります。もちろん、解釈に温度差があるのは仕方ないところもありまして、例えば、シカゴで非常に多くのTIF地区が設立されているのは、恐らく市長が非常に強いリーダーシップを持っていて、TIFの必要性を強くアピールするだけの力を持っているということがいえるんだと思います。
 第二に、再開発を行うにあたっては、周辺コミュニティとの話し合いも非常に重要です。衰退した地域ですから、周辺は非常に低所得者が多いですし、そういうところにどういうふうに利益を還元していくかということも必要になりますが、民間開発をベースにしておりますから事業の採算性を確保しながら、周辺住民のニーズを取り込んでいくことは、自治体及び民間事業者の抱える大きな課題と言えます。
 第三に、TIFはファイナンスの仕組みですから、それを運用する自治体の能力も問われます。だからといって、大きな自治体しか使えないのかというと、そういうことはありませんで、アメリカの場合は自治体の職員自体が流動的でありまして、小さい自治体でも、TIFを導入しようとするときにファイナンスに強い職員を連れてくるということが可能です。しかし、そういう人がいないと、こういう金融リスクを伴うような仕組みをうまくマネージしていくということは簡単ではないかもしれません。
 アメリカの場合、TIFに伴って発行される公債、いわゆる事業を引き当てとして公債を発行するというやり方でレベニュー債と呼ばれますが、それには特に制限がないところが多いのです。もう一種類の地方債である一般公債は、自治体自体の信用力を担保に発行されるもので、これを発行する際には住民投票を必要とするところが多いのですが、このレベニュー債というのはそれが不要な場合が多くて、そういう意味では自治体が何の審査もなく、どんどん発行していくことによって、将来にリスクを背負う仕組みともいえるため、心配する声も上がっています。
 第四は、上記のように様々な課題もあるTIFの事業にどれだけ一般市民の参加を取り入れることができるのか、また、事業に関する情報をいかに開示していくのかという課題があります。

