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第183回都市経営フォーラム

都市再生と環境問題

講師:齋藤 宏保 氏
NHK解説主幹


日付:2003年3月27日(木)
場所:日中友好会館

 

1.都市とは“何か”“誰のものか”

2.都市の“何”を“何のために再生するのか”

3.環境・景観に対する、これだけの懸念

フリーディスカッション




都市再生と環境問題

 NHKの解説委員の齋藤です。
 私は専門家ではありませんので、これまでの取材体験を通して思ったこと、感じたことを述べさせていただきたいと思います。どちらかといいますと、都市社会学的なアプローチと考えていただければと思います。
 まず、お話をする前にちょっと申し上げたいのは、イラク戦争についてであります。私は、一刻も早く戦争を終結してほしいと思います。戦争を止められず戦争に至ってしまったこと、マスコミとしての限界を痛切に感じております。日本は、第2次世界大戦を経て、戦争はどんな理由であれ、やってはいけないということを学びとったのではないかと思います。
 いってみれば、“不戦の誓い”です。できるだけ話し合い、できるだけというよりも話し合いが重要である、そういうことを日本の国是にしてきたはずなのに、戦争をとめることはできませんでした。非常に残念なことであります。
 また、ほかの国々と違って、反戦運動というのが非常に盛り上がらない。戦後50年間は一体何だったんだろうか。そういうふうな思いがしております。
 さて今日の本論に入る前に、私がどんな取材体験をしてきたのか、申し上げたいと思います。
 昭和47年から52年までの記者として駆け出しの福島県のいわき時代は、漁業記者、特に魚のイワシに詳しい“イワシ記者”と呼ばれていました。
 本州最大の炭鉱、常磐炭鉱閉山の時には、常磐炭鉱の“死に水をとってほしい”、いわゆる最後をきちんと記録をしてほしいということを依頼されました。
 北九州の時代は、覚せい剤の密輸事件を担当しまして、当時日本で最凶悪といわれた黒幕の暴力団に、テレビで初めてインタビューしました。社会のアウトサイダーにマイクを向けるというのは異例中の異例でした。命が縮む思いをしました。門司鉄道管理局、第7管区海上保安本部なども担当しました。
 東京社会部で最初に担当したのが、その1年前に起きた新宿駅西口バス放火事件の検証でした。80%のやけどを負った女性を取材。心中未遂に巻き込まれ説得に当たりました。その辺の経緯は、文藝春秋社の本と東映の映画「生きてみたいもう一度」に描かれています。ちなみに映画で私の役は原田大二郎さんが演じています。
 その後、長崎の集中豪雨、日本海中部地震、阪神大震災などの自然災害、都市災害、コンクリートの早期劣化問題、酸性雨の問題、エビ養殖のためのマングローブの伐採、飲み水の水質問題、土地バブルの問題点を突いた一連の土地キャンペーン、全国総合開発計画問題、首都機能移転問題、そして建設リサイクルの問題、都市再生の問題などに取り組んできました。昭和60年から63年までの3年間は、当時の建設省、国土庁の記者クラブに常駐しました。
 昭和63年から平成3年までの大阪時代は、1年間は経済キャップとして、関西の活性化問題を担当したのを始め、違法駐車の問題などに取り組みました。
 平成3年、東京に戻ってからは、スペシャル番組部のチーフプロデューサーとして、NHKスペシャル「テクノパワー」を担当しました。
 その後1年間、首都圏部の副部長として「特報首都圏」のキャスターを務め、解説委員になりました。最初の2年間は、教育を担当、特にいじめ問題に当たりました。いじめ対策を見るため、ノルウエーやスウェーデンにも行きました。
 解説委員3年目以降は、旧建設省、今の国土交通省担当になりました。
 現在は東京都庁も担当しております。
 地域活動としましては、地元の所沢で自治会の理事、街づくり委員会の座長を5年務めました。一度挫折した地区計画を復活させ条例化までこぎつけました。1戸建て住宅が約1000戸、3000人が暮らす、できてから20年余りの新しい街ですが、建築協定の期限切れ直前に地区計画に移行することができました。住民の手づくり、住民主導型の街づくりとして評価され、去年、国土交通大臣から街づくり月間の中で大臣表彰されました。
 このように、NHKの記者生活、30年以上になりますが、その背景にあるのは社会的正義の実現です。皆さんからすれば青っぽいといわれるかもわかりません。しかしマスコミの使命といいますのは、私心にとらわれない健全な批判精神にあると思います。チェック機能にあると思っています。きょうもその思いでお話をさせていただきたいと思います。
 きょうの私のテーマ「都市再生と環境問題」ですが、事前に皆さんに配られた資料には結構刺激的な論点があげられていると思います。なぜ私が、こういう刺激的な論点を示したのか、幾つかの事例を通して、お話をさせていただきたいと思います。
 まず、コンクリートの問題。最初に私がコンクリートに取り組んだのは昭和57年、今から20年前のことであります。アルカリ環境下のコンクリートの中の鉄筋は腐食しない、そう大学の土木の講義で習ったと先輩記者から指摘されました。しかし、中性化・塩分によって鉄筋を錆から守る薄い膜が壊れ、電気化学的反応が起きる。錆は、鉄筋の体積の2.5 倍になるので、周りのコンクリートを押し出す形でひび割れをつくると説明しましても、なかなか納得してもらえませんでした。また当時の国鉄からは海砂が腐食の原因であるという証拠をNHKの方で提示せよといわれました。
 そこで、コンクリートにひび割れが入って、さび汁が出ている箇所のコンクリートを抜き取り、塩分の濃度分布を調べました。表面の方の濃度が濃ければ、風に運ばれた波しぶきが付着して、それが少し浸透していったということになります。しかし、もともと海砂の塩分を除かないで海砂を使ったとすれば、表面から鉄筋までは濃度は一定以上あって平均的に分布しているはずなのです。調べてもらいましたら、ある一定以上の濃度の塩分が平均的に分布していることがわかりました。
 そこで初めて、関係者は海砂と鉄筋の腐食の関係についての因果関係を認めたわけです。そこから一気に国はコンクリートの品質の強化に舵を切りました。
 ではなぜ、国や公団や国鉄は、コンクリートの品質の強化に、それまで舵を切らなかったのでしょうか。それは砂とか砂利とか、そういうふうなことに関して、暴力団とか政治とか、いろんな力が関わっています。いってみれば“不透明な部分”に手を突っ込みたくない。多分そういうことが背景にあったのだろうと思います。
 そういう意味で、まずNHKのお手並み拝見、NHKが問題提起することによって世論がついてくるのか、ついてこないのか。それを多分見たのだろうと思います。
 コンクリートのこの私の検証番組でNHK特集「コンクリート・クライシス」ということで放送されました。大変な反響を呼びました。そこで一気に動いたわけです。やはり国民の支持が得られるということがわかって、国は舵を切ったわけであります。マスコミという外圧をうまく利用したのではないかと思います。
 その後、私は建設省の記者クラブに常駐することになりましたが、私立大学の文科系の人間にコンクリート工学がわかってたまるかと、大分反発を受け、記者クラブに入るときはブラックリストナンバーワンでありました。非常に警戒されました。
 また、最近アルカリ骨材反応によって道路橋の橋脚の鉄筋が破断するということが起きました。16ミリから32ミリの鉄筋が破断する。今まで土木の方は、何をいっておられたかというと、コンクリートがだめでも鉄筋があるから大丈夫だ、そうお話しされていました。コンクリートもだめ、鉄筋もだめだということが突きつけられたわけです。このアルカリ骨材反応というコンクリートの膨張について私が取り上げたのは、昭和59年です。最初に知った時に直ぐ取り上げようと思ったのですが、建設省から、今はまだ対応策が固まってないので、もうちょっと待ってほしいということで待った経緯があります。
 しかし専門誌にアルカリ骨材反応の被害の記事が出ました。専門誌に出た段階で、NHKがこの問題を取り上げました。これを機にアルカリ骨材反応が全国的な問題になりました。
 アルカリ骨材反応は日本でもあったのですが、これはごく一部の地域の話で、全国的な問題ではないということでずっと無視されていました。東京大学でも、京都大学でも土木の講義では日本では起こり得ない反応として教えていたといいます。さらに私が初めて問題提起したときに専門家は、アルカリ骨材反応は、あくまでも表面的なひび割れで、構造を脅かすものではない。たとえコンクリートの中で起きても鉄筋で拘束されているから余計丈夫になるのだという話で、問題はないということで済まされていました。
 ところが、それから対策ができてから10年たって、コンクリートの中のアルカリ骨材反応は膨張を続けて鉄筋を切ってしまった、破断してしまったのです。そういうことがありました。私は、専門家の油断といいますか、侮りがあったのではないかと思っております。
 専門家といいますと、私は最近の専門家の影響力の低下、それを非常に懸念しております。昔は欧米の最先端技術、最先端の知識をいかに早く紹介するか、そういうことで専門家の“権威”を保っていた時代もあったといいます。ですから、洋書を東京駅前で購入して、2冊、3冊あるとそれらを全部買い占めて、あとは全部捨てちゃう。ほかの人の目には触れさせないようにする。ところが、今は学生のうちからどんどん欧米に行きますから、知識は自分たちで手に入れることができます。ですから、専門家は知識を独占できず、新しい知識として誇れなくなりました。
 それから、向こうで実際に生活体験をしている人がおります。どうしてそういう技術や知識が生まれたのか、住んでないとわからないことも随分あります。ですから、生活体験をしている人の方が、その知識なり技術をよく知っている場合があります。専門家は表面的なものだけを持ってきて、日本の学生に教えるということになります。ですから、説得力がありません。2次情報の書物だけの知識では通用しなくなっています。
 最近、専門家の意見、説明が必要なときに専門家の発言が聞けません。審議会とかシンポジウムを通してしか考え方を聞くことができません。一体どうしてなのかと思います。一方、行政側も、問題が起きたとき、解決策にめどが立たないうちには専門家に情報を流しません。ある程度見通しが立ったときにようやく専門家に情報を提供するわけです。それで、専門家にコメントをもらう形で格好をつけるという形で、専門家がうまく使われているということだと思います。
 ロサンゼルス地震のときは、日本の高速道路は大丈夫だと専門家は太鼓判を押しました。しかし、阪神大震災ではその高速道路が倒壊しました。北海道の豊浜トンネルの崩落事故では、全体を説明できる専門家はいませんでした。
 土、岩、岩盤、専門家がそれぞれ違う。トンネルをつくる専門家も違う。専門分化しているためにあのトンネルの事故を説明できる専門家はいませんでした。ちょっと分野が違うと話せないというわけであります。
 高速道路の民営化の問題でも、なぜ日本は有料道路方式に頼らざるを得なかったのか、きちんとした説明は専門家の方からありませんでした。常に行政と民営化委員会との闘いであって、専門家からは何の意見提言もなかったと私は思っております。
 都市再生についても私は同じだと思います。今なぜ必要なのか。だれのためなのか、きちんと説明されているようには私は思いません。
 もうちょっと違う話をします。路面電車の復権の動きです。私は、幾つかの都市で復権の動きを取材しました。しかし、非常に気になりますのは、その根底にあるのは、ノスタルジアだけであるということです。
 しかし、ヨーロッパはどうなのでしょうか。行き過ぎた車社会の反省から人間復権の手法として再評価されているわけです。人間復権ですから、当然のことながらバリアフリーであります。車いすが乗り降りしやすいように、床の低い車両、これは最初から組み込まれているわけです。
 日本の場合には、路面電車の復権ということで、昔の電車をそのまままた導入しようとします。そこには私は理念も哲学もないのではないかと思います。一体何のために復活させるのか。十分吟味されていないといいますか、私は整理されていない証拠だと思います。目的、理念が見えない、自分たちだけの思いで復権させているのではないかと私は思っております。
 また、違法駐車の問題ですが、大阪で花博が行われたときにNHKも一緒になり、違法駐車の追放のキャンペーンを行いました。
 その中でびっくりしましたのは、100 メートルとか200 メートルの距離でも車を使うといいますか、行き過ぎた車依存の構造でありました。それが違法駐車につながっているわけです。そうしますと、なぜ短い距離で車に乗らなきゃいけないのか。そこが私は問題なのだろうと思います。だれもそこまで考えがいきません。規制ばかりにいきます。あるいは駐車場不足の問題にいきます。なぜ人は短い距離でも車に乗るのか、私はそこがポイントだと思います。
 いってみれば、歩道が車道に比べると非常に狭いんです。それから貧弱な街路樹、皆さん街路樹をごらんになられたことがありますでしょうか。私は、全国に行く度に街路樹ばかり気になって一生懸命街路樹を見ています。街路樹は、地面から1.5 メートルぐらいの深さまで、しかも正方形のますの中しか客土していません。その周りは、建設残土です。車道に一番近いところにそのますをつくっております。車道や歩道は工事でしょっちゅう掘り起こされていますから根っこはズタズタです。また栄養分もありません。街路樹の成育環境なんかだれも考えてない。皆さん、地方空港で飛行機をおりられたら、街路樹をごらんになってください。いかに貧弱であるか。それと車の排気ガスです。
 いわゆる歩いてもちっとも楽しくない。快適ではない。だから、車に乗るのではないかと思うのです。そういうこところをきちんと私は考えていただきたいと思っております。
 さらに、若い人の思考回路です。今の若い人たちがなぜこういうふうになってしまったのか。これから申し上げるのは私の独断と偏見、あるいは断片的な見方という指摘もあるかと思いますが、ちょっとお話をいたします。
  ある大学の土木工学科の3年生、4年生、大学院の学生に対して2 時間半特別講義をしたときの話であります。
  「朝起きたときに皆さんは親御さんにあいさつをしますか。あるいは下宿のおばさんにあいさつをしますか。門を出たときに近所の人にあいさつをしますか。近所から歩いて大学まで行く、あるいは自転車に乗る、バスに乗る、いろんな交通機関で大学まで行く。その間どんな風が吹いていましたか。木々はどうでしたか。草花はどうでしたか。皆さんはコミュニケーションしましたか。恐らく何にもコミュニケーションしないで大学までたどり着いたのではないですか。大学にたどり着いた途端に、友達や先生に会っておはようございますといったのではないですか。それなのになぜ、今の日本はとか、今の社会はとか、今の世界はとか、何でわかるのですか。あなた方は1次情報をすべて拒否している。あなた方の考え方の基礎にあるのは、日ごろ批判の対象にしているマスコミの知識ではないか。全部他人が1次情報を加工した2次情報のもとにあなた方の考え方は成り立っているのではないか。矛盾ではないか。テレビ、新聞、雑誌、本、すべて2 次情報です。1次情報ではありません。日ごろマスコミを批判しておきながら、自分たちの考え方そのものが2次情報で組み立てられているのではないですか。矛盾ではないのですか」と申し上げたことがあります。
  別に、この大学だけの話ではなくて、NHKに来ている若い人も同じであります。ですから、今の若い人たちの思考経路をどう考えるかということも、私は都市を考える上では重要であることを申し上げているのであります。
 それから、私、解説委員になって最初の2年間文部省を担当しました。文部省と日教組は歴史的な和解をしました。そのときに文部省の幹部は私に何をいったかといいますと、「齋藤さん、これで子供たちのことを第一義的に考えられるようになりました。これまでは第一義的には日教組対策でした」。その後、日教組大会を私は傍聴しました。代議員の中で、「校内暴力、不登校、いじめ、こういった問題の責任の一端は我々教師にもある」と、ある代議員が発言しました。物すごいブーイングとやじが飛びました。自分たちは文部行政の被害者だ、責任はない、そういう考え方でした。ですから、その年の暮れに出された日教組のレポートも、「我々も責任逃れするわけにはいかず」という形で、自分たちはあくまでも文部行政の被害者である、そういう意識で総括していました。
 日教組の幹部と話し合ったときも、文部省と同じことをいっていました。「齋藤さん、朝から晩まで私たちは校長や教頭をつるし上げてきた。これからは子供たちが第一義的になります」。そういう環境の中に子供たちは置かれている。どういうことかといいますと、先生という大人が子供たちと向き合っていないということです。これはお断りしておきますけれども、全員の先生がというわけではありません。全部の先生がそういうことじゃなくて、そういう先生が結構いるということであります。
 子供たちが、では、学校から家庭に戻るとどういうことが起きるか。「勉強しなさい、勉強しなさい、早く塾に行きなさい」。今度は親という大人が子供と向き合っていない。
 ちょっとその前に学校の話でいいますと、いじめがあるといったって、子供たちは仲良くしているのではないか、皆さんは、そう思われる方も多いでしょうが、文部省の調査によりますと、確かに数人で一緒にいるのですね。数人でいると、心を通わせているかというと、そうではないというのです。一緒にいないといじめられるから、一緒にいるだけだ。“群れているのだ”という言葉が返ってきます。子供たちは本当に友達同士で信頼し合ってないということであります。
 学校では先生という大人が子供たちと向き合っていない、友達も向き合っていない。また、家庭では親という大人が子供と向き合っていない。そうすると、子供たちはどうするか。外に出ます。外に出ると、経済効率一辺倒のまちづくりです。直線です。立ちどまろうとすると、ぐずぐずするな。周りの景色がけし立てます。速く歩けと。そうすると、子供たちはそんな居心地の悪い空間にいられなくなります。自分の部屋に閉じこもります。テレビゲームです。テレビゲームというのは、親とか先生、なかなか相手にしてくれなくても、テレビゲームはいつでも相手にしてくれます。必ず答えが出ます。そこが問題なのです。人間社会というのは答えがありません。断られることもあります。すべてうまくいくものでもないのです。ところが、相手にしてくれているのはテレビゲームという機械だけです。今は携帯電話かもわかりません。
 そうしますと、どういうふうに子供たちが育ってくるかというと、機械は信用する。例えば、こういうパワーポイントに出ている文字は信用する。しかし作った人間は、信用しない。こういうような思考形態が生まれてくるわけです。
 私は、都市を形成しているのは、赤ん坊から高齢者、それから健常者、障害者、いろんな人が都市を構成していると思うのですが、若い人たちが今どういう教育環境にあって、どういう都市環境にあるのか、構成している人間がどうなっているのかというのをきちんと意識する必要があると私は思うんです。都市が、街が、どういうふうなことを子供たちに刷り込んでいるのかにもっと関心を持っていただきたいということで、きょうはこの辺を申し上げさせていただきたいと思います。
 そろそろ本題に入っていきたいと思います。
 さて、なぜ「都市再生と環境問題」のテーマにしたのかですが、都市再生が非常に大きな社会の関心事になっていること、しかし都市再生がどうもイケイケドンドンのような感じで進んでいるように私には見受けられますので、少なくとも、土地バブルの経験を2度と繰り返してはいけない。ビルバブルをつくってはいけない。そういう意味で私はこの問題を選びました。



1.都市とは“何か”“誰のものか”

