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第232回都市経営フォーラム

『新たな段階を迎えたすまい・まちづくりの環境共生
:バックキャスティングの時代へ 』

講師:  岩村 和夫 氏 武蔵工業大学 環境情報学部教授

 
                                                                           

日付:2007年4月19日(木)
場所:日中友好会館

                                                                            
1.経緯・現状・予測

エンドユーザーの目・関心

3.環境共生の萌芽〜産業革命と田園都市〜

4.ドイツ、カッセルでの試み〜バウビオロギーの実践として〜

5.環境共生住宅の運動 1990年〜

6.環境共生住宅団地の事例〜コミュニティ・まちづくりとして〜

7.CASBEE-すまい(戸建)の概要〜コミュニケーション・ツールとして〜

8.私たちの提案・望楼の家(埼玉県、2006)

9.ようこそ、私はロ・ハウスです 2006〜

フリーディスカッション



 

 

 

 

與謝野 それでは本日の第232回目の都市経営フォーラムを開催致します。
  皆様におかれましては、お忙しい中を本フォーラムにお運びいただきまして、まことにありがとうございます。また、長年にわたりまして本フォーラムをご支援いただきまして、厚く御礼申し上げます。
  さて、本日は、「住まいと環境共生」という視点から、まちづくりあるいは住まい方、暮らしの仕方などについて皆さんとともに考えていきたいと思います。
  その趣旨で今回の講師をお願いいたしましたのは、この分野で国内外で長年にわたりまして積極的に調査・研究、提言、設計活動等を展開しておられます武蔵工業大学環境情報学部教授の岩村和夫様でいらっしゃいます。岩村様におかれましては、ご多忙の中、本フォーラムのご講演をご快諾いただきまして、ありがとうございます。
  岩村様のプロフィールにつきましては、お手元の受付でお渡しした通りでございますが、1973年に早稲田大学大学院を卒業され、フランスに渡られまして、著名な建築家のキャンデリスのもとで建築設計・都市計画活動に従事されました。欧州でしばらく活動された後、1998年に現職の教授につかれまして、日本建築家協会の副会長を歴任され、またUIA(世界建築家連合)の理事としても活躍されておられます。このように国内外にわたり、まちづくり・住宅部門において広くご活躍されておられます現代の「環境共生」分野の第一人者であられます。さる2003年に、このような長年の環境共生住宅に関連する一連の研究功績に対しまして、建築学会賞を受賞されました。
  本日の演題は、皆様にお渡ししています通り「新たな段階を迎えたすまい・まちづくりの環境共生:バックキャスティングの時代へ」と題されまして、住宅の性能にかかわる現状の法体系と行政体系のご紹介の話から、環境共生住宅の実例の数々のご紹介、そして、これから目指すべき住まいと暮らしの姿などについて、世田谷深沢の事例などを初めとします非常にプラグマティックな取り組みの道筋について、CASBEEの内容紹介にも敷衍しつつ貴重な知見の数々をご披瀝いただけるものと楽しみにしております。
  それでは、岩村先生、よろしくお願いいたします。(拍手)
 
岩村 今日は、今ご紹介いただいたようなテーマに沿ってお話をしようと思います。お手元にはレジュメをお配りしていますが、これは数ヶ月前に書いたものでして、その時に比べても随分世の中の様子が変わってきています。今日の主なテーマである「環境共生」という言葉は1990年に生まれました。そのきっかけだった地球温暖化防止に関してこの数ヶ月の間に国交省を初めとする国のレベルで、大変大きなうねりのような変化が起きつつあります。まずはそのご報告からしたいと思います。
  そのことは、今日お話しすることと深く関係しますし、またここにおいでの皆様は建築関係の方が多いと思いますが、住宅に限らず、建築一般のお仕事に大きな影響を及ぼすからです。
  要は、気候変動の近年の実態や予測に基づく危機感の波及です。近年、地球規模で気候変動が実感されるようになりましたが、特に京都議定書の実行年(2008〜2012年)が間近に迫った今年に入り、特に政治的にこの問題がまた大きな注目を浴びるようになってきました。その大きな背景の一つはアメリカの状況です。皆さんもご承知の通り、議定書の発効に調印していないブッシュ政権の下で、前副大統領のアル・ゴアさんが「不都合な真実」で1000回以上も講演をしてきて、しかもその映画がオスカー賞を取ってしまう。授賞式の席上では全員がスタンディング・オベーションで彼を讃えて、ハリウッドでさえ全会一致で彼の主張を支持しているかのような印象を世界中に与えたわけです。
  恐らく今後のアメリカの描くストーリーは、結局悪者はブッシュ大統領1人だったとなるのではないか。次回は民主党政権に変わる可能性が大きいようですが、そうなるとアメリカの連邦レベルの表向きの環境政策は180度転換するものと予想されます。
  一方、州レベルの動きを見れば、多くの州が高い削減目標を掲げてきました。例えば、カリフォルニア州などは2030年までに25%削減という高い目標値を掲げています。国としては京都議定書に冷淡でも、そのような州が1つや2つではなく、他にも沢山あるのです。また、建築の環境性能を総合的に計るものさしである「LEED」は近年北米で急速に普及しており、連邦政府や多くの州レベルの公共建築にその評価が採用さられています。
  つまり、この問題に関してアメリカという国も実はなべて無関心なのではない。連邦レベルでこれまで気候変動に冷たかった表向きの理由は、二酸化炭素と気候変動との科学的な因果関係に対する懐疑でした。もちろんその背後にはエネルギーの需給の問題、確保の問題、もちろん石油各社の思惑、いろんなものがあったと思います。ただ、大きな流れとしては特に巨大ハリケーン、カトリーヌによる甚大な災害以降、環境政策の舵取りが重要視されつつあるということです。その現れの一つとして、例えばクリントン前大統領は「クリントン気候変動対策機構(CCI)」という国際的な取り組みを議論し誘導するパワフルな組織を作り、昨年から活動を開始しています。
  一方、欧州に目を転じてみます。皆さんご承知のとおり、イギリスやドイツでは削減目標を定めてそれを義務化しようということで、相当高い削減目標を掲げて始めています。それも10%、20%というレベルではない。しかも、その対抗政治勢力である野党の側も、競うように排出権取引などを駆使して、国としての環境問題、特に気候変動対策に積極的に取り組むことを掲げている状況です。
  そしてEUレベルで見ますと、2003年1月に「建築物のエネルギー効率に関する欧州指令」が定められました。この主な狙いは増加する民生部門のエネルギー消費削減と、EU域内における建築物のエネルギー効率の格差の是正を図ることで、建築物の取引(売買、賃貸)時に「エネルギー効率評価書」の添付を義務付けるというものです。これを受け、例えばドイツでは今年の末までに、建物の売買や賃貸の際エネルギー効率のランクを可視化して明示する評価書を「エネルギーパス」と名づけ建物に添付することが義務化されます。言い替えますと、建物のエネルギー効率が商品の一つの大きな判断基準になる。それがEUの指令に基づいた国内の統一フォーマットで表示されるということです。ちなみに、ドイツではかなり以前から建物の省エネ基準が確認申請とセットで義務化されています。
  さて日本ですが、1980年に省エネ法(1979年制定)に基づく建物の省エネ基準が定められ、1992年(新省エネ基準)、1999年(次世代省エネ基準)と段階的にその内容が厳しくなってきたことは皆さんご承知の通りです。基準のレベル自体は、気候が緯度や標高に従い北海道から沖縄まで非常に異なるので、6つの地域に分類してそれぞれ定められていることもご存知だと思いますが、最北の北海道の基準だけを見ますと、世界でも引けをとらないレベルに達しています。しかし、ドイツのように全建築にその表示が義務化されていませんので、実態としてそれが守られているかは極めて怪しい。
  そこで冒頭で申し上げた最近の状況の変化とは、特に国会議員の皆さんから、国土交通省が突き上げを食っているということです。つまり、京都議定書で1990年比6%削減すると約束したけど、現状は削減どころか8%増加してしまっている。しかも、産業、運輸、民生の部門別で見ると、1990年来民生部分だけが一貫して増加してきている。これはどうしたことかという訳です。
  国土交通省としては、これまでも省エネ法の強化や環境共生住宅の研究開発、住宅性能表示制度の創設、さらにCASBEEの開発・普及等々、実に様々な施策を打ってきました。しかし、国全体の成果としてそれが実績として表れてこないということに対し、政治家の皆さんが国際的な枠組みの中で大きな危機感を持ち始めた。つまり、気づいてみると、この問題について冷淡だったアメリカがガラッと変わり、約束はしたが結果が伴わない日本が矢面に立つことになるからです。特に、議定書が京都で作られたことに大きな意味がありそうです。
  この京都議定書に関して言えば、来年度から2012年の間に目標を達成しなきゃいけないという約束になっているわけですから、まずその問題が一つ、そしてさらにその後の枠組みをどうするかということが大きな課題です。いずれにしても、6%削減が達成できないとすると、今後、中国やインドをはじめアジア諸国に対して、あるいはもっと広く国際的な枠組みの中で日本のプレゼンスを考えていく時に、極めて立場が弱くなるという危機感が急速に高まってきたということです。これは、前もってわかっていたわけですけれども。
  ということで、日本ではご承知の通り、民生部門における取り組みについては国土交通省、経済産業省、環境省の主に3つの省庁が関係、縦割りの構造の中でそれぞれが別個に政策を司ってきましたが、昨年から2007年の春以降、それぞれの所掌する分野で相当急な動きが出てきました。
  その象徴として、例えば最近、日本学術会議で温暖化とCO2削減に関するシンポジウムが開かれ、建築関係の小委員会で19項目に及ぶ提言がなされました。慶応大学の村上周三先生が委員長でしたが、学術会議の役割として政策提言と直接結びつくものに集約されています。
  その中で、これまでも折につけ議論されてきましたけれども、とりわけ重要だと思われるのは、税制と省エネ基準の義務化です。例えば税制には、インセンティブとディスインセンティブの両方ありますが、炭素税や固定資産税等、様々な形でエネルギー消費性能と税制が連動して問われるようになった。また、これまでは2000u以上に関しては、届け出が義務化されていた省エネ基準についても、2000uという枠を撤廃するとか、戸建ての住宅にも義務化した場合の検討が、すでに始まっています。
  以上、全体の流れとして、二酸化炭素排出に関しては、ますます規制強化の方向に向かうと思います。これを追い風と見るか、逆風と見るかということは皆さんのお立場によって違うと思いますが、私どものように、環境共生住宅・建築・都市の普及・推進に取り組んできた立場からすれば、ある意味で追い風ということになります。しかし、場合によってはミスリーディングになる可能性もあるというリスクも十分に考慮したうえで、検証していく必要があると思います。
  まずそんなことをお伝えした上で、次に今日ご用意したスライドに入っていきたいと思います。
 

1. 経緯・現状・予測

(図1)
  今日のタイトルに「バックキャスティングの時代へ」という副題を付けてみました。これは「未来予測」と深く連動しています。普通、英語で予測は「フォーキャスティング(forecasting)」ですね。それに対して、近年「バックキャスティング(backcasting)」という言い方が、市場関係者とかマーケティングの戦略的な手法としてよく使われるようになりました。バックキャスティングとは、到達すべき未来像をまず明確に描いてみて、そこから逆に現在へ戻っていく。その過程でギャップを発見し、今やらなければならないことを戦略的に考えていく。また、その結果によっては描いた未来像を修正することもできる。ですから、これまでの経緯、歴史、現状というものをつぶさに調べて、そこから未来の方向性を抽出していく方法とは、大分様子が違います。
  「バック・ツー・ザ・フューチャー」という映画がありましたが、あのストーリーをイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。もちろん、その時に問題なのは描くべき未来の姿の背景となる価値観は何かということです。
  例えば「持続可能な社会」という未来のあるべき姿が多くの人々に共通のキーワードとして共有され始めています。しかし、言葉としてはあっても、それが具体的にどんな社会なのか、そこでどのような生活が送られ、どのような仕事がされ、どのような都市や生活環境になるんだろうかという具体的で総合的なイメージに関しては、余りきちっと描かれてこなかったきらいがあります。
  特に建築の世界では、いろいろモデル的な建物が建てられてきましたが、そこでどんな生活が営まれるんだろうかに関して、かなり先導的でエキセントリックなものはあっても、多くの人たちに共有できるようなイメージとしてまだ描かれていない、そう思います。
  だとすると、それを描く役割は誰にあるのでしょう。結論から申し上げれば、システムや空間を統合的に表現できる素養のある、建築や都市デザインに携わっている人間がそれに一番近いところにいる、と敢えて申し上げたい。つまり、工学的な課題にとどまらず、美学や社会科学的な問題を含めて、極めて多様な要素を整理し統合的なイメージを描けることを訓練されている職能というのは、環境的な視野を持った建築家や都市デザイナーなどといった人たちだと思うのです。
  今はPFI(Private Financial initiative)を初めとして、制度的な国際化の中で、建築家の職能がどんどん下位に置かれつつある。CM(Construction Management)やPM(Project Management)でも、事業の収支や効率という側面から建築以外の方々がそこでイニシアティブをとる。それは全く時宜を得たことかもしれませんが、一方で建築家や都市デザインナーの職能的「誇り」のようなものが、どんどん矮小化しつつあるのではないかと危惧します。
  ここで私は何も、伝統的な建築家像の復権を申し上げているわけではありません。バックキャスティングのような方法論を具体化しようとした時に、多くの人たちに共有できるイメージを描けるのは建築家や都市デザイナーしかいないと思いたいわけです。そうは言っても、彼等も今がどんな状況なのかということを知らなければならない。社会とコミュニケーションのとれないデザイナーばかりでは困るからです。
  バックキャスティングをイメージする上で似たようなものとして、例えば「ジグゾーパズル」があります。このゲームは最後に到達する図柄は決まっていて箱の表紙にも描かれていますが、それを目指してバラバラにしたものをひとつ一つはめ込んでいくというものですね。
  もう一つの類似したアナロジーは、チェスや将棋です。これも相手の王を取るという明確な目標がある。しかし、その王の取るためには、いろんな定石や布石、詰めのパターンがある。それらを刻々と変化する盤上の状況を把握し、それを理解し、戦略的に詰めの形に持っていこうとする。それがバックキャスティングというものの考え方によく似ていると言われます。
(図2)
  さて、以上の背景となる現状についてデータから眺めて見ましょう。これは皆さんもご承知と思いますが、国別のCO2の排出割合です。EUを一つの国とすると、日本は5番目です。
(図3)
  2000年のデータですから多少古いのですが、これを人口1人当たりに直して見てみます。意外なのは、オーストラリアがアメリカに次いで2番目だということです。広大な国土に人口が2千万程度と非常に人口密度が小さいことがその理由ですが、大量のエネルギーを消費している国ということができます。いずれにしても、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ロシア、ドイツ、イギリスの次が日本です。7年前の資料ですから、現在は多少変わっているかもしれません。今、急速にエネルギー消費が伸びていると言われている中国も、2000年では15位でした。
(図4) 
  日本で温室効果ガス排出の内訳は、エネルギー起源のCO2が圧倒的です。9割方を占めています。ですから、日本でCO2削減のためには、エネルギー起源のCO2排出をいかに削減するかに集中しても構わないと言えます。
(図5)
  次に産業、運輸、民生と部門別に分けて見たCO2排出割合です。これは2004年の環境省のデータですが、民生は合わせて29%(家庭:13+業務:16)で、運輸の21%を超えています。
(図6)
  エネルギー消費の内訳が近年どのように変化してきたかを示すのが次のグラフです。京都議定書の基準年である1990年を100とした時のグラフです。特徴的なのは、民生部門が一貫して伸びていることです。先程申し上げたように、これが今、国交省等が突き上げを食っている主な原因です。他の運輸や産業が頑張っているのに、民生だけが何故ここうなったのかということです。
  我々建築関係者は、この民生部門と深く関わっていますから、この事態に責任があります。つまり、どうすればこの状況を打破できるのかが問われているのです。  
(図7)
  前のグラフは1990年時を100とした比較でグラフですが、絶対量で見ると、そもそも民生は運輸より多かった。これだけを見ると、民生1人が悪者になるというのも理解できないわけでもない。しかし、ここで注意すべきは、もともと日本の民生部門のエネルギー消費は、住宅もオフィスもエネルギー消費が欧米に比べて比較的低かったことです。つまり、快適でない環境の中で我々は仕事をし、暮らしてきたということです。もちろん、戦後のバラックから始まった時代から比べれば、住宅は質的にも飛躍的な進歩を遂げたわけですけれども、欧米のレベルと比べると、もともとの出発点が低かったので、一貫した増加傾向もやむをえないという見方もあります。しかし、実態はこうだということです。
(図8)
  これもよく学会のデータとして引用されますが、全産業のLCCO2排出量の中で占める建設部門の割合です。合わせて約36%。これはOECD加盟国の大体の平均値に近い。ここで重要なのは、「新規建設+改修」で12%に対し、「運用」が23%で、ほぼ1対2の割合ということです。学会が推奨する建築の寿命を100年とする目標を実現していきますと、さらに運用の割合が増えていくことになります。いずれにしても、建築物の外皮の断熱性能や設備機器等の効率を上げる取り組みは、まさにこの運用時のCO2排出量を下げる取り組みに他なりません。
(図9)
  さて、このグラフは、先程の省エネルギー基準を義務化する話と関係があります。日本の住宅における運用エネルギー消費の推移を、1980年代と1990年代の平均値を比べたものです。これを見ますと、1980年代の全体量が4000万キロリットル原油換算に対し、1990年代になると5000万キロリットルですから、約2割アップしたことになります。
  その内訳は、下から「空調(冷暖房)」「給湯」「厨房」「動力他」です。これは全体の平均値ですから、当然地域によって異なります。例えば、北国の北海道では、この空調(暖房)の割合がもっと増えますが、全国平均だと25%程度ですね。ちなみに、ドイツでは暖房用のエネルギー消費が全体の約75%を占めます。寒冷地で全館暖房、常時運転だとそうなります。
  こうして見ると、省エネルギーを義務化するという意味合いが、ドイツと日本では、かなり意味が違うことがわかります。つまり、エネルギー消費量のせいぜい4分の1程度でしかない空調用を基準の義務化で削減しようとしても、それにかかる行政コストの割にはあまり効果がないというのが、これまでの国土交通省等の立場でした。
  ところが、京都議定書の目標達成年が近づいた今、もうそんなことは言っていられない。なりふり構わずできるものは何でもやる、という状況になりつつある。特にこの3月ぐらいからですね、その傾向が強まったのは。
  もう一つの大きな課題は、「外被性能」と「設備機器」に関する省エネルギーです。これまでの建物の省エネ基準はそれぞれ別個に分けられています。ところが、ドイツあたりの省エネ基準では統合化されています。つまり、1軒の住宅全体の省エネルギーを考える際には、建物のいわゆる外被性能としての断熱性能と、設備機器のエネルギー効率を統合的に評価して初めて有効性が担保されるからです。例えば、「給湯」を見るとこんなに大きな割合占める。その他大きな要素は「動力他」つまり、大型化・多様化したり数が増えたりしてきた家電製品等のエネルギー消費です。
  現在は「次世代省エネ基準」がありますが、以上のような状況を反映して、今さらにその次の省エネ基準が準備されているところです。端的に言うと、「外被性能」と「設備機器」を統合化した基準になります。これは東京大学の坂本雄三先生が中心となって検討されていて、もう基準自体の全容はでき上がっている。後一年間かけて制度化していくようです。その時期はもっと早まるかもしれませんけれども。
  いずれにしても、先程申し上げたような背景から、省エネ政策が相当強化され方向にあります。しかし、その一方で日本の住宅のエネルギー消費の実態に即した形で制度設計することが大切だと思います。
(図10)
  もう一つの大きな側面は、今後日本の人口減少とともに人口構成が変化し、世帯数が減っていくということです。私は1948年生まれの団塊の世代に属します。これから数年の内に私たちの仲間はどんどんリタイアしていきます。そして、老後を過ごした後、この世からおさらばする。そうなると、世帯数がドラスティックに減っていきます。これは、以前日建設計にいらして今は慶応大学教授の伊香賀俊治先生の最近の研究結果ですが、世帯数の急激な減少が実は二酸化炭素排出削減に大きく寄与する。つまり、2050年ぐらいになると、今の40%ぐらいは黙っていても減少するという試算結果です。皆さんも日経新聞等で紹介されていましたので、ご覧になった方も多いと思います。それに、さらに様々な省エネルギー施策を加味すると、50〜60%の削減も2050年レベルで可能となる。こんな楽観的な研究結果もあるんですね。しかし、この位大幅な削減を目標にしないと、国際的には孤立する恐れがあるというのが昨今の状況です。ですから、このような社会科学的な側面を加味した研究が今後ますます求められる。いずれにしても、日本で2050年には65歳以上のいわゆる高齢者が全人口の3分の1程度を占めるようになる、という予測をこのグラフは示しています。
(図11)
  次に、住宅の着工件数に関して見ますと、このグラフは三菱総研が大分前に作ったものですが、その後もかなり正確に推移しているものですから、未だに使わせていただいています。結論から言うと、新築住宅の着工件数(戸数)が、先程のような人口構成の変化や経済の推移など様々なことを考慮すると、近い将来ドラスティックに減っていくことを示しています。
  グラフの予想では昨年は120万戸程度ですが、2007年も大体120万戸はいくだろうという話になっていますから、かなりうまく当たっている。それが2010年を過ぎるころから急減し、ちょうど半分の60万戸ぐらいが下限になっています。
(図12)
  これは、東大の野城智也先生達が作られた日本の建築の寿命に関するデータです。横軸は竣工後の年数で100年、80年、60年、40年と刻まれています。縦軸は建物の残存率、すなわち、壊されたりした結果、例えば20年後にどの位の量の建築が残っているのかという割合を示したものです。それを、この表では木造アパート、RC事務所、木造住宅、RCアパートを比べています。木造住宅を見ますと、50%残存した状態を仮に耐用年数とすればそれが約38年になり、他が35年、32年となる。おおむね30年内外ということになるわけです。
  しかし、現実的には建物の寿命はその物理的な性能だけで決まるわけではありません。つまり、制度的、経済的な要求から建て替えられる場合が多いのです。いずれにしても、今までよく使われてきた数字は、木造戸建住宅だと26年、RCのオフィスだと30年です。また日本建築学会は、学会声明として100年持つようにしましょう訴えてきました。それが現実化すると、次のような話につながります。
(図13)
  これは伊香賀先生、村上先生等が少し以前に作られたグラフです。概要は、1970年から2050年までに日本における年間建築工事量の新築とリニューアルの割合がどう変化するかを予測したものです。その際、先程のような人口構成の変化等の条件を入れ、しかも100年持つような建物を造る前提で計算し、その結果として描かれたグラフです。いずれにしても、これが非常にショッキングだったのは、2050年には新築が全体建築工事量の1割を切るということです。残りは改修、つまり、今のヨーロッパ型に近づくということをこのグラフは示しています。
  しかし、これはあくまでも学会声明を全新築に適用した場合というのが前提になっていますから、必ずしもこの通り推移するとは限らない。しかしながら、大よその傾向としてはこうなりそうだと読むことができる。1990年は、合わせておよそ5億uが年間造られていましたが、そのうちの2億7000万uが新築で、2億5000万uがリニューアルだった。ほぼ半々だったわけですね。それが仮に先程のような条件で推移すれば、2050年には新築が1割を切ってしまうということです。
  この予測を皆さんはどのように捉えられるでしょうか。このことに関して、私は日本経済新聞に2〜3年前に投稿しましたが、つまるところ建築に関連する産業構造が変わらざるを得ない。これは各社さんも新築物件の減少については、既にそういう傾向を実感されていると思いますし、ゼネコンさんでもリニューアルの仕事が増えているという実態がある。
  これに関連してもう1つ大きな問題は教育です。私は大学で教えていますけれども、大学の建築学科ではリニューアルをちゃんと教えていない。これまでは重要なテーマではなかったからです。また、1級建築士の試験にもあまり関わりがなかったからです。例の構造偽装事件以降の対策として、1級建築士の試験の前提条件は卒業した大学学科単位ではなく、履修した科目で受験資格をチェックすることになりそうです。これから精査されることになりますが、その中で改修やリニューアルのテーマが、どのように扱われるのかは大変重要な側面です。
  現在、全国で163校378に上る建築系の学科あるいは高等教育機関があります。163校ですよ。そして、そこから毎年大学院も含め、1万6000人強の学生が世に出ていくのです。そして各教育機関のシラバスを眺めても、ほとんどが横並びです。つまり、そこで履修科目によって試験が受けられないとなると、学生達は困るわけです。その結果、世の中に出てからあまり手掛ける機会がないような大規模で複雑な建物(例えばコンサートホール)をどの大学の学科でも、演習の課題に出さざるを得なくなる。
  ここで、私が申し上げたいことは、そういう制度の結果として、本来大変重要な住宅に関しては、非常に短い期間しか教育されない。しかも最初の課題か、後でもせいぜい集合住宅が扱われるぐらいです。つまり、大学で住まいやまちづくり、そして改修がきちっと教えられていないということです。
  それに関連して、昨年6月に「住生活基本法」が私立しました。この中には、以上のテーマが今後の重要な課題として明確に位置づけられています。
 
