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第7回NSRI都市・環境フォーラム

『 グローバル 世界と日本』

講師:   黒川 清  氏   内閣特別顧問、政策研究大学院大学教授、日本学術会議前会長

コーディネーター:福島 敦子 氏 キャスター・エッセイスト

                                                                           

日付:2008年7月24日(木)
場所:経団連ホール

                                                                            
1.新しい「キーワード」の出現

2.20年前からの激変

3.日本の環境技術

4.グローバル課題へ世界の新しい動き

5.つながったグローバル世界 Connect globsl world

パネルトーク

 

司会 ただいまから、日建設計グループ共催によりますNSRI都市・環境フォーラムを開催させていただきます。本日はお忙しいところお越し下さいまして、誠にありがとうございます。本日のご案内役は、私、日建設計経営企画室の谷礼子でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。(拍手)
  本日のフォーラムは、内閣特別顧問の黒川清先生にご講演をお願いいたします。そして、キャスター、エッセイストの福島敦子さんをコーディネーターにお迎えし、パネルトークをお送りいたします。
  黒川先生のご紹介は福島さんにお願いすることとして、福島さんのプロフィールを私どもからご紹介申し上げます。福島敦子さんは、テレビ東京の経済番組のキャスターや、週刊誌『サンデー毎日』でのトップ対談など、企業や経営者の取材に勢力的に取り組んでおられ、取材体験をまとめた著書も多く出版されています。また、環境問題やコミュニケーションなどをテーマとしたフォーラムや講演でも活動されています。
  それでは、これから先の進行は福島さんにお預けいたします。福島さんのご登場です。皆様、どうぞ盛大な拍手で福島さんをお迎え下さい。(拍手)

福島 皆様、こんにちは。ご紹介をいただきました福島敦子でございます。本日のフォーラムのコーディネーターを務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
  私と日建設計の皆様とのお付き合いは、いまから3年ほど前、2005年のピンナップボードでコーディネーターを務めさせていただいたのが始まりです。日頃、取材者として、経済や環境問題、コミュニケーションなど、様々な現代社会のテーマと向き合って参りましたが、ピンナップボードの際には建築という違う視点から、これからの時代にどんなことが求められるのかを考えさせられた、大変貴重な経験をさせていただきました。
  本日もピンナップボード2008ということで、新たな時代に向けて、意欲的、挑戦的な建築のあり方、都市づくりについてのプレゼンテーションがありました。改めて、建築というのは時代を映し出す一つの鏡であることを痛感させられました。
  さて、ここからのフォーラムでは、グローバルに幅広くご活躍の黒川清様に、「グローバル世界と日本」というタイトルで50分にわたりご講演していただきます。その後、ご講演の内容を受けまして、さらに深くお話を伺っていきたいと思っております。
  それでは、黒川様のご経歴をご紹介いたします。黒川清様は内科ご専門の医学博士で、2003年から2006年9月にかけて、日本学術会議会長ならびに内閣府総合科学技術会議 議員を務められました。今後の日本の科学技術分野のあり方、国際交流などについて、世界を舞台に啓発活動を展開されている、大変エネルギッシュな、最先端の科学者でいらっしゃいます。
  また現在、内閣特別顧問、政策研究大学院大学教授として、毎月のように世界各国に出向かれ、そのご経験を基に、今後の日本のあり方についても積極的に情報発信をされていらっしゃいます。本日のフォーラムでは、黒川様ならではの視点で、日本が抱えている問題点を鋭くご指摘いただけるものと期待しております。
  それでは黒川様、よろしくお願いいたします。皆様、大きな拍手でお迎えください。(拍手)

黒川 ただいまご紹介いただいた、黒川でございます。このような暑い時にご苦労様です。本日行われた日建設計の展示会を見てみると、なかなかかっこいいと思われたのではと思います。このような素晴らしい技術を持った皆様方が、グローバル世界でどうやってビジネスを打って出ていこうとしているのか。何をしたいのか。できれば国内に引っ込んでしまいたいという気持ちもあると思いますが、そうはいかないということなのだと思います。
  今年、日本は世界に非常に注目を浴びていました。例えば、アフリカ開発東京会議(TICAD)という会議が1993年から開催されています。国連の開発プログラムと世界銀行との共催で5年に1回日本が主催していて、アフリカの国家元首も来られる会議ですが、今年5月に第4回が開催されました。日本の方はあまり知りません。何故なら、こういう良いことを政府が普段から広報しないからです。役所というのは、何も知られたくないという気分が内在的にあるらしく、今年の初めでも、「TICAD」や「アフリカデベロップメント何とか」とインターネット検索しても、外務省のウェブサイトが一番先に出てくることはありませんでした。
  このTICADに、今年はアフリカの40カ国の国家元首や政府のトップが来られて、大変素晴らしいプログラム、新しい関係ができました。特に小泉前総理の提言された「野口英世アフリカ賞」の最初の発表があり、これは大変良かったと思います。この賞の委員として、医学研究でアフリカの問題について貢献した方と、保健医療で活躍され方をお二人が選ばれましたが、まさにお二人とも野口英世の実際の活動を体現するような方でした。これから野口英世アフリカ賞のアンバサダーとして、このお二人にご活動いただけると思います。
  その次はご存じのG8サミットです。日本の新聞の論調はどうだったかわかりませんが、海外のメジャーなメディアでは、日本は非常に頑張ったと評価しています。いま、トロント大学に、G8サミットのフォローアップの研究をするセンターがあり、それを見ていただければわかると思いますが、世界の状況を考えるとかなり評価が高かったと思います。その理由は、グローバルヘルスの問題、食料の問題、オイルの問題、アメリカ発の金融危機の問題、クリーンエネルギーの問題などいろいろありましたが、少なくとも今年のG8首脳は、メルケルさんを除いて、自分の国ではあまり支持されていない人ばかりが集まっている状態だったわけです。アメリカでもブッシュさんの言うことなど誰が聞くかという雰囲気がある一方で、次の大統領になったら、ローカーボンソサエティ低炭素社会へ向かう、カーボン・キャッピングをやるとはっきり言っているわけです。ですからこれをどうするかという話です。
  日本は、ご存知のような支持率です。サルコジさんも最初は良かったのが、あっという間に下がりました。ゴードン・ブラウンさんも最初は上がっていたのですが、選挙を打って出るところでつまずいて、なかなか決断できないトップということで、支持率が一気に下がっています。ソ連は、首相がいても、本当の実力者は後ろにいることをみんな知っています。50%近い支持があったのはメルケルさんだけだったので、その割に日本は頑張ったという印象になりました。非常にポジティブなメッセージがあったと思います。
  今日のお話は「グローバル世界と日本」です。皆さんもビジネスなどで結構世界に出かけられると思います。このようなグローバル世界の中で、どのくらい日本の存在が見えてきますか。GDPが世界で30番だというなら別ですが、借金まみれとは言いながらも、日本のGDPは世界2番です。日本が借金まみれだということは、世界では普通あまり知られていないかもしれませんが、少なくともGDP2番目の人達が、世界的な課題に対して、何をしたいのというのが全然見えてこない。
  外交の力もそうかもしれませんが、企業にしても政治にしても、学の世界にしてもメディアにしても、世界に発信するという意識があまりにも少ない。見られているという意識が少ない。どうしても内向きの議論しかしていない。何か言う時には、負け惜しみ的にソフトパワーだ、まんがだと言っていますが、それでは困るわけで、「しっかりしてよね」となることが大切なのです。新しいキーワードが出てきて、世の中がすっかり変わっているのに、日本は何であんなに元気がないのというのが、世界からの一般的な評判ではないかと思います。
  例えば皆さんが世界に行くと、いろいろなホテルに泊まる。皆さんが泊まるようなホテルは比較的立派なホテルだろうと思いますから、各部屋にテレビが付いているでしょう。いろいろな放送がありますが、ローカルのテレビの他に、BBCやCNN、ディスカバリーチャンネルやナショナルジオグラフィックなど、いろいろなチャンネルがあります。中国では最近、CCTVというテレビ局が二つチャンネルをやっていて、英語で中国のことをガンガン発信しています。アルジャジーラも英語で出していますね。世界の共通語は英語ですから、ローカルなテレビチャンネルは別として、どんどん英語で発信しています。
  日本はどうですか。何が出てくるかというと、NHKのBSのふるさとの何かとかで、あいかわらず日本から海外でご苦労さんというような調子でやっていますが、外国に向かって日本を宣伝している番組はありますか。そういう精神構造そのものに問題があるのではないでしょうか。
  塩崎恭久さんが外務副大臣の時に「三十人委員会」という委員会をやりました。その報告書の中に日本発テレビ国際放送の強化という話が書いてありました。最近海外でも、NHKのBSで、英語の番組が結構出るようになりましたが、もっと大事なことは、NHKも大変いい番組をたくさん持っています。例えば世界遺産やアフリカ問題など、素晴らしいドキュメンタリーがあり、BBCに負けません。そういう番組をどうして英語のナレーションを付けて出さないのでしょう。
  そういう番組がないのであれば、外国の日本ファンの人にプログラムを選んでもらって出したらどうだと言っているのですが、NHKの偉い人に聞くと、「これはNHKの規則上できないんですよ」と言います。そんなのは規則を変えればいいのに、「どうしてできない理由を先に言うんだ」と私は言うのです。変える方策を考えればいいのです。

