連載コラム  
 
Topic 01

「ミクスドユース(mixed-use)」について考える

  〜 「適切な用途の複合」とはどのような状態をさすのだろうか〜
 
西尾 京介
 
 
●都市計画の常識は用途純化!?
 
 都市には住宅、店舗、オフィス、文化施設、工場など、様々な空間用途がある。一つの建物、街区、地区などの中で、様々な用途の空間を混在させることをミクスドユース(複合利用)という。近年の都市開発やまちづくりにおいては、この「ミクスドユース」という考え方が一つの常識となりつつある。観光などでヨーロッパの町を訪れた際、都市の規模は小さいのに街なかがとても賑わっていて、楽しげな雰囲気に包まれていることに驚いた経験をしたことがある人は少なくないだろう。レストランやカフェなどの店舗はもちろん、住宅やオフィスなどいろんな施設が寄り添うように街なかに集まり、食事する人、仕事に道を急ぐ人、くつろぐ人などそれぞれに街と付き合う姿が見られ、活気づいている。都市開発などにおけるミクスドユースの活用は、このように長い歴史を重ねてその魅力を培ってきた姿を、現代の計画的なまちづくりの中で応用したものと考えることもできる。
 
 
小さくても賑わう街(ドイツ/ダルムシュタット)
 
 
 長い都市の歴史で見れば、ミクスドユースは極めて一般的なことであったにもかかわらず、都市計画で常識のように扱われるようになったのは、意外に最近のことといってよい。私たちが暮らす都市の大部分を形作ってきた近代の都市計画では、用途の複合とは逆の概念である「用途純化」の方がむしろ一般的だったからである。工業化による経済成長を土台として急速に人口が増加する近代社会では、安全で快適な暮らしを守るために住宅と工場など不適切な用途の混在を避けることが重要な課題であり、生産効率を高める上でも用途純化が好ましいと考えられていた。そのため、人口や生産、経済活動の規模がフレームとして指標化され、業務や商業、住宅、工業など用途によって土地利用を区分することが基本とされた。結果、一つの開発でも用途によってエリアが区分され、街区や建築にいたるまで、用途の純化が計画論の中に浸透していったのである。
 
●ジェイコブスの指摘
 

 こうした用途純化の考え方に対して、初めて明確な異議を唱えたのがアメリカの著名な都市学者、ジェーン・ジェイコブスであった。彼女は1961年に著した「アメリカ大都市の死と生」の中で、都市の活力はその多様性によって維持されるとし、様々な用途が混在することこそが必要であることを訴えている。自由な経済活動を前提とした都市は本来、多様性を備えた存在である。生産される財やサービスが交換され、経済が発達するのが都市であり、その多様性が大きくなるほど都市の発展の可能性も広がる。しかし、本来備えられた都市の多様性がいかんなく発揮され、活力や魅力へと結びついていくためには、街区の中や建物における適切な用途の複合が重要な要素になっていることを、ジェイコブスは指摘したのである。

 このような意見が当時の社会ですぐに受け入れられたわけではない。当時のアメリカでは、ハイウェイの建設によって都市が拡大を続け、次々と郊外住宅地が開発され、人々は競ってそこに夢のマイホームを求めていた。一方で都市の中心部は荒廃し、スラム化するところも少なくなかった。ジェイコブスの主張は、にわかには理解しづらいものであったろう。しかし、時がたち、産業構造の高度化や経済・社会の成熟化、価値観の多様化など、社会状況が変化していくにつれ、ジェイコブスの指摘はやがて社会の常識へと変わっていった。
ジェーン・ジェイコブス「アメリカ大都市の死と生」
 

●ミクスドユースを支えるもの

 

 現在では、ミクスドユースはごく一般的なものとなっている。無論、土地利用の大きな方向性や不適切な用途の混在を避けることは基本としてあるが、特定の街区や建物での複合利用は、かつてに比べてはるかに多くのバリエーションが見られるようになった。
 例えば、最近の日本の複合開発の代表的な例の一つとして東京ミッドタウンがある。ミッドタウンには7ha弱の敷地の中に50万uを超える床面積の施設があるが、オフィスや住宅、サービスアパートメント、130を超える店舗、ホテル、美術館と実に多様な機能が立地している。そしてこれらの施設はバラバラにあるのではなく、それぞれの機能が施設内外の歩行者空間や広場空間などによって複雑につながり、立体的に複合化されて、利用者はその空間的な境界を感じにくい、一つの建物のように感じる施設となっている。
 ただ、このような空間の魅力は単に施設の用途を複合的なものとして計画し、整備すれば生まれるというものではない。不特定多数の人が利用する施設として、居住者の生活環境やプライバシーを守るため、あるいは、安心できる企業活動の場が守るために、住宅やオフィスは厳しいセキュリティによって区分されているし、美しく、快適な街区内の環境を維持するためにきめ細かい清掃・メンテナンスや空間演出が行われている。計画的につくられた開発では、その街の価値を維持するためのマネジメントにもまた、十分な時間や労力、お金をかけることが必要とされるのである。

 こうしたことは、先にあげたヨーロッパの町のように、古くからある既成市街地でも同じことが言える。街並みの形成に関わる地域のルールづくりや地域の環境を維持するための活動など、方法は随分と違っていても目に見えない努力が行われている。長い年月をかけて多くの人々の日々の努力によって積み重ねられるマネジメントが、複合機能によって成り立つ街の魅力を支えているのである。丸の内の仲通りが無味乾燥なオフィス街の街路からファッショナブルで賑わいのある通りへと変わったことでも、同じことが言えるだろう。
平日の昼も賑わう丸の内仲通り
 
 用途の複合が適切かどうか、というよりも複合的な機能の魅力を十分に発揮させることのできる管理が行われているかどうかが、重要になるのではないだろうか。
 
 
 
   
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