(パワーポイント1)
 「都市とは“何か”」ということですが、私は定義というのがあまりきちんと整理されていないという感じがしてなりません。明治以来、欧米の豊かな生活水準に早く追いつけ、追い越せということで、一生懸命インフラをつくってきました。大都市にどうやって効率よく人や物を集めるか。最初のうちは重厚長大ということで、臨海工業地帯を中心に都市が発展してきたと思うのですが、最初のころは7大都市、北海道の札幌から仙台等々、全国の7大都市を中心に発展してきたと思うのです。それから3大都市になって、今は東京一極集中。一体都市というのは何なのか。欧米の豊かな生活水準を達成するための手段なのかどうか。そういう意味で定義というのをもう一度私たちなりに整理しておく必要があるのではないか。ということで、私はこういう問題提起をしたわけです。
  いわゆる箱物の集合体なのかどうか。いろんなビルやいろんな施設をただつくればいいのか。それとも、人口が多いというのを都市というのか。あるいは行政とかビジネスの中心地を都市というのか。人間優先なのか、ビジネス優先なのか、経済効率が最優先なのか、温もりは要るのか要らないのか。温もりといいますのは、よく皆さんがいうのは、赤ちょうちんです。繁華街でいいますと、新宿の歌舞伎町とか、あるいはゴールデン街あたりの歓楽街をいうのかもわかりません。
  こういった“都市とは何か”ということを私はきちんと整理するところから、都市再生の議論も本来は進めなければいけないと思います。そういう議論もなく、ただ、これまでの延長線上に都市再生をすればいいというものではない。“都市とは何か”ということをいま一度考えなければいけないと思います。
  なぜかといいますと、明治維新以来我々が目指してきた欧米の豊かな生活水準は、物質的には一応達成したと思うのです。都市は、目標を達成するための舞台だったと思います。その舞台を、これからどんな目的のものにしていくのか。もう一回原点に立ち戻って考え直すことが必要なのではないかということであります。
 (パワーポイント2)
  次は「都市は誰のものか」です。私は「建築家・デベロッパー・行政のものか?」という、この視点が何か突出しているように思います。建築家の自己満足ではないのか。デべロッパーの商売のためにやっているのではないか。この辺が、私は物すごく強い感じがしてしようがありません。
  また「今の世代のものか?」、どういう意味かといいますと、公共構造物というのは35年ぐらいで更新されております。民間の構造物、建造物というのは大体25年位で更新されています。そうすると、私たちが今つくっているものは、私たちの世代のためのものなのかどうかということです。
 私が、NHK特集の「コンクリート・クライシス」をなぜ取材制作したかといいますと、都市に住む人でマイホームを実現しようとしたらマンションしかないのです。そのマンションというのは一体何年もつのかということで、不動産業者、建設業者に尋ねたことがあります。75年から100 年はもちますという答えがその当時返ってきました。実際にコンクリートの質の問題を調べて、コンクリートの質がいかに悪いかということを徹底キャンペーンしましたら、すぐコロッと変わりまして、そもそも30年ぐらい持つことしか考えていないという答えが返ってきました。それに対して、私たちは許せないということで「コンクリート・クライシス」を作ったのです。
 なぜかといいますと、サラリーマンがローンを借りる期間は、25年から30年です。退職したときに払い終わる。払い終わったときに大規模な修繕、あるいは建て替えを迫られたとしたら、残り20〜30年の余生をどう過ごせばいいのだ。老後資金が全くなくなってしまう。そうすると、サラリーマンは一体何のために働いてきたのか。もう一回社会不安が起きる。これは許せない。少なくとも50年以上持つものを作ってほしいという意味で、私はコンクリートキャンペーンをやりました。そういう意味で、「誰のものか」というのは、都市を作るときに、作ったものが一体何年もつのかということであります。30年しかもたないものを作ったら、30年後に一体だれがそれを直すのか。自分たちが作ったものを自分たちの責任で直すことができるのか。維持管理をだれがするのかです。
 それと、いろんなプランを建築家やデベロッパーの方が提案してきますけれども、例えば、高層ビルを作ると、その周辺の低層階、中層階に住む人たちはいやが応でもそういうビルの光景が入ってきます。そういうふうな景観に対して、だれにそういう景観をつくることを許したのか。そこまでの権限をだれが許したのか。そういう整理があまりされていないと私は思っています。
 いわゆる共有物なのか。共有物なら共有物なりの仕組みができて当たり前ではないかと思うのですが、そういう仕組みがあるように思えません。勝手に提案して、勝手につくって、売っている。そういう感じがしてなりません。
(パワーポイント3)
 「都市の何が問題なのか」ということです。これは都市の再生にしましても、首都機能の移転にしましても、私が国や東京都に対してしつこくいっていますのは、将来日本はどんな国を目指しているのか。それがはっきりしない。東京にどんな役割を持たせようとしているのか。それもはっきりしていない。そういう中でどんな都市をつくるのか。最初から位置づけがわからない。役割がわからない中で、なぜ都市再生なのか。なぜそこに大量のオフィスが必要なのか。将来日本は、例えば技術立国を目指す、バイオテクノロジーの技術で日本は将来世界をリードする。そこでバイオ関係の研究所なり企業を東京に集中させるのだ、という何か設計図なり航海図があればいいんです。しかし何にもありません。グランドデザインがないのです。だれに聞いてもないのです。なぜグランドデザインがないのに東京をよくしようというのか。私にはさっぱりわかりません。
 それと、この「“へそ”が見えない」というのは、東京だけに限った話ではなくて、地方都市の中心市街地の活性化の問題でもあります。最近よく中心市街地の活性化でいわれるのは、駅前商店街の活性化です。しかし、“駅”はどういうふうに作られたのでしょうか。明治から昭和にかけ、“駅”は迷惑施設でした。蒸気機関車の煙が出る。騒音、振動、いろんな問題を引き起こす迷惑施設で、市街地から外れたところに“駅”ができた。いってみれば、今の郊外のショッピングセンターと同じだったのではないか。その当時は、新しい街だったのだろうと思います。
 そうしてみますと、今、駅前に重点的に投資をすることが本来の姿なんだろうか。その地域にとっての“へそ”というのは、いつになっても多分“へそ”だろうと思うのですが、“駅”は時代の移り変わりの中での中心にすぎなかったのではないだろうか。そうすると、“へそ”が別にあって“駅”はサブセンターなのではないか。今の郊外型のショッピングセンター、これは車社会の中で新しい中核地点になっていると思いますが、それも今の車社会の中でのサブセンター。“へそ”は変わらないけれども、サブセンターは時代の移り変わりによって変わっていくと思うのです。
 その“へそ”というのをきちんと見つけないと、地域の発展はないのではないか。では、東京の“へそ”って、一体どこなのだろうか。皇居なのだろうか。霞が関なのだろうか。一体どこなのでしょうか。日本橋でしょうか。“へそ”がわかれば連携ができると思うんです。ヨーロッパではそれはお城かもわかりませんし、寺院かもわかりません。教会かもわかりません。日本の場合は“へそ”って、一体どこにあるのでしょうか。
 そういうことをきちっと私は考える必要があるということで、グランドデザインがない、“へそ”がないということをここで申し上げたかったのです。
 「中央集権型インフラづくりの功罪」といいますのは、さっきいいましたように、明治維新以降、日本は欧米の豊かな生活水準に早く追いつけ、追い越せということでインフラを一生懸命作ってきました。大都市にいかに早く効率よく物や人を運ぶかということでインフラを作ってきたと思うのです。気がついてみたら、東京にいかに早く人や物を運ぶかというシステムを出来上がっていたのだと思います。
 このため、その地域の中心部に行くよりは東京に行く方が便利な構造になってしまった。そうしますと、地域の自立、自立というのは一体どういうことなのだろうか。そもそもそういう中央集権型のインフラ作りをしたためにかえって“地域の自立”が非常に難しくしてしまったのではないか。ということを考えていただきたいということであります。
 それから「2003年問題」。これは皆さんがおわかりのように、オフィスビルの供給過剰の問題であります。「2007年問題」は、マンションの供給過剰の問題です。「2010年問題」といいますのは、これは需要そのものが先細りするという、ニーズがなくなるという問題であります。この2010年というのは非常に象徴的な年でありまして、私たち団塊の世代のはしり、21年、22年組が年金生活に入るということで、そういう意味で、“需要は減少する、負担は多くなる”というので、2010年というのは1つの時代の節目だろうと思っております。
 それから「需要を越える箱モノ」といいますのは、今、都市再生でもってオフィスビルやマンションがどんどん作られていますが、ニーズを超えた大量の箱ものを一体どうするのかです。ただ作ればいいというものではないと思います。虫食い都市ではなくて、虫食いビルになるのではないか。それに対して一体だれが責任をとるというのでしょうか。
 それから、作ったら作ったで、維持管理にお金がかかるんですね。東京フォーラムでも数十億円、維持管理費に年間かかっていると思うのです。一体だれがその責任を取るのでしょうか。
 ここに「魅力がない・観光客が増えない」という問題があります。今、日本の産業は高度成長を望めなくなり、新しい産業として観光というものに今、力を入れようということになっています。では、観光に力を入れようというときに、日本には果たして魅力あるかどうかという問題です。欧米人が日本に来る目的といいますのは、日本食であります。ナンバーワンは日本食です。和食です。東南アジアの人が日本に来る最大の目的はショッピングです。日本の自然景観というのは5番目以下です。