1. 新しい「キーワード」の出現

 世界がグローバルになってくる中で、最近のキーワードを最初に共有しましょう。
  最初のキーワードですが、10年くらい前まで、世界中で通用していたのは「国際化」「インターナショナル」という言葉だったと思います。最近はあまり聞かなくなりました。みんな「グローバル」と言っている。何故、インターナショナルではなくてグローバルになったのでしょう。これには理由があるはずです。それを考えていただかなければいけません。
  「インターナショナル」はあくまでも国、ナショナルが基本になっている世界だということです。だからインターナショナルだった。ところが、最近は、国境を越えて、ヒト、モノ、カネなどどんどん移り始めた。そのために、逆にナショナルアイデンティティーは何かということが問われるわけですが、1番目のキーワードは「グローバル」です。
  2番目。皆さんが人材の育成ということをよく言うようになったのは1990年代からですが、英語でも「ヒューマンリソースデベロップメント」という言葉がたくさん出てきました。企業も社会も、どうやって人材を育成するか。人材の「材」は材料の「材」ですね。ところが最近は、「ヒューマンキャピタル」という言葉が出るようになってきました。そこで、『エコノミスト』や『ファイナンシャルタイムス』などの英語の雑誌を見てみると、人間の能力開発について、「ヒューマンデベロップメント」「ヒューマンリソース」という言葉と「ヒューマンキャピタル」が、2対1で使われるようになりました。まだキャピタルの方が少ないですが、それでも、ヒューマンキャピタルという言葉が多く使われています。
  何故か。これも同じような社会背景があると考えなければいけません。一つひとつの言葉の背景が別の理由だという考えをするのは、どちらかといえばこじつけです。やはり、全体を仕切っているパラダイムが変わっていると考えなければなりません。何故ヒューマンキャピタルか。これは日本語に訳すとまた調子が悪いのですが、やはり「人財」で、「ざい」は財産の財です。材料の「材」ではなく、キャピタルです。少し話は違いますが、日本語というのは、凄く調子が悪い。皆さんがよく「きぎょうか」と言います。皆さんの前の時代は業を企てる「企業」です。最近大事なのは業を起こす「起業」人です。「起業」と「企業」は全然違う意味ですが、これが同じ発音だからまずいのです。というわけで、ヒューマンキャピタルですが、これは何故か。
  それから、最近、「イノベーション」という言葉がはやり出しました。これは一体何故か。これも、もともとは20世紀初頭の経済学者シュンペーターが言った言葉なのですが、最近になってイノベーションという言葉がビジネスや経済以外にも、政策等に頻繁に使われ始めました。例えば科学技術政策など、いろいろな範囲で使われ出したのは、せいぜいこの10年くらいです。それは文献的に調べても確かであり、リチャード・ネルソンというイノベーションで有名な経済学者の最近書いた『ハンドブック・オブ・イノベーション』という本を見ても、イノベーションという言葉が学術世界で突然増えたのは、1994年からです。それまでの使用頻度は、1970年あたりからほとんど変化していません。何故か。しかも、「リニアイノベーション」ではなくて、「ディマンドドリブン」や「オープンイノベーション」という言葉が急に出始めたのは何故かということを考えて下さい。
  それからもう一つは、最近言われ始めた言葉で「コア・コンピテンス」という言葉があります。昔は、ほとんど聞きませんでしたが、そういう言葉がどんどん出てくるようになった。そして、もう一つは「クラスター理論」。これはマイケル・ポーターが広く提唱しており、97年の『ハーバード・ビジネスレビュー』あたりから出てきて、クラスターがナショナルコンペティティブネスの非常に大事な要素になってきていると書かれています。それから、「ダイバーシティー」や「ヘテロジェネイティ」「アダプタビリティ」というキーワードなどが沢山出てきていますし、「世界がフラットになった」という言葉も出てきています。これはどういう意味でしょう。
  「フラットな世界」、これは「ニューヨークタイムス」のコラムを書いているトーマス・フリードマンの『The World is Flat』という本からきています。彼はその前に、『The Lexus and the Olive Tree』という本も書いています。ニューヨークタイムスで週二、三回、世界の動きをジャーナリストの目から、非常にダイナミックに書いて、それを本にしたりと素晴らしい発信力ですが、彼が2005年に出した『The World is Flat』という本には、「世界がフラットになってきた。平らになって世界中がよく見えるようになった。丸い時は裏が見えなかったが、みんな見えてしまう、つまりコネクテッドワールドなってきた」という世界の動向の背景を書いています。
  もう一つ違った状況があります。人類がいままで経験したことのない環境問題という新しい問題が出てきました。100年前と比べてみればすぐわかりますが、100年前にようやく人間の人口が16億人になりました。ところが、この100年間で66億人です。とんでもなく増えて、みんな長生きします。これだけの人を支えるスペース、エネルギーも大変ですし、水、食料、資源をどうするのか、効率向上と環境汚染ということもでてきます。これが環境問題です。今日、日建設計の展示でもあったように、みんな「環境問題、環境問題」と言っています。
  これまで、地球環境問題がどういうふうに意識されてきたかを言いますと、60年代にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』という本が出ました。そこには、産業経済の大量生産の規格品や、農薬を使った農業は効率が良いから良いという状況は、もうこれ以上は続かず、すでにとんでもない環境になっているのではないかという話が書かれていました。日本は水俣病、イタイイタイ病などです。そして、さらにその10年後の1972年に、ローマクラブが『成長の限界』という報告書を出しています。現在までの産業構造ではうまくいかなくなるという警告ですが、結局、冷戦が終わるまでそれは止まることはありませんでした。東西両側で3000発くらいの核弾頭ミサイルを持って対峙していた時代があったわけです。
  これが突然変わってきたのは何故か。これまでも地球環境問題はありましたが、ここにきて突然石油も高くなり、食料問題も出てきた。でも、突然言われてもなかなか変わらないということで、これは大きな政治的イシューになった。2005年のG8サミット以来、これが中心のひとつです。それまで全く予測されていなかった、世界を巻き込んだサブプライムから始まったファイナンシャル・クライシス、オイルが上がったことによる食料問題、さらに、ジオポリティカルな軸が、大西洋をはさんだところから、明らかにアジアにシフトし始めるという事態となった。そうなると一体何が起こるのかということです。冷戦後のグローバル市場経済によって新しいリッチがどんどん出てきた、石油の高騰によって中東に物凄くお金が集まる。その結果、サブプライムのレスキューも中東のオイルマネーがするというような世の中に間になりました。これが、たった10年のことです。