 

2.エンドユーザーの目・関心

(図14)
  さて、ここで少し具体的な現実に即してお話をしてみたいと思います。
  言うまでもなく、今日の市場経済下にあって「マーケット」の実態があらゆる経済活動の大きな判断材料となります。住宅市場に関しては、リクルート社が自社の発行する住宅情報雑誌を通じて市場調査を行っています。去年の9月を対象に、読者の中から住宅取得あるいは改修を予定している人を対象に調査をしました(回答者数は約1300人)。
  回答者の属性は、平均年齢が約38歳、子供の数が1.6人、年収は約400万から1000万円程度です。現在の住まいは賃貸の集合住宅が最も多い。しかも、100u以下の住まいが59%で一番多い。リクルートの住宅情報誌購読者という前提はありますが、この調査による平均的な住宅取得予定者像はこんな人達だと言えます。
  彼等が求めている住宅像がどんなものか、この辺は我々にとっても大変興味がありますね。「土地つきの注文住宅」が圧倒的で81%。その中でも「建て売り」が35%、「注文住宅・改修のみ」が35%で、残念ながら設計者が介在するものは、そんなに求められていないんです。
  それから、「どんな住宅が好みか」という問いがあり、幾つか典型的な住宅の絵が描いるのですが、その中から選んでもらっています。シンプルでモダンなものから、和風やごく一般的のものまで、現在目にする住まいの外観が例示されている。その中で一番支持が多かったのは、寄せ棟の屋根のよく見かけるツーバイフォー的な住宅です。ハウスメーカーさんがお造りになる典型と言った方がいいのかもしれませんが、それが21%で最も人気がある。逆に建築家が造りがちな真っ白で真四角なエキセントリックな外観の住宅は支持されていない。
  もう一つ重要なのは住宅の構法についてですが、在来木造軸組構法が未だに34%で1位なんですね。これは非常に興味深い結果です。ツーバイフォーがその後に続きますが、25%ですから約1割の差があります。
  想定する家族構成は、単世帯が29%、2世帯が26%でほぼ拮抗しています。そんな住宅の予算ですが、2000万円〜2500万円という階層が最も多く、平均は2480万円です。また、外構に予定している予算の最多階層は、100万円〜600万円です。
(図15)
  次はエンドユーザーが求める供給者、つまり住宅を供給する側に対するイメージについてです。この結果を見ると、大手のハウスメーカーが圧倒的です。この辺が私にとってはよくわかりません。日本全体で建てられる戸建て住宅の内容を見ますと、例えばプレハブ住宅協会に加盟する大手ハウスメーカーさんのシェアはかなり以前から2割以下で推移しており、残りの約8割以上の戸建住宅は、それ以外の地域のホームビルダー、大工、工務店さんが造って供給している。それが実態なのですが、こういうアンケートだと、大手のハウスメーカーさんが圧倒的に支持されるのです。次に、建築家+工務店が16%で、地域の工務店とか中小ホームビルダーは、あわせて23%しか支持されてないんですね。しかし、実態は違うという理由があまりよくわかりません。住宅情報誌がカバーする読者がこの質問に関しては偏っているということでしょうか。
  さて次に、エンドユーザーの関心のある住宅仕様トップ3です。最近は全電化が圧倒的に関心を集めています。その次が2世帯住宅で17%です。意外だったのは、3番目に和風住宅が入っているということです。これには解釈に幅があると思いますが、いずれにしても「和風」というキーワードがエンドユーザーの頭の中にあるいうことになります。
  さらに、関心のある住宅の性能トップ5です。この結果も意外でした。トップ3は耐震、耐久、防火で大体理解できます。それに次いで、遮音性能が76%、省エネ性能も76%です。普通ユーザーは省エネには関心がない、とよく言われます。特にハウスメーカーの営業サイドから、そう報告されることが多い。ところが、この調査で表れてくる数字だと、かなり高いことが注目されます。
  これに関しては、省エネ性能がユーザーにとっての経済的な利益(維持費の低減等)と結びつけて明示的に理解されるようになると、さらに関心度が上がっていく可能性があります。

3.環境共生の萌芽〜産業革命と田園都市〜

(図16)
  突然絵柄が変わりました。これは住宅に係わる我々の意識の中で、未だ原像のように焼きついているイメージ、「ガーデンシティ(田園都市)」です。E.ハワードが、この田園都市という考え方を考案したのは19世紀の後半のことです。
  当時、産業革命で公害が進み惨憺たる居住環境を抱える都市、ロンドン。その周辺で環境の良い郊外地に、一定規模の、今でいうコンパクトシティを計画的に造る。その規模に達したら近傍にまた別の田園都市を造るという考え方です。都市の便利さや快適さと、田舎の健康が両立する住宅都市を実現する、それがガーデンシティだったわけです。
  1903年に、そのモデルとなるまちがレッチワースに実現し、既に100年を越しました。レッチワースで非常に面白いのは、土地を長期の賃貸とし、株式会社を作ってまちのマネジメントを行ってきた点です。それが凄いと思います。そこに日本でいうと昔の入会地のような「コモン(Common)」という共用地をいろんな形で都市の中にちりばめながら、まちの環境を長年にわたって担保していく。まさに、サステイナブルシティのお手本のようなものです。
(図17)
  このハワード等が造ったレッチワースですが、1906年に発行した宣伝用のポスターがその本質を明示しているので、ここにお示しています。「ヘルス・オブ・ザ・カントリー(田舎の健康)」と、「コンフォーツ・オブ・ザ・タウン(都市の快適性)」、これを両立させるのが田園都市レッチワースだというわけです。
  このテーマは、我々が進めてきた環境共生住宅と本質的には全く同じです。右の方に「3つの磁石」の関係が模式的に描かれています。「タウン(都市)」、「カントリー(田舎)」そして「タウン・カントリー(田園都市)」です。
  さらに、その下にはコンセプト図がありますが、都市の周辺に田舎に囲まれたコンパクトな田園都市が衛星状に位置し、互いにつながっている。田園都市では、人が歩ける距離ですべて用が足せる。そんな姿が田園都市の原像です。
  日本で言えば、田園調布は明らかにこの概念に沿って造られたのですが、私たちが郊外にニュータウンや住宅地を造る時にイメージする都市の姿は、それと基本的には余り変わっていない。こうしたバックキャスティングの方法にもつながる開発手法は、ビデネスモデルとしても成功した定期借地権方式や、株式会社によるタウンマネジメントを含めて、一つの強力な典型を作り上げたといってよいでしょう。私たちは、イギリスを初めとする先進諸国の試みに学ぶことがまだまだ沢山あると思います。
(図18)
  次のスライドの人物は私の師匠です。私が1973年にパリに行き、その後6年程建築や都市デザインの世界でお世話になった、ジョルジュ・キャンディリスという人です。彼は近代建築史に名を残しましたが、住宅を中心としたまちづくりが得意でした。また、多くのコンペで勝ち、ベルリン自由大学なども手掛けました。
  この写真は、「ツールーズ・ル・ミライユ(Toulouse le Miraille)」というツールーズ近郊のニュータウンの計画模型です。これも、国際コンペで彼が仲間と1位を取ったプロジェクトですが、先程のコンパクトシティと少し概念が違う。つまり、都市は時間と共に成長することをベースに据え、それを都市の計画的、構造的に許容できるシステムを実体化するという考え方です。具体的には、こういう幹から枝葉が分かれていくように、成長する都市構造のイメージを空間化したものです。
  そこには密度のヒエラルキーが空間的に表現され、高層の集合住宅もあれば、低層住宅もある。この中で、住環境の多様性と選択性を高めようというわけです。また、インフラとしての交通システムも歩車分離をベースに多重的に重ね合わせられた。これは、その都市全体の完成段階のモデルです。
  丹下健三さんは、1960年に東京計画として東京湾に拡張する海上都市のイメージを描きました。これもそうですが、バックキャステャングの方法につながると言えるでしょう。つまり、都市が到達すべきと想定した総合的なイメージです。最近ですと、東大の大野秀敏さんが縮小する社会を背景とする都市、東京のイメージとして「ファイバーシティ」という提案をされました。あれも、現代的な意味でのバックキャスティングとも言うべき壮大な仕事だと思います。
  キャンディリスの話に戻りますと、彼は社会派を標榜する建築家でしたから、形態的、空間的なことへの関心にとどまらず、より社会的な枠組みの中での建築のあり方を問い、そこからツールルーズのような都市デザインに関わっていった。しかし、私が理解する限り、その中で起こる生活の変化や、社会自体の変化に伴う建築や都市へアプローチはそれほど十分ではなかった。
  それに関連して、最近よく団地再生という言葉をよく耳にします。特に東ヨーロッパの旧社会主義国では、戦後プレファブによる巨大な住宅団地が大量に造られました。そのスケールアウトで味気ない居住環境が、近年大きな社会問題化している。西側のイギリスでもカンバノールドみたいな古いニュータウンは、バンダリズムや犯罪が多発している。その対策として、高層の建物を低くしたり、あるいは延々とつながる長大な建物を切断したりして、もっと人間的なスケールに戻す。いわゆる「減築」ですが、こうして団地を再生する試みが実際に行われ、大きな成果をあげているのです。これも、実はコンパクトシティの原点にある考え方と同根です。アメリカで言っている「ニューアーバニリズム」も都市の縁辺における同様の課題に対する一つの回答ですね。
  いうまでもなく、時代の求める都市像は変わっていきます。例えば先程のバンダリズムを初め、社会的な安全性の問題は「リスク管理」を生みますね。そしてそのリスクをヘッジする役割を、計画側の人間は担わなければならない。バックキャスティングという手法の中では、それが中心的な意味を持つのです。そのためにも、異分野とのコラボレーションが必要となると思います。
  少なくとも、キャンディリスがこのToulouse le Mirailleを考えた時には、社会学者や心理学者と共同したわけではない。彼の建築家としての素養、能力を駆使して、こういうある一つの美しい鳥瞰的な都市の姿を描いてコンペで勝ち、実際に造られた。しかし、現在は団地再生と共通の問題を抱えていると聞き及びます。私は現地に行って、是非その現状を見てみたいと思っています。
 