 なぜ日本の自然景観が外国の人の心をとらえないのか。そこが、都市を再生するにしてもキーワードなのだろうと私は思っています。なぜ、日本の景観は外国の人々の心を打たないのだろうか。日本の江戸時代の景観は非常にすばらしかったといわれています。恐らく自然との距離感が非常に保たれていたからではないかと思います。
 解説委員で文部省を担当していた時、愛知県の中学生がいじめによって自殺したということを聞き、その現場に行ってみました。周りは田園でした。農家のお子さんがいじめによって自殺をしたのですが、私が驚きましたのは、なぜこんな自然の豊かなところで、その少年は死なねばならなかったのか。周りの自然景観が、疲れた少年の心をなぜ癒やしてくれなかったのだろうかということでした。
 それからずっと、地方に行く度に車窓からの光景をじっと見るようになりました。そうしましたら、どこもかしこも経済効率一辺倒の地域づくりが行われているのです。その一つが、圃場整備。でこぼこ、曲がりくねっている田畑をきれいに整とんする。経済効率のためには、私はある程度圃場整備はやむを得ないと思っていますけれども、すべて曲線を消していいのだろうかと思うのです。
 岩手県のある農村では、曲がりくねっている小川を残そうという試みが行われています。それは小川の周りを町が買い取って公有地化する。その周りを圃場整備する。私は、いろんなやり方があるのだろうなと思っています。圃場整備すると、その小川は水路化され、コンクリート3面張りになってしまいます。車窓から見ますと、斜面までずっと開発が進んでいます。それと商業用の看板が林立しています。こういった景色に皆さん、潤いというものを感じますでしょうか。地方に行って、そういう景色、ビジネス、ビジネス、ビジネス、効率、効率、効率、そういう景色に、私たちの心というのは癒やされるのでしょうか。
 それは都会でも一緒です。ガードレール、電柱、その中で車を走ると、視野狭窄が起きているのではないか。道路しか見てない。周りの景色はちっとも目に入らない。周りの景色が目に入らないから、景色なんかどうでもよくなってしまう。しかし景色は非常に重要なのです。その地域に住む子供にとっては、その地域に住んでいる大人がその地域をどのくらい大切にしているかという1つの指標なのです。
 皆さんはサラリーマンで、家を出て、夜遅く帰って、日曜日はゴルフ、住んでない。しかし、お子さんや奥さんはずっと住んでいる。買い物に外に出るわけです。ずっとそういう空間に接していなければいけないということであります。
 この「魅力がない・観光客が増えない」は、そういうことであります。もう一度、何のために街づくりをしなければいけないのかを考えていただきたいのです。
 「将来像と地域の役割の明確化を!」というのは、将来日本というのは、どういう地域構造にするのか。私はやはり分権型で、北海道は北海道、東北は東北、ブロックで、それぞれが自立できるような構造にしていかなければいけないと思っています。そのために、自立あるいは経営できる、地域が独自に経営できるようなインフラ作りをしていかなければいけない。そういう視点でインフラ作りをしていかなければいけないと思っています。
 経営感覚といいますのは、自立といいますと、どうしてもまだ補助金に頼る意識が見え隠れするのですね。自立という言葉からは、親を連想します。親から子供が自立するということです。これに対して経営は、そうではないと思うのです。自分たちが主体的にその地域を運営していくということなのだろうと。ですから、私は本来いいたかったのは、自立から経営ということを考えていく時代に入ったということです。
 それから、皆さんがよく忘れるのは、高齢化は何も私たちばかりではなく、私たちが作ったものも一緒に高齢化するということであります。私たちが作ったもの、それが高齢化することに関して、私たちはどう責任をとるのかが、厳しく問われていると思っています。
(パワーポイント4)
 なぜ都市に魅力がないのか。さっきと話がややダブりますが「画一的な街づくり」の中で、「名詞ではなく形容詞で街の評価を」と書きましたが、それはこういう意味です。道路の幅はどの位だとか、ガードレールはあるのかないのか、街路樹があるのかないのか、そういうふうに数量的に街の評価をしていく時代ではないのではないか。例えば、楽しいとか、潤いがあるとか、汚いとか、ごちゃごちゃしているとか、そういう形容詞で街を評価することによって、その地域の特徴をきちんと掴む。
 名詞で評価すると、地域の特徴が見えないだろうと思います。私は、形容詞でその街の評価をしてみる。いろんな形容詞でプラスマイナス評価して、その地域の特徴を浮き彫りにさせる。浮き彫りにした上で、その地域の特徴に徹底的にこだわっていく。それが私は大切だと思います。そういう意味で「名詞ではなく形容詞で街の評価を」と書いたのです。
 「薄っぺらな街づくり」というのは、どういうことかといいますと、私、建築家の安藤忠雄さんとお話をした時、安藤さんは、渋谷の街を、若者の街だというわけです。人間80歳を超えると、100 メートル歩くと休みたくなる。ところが、ベンチがない。休もうとすると邪魔者扱いにされる。そこで、お店に入ろうとすると、高齢者向きのお店なんかない。また高齢になればなるほどトイレが近くなる。しかしトイレがどこにあるかわからないため、高齢者はどんどん足が遠のいてしまう。そうすると、若者の街になる。また障害者もなかなか行きづらい。あの人込みですから、なかなか行きづらい。そうすると、10代、20代中心の街になってしまうという話でした。
 私もそう思います。街というのは、赤ん坊から高齢者、障害者、健常者、いろんな人が集うのが街だと思っています。そういう意味では、今の日本の大都市はいびつだと思います。人の厚みがないと思います。
 それともう1つ私がつけ加えるのは、さっきもちょっと申し上げましたが、建物に厚みがないということです。民間の建造物は、平均しますと25年ぐらいで建て替えが行われています。繁華街はもっと早いと思います。早いものでは恐らく 5年とか10年サイクルで変わってしまうのではないかと思います。
 そこに若い人たちが遊んでいるわけです。今、核家族です。高齢者が一緒に住んでいません。子供たちの脳裏に一体何がすり込まれているのでしょうか。古くなったら排除する。お年寄り、加齢臭があります。お年寄りはしわくちゃだらけで汚い、排除する。特にそれがお金で人の価値を判断するバブル経済と重なってからは、いたわりとか尊敬という言葉が消えました。
 私は、人の厚みと建物の厚みで初めて街の厚み、街に奥行きが生まれるんだろうと思います。そういう空間が本当になくなってしまった。これは街づくりに携わっている人たちの、私たちもそうですけれども、責任の一端があると私は思っております。 これがそういう意味です。「古い建物との共存が歴史の連続性を作る」ということであります。新しい建物と古い建物が共存する。これが物すごく重要なことだと私は思っております。
 「ぎすぎすした、ばらばらな人間関係」というのがあります。今、電車に乗っても街の中を歩いていても、にこにこしている人は、あまり見当たりません。友達同士は談笑していますけれども、1人で歩いていてにこにこしている人はほとんどいません。一体どうなったのかと思うのです。欧米に行くと、もっと温和でフレンドリーです。日本人はもともと温和な民族だったのではないか。何でこんなにぎすぎすしちゃったのだろうか。例えば女性にでもちょっとにこっとすると、「何よ、あのおじさん」という感じです。何かお互いに信頼関係がない証拠だと思います。
 阪神大震災の時、神戸の真野地区ではバケツリレーをして延焼を食いとめたという話があります。地域のコミュニケーションが良かったためです。しかし、今の都会のようにこれだけ人間関係がばらばらですと、大きな地震とか火災が起きた時に、助け合うということは多分ないだろうと思います。阪神大震災で延焼した地域の多くは、人間関係がきちんとできてなくて、火事が起きると119 番に電話して来るまで待っている。阪神大震災のように都市型災害は被害があちこちで同時多発しているわけですから、いろんなところで火事が発生しているわけです。自分のところに来るまでには、物すごく時間がかかるわけです。到着するまでに燃えてしまうわけです。
 ですから、このぎすぎすしているというのは何も心の健康のためだけではなくて、災害から私たちの命を守る上でも非常に重要なキーワードなのです。
 また、朝のNHKの番組「おはようコラム」の中で、“いじめ”の話をしたことがあります。電車の中でヘッドホンステレオ、携帯、それからリュックサックを背負っている人がいる。中には注意する人がいます。注意している人に対して、周りの人はどういう目線で見ているかというと、あと1駅、2駅我慢すれば、そういう迷惑行為が終わるのだから、なぜ我慢できないのか。注意した人間を白い目で見る。またそういうマナーの悪い人の周りには集まらないで、みんな遠巻きにして避けている。これは、しかし、“いじめ”なんですよ。学校で行われているいじめなんです。傍観者。あるいははやし立てているのと一緒です。私たちは子供に対し、学校で“いじめ”はしちゃいけないと言っていますが、自分たち大人は毎日毎日いじめを実践しているのです。子供がいうことを聞くはずがないのです。
 それから、昔こういう言葉をよく聞いたと思います。東京のよさは混沌だ。しかし混沌のよさって、一体何だろうかと思うのです。恐らく混沌というのは高度経済成長でお金が出回っているときには混沌というのは多分活気の裏返しの言葉だったのではないかと思うのです。しかし今はこの混沌というのは汚いということに変わっているのではないかなという感じがします。
 混沌というのは魅力なのかどうかという、言葉の整理も必要かと思います。これは時代の言葉として葬るのか。それとも、これからも混沌を1つの特徴として街づくりを進めていくのか。こういう整理も必要だろうと思います。



2.都市の“何を”“何のために”再生するのか

(パワーポイント5)
 「“何のために”再生するのか」。これは政府の都市再生本部とか、いろんな方に聞いていて分からなかった点です。何のために再生するのか。今もって私は都市再生の目的を理解することができません。だれも私に納得できるような論理を持って説明してくれた方はおりません。何のためにやるのか。不良債権の解消とか、虫食い土地の再開発。この言葉はよく出てきます。でも、これが再開発するということ、ニーズがあるということと、どういうつながりがあるのでしょうか。
 不良債権が解消しても、作ったものが売れなければ何の意味もないわけです。必要性があるかどうかという問題がまずでてきます。
 それと、「30年しか持たない都市にだれがしたのか」。これは30年でいろんな施設を更新しなければいけないというのは、お金があるからできたのだろうと思います。お金がないときに30年で本当に更新し続けることができるのだろうか。
 不動産業界や住宅産業のトップの方と話していてびっくりするのは、今もって30年以上長持ちするものを作ると自分たちの仕事がなくなってしまうと真顔でおっしゃる方がおられます。
 「ずっと壊し続けるのか」ということであります。これは最後にも申し上げようと思っていますので、最後でもまた繰り返しますが、昭和の後期から今の平成の初期、私たちはどんな文化を残してきたのか。日本には、アメリカよりも古い歴史と伝統があるとよくいいますけれども、古い歴史や伝統というのは、いつのことをいっているのでしょうか。明治、大正の時代までをいっているのでしょうか。歴史や伝統というのはその時々の創造性が引き継がれて初めて、歴史や伝統としての連続性があるのだろうと思います。
 では、今私たちは、例えば50年後、100 年後を考えたときに、今の時代に一体何を作ってきたのでしょうか。30年しかもたないものを次から次に作っては壊し、作っては壊してきた。何を作ってきたのでしょうか。新宿にある東京都庁の建物でしょうか。何を作ってきたのでしょう。破壊の文化、これが私たちの世代の特徴なのでしょうか。そこをもう一度考えていただきたいなと思います。
 それから都市再生の問題で私がずっといい続けているのは、またバブルを起こそうとしているのではないのかということです。現に、関係者でそういうことをいう人もいます。本音は、ミニバブルを起こしたいのだ。大きなバブルでは、傷が大きいので、ミニバブルを起こしたいのだということをいう方が現におられます。
 またさっきもいいましたが、「目的・理念が見えない“都市再生”」、私はいつもこの辺が引っかかっています。何のために、都市再生をするのかということです。 
(パワーポイント6)
 「誰が再生するのか」。この辺が非常にはっきりしてないのだろうと思うんですね。国かあるいは地方自治体か企業か住民か。整理されてないのだろうと私は思います。主体がはっきりしてないために責任が非常に不明確になっているのではないかということです。
 それから、住民参加と言っても、都合のいいところしか住民参加させておりません。そういう意味では、この住民参加というのも私は詭弁ではないかなと。それとともに、もう1つの問題は、住民自体がどうもまだまだ行政依存の意識が強いということです。根底には行政依存が残っているということです。どっちもどっちなのですが、やはり住民参加の歴史が短かいためだとおもうのですが、それだけに思い切り舵を切るべきだと思う。本来の住民参加に舵を切るべきだと思います。
 しかしそう簡単にいかないのは、今なお行政、企業、住民間相互に根強い不信感があることです。行政は、住民を信用していません。行政は、企業を信用していません。企業は、行政や住民に対して警戒心を持っています。住民も同じです。住民も、行政や企業を信用していません。警戒心を持っています。
 その3者が協力していかなければいけないのですが、この3者の不信感をどう取り除いていったらいいのか。これが大きな課題です。その意味では、グラウンドワーク運動というのは一つの手がかりになるのかなと思っています。
 これはイギリスのサッチャー政権の時に生まれた考え方といわれています。奥山の自然ではなく、身近な生活環境の保全なのですが、これを守ろうにも、国や自治体にはお金がない。お金が出せないときに、どうしたらいいか。国と企業と住民が対等の立場で協力し合えば身近な生活環境の改善できるのではないかという考え方です。
 日本のグランドワーク運動の原点は、静岡県の三島にあります。ポケット公園を津作るにあたり、行政は土地を提供して、企業は資機材を提供、住民が人手を提供する。こういう形でポケット公園を作っています。そういうことがこれからの仕組みとして必要になってくるのではないかと私は思っております。
(パワーポイント7)
 「再生の視点は?」です。これは「構造とデザイン、どちらを優先するのか」です。私がよく聞かされますのは、構造よりもデザインが重視されがちだということです。これも大きな問題だと私は思っています。要は、デザインには耐久性が念頭にないのではないか。100 年とか200 年もつデザインなのかどうかです。シンプルな構造こそがすばらしいデザインなのではないかなと私は思っています。
 それと、「コンセプトは“直線”“曲線”」。これは欧米の街づくりの考え方では常に行ったり来たりしている考え方です。いわゆる効率を優先すべきであるという、街づくりと、いや、効率は人間味がないから、曲がりくねった街づくりをすべきだとか、それはいろいろと行きつ戻りつをしていると思うのですが、少なくともこの辺の整理をすることも必要ではないかと思います。
 例えば東京駅前に新丸ビルができましたが、なぜ上まで丸くしなかったのかです。低層階までしか、昔の丸ビルの高さまでしか丸くなってないのです。あとは全部四角いのですね。建築主に聞くと、ずっと丸くするとデッドスペースが生まれて、お金がかかるので無駄だということで、真っ直ぐにしたということです。さっきの“へそ”とも関わりがあるのですが、一体どこが、東京の売りなのか。皇居から見た東京駅の光景を売りとするならば、あるいは皇居を物すごく大事とするならば、皇居から見た景観があれでいいのかということです。問題の一つです。
 また東京駅の周辺で行われている再開発、スカイラインがめちゃくちゃです。統一されておりません。色使いもそうです。それから、建物も、倉庫のデザインもみんなばらばらであります。さっきもいいましたが、いわゆるばらばらが日本の特徴なのか。混沌が日本の特徴なのか。ばらばらにするということを、だれからその権利を与えられたのか。だれに許されているのか。多くの人はばらばらであることに対して不快感を持っています。不快感を与える権利が建築家や設計者にあるのだろうか。不快感を与えた責任は一体だれが負うのか。そういうところに行き着くと私は思います。
 さっきもいいました潤い、癒しは曲線から生まれます。といいますのは、子供たちが外に出た道路は真っ直ぐです。立ちどまろうにも、曲がったところがなく、階段の踊り場みたいなところがありませんから、周りの景色がぐずぐずするなとけしかけるわけです。それから、「たき火だたき火だ、落ち葉たき」という童謡がありますが、その中の歌詞に曲がり角って、ありますね。しかし今は角が曲がっていません。角々している。そういう場所は子供にとってどうなのか。そういう空間は、子供にとって一体どうなのか。人間の生理にとってどうなのかということを、きちんと考えるべきではないかと思っています。
 自然との調和をどう図るのかですが、日本人は元々自然との距離感を物すごく大切にしてきた民族ではないか。自然をコントロールできると考えるのではなくて、自然の恩恵を私たちは受けてきたと考える。そういう民族だと思うのですが、いつの間にか自然をコントロールできると錯覚したのではないか。そうした自然への驕りが地方の自然景観にあらわれているのではないか。山すそまで全部開発してしまう。
 自然の恵みを受けながら私たちは暮らしてきた。そういう謙虚さがあったのだろうと思います。それとともに、感性も失ってしまったのか。
 「絵の中のぼくの村」という映画が、1996年度の第46回ベルリンの映画祭で銀熊賞を取りました。映画の舞台になったのは昭和23年の高知県の山村で、双子の絵本作家の少年時代を描いたものですが、非常に素朴な映画です。なぜヨーロッパの人たちの心をとらえたのか。この映画には、瑞々しい少年の感受性が描かれています。双子のの1人が川で溺れる。溺れると川の底の方から「相撲をとろうよ、相撲をとろうよ」という声が聞こえてくる。
 今のお父さん、お母さんにその話をする。「あなた、何か頭がおかしくなったのではないの。こんな科学が発達している時に、そんなばかなことがあるはずがないでしょう」。果たしてそうなのでしょうか。人間の認識とか、知覚というものは、とても限られているものではないでしょうか。私には、森の精、水の精、いろんな精があるように思います。そういう自然への畏敬の念が、昔の日本人にはあったと思うのです。それがいつの間にか自然をコントロールできると思い込んでしまった。そこに景観を貧しくした一つの原因があるのではないかなと私は思っています。
 それから、この「文化・伝統をどう生かすのか」ですが、例えば遺跡を発掘するといろんなものが出てきます。どうするかというと、日本の場合は博物館とか史料館に入れてしまいます。しかし、発掘されたものでもかけらみたいなものは捨ててしまいます。そのかけらみたいのをどう生かすかということも、私は考えてもいいのではないかと思います。
 さっきいいましたように、古いものと新しいものが共存する。ここには2000年前から生活があったというならば、その生活の印をそこに置いておくべきだろう。例えば学校の門柱にかけらを入れてもいいですし、歩道のところのベンチにそれを入れてもいいですし、いろんなやり方があると思うのです。その文化・伝統の連続性を大切にすべきではないかなと私は思っています。「地域の特性をどう評価するか」は、さっきもいいましたように、私は形容詞で街を評価すべきだと思います。
(パワーポイント8)
 「どう再生するのか(手法)」です。「問われる住民参加」は、住民自身が問われているのではなくて、行政や企業が問われているという意味です。きちんと情報公開をすることが必要ですということです。情報公開をした上で、対等の関係で住民参加を認めることが必要だという意味です。
 私は、ITSの取材でアメリカのフェニックスに行きました。新しい交通システムを作るに当たってフェニックスでは、「PEER TO PEER」=対等の関係で、住民、行政、企業が一体となって、新しい交通システムの構築をしていました。多分これからの時代は、特にニーズがなかなか見えない時代になるので、その3者が対等の関係で、いろんな物事を決めていくことが必要なのではないかなと思います。
 ところが今でも行政に残っているのは、“由らしむべし知らしむべからず”の考えです。住民は信用できない。住民にそんなことをいうと、不安をあおるだけだ。そういう考え方が物すごく強いのです。私は、そんなことはないと思います。日本人ほど教育水準が高い国はないと思います。どんなことでも受容できる能力を日本人は持っていると思います。要は信用できるか信用できないか、それだけの話だと思います。
 それと、よく都市の再生とか街づくりで問題になるのは、自分の目が黒い内に決着をつけたいという方が多いということです。100 年かかってその街が衰退したなら、100 年かけて再生すればいいのだろうと思います。自分があと5年しか元気ではないから、5年の内に何とか決着したいというのは、驕りだと思います。やはりそれなりの時間をかける必要があると思います。
 それと、反対者は絶対排除すべきではないということです。反対するということは思いがあるから反対すると思うのです。反対のための反対をいう人は、ごく僅かだと思います。人の前で反対をいう人はそれなりの思いがある。その思いを生かしてもらえばいい。そして参加してもらって対案を求めればいいのです。