2.20年前からの激変

 さて、そこで日本は何をするのかということです。
  91年に冷戦の枠組みがなくなってしまったことはやはり大きなイベントでした。それまで、世界の国々は、どちらかに属しているか第三世界でした。その時代は、東西のレジームが世界をがっちりと押さえていたので、世界的なコンフリクトやいろいろなことを、その両方がかなり押さえてくれていました。ところが、それがなくなった。一気に世界がグローバル市場経済になったのです。そこでアングロサクソンは、すぐに、「おっ、新しいお客さんが突然増えてきたな」ということで、がんがんマーケットに出てくるのですが、日本はむしろセキュリティーがなくなってしまったので大変だという不安があった。アメリカにどうしましょうというような態度が基本だったと思います。
  一気に人、もの、金が自由に動くような市場経済になり、あっという間に北欧はファイナンシャル・クライシスに襲われました。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのノキアですが、フィンランドはその頃、年に10%もGDPが減るという、とんでもない危機に襲われます。それを教育改革に重点を置いて立て直してきました。それから5年後のアジアにもファイナンシャル・クライシスが起こって、グローバルなマーケット市場というのは一体何なのかを思い知らされるわけです。
  いま、世界中がグローバル市場で動いているのですが、もう一つ、その次の年にとんでもないことが起こりました。それは世の中のあり方を変えるような技術革新です。1980年代に、テーブルトップからラップトップのコンピューターがどんどん広がっていったわけですが、その後、92年にワールド・ワイド・ウェブ、WWWが導入され、インターネットで一気につながりだした。コンピューターはみんな使っていたのですが、Excelやワープロが一気につながりだし、世界が平ら「フラット」になり始め、情報が瞬時に届く、アクセスできるようになった。
  92年になって何が出てきたか。日本のメーカーはあいかわらずコンピューターをつくって、より軽く、より薄く、より小さくと言っていたのですが、94年には、皆さんがいま使っているようなヤフーやアマゾン、ネットスケープ、その次の年にはマイクロソフトがWindows95を出してきます。そしてネット社会の新しいビジネスがたくさん出てきます。もちろん、たくさん失敗します。しかし、失敗しない人は成功しません。そして、マイクロソフトのビジネスモデルを壊すような、Linuxのようなオープンソースが出てきています。これがいまの中心になり、いよいよマイクロソフトも公開しなければいけないというところまで来ています。つまり、常に競争で新しいものが、それもとんでもないスピードで新陳代謝を促進する世界が動いているのです。
  いままで、日本の経済成長を牽引した「政産官の鉄のトライアングル」といったパラダイムは、すっかり根底から変わってきています。それから日本では水俣病やイタイイタイ病など、明らかにレイチャル・カーソンやローマクラブが言っていたことが起こっていました。その経験を生かしながら、どうやっていまそれが起こりつつある中国やインドに貢献できるかということが、一つの日本のセールスポイントです。
  最近のビッグニュースはiPhoneでした。実は1年前の経団連の夏のセミナーに私が呼ばれて話したのですが、ちょうどその時、アメリカでiPhoneが出たばかりでした。その時に、「あのiPhoneをいじってみると、実にユーザーフレンドリーで面白い。WiFiで、iPhoneの電話の機能以外は日本でも使える、でもiPhoneの電話機能が日本でも使えるのに何カ月かかるか、何年かかるかが、日本の既存構造の抵抗勢力を打破できるかどうかの一つの指標です」と言ったのです。ちょうど1年で達成されましたね。
  1年で達成した理由は、実は、iPhoneのコンセプトが従来の携帯電話とまったく違っていたからです。日本のプロバイダーと言われるドコモなどが、いままでは日本の携帯電話を「ああしろこうしろ、ワンセグだ」と言ってやっていたのですが、iPhoneはそれを越えてしまったわけです。とんでもないことをつくってくれたので、むしろ日本のキャリアが「うちでやらせて下さい」と陳情に行った。これは技術者だけでは出てこない発想なのでしょうね。
  技術者は、技術者であり、必ずしもカスタマーを向いて仕事をしているわけではありません。当然です。しかしいまのビジネスはどうお客さんに向いて商売しているかということが大事です。振り返ってみれば、97年はアップルにスティーブ・ジョブズが戻ってきた年ですが、あと5週間しかキャッシュフローがなかったのです。もうアップルはつぶれるぞということで、誰が買うかという話になっていた。それが、10年でこんなに変わってしまった。iPod、iTunes、iPhoneは世界一のブランドになりました。スティーブ・ジョブズがしたことですが、あのiPodを開けてみてご覧なさい。アップルがつくったものは何もないんですが、中の部品の四つくらいは日本製です。
  日本の強さはモノづくりと言いますが、これでは「部品屋」ともいえます。確かに部品の性能はいい。しかし、それだけでは勝負できません。アップルがつくっているのはコンセプトです。新しいコンセプトをいかに単純にしながら、どうやってカスタマーに届けるかです。iPodの裏は銀色でベタベタ指紋が付きますね。あの試作品も、日本人がつくりました。これは一発で合格です。これをつくっているのは台湾の会社で、その工場は中国にあります。
  日本は何をしているのかということなのです。iPhoneを出してくると、いままではメーカーが何を言っても言うことを聞いてくれないキャリアが、是非うちで使って下さいということでシリコンバレーに行って、「スティーブ・ジョブズさんお願いね」なんて言っている。そうすると、昔のよしみもあって孫さんが取れるというような話になってくるわけです。
  こういう大きな構想力は凄く大事です。日本の強さは何だと、経済産業省、企業などいろいろな人に聞くと「モノづくりです」「環境技術です」と。だからどうしたと私は言うのです。それをお客さんに届けるような、お客さんがお金を払っても買いたくなるような、お客さんの気持ちをつかむものは何かと言うと、それは必ずしも「モノ」ではないのです。これはエンジニアの理屈です。日本に欠けているのは「物語」です。経営者は、物語を語らなくてはいけません。物語の中の大事な要素の一つとして「モノづくり」があるのです。ソニーは井深さんと盛田さんのつくった会社ですが、60年代に盛田さんは、「ソニーは世界一の会社になるぞ」と、家族一緒にニューヨークに移りました。セールスマンとして物語を売った。iPodはソニーのものじゃないのと思いたくなるような「モノ」ですが、違うのです。こういうところから、いまの新しい産業が出るインフラが変化しているのです。
  これによってできたITでつながったフラットな社会で、何をするのか。これが日本の一番のチャレンジでしょう。いまのエスタブリッシュメントは、昔の経済産業構造のパラダイムと製造業というリニアのジャストインタイムやセルという、一つのプロダクションラインでやっていく、経営は垂直モデルで大成功したのですが、いまのフラットな世の中で問われているのは、新しいビジネスであり、ビジネスモデルであり、自分の強さを全体のスキームのどこのコンポーネントに入れて世界に売る、世界のお客さんの心をつかむかということでしょう。
  最近言われていることですが、明らかに新しいビジネスモデルの出現とは、サービスをどこに売るかということです。世界中に売る必要はなく、それを一番欲しがる人たちに売る。世界中に散らばる顧客のニッチ、ターゲットをいくつも集めて商売するのが非常に大事だとなってきたわけです。
  クラスターというのは非常に大事です。クラスターはカルチャーや気候など、いろいろなことに培われた特異な、文化的なバリューがつくったものですので、ユニークなカルチャーがあります。例えばフローレンスのような場所やナパバレーのような場所などです。フランスのワインは気候やいろいろな環境によった、いろいろな「エクスパティーズ得意なもの、こと」があるわけです。それをどうやって、世界の誰に売ると一番いいのかという話が新しいビジネスモデルになってくるわけです。新しい市場の形成。新しい顧客層をつくる。技術だけではないのです。
  その一番いい例がソニーのプレイステーション3です。これは本当に素晴らしい技術です。解像力、画面は素晴らしい。技術者も精度などにぐーっと突っ込んでいるから確かにいい。ところが、ビジネスとなったら負けてしまいました。Wiiですね。ソニーのモデルは明らかに若い男性がターゲットだったのですが、男性も中年になるとそれから離れてしまいます。しかし、Wiiは明らかに、全く想定していなかった新しいお客さんの層をつかみました。例えば家族で一緒に楽しめる。おじいちゃんも孫娘と一緒にゲームができる。しかもやっているうちに汗をかいて、少し体重が減るんじゃないのということで、一挙に新しい客層をつかんでしまったのです。技術はもちろん大事なのですが、技術だけではなく、いかに物語をつくって、心をつかみ、売るのかということです。任天堂はいまや日本第3、4位の企業です。
  今日の日建設計が行った展示会を見ていると、何か物語を感じますか。日本の人は感じているかもしれませんが、世界のお客さんは感じるでしょうか。相手がどういう価値観で、どういう文化で、どういう社会的な背景で、どういう地域的な背景があって、だからどういう好みなのか、嗜好なのか、価値観なのかということです。人によって好きなものは違うと思います。
  例えば箱根の旅館で立派な旅館がいろいろありますが、2月くらいに行くと、夜中はらはらと雪が降ったりしています。そうすると、庭の松の枝や竹の葉の上半分に雪が積もる。それを、下からライトを当てて見ると、日本の人はとても「美しい」と思うんじゃないかと思うのです。明け方4時頃、私もそういう場面を経験して、「本当にきれいだな」と思ってしばらく見ていたのですが、そんなことを中東の人は感じるかなと思って見ていました。「これはとてもすばらしいんですよ」と言っても、相手が納得するかどうかは全然別の話なのです。
  相手は何が一番好きなのかをどうやって知るか。若い時から、いろいろな人たちとの付き合いがあればあるほど、違った価値観、何が売れるんだという話がよくわかるものです。そういうモデルで出てきたのは、例えばリテールでは、ユニクロの柳井さん。凄い天才ビジネスマンですが、ザラというスペインのブランドが話題になっています。私の本『イノベーション思考法』にも書いたのですが、ザラは、いま日本にもアメリカにも進出していますが、当分の間はヨーロッパ中心でいこうとしています。女性、子どもの、割に安いアパレルを売っている店ですが、男の人はほとんど知らないと思います。でも、日本でも多くの女性は知っています。
  何故これを知っているのかを考えて下さい。ザラは60年代くらいにできたスペインの縫製工場ですが、ITを使って、それぞれの国、地域のお客さんが好きそうなものをつくっています。ストックホルムやマドリッド、マルセイユなどいろいろなところに店を出していますが、場所によってものが違います。お客さんの好みが違うのからです。常に、お客さんが欲しがるものを出すことによって、お客さんにリピーターが増えるのです。あそこに行くと、つい買いたくなる安いものがある。同じものを一所懸命にプレゼンテーションするにしても、相手によって変えないといけません。それはどうしたらいいでしょうか。相手を知る。そして、個人的な付き合いがたくさんなければというようなことがわかるようになってくるわけです。
  日本はどうしても技術が進んでいたので、技術屋さんが多い。技術の人はその技術に突き進みますから、いいはずだと思い込んでしまうのですね。でも、そうではないのです。最近では野村證券が使い始めた「ガラパゴス化」という言葉があります。技術の進化を国内だけでやっていることを言います。
  どういうことか知っていますか。携帯電話は、世界で1日に100万個売れています。そのうち40%はノキアで、14%がモトローラー、14%がサムソンです。やっと4番目に日本の企業が出てきます。「ソニーエリクソン」ですが、9%です。
  ソニーがエリクソンとやると言った時に、役所も業界もみんな「裏切り者」と言った。数年前ですよ。何が裏切り者ですか。そういう内向きの文化が困るのです。携帯電話は日本では14社くらいでつくっていますが、世界の市場の4%しか取れないのです。国内では3Gとか言って確かにどんどん進んでいますが、外国は3Gでないのだから、やったって全然意味がないのです。技術が進んでいると言いますが、それは自己満足のガラパゴスです。外ではイレレバント、意味がない、競争できないということになるわけです。ところが、一方で、日本の強さと言えるのは、世界で売れている携帯電話の内部の部品の65%は実はMade in Japanだということです。つまり、「モノつくり」ですね。
  では、この「モノ」で勝負するとなると、インテルみたいな会社にならないと汎用品での勝負ですから難しいですね。インテルだと、常に部品のクオリティにしても、常に一番でないといけない、ムーアの法則を実現していく、パラノイアしか生き残れないような会社にならなければいけない。それもしんどいというのであれば、「モノつくり」と言っても何をやるかということが一番大事でしょう。

3.日本の環境技術

 日本の環境技術も確かに優れています。ソーラーパネルもシャープなどから始めてきて、いまも素晴らしい。技術はいい。「だからどうした」と問いかけましょう。皆さんも会社で考えてみて下さい。うちの技術は素晴らしい。だからどうした。技術が進んでいなくても、売れるマーケットはいくらでもあります。というわけで、日本は水処理技術も素晴らしい。しかし、全体の大きな都市計画をする時、水の全体の制御のシステムを日本が持っていますか。全体の制御が一番大事で、そうするとやはり部品屋さんになってしまうのです。水の浄化技術は日本が一番いい。だからどうした。一番大事なのは、その大きな構想力と相手が納得するような企画を持っていき、ファイナンスはどうしよう、部品はどうしようと言う。そこが一番大事なビジネスになってくるわけです。それが弱いのであれば、何故弱いのかと考えることが大事です。
  そうすると、誰と組んだら一番いいかという話になる。弱い人同士が組んでいても仕方がないわけなので、強いところをどう生かしながら、弱いところを認識し、どこと組むべきか、これがコラボレーションになります。コア・コンピテンスで売る。それをどうビジネスにしていくか、誰とやったら一番いいかという話を考えていかないといけません。それがトップの決断であり、トップの見識です。社長さんも大変です。そんなわけで、実はモノづくりにしても物語をどう構築していくかというのがすごく大事なのです。そして、グローバルなクライアント、どこの誰をターゲットにして、どうアピールするか、これが大切です。
  そういう構想をつくるには、野中郁次郎先生が書いていますが、「イノベーター」という、いままでのフレームを変えるような人が必要です。「フロネシス」が大事だとおっしゃいます。それは、単なるビジネスとしてお金を儲けになるとかそんなセコいことを考えるのではなくて、これは絶対に世の中にいいはずだと考える。或いは、これは哲学的に言っても美しいことだ、正しいことだというような大きな思いに駆られている。本人は意識していなくても、ゴールはすごく高い。さらに、実践的にそれを判断し、全体を動かしていくことにどういう知恵を働かせながらディシジョンしていくか。常にそういう大きな目標を持って、実践的に行動することがすごく大事で、本人が意識しているかどうかではない。それをフロネシスと野中先生は言っています。アリストテレスから言われている概念、知識の知だけではなくて、実践的な知恵、賢さというか、そういうものが大事だということです。
  その例として、私も「イノベーション25」をやった時も話したのですが、みんな技術というけれどもそうではない。例えば皆さんがスキーやゴルフバッグを持っていかなくなってしまったのは何故か。クロネコヤマトのせいではないですか。これをやった方は小倉昌男さんですが、『小倉昌男の経営学』を読んでいただければよくわかるように、クロネコヤマトの営業所の職員の名前は、トラックで御用聞きに行ったり取ったり配達する人が一番上で、ずっと逆三角形になっていって、一番下に所長がいます。
  何故かと言うと、お客さんの声を常に聞いている人が、一番大事な情報源だということを認識し、実践しているのです。お客さんの意見をどう実現するか。それじゃあやろうじゃないかということをいろいろ考えてやっていくわけですね。そういうのが小倉昌男さんで、小倉昌男さんは、当時の一大抵抗勢力と思われますが日本通運に抵抗し、その仲間の運輸省を訴えてでも、お客様にいいはずだということで事業を進める。あの方はそれで会長になり、辞められて何をしたかというと、障害者の支援運動を長いことやられました。そういう思いが基本にあったのですね。この会社は、みんなのために役に立ちたいんだという、小倉さんの思いが浸透しているから、運輸省を訴えてしまうくらいのことをやる。そういうようなフロネシスです。
  本田宗一郎さんもそうですね。何が何でも技術とオートバイ。社長になっても一緒になってオートレースに行って、地べたに座り込んで走り方を見ているわけです。「ここはこうだぞ」ということで、社長にもかかわらずエンジニアと一緒に一所懸命に仕事をするわけですよ。そういう人ですが、本田宗一郎も、1980年の始めから、自動車の本家アメリカに、アメリカの人たちの役に立たなければ、恩返ししなければということで進出するわけです。
  80年はじめからインドにも行っています。インドでヒーローという会社と合弁会社をつくった。ヒーローが75%くらい株を持っています。二輪車の会社ですが、インド流にやってきても、二輪車はホンダだというブランドをつくりあげた。数年前からは四輪車も進出しています。この間もニューデリーの工場を見てきました。インドのいまは1割の人が中産階級ですから、ハイエンドのお客さんを目指して工場をつくってインドの技術者をどんどん入れて、訓練し、雇用を増やしています。「工場はきれいじゃなければいけないということを教育するのは結構時間がかかりましたよ」と工場長も言っておられました。そういうことをやっているので、いまや、前のスズキの会長だったインドの財界の大物も、「2台目の車はホンダだよ」と言っていました。そういう戦略はすごく大事です。何も一番質のいいものを出すわけではなくて、日本のものをどういうふうに売りながら、自分の会社がそういうところで定着してブランドをつくっていくかということが非常に大事です。
  こういうことができるグローバルな世の中になったので、大きな構想力と異質性と多様性を認識した戦略がすごく大事です。その戦略は10年20年の先に実現するのかもしれませんが、ソニーの盛田さんや本田宗一郎さん、小倉昌男さんのような人が、世の中を変えるイノベーター、革新的なビジネスをつくりあげていく人ではないだろうかと思います。そういう意味では、アップルのスティーブ・ジョブズもそうです。彼は大学に半年しか行かないでやめてしまいました。
  98年に二人の大学院の学生が創業した会社があります。Googleという会社です。彼らのお父さんが両方とも物理学者か数学者と思いますが、二人とも物理をやっていました。90年代に、毎日ものすごく膨張しているインターネット上の情報を整理して、みんなが何かキーワードを入れると一番ヒットが多いところが出てくるようにしようなんて、とんでもないことを考えているわけです。もう、どう見たってクレイジーですね。
  小泉総理は「変人」といわれていましたが、これを「クレイジー」と言うのは間違いで、「エクストラオーディナリー」と言わなければいけないと、外国人記者に言われたそうです。Googleも普通ではないですよ、98年に創業して、いまやもう20兆。世界中でGoogleを知らない、使わない人はきわめて稀な人種になってしまうくらいです。しかも、ユーザーからお金を取らないのが基本的なフィロソフィーです。情報を管理することはものすごいパワーを得ることになってしまいますから、オープンということが一番大事です。Googleではすべてのディシジョンメイキングの最後は、「社会のみんなのためにいいことなのか」ということが判断基準になっているそうです。
  Googleは猛烈に大きくなってきましたから、いろいろな企業の部長さんや取締役など、ビジネスを結構経験した人たちも参加しています。そういう人たちにそんな少しばかげた様な判断基準についての噂は本当かと聞くと、ばかげたくらいにそれが本当だと言っているそうです。みんなのためにいいことなんだということが、ディシジョンメイキングの一番の基本的な哲学にあるというのはそういうことです。そういう人たちが世の中を変えていくのです。「枠を外れた」「変人」、「extraordinaryな人」たちが世の中を変えるのです、いつの時代でも、どこでも同じことです。歴史が繰り返し示しているところです。
  こういう動きの中で、日本の強みをどうするのか。ソーラーもそうだしハイブリッド自動車もそうだし、電池もそうです。原子力技術も再生エネルギーの技術はあるのですが、それを政策にする、ビジネスにいくところが一番弱い。何故かというと、いままでの抵抗勢力があるからです。しかもグローバル時代になっても内向き思考が変わらないのです。抵抗勢力は変えなければいけないのですが、それを下からひっくり返すようなエネルギーがなかなかでないのですか。1990年までの30年間の成功体験が染み付いているのです。
  この間、韓国で、アメリカの牛肉を輸入すると言った途端、政権がひっくり返るほどの大騒ぎになってしまっていますが、日本ではこうなってもひっくり返るようなエネルギーは出てこないでしょう。これは何故か。日本のカルチャーがあるかもしれません。2チャンネルなどを見ていても、匿名が多いですね。これは何故なのか。日本はムラ社会だから、名前を出した途端に無言の圧力がかかって、やられてしまう。山本七平さんのいう「空気」でしょうか。閉ざされた、息の詰まりそうな社会なのでしょうかね。
  そういう意味では、Googleがあって、いまやYouTubeがあり、blogもあり、双方向で誰でも、どこからでも発信できます。そんな時代なのです。それから、今度はフェイスブックという、自分のアイデンティティーをいれたソーシャルネットワーキングも出てくるなど、新しいモデルがどんどん出てきます。日本では何故出てこないのかよくわからないのですが、そういうものが出るとまず役所に言われるのではないかというので、役所に相談に行きます。これは最低ですね。役所に行ったら、前例がないことをやるわけがないですから、これでは変われません。
  ソーシャルネットワークのYouTubeだって、まずはやってしまう。文句があったらやめればいいんでしょという話なのです。世界に発信する。どんどんやる。セカンドライフなどもそうですが、若い人たちが何かやってみようと、どんどんやってしまう。文句があったら言ってみろというわけです。まず法律ありきでは、このグローバル時代、世界競争に遅れる傾向はあるでしょう。「進取の気性」、つまり「entrepreneurship」が削がれているのです。
  そういうわけで、どんどん進んで、あっという間にビッグビジネスになっていきます。フェイスブックも最初はハーバードの学生がお互いにアイデンティティーを示しながら、どういうことをやろうかという話を、キャンパスを越えていろいろなグループをつくってやっていたのが、あっという間にビッグビジネスになってしまいました。いまやヤフーやマイクロソフトなどが買いたいと言っているのですが、結構高い値がついています。これを始めた学生さんは、そのまま就職しないで自分でフェイスブックをやっています。まだ25、6歳だと思いますが、すごいビッグビジネスになっています。そんな話で、どこにニーズがあるかというのはすごく大事なものだろうと思います。