 
.ドイツ、カッセルでの試み〜バウビオロギーの実践として〜

(図19)
  さて、これからは私が実際に関わった仕事についてお話をしていきたいと思います。
  先ほどの田園都市や、今のツールーズの話もそうですが、近代の建築や都市計画における最大のテーマの一つが、私達が住んでいる環境をどうすればより「健康」にできるか。地球環境を標榜するまでもなく、「健康」は近代都市計画の大きなキーワードでした。特に産業革命以降は、劣悪な都市環境に住む人達の健康をどうやって確保するかが主要な課題となったのです。
  それに関連する運動が「バウビオロギー(Baubiologie)」です。これは、ドイツを中心にして1970年代半ばから活発化した建築と環境との調和を図る運動の一つです。私はこれを「建築生物学」と単純に訳しました。つまり、建築を通して生物学的な存在である人間環境のあり方を考えていこうということです。バウ(Bau)はビルディングという意味です。ビオロギー(Biologie)はバイオロジーで、生態学はその一分野として発達しました。ドイツでは、このような動きは地域別に戦前から連綿とあったのです。それがレイチェル・カーソンやバックミンスター・フラーをはじめとする60年代のアメリカにおける先導的な動きに触発され、さらに70年代のオイルショックを契機に、この建築における健康やエネルギーの問題に焦点を合わせた環境の問題が建築界で盛んに議論されるようになった。その中核的な運動がこの「バウビオロギー」です。
  その背景として、哲学者ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)の影響も大きかったと私は見ています。彼はシュタイナー学校を創設した教育者でもあり、20世紀初頭に産業革命の歪みに対し人間の生理的、精神的発達過程に応じた教育を強く主張しました。そして「人智学(Anthroposophie)」と呼ぶ新しい総合文化の必要を説く考え方を打ち立て、後にドイツ語圏を中心とする芸術、教育、医療、農法等の思潮に通奏低音のような影響を与え続けてきました。特に、人の健康や医療に関する洞察は、バウビオロギーなどの総合的な環境問題に対処しようとする建築や都市のデザインに受け継がれていったのです。当然、そこに介在する建築のあり方にも言及し、名高いゲーテアヌムはその象徴的な存在でした。
  ドイツの「緑の党」もそうですが、バウビオロギー運動を支えた中核の人達は、このシュタイナーの思想に影響された人が非常に多いと言われています。例えば、このR.ディートリッヒ博士はその中心人物の一人でした。もう70を超えた方ですが、1960年代の後半に「メタシュタット」という工業化による効率の高い集合住宅生産・供給システムを開発し、それによる都市的住環境の実験的構築に取り組んだ建築家です。そして同時期に、自邸をこのバウビオロギーという考え方に基づいて南ドイツの自然の中に実際に建てました。その後、工業化システムは頓挫しましたが、様々な環境共生住宅団地を造り、近年は非常に美しい木造の橋を沢山デザインしていることでも有名です。中央の図は、彼が1976年に描いたものですが、中心に人間がいてその外側に様々な要素、すなわち環境因子がある。その間に介在する建築のあり方を人間の健康という側面に焦点を合わせて、現在の歪んだ姿の問題点を示しています。
  人間の健康を考えるということは、その周辺環境の生物学的、生態学的健康も同時に考えることになります。そうした視点から眺めてみて、現代建築の抱える問題点を浮き彫りにし、総合的に見直そう。それが建築生物学の目的でした。
(図20)
  私がドイツにいた1970年代後半は、ちょうどこの建築生物学を巡って議論が白熱した時代でもありました。その後、徐々に事例が実現されていきます。ここでご覧いただく「カッセル・エコロジー団地」は、私の仲間と一緒に造った、いわゆるコーポラティブ方式の小規模住宅団地です。先程申し上げた建築生物学の考え方に基づき、第1期が1984年、第2期は1993年頃におおむね完成しました。
  カッセルは、フルダ川と直行する一直線の軸線を背骨としてバロックな構造を持つ都市です。「ドキュメンタ」という、戦後から3年か4年置きに開催されるヨーロッパ最大の美術展覧会が開かれることでもよく知られた町です。カッセル大学には建築学科があり、この団地の仲間には、そこで教えている建築家もいます。以前は東ドイツと西ドイツの国境近くに位置していましたから、大変過疎化に悩んでいた町だったのですが、東西が統合されてからは、新幹線の駅ができたりして交通の要所となり、逆に開発をコントロールすることに力を注ぐようになりました。
(図22)
  私はこのプロジェクトに参加し、ドイツで初めて具体的に建物を造って、まちづくりのプロセスについても多くを学びました。ドイツだけではありませんが、特に、土地の売買に必ず計画がセットとなることの実態を体験しました。日本の地区計画の手本となったのが、ドイツのBebauungsplan(B-プラン/地区詳細計画)ですが、一度作られると、それは土地とセットで売買されるのです。
(図23)
  具体的には、この土地は市有地でしたが、私たちが市の住宅政策に協力し、協議を重ねながら一定の条件の下で分譲していただくことになった。その前提として、この団地の開発コンセプトと29項目に及ぶ指針を明示し、具体的に団地のめざす姿を具体的に描いた。市の側もそれに賛同し、指針を反映した地区詳細計画を定めました。例えば、高さ制限、壁面の位置はもとより、屋根の勾配、外壁の材料・色彩、植栽の種類等に及ぶ詳細を決めました。
  ここでは、屋根勾配は12度〜14度とある幅を持たせながら、緑化を義務付けました。しかし、こうした統一性をもたせながらも、住宅の形状はできるだけ自由度を許容する。この写真をご覧いただくとわかるように、個々の住宅の形は様々です。こうして、コーポラティブに参加した人たちの合意を得ながら、地区詳細計画が作られました。一度定められますと、変更は可能ですが面倒な手続が必要ですから、一定期間担保されるわけです。つまり住人の転出入が避けられない住宅団地で、目指す住環境のクオリティーを確保する仕組みとして、この制度が機能するのです。
(図24)
  ちょっと先を急ぎましょう。これはカーポート周りの様子です。
(図25)
  中央の団地内道路も舗装はせず、雨水の地下浸透を確保するこや、また屋根ですが、面積の80%以上の緑化を地区詳細計画で義務付けました。ですから、このようにカーポートの屋根も緑化されています。
(図26)
  これは第一期の完成後10年位後の写真ですが、今では建物はほとんど外構の緑で見えなくなっています。
(図27)
  この写真は、各住戸の入り口周りです。各戸とも思い思いの形、表情をしています。先ほど申し上げた自由度の確保です。コーポラティブ方式による集住は、日本でもいろんな取り組み事例がありますが、そうなかなかうまくいくケースばかりではない。いずれにしても、大変エネルギーがかかります。ここの場合は複数の建築家が中心となってコーディネーションしましたので、計画プロセスではそれほど深刻な問題はありませんでしたが、入居してからの問題がありました。住人同士が、最初は仲が良かったけれども、子ども同士が喧嘩してそれが火種となって口もきかなくなった、そんなことも実際に起こりました。
  こうして、数々のトラブルを経ながらも、何か問題が起きた時にみんなで話し合って解決するという最低限のルールは守られている。例えば、街灯一つとっても、時間に余裕のある人は「私がそれを立てる作業を引き受けよう。そのかわり時間のない人は作業代を負担しなさいよ。」という形で物事が進んで行くわけです。
(図28)
  住宅を幾つかごらんいただきますが、ドイツでは珍しい木軸構法の家が並んでいます。これは、コーディネーターをした建築家ヘッガー夫妻の自宅です。北側には段状の菜園や、生ごみの堆肥場があります。
(図29)
  これは、熱損失の少ない木軸+ペアガラスの温室です。
(図30)(図31)
  エコロジーやバウビオロギーというと、なんとなく我慢が要求されるマイナスのイメージがついて回りますが、カッセルの場合は、住まいの快適性と環境への配慮を両立させることが最初から大きなテーマでした。このことは、今日最後にお話する「ロ・ハウス」構想にもつながってきます。
(図32)
  この窓は、ブラインドを内蔵した極めて断熱性能の高い三重窓です。また、この外壁の板にはカラマツの20ミリムク材を使い、ペンキは一切塗らないルールです。ドイツで使える建築用木材はカラマツぐらいですが、樹脂分が多くねじれやすく、使いにくい材料です。ですから、外壁の窓枠にはスウェーデン産のマツを使っています。このように、同じヨーロッパでも使える木材とその用途は異なります。
(図33)
  さて、これこそエコロジー住宅の手本みたいな顔つきをした住宅です。ヘッガーと共にコーディネーター役を果たしたG.ミンケというカッセル大学の教授で建築家の自邸です。彼は民俗建築が専門ですが、セルフビルドで建てたものです。
(図34)(図35)
  この家の特徴は、八角形を単位とした部屋を次々と増築できる大変融通無碍な構法です。その一つの単位空間は、短い材木を巧みに組み合わせて大きな空間を造るという北米インディアンの「ホーガン構法」を援用したものです。風除室のある入り口を入ると、トップライトから光が降り注ぐアトリウムがあり、その周りを温室を含めて機能の異なる部屋が取り囲んでいる。そんな住宅です。
(図36)
  もう一つ重要な要素は、室内の材料と仕上げです。バウビオロギーの主題の一つである健康な建築空間の再構築という意味からも、ミンケさんは、シックハウス問題に対して最初から大変慎重でした。この家は木軸構法ですが、充填する壁の材料はこの場所でとれる粘土と砂を混ぜ、生乾きの状態で積んでいったものです。日本でいう土壁です。ドイツでは戦前からある構法で、「軽量粘土構法」と呼ばれています。焼成していないから、壊した後は土に戻るというわけです。
(図37)
  次に、これは私の自宅です。1991年に完成しました。今から16年前です。これは左側に母屋があって、右側に離れがあります。真ん中に風除室があり、その背後に中庭があります。ほかの住宅とは全く形状が異なりますが、外壁は同じ材料を使っていますので、団地としての統一性が保たれています。北側の閉じたファサードに対し、南側には平面的にも開いた構成としました。
(図38)(図39)
  この模型で示した樹木は、地区詳細計画で保存が義務づけられたものです。
  これが平面図です。
(図40)(図41)
  カッセルの冬は、時に零下15度にもなるところですから、中庭を北風から守る配置としました。また南側には垣根が見えますが、その背後は広大ないわゆる市民菜園です。
  また、周囲の樹木との関係性を住まいの熱環境の制御に取り込み、パッシブに利用しています。この庭木は落葉樹のリンゴやナシですが、その役割を果たしてくれるばばかりでなく、果物を我々や鳥たちに提供してくれています。
(図42)(図43)
  これは母屋の食堂です。
  こちらは離れで、スタジオとして設計しました。ここは常に空けてあり、いつでも使えるようにしています。

