連載コラム  
 
Topic 03

立地にふさわしい適切な人口密度の設定

  〜高密度な都市は誰にとっての価値なのか〜
 
辻本 顕
 
 
●“賑わい”について ‐バルセロナの例‐
 
 東京23区の人口は、約850万人(*1)。バルセロナは、人口約158万人(*2)で東京23区の約18%の規模。 一方、人口密度を比較すると、バルセロナが約158人/haと東京23区の人口密度よりも高い。人口密度が高いことから容易に想像されるとおり、バルセロナの街なかには人が多い。特に旧市街やランブラ通りなどでは観光客も加わり、相当の人出がある。
 街なかに人出が多いことを、都市の価値の一つとして捉えたとき、バルセロナの人口密度は一つの目安になるかもしれない。一方で、かつてバルセロナでは局所的な人口密度が1,000人/haを超える地区もあり、その過密な居住環境が、課題として捉えられ、都市再生が進められた経緯もある。集合住宅を中心とするバルセロナの住宅事情は東京と比較しても厳しく、一人当りの居住面積は東京より少ない(*3)。非常に短絡的な考え方かもしれないが、居住機能の一部(例えば食事など)を街なかで満たすことが、必然的に求められることで、街なかの賑わいが生まれているのではないか、と思ってしまうような光景も少なくない。
 バルセロナの状況を考えると、我々が“良い都市”の条件として安易に採用しがちな“賑わい”には、それなりの代償と覚悟が求められるような気がしてならない。街の賑わいを得るために、社会(都市空間)とプライベート(居住空間)が、絶えず緊張関係にあるような生活を送ること、ある種必然的な社会参加を前提とするような状況を、仮に計画的につくるのだとしたら、それは誰をターゲットとした価値なのだろうかと考えさせられる。都市の喧騒から離れた”閑静な街”は、今も少なからず評価される価値の一つではないかと思う。
 
  *1) H17国勢調査より
*2) Urban Auditより2004年の人口
*3) Urban Auditより2004年のLiving Area、住宅土地統計調査2003をもとに計算
 
 
  各都市人口の比較
(Urban Audit www.urbanaudit.org
及びH17国勢調査より作成)
     
     
  各都市人口の比較
(Urban Audit www.urbanaudit.org
及びH17国勢調査、統計でみる
市町村のすがた2008(総務省)より
作成)
 
 
 
バルセロナ  ランブラ通り
バルセロナ  ランブラ通り沿いの集合住宅
 
 
●住宅地の人口密度について ‐ストックホルムの例‐
 
 都市の郊外部に住宅地がはり付いているのは、日本に限ったことではない。
スウェーデンのストックホルムでも似たような状況がみられる。ストックホルムでは、日本でニュータウン開発が行われていたのと概ね同時期の1960年代-70年代に、Million Home Programと呼ばれる大規模な郊外住宅地開発(日本での郊外とは多少異なり、都心部からの鉄道網上の半径10km程度のエリアが対象とされていた)が行われた経緯がある。
 ストックホルムの郊外のニュータウンでは、日本のいわゆる“団地”と同じような風景がみられる。そこでは、人口密度が低く、街なかで人の姿を見ることも少ない。そして、このような郊外ニュータウンでの状況は、近年のストックホルムの都市づくりにおいて重要な課題として捉えられている。
1990年代から開発の計画が進められていたストックホルム中心部近郊の住宅市街地Hammarby Sjostadでは、過去のニュータウン開発での教訓が強く意識されている。例えば、Hammarbyでは、従来の郊外開発と比較して約3倍の人口密度が設定されている。人口密度以外にも、過去の開発を反面教師とした取り組みがみられる。例えば、従来のニュータウンでは建築物の用途が住宅を中心とした均一的なものであったのに対して、Hammarbyでは、建物低層部に店舗や飲食店などが並ぶ。エリア内には働く場所や学校も用意されている。また、街区のスケールを小さめに設定することで、小規模な店舗や細い街路空間などが意図的につくられている。
 Hammarbyを見ると、人口密度を高くすること、建物用途を複合化すること、街区を小さめにすることが、これからの住宅地開発のお手本であるような印象を受ける。ここには、街なかで人々が活動しやすいような空間的な仕掛けがある。
 一方で、Hammarbyに住む人の特徴についてヒアリングしてみると、住民に占める高所得者層の割合がストックホルム市全体の約2倍と多い。また、過去のニュータウンの住民は低所得者層や移民が多いとのこと。Hammarbyの住宅価格が周辺エリアよりも高いことや、住宅に占める公営住宅(public housing)の割合が比較的少なく、分譲・賃貸住宅が多いという状況も居住者層の構成に影響していると考えられる。住宅地開発の事業性を考えれば、当然の成り行きと頷けなくもない。一方で、それが居住者を選別することにつながってしまっているとも考えられる。
 
 
1960年代後半に開発された
ストックホルムの郊外ニュータウン
ストックホルム中心部近郊のHammarby Sjostad
 
 
●高密度な都市が“良い都市”であるために
 
 人々が高密度に住むことで生まれる賑わいや多様さは、都市を魅力的かつ豊かにする条件の一つだろう。しかし、その“賑わい”の創り出し方については、バルセロナとストックホルムでは異なる方向性を示唆しているように思う。一方は、意図的ではないが、ある種限定的な居住機能が高密度に集まることで、街なかでも賑わいのある状況がつくり出されている。この場合、そこに住まざるを得ない状況も含まれるし、家が狭いとか、治安が悪い・・・といった問題もあるだろう。もう一方では、高密度で住まうため、そして、街なかで人々が活動するための空間的な仕掛けにより、計画的に“賑わい”を創りだしている。ただ、結果として、住民を選別することで、“高密度”が価値を持つための状況を成立させていると考えることもでき、快適で、生活水準も高いが、コミュニティが限定されている印象を受けるかもしれない。
 人口密度が高い都市が、住む人々にとって“良い都市”であるために、排他的でなく、かつ快適で住みやすい。そんな状況をつくることが可能なのか、考える必要がありそうだ。少なくとも、高密度な状況を成立させている背景や、背後で起きている問題について、忘れることがないようにしたい。
 
 
 
   
トップページ
50のトピックス
知のポリビア
研究会について
お問い合わせ

 

 
Copyrights (c) 2009 NSRI All rights reserved