4.グローバル課題へ世界の新しい動き

 そういう人たちがどういうところから出るかというと、違った発想、行動、明らかに「出る杭」です。私が参画した「イノベーション25」で、科学技術のイノベーションは大事ですが、それを社会に浸透させる、つまりイノベーションの定義は「新しい社会的価値の創造」というふうに私は提言しています。それを一番阻害するのは、従来の社会制度です。それは政治的な問題と法律的な問題があるのですが、それをやろうという人たち、つまり「エクストラオーディナリー」という「変人」、「出る杭」をもっと増やさなければいけない。「出る杭を育てる」という言葉が閣議決定文書に4回も出てきます。とんでもない閣議決定かもしれませんが、みんな違ったそれぞれの個性を伸ばすということと、自分がやりたいことを、世界は広いからどんどんやろうよというカルチャーをつくることが大事です。
  もちろん失敗もたくさんあるでしょう。しかし、失敗しなかった人は、所詮何もできない人たちです。マニュアルがあったとしても、自分で失敗して初めて賢くなってくるのですから、それをある程度上の人は許容する。一人ひとり、何回か失敗しながら学び、賢くなってくる。是非、日本もそういう社会になってほしいと思います。
  そういう意味では、去年まであった産業再生機構という会社があります。こんど東京証券取引所の社長になった斉藤さんが社長で、その下のCOOの冨山和彦という人がまた新しい会社をつくっています。この冨山さんが書いた本が去年2冊出ました。再生機構で、カネボウやダイエーなど、いろいろな会社について支援したわけですが、彼の書いた本を見てみると、身につまされます。最初の本は、『指一本の執念が勝負を決める』という本で、彼の結論は、いままでの社会のトップに上がった人はトーナメントで優勝したような人たち。一度も負けていないから、たまたまなっただけ。だけど本当の実力は、リーグ戦で勝つ人だと書いています。リーグ戦で負けて賢くなる、そこから勝つ人たちと書いていますし、『会社は頭から腐る』という本も同じような主旨で書いています。
  城繁幸さんが最近書いた本で、『内部から見た富士通「成果主義」の崩壊』というのがあります。彼はそれを敷衍化した本も書いて、さらに『若者はなぜ3年で辞めるのか?』、その続きで、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』という本も書いています。この間、彼と1時間くらい話をしたのですが、若い人で元気があって、富士通の話も辞めてから書くわけですが、それは何故かというと、富士通にはいろいろな素晴らしい人たちがいるのに、これが生かされていないからという思いに駆られているのです。彼も独立して、若者へのコンサルテイングをやったり、若い人たちの教育や講演に行ったりと苦労しながら活動しています。そういう人たちがたくさんネットワークをつくりながらお互いに育てていくのが、これからの日本の課題だろうかと私は思っています。
  そんなことで、若い時にはたくさん他流試合をしましょう。しかもこんな世の中だから、世界に出ていけという話です。G8の科学顧問の会議を年に2回やっています。今年6月の会議は私が主催して沖縄で開催しました。その時に、「ブレインドレイン」(頭脳流出)ではなくて、これからの世界は、エネルギーや教育や水問題など世界中が共通の話題にみんながチャレンジしていくわけだから、「インターナショナル」ではなく「グローバル」に考えて、「ブレインサーキュレーション」(頭脳の循環)、1年間、大学生を、なるべくよその国に行かせよう、海外との交換プログラムを進めようと言ったら、みんな大賛成でした。
  いま日本の大学生で、海外に留学する人はどんどん減っています。ますます内向きですね。何故そうなるか。10年か20年先の上司を見ているとそんなになってしまうのではないのかと言っている人もいますが、ロールモデルに元気のある人がいないと、若者は元気にならないですよ。というわけで、是非いろいろな仕事の人も若者に、「やってみたらいいじゃないの。失敗したって俺が責任を取るよ」くらい言って、少しワイルドな人を伸ばしてやるのが、会社の上司、大学の教員などの先輩たちの大事なミッションだろうと思います。
  情報が広がったということで、もう一つ非常に大きなインパクトがあるのは、会社のガバナンスや大学のあり方です。どのくらいこの人たちは普段から世界の問題に気をつけながら、例えば人材を育成しているのか。うちの会社にいるやつはよそからどんどん引っこぬかれちゃうんだよねなんていう会社なら立派なものです。そういう会社になるのか、あるいは、あそこは国際的に素晴らしい人材を次々と輩出するという話になるのか、あるいは地域の貢献をするとか環境問題にどう対応しているとか、実質的にCO2をどんどん減らしているとなるのか。政府が言っても抵抗勢力があってなかなか動かないが、自分たちでどんどんやっていますよと言うことで動いていく。低炭素社会へ向けて東京都はそういうことで結構緻密な戦略を出しています。
  人材の育成、環境問題、エネルギーの効率、それから採算もそうですが、それでコーポレート・ソシアル・リスポンシビリティCSR、企業価値コーポレートのバリューの80%が「見えない価値、intangible asset」になっています、株主は当然ですが、世界から見たステークホルダーによって評価されているのです。去年、アブダビ、ドバイにも行かせていただきましたが、どういうふうにあの人たちは日本の企業を見ているかというのが一目瞭然にわかってきてしまいます。いまは非常にいい関係ですが、この間もアブダビの皇太子から話を聞いたら、日本の企業はとにかくディシジョンが遅い。何かいい技術があるとは言うが、それならどんどん来ればいいじゃないのという話をしています。一人ひとりには会社の都合があるのかもしれませんが、世界的なプロセスからみると、何をやっているのかという話になるのではないだろうかと思います。

5.つながったグローバル世界へConnected global world

 世界が一つにつながってしまったので、その国というより、むしろ企業、大学、個人、団体、そして一人ひとりがどういう世界をつくろうとしているのかが問われています。世界中がつながっている世の中で、どういう存在でありたいのかという話がなかなか見えてこない、そこにこそ日本の弱さがあるのではないかと思います。昔も強さはあったのですが、これがこれからのグローバル時代には弱さになってくることもあるのではないかということを十分に自覚して、それぞれのキャリアをアップしていく。
  いままでの社会制度で、右肩上がりで政産官の鉄のトライアングルと、年功序列で、うまくいっていればいいのですが、これはいずれ破綻します。これに固執すればするほど、国も企業も、何となくじり貧になってくるわけで、これが政治の世界でも難しいところです。政治は、いままでの民主的な制度の中では世界中そうですが、どうしても自分の選挙区で一つか二つのイシューで争ってくるわけです。
  情報は広がっていると言っても、皆さんの毎日の生活があります。選挙で落ちてしまうと政治家はただの人になります。しかし大きなステイツマン、リーダーも必要です。私はたまたまトニー・ブレアさんとも仕事をしていますが、世界は次のアメリカの大統領は何をするのか、中国のリーダーシップは何をするのか、これらが世界の注目です。中国も現場に行ってごらんなさい。この間の四川の地震もそうですが環境はひどい状況で、これはすごいリスクだということを向こうのリーダーも十分に知っています。それをどうやって、政治レベルとは違うところでいろいろな交流をしていくか。これは、日本のとても大事なミッションです。
  情報が広がっているところでは、何事も隠せません。透明性によってどうやってガバナンスを進めていくかということが、コーポレートであれ、大学であれ、組織であれ、政府であれ重要です。それが世界に非常に広がって、世界から見られています。そのことを十分意識しながら、特にリーダー的な責任ある地位にある方々、社会的に責任のある立場の人が日常の行動で示すことが、国の全体の責任なり信用の一番大事なエッセンスになっていると思います。
  そういう意味では、いまのサブプライム問題もそうですが、アメリカの信用が何となく落ちています。ブッシュさんもいよいよ辞める。次の大統領は誰だと言って世界中が動いているし、明らかに、アメリカでも大きな企業はみんな炭素キャッピングしようとホワイトハウスに圧力をかけているような時代になっています。日本のリーディングカンパニーの動きはどうでしょうか。どうやって日本のプレゼンスを示し、まだ世界2番目のGDPとして、グローバルな課題に、経済成長に、雇用に、社会に、世界に貢献していくのか。
  成長するアジア、大きく変わってくる世界のダイナミズムの中で、そういうところで生きていく、そして日本の、いや世界のリーダーになるような人材を一人でも多くつくるということは、非常に大事な課題だと思います。一人ひとりがそれぞれ考えて、自分のできることを、日常的に5%でもいいから足を踏み出してみようということをしなければいけないし、特に若い人には10%も、20%も踏み出せくらいのことをするようにぜひエンカレッジしていただく。10%踏み出したら足のすねに当たって、痛いと思えば少し利口になってくるでしょう。これが知恵のモトです。
  やってみなければわからないという世界が実際です。確かに知識が増えた、ナレッジベースドソサエティではありますが、実践をしない人はちっとも賢くないというのが残念ながら真実です。若い時にはいくつもガチンコ勝負をする。何も国内だけではなくてもいいんだよということで、若い人のポテンシャルを伸ばすような企業であり、組織であり、社会を構築していくことこそが、私たち一人ひとりの大きな課題だと思います。
  世の中が変わっているのに、どうして変われないのか。実をいうと、だんだん変わっています。若い人たちで素晴らしい人たち、どんどん自立している人たちがずいぶん出てきています。その人たちは埋もれているわけではないので、そういう人たちを私は応援してあげたいと思っています。皆さんも是非そういうところで努力して下さい。若い、やる気がある人の、それぞれの能力をどうやって伸ばしてあげて、全体としてのどう組織をつくるかというのは大きな課題です。今日の展示も、素晴らしいものがたくさんあります。「だからどうした」、これこそが一番大きな課題です。グローバルのビジョンをもって、戦略を構築するというところこそに日本の一番のチャレンジがあり、実はスリル満点の面白い世界が開けているのではないかと思います。
  ご清聴、どうもありがとうございました。(拍手)

 

