デジタル・テクノロジーと都市の変容

技術革新などにより、私たちを取り巻く環境は日々変化しています。
デジタルイノベーションにより未来都市は変わるのか、研究に基づく提言を発信していきます。

#02
スマートシティはいかにして“実装”されるか?

2022年9月22日

吉本 憲生
主任研究員

「スマートシティ」という言葉を聞いたことがある方は多いかと思います。「ICT(情報通信技術)等の新技術を活用して、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決」を行うものだとされ 1)、世界的に取組みが進められています。映画『ブレードランナー』に出てくるような街中を舞う「空飛ぶ車」や、人工知能(AI)によるロボット、自動運転による公共交通システムなどのサービスに加え、今まで人が行っていた様々なタスクを自動化しようとする試みなどが進められています。このようなスマートシティの取組みは、部分的な要素技術としては実現しているものがあるものの、持続的な取組みとなるような「実装」化や、都市全体で様々なデータが共有されるプラットフォームのもと各種政策・サービスが提供されるような、完成形として想起されるスマートシティ像の実現に向けては、まだ試行錯誤の段階であり、様々な問題が横たわっています。

こうした問題について、ベン・グリーン著の『スマート・イナフ・シティ』(原著2019、邦訳2022)2) はとても示唆的です。本書では、自治体の職員としてデジタル政策に携わってきた著者の立場から「効率化」や技術の導入自体を目的化するスマートシティのあり方を、技術中心主義的な「テック・ゴーグル」として問題を投げかけています。このような視点に関連して、日本においても、技術ありきではなく「課題オリエンテッド」なスマートシティを目指すべく取組みが進められていますが、上述の通り、まだその理想的な姿が模索されている状況です。そうした状況に対し、本書はいくつかの指針を提示していますが、中でも、「資源の分配」「意義ある非効率」「制度の変革プロセス」の3点は、スマートシティの「実装」を目指す上で、重要な視点であると考えます。

いうまでもなく、都市とは、いろんな見解や目的をもった人々が集まり、多様な利害関係が錯綜する場所です。また、モノ・空間・人・資金などの資源も有限であり、限られた資源を分配していくための順序や配置などの意思決定を行っていく必要があります。そうした中では、事前に目的変数が定められたアルゴリズムによって一意に判断を行うことは難しく、
様々なステークホルダーとの交渉により、意志を収斂させていく必要があります。この過程は、完全に効率化することはできず、対話というある意味で「非効率」な過程も含めて進める必要があります。まちづくりにおいては、全体計画から現場のサービスに至るまで、こうした合意形成は欠かせず、データやテクノロジーは、そこでの交渉・対話や、それらに基づくサービスの質や規模を高めるために活用されるべきでしょう。

では、どのように活用するのか?上記の書籍でも紹介されている、ヴァレリー市の対面による会議(参加型予算の制度)と併用されるオンライン投票等のテクノロジーは市民参加の裾野を広げ、ニューヨーク市における自治体職員のデータ利活用・部門間連携のトレーニングなどは、データを目的や状況に応じてハンドリングするための仕組みとして参考になります。これらで示唆されるように、スマートシティの核心とは、データやテクノロジーの機能・性能が先立ちそれらに縛られるのではなく、目的とビジョンに基づきデータを活かすための仕組み・制度を、自治体職員、住民、専門家、企業、国等のステークホルダーの中で築き上げていくプロセスにあり、そこにこそ創造性が宿るのではないかと考えています。




図 スマート・シティの実装に向けて必要となる仕組みのイメージ
(スマートシティの構成要素については総務省「スマートシティ共通アーキテクチャ」を参照)



参考
1) 内閣府.「スマートシティ」. https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html
2) 
ベン・グリーン,中村健太郎/酒井康史(訳)(2022).『スマート・イナフ・シティ』.人文書院.