(3)BID

(パワーポイント−22)
 TIFは、開発の仕組みそのものでしたが、今度は、開発が終わったあとの維持管理の段階、或いは、既存の市街地における開発によらない「都市再生」の仕組みをご紹介したいと思います。それが、私がいろんなところでお話させていただいたり、文章で発表させていただいているのでお聞き及びになった方も多いかと存じますが、BID(Business Improvement District)という仕組みです。
 BIDとは、主に商業地域において、資産所有者と商業者が、地域の発展を目指して必要な事業を行うための組織化と財源調達の仕組みと定義されます。ここで組織化というのは、資産所有者の一定割合、あるいは面積の一定割合以上が合意をして、制度に申請すれば、BIDが設立された地域を運営する組織をつくることができ、また一定割合の合意によって解散も可能であるということを意味します。財源調達というのは、いったん設立されると、地域内の資産所有者に一定の負担金を課すことができ、それによって安定して事業の財源を確保することができる、ということを意味しています。このBIDの負担金は、厳密にいえば、先程も述べました受益者負担金に当たりまして、課金の権限はBIDの運営組織ではなく市が保有しています。つまり、市が資産所有者に特定の事業に関する負担金を課し、事業の実施をBIDの運営組織に委任することで、その財源である負担金をBIDの運営組織に還元する、という仕組みになっているのですが、実質上は、BID自身が資産所有者に負担を課して事業を行っている仕組みになっているわけです。
 このようなBIDは、基本的には資産所有者の発意によって行われる自発的なタウンマネジメントの取組みだといえ、そういった取組みは商業者による商店街の振興など日本にもないわけではないのですが、こういう制度的な裏づけを得たことで、非常に安定して事業が行われるようになっています。アメリカでは、これが90年代に非常に増えまして、現在までに、全米に600とも1000ともいわれる数のBIDが設立されています。
 これからご紹介しますニューヨーク市の中には現時点で44カ所にBIDが設立されておりまして、TIFと同じように大きなもの、小さなものがあります。大規模なBIDは年間の事業費が10億円程度ありますが、小さいところは数百万でやっています。
(パワーポイント−23)
 こういったBIDが何をやっているかといいますと、中には日本でも商店街で行われているようなことも多いんですけれども、この表に示したようなことです。例えば、ここにある環境美化というのは、ごみを収集したり、公共空間における除草、花壇の手入れ等をやったり、ということ。警備とは、地域で警備員を雇ったり、委託したりして、警察に任せるだけでなく、自分達でも積極的に治安維持のための活動を行おうとすること。それだけでなく、BIDの警備員は旅行者への道案内などもやっています。また、消費者マーケティングということでは、イベントをやったり、ニュースレターを発行したり、季節毎にキャンペーンをやったりします。さらに、地域情報の作成・発信を行ったり、地域のマーケットリサーチを行ったり、そのレポートを作成・発表したり、また、企業誘致活動までも行ったりしています。それから、公共空間の規制とありますが、もちろんBIDは政府ではありませんので、強制力を持つことはできないんですけれども、逆に政府にはできない、けれども民間だからできることを行っています。例えば、路上販売とかストリートパフォーマンスとかを地域で管理したり、90年代初めのニューヨークといいますと、路上ゲーム詐欺師みたいなのがいて、参加すると必ずお金を取られるというのが横行していたのですが、そういう人たちの活動を規制したりということをやっています。それに駐車場が必要なところでは、公共駐車場システムを運用したり、日本にも最近ありますが、コミュニティーバスを運行させたり、地域のデザインガイドラインをつくったり、あるいは福祉サービスということでホームレスの生活支援を行ったりします。最も進んだ地域では、地域の将来ビジョンを独自に作成したりもしますし、資金力のあるBIDですと、街灯やベンチなどの街路空間なんかを自分たちで整備したりということを行います。
(パワーポイント−24)
 ところで、このようなBIDの仕組みを紹介することにどういう意味があるのでしょうか。私の意見ですが、今後は、新たな開発を行うだけでなく、既存の市街地を再活性化することが求められ、その中で、街を総合的にマネージする主体について考えることが重要になると考えます。そしてその際に、BIDのような仕組みが日本でも必要になるものと考えられます。
 日本の街を考えてみてください。道ひとつとっても国道であれば国の管轄、県道であれば県の管轄、この河川は国だ、清掃は基礎自治体、治安維持は警察、と非常に権利・権限関係が輻輳しています。そのような中で、私人が個性あることを行おうとしてもなかなか困難ではないですか。
(パワーポイント−25)
 そういうときに、特別にここの部分だけは、地元の組織に一定の公共施設管理、サービスの実施を一括して委任しようとする仕組みがBIDです。
(パワーポイント−26)
 幾つか、実際の事例をご紹介したいと思います。ここは、テロが起きたワールド・トレード・センターの近くのダウンタウン地域で、ここには年間予算を800万ドル程度持つBIDがあり、治安維持ですとか、清掃以下様々な事業をやっています。また、このBIDは、ウォールストリートが非常に景気が悪くなった90年代初めに、ロックフェラーが主導して、これからは金融に頼っていてはだめで、新たな産業を地域に育成することが必要であるとの認識を明確にし、以来、産業振興に力を入れてきました。特にIT産業の振興には、一定の評価を得ておりまして、市その他いろんな組織と連携してこれを行ってきたことにより、ITのスタートアップ企業が集積し、ダウンタウンのエリアがシリコンアレーと呼ばれるようになったことは皆様もご高承の通りかと存じます。
 これは、その取り組みの先駆けであるITのインキュベータービルです。その前10年以上空きビルになっていたものを、市やユーティリティ会社等と協力して大幅改装し、比較的安い賃料でベンチャー企業に入居させるということを始めたものです。
 また、こういった産業振興に加えて、業務用ビルの居住用への転換も積極的に推進してきました。ここは元来金融街ですから、夜になると人がいなくて殺風景な町でした。また、人がいないということで夜は少し怖い街という印象を人々に与えていました。そこで、元は金融関係のオフィスビルだったが、不況で空きビルになってしまったところを住宅に転用することを促進することで、ダウンタウンの中に住宅を増やして街の24時間化を図りました。このように、ダウンタウンのBIDは自分たちでできることは自分たちでやりますし、それだけでなく、他への働きかけも積極的に行っており、地域を代表する声となって市政府などに意見を述べ、他の組織と連携して様々な事業を行っているのです。
 なお、このBIDはテロ後の復興事業として、事業者や市民の意見を酌み上げて提言を行う活動に積極的に関与しています。
(パワーポイント−27)
 次に、同じマンハッタンの中にあり、年間予算およそ1000万ドルと全米のBIDの中で最大規模を誇るグランド・セントラル・パートナーシップを紹介しましょう。マンハッタンの真ん中東側に、郊外からの列車が到着するグランド・セントラルというターミナル駅がありますが、これは、その周辺部に設立されたBIDです。
 このBIDも行っている事業は、美化、治安維持の部分は同じですが、それ以外のところに個性があります。このBIDが設立されている地域は、駅の周辺だということで猥雑で非常にゴチャゴチャした地域でした。他方、いくつかの大企業、例えばフィリップモリス等が本社ビルを構える地域でもあり、そのあたりの企業が、自分たちの本社が立地している場所をもう少しイメージのいい場所にしたいと考え、他の企業や資産所有者に働きかけ、BIDという地域を管理する組織をつくったというのがBID設立のきっかけです。
 こういう経緯もあって、このBIDは地域のデザインを統一化してゴチャゴチャした雰囲気から質の高いオフィス、商業空間に転換していくことに力を入れていまして、設立当初にコンサルティング・ファームに頼んで、地域のデザインガイドライン導入に向けた調査を行い、その結果に沿って事業を進めてきました。事業の中身としては、例えば路上にゴチャゴチャと置いてあった新聞・雑誌の販売箱を統合してBIDのロゴ入りの箱に収めるとか、街灯、道案内板、標識などのデザインを統一するとかいうことがあります。
 これにより、もちろん90年代の好景気も手伝ったものと思われますが、この周辺はブランドショップ等が増え、商業地域として活性化してきました。さらにBIDは、イベントを行ったり、地区のウォーキングツアー等、各種キャンペーンを積極的に行ったりして、観光客、訪問客を集めることに力を入れてきました。
 また、駅の近くということもあってこの地域にはホームレスが非常に多かったのですが、このBIDは、ホームレスの生活支援事業を始めたことでも有名です。ただし、これに関しては、BIDがホームレスの支援をやること自体が初めてのことでしたから、いろいろ問題も起きております。例えば、ホームレスの自立支援ということで職業訓練プログラムをつくり、BIDの清掃職員として働いてもらうことを行っていましたが、実はホームレスの人たちを訓練生として雇用していたため、法定賃金よりも低い給料で雇用していたということが判明して、訴訟沙汰になったことがあります。結果、BID側が負けたのですが、これがきっかけとなり、このような社会事業にビジネスの観点の強いBIDが取り組んでいくということは難しい問題であることが明らかになってきました。最近では、BIDが直接社会事業を行うのではなくて、例えば、ホームレスの人たちに対する支援事業を専門的に行っているNPOに委託するような形で実施したりしています。
(パワーポイント−28)
 また、ニューヨーク市でBIDが設立されているのは、マンハッタンの業務中心地域だけではありません。ハーレムは、最近非常に治安がよくなったといわれる黒人の多く居住する地域ですけれども、ここにもBIDがあります。このBIDは何が特徴かといいますと、ハーレムは連邦政府のエンパワーメントゾーン、いわゆる経済的に衰退した地域を指定して、そこに新規に進出する企業に税制優遇の措置を与えたりするプログラムの実施地域に指定されているのですが、ここのBIDは、このプログラムと相乗効果をもたらすような形で、進出してきた企業や既存の企業がうまく組織化して、共に地域を活性化していくような仕組みを模索していることです。
 とはいえ、具体的に行っていることは他とほとんど変わりませんで、美化、マーケティング、ジャズライブといったイベントの実施、警備事業などです。ただ、このように一時期は衰退していた地域で、コミュニティとしての一体感をつくり出し、地域として発言力を高めていこうという機運を生み出したという意味で、BIDの役割は大きいと考えます。
(パワーポイント−29)
 最後に、ニューヨーク市でも最も小さなBIDも紹介しましょう。大きなところから小さなところまで、地域は、やる気さえあれば、その経済力に応じてやれることがあるということを示すためです。このブライトンビーチBIDは、ブルックリンの南の端に設立されたBIDで、年間予算は15万ドルしかありません。広さもメインストリート沿いだけで狭いです。しかし、こういうところでも小さいなりに美化とか、広告宣伝、イベントの実施などを行って、地域に向けた情報発信を行っています。どのBIDも行っている警備事業は、お金がかかるのでここではやれません。
 実は、この周辺は90年代に移民、それもロシア系の難民の流入がふえた地域で、商店主から見ると客層が大きく変わった地域です。このような変化に商店も対応していくためにBIDという地域組織が非常に大きな役割を果たし、ロシア系の地域メディアと連携してPR活動を積極的に行ったという特徴があります。
 このことからも、BIDの仕組み自体は、組織をつくって財源を自分たちで確保していくための仕組みですから、それをいかに運用するか、どのくらいの規模にするか、何を行うか、といったことはそれぞれの地域によって大きく異なっています。
(パワーポイント−30)
 次に、こういったBIDの組織がどういうふうにできてくるのか、その過程をご説明します。細かいところまで説明するつもりはないんですが、大きく2段階あって、最初は地域の中で合意形成を行っていく段階、次は合意に基づく設立趣意書及び地区事業計画をつくって、それを行政に提出し、政府の中で協議が行われる段階です。
 第一段階では、有志が設立準備の組織を形成し、地域の中で呼びかけて、BIDの設立について協議を行い、地区事業計画に関する合意形成を進めていきます。地区事業計画には、BIDとして何をやるのか、そのためには幾らお金がかかって、どういうふうに費用負担を分担するのか、といったことが書かれており、それが第二段階で政府に提出されるのですが、その前の第一段階で、中身について地域の中、すなわち負担者となる資産所有者の間で合意をつくっておくことが重要です。
 第二段階では、地域の中で一定の合意が形成された段階で、まず市に設立が申請されます。市の中では、コミュニティ支援、都市計画、商業支援等、様々な部署の審査を受け、最後は市議会で承認されることが必要です。
 この第1〜第2段階を含め、全体として平均1年半程度の期間が必要だといわれています。そのうち1年程度は、地区の中の合意をとっていく作業にかかる部分だそうです。極端なところでは、地区内の合意形成に7年も8年も10年もかかるような場合もあって、その結果、できなかったという事例もあります。一昨年位にも、90年代を通じてBIDをつくろうと協議を進めてきたのだが、1人の地権者の反対が強くて結局設立を断念したという事例がありました。よって難しいのは、地区内の中で事業と負担に関する合意を形成することだと思われます。



3.自立的開発手法による地域づくり

(1)自立的なまちの活性化とは

(パワーポイント−31)
 これまでご説明してきた手法を用いて行われてきたアメリカの街の活性化は、悪の循環に陥っていたダウンタウンを、良い循環に取り替えた訳ですが、そのきっかけは何だったかといえば、政府が全部やるのではなく、政府は、できるだけ地域から税収を上げ、かつ、民間が行う事業にコーディネーターとして入ってできるだけ住民の意見を取り込ませるようにやっていったということです。都心部でいえば、民間の投資が入って、それを政府が支援し、そこから、他の投資が入っていく・・という風になっていくということになります。
 これから、地域が自立して街を快適に、かつ、経済的・社会的に活性化していかなければならない中で、こういった官民の連携体制が不可欠ではないかと思います。

(2)日本における負担者受益の流れ

(パワーポイント−32)
 さて、皆様も私も日本でお仕事されているわけですから今、お話してきたような仕組み・考え方が日本で取り入れられているのか、今後、どうなるのか、というところにご関心がおありかと思います。残念ながら、そのような仕組みはまだ制度としてはありません。ただ、似たような仕組みを使おうという試みが出始めていたり、似たような考え方が取り入れられたりする事例は、アドホックながら出てきているのではないかと思います。
 例えば、TIFについていえば、川崎市の臨海地域で日本版TIFを初めて導入しようと検討が進められているようです。空地が増え、基盤が不十分ですから、これを改善して民間投資を誘因するために、基盤整備の資金をTIFのように将来に亘って増加する税金を財源としようと考えているようです。しかも、税目は固定資産税のような地方税だけでなく、工業地帯で道路を敷こうとしていることもあってか、ガソリンにかかる揮発油税を使えないか、といったことが検討されているようでして、川崎市が国と話し合っているようです。
 これが成功すれば、恐らく将来の収入を見込んで地方債を発行することが検討されるのでしょうが、同じく、これからの地方債のあり方として期待される方式が、最近、東京都から出された東京再生債券ではないかと思います。これは、東京都が出した初めての個人向け債券ですが、肝心なのは、これによって調達された資金が何の事業に使われているかが明確にされていることです。債券を購入した人には、事業見学を行わせたりしていました。私は購入していませんから、事業に関してどれだけの情報が公開されているのかは分かりませんが、TIFのメリットの一つとして、私は公債を発行することによって、市民に向けて事業に関する情報発信を行っていく必要が出てくる、どのように採算を取るかを考え、それがうまく伝わるように考えるようになることがあると思っています。「東京再生債」は、TIFのように特定の地域に限定した事業ではありませんし、何かまちづくりの計画に基づいてその将来ビジョンを支持する人からお金をだしてもらっているというよりは、単に道路建設などの公共事業の安定性を見込んで投資してくださいといっているだけで、あまり哲学がないように思いますが、それでも、市民に直接、働きかけていくことは悪くないと思います。それによって、透明性があがりますから。
 BIDについては、汐留地域で一生懸命検討されていまして、私も微力ながらかかわらせていただいています。あそこは、幅員40メートルの地下道があるんですね。それがお金がかかりすぎるので要らないということになったとき、地元でこれは必要だということになった。そこで、地権者がお金を出し合って、都と共同で管理する仕組みを検討し始めました。現在、都では、何とかこれを他のところでも応用できる仕組みにできないかと考えています。まさに官民で連携して地域を管理するための財源調達の仕組みの部分に踏み込みつつあるわけです。
 このように大規模な再開発地でなくとも、商店街でも様々な民間による取組みが見られるようになりましたね。その目立つ取組みの多くが、中心市街地でまちづくり会社をつくる試み、いわゆるコミュニティ・ビジネスと呼ばれる取り組みではないかと思います。その特徴は、商店街の中のやる気のある人が会社組織をつくって、空き店舗を使った新ビジネスを起こしたり、活性化のための事業を主導したり、周辺の住民に働きかけたり、ということを行っていますが、これも、やはり自分でリスクを負って会社を設立し、実行力を高めていることが重要な点であろうと思います。
(パワーポイント−33、34)
 こういうことからどういうことがいえるかといいますと、恐らく日本においてもシビルミニマム、いわゆるミニマムの、みんなが平等であるべき公共施設やサービスがだんだん達成されてきて、さらにきめの細かいものを求めるようになってきたという中で、民の側、私人が選択できるような仕組みが必要になるだろう。そうなった場合には、地域の中の限られた資源をいかに共有して有効活用していくのか。あるいは新しくやろうとしている人たちがどういうふうに負担をしていくのかという財源の問題。そういう地域の中で自主財源をいかに確保するかという問題が重要な問題になってきます。
 そして、選択する人たちがみずから選択して、負担する事業に参加していけるような仕組み、それは完全な住民自治とはいえず、ひょっとしたら、負担している人たちの負担者自治ということになるのかもしれませんけれども、そこに広い住民も参加させていって、自己決定していくような仕組みがこれから重要になっていくであろうと思われます。
 つまり、選択する人がみずから投資、負担をして、社会システムを動かすということが必要になるんだろうと思います。
 それによって横並びの都市から、それぞれが個性のある都市になっていくということが望まれます。



4.地域のコンセンサスに基づく「負担者受益」型事業制度の活用

(1)「負担者受益」型制度の限界

(パワーポイント−35)
 さて、私が主にお話したかったのはここまででして、いつもここまでしか話さないのですが、こういうツールの話だけしていると幾ら制度上の限界や欠点についてお話しても、それが一人歩きしてしまうことがありますので、少し事業の前段階についてお話したいと思います。実は、今述べてきた仕組みというのは、計画あってのツールですから、計画なしに一人歩きすると、おかしなことも起きるわけです。こっちはいいけど、一歩隔てるとぜんぜんだめ。アメリカの住宅地によく見られますね。道一つ隔てると、よく整備されている高級住宅地が低所得者向けの全然整備されていない住宅地に変わることがよくあります。日本の都市再生も、カンフル剤のような、局地的・一時的に経済再生を果たすための事業の仕組みで、別に計画との整合性とか、もう少し広域的・長期的な視点での成長管理とか、さらには、市民一般の意見の反映とか、近隣住民との紛争を減らすとか、そういう視点が薄いように思います。
 日本の街は、産業優先で、生活の質を高めることを無視してきたといわれ、生活の質を向上させることにまちづくりがシフトしてきたと言われます。経済が成熟し、それはよいことではあると思いますが、本来は、どちらに注目するとか、どちらかは要らないとか、そういうものではなくて、成熟した都市は、生活面にも経済的な面にも、さらには防災、緑の確保、歴史的建物の保存など、様々な点にきちんと配慮されていて、全ての要素に対応した都市づくりができているのではないでしょうか。そのためには何が必要かというと、私は、市民の合意に基づく将来ビジョンが私的セクターによる個別の事業とリンクされるような仕組みであろうと思います。計画をもっと高度に策定し、活用する仕組みを学んでいく必要があると思います。

(2)スマート・グロース運動

(パワーポイント−36)
 アメリカにおきましては、今まで解説してきました最近、ダウンタウン活性化のために活用されているこれらのツールは、決してアドホックに活用されているわけではないんです。正確にいえば、そういう事例も多くありますが、私が注目したい先進的な事例は、広域・都市・地区の計画に沿って活用され、開発者の側も計画をうまく利用しながら事業を進めています。
 特に、最近は、単なる都市計画上の総合計画ではなく、州や自治体のレベルで、政治に密接に結びついた戦略計画が、民間の開発も含めた都市づくりの方向性を定めています。それも、その計画は、大規模な市民参加を経て策定されており、もちろん全てとはいきませんが、従前の計画に比べれば、市民の支持を得ていることが明らかです。そういう計画をまずボンと提示することで、同じ開発を行っていても、皆が同じ方向性に向かっているんだということが明らかになる。開発と保全がリンクされることによって、開発者と環境NGOも協力可能になる。政治家も民間の動きをもって、政府自身は大きな事業を行わなくても、自分の手柄で都市を活性化しているというパフォーマンスにつながる。それが、住民の支持にもつながる。なかなかWin-Winの仕組みとしてうまく働いているわけです。
 こういった民主主義的でありながら、かつ、リーダーシップのあるアメリカの計画手法は、学ぶべき点が多いと思いますので、そのことをアメリカで最近進んでいる「スマート・グロース」というムーブメントについて触れながらお話したいと思います。
 アメリカでは、90年代に「スマート・グロース」という計画運動が各地で起きています。これは要するに、地域の最適な成長の形を包括的に検討し、市民的合意の上で実施していく計画システム自体の改革であるといえます。アメリカでは、郊外へのスプロールによって貴重な自然環境が破壊されていくのを危惧したシエラクラブなどの環境NGOが積極的に活動していましたが、1990年代に入って、1000フレンドを代表とするNGOが保全側だけでなく、開発についても意見をとなえ始め、適切な開発と保全のバランスを探るために、様々な主体を巻き込んだ大規模な草の根計画運動を展開し始めたのです。アメリカでは、州政府が土地利用に関心を寄せることはあまりないのですが、この場合は、農地や公園などのオープンスペースの問題も密接に関わってきますから、州がこれを受け止めまして、既に16の州でスマートグロースに近い言葉の入った計画に関する法律ができています。そのほかにも、13の州で、法律制定までには至っていませんが、州知事直轄のイニシアティブや委員会、タスクフォースのようなものが発足して検討を行っています。
 私は、この運動を3年くらい前から調査し始めて、これまで12〜3州の事例を現地で見てきましたが、だいたいこういう風に進むようです。まず、広域で地域の成長に関する市民的合意を形成するところから始まります。これが、だいたい1年から2年くらいかかっていますね。州によって異なりますが、どこを成長させるか、何を守るべきか、どういう風に成長させていくのか、例えば、時間軸や財政的なことを話し合って、これを実現していくための財源や役割について考えることを、ある組織が主導しながら、大規模な市民参加を経て行っていきます。その後、州や広域レベルで計画や枠組みが作成され、それに従って、自治体レベルの計画改定が行われ、それらに沿って、様々なツールを活用した開発・保全が進められます。
(パワーポイント−37)
 スマートグロースの計画システムにおいて重視されることは、次の3点です。一つ目は、計画が全て整合していることです。アメリカでは、土地利用に関する権限を自治体がもっていますから、せっかく州が開発と保全のバランスに配慮した計画をつくって、実施しても、自治体の計画がそれに沿っていなければ、いろんなところでほころびが生じてしまいます。よって、州の枠組みに沿って自治体が計画をつくり、その中で事業が行われる。
 第二に、基盤整備と開発は必ず同時に行われなければならない。これは、自治体の財政問題に関連してきます。道路や上下水道などを通さなければならない場所、既にある場所、どちらを優先すべきかといえば、後者になります。
 第三に、公平な都市づくりが行われること。公平といっても、どこも同じ金太郎飴みたいな街をつくらなければならないという訳ではなく、むしろその反対です。スマートグロースの方針に沿った地域をつくるにあたって、誰がどういう風に環境・都市に負荷を与えているのか、誰がどういう風に貢献しているのかを明らかにして、それを考慮した上で、計画や事業の仕組みを運用していくということです。例えば、スプロールを助長するような宅地開発をする人は、基盤整備は全額自分で負担して下さいとか、ダウンタウンでインフィル開発を行う人は、環境に優しい開発を行うことになりますから、インセンティブが与えられることとなります。
(パワーポイント−38)
 さて、こういったスマートグロース政策で如何に市民的合意が図られているかという点ですが、そこには、地域の意思決定のあり方に応じて3種類位の方法があるように思います。
 一つは、ワシントン州やオレゴン州のように、計画システムが確立していて、スマートグロースの整合性原則通りにきっちりやっているところです。これらの州では、州・広域・自治体間の計画にきちんと整合性がとられています。但し、上位の意思決定に下位が従っているというよりは、上位で決めるべきこと、下位で決めるべきことを明確に分けて行っていて、下のレベルは単にしたがっているのではなく、住民の意思をうまくくみ上げながら、広域的な政策と絶えずフィードバックを行っているという仕組みです。
 これに対して、二つ目は、アリゾナやテキサスといった主に南西部は、もともと保守的な地盤ですが、アメリカでは保守的なところに行きますと、個人の権利意識が非常に強く、規制は最小限度、政府は小さいのが善というようになり、できるだけ自治体レベルで全てを完結させようということになります。しかし、一方で急速な成長によって様々な問題が起きていまして、広域で対処すべき問題が増えていることから、2000年、はじめて州が土地利用ということに関して関与し始めました。しかし、ワシントン州のように、州が何かを強制するということはなく、方向性とツールだけを示し、意思決定は自治体のレベルで自治的に行わせようというのがここの特徴です。後でアリゾナ州のスマートグロース法ができたプロセスをお見せしますが、そういう保守的な州で、どういう風に地域のグランドプランに向けて盛り上がりを見せたのか。それは面白いものです。
 3つ目は、NGOが主導しているスマートグロースです。シカゴやユタなどがこのケースになります。

(3)シアトル市の近隣計画制度に見るボトムアップの計画過程

(パワーポイント−39)
 ワシントン州では、州が自治体の計画に盛込まれるべき要素を提示すると共に、毎年、郡毎の人口予測を行います。郡は、これを受けて、郡の中で成長すべき境界線を定め、それに沿って、自治体が受入れるべき人口や世帯、低所得者住宅数などの成長数を定めます。そして、自治体はこれを受入れることを前提とした計画を策定し、これを実現させるための成長の場所、手法を考えるという仕組みになっています。自治体が州の方向性に逆らうと補助金カットという制裁もありまして、相当にトップダウンの意思決定の仕組みのように感じますが、一方で、これらの州といえば大規模な市民参加を行っており、ボトムアップで計画をつくっていることでも有名です。
(パワーポイント−40)
 例えば、シアトル市では、郡から成長数を示されるわけですが、それを単に再開発を通じて実現するのではなく、まず、その案となる地域を示し、それを中心とした近隣計画地区をつくって、そこで住民に徹底的に議論させます。もし、それに住民が同意しない場合は、違う成長の方法を考えるわけです。
(パワーポイント−41)
 これらの近隣計画地区では、まず住民組織が設置されます。これは有志によるものですが、市は、これに1万ドルを提供し、組織化の支援を行います。その後、積極的に会うとリサーチを行っていきます。そして、計画案には住民投票を行う。それで決まった計画を市に出し、議会で採択される。最近は、こういう住民提出の地区レベルの計画が市に採択されるという方法は日本でも出てきていますね。しかし、これが広域レベルの計画、日本でいえば、都市再生のような政策とリンクしていることはほとんどないのではないでしょうか。
 例えば、デニー・トライアングル地区というのがあります。これは、ダウンタウンの端っこの地域で、現在、広域計画に基づいて再開発を特に推進する「いわばシアトルの都市再生地域」の一つとなっていますが、そこでは、やはりこの近隣計画が元になっています。
 今のようなことは、日本でも地区レベルで住民に計画を策定させて、それを市が取り組むということはやっていますが、それに広域的な視点が入っているというのは、シアトルの特徴であろうと思います。