パネルトーク

福島 黒川先生、どうもありがとうございました。いま世界がどう動いているのか。またその中で日本の現状はどうなのか。黒川様ならではの俯瞰的な視点でさまざまな問題点を指摘いただきました。私自身も日本人として、いろいろな意味で危機感が募った思いがしましたが、さらにいまのお話を受けて、黒川さんにお話を伺っていきたいと思います。
  黒川さん、再びご登場いただけますでしょうか。(拍手)
  大変貴重なお話をありがとうございました。幅広い視点からお話いただいたので、何をまず、どうお聞きしようかと惑ってしまうのですが、いま本当にグローバル市場経済で、インターネットがこれだけ普及して、情報が瞬時に世界中を駆けめぐる。まさにフラットな世界が構築されているわけです。世界がそういう中でドラスティックに変わっているのに、日本だけが何か変われていない。しかも、変わっていないことに対しての危機感すら、私たちは非常に希薄だという気がするのですが、そのあたりの危機感のなさというのは、黒川さんはどういうふうに見ていらっしゃるのでしょうか。
黒川 最近いろいろな若い人でも「日本はいいところだよ、犯罪も少ないし、気楽に行けるし」という人たちが結構出てきている。これもちょっと恐ろしいですね。そういう意味では、もっと世界に出てみると楽しいこともたくさんあるし、たくさんの友達ができるのになと思い、少し惜しい気がします。
  一番彼らに欠けているのは、自分の10年先、20年先を象徴するようなロールモデルがまわりにいないということですね。やはり難しい課題らしい。そういう大きなチャンスがあるので、若者たちには是非羽ばたいてほしいと思います。
福島 黒川さんのご本の中にも書いていらっしゃいますが、技術革新というのはイノベーションではないんだと。その技術を使って社会の仕組みをどう変え、人々のライフスタイルをどう変え、新しい価値をどうやって生み出していくのか。そこにたどりついた時こそ、初めてイノベーションなんだということを主張されていますよね。まさにそのとおりだと思うのですが、技術革新からイノベーションにいたるまでの戦略が日本は弱いと思います。日本の企業やいろいろな組織が、こういう戦略、構成力というお話もありましたが、そういう力を身につけていくには何が必要になってくるのでしょうか。
黒川 シャープの片山さんは49歳で社長になった。去年、関経連で話した時のことなのですが、その2週間前にシャープの新しい社長が発表され49歳と新聞に出た。そういうニュースは日本だけのものかと思うと、世界中ですぐに知られます。それだけで、世界ではシャープは買いだなと感じるでしょう。社長は49歳だ、よし、これはいけるなと。例えば新しい社長は60歳と言われただけで、その会社はかわらないな、といった捕らえ方をされる、これがグローバル情報時代の怖いところなのです。(笑)
  世界に見られているということをどうやって意識して、行動するかです。できない理由を考えるよりは、世界が見ているなかでの会社のクレディビリティを考える。それは株価ではなくて、ステークホルダーからどうやって見られているかという「intangible asset」が企業価値の80%になっているということを、もっと意識しないといけないのではないかということです。
  例えば日本の政府は何をしているのかということを、世界の人に知って欲しければ、日本語で書いていても仕方がない。ほとんどの人がGoogleを使って、ガバメント・オブ・ジャパンとか何か入れてクリックすると思います。最初に出てくるのはおそらく官邸の英語のサイトですが、これを見ただけで次々とクリックしたくなくなってしまうような雰囲気でしょうか。ご自分で見て下さい。基本的に日本語でできているサイトを訳しただけです。それが、ホワイトハウスやイギリスだとダウニング10で検索してみると、日本とは違いうことに気がつくでしょう。最初に出てきたサイトがどうなって、どう構築されて、どれだけユーザーの方に向いているかというのがものすごく大事です。
  それらが英語圏だからというのであれば、中国共産党のヘッドクォーターと引いてみろと言います。やはり違いますよ。このサイトそのものが世界からどうやって見られているか、どうやって知って欲しいのか、について対応をしているかということが、まざまざと出てしまうと思います。発信力の意識、戦略、方策の違いです。そういう意味では、企業の方も会社の方も、それぞれ自分たちの英語のウェブサイトがどうなっているかということを是非考えてほしいと思います。それだけでずいぶん意識がかわると思います。
福島 そうですね。それは、政府も企業も大学も、すべてに言えることですよね。日本の企業は、ものすごく素晴らしい技術力を持っている。しかし、先ほどお話に出ましたiPhoneが出て、世界中の人たちがその電話が欲しくて長蛇の列をつくり、わくわくしているわけですが、ああいうエキサイティングなものを、日本の企業は技術を持っているのにそれを生み出すことができていない。
  お話にもありましたが、かつてイノベーターと呼べるような、本田宗一郎さんであったりソニーの創業者であったり、あるいは小倉昌男さんであったり、いろいろな方がいらっしゃったと思うのですが、どうもここ最近はそういう人が出てこなくなってしまった。このあたりに、私はものすごく閉塞感を感じてしまうのですが。
黒川 いなくなったということではないと思います。いままでの冷戦の終わるまでのパラダイムがあり、それから数年間は、日本とアメリカと欧州というトライアングルだとみんな言っていて、その中では、日本のユニークネスはまだ買いだったと思います。ところが、いまのようにアジアが突然グーンと成長してくると、中国は日本の10倍の人口で、大学に行っている人は少ないかもしれませんが、中産階級だって日本の人口より多いくらいじゃないですか。そういう新しい人材、人財が出てくる可能性は、明らかに大きいわけですよね。エクストラオーディナリーの変人の数は向こうの方が大きいわけだから、そういう違ったバリューが世界のいろいろなところに届く率は高い。そこが一番、日本が見えなくなっている理由だと思いますね。
  外から見ていると、アジアというと、中国、ASEAN、インド。日本は全然発信していないという話があるので、やはりもっと発信していくということは大事ではないかと思います。
福島 私は日本の教育の問題というのも、かなり大きいのではないかと思うんですよね。私たちの国は国土も狭いし、自前の資源もほとんど持っていなくて、まさに財産の財である人財しかないと思うのですが、私自身も偏差値教育を受けてきた世代で、一方的に知識を与えられ、それを受け身で吸収するという教育を受けてきた世代です。そういう教育の中で、本当に自分なりに物事を深く考え、自分の考えをきちんと人にプレゼンテーションし、あるいはそれぞれの思いをぶつけ合ってディスカッションをする訓練をほとんどしてきていない。
  それで社会に出て、突然、そういうことを求められてもなかなかできないし、あるいはエクストラオーディナリーという人間が画一的な教育の中で、本当にスケールの大きな、構成力を持った、まさに出る杭の、ちょっとこの人おかしいんじゃないと思われるくらいユニークな人間というのが、いまの日本の教育の制度の中では輩出しづらい状況にもあるのではないかと思います。
  黒川さんはアメリカの教育の現場や、世界各国の現場を見てこられたと思うのですが、そのあたりで、日本の教育に関して問題点は感じていらっしゃらないでしょうか。
黒川 それはありますね。僕は15年アメリカに行って、大学で教えたりお医者さんをやったりという経験をしていたのですが、帰ってきてみると、若い人の可能性は素晴らしいですね。だけど、僕らの世代もそうですが、だいたいいま30から35歳くらい以上の人は、大学に入っても勉強した記憶はあまりないのではないですか。
  大学の偉い先生たちもこの会場におられるかもしれませんが、大学は研究する場所でもありますが、一番大事なのは将来の人材を育てることです。若者が4年間もいるんですから。大学の責任は大きいですよ。若者たちがそれぞれの目指すところもやることは違うと思いますし、それぞれ得意技も違うと思う。画一的なフレームに入れるのではなくて、それをどうやって自分で見つける機会をつくるかというのはものすごく大事で、それが先ほどご紹介した、城君が書いている「内部から見た成果主義崩壊」という本を見ると、痛いほどわかります。
  若い人たちは、必ずしも社会的な出世やお金が欲しいと言っているわけではなくて、自分は何をしたいのかということを模索しています。そういうものに大学が答えられなければいけないのですが、いまの教授や先生たちがそういうふうに育った人ではないから、自分の周りの人をいろいろな人に育てるということが難しい。実体験がない人たちなのです。白洲次郎さんも言っていますが、松下村塾などを見ても、先生は教えるだけではない、自分の言っていることを自分が日常の生活で体現しているかを意外に若い人たちは見ているのです。そういう先生たちがあまりにもいないことが一つあると思いますね。会社の上司もそうかもしれない。
  私はいま、大学では1年間学生をどこか海外に行かせて、1年間海外から学生を交換に引っぱってくるようなプログラムを文部科学省にだいぶプッシュしています。多様な、自分たちの世界の同僚「ピア」をつくろうと持ちかけています。来月沖縄で、中学3年から高1くらいのアジアの子どもたちを30人、そして日本からも50人くらい呼んで、1カ月合宿させます。そういう企画をどんどん広げていくと、その人たちが将来の素晴らしい友達になってくるだろう。だから教えるのではなくて、違った経験をたくさんさせるというのが非常に大事なことだと思います。大体、大学でも先生たちが自分の言うことを実践していなくては、説得力がないですね。
福島 そうですよね。いま多様なというお話もありましたが、これからの重要なキーワードの一つに、ダイバーシティー、多様性ということがあると思います。その点でも、日本は非常に画一的な社会でありまして、いまの日本は中高年の男性の皆さんが中心的な存在で世の中を動かしていて、多様な人材が活躍できる社会にはまだまだなっていないと思うんです。私自身も非常に関心の高いテーマですが、例えば、女性がもっともっと活躍してほしいし、活躍できるような社会になることが、日本にも大きな変化を及ぼすと思うのですが、その点はどうでしょうか。
  私もいろいろな企業を取材して、女性の活用が大事だとどこの会社も一所懸命に取り組みを行っているのですが、なかなか成果が生まれていないと思うのです。もっともっと女性たちが活躍していくために何が必要なのか、企業側は何が必要なのか。あるいは女性たち自身は何が必要なのか。そのあたりは、黒川先生はどんなふうに考えられますでしょうか。
黒川 すべての女性が優れているわけではないと男性は言うかもしれませんが、それは男性でも同じことが言えるわけで、確率は同じですよ。
福島 もちろんそうです。
黒川 世の中を変えるような人は、「2:6:2」くらいの法則で、「2」の人はどんどん変える引っ張る人、真ん中はそれできちんと仕事をしてくれる人でハッピーだよと言う人もいるでしょう。最後の「20%」は何を言ってもあまり変わらないぞと言う人もいるのかもしれませんが、そういうのは当たり前ですよ。100メートル走らせれば、スピードは正規分布するのだから。何を測定しても正規分布します。大学入学試験の偏差値も正規分布します。その大学入学試験の偏差値だけで、基本的に社会的価値を付与してきたところの方がおかしいだけの話ですね。
  日本のような少子化では、移民政策などがすごく大事ですが、移民政策の入口は大学にすることを考えるべきです。さらに、もっと女性を活用しない限り、日本のリソースは非常に制限的ですね。