5.環境共生住宅の運動 1990年〜

(図44)
  さて、次いで日本に戻ってきてから携わった環境共生住宅の運動について、簡単にご紹介をしておきます。この取り組みは、1990年に立ち上がった産官学共同の研究会が、まずそのベースを築きました。先程来申し上げてきたような現代社会の課題に対して、日本の住宅の計画・生産・供給・運用を通し、どう総合的に解決し実践できるのかについて研究開発に着手したのです。これは、先に策定された内閣の「地球温暖化防止行動計画」に基づき、当時の建設省住宅局が主唱して立ち上がったプロジェクトでした。もともとは、通産省(当時)と共管でスタートする予定でしたが、結局建設省が単独でやることになったのです。
(図45)
  この図は、環境共生住宅の基本的な目的を示しています。「地球環境の保全」、「周辺環境との親和性」、「居住環境の健康・快適性」の3つです。先程お話した「バウビオロギー」の考え方と重なる部分が多いのですが、国連を中心に国際的な関心事となり始めた「地球環境の保全」というテーマがここでは一番重要で、それがまさに、この取り組みの入り口だったのです。
  1990年当時、地球サミットが2年後リオで開かれることになっていて、日本としても政策的な取り組みについてプレゼンする必要がありました。それ以降「サステイナブル・デベロップメント(持続可能な開発)」が地球規模のキーワードになりましたが、「環境共生住宅」の施策は日本が基幹産業の一つである住宅を通じて、この地球環境問題にどう貢献しようとしているのかを示すための役割を負っていたのです。実際に、リオではこの取り組みが紹介されました。
(図46)
  その総合的なイメージ図です。建物の外被性能や、設備機器の効率などの要素技術も重要ですが、まずは建物と場所と人の関係性を読み解き、その条件にふさわしい最適解を発見する、そして、それが常に改善できる計画手法に最も重要なポイントがあると私たちは考えました。
(図47)
  そこでは、先程のガーデンシティ(田園都市)にも学び、今で言う「コンパクトシティ」と共通する問題意識を持った「エコ・ヴィレッジ」あるいは「環境共生タウン」のイメージを1991年に描きました。首都圏のある具体的な場所を想定し、既存集落と共生する姿として描いたものです。
(図48)
  ここで重要なのは、そうした理念や目標を実現していくためには、従来の狭義の建築計画論だけではなく、もっと包括的なプロセスを基盤に据えたデザイン手法の開発です。結論から申し上げると、「プレデザイン」→「デザイン」→「ポストデザイン」という、建築のライフサイクルに応じたデザインの流れをつくり、それがグルグル循環していける、ちょうど「環境マネジメント」における「PDCA(Plan→Do→Check→Action)サイクル」と同様な計画手法を考えました。
  まず、どんなデザインでも必ず事前調査をしますね。その結果を基に企画を立てコンセプトをつくる、この段階が「プレデザイン」です。それを建築・都市的に具体化する段階が「デザイン」。デザインに携わる人間の仕事は、通常そこで終わるのですが、その後竣工し運用が始まった物件を定常、非定常で検証し、設計通りうまく機能しているかどうかをチェックする。そこで問題が発見されたら、何が原因かを発見する。それが「ポストデザイン」です。
  要は、その場にデザインする人間が関与すべきだということです。そうすれば、またデザインやコンセプトが改善されて行く。このように、理想形としては常にデザインを改善するというサイクルに乗って行けるわけです。
(図49)
  最近、設計の発注方式を巡って、その前提となる条件を発注者側が明記すべきという指摘がよく聞かれるようになりました。ブリーフ、あるいはブリーフィングと呼ばれるものです。日本では、その曖昧さが設計行為の業務範囲を不明確にしていることは事実です。しかし、その一方で設計の前提条件となる企画的な業務を設計と切り離して独立した仕事とする動きには疑問があります。規模にもよりますが、今申し上げたプロセス論から見れば、そのプレデザインの分業化による弊害が危惧されるからです。いずれにしても、建物のブリーフィングには、どんな形にせよ設計者が積極的に関与すべきだと思います。そのプロセスから学び、発見できることが沢山あるのですから。

6.環境共生住宅団地の事例〜コミュニティ・まちづくりとして〜

(図50):世田谷区深沢環境共生住宅                                 
  そのデザインプロセスの流れを、世田谷と屋久島の仕事を例にご覧いただきたいと思います。まず世田谷区深沢環境共生住宅ですが、今からちょうど10年前にできたものです。十年一昔と言いますから、随分時間が経ちました。有難いことに、その間に国連の「World Habitat Award(世界ハビタット賞)」などの賞もいただきました。
(図51)(図50)
  これはプレデザインの結果を示しています。
  この段階では、例えば、土地柄を読み取るために通常の様々な立地調査をするわけですが、地図・気象情報からだけでも水や、緑や、風や、生き物に関する様々なことがわかります。
 