(4)アリゾナ州のグローイング・スマーター法に見る市民参加

(パワーポイント−42)
 アリゾナなどでは、ここにありますように、まさにスプロールしたその典型みたいなところで、あまりのスプロールに渋滞が激しくなったり、環境の悪化が非常に激しくなったというので、グローイング・スマーター法が98年にできました。
(パワーポイント−43)
 ここでは、ワシントン州のように強制的に行うのではなくて、州法に基づいて、自治体レベルで広域的な視点を入れた計画をつくることが指導され、それに基づいて計画実施のための種々のツールの活用が促進されています。しかし、これまで土地利用や都市開発については、自治体レベルでの意思決定が行なわれてきたアリゾナ州にとって、広域的な視点から自分たちの意思決定に影響が及ぶということは、初めてのことであったと考えられます。
 そういう中で州知事が、州が土地利用に関与していく初めての試みとして、グローイング・スマーターというタスク・フォースをつくって大規模な市民参加による広域計画づくりを始めました。座長は弁護士で、他のメンバーも企業の役員、民間で活動する様々な人たちです。
(パワーポイント−44)
 このタスク・フォースは、審議中合計で16回のオープンハウスを開催し、1日がかりのワークショップを行って、市民の意見を広く聴取するとともに、郵便やメールで意見を問いまして、その結果1722の意見が数カ月で集まりました。基礎自治体ではなく、州がこれだけの市民参加をやっていくようになったというのは、新しい試みであろうと思います。
 98年に最初の法律ができまして、そこから委員会ができて、16回のオープンハウス等が行われ、多数のパブリックコメントを受けて、それらの内容を公表し、それを踏まえた形で委員会が最終提言を行った。それを踏まえて法律は改正され、2000年に新たな「グローイング・スマーター・プラス法」という法律が作られましたが、その後、今度はNGOが対抗法案を出してきました。そこで、2つの法案が住民投票にかけられ、どっちがいいかというのを選ばせるというような非常に大規模な市民的議論が行われたのです。これによって、州全体で、成長と開発に関する議論が行われました。結果、州政府の法案が通りましたが、その後は、その法律に基づいて、ダウンタウンの活性化ですとか、例えば郊外でスプロールを抑制するような厳しいツールの導入が自治体レベルで進められています。

(5)ユタ州エンビジョン・ユタに見る広域計画過程

(パワーポイント−45)
 アリゾナの場合は、州という上位政府が大規模な市民参加を行って政策形成を行っていった点で注目されますが、ユタ州の方はNGOが主導して広域計画をつくった事例として面白いものです。ユタ州では、1995年ぐらいから、まずはNGOが主導して広域での成長のあり方についての議論が始められ、その状況を見て、或いは結果を踏まえて州が法律をつくったという面白い経緯になっています。
(パワーポイント−46)
 ユタ州の計画策定は95年に始まりました。1997年に1000人以上が集まる市民会議が開かれ、その後、委員会がつくられまして、それが主導して新聞折り込みのアンケートや80人に対する面接調査等を行いました。さらに、広域基礎データを作成し、それを踏まえてワークショップ、キャンペーンを行い、またワークショップを重ねて、5年がかりで今後の成長のあり方に関するビジョンを完成されています。
 完成した計画の中で重視されたのは、市場ベースのアプローチとインセンティブでした。つまり政府の規制ではなく、自発的に私的セクターが共同で促進する方法を取って行っていこう。また、急激に行うのではなく、段階的にやっていこうということが重視されました。また、土地利用の権限を州に上げるのはやめて、やはり基礎自治体が行っていくべきであるとの方針も明確化されました。
 このように、アリゾナ州にしても、ユタ州にしても、アメリカでは、草の根での意思決定と広域政策が「大規模なデモクラシー」の仕組みを取り入れることでうまく絡み合うようになっていると思われます。そして、それによって、広域での成長方針が、近隣計画、そして個々の開発までリンクされていて、事業者としても、これはこの政策にこういう風に寄与するとやりやすくなっているのです。



5.アメリカの経験と日本への示唆

(パワーポイント−47)
 成長管理というと、開発を抑制することばかり考えていて、開発者にとっては制約ばかりが目立つことも多かった訳ですが、現在のアメリカのスマートグロースという名前で実施されている成長管理政策は、むしろ、「開発者に最大限の予見性」を与えるための政策であると考えられています。
 日本におきましても、例えば自治体では条例を通じて手続を明確化するとか、あるいは手続を短縮化するということが行われていまして、ある意味これも開発者に予見可能性を与えようという意味で、同じようなことが目指されているんだろうと思いますが、それは私は単に紛争を排除しようという予防接種的、病気を防ごうという意図でしかないのではないかと思いまして、そうではなくて、それにつなげていえば、病気にならないだけではなくて、健康優良児になるにはどうしたらいいか。いわば、これをやれば、非常に地域にとっていい。あるいはここで開発をするということは、政策に反しているんだということが明確になる仕組みが重要ではないかなと思います。日本で例えば、首都圏整備計画には、既成市街地、近郊整備地帯、都市開発区域の整備に関する事項について、それぞれ根幹となるべき、宅地、道路、鉄道、公園、上・下水道などの施設の整備について計画を定められていますが、これに沿って開発を行ったからといって市民に褒められますか?東京都からも首都圏メガロポリス計画とか、都市づくりビジョン等、いろんな計画が出ておりますけれども、それに沿って私人が開発事業をやったということで、どれだけほめられるのでしょうか。あるいはそれぞれの計画間、計画と事業の間に、どれだけリンクがあるのでしょうか。今後は、そういうようなことを考えて、計画に基づいて事業をやると、それが実際に町の活性化にもなるし、さらに開発としても政策に合致しているという仕組みについて、これから検討していくことが必要なんではないかなと思います。
 それでは、ここで終了させていただきます。