  しかも、子どもをつくれるのは女性だけです。男はひっくり返っても、これはできないわけだから、女性がカンファタブルで充実できる社会をどうやってつくるのかはすごく大事です。いろいろ政策とか法律や何かに書いてありますが、所詮書いているのは男ですから、心の底で抵抗していますよ。だから、なかなか女性の社会進出が実現できないようになっているんです。
  私はブログを出していますから是非読んでほしいと思うのですが、男女共同とかいろいろと出てきます。一つのいい例が、日本で生まれて15年くらい日本で生活していた人が書いた本が日本語に訳されています。日本のことも知っているから、いろいろな行政のデータを調べながら、何故、女性の社会進出ができないのかということを書いています。『「最後の社会主義国」日本の苦闘』というタイトルです。結構厚い、ばっちりした本です。なんだかんだと言って、女性の社会参画を本当に実現させたくはないんですね。
  日本の女性のジェンダー・エンパワーメント・インデックスについてですが、国連の統計を見ても、女性の大学の進出、大学の進学率、選挙権、被選挙権等の男女同権というのは、日本は進んでいて世界で8番目くらいですが、女性パワーを生かしているかどうかというのは四十何番目になってしまう。そういう意味では、非常にもったいない。
  象徴的なことは、例えば男女共同参画社会というと国立大学教員の25%を女性にしようと役所が目標値を書くので、「女性はまだ少ない」とすぐに文句を言う方たちも多いのですが、それは間違いです。この目標はもっと高いゴールのための一里塚であって、25%が本来の目標ではないはずです。もっと男女共同ができるような社会をつくるのが目的で、ほかにもやることはいくらでもあります。
  男女共同社会は世界中でそういう動きになっている。例えば、世界の一流大学は世界の優秀な学生を集めて、育て、社会に送り込み、リーダーになって欲しいし、社会の要請に応えようとしています。これがグローバル世界の一流大学であるための条件と認識しているからです。象徴的な出来事は、例えば皆さんご存知のようにケンブリッジ大学やMITです。これは私もよくブログに書いていますが、ケンブリッジ大学のトップはアリソン・リチャードという女性の人類学者ですが、イエール大学学長(プロボスト)でしたが引っぱってきました。素晴らしい人です。
  MITというと、みんな素晴らしい大学と思うでしょう。MITのトップもいまは女性です。MITでは初めての生物系の人で、いま言ったアリソン・リチャードの後任に指名された、イエールのプロボスト学長だったのですが、1年でMITに引っぱられました。日本でそんなことが起こると思いますか。
  米国の名門校、アイビーリーグには8つの大学があります。クリントン政権で財務長官だったローレンス・サマーズさんはハーバードの学長を女性差別的失言で辞めたのですが、そのあとの学長は女性になりました。いま、アイビーリーグ8校のうち、4校が女性がトップです。プリンストン、ブラウン、ペンシルヴァ二ア、それからハーバードです。日本は86校の国立大学があるのですが、女性の学長は唯一、お茶の水女子大だけです。(笑)それが世界からも見えているのです。何故でしょう。それが一番の問題だと言うことで、そういう人を外からでも引っぱってくると、あそこはそういう人たちを求めているんだなとシグナルが世界に出る。僕はそういうことを東大の小宮山さんにも言ってますし、ブログにも繰り返し書いています。
  日本のリーディング・ユニバーシティーが大きな変革のシグナルを発信することが大事で、「リーディングでない」大学がこのようなことをやっても、日本では無視されてしまうだけです。そういうことをやることによって国を変えたいと言う。学の世界のメッセージを出す社会的責任があるんだという話を私はしています。これがリーダーシップの社会への責任ということなのです。大学に限ったことではないですけどね。
福島 是非そうなってほしいです。私の友人でも、優秀な人たちが、ここ数年だけでも四、五人、海外に移り住んでしまいました。ロンドンに行ったりニューカレドニアに行ったり、海外でもっといろいろなことをやってみたいわと言って、日本を離れていった友人たちです。もっと日本に女性のロールモデルが出てくれば、それがブレイクスルーとなって、環境がすごく変わっていくわけですね。
黒川 いま日本のメリルリンチの社長も小林さんという女性でしょう。彼女も素晴らしい人ですが、やはりそういう人をもっと出さないといけない。彼女があまり目立つと、彼女が周りからいじめられると思って遠慮しているのだろうと思うので、こちらが代弁して話しているのですが、メリルリンチのようにいままでのパラダイムでのトップといわれるようなところが何をするかというのは、世の中を変えるのに非常に大事なんです。
  東大の小宮山総長はグローバル時代へ改革を進めるべくどんどん手をうち、国際化をがんがんやっていますが、あなたの後任はぜひ女性にしなさいよ、日本人である必要なんかないんだからと言っています。でもそんなことはできないでしょうね。日本大学学長選びは、教員たちの選挙でやるなんて言うのだから、とんでもない話です。選挙で社長を選んでいる会社があるのか、と私は言っているのです。社会的責任は何かということをもっと考えて、自律して行動しないといけません。いまのグローバルな時代、メッセージや思いはあっても行動ができない人が多いと思います。これでは評論家ですね。
  右肩上がりの時は、会社も役所も、税金や会社のお金で留学したり、そしてMBAを取ったりしたのですが、帰ってきてから別に抜擢されるわけではない。あいかわらず年功序列でしたね。やってられないよと、気の利いた人はさっさと辞めた人たちもいましたね。三木谷さんみたいな人もいます。だけどそういうでない人たちは、自分の思い出を懐かしみ留学の同窓会で集まって会社に不満を言っている人たちになってしまうんですね。自分がどれだけ必死に勉強したのかは棚に上げてね。
  そうではなくて、もっと飛び出せばいいじゃないのと言うのですが、従来型の年功序列、終身雇用のタテ社会の日本では男性の場合それが難しい。家族もいるし、子どももいるしということです。でも、出てみれば出てみたでそれほど悪くはないのではないかという気もします。女性はがんばったところでどうせ差別されてなかなか重要なポストに行けないので、自分で会社を辞めて、自力でMBAへ行って、猛烈に勉強して、帰って外資系とかいろいろと渡り歩く。自分の能力をそれなりに発揮している。男性から言わせると、「羨ましいけど俺はできないんだよな」が先になってしまって、実はかわいそうな男の人たちでもあるのです。(笑)
福島 先ほどご講演の中で、最近は日本人の情熱やエネルギーがどうも不足しているというお話があったのですが、情熱が不足しているということもさることながら、先ほどGoogleの創業者が本当に面白がってやったことが、あれだけ大きなビジネスになったというお話がありました。何か人のためにとか、人の役に立つためにというような志の高さがイノベーターには必要だというお話でしたが、それどころかいまの日本は、企業の不正、不祥事、それから繰り返される凄惨な事件。何だか、志の低さや倫理観の欠如、人に対する優しさの希薄さというか、フロネシスどころか、日本人が人間としてどんどん劣化していっているのではないかという危機感が私には非常に強くあるのですが、そのへん黒川さんはどういうふうに見ていらっしゃいますでしょうか。
黒川 一人ひとりはみんな素晴らしいしまじめだし、それが美徳でもあるのですが、全員がそうでも困るわけです。世の中を変えているのは、その時代の「非常識な人」、エクストラオーディナリーな標準偏差の分布曲線カーブから外れている、この曲線に絶対に載ってこない人たちです。それはチャールズ・マレーという人の分析を読めばよくわかるのですが、いろいろなデータを見ても、明らかに標準偏差の曲線からずれている人が世の中を変えているのですよ。その上か下かは別として、カーブからずれている人しか世の中は変えていないというのは明らかなので、日本はそういう意味では、いままでのパラダイムではうまくいく人たちを育てるのには成功しました。
  ただ、世界の変化に対して適応できる人たちが少な過ぎるのではないか。そう思うのは、若い時に会社なんか辞めてしまってどこかに行こうかなと言う人は、男性では非常に少なかったからですが、それを象徴するのが1995年です。いまあなたにも近い人がいますが、メジャーリーガーで結構な数の日本人が活躍していると、テレビを見ているとわくわくするじゃないですか。日本人がこういうのをやっていると、やはりすごいぞと。最近はテニスのプレーヤーも出てきますね。
  だけど、バブルがはじけた94年は、メジャーリーグは1年間、ずっとストライキをやっていた。あの時に日本で一番給料を稼いでいた野茂英雄が、私はメジャーで投げるのが夢だからと言って行こうとして、「そんなルールはない」とか言われたら、「じゃあ私辞めます」と言って行ってしまった。あの時ストライキをやっていたからどうなるかわからないのに、最低の給料の10万ドルで団さんが契約をとってくれました。野茂が行ったら、ドクターKとか言われて、一気にストライキもなしです。それで一気に、その年の新人王、奪三振王、それからその年の夏のオールスターでは先発です。
  こういう人が出て一気に人気が出た。30年前の村上雅則さんがメジャーリーグに登場した時はそれほどのインパクトがなかった。今日の村上さんは時々テレビでニュース解説などやっていると思いますが、野茂の出た時はテレビでライブで見られるということで、その情報が日本の皆さんに広がった。このテクノロジーがあるので、野茂が出る試合はライブでやるのです。ライブというのは、負けるかもしれないから興奮度、緊張度が全然違います。1回でノックアウトされたとしても、放映はやらざるをえないわけでしょう。これはNHKだからできたのかもしれませんね。
  それまでメジャーリーグのことをほとんど知らなくて、西武にいた広岡さんが「メジャーリーグでは」といろいろ解説をしていたのですが、みんなそんなものかなと思って聞いていました。でもみんながテレビで見てしまうと、あれは面白いと思いだす。そうして伊良部、をはじめ投手が行き、それなりに活躍しました。
  その後、野手でイチローさんが行った。その前に、佐々木が行って活躍する。みんなテレビ、いろいろな球場を見る、メジャーの野球をみていると、初めてイチローが行くと何が起こったか。イチローは確かにすごいけど、あのぶ厚い芝で、あんなに華奢な体でできるかなとみんな半ば心配しながら思っているわけです。だけど、どんどんヒットを打って首位打者になり、新人王を取る。
  イチローの2年後に誰が行ったと思いますか。初めて日本でメジャーな人が行ったんです。巨人の松井ですね。これで何が起こったか。オープン戦から、新聞に「松井、イチロー」という言葉がこの順序で出てくるのです。読売新聞ならそれでも許せますよ。でも他の新聞もです。イチローは2年間メジャーで素晴らしい実績があるにもかかわらず、「松井、イチロー」と書くのです。これは日本人の価値観です。松井が失敗すると、みんな心配なんです。読売ジャイアンツの4番打者でしょう。この人が失敗したら、もう自分たちの価値観、日本人の「信仰」が背骨から崩れるような気がして不安なのですね。不安症候群。「過保護ママ症候群」と私は言っているのですが、しかし、松井もがんばりました。このような経過でたった10年もたたないうちに、いまは高校生でも最初からメジャーに行きたいと言う。夢を与える、高い目標を与える人たちが出てくることが大事です。今更ですが野茂は本当の英雄だと。それはそうですよ。彼が開拓者、おきて破り。正規分布曲線に乗らない人なのです。失敗を恐れている人にこんなことはできません。