(図52)(図53)
  もう一つは、この場合は建て替えでしたから、居住者の社会学的、心理学的な分析も詳しく行いました。これが、実は極めてクリエイティブな作業です。私は開発の規模に関わらすそう信じています。具体的には、おじいちゃん、おばあちゃん達の家を訪ねて、そこでお仲間とグループインタビューを重ねながら毎日の暮らしについて伺い、彼らの価値観やライフスタイルを丹念に読み解いていくという作業です。
  実は、この機会を通じて生まれた人間関係が大事で、何か問題が起きた時、まず我々に相談してくれるという関係が未だに続いています。世田谷では、いろいろありましたが、結局、幸いにもそんな関係の構築が可能だったということです。
  この写真のような、居住者、行政、計画・設計者等が定期的に協議するオフィシャルな場も重要ですが、一方、インフォーマルなコミュニケーションの場も必要です。このケースでは、こうした参加型の計画プロセスの運営に精力を注ぐことがまず必要でしたし、行政側も強力に支援してくれました。
(図54)
  その時、敷地が持つ資源を活用するテーマとしては、表土の保全、既存樹木の再利用、井戸の利活用等、様々なことを試みました。そうした行為は条件が整い、当事者に熱意があれば実現するのですが、しかしもっと重要なのは運用段階でそうした試みがどのような効果をもたらし、どのように育成管理されるのかです。
(図55)
  例えば、建て替え前の生活環境の記憶を新しい環境の中に残す目的の作業として、以前建っていた木造の住宅の柱や梁の一部を外構(縁石)に象徴的に再利用する。資源の保全に役に立つなどというレベルのことではありませんが。この瓦の再利用もそうです。建物を除却する前に、こうして区の職員、我々の設計事務所の若い連中、それに住人たちが屋根から降ろす作業を共同しました。その後、現場でパーティを開いたりし、最後はまた、このように外構のデザインに利用しました。
  こういうプロセスによる記憶のとどめ方の効果が、今度は、できた後のメンテナンスに表れるんですね。彼らは、自らが参加した新しい住環境に非常に愛着を持つようになります。自分たちがこの建物を設計した、僕らのような建築屋を使ったという意識を持つんですね。それがとても大事だと思います。その結果、彼らはとても大事に団地を使いこなし続ける、その大きな動機になっています。
  (図57)
  これが完成直後の航空写真です。今では緑量が3〜4倍に成長しています。この事業でさらに重要だったのは、先程ポストデザインという話をしましたが、その一つの例として、育成管理・運営の仕組みを計画時点に作った事です。そこに設計者が関与することが大切だと思いました。
  この運営にあたっては、区や自治会やデイホームの利用者も関与する。また、若い設計者が中心となって居住者のコミュニティ形成のサポーターとなりました。こういう住宅団地を巡って立場の異なる人たちを束ねるお手伝いをしようということです。 こうした仕組みをベースにして、具体的な管理運営のルールや共益費を決めました。
(図58)(図59)
  事後検証にあたるポストデザインの段階では、大学の役割があります。私は研究室で学生を預かっていますが、彼らと現地に行き、実測やインタビュー、ヒアリング等を行いました。学生にとっては新鮮かつ実践的なことで大変役に立つことです。これはその温熱環境についてお隣の宿谷昌則先生の研究室と共同で実測をした結果で、ビオトープや屋上緑化が計画通りうまくいっているのか、などを多面的に分析しました。
(図60)
  このグラフは、緑化屋根の断面に測定点を置き、その真夏における一日の温度変化を時系列で追って見たものです。屋上緑化は、熱的にとても効果があると思われがちですが、実はかなり限定的な効果だと考えた方が良い。ここでは草の表面、覆土の中、天井表面、室内空気の4点を1998年8月に測りました。外気の変動に呼応して草の表面温度も激しく変化しています。一方、土中の温度はほとんど変化していませんね。私は、これが大変重要だと考えています。つまり、その下の防水層の温度変化が極めて少ない、すなわち収縮も少ないということです。ドイツでは屋上緑化した場合、防水層の保証期間を長く設定することも行われているそうです。
(図61)
  この図は、庇やパーゴラ付バルコニーの中間領域が持つ熱的役割を、測定によって検証した結果です。
(図62):屋久島環境共生住宅                                      
  次に、世田谷とは全く与条件の異なる鹿児島県屋久島で造った環境共生住宅団地の場合です。2001年に県営住宅を中心とする第一期が完成して以来、ようやく去年50戸全てが完成しました。
(図63)
  屋久島は円形の島で、北側の上屋久町役場がある宮之浦の一画に計画地があります。この島に九州で一番高い宮之浦岳(1935m)があり、全人口は1万4000人程度ですが世界自然遺産に登録されて以来Iターン、Jターンが増え、公営住宅が不足していたのです。
(図64)
  屋久島の気候条件ですが、東京と比べて湿度が圧倒的に違う。この主な理由は降水量です。年間約4500o。全国平均が約1700oですから大変な量です。山地の島の中心では10000mmを超えるとも言われます。そして、冬場の湿度が特に高いのが特徴です。それでいて日照時間は約1600時間ですから、そんなに遜色はないですね。
(図65)
  また、非常に重要なのは風です。島ですから、時に応じて様々な風が吹きますが、島の住まいの工夫は、この風との戦いと共生に彩られています。その主な要素は、夏場から頻繁にやって来る台風の暴風と、山風と海風です。平均風速を見ますと、夏場はずっと下がり、冬場は上がることがわかります。こういう環境条件を住宅の設計にどう反映し、どんな居住環境をつくるかは大変興味深いテーマです。
(図66)
  これらは皆さんもよくご存じの、屋久島の豊かな自然の写真です。
(図67)
  さて、これは「重ね暦(フェノロジーガイド)」と私たちが呼んでいるものです。計画の立地条件を分析する際に必ずやることなんですが、上の方には1月から12月までの一年間の気温、湿度、日照、降水量を記入します。これは小学生でもできます。
  次に、一般行事、民謡、童謡、作物、海産物、信仰行事やお祭など、その土地の自然の営みと人の営みを、やはり1月から12月まで逐一落とし込んでいきます。現地で関連資料を集めて分析すれば、誰でもできる作業です。
  さらに植物、動物です。お花が咲く時期や実がなる時が記されます。鳥、昆虫、動物もいつ頃出現するのか、どんな魚がいつ頃捕れるかが一目でわかる。そんな総合的な暦です。この重ね暦の面白さは、例えば4月で縦に見ると、この場所でその頃の自然と人の営みの概要が即座に、とても明快に理解できることです。
  この暦の利用方法ですが、第一に、その場所に関する重層的な環境情報を集めて、1枚の表にまとめるプロセスを通じ、その場所の四季折々の全体像をよく理解できるようになること。第二に、施設を活用した地域連携の年間活動プログラムが作る際に大変役に立つことです。これは通常、事務所の若いスタッフに作ってもらいます。その土地に行き、可能な限りのデータや資料を短期間に集め、読み取り、暦に落とし込む作業を通じて、その場の姿が非常に良く見えてくるからです。
  この「重ね暦」は、皆様にもぜひお勧めでございます。
(図68)
  さて、もう一つ重要なのは土地に伝わる伝承文化です。私たちは得てして伝統的建築を博物館的に眺めてしまいがちですが、屋久島のように非常に特徴のある気候風土の下で、伝統的な集落についてもぜひ分析してみる必要があります。
(図69)
  ここに示した永田の集落は、島の西側に残る非常に美しい集落です。石垣と生け垣に守られ、その向こう側に平屋の切り妻屋根が見えます。これは台風の風の影響をできるだけ小さくやり過ごす工夫です。屋根の背後に見えているのが「前岳」と呼ばれる背景としての山です。そのさらに奥の背の高い山々は、普段ほとんど雲がかかっていて見えない。水路も家の前に通っていて、こうして極めて安定した美しい景観が形成されています。そこに、私たちは多くを学ぶ必要があると思います。
(図70)
  以上のようなプレデザインの成果を最終的にある一つのコンセプトにまとめる作業です。私達はよく漢字の4行詩にまとめて表現します。同時に、それをこういう図柄として表現します。
  この絵の中央が敷地に当たるわけですが、その目の前に、島を一周する県道があります。この道路と直交するように、山と海との関係結ばれます。その軸線上の南側には先程申し上げた「前岳」と、その奥に生活環境からはほとんど見えない「奥岳」という神聖な山々、神が宿る空間が位置します。目の前の北側には磯があり、海が開け、魚が泳ぎ、トビウオが飛んでいる。
  そこに太陽が東から上がり、西に沈む。また様々な方向から風が吹く。もちろん風の風速と風向が極めて重要ですが、その質も大きなファクターです。夜間は山から吹き、午前10時位から海風に変わる。これは太陽の日射熱の変化と、それを受ける海水と大地の比熱の差によって生じるわけですが、海風は塩分を含む一方、山風はサラッとしている。そういう異なる風を、日常生活にどううまく取り込むかも計画上の大切な要素です。それから、台風時の対策は先程申し上げた通りですね。
  以上が、コンセプト図の中に抽象化して表現した概要です。
(図71)(図72)
  コンセプトをさらにブレークダウンして、「太陽と暮らす」、「水と暮らす」など、いくつかの目標とするキーワードを抽出し、それを実現する具体的な建築的手法を対応させます。それが、この「環境形成計画指針」です。先ほどお話したカッセルの方法論をより明確にしたものです。
  右の図は、それぞれの目的や要素間の相互関係を明らかにし、物質やエネルギーの流れで繋いで一つの円環状の全体像として表現したものです。屋久島環境共生住宅の曼陀羅のようなものですね。
  次いで、これらの目標を実際に建築化していく作業の過程では、当然、通常の設計作業が発生しますが、我々はそこで、いつも「環境形成計画」というものを作ります。これは、バックキャスティングのように、まずそこに形成すべき環境をイメージする。そして、皆さんと議論しながら与条件を勘案して優先順位を決め、設計に結びつけていくのです。
(図73)
  さて、これが最終的にでき上がった計画地全体の配置図です。一つのコンパクトな集落として作り上げたものです。すべて、平屋の木造公営住宅で、県営と町営合わせて50戸の団地です。ちょっと見ていただくだけで、住棟の密度が高いことがおわかりになると思います。これは先程お話したように、台風銀座での暴風の被害を最小限にとどめるための工夫の一つですが、島の伝統的な集落に学んだ結果です。
(図74)
  かなりタイトな住棟配置ですから、ここにはヒエラルキーを持った様々な共用スペース「コモン」を計画的にちりばめました。例えば、通常日本の狭い画地割ですと「背割り」線に居住環境としては極めて貧しい環境ができてしまいますが、そこに敢えて幅1メートルの路地状のコモンを通しました。「背割りコモン」と私たちは呼んでいますが、このブロックの住人用のコモンという前提です。
  また、集落全体の中央に大きめの正方形広場があります。そこから南北に集落の背骨のような歩行者専用の「中央モール」が通り、これは周辺の住人も自由に使えます。その先端には集会場があり、その前には県道沿いのバス停があります。他にも、大小のコモンや緑地を配しましたが、それらに有機的な関係を与えて一つの集落として設計しました。
(図75)
  団地内の道路パターンもこのように変形のループ状になっていますが、雨水排水がセンター集水であることが特徴です。後でもご説明しますが、ここは大量の雨が降りますから、この雨水をいかに安全に早く宅盤から場外に流すかが課題でした。そこで、大量の降雨時にはレベルを下げた道路を河川に見立て、しかもV字型断面の道路中央で集水するシステムとしました。中央集水にしたもう一つの理由は、道路の両側に側溝を設けると、住まいの入り口周りの設えに自由度が無くなるからです。
(図76)
  この図は、典型的な街区の断面を示しています。宅盤、中央集水の道路、背割りコモン等の関係がよくわかると思います。これも、伝統的な集落に学んだ結果です。
(図78)
  同じ街区を模型で見ていただいています。ここが背割りコモンですが、通常の配置だと、背割りの南側の家は北側のおしりを見ながら暮らさなきゃいけない。そこに街区の住人たちだけが使う細い一本の路地を通し、中央広場と結んだのです。
(図79)
  今、国土交通省では南方型の省エネルギー住宅のあり方を考え直そうという動きが出始めています。亜熱帯の島嶼地域を抱える鹿児島県でも「南の家」と名前で、随分前から研究してきました。私たちは、ここでその一つの典型を作ろうと考えました。すなわち、屋根はきっちり断熱した上で、その下の外壁はもちろん断熱しますが、基本的に風通しの良い田の字型のプランを原則としています。また、構法は在来軸組木造で、台風等の強風時に強い木組みや屋根仕上げとしています。
  この模型では、屋根の下地に白い板が見えますが、木質パネルでサンドイッチした強度的にも高性能の断熱材です。また、各住戸に越屋根状の「風楼(ふうろう)」を設けて、自然換気と採光に利用しています。
(図80)
  この図が典型的な田の字型プランです。玄関には広めの土間がついていますが、台風や降雨時に自転車やバイク等を入れるスペースです。また、この一角に水回りをまとめるなど、公営住宅ですからローコストであることが優先されました。このように大変コンパクトな設計ですが、これを基本して戸建て、2戸1、3戸1など、全部で十数通りの間取りが用意されています。
(図81)
  これが竣工直後の県営住宅の一部です。先ほどご覧いただいた永田の集落の伝統的な住宅と比較していただくと、その類似性や違いがおわかりいただけると思います。これは、通り抜けを介して3戸が長屋状に連続するタイプです。
(図82)
  左の写真は玄関周りです。このように開放的な室内で十分に自然換気ができ、屋根はきちっと断熱をしています。一方、右は北側のぬれ縁から見た「背割りコモン」です。幅1メートルの通り抜けで、住人しか使えないという前提のものです。(図82)
  内部の見上げですが、「風楼」から風も抜ける、光も入る。また、床下にはリサイクル材を用いた木炭の入った袋を敷き、湿気を吸収する試みもしています。
(図83)
  これは地域の方も使えるRCの集会室ですから、県道に面して配置されています。
(図84)(図85)
  集落内の広場についてご説明しますと、これが「中央広場」です。背後に見えているのが太平洋です。白い部分は集会室の屋上です。ここから南北に走る「中央モール」が歩行者の主動線です。広場には植樹したアコウという地場の木が立派に育ちました。
(図86)(図87)
  これが「背割りコモン」です。集落は海岸段丘上にありますから、宅盤に少しずつ段差があるんですね。それぞれ50cmぐらいずつ下がっていきますから、互いの目線は上下に微妙にずれてくれます。また、竣工直後と比べると、最近はずいぶん垣根や植栽が育ちましたので、住人のプライバシーも十分守れる状況になっています。
  これには、コミュニティ内のコミュニケーションとプライバシーの確保をサポートするという意味合い以上に、まずは日本の住宅地に良く見られる背割りの貧しい空間をなくしたいという強い意図がありました。
(図88)
  前岳が背後に控えた、安定した集落の風景です。
(図89)(図90)
  さて次に、屋久島でのポストデザインについてお話します。この場合、建て替えの世田谷のケースとは違って、住人は全員新しく入居された方々ですから、入居直後と3年後で、例えば、コモンのような共用空間の彼等の使い方がどのように変わってきたかなどを、研究室の学生と調べてきました。できれば、今年の夏もやろうと思っています。
  その結果について概略をご紹介します。団地内の状況は植栽の早い成長により、ずいぶん短期間に変化しました。竣工直後の2001年夏に対し、3年後の2004年夏にはこうなりました。
  また、住み手自身による住みこなしが始まっていて、このように南側にヨシズを張ったりする世帯もいくつか見られます。そうした状況を見ることは、僕らにとって大変勉強になります。
  2004年の調査では、いろんなことを調べましたが、主に計画的に整備した共用空間が、実際にどのように意識され使われているかを明らかにしたいと思いました。設計した側が住人にこう使われるといいと思っても、その通りにはいかない場合が多い。少なくとも、両者のコミュニケーションの機会がぜひ必要です。ヒヤリングやグループインタビュー調査を通じて、その辺の課題が見えてくるからです。
(図91)
  この調査の結果、特に大きなファクターとして顕在化したのが子どもの存在です。子どもがいる世帯といない世帯で、外部空間との関わりが全く異なることがよくわかったのです。つまり、町営住宅には子どもがいる世帯が比較的多いのに対して、県営住宅はお年寄りが多く子どもと同居の世帯が少ない。そして、子どもを安全に遊ばせることのできる空間の必要性から、外部空間との関わりや意識が異なり、その差が明らかになったのです。
(図92)
  共用空間に対する維持管理への関わりについても、ここに実際に住み3年間近所づき合いしながら、お互いの意識が変わってくるということがはっきり見えました。竣工直後に比べ、維持管理に精を出す人が増えてきているのです。