3.環境・景観に対する、これだけの懸念

(パワーポイント9)
 タイトルの「都市の再生と環境問題」ですが、その環境とか景観に関しては、何が問題になるのかです。先ず私は、都市の再生は、ヒートアイランド現象に拍車をかけるのではないかということを懸念しております。それから、交通量、ごみ量の増大につながるのではないか。だれが後の責任を取るのだろうかと思います。
 特にこのごみ量の増大という問題、これは産業廃棄物、一般廃棄物だけではなくて、汚染物質が雨水によって東京湾の方に流れていることにも関心をもってほしいと思います。どういうことかといいますと、東京湾とか神奈川県の沿岸にそういう汚染物質がどんどん蓄積していく。その蓄積した汚染物質を今度は魚介類が食べていくのです。
 昔は、“何でも水に流す”という言い回しがありました。“3尺流れて水清し”もそう。そのくらいの自然の浄化力も多分あったのだろうと思います。ところが、今は化学物質がどんどん蓄積されていく。私たちの世代には影響がないかもわかりません。しかし次の世代に影響が現れるかもわかりません。
  ごみ量の増大というのは、別に産業廃棄物とかごみ廃棄物だけの問題ではなくて、私たちが日ごろ生活とか都市活動の中で生み出しているもの、これが雨水を通って、東京湾とか沿岸で蓄積されていること、これもごみ問題だと思います。こういう目に見えないものにも十分気を使う必要があると思っています。
 それから、「独人よがりの景観が子供たちに刷り込むのか何か?」、これは先ほどからずっと申し上げてきたことであります。20年しかもたない街、若者しか集わない街、そういう街が、子どもたちの脳裏に何を植えつけているのだろうか。それは自分たちの世代さえよければいいという刹那主義を子供たちに植えつけているのではないかなと私は思っております。
 それから、「東京への投資の集中が東京への一極集中の再燃をしないか?」です。都市再生の予算の約8割は、東京といいます。そうしますと、都市再生、都市再生といっても東京問題ということになります。その残りの10%ぐらいが、名古屋と大阪、あとその他の地方が5%とか10%ぐらいといわれています。ということは、都市再生は東京の再生にほかならないのです。ある不動産会社のトップに、なぜ都市の再生が必要なのですかと尋ねましたら、「東京は汚い。東京をもっと美しい街にしたい」というのです。私は東京は汚いとは思っていません。東京は今でも美しい街だと思っています。緑が多い。大阪に比べてはるかに緑が多い。私は先進国の中でも東京がそんなに悪い街と思っていません。しかし不動産会社のトップは、美しくないといいます。美しくするために都市の再生をするのだというのです。
 また東京が日本を引っ張っていくのだから、東京をよくするのは当たり前だという議論があります。果たしてそうなのでしょうか。今人口が1億2700万人、2050年には 1億人を切ります。2100年には7000万人ぐらいになるといわれています。では東京に一体何人住むのでしょうか。地方は、がらがらになってもいいのでしょうか。恐らくそれぞれの地域が、地域の視点で地域の力で、経営し自立していく。そういうことが必要なのだろうと私は思います。
 ですから、東京だけにお金をかけるのは私は大反対であります。むしろ今まで東京にお金をかけ過ぎてきたのではないか。むしろ地域の足腰を強くするためにはもっと地域にお金をかけるべきではないか。地域にお金をかけるというのは別にインフラを作れということではありません。経営できるようなシステムをつくるべきだ。研究所かもわかりません。そういう、どちらかというと、ソフト系のことにお金を使うべきではないかなと思っております。
 それから、「地方都市・郊外都市の衰退は日本の魅力をさらに低下させないか?」。についてですが、東京への投資が過度に集中しているため地方都市がどんどん空洞化してきています。さらに、東京の都心回帰が進むに伴って、今、郊外都市の空洞化の兆しが生まれています。バブルの時には、50キロ圏、60キロ圏までどんどん開発の波が及びました。今は都心回帰の中でそういうところが見捨てられつつあります。そうすると、その郊外都市は一体どうなるのでしょうか。それは経済の論理だから仕方がないということで済まされるのでしょうか。開発するだけ開発して、その後は知らぬ顔。本当にそういうことって、許されるのでしょうか。
 地方都市、郊外都市の衰退は、経済効率の考え方そのものではないかと思うのです。全国には経済優先の考え方で捨てられた地域がごろごろあります。そういうところに行って、心が和むのか。私はそうは思いません。むしろこういうところをどうやって立て直したらいいのか。地方都市をどう魅力あるものにすべきなのか。そこから日本の再生が始まるのではないかなと思っています。
(パワーポイント10)
 前にもいいましたけれども、「昭和後期・平成前期の文化の創造を!」。私たちは昭和後期、平成前期に一体何を作ってきたのでしょうか。それから、「自然との共生を!求められる“自然への謙虚さ”」。これは私は非常に大事ではないかなと思っています。「建設からマネージメントの時代」。いわゆる経営、運営非常に重要である。作ったら問題は終わりというのが物すごく多すぎるのです。作ったら終わり。
 私は作ることよりも運営する、維持管理する方が知恵が要るように思います。作ることは、極端なことを言えば設計と構造の知識さえあればできると思います。
 しかし、作った後には、社会のニーズや利用者のニーズが変わってくる。また経年変化によって、作ったものがいろんな問題を引き起こす。それにきちんと対応しなければいけません。マネージメントというのは非常に難しい。こちらの方が頭を使うのではないかと思います。ところが、実際は“花の建設”に対して“涙の保全”という言葉が使われているほどに、建設と比べると維持管理業務は重要視されていません。私はそこがおかしいと思います。発展途上の段階では、建設に優秀な人材をつぎ込むのは分かりますが、社会資本がほぼ出来あがり安定成長の時代は、むしろ運営や維持管理に優秀な人間をつぎ込むべきだと思います。
 なぜなら私たちはインフラを作るために作ってきたのではないのです。インフラを利用するために作ってきたのです。今は作ったものの使い勝手がいいかが、問われているのです。作ったものが、次の世代、将来世代に対して、つけになっていないのかどうかも今問われています。本当にいいものを作ったのかどうかが問われています。市民にとって利用しやすいかどうかが問われているのです。そこに全精力をつぎ込むべきだと私は思うのです。
 ただ、作ることの方がはるかに楽なのです。作ってからは、いろんな利害関係人がふえますから、神経が疲れる。最近の人は特に疲れることを嫌います。ちょっとしんどいとやりたがらない。だけど、能力のある人はむしろこういうことをやるのが使命ではないかと思います。楽なことをやるのは使命ではないと思うのです。
 それから、「刹那主義からの脱却を!」。これは自分たちの世代さえよければいい、こういう考え方から脱却しようということです。先ほどもいいましたように、街路樹が典型だと思います。街路樹は一体何年もつのでしょうか。歩道のブロックもそう。10年ぐらいしかもたないと思います。では、だれが直すのでしょうか。お金がある内はいいのですが、お金がなくなってから、あの歩道ブロックを一体だれが新しいものにするのでしょうか。
 日本全国至るところに歩道のブロックがありますが、規格化されていません。それこそいろんなデザイン、いろんな形があります。いろんな材質があります。直すとなったら大変です。どこからお金を捻出するのでしょうか。今の1億2700万人での発想ではないかと思います。それが7000万人になった時に本当に直せるのでしょうか。
 この、「目先ではなくて100 年の算盤をはじこう!」というのは、私は関西財界を担当したときに、サントリーの佐治敬三さんがおっしゃっておりました。「大阪商人は目先、目先というけれども、大阪商人というのは、目先の算盤をはじいているのではない。50年先とか100年先という将来の算盤をはじいているのだ」というのです。本当の商売人というのは先を読む力だと私も思っております。
 それから、「誇りが持てる都市づくりを!」。皆さんの中には、デベロッパーの方もおられれば、建築家の方もおられれば、建設会社の方もおられると思いますが、皆さんは、一般市民から尊敬されていないと思います。しかし、そこが私はおかしいと思うのです。私たちの便利さや快適さを支えている重要な基幹産業の人たちが、なぜ尊敬されないのか。そこがおかしいと思うのです。その原因は、恐らくパッションが見えない、理念が見えない、理想が見えないからだと思うのです。
 いろんなパーティーに私、参加します。例えば新年の名刺交換会やいろんな総会に行きますけれども、そうした場で皆さんから国づくりへの考え方や理想論を聞いたことほとんどありません。自分たちの商売はどうなるか、そんなことばっかり。皆さんの仕事は、都市基盤を支える大変重要な仕事だと思います。もしそうであるならば、今の仕掛けがこれでいいのかどうか。そういう議論が本当は展開しなければおかしいと思います。何で商売の話しかないのでしょうか。お役人がいると、少しでもお役人に近づこうと思って名刺交換をする。次はどんなプロジェクトがあるのか。いち早く情報を得ようとする。私はそれがおかしいのではないかと思います。
 ここに申し上げている、「ロマンと大義を!フレンドリーな関係を!」というのは、もっと笑顔があふれ、あいさつができるような社会にしたいということです。
 昔、ラジオ夕刊というNHKのラジオ第1放送の編集長を3年間務めました。その中で私が使った音楽は童謡です。ラジオ夕刊は夕方の6時から50分間の番組で、音楽に童謡をかけることに当初かなり反発を受けました。大人の時間帯に、童謡とは何だと反発を受けました。しかし童謡には、日本人が昔から大切にしてきた原風景や思いやりとか心やりとか、そういうものがあるのです。童謡を流すことによって、ああ、懐かしいな、ああ、いい歌だなと思っていただければ。その感性に少しでも訴えたい。いいなと思ってくれる気づきがあれば、そういうものを大切にしなきゃいけないと、そういうふうに思ってくれればいいなと思って、私は童謡をずっとかけ続けました。「大きな古時計」がヒットしているとのは、そういう意味では非常に喜ばしいことだなと思っています。日本人はまだ捨てたものではないということです。
 それと、去年の日韓サッカーで日本が決勝進出を決めた時だと思いますが、渋谷の街は若者であふれ返りました。みんなで「勝った、勝った」といって見知らぬ人同士でエールを交換し合っているのです。あれを見まして、若者は触れ合いを求めているのではないかと思いました。そういう意味ではまだ日本は再生できる、まだ徹底的に腐り切ってはいない。日本人の心の復興はあり得る。日韓サッカーのあのどんちゃん騒ぎをはた目で見ながら、そういうものを感じました。
 子供たちは、真剣に向き合うということを私たちに求めているのではないか。真剣勝負を求めているのではないかなということを私はつくづく思いました。
 そういう意味で、都市の再生を、デベロッパーとか建築家とか、そういう自己満足でやっていただきたくない。世代を超えたものなのではないかと思います。
 また、100 年とか200 年とか、先を見据えた上で都市を考えていただきたい。それと、日本が将来どういう産業構造になるのか。また、地域にはどういう役割を与えて日本を経営していくのか。東京はどういう役割をしていくのか。そういう中で東京のどの地域がどういう役割を果たすのかということをきちんと計画すべきだと思います。どこもかしこもオフィスというのはおかしいと思うのです。
 また、どんなニーズがあるのか。きちんとしたニーズというものを把握すべきだろうと思います。バブル経済の時にNHKが土地問題キャンペーンを行った理由は2つあります。1つは、オフィスビルの予測の信憑性でした。1人当たりのOAスペースの増大とオフィス人口の増加を掛け合わせて、オフィスビルがこれだけ必要だということですが、果たしてそうなのかということです。
 一部は当たっているでしょうけれども、日本は資源が少ない国で、第3次産業中心で食べていける国だと私は思いません。製造加工では食べていけるでしょうけれども、事務管理部門というのは徹底的にスリム化していかないと、中国とか新興勢力の国に勝てるとは思いません。できるだけ事務管理部門をスリム化していくということは、オフィス部門はそれほど要らないということです。また事務管理部門は徹底的に技術革新でスリム化できると私は思っています。
 ですから、そういう想定自身がおかしいのではないかということです。もう1つの理由は、住宅地域がマネーゲームの対象になったことです。商業地域が金儲けの場になっている時は、NHKも関心を示さなかったのですが、住宅地域がマネーゲームの対象になった時に、初めてNHKが土地問題を取り上げたのです。私たちは住まいをマネーゲームの対象にすることは許さない。しかし、そういうことを思う人が少なくなってしまったことが非常に大きな問題だろうと思います。何でこんなに金の亡者になってしまったのだろうか。今の人たちは人をすべてお金で換算します。おかしいと思います。
 今年の年賀状で、ぎすぎすした人間関係を何とか変えたいと書きました。しかし今の日本人がぎすぎすしていると感じ取っている人は少ないと思います。むしろそれが当たり前の感じになってしまっている。それが私は問題なのだと思います。ぎすぎすしているということはてんでんばらばらということです。てんでんばらばらに都市の開発が進んでいく。これは将来に向けて膨大な墓場を作っていることだろうと思っています。次の世代に対して、だれが責任とるのかです。しかも30年しかもたないものを次から次に作って、またデザインも陳腐なものを次から次に作って、風通しも悪い、新しくできたビルの利用者に聞いてみると、使い勝手が悪い。デザインもよくない。お互いのビル同士の連携もないといいます。だれが責任を取るのでしょうか。
 次の世代から責任を追及されたとき、一体どう私たちは答えたらいいのか。そこを感じ取っていただければなと思います。
 質問の時間がなくなってしまうので、とりあえず私のお話はこれぐらいにしておきます。
 今日は、こういう機会を与えていただいて非常に感謝しております。