  私は2001年4月のある日の朝ですが、自民党にベンチャーの話をしに行きました。日本のプロ野球、メジャーでの活躍がいまあるのは野茂のおかげだと。その頃、野茂は落ち目と思われていました。しかし、あのアドベンチャー、ああいう人が出ることが大事なんだ、これがベンチャーなのだ、という話をしました。その時、自民党のある方が、「そのとおりです、だから私は野茂に国民栄誉賞とかそういうものをあげるべきだと言っているのです」とおっしゃいました。私はその先生に、「失礼だけど、そういう人はそんなことをもらって喜ぶような人ではありませんよ」と言いました。(笑)そういう価値観こそが問題だと言ったのです。ところがまったく偶然なのですが、その日の夕刊の1面が、「野茂またノーヒットノーラン」だったのです。Boston Redsoxでしたね。だからその朝の会議にいたある方が、あの時の先生の話は本当に忘れられないと言ってくれました。皆さんもう野茂は駄目だと思っているかもしれないけど、彼こそが英雄なのだと言ったからです。これが「ことの本質を見る」ということなのです。
福島 先駆者の持つエネルギーというのは、すごいパワーですね。
黒川 その日の「たまたまノーヒットノーラン」だったのですが、そういう偶然がなくても、そのような人を社会が認識し、価値を見る、冒険するのはいいことじゃないのと言うことによって、若者がエンカレッジ、励まされていく。そういう社会をつくることが大事です。多くの日本の方たちはまじめ、みんなよく仕事もする、可能性も高い。だけど、組織になると企業も役所もひどい。「バレたら」トップは最後は頭を下げておしまいという場合が多いでしょう。実にみっともない。その前にやればいいのにという感じですが、やはり上には言えないのでしょう。つい隠して、内部処理をしたくなる。日本社会では、多くの組織がトーナメントで勝ってきた人たちが昇進して行くシステムですから、そうなってしまうんです。リーグ戦で勝つ、ガチンコ勝負、他流試合を経験していないので、本当の強さが出てこないというところに、これからの変化が必要なのだと思います。自分たちの強さと弱さを認識することです。
福島 そのあたりも含めまして、ここで主催者の日建設計の岡本社長にもご登場いただきまして、日建設計では人材育成はどうなっているのか、グローバル戦略はどう考えていらっしゃるのか、いろいろと厳しくお尋ねしていきたいと思います。(笑)岡本社長、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
  まずは岡本さん、今日の黒川さんのお話をお聞きになってどんな感想を持たれましたでしょうか。
岡本 黒川先生の話に頭を叩かれたようで、多少脳しんとう気味で壇上にやってまいりました。人財という意味では、日建設計には、人しか財産がないということを昔から言い続けています。そういった意味で、人財がどのように能力を発揮していくか。環境や仕組みをどういうふうにつくるかということが、我々の一番の課題です。
  いま黒川先生のお話にもありましたように、若い人に10%前へ出させる。特に実戦の舞台でやらせていくことが非常に重要で、若い人が世界に羽ばたいていけるような環境をつくっていくことが一番大切なのかなと感じた次第です。
福島 女性の活用については、日建設計さんはどのような状況でいらっしゃいますか。
岡本 最近面接をして、学校の成績や先生の推薦も含めて、優秀なのはほとんど女性ですね。以前は非常に女性の比率が低い会社だったのですが、最近はどこの大学でもそうかもしれませんが、上から数十人を採ると、ほとんどが女性という時代になってきました。
  面接をしても皆さん大変はっきりとものを言われる方が多いし、男の子よりも、職場に潤いが生まれる。そういった意味で女性の比率が高くなっていることは確かですが、どこまで生かしきっているか。いまお話がありましたように、現場で実践を積ませるにはどうしたらいいか。女性が一人で、例えば現場の監理であるとか、そういった場面で活躍できるのか。社会の状況は変わりつつありますが、直接ヘルメットをかぶって現場に入るチャンスは、少し少ないような気がしています。
福島 日建設計さんは、今日のピンナップボードでも、ドバイやモスクワなど、海外での建築のプレゼンテーションもありましたが、やはり視線はグローバルに、世界に向けてという意欲を非常に持っていらっしゃるわけですよね。
岡本 そうですね。環境技術を売り込もうという意気込みでいったのですが、いまの先生のお話のように、だからどうしたとおっしゃられると、(笑)そのあとでは非常に話しにくくなります。昨年は2割くらいの割合で海外の仕事が増えてまいりました。昨年秋にSDCJと言うコンソーシアムを組んで、その時も黒川先生にドバイとアブダビでご講演をお願いしました。より海外に出て活躍していこうという意思は強く持っております。
福島 黒川さん、どうでしょうか。岡本社長をはじめ、今日はいろいろな組織のトップの方、リーダーの方がお集まりだと思うのですが、皆さんに向けて何かメッセージはございますか。
黒川 いままでの日本社会は、過去もある程度そういう価値観できたからしかたがないのですが、同じところで年功序列で上がってきて、横に動かないというのが常識だという社会が、たまたま戦後の産業のパラダイムと非常に合ったのですね。それが当たり前だと思っているので、大学では勉強しなくてもいいよということなのでした。
  実はそれを可能にしたのは、20世紀の経済成長の産業構造、つまり工業規格品大量生産、消費文化、安いオイルのエネルギー源というパラダイムで、サプライサイドのドグマでいっていたのです。それがフラットなグローバル時代の到来と地球規模の環境問題で完全にひっくり返ってしまったわけです。環境の問題や食料と水、それからインターネットでつながったフラットな社会で、新しいビジネスがいろいろと出てきて、いままでの日本型のビジネスは途上国のビジネスになりつつあるわけです。
  そこで日本は、何を差別化してやっていくのか。それはものすごいチャレンジです。先ほど言ったシャープの片山さんの話で言い忘れてたのですが、先日片山さんが、「うちはやはりエンジニアの集まりだから、自分のところは素晴らしいんだけれども、その全体構想とか、世界戦略とか、そこで何をしていくかというところが、確かに弱い」とつくづくおっしゃっていました。今度イタリアの会社とソーラーの合弁会社をつくって、ヨーロッパに出ようとしていますが、「弱いところ」を自覚して、どうやったらそれを強くできるかという話を次に考えるのが、すごく大事だと思いますね。
福島 ありがとうございます。それでは最後になりましたが、岡本社長から、今日お集まりいただきましたお客様にご挨拶をお願いできればと思います。
岡本 本日は大変暑い中、またピンナップボード2008から参加されました方々には、大変長い時間、催しに参加いただきまして、まことにありがとうございます。黒川先生にもっといろいろなお話をお聞きしたかったこともございましたが、日本がこれから、どうプレゼンスを発揮していくのかと言う、大変高い視点、広い視点からお話を伺いましたので、今後先生のお話を生かしながら、私どもも頑張っていきたいと考えております。
  私は1月1日から社長を拝命したのですが、実は歳が60でございまして、いま黒川先生のおっしゃった、60の人間が社長になる会社は先がないというお話でした。(笑)何とか先のあるように、みんなが元気に頑張っていけるような会社にしていきたいと考えております。
  今日はお忙しいところ大変ありがとうございました。(拍手)
福島 岡本社長、ありがとうございました。それでは黒川さん、最後に何か。(笑)
黒川 いまの世界では外から見られているということだけで、それだけでその会社のバリューがある程度決まってしまうんですよね。実際は、すぐには株価に反映されませんけれどもね。
  ところで、特にいろいろな世代の方がいるのですが、いまは確かにネットでつながっている世界で、いろいろなメッセージが取れる、発信できるのです。私もブログをつくって書いているので、それを時々、お暇な時にでも見ていただけるといいと思うのです。
  もう一つ、最近、外国から来た人にもお話するのですが、ビル・ゲイツがハーバード大学を2年で中退してマイクロソフトをつくったわけですが、去年のことですがビル・ゲイツがハーバード大学に呼ばれて、卒業式のスピーチをしています。素晴らしいスピーチですよ。
  彼は、中退してお父さん、お母さんが悲しんだかもしれないが、最後に戻ってきたよと。彼はその時に名誉博士号をもらっていると思うのですが、ハーバード大学の学生に、いまの世界を見ると、いかに不公平な社会かということがたくさんあると言っています。私も学生の時には知らなかったが、「不公平」ということを繰り返し話をするのですが、それをネットで映像が見られます。それを是非見てほしい。もし見てよくわからなかったら、テキストも見られますから見るといいと思います。ハーバードの卒業生というのは、世界でも選ばれたセレクテッド・ヒューなのだから、そういう意識を持って、どういうキャリアであってもそのような責任があると強く言うのです。それが一つです。
  もう一つは、その2年前の2005年のスタンフォード大学で、スティーブ・ジョブズが卒業式に呼ばれて14分しゃべっています。これは非常に有名な、素晴らしいスピーチです。本当に感動するようなスピーチなので、これをネットででも見ることをお勧めします。もちろんテキストも読めますが、生の声で彼が14分話しているのを是非聞いて下さい。
  彼は生まれた時からお母さんが貧乏で、すぐに養子に出すことになって、養子縁組ができていました。必ず子どもを大学に行かせてくれということで、大学を出た人という約束だったのですが、里親は実はそうではなくて、大学も出ていなかった。彼は大学に行くのですが、ポートランドですが、半年でこんなことをやってもしょうがない、お父さんお母さんの貯金がみんななくなってしまう、とやめてしまうのです。それがスティーブ・ジョブズです。
  彼はその時にデザインのクラスを取るのですが、それが後でいかに生きたかという話で、やはり素晴らしいメッセージで、三部作で構成されている感動的な話です。I will tell you three stories of my lifeと始め、三つの話をするのです。特に若い人はこれからの将来を考えるのに素晴らしい話ですが、そうではない人も見てほしいと思います。
  それからもう一つ大学で、最近のことですが、ランディ・パウシュという人がいます。カーネギーメロンの人ですが、彼がまだ46歳くらいですが膵臓癌になって死ぬということになった。膵臓癌になると3カ月から6カ月しかないから、彼が「ラストレクチャー」という講義をするのです。それがまた素晴らしくて、これが本にもなっていますから、読んでもいいのですが、是非見てほしいと思います。
  学校の先生というのはああいう人でないといけません。「子供のときの夢」という話で、自分がこういうドリームがあるんだよということで、それがどうなったかという話をするのですが、大学の先生というのは学生一人ひとりの皆さんのドリームをかなえてあげるお手伝いをすることがすごく大事なのです。かなえるのに、どういうふうに少しでも何かできたらなという話になってくるのですが、その三つの話をぜひ皆さんに共有していただけると、これからの若者にどういうメッセージを、それぞれの立場で示すことができるかということを考えるのに良いと思います。実体験で、日常の行動で示しながらものを言う人は非常にパワフルだと思いますので、是非そういうのを広めていただければうれしいと思います。
福島 ありがとうございました。今日は黒川さんから未来に向けて、私たちがどんな視点が必要なのか、たくさんの元気、エネルギーをいただいたような思いがいたしました。黒川先生、本当に今日はどうもありがとうございました。(拍手)
司会 黒川先生、福島さん、ありがとうございました。(拍手)大変ご示唆に富んだお話をたくさん聞かせていただき、勇気をいただきました。本当にありがとうございました。(拍手) 

 

 

 


 




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