7.CASBEE-すまい(戸建)の概要〜コミュニケーション・ツールとして〜

(図93)(図94)
  さて、ここで話は少し飛びます。これまで環境共生住宅の話を長々としてきましたけれども、最初の研究会が立ち上がってもう16年が経ちました。最近はさすがに中だるみ的な感じがないわけではありません。
  今日の講演タイトルに「新たな段階を迎えた」と枕詞をつけましたが、その意味は冒頭で申し上げた地球温暖化対策としてのCO2削減が、国際的な枠組みの中でこれまで以上に強調されるようになってきたということです。
(図95)
  その際の一つの大きな問題は、私たちがご紹介したようなモデルケースを作ったとしても、それが市場にもっと普及しないことには目的が達せられないということです。その有効なツールとして、私がこの5〜6年積極的に関与してきたCASBEE(キャスビー)という「ものさし」があります。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、建築物の環境性能を総合的に評価する日本独自の仕組みです。
  同様の評価ツールは、まずイギリスで1990年に開発されました。建築と言ってもいろいろ種類がありますが、おおむねすべてを評価できるような仕組みのバリエーションとして、例えば、住宅の環境性能を総合的に評価してそれを可視化する。つまり、グラフや格付けによって一目でわかるようにするシステムです。現在は、世界中で様々なツールが開発されていますが、CASBEEはその中でも比較的新しい世代に属します。
(図96)
  CASBEEは、2001年度から開発が始まり、現在ではこんな評価ツールの体系ができ上がっています。大きくは建築(非住宅:ただし現状では集合住宅を含む)系、住宅系、まちづくり系です。今日は、ちょうど現在開発中の「CASBEEすまい(戸建)」の話を少ししてみたいと思います。その背景として、地球環境問題の深刻化、特に温暖化対策の重要性に鑑み、家庭部門における省資源、省エネルギー対策が喫緊の課題であることは先程申し上げた通りです。
  つまり、新築住宅を大量に供給し続けてきた結果、日本には膨大な数の戸建住宅があります。それを30年位で壊し続けてきました。こうした戦後のスクラップビルドの営みによる資源・エネルギー消費の一方で、住宅の運用時に深く関わる省エネ性能の改善と普及が問われている。そこで、規模は小さいが膨大な数の戸建て住宅の環境性能を評価することへの社会的要請が、非常に高まってきたということです。
(図97)
  その仕組みを簡単にご説明します。世界中で同様のツールが作られている中で、CASBEEの最も大きな特徴は、BEEという指標です。これは「Building Environmental Efficiency(建物の環境効率)」の略ですが、建物の「環境品質を分子」に、「環境負荷を分母」に置いて割った値のことです。
(図98)
  サステナブルな建物は、このBEEの値が大きい建物のことです。つまり、より環境品質が高く、同時により環境負荷が小さい方建物がよりサステナブルということです。「ファクター4」という考え方がありますが、環境品質を2倍にして環境負荷を2分の1にすると、環境効率が4倍になるということです。
  具体的には、まず敷地境界、建物の最高部、基礎の底盤で規定される閉空間を考えます。設計する者は、自動的にまずこの閉空間の環境品質を高めようと努力するわけです。一方、建物や外構から閉空間の外側へと様々な環境負荷となる要因、例えばCO2、騒音、光、汚水等を排出するので、その量を削減する取り組みを評価する。つまり、快適性や品質を上げるのに、エネルギーや資源をジャブジャブ使って環境負荷を上げるやり方はもう駄目だ、ということです。それでは分母も大きくなり、BEEは改善されないことになるからです。
(図99)
  駆け足ですが、評価の大項目として、この環境品質(Q)の側には、「健康・快適性」、「長く使い続ける」、「生態系、まちなみ」の3つがあります。
  一方、環境負荷(L)は、「エネルギー、水」、「資源」、「周辺環境への配慮」の3つに整理されています。
(図100)
  その評価結果を、最終的にはこういうチャートで表現します。横軸が環境負荷、縦軸が性能品質です。環境に配慮した建物というのは環境負荷が小さく、なおかつ環境品質が高いものですから、その最高ランクが左上のSです。
  一方、環境効率が低い建物は環境負荷が大きく、環境品質が低いものですから、最低ランクは右下のCとなります。総じてグラフの右下側がアンサステナブル、左上側がサステナブルです。その大きい順にS、A、B+、B-、Cというランクを与え、対象物件を格付けするのです。
  新築物件の評価に関しては、名古屋、大阪、横浜、京都、川崎など、日本の主な自治体で既に導入され、政策的なツールとして活用されています。
(図101)
  評価結果の全体像は、こんな形にまとめて自動的に表示されます。BEEチャートをはじめ、大項目がレーダーチャートで、各中項目が棒グラフで表現されます。皆さんはエクセルで評価を記入するだけです、また、簡易版については、マニュアルをウェッブサイトから無料でダウンロードできます。
(図102)
  これが今検討している一番新しい表示シートの案です。「CASBEEすまい(戸建て)」正式版の9月発行を目指して作業を進めているところですが、およそこんな形になるということでご覧いただければと思います。
  ロゴマークを新しくしたり、ランクもここに星が並んでいますが、5つ星から1つ星の5段階で建物評価が一目でわかるようにしたりします。
  もう一つ重要なのは真ん中のグラフですが、今一番議論になっている評価物件のLCCO2表記です。つまり、全ライフサイクルにわたって、その住宅がどのくらいCO2を排出するかの目安を明示するということです。ご承知の通り、細かく計算するのは非常に手間がかかりますが、それをできるだけ簡素化して余り評価する人の負担を増やさずに表示できるようにするということです。その際、グラフを削減率や絶対量等、どのようなスケールで表現するかについては、今議論、検討しているところです。
  CASBEEは、これまでもLCCO2の計算結果を付記的に表すことができましたが、表示システムの中に明示的に組み込まれていることを対外的にも訴えることが目的です。これによって、エンドユーザーや設計者にも広くLCAの考え方を広めることが期待できます。 従って、当然一般建築の評価にも同じようにこの処置が適用されますから、そのマニュアル等の改訂が並行して進められています。これと連動して、環境負荷低減の項目の「LR3 周辺環境への配慮」は「地球・地域・周辺環境への配慮」となり、そのうちの「地球環境への配慮」の中項目がLCCO2ベースの棒グラフで評価されることになります。
(図103)
  さて、CASBEEが急速に普及するようになって、既往の関連する制度や取り組みとの整合性が問われるようになってきました。この図は、それを整理したものです。
  例えば、皆さんもよくご存知の「品確法」に基づく「住宅性能表示制度」があります。これは、CASBEEすまいの評価項目のうち「室内環境を快適・健康・安心にする」「長く使い続ける」「エネルギーと水を大切に使う」をカバーしていますが、新築だけがその対象です。
  また、私が長年関わってきました「環境共生住宅認定制度」があります。これは必須要件をすべて満たした上で、それより高度でユニークな提案をした住宅を環境共生住宅に認定しようというものですから、どちらかと言うと、トップランナー的な住宅の開発・普及をめざしたものです。
  この図は、とりあえず以上の関係の一つのイメージとして国土交通省の住宅局住宅生産課が描いたものですが、今後、早急に整理されることになります。いずれにしても、地球環境問題と住宅問題が、政策的にも短期間にリンクするようになってきたことがその背景にあるのですが、普及を前提に考えるのであれば、何よりもエンドユーザーから見てわかりやすい仕組みの構築が重要だと思います。
(図104)
  このCASBEEの活用に関して見ますと、自治体が金融機関と連携してインセンティブを与える例も出始めました。例えば、川崎市では、去年の10月から一定規模以上の建物の新築に際し、CASBEEによる評価結果の提出が条例で義務化されましたが、それと連動して2つの市中銀行が集合住宅の購入者に対し、その建物のCASBEE評価ランク(星の数)に応じて金利を低くする商品を提供し始めています。例えば、最高の5つ星(Sランク)を得た集合住宅を購入する人に対し金利を1.2%下げる。4つ星の場合は1.0%というわけです。現状では、同等に有利な商品が別にあり突出したものではないそうですが、それでもこのようにCASBEEの評価システムが金融と結びつくことによって、エンドユーザーと直接経済的な利害関係を持つようになったのは画期的だと思います。これから、こうした取り組みがどのように広がっていくのかが注目されます。
(図105)
  CASBEEすまい(戸建)開発の今後の予定としては、今年の7月に最終案ができ、パブリックコメントを求めた後、9月末に正式版が確定します。

 

8.私たちの提案・望楼の家(埼玉県、2006)

(図106)
  お手元に一枚物で「LO・HOUSE(ロ・ハウス)」のパンフレットをお配りしました。これは去年の夏から始まった動きですが、経済産業省、国土交通省、環境省の三省が相乗りで、新たな段階に入った環境に配慮した住まいのあり方を、近年普及してきた「ロハス」という言葉に着目し、考えていこうというものです。ロハス(LOHAS)とは、「ライフスタイル・オブ・ヘルス・アンド・サステナビリティ(Lifestyle of Health & Sustainability)」の略語ですね。健康でサステナブル志向性を持ったライフスタイルのことで、アメリカのマーケティングの世界で使われ始めた言葉です。
  北米の市場を構成する消費者の大体4分の1の人たちがそういうライフスタイルに関心があるそうですが、日本でも雑誌等で紹介され、やはり約4分の1位の消費者がそういう志向性を持っていると言われています。
  ご紹介したCASBEEも、持続可能な社会に向けて市場変革を推進するための一つのコミュニケーション・ツールですし、総合的な環境性能を可視化するツールです。従って、冒頭に申し上げたバックキャスティングという話からすると、何か将来の具体像を示すものではない。むしろ、具体像に近づけて計画・設計したものを、評価するツールにすぎないのです。
  ここで言う「ロ・ハウス」というのはそうではなく、到達すべき将来の住まいと暮らしのイメージを作り上げることが重要な出発点の一つなのです。その背景にある基本的なキーワードが「ロハス」という言葉なわけです。
  写真の住宅は、私どもが去年アトリエで設計し、埼玉県の美里町に竣工させたものです。お配りしたパンフレットにもありますとおり、農地に囲まれたとても優れた与条件のケースでした。以前は施主の育った家があり、水路や屋敷林に囲まれた大きな敷地ですが、そこに週末住宅を建てることになったのです。
  こういう周辺の恵まれた農的環境を最大限に生かしながら、そこに医師である施主と我々が考える環境共生住宅の姿をイメージしていきました。この塔状の部分は「望楼」と呼ぶこの住宅のシンボルです。施主が一人で周囲の風景を眺めながら本が読める小さなスペースが欲しいということでしたので、それがこの家のシンボルの出発点です。我々はそれをパッシブな自然換気システムや昼光利用の明り取りとしても使えるようにデザインしました。
  もう一つの大きな要素としては「健康」のテーマです。この住宅で使う材料の選択にあたっては、ほぼ全てについてMSDSシートを取り寄せ、それがどんな素材や材料で作られ、どんな品質や性能を持っているのかをチェックし、一つひとつ安全性を確認しながら決めていきました。
  例えば外壁の断熱材ですが、ペットボトルの再生品で繊維状のものをフィルム内に吹き込む構法を採用しました。新しい工法ですが、極めて断熱性能が良い。在来木造住宅の場合充てん断熱が一般的ですが、複雑な壁の内部に隙間なく施工するのはなかなか難しいんですね。この場合は、フィルムをまず張って、その中に充てんしますので、作業効率も良い構法でした。
  他にも、ここでは実に様々な環境配慮の試みをしましたが、私たちはお施主さんに対して「住まい方ブック」というものを作り、それらのすべてをブック中に記述・図解しました。すなわち、この家の氏素性を明らかにする作業です。竣工時の状態を電球の球一個一個の種類や購入方法まで、すべて「住まい方ブック」の中のシートにまとめてお渡しをする。そこには、お孫さんの赤ちゃんにも害がないように、メンテナンス時の材料の選択からワックスのかけ方等までが記されています。また、そうした材料が手に入るお店の電話番号、Eメールアドレスや値段等々、その他の必要な項目も含まれています。もちろん、CASBEEすまいの試行評価結果もつけてお渡ししました。
  ここで、以上をまとめた「ロ・ハウス」のレジュメを朗読します。