フリーディスカッション

藤山
 保井先生、ありがとうございました。
 それでは、これから約25分ぐらいですが、質問の時間を設けたいと思います。

 角家
 きょうは1時間半にわたりまして講演をありがとうございました。
 パワーポイントで説明していただいてよくわかりました。これを日本に置きかえた場合に、今日本では都市再生ということで、部分的な特区をつくろうということになっています。今先生がいろいろ述べられたTIFとかBID、スマート・グロース法に基づく運動とか、いろいろありますが、日本で、これだけお金がなく、民間も萎縮しておる中で、アメリカがこれだけ授業料を払ってここまで来るのに大変だったと思いますので、それをアメリカで先生は勉強して来られたようですから、日本でうまくやるためには、民間の活力を育てるためにはどのようにしたらいいか、きょうもいろいろな方が来ておられるようですので、アドバイスをよろしくお願いしたいと思います。以上質問です。

保井
 現在実施されている都市再生の政策に関しましては、いろんな見方があると思うんですが、私自身は、政策に理念がなく、アドホックに事業が行われ、カンフル剤を打っているだけという気がしまして、本来は、それぞれの地域で都市を再生するとはどういうことなのかについてきちんと話し合ってから行うべきだろうと思います。もちろん経済が落ち込む中で、都市活性化の課題に緊急性があるのは分かるのですが、そうであれば時間を区切って議論を行なうとかすればよいのではないでしょうか。このような方法に関しては、先ほどお話したようなアメリカのスマート・グロースの試みが参考になると思います。
 最近、日本では道路民営化の話があります。国の道路民営化委員会、非常にがたがたしましたけれども、初めて国民に見える形で議論が行われたと思います。私の話の最後に、州が主導して全市民的な議論を行い、合意を形成していったという話をしましたが、日本での道路に関する議論も民間人が入って、国民に見える議論を行い、市民を巻き込む努力も行なっていたという意味で少し似ている部分があります。これまで市民参加というと自治体といった狭い範囲でしかできないと思われてきたのではないでしょうか?しかし、ああいう形で都市再生に関しても、何を、どういう都市をこれから目指していくべきかということについて透明で活発な議論が、各地域地域で行われるべきだったのではないかと思います。
 そうした中でTIFを使える地域、BIDみたいなものを必要とする地域、いろいろ出てくるのではないかと思います。
 テクニカルな課題として、TIFにしてもBIDにしても、税金が絡んできますので、今検討されている自治体の方も、こういうことを地域だけでやれるのか、BIDなんかもそういう新しい税なり負担金というものを自治体だけで導入できるのかということをいろいろ心配されていますが、私は、分権が進む中で、自治体がやる気になればできるだろうと思います。
 それから、今のご質問のように、民間も今非常に不景気で、そういうことをやれるような事業者はいるのかということがあるのだと思います。しかし、これはまさにアメリカも経験したことで、むしろアメリカでは、経済はどん底で、官も民も非常に暗い雰囲気のときに、だけれども、このまま放っておいてはいけないということで、やる気のある人たちが中心市街地、都市の中心部に出てきて、その人たちがきっかけをつくったことによって流れが変わっていきました。この意味では、全体として景気が悪いからといって最初にあきらめてしまうよりも、先ほど、日本にも個別には幾つかの取り組みが見られると申しましたように、今でも各地域地域にやろうという人たちが一握りでもいることは確かだと思います。それをうまく取り込んだ形で地域の再生のビジョンをつくって実行していくことが、非常に重要だろうと思いまして、その際にはBIDやTIFのような仕組みが可能になるのではないかと思います。
 それから、TIFというのは、BIDのように負担を求めるものではなくて、むしろインセンティブになる仕組みですが、日本は中心市街地の地価が高止まりしているから、アメリカのように税の増収分が出ないのではないかということがいわれます。確かに今のままではそういう問題も出てくるでしょうが、今後、地価の見直しが進み、市場取引において収益還元法が取り入れられるようになれば、地価の上下に環境改善に関する地権者や地元の努力が明確に反映される時代がやってきます。そのときには、これを用いて公共側の財源をつくると共に、民間にインセンティブを与える仕組みがますます必要になっていくだろうと思います。

角家
 いろいろありがとうございました。
 ひとつ、政府やいろいろなところで先生が積極的な意見を述べられることを期待しております。

赤松(まちづくり神田工房)
 日本でこうした取り組みを進めるためには、情報公開、情報共有等、行政計画を社会計画として取り組んでいく、あるいはその中で参加の仕組みをきちんとつくる、手続を明確化するということが必要で、その先に成長管理という枠をつくって、受益と負担の仕組みを明確化するということが必要なんだと思います。
 そうした仕組みと、今合併とか広域化ということで議論されている自治体の役割、形あるいは仕組み、位置づけ、こういったものの関係はどういうふうに考えたらいいのか。方向性など、もしご示唆ございましたら、お教えいただきたいと思います。よろしくお願いします。