フリーディスカッション

藤山
 先生、ありがとうございました。
 それでは、これから、少しの時間ですが、質問を受けたいと思います。
 どうぞご自由に手を挙げていただいてご質問ください。

角家(コンピュータ パソコン IT講師)
 どうも長時間にわたりありがとうございました。建設会社OBの角家正男といいます。
 本日の題の「都市再生と環境問題」ということで、2時間弱お話しいただいたわけです。特に、レジュメの締めとして9番、10番あたりにあるんですが、本日の本題の「都市再生と環境問題」についてどういう思想、哲学で臨めばよろしいか、齋藤講師の世界観をひとつ述べていただきたいと思います。

 齋藤
 先ほどからトータルでお話をしたつもりであったんですけれども、私は少なくともグランドデザインというものが必要である、日本はどういうふうに将来進むのか、将来像をきちんと設計して、その上でそれぞれの地域の役割をはっきりさせる。その上で都市の再生が必要かどうかを判断していくということが必要ではないか。再生という意味は全部更新することではなくて、今あるものをリフレッシュすることも再生だと思っております。全部作り変えることが再生だと思っておりません。
 ですから、それぞれの地域の役割をきちんと明確化していく、役割を分担していくことが今、必要なのではないか。それがまた必要とされているのかどうか、そういうニーズがあるかどうか、きちんと分析をしていく必要がある。そのニーズというのは今だけのニーズなのか。20年もニーズが継続するのか、50年もニーズが継続するのかどうか。長期的な視点に立って都市再生は図るべきである。
 といいますのは、一旦作ったら30年、50年壊せない。これからは、昔のように30年しかもたないものは多分作れないと思います。50年は多分もつだろう。そうすると、50年先まで責任を持って作らなければいけないのではないか。そうしますと、50年先の日本はどういう日本なのかというのはきちっと折り込みながら設計する必要があるということであります。お答えになったかどうかわかりませんが。
 それと、ニーズに合ったものをつくるというのはまさに環境とリンクしております。必要以上のものを作ってしまったときに、ごみも出ますし、水も大量に必要になってきます。空気も汚します。また、そういうのを自己管理できなくなってしまう。ですから、管理運営できる範囲でもって都市を設計していかないと、環境に負荷を与えていくことになるということであります。
 私、自宅では車を洗いません。ワックスには、界面活性剤があるからです。それがそのまま雨水を通じて川に流れると、浄水場では除去しにくいのです。高度浄水処理していればいいのですけれども、普通の浄水処理でとれない。また界面活性剤がそのまま沿岸に蓄積していく。界面活性剤についてはいろんなことがいわれております。
 大人たちがやっていることを予想以上に子供たちは見ている。こういうところで、環境が大切だといっても、生活レベルで環境を実践していないと、子供たちはだれも信用しません。ですから、生活の場とこういう場が常にリンクしていかないと、私は環境問題というのは解決しないと思っています。
 たばこのポイ捨てもそうです。そこらじゅうに、たばこのポイ捨てが見られます。これも雨水を通じて、川、海に流れていく。私たちの世代はアタックを受けなくても次の世代はアタックを受けます。そういう回り回って環境というものに対して私たちがいろんな形で負荷を与えている。そうすると、私たちが管理できる範囲で、都市を作るしかないのです。
 ただ、仕事が必要だから、街を変えていくというのは許されない。管理できる範囲でしか、街を作ってはいけないということです。

石渡(元気堂)
 現在自分でプランニングの事務所をやっております。
 質問というよりも、意見ですが。構造とデザインの問題でございましたけれども、デザインに関して、デザインは単なる意匠である、時代の流れの中で変わっていくフリルのようなものというとらえ方をされているような気がして、構造こそがという今のお話は、確かにおっしゃる話としてはそのとおりでございますけれども、世の中のとらえ方が、構造は今や機能と結びついていて、機能は経済性と結びついていて経済効率の一番いい構造がよろしいという流れになっているような気がいたしまして、そのことは安くできる、シンプルであるというふうに認識されがちなものですから、そうじゃないんじゃないか。
 今お話しされている齋藤さん自身が文科の出身であるように、文科的な視点からの自然から感性を受け取っていく力は、日本の建築系の、特に学校入学制度は数学だけで切っている。文科系の建築系は単なる意匠だけで切っていくという、極めて2分化してしまっているのは相変わらずですので、その辺の抜本的な改革が必要なんではないかという2つの意見です。