 

9.ようこそ、私はロ・ハウスです 2006〜

(図107)
  超少子高齢化社会はすでに始まっています。
  気候変動などの地球環境問題も待ったなし。
  身近な安全・安心も大きな課題。
  日本人の暮らしも日本人のすまいもまちも、そして日本の住宅市場も
  これらのキーワードで大きく揺れ始めています。
(図108)
  そこに応えながら、快適で美しく、スマートな暮らしを目指す『ロハス』。
  私はそんな暮らしをプロデュースする『ロ・ハウス』です。
  その基本は熱、光、音、風、香り、肌触り。
  五感を通して外界と呼応する住まいです。
  自然と向き合う暮らしです。
(図110)
  都市にも、田園にも、そこだけの場所があり、ともに暮らす人たちがいて、
  次代を担う子どもたちがいる。
  ロ・ハウスはそんな『暮らしを耕す』舞台です。
  必要なエネルギー・資源も、設備機器も、建材も、
  十分吟味して選んで、そして長く使えるように。
(図111)
  だから私の氏素性を明かします。
  初期の仕様・性能はもちろん、その後の履歴を残します。
  そして、程よい住まい方をおすすめします。
  気持ち良く、心地よく、美しく、市場が変わり、社会が変わる。
  そんなすまい、ロ・ハウスの出番です。
(図112)
  さて、お話のまとめとして今日の論点を整理してみたいと思います。
  一つの普遍的な未来の姿を共有する。今であれば、「持続可能な社会」ということですが、それも「ナチュラル・ステップ」や「プランB」を初め、地域間、世代間の倫理性に基づく様々な未来の概念が提示されています。それが具体的にはどんな社会でどんな暮らしとなるのか。そんな未来を予測する方法論については、過去と現在の延長として予測する「フォーキャスティング」と、未来のあるべき姿を先に描いて、そこに到達するプロセスを検証し逆予測する「バックキャスティング」があると申し上げました。後者は、我々のような立場の人間からすれば、大変魅力的です。
  しかし、いずれにしても、そこには関係する沢山の当事者がいます。その役割や利害は極めて複雑に交錯しています。従来、市場は需要側(ディマンドサイド)と供給側(サプライサイド)というように二元的に分けられ、分析されることが多いのですが、現代社会ではそれが頻繁にスイッチします。需要側が突然供給側に回る。その逆の場合もある。ですから、今後の市場変革を考える際に、以前のようなスタティックな構造を基本にした戦略は、もう役に立たないのではないかと思います。
  京都議定書の後に、どのような枠組みを構築するかは、我が国にとっても大変重要な問題で、以上のような時代性を先取りした対応がぜひ求められるところです。
(図113)
  今日は、いくつかの事例をご覧いただきました。そこから、どれだけ多くの人たちが共有できるような超少子高齢化社会や持続可能な社会のイメージを共有できるかが課題です。そうした取り組みを、我々日本人は、今まで不得手としてきました。他の先進諸国に参照し目標とする具体的なモデルがあったからです。しかし、そうした文脈の異なるモデルを無批判に目標にしても良い時代はとうに終わっています。つまり、私たち自身で具体的な将来像を描き、そこから戻って今何をすべきかを検証する「バックキャスティング」の方法の展開が、これから求められるのだと思います。
  長い間ご静聴ありがとうございました。(拍手)

フリーディスカッション

與謝野 岩村先生、誠に幅広い観点から、ご丁寧にまたご熱心にご講演いただきまして、ありがとうございました。
  ここでせっかくでございますので、質問を2,3ほどお受けしたいと思います。本日受付にてお渡ししました講演概要の紹介冊子が、すでに貴重な環境共生住宅の知見を凝縮されたブックになっておりますが、この資料をもとにしたご質問でも結構です。
水谷(日本水道設計梶j CASBEEに関して、LCCO2をベースに地球環境問題への取り組みを評価することが検討されているというお話がありました。この新しい評価結果表示シートを見ますと、LCCO2評価の削減割合をどのように採点するのでしょうか。つまり、5段階のランクをつけて1〜5というように点数化するわけですね。それはどのように決めるのですか。
岩村 これは今、議論の真最中です。ついでですので補足して申し上げますと、ここでの建築のライフサイクルは@建築、A修繕・改修・解体、B運用の3段階に分かれています。それぞれの段階でどのくらいCO2が排出されるのかを計算し合計します。
  その際、耐用年数を何年でみるかという問題があります。それも、在来木造もあれば、鉄骨、RCもある。その年数によって運用時の排出量が変わりますね。
  それから、部材や建材の単位あたりの製造エネルギーや、エネルギー自体の原単位をどう設定するかという問題もあります。例えば、木造の柱1本が現場で組み立てられるまでに輸送を含めてキロ当たりどのくらいの量のCO2を発生させているのか。プラスターボードは、合板は、などと全部見ていくわけです。LCCO2というのは、そのように全ての部材について、積算書ベースで産業連関表を使って建設段階のエネルギー消費量を計算し、さらに換算計算をしてCO2排出量を出すわけです。
  もちろん設備機器についても同じですが、これは運用段階にもその寿命と使用効率が反映されますので、それらを計算に入れます。
  しかし、当然のことながら、一般の設計事務所や工務店、大工さんが、そんな資料を持っているわけがないし、面倒な計算もできません。ですから、普及を旨とするCASBEEでは極めて簡易化した計算方法を用いて、設計概要の与条件や評価過程で選択した項目や点数に応じて、自動的にグラフ化されるようにします。
  細かく言えば、鉄にしても電炉鋼と高炉で作ったものではトン当たりの製造エネルギー量が違う。それを同じ鉄として計算しては困るという意見もある。もっと大きな問題としては、電気とガスを比べた時に、どこまで遡ってCO2の排出量を見るのかということもあります。電気だけ見ても東電と北海道電力では原単位が違う。厳密にはそんな議論は山ほどあるのですが、ここでは、あくまでもオーソライズされたデータベースを利用し、簡略化した方法で目安としてのLCCO2排出量を表記することになります。
水谷(日本上下水道梶j 私が伺いたいのは、LCCO2の排出量を評価し1〜5の点数をつけるときに、評価の参照基準に対してそれぞれどのくらいLCCO2削減量が想定されているかということです。例えば1割減ったら何点、2割減ったら何点とかです。それと国の達成目標と比較して、誘導的に減らすことを考えられているのですか。
岩村 それは、現在の技術でどの位まで削減できるのかにもよりますね。お金をかければ下がるという話では市場性がないわけですから、かなり頑張って何%まで下げられるとすると、それを最高点にするというやり方がありますね。それを、ちょうど今議論しているところです。
水谷(日本上下水道梶j 何%くらい下がりそうなものなんですか。
岩村 今、ケーススタディーをやっていますが、例えば、この表のように20%削減できるとすると、現状では恐らく4ないし5の段階あたりになると思います。これは専門の委員会が検討していますので、まだ私の口からはっきりは言えません。先程申し上げたような絶対量でLCCO2が何トンと示して良いのかどうかという議論が一方であるわけですから、今後そういうことを政策的、技術的に判断した上で最終的に決めることになります。何度も申し上げますが、これは今検討の真最中です。
高山(プラス梶j 住宅供給している立場の方から、1点だけ質問があります。
  1-12の図で、全地球的にこうならなければいけないとは思うんですけれども、日本で考えた場合、私はデザインの問題があると思います。日本は車でも何でもそうですけが、住宅も、毎年ニューモデルを作っています。長期的に落ちつくようなデザイン、特に欧米並みに50年、100年もつようなデザインがない。
  また、税法上の評価の問題もあります。住宅が減価償却されてしまう。これもよくわかりませんけれども、先進国で日本ぐらいではないですか。
  それから、もう一点、相続税の問題です。このグラフのように推移するには、この問題が相当な障害になるのではないかと思います。建築家という立場で是非先生にお聞きしたいのは、日本の住宅で、50年、100年もつようなデザインができるかということです。構造的にスケルトンがしっかりしていれば、インフィル部分は自分で工夫してリモデルし、スケルトンはそのまま生かして使うことができる。そんな建物が普及しないと、とてもこのようにはいかないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
岩村 基本的におっしゃる通りだと思います。このグラフはあくまでも学会提言を市場や産業界が受け入れた場合を前提として、コンピューターで計算した予測結果なんですね。ご指摘のように、物理的な限界もさることながら、政策や制度の問題がありますね。なかでも今、まさに税制に関する議論が盛んになり始めているところです。
  炭素税を導入すべきという話がありますね。例えば、あるエネルギー消費以上の建築は、炭素税の課税や固定資産税を上げることが考えられる。反対に、良いものには固定資産税は減らすという話だってあり得ます。
  それから、不動産取得税が住宅の取得時にかかりますね。それを性能のいいものに関しては安くしようとか、消費税を減免しようとか、いろんなアイデアが出ています。しかし、それは財務省あっての話ですから、これからいろんな議論とともに綱引きや調整が始まります。
  他にも、いろんな政策と連動する取り組みが一部実施に移されています、例えば、大阪市や名古屋市では、CASBEEで評価をしてB+以上の評価を得ないと、総合設計制度が適用されない。それは、ディスインセンティブの仕組みと直結しているわけです。容積のボーナスと建物の総合的な環境効率が連動する時代になったということですね。
  また、おっしゃったような減価償却や相続税は本当に大きな問題ですね。いずれにしても、日本もようやく環境の問題を、このような税制の問題と絡めて考える時期に辿り着いたということなのでしょう。
関連してお話ししますと、例えば、私の自宅のあるドイツでは相続税は日本に比べて本当に安い。ですから、相続時に土地を売り払ったり、マンションにして分譲したりして相続税を払うなどということは、基本的に起こり得ないのです。ただし、日本で毎年相続税を払う人数は納税者の大体1割程度と記憶していますが、それほど多くはないのですね。だとすると、国の民主主義的な社会システムとし、てそれをどう評価するかという話は別にあると思います。 
  ご質問の長く持つデザインの問題については、これも住宅が耐久消費財という発想から抜け出ない限り、新たなモデルは生まれにくいでしょうね。しかし、日本には「和風」という長い歴史のある世界に誇るべき優れたデザインの土壌を持っています。それが、未だに多くの人に支持されているのではないでしょうか。いずれにしても、これも、今後の大きなテーマであることに違いないと思います。
與謝野 ありがとうございました。
皆さんにおかれまして、ご熱心にご質問をいただきましてありがとうございました。また、岩村先生におかれましては、ご丁寧にお応え頂きまして御礼申し上げます。それでは、最後に岩村先生に御礼の気持を込めて、いま一度皆様から大きな拍手をお贈りいただきたいと思います。(拍手)
ありがとうございました。これにて本日のフォーラムを締めさせて頂きます。      

 


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