 保井
 
ありがとうございます。
 合併に関しましては、私は合併推進派でも反対派でもありませんが、アメリカ的な感覚からしますと、市町村合併が一方的に推進されるのは、私は実はおかしいんじゃないかなと思いまして、地域が効率性の観点からは非効率的だといわれてしまっても、自治の部分を重視するのであれば、小さいということを選択する選択肢があってもいいんじゃないかと思います。
 先ほども計画と事業の関係について申しましたが、まさに合併に関するプロセスは都市に関する計画を総合化して、さらに社会計画化していく1つの訓練になり得るのではないかと思っています。私も、幾つか市町村合併のお話を聞いたりすることがありますが、合併は様々なメリット、デメリットを伴い、街の中心部はこれからどうなっていくのか、行政サービスの質は下がらないか、など様々な視点から検討が求められます。また、住民自身がこれまでの市町村に愛着をお持ちの場合も多いですから、効率性という観点から、その枠を取り払っていくということに関しては問題がある場合もありますし、本当にいろんな議論を必要とします。現在、このような議論が各地で行なわれ、地域について市民的な関心が高まっているように思います。それが実は大切なことでして、結果、合併されたにしろ、されないにしろ、まさに地域のビジョンに市民参加を抱き込んでつくっていく社会計画の仕組みづくりの実験となります。そういう意味では、市町村合併は、それがされるにせよ、されないにせよ、市民参加の総合的な地域の計画づくりにとってはいい機会になるのではないかと考えております。

吉田(アソシエイツ)
 貴重な話をありがとうございました。
 広告関係の仕事をやっている吉田と申します。
 質問は、今お話ししていただいたことを日本にどう当てはめていくかという観点なんですが、地域の人で出資をする人、組織の人、普通の人たちも一緒になって、いろんな開発をしていっているという気がします。それを日本ではどういう実現の仕方があるかなということ。

保井
 きょう事例としてTIF、BIDについて主に組織づくり、財源確保という2つの側面からお話をしましたが、この仕組みがそのまま日本に取り入れられるというわけではないと思います。恐らく地域・地域でどういう組織が必要か、そのときにどういう税の負担のあり方があるかということをオーダーメードで考えていくべきで、地域によって異なる財源と組織の仕組みができることが望ましいと思います。私は、これからの分権化社会の中では、どこも同じような仕組みを使うのではなく、微妙に違っていたり、全国的な制度であっても運用に工夫の余地が残されていたりすることが重要ではないかと思います。
 先ほどあまり触れませんでしたが、BIDでは、基本的には地域地域で、土地の広さとか間口の広さなど、日本でも商店街の会費はそうやって徴収されていますが、受益と負担が最もマッチする形をつくり、費用を按分していきます。また、商業ビルの地権者だけではなくて、住民も引き込んでいくために、年に1ドルだけ払ってもらって会員になってもらうといった仕組みを取り入れるところもあります。それによって意思決定に、商業的な資産管理の視点だけじゃなくて、住民の意向も反映される、そういう工夫をしています。こういう風に、それぞれの地域が、抱える問題、要請に応じていろんな仕組みをつくり、必要に応じて出資者だけでなく、住民その他の人たちを巻き込む工夫を行なっていけばよいのではないでしょうか。
 今まで日本では、事業をやろうとすると、どういうプログラムが国にあるかとか、行政からどういう支援が可能かとか、地域の中でだれが負担するか、あるいはどういうプログラムを使うのかということを総合的に考えたり、新たな組織をつくるところまで考え及ぶことはほとんどなかったという中で、もちろん政府の補助とかプログラムは必要だと思いますけれども、そういうものをインセンティブとしながら、地元でそれを回していくような仕組みを日本でも考える訓練が必要です。その際にBID、TIFそのものというわけではないですけれども、そういう発想としてきょうの事例をとらえていただければと思います。

中根(WATERSTUDIO・21)
 1つお聞きしたいのは、TIF、BIDを興味深く伺ったんですけれども、実際にその中で失敗した実例というのはございましたでしょうか。それだけをちょっとお聞きしたいと思います。

保井
 失敗というのは、いろんな観点の失敗がございますので、なかなか難しいんですが、TIFに関して、例えばお金的な失敗という意味でいいますと、まだ実は90年代は結構景気がよくて、発行した債券を返せないとか、そういう状況はまだ生まれてないんです。この意味ではほとんどの事例が成功しているんですが、しかし例えば、当事者以外からみたときに「これは失敗ではないか」と思われるような事例はあります。先ほどTIFは広域的なビジョンに基づいて活用されるべきだという話を申しましたが、そうじゃないところもありまして、自治体が勝手にどんどん取り入れていくことによって、例えば郊外の開発にTIFを使うことだって、可能は可能なんです。何もないところにTIFを取り入れて、そこにショッピングセンターがつくられれば、評価額は上がっていくわけで、そういうのに使っていく。逆に、地域全体としてはスプロールが助長されて、ダウンタウンの衰退につながっているじゃないかという意味で、TIFの失敗だという人もいますし、あとは近隣の低所得者地域に十分な配慮をしていなかったというので、開発自体は成功していても、周辺から批判があるという事例もあります。人々の立場、視点によって、確かに失敗だと言われるような事例はあるんだと思います。
 また、BIDについて言えば、その設立に向けて一生懸命議論を進めたのに結局設立されなかった、というのは一つの失敗かもしれません。反対する地権者が、例えば提案されている地域の端っこの方の地権者であれば、その人を除いた形でつくるということが可能なんですが、真ん中の土地を持っている人が反対をしてしまうと、どうしようもないということで、一生懸命説得したけれども、つくれなかったということは実際にある話のようです。先程も申しましたように、BIDは合意を形成することが重要で難しいですから、どうしても合意がとれなということは失敗例の1つとして挙げられると思います。
 ただ、いいそびれましたが、さまざまな制約あるいは限界がある中で、こういうTIFとかBIDという民間のノウハウをベースにした仕組みが、これだけ育ってきたのは、恐らく政府よりも迅速にやれる部分、あるいはそれによって実際にダウンタウンが活性してきたじゃないかという部分で、負の部分を取り除いても、こういう仕組みが重要なのではないかというふうに支持されてきたということがあるんだと思います。

 藤山
 そのほかございますでしょうか。
 それでは、お時間がちょうどいいようですので、これにて保井美樹先生のご講演を終わらせていただきます。
 先生、どうもありがとうございました。(拍手)


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