齋藤
 別にデザインをけなしているわけではありません。どちらかというと構造よりもデザインの方が優先しているのではないかと申し上げているのです。
 もちろんデザインは非常に大切だと思います。大切だと思いますけれども、一般の人から見るとデザインばかり優先されているように見えているということと、現場にいる人はそういうことを主張する人が多いのです。構造屋さんで。また現実に見た目が結構重視されているところもあるように思います。
 例えばあるマンションは、見た目が物すごくいい。だけども、長もちしない。中がスカスカ。メンテナンスを次から次にしければいけない。しかしメンテナンスを外に出すと、いいかげんな施工がわかってしまう、外に出さないように、自分たちの会社にメンテナンス会社を作って、そこでメンテナンスをしている会社もあります。
 普通品物には、品質が書いてありますね。100 円の物は100 円の物、500 円の物は500 円の物の価値しかありません。建築とか土木も同じだと思うのです。しかし現実は一緒くたです。本来は100 円のお金しかかけていないものは、100 円の値打ちしかないと思います。
 そういうことをきちんと提示する時代に入っているのではないかなと私は思います。建築にもピンからキリまである。いいものもあれば悪いものもある。一生懸命作っていらっしゃる方は一緒くたにしてほしくない、自分たちはいいものを作っているのだ、多分そうお思いだと思うのです。しかし、もしそうならば、きちんと提示すべきではないかと思います。おかしいことをおかしいといわない限り、世の中はよくならないと思います。
 話がちょっと違うかもしれませんけれども。

 奥村(一級建築士)
 ゼネコンの設計部にいまして、昨年退職をしまして、今地元でまちづくりというか、そういうことにかかわっています。
 いろいろ先生のおっしゃったこと、私も共感するところが多かったんです。グランドデザインが必要だ。全くそのとおり。それで、グランドデザインに関していいますと、欧米の場合といいますか、主に当事者がやってきたということがあると思います。これは外敵とか自然環境から国民、市民を守るということで、ヨーロッパなんてかなりシビアで、それでできたんじゃないかと思います。
 先ほど住民参加とおっしゃいましたけれども、住民総意みたいなことをやっていかなければいけないのかなと私も今思っているところなんですが、ところが、住民参加をするに当たって、住民とは何だというのが私の中では非常に問題になっていまして、建設会社にいた関係で、設計施工と一体でやって、そういった中で、住民に対する説明会を何回かやってきました。そういうことの経験を踏まえていいますと、10年たつと皆さん半分ぐらいは変わっちゃって、いないんです。
 極端な話、住民説明をして、いろいろディスカッションした相手が竣工時にもういらっしゃらない。これはマスコミの方もさんざん私と議論したんですが、竣工したときにいないという現状があります。所沢でまちづくりをやっていらっしゃるということなので、住民というものをどういうふうにとらえていったらいいのかということを、ちょっとお聞かせいただきたいなと思います。
 それから、蛇足ですけれども、先ほど来デザインの話が出ていたので、私もデザイナーの一角として、ちゃんとした仕事ができてきたのかどうかというのがありますが一応私は私なりにきちっとやってきたつもりではおりますけれども、建築はいろんな人がかかわっていろいろつくるものですから、そういう点で全部100 点満点かという自信はちょっとございません。マネージメントまで含めていろいろ考えてきたつもりではおります。
 そういうことで、デザインというのは構造とか何とかを超えてもっとトータルなものだと私は考えています。
 それから、これも蛇足ですけれども、100 年もつものをつくろうと思っても、物理的にはもつものはつくれると思うんですが、社会的に価値を失ってしまうということも考えられるかと思います。
 それに合わせてつくるのはかなり難しいことだなと思っております。

 齋藤
 後の質問から先にお答えします。
 私は、10年しかもたないものも当然あると思います。全部が全部100 年持たせようというものではないと思います。短期間のニーズにこたえるものもあると思うので、それはそういう作り分けみたいなのが必要なのではないかなと思っております。
 それから、デザイナーはトータルだという話がありましたけれども、NHKでいえば多分プロデューサー・ディレクターの立場だと思います。ディレクターというのは記者とか、カメラマンとか、技術のスイッチャーをうまく動かして番組を作っていく。そういう立場におられる。そういう意味では総合的だと思います。それだけに社会の人が、一体何を考えていて、社会の空気はどうなのか、そういうことにもっと耳を傾けるというか、謙虚になるべきではないかなということでございます。
 街づくりのことなんですけれども、住民は非常にわがままな種族だと思っています。私も5年間、街づくりに関わりました。私が関わる10年前に一たん地区計画の話が、一部住民の反対で立ち消えになりました。
 私が自治会の役員を仰せつかった時に、住民は、将来にわたってどんな街にしたいのか、それをお互いに目標をきちんと確認し合うことが大切だなと思いました。
 自治会の規約を見ていても、どういう街を目指しているか、さっぱりわからない。それで街づくりの目標を作ること、まずそこから始めたわけです。
 それと、この街に対してそれぞれの人がどういう期待を持っているのか。意識調査を何度もしました。建築協定があったのですが、建築協定というのは10年という期限つきなのです。さらに反対がなければ、あと10年はもつというのが建築協定でした。
 建築協定があと少しで切れてしまうという段階でした。建築協定の規定をつくった行政の人に話を聞きますと、少なくとも20年間、建築協定が根づけば定着するのではないか。もう反対する人は出てこない。そういうふうに考えたというのです。ところが、20年も我慢したのだから、もういいかげんに上乗せの規制は外せ、そういう人も出てくるのです。相続のために敷地を分割したいという方も出てきます。そういう中でどういう街が必要なのか。今も上乗せの規制というのは必要なのかどうかということを議論しました。その結果、99%の人が今の環境を維持したい。95%ぐらいの方が今程度の規制が必要だということになったわけです。
 では、どんな規制にするか。10年前に立ち消えになった地区計画をやろうとすると、問題が起きるのです。もう一回ゼロに戻して、どういう規制ならば、そういう街並みが維持できるのかということをずっと議論していったのです。
 そういうキャッチボールが物すごく重要なのだろうと私は思います。最後の最後になってもめたのが、兼用住宅の扱いでした。住宅の専用地区だったのですけれども、高齢者になると、日用品を歩いて行ける距離で買い物をしたい。だから、店舗も認めてほしいという声がありました。アンケートをしますと、若干兼用住宅を求める声が多かった。それを強行しますと、今度は地域が反対と賛成で二分されちゃうんですね。しかも、店舗ができるところは、メインの道路沿い。そういう道路沿いの地域の方が集中的に反対の声を挙げてきた。このままでいくと、地域の和が壊れてしまう。そのときにたまたま都市計画法の一部が改正されて、住民発意で、内容の変更を申し出ることができるということになったのです。よしこれを使おう。住民の80%が店舗を必要だということになったら、そのときに改めてメニューの見直しを図ろうということを提案して、完全却下ではなくて、そういうご時世になったらまた見直しましょうということでご了解を得たのです。
 最後の最後まで住民とキャッチボールを続けて、ようやくこぎつけました。ただ、非常に難しいのは、行政が非常に消極的、後ろ向きなのです。そこがまたややこしいのです。こういう地区計画をやりますと、住民の中には役所に直接反対と、住民自らが押しかける。あるいは政治家を使って圧力をかける。別に新しいものを作らなければ規則通りやっていればいい。しかし、地区計画のようなものを作りますと、新たな利害関係が生まれて火種ができる、自治体が嫌がるのです。
 しかも、最後の最後になって、地方検察庁が動き出して、条例の罰則規定について口をはさんできたのです。これにまた自治体がビビッたのですね。規制の内容が厳し過ぎるというのです。最終的には、地方検察庁も納得したのですが。
 地方検察庁が自治体に圧力をかけると、自治体がビビッちゃうのですね。そういう意味では、これは非常に難しいのですけれども、住民の意見を反映させた街づくりをやろうとすると、そこにいろんな公権力が介入してくる。その公権力の介入に対し、きちんと物をいえるような知識を持っていないと、実現がなかなか難しいということが現実の問題としてあります。

平井(国総研)
 国土交通省の某研究所にいます平井と申します。
 齋藤先生のお話、最初おもしろいなと聞いていましたが、やはり行政とかそういうお話を結構いわれていました。これは幾ら齋藤先生がこういうところでいわれても、実際にトップに立って、齋藤先生が引っ張っていただくしかもう方法はないのかなと個人的には思いまして、NHKの方も来年おやめになられるというお話なので、例えば大臣になる意思とか、そういう方向性はあるのかないのか。もしおやりになるんだったら、今某大臣、女性の大臣なんですけど、いらっしゃるんですけれども、次はおれがやるというご意思があるのかないのか、それをお聞かせください。

齋藤
 私は来年57歳、NHKの定年です。来年、定年延長せずにNHKを退職しようと思っていますのは、私は、ここまでいいたい放題、やりたい放題やってきたというのはいろんな方のご支援があったからこそで、今度はそれを還元する立場になった。NPOとかNGOという形で、地域づくりとか街づくりに何とかお手伝いできないかということで、やめようと思っているわけであります。
 政治家になるつもりはありません。少なくとも地域から、草の根からいろんな問題をお手伝いしていきたいと思っています。

 藤山
 それでは、お時間も過ぎてまいりましたので、この辺できょうのフォーラムを終わらせていただきます。
 本日は、NHK解説主幹、齋藤宏保先生にご講演いただきました。先生、どうもありがとうございました。(拍手)


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