連載コラム    
 
Topic 02

都市の単位はどう決まる?

  〜読み解くように都市を切り分ける〜
 
藤田 朗
 
 
●記号学と都市計画
 
  「都市とは一編の詩」(ロラン・バルト「記号学と都市計画」)であるならば、界隈や盛り場をどのように使うのか、その使用法は私たちユーザーの解釈に委ねられている。詩のタイトルは、「バルセロナ ランブラ通り」「パリ サンジェルマン・デ・プレ」「下北沢」「秋葉原」「多摩ニュータウン」・・・であり、豊かな都市ならば多様な読解可能性が開かれている。都市の豊かさの尺度設定という難問に対して、その「価値」や「クオリティ」のモデル(汎用的構造)を見出していくためには、バルトのいう「まず、都市というテクストを諸単位に切り分ける」手順がヒントとなると思われる。
 
●まちのサイズ
 
 「都市の諸単位」や「まちのサイズ」のうち良く知られたものを下に示すが、主として@公益施設や商業施設等への利用距離といった機能面、A街並みの形成・誘導、B人口密度や自動車交通の制御による住環境保全、C町内会・自治会・商店街等地域組織の範囲との整合、等の観点から探求されてきた。都市計画では、日常生活単位としての「住区」、「街区(街路に囲まれた一区画)」、「敷地」という3つが、都市を制御する操作対象の単位として採用されてきた。
  「住区」単位の代表例は、ニュータウン計画の古典ともいえるペリーの「近隣住区論」である。小学校区を住区単位として、住区内や住区群の物理的形態の原則を定めたものであり、アメリカやイギリスの新都市開発、日本のニュータウン開発に大きな影響を与えた。現代の日本においても、あたかも「近隣住区論」が唯一の住宅地開発手法であるかの如く、住区単位が定められている。しかし、都市を読み解くためにはさらに細かな単位を設定する必要がありそうだ。 日本の都市において「街区」を意識する機会は少ないが、ヨーロッパの旧市街地などでは、四周の街路に面したファサードで表情を形成する中庭型集合住宅の存在によって、「街区(ブロック)」が都市の主要単位ともなっている。例えば、バルセロナでは、旧市街地の住宅における日照不足などの居住環境の問題などを背景として1800年代に113.33m四方の街と20m幅員の街路により構成される拡張地区(アシャンプル)が計画された。また、ストックホルムのハマルビーでは、ストックホルム中心部の標準的な街区規模(100×70mの街区と18mの街路)により計画されている。ここでも、日照や通風などの居住環境の確保などが計画の背景として挙げられている。ヨーロッパ郊外には、比較的大規模な街区構成のケースがみられる。右下の写真はストックホルム東部エスターマルムの面積約1.6haの敷地に建設された商業機能と住居機能の複合施設である。建物低層部には商業・公益施設が立地し、上部の集合住宅は人工地盤上にオープンスペースを設けながら分棟配置されている。地上レベルでは、土木構築物のスケールで街区が形成され、その上部の人工地盤レベルではヒューマンスケールで建築物の表情が分節されている。二つの異なる水準の単位が上下に同居する風景である。
「都市の諸単位」の探求

提唱者等

単位

C.A.ペリー
「近隣住区論」(1920年代)

・「近隣住区」:一つの小学校を必要とする人口の大きさにより計画した住宅地の単位 (64ha、人口規模6000人程度)

K.リンチ
「都市のイメージ」(1960年代)

・「パス、エッジ、ディストリクト、ノード、ランドマーク」:視覚的な秩序と構造を与えて都市空間を読み解き記述するための「分散的」な単位

J・ジェコブス
「アメリカ大都市の死と生」
(1960年代)

・「小規模ブロック」:街区は街路が何本もあって街角を曲がる機会が頻繁でなければならない (人通りの多い街路と短いブロックは、都市の多様性を確保する手段)

C.アレグザンダー
「パタン・ランゲージ」
(1970年代)

・「7000人のコミュニティ」:5000人〜10000人のコミュニティ単位で、地区管理ができるよう、市政府を分散させる
・「モザイク状のサブカルチャー」:異なった小さなサブカルチャー(最大で直径400m)が広大なモザイク模様を形成するまで、都市をできるだけ分割すること

M.E.ポーター
「産業クラスター」
(1990年代)

・「産業クラスター」:ある特定の産業に関連した企業や機関が地理的に集積すること。イノベーションや産業における付加価値向上を地理的要因により説明

日本の地区計画における
敷地面積の最低限度

・集合住宅団地の計画的開発では、1000u〜2000u程度を1街区として設定する事例が多い
・戸建て住宅地では、六麓荘(兵庫県芦屋市)が400u、田園調布(東京都大田区)が165uを、敷地面積の最低限度として定め、建築敷地の細分化を制限

南泰裕、太田浩史ほか
スモールシティ研究グループ
(2004年)

・「最小規模の都市10万人」:都市の単位はあらかじめ混成的であり得る。居住や交通や緑地、等々の微小なエレメントを少しずつすべて包含する単位自体が極小の都市

国土交通省
「都市計画運用指針」
(2006年)

・「日常生活圏の1単位(近隣住区)」:鉄道駅や市役所等の施設の周囲500mを、既成市街地の周辺部として市街化区域に編入する際の条件の中で、近隣住区と定義

 

●既成市街地の分散的な単位

 

 日本の既成市街地に目を向けてみる。密集市街地である墨田区京島は、曲がりくねった細街路と建て込んだ老朽家屋により構成される街である。また、下北沢駅周辺の商店街は、狭小路地が多く方向感覚を失いやすい。これらの街では、「住区」−「街区」−「敷地」のいずれも単位としての役割は見えない。また、リンチが「都市のイメージ」で提唱した都市の要素によらずに、都市の構造化がなされているように見える。さらには、京島で住民のみが通行が許容される極小路地が、獣道(けものみち)的ネットワークとなっている(例えば、地元の町工場同士が自転車を使って取引する路地の経路)ことや下北沢で路上にはみ出した陳列物やチラシ・消費者のクチコミ情報などによって、街の方向付けが形成されることなどは、物理的に切り分けた空間の単位とは別の都市認識の単位となっている。使用者限定の獣道のように、あるいは空間に根付いた「趣味」のネットワーク(「パタン・ランゲージ」モザイク状のサブカルチャー参照)のように、分散的で限定された機能(意味)を持った経路が、都市の単位のあり方を示しているように思える。

 

●都市づくりのための新たな単位

 
 歩いて暮らせるまちづくりが標榜される今日、冒頭に述べたユーザーによる「読解可能性」を都市の価値指標として位置づけるならば、ジェコブスが「アメリカ大都市の死と生」で繰返し主張する「自然発生的な『生(せい)』を併せ持った都市の在りよう」を誘発する諸単位の設定が望まれる。
 物理的な規模で切り分けるならば、都市構造を形成するレベルでは、秩序的であることが望ましく、人体寸法に近いレベルではランダムに多様性を持って分節される単位体系であるべきである。 また、京島や下北沢で例示したように、分散的で意味限定的な経路(獣道)は、都市の解釈の幅を広げる要素である。それらの要素を、使用者が日々都市を発見するための新たな都市づくりの単位として定式化することが、都市の価値を高める上での現在の課題と思われる。

アシャンプル及びその周辺のグリッドプラン

 

大規模な街区(ストックホルム郊外)          墨田区京島

 
 
 
   
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