連載コラム  
 
Topic 05

気軽に利用できる公共交通

  〜公共交通が充実した都市の魅力について〜
 
辻本 顕
 
 
●公共交通を中心とする都市が良いとされる理由
 

 都市の公共交通について考える際、相対するものとして自家用車が挙げられることがある。モータリゼーションを背景とするスプロールや都心部での交通混雑などは、都市における交通問題の代表例として挙げられることが多い。
 都市学者ジェーン・ジェイコブスは、著書「アメリカ大都市の死と生」の中で、自家用車への依存が都市の多様性を損なうことを指摘している。自家用車への依存は、徐々に自家用車に便利な空間(幹線道路や駐車場、ガソリンスタンド、ドライブインなど)を増やすことにつながり、自家用車にとってより便利になった都市には、より多くの自家用車が集まり・・・と際限なく続く自家用車による都市の侵食をジェイコブスは指摘する。
 その解決方法の一つとして提案されているのが、公共交通(同著ではバスが例に挙げられている)を中心とした交通コントロールである。例えば、バスの運行に合わせた信号間隔を設定することで、バスでの移動が便利になり、自家用車での移動が不便になる。そうすることで、自己調整機能に優れる(不便な場所は避けて利用される)自家用車は、量が減り、都市に人々のための空間が取り戻される、としている。
 近年、都市中心部における交通問題への対応として、公共交通を充実させる例が多く紹介されている。旧市街を含む都市中心部にLRTが導入されている例もあり、ビルバオもその一例である。

 

スペイン・ビルバオの旧市街を走るLRT
(街路が比較的広い新市街では複線、街路空間が狭い旧市街では単線で運行されている)

 

 ジェイコブスの視点を参考に、LRTが導入されている状況を見てみると、街路空間が狭いにも係らずLRTが導入されている旧市街のメインストリートでは、確かに自家用車での移動は不便に映る。軌道があるため路上駐車はできないし、自家用車の量が少ないためか、沿道に駐車場もほとんど見られない。人々の移動はLRTを利用するか徒歩が多く、結果的にLRTが、街なかに人が出る仕掛けも担っているようである。ジェイコブスが言うように、公共交通があることで、人々のために空間が利用可能になり多様性が生まれる状況ができる、ということに頷ける光景である。
 もう一つ、自家用車と公共交通の二項対立を考える際のキーワードとなっているのが“環境”。環境問題が注目される中、低炭素化、省エネの視点から公共交通の利用を前提とした生活を提案する例もある。
 ストックホルム近郊の住宅市街地Hammarbyは環境負荷低減を目指した都市開発で、LRTによる移動を前提とした計画であることも特徴である。 

 

Hammarby Sjostadとストックホルム中心部を結ぶLRT

 

 交通起因の環境負荷を減らすため、計画当初のHammarbyでは、駐車場が0.3台/戸と低く設定され、移動は新たに整備したLRTなどの利用が前提とされた。その結果、Hammarbyでは公共交通を充実させたことによる環境負荷の低減効果が報告されている。

 
●公共交通VS.自動車では捉えきれないもの
 
  しかし、公共交通を考えるとき、対自動車の図式だけで十分だろうか。ジェイコブスは、専ら自動車を否定しているわけではない。自動車が無かった時代(馬車の時代)と比べると、自動車により人・物の移動が衛生的、効率的になり、人々の高密度な集積が可能になったとしている。また、都市には自動車による物流サービスが不可欠である点も指摘している。
 ビルバオでは、LRTの走るメインストリートを一歩外れると、裏通りには路上駐車が多い。狭い街路に沿って路上駐車が並び、交通事故の危険を感じるような場所もある。沿道の店舗にとっては不可欠な物流トラックが、狭い街路を塞いでいる光景もみられる。
 
路上駐車が多いビルバオ旧市街の街路空間の様子
(一部では店舗の荷捌き等で通行スペースが狭くなる場所もある)
 

 また、環境配慮をテーマとしているHammarbyの駐車場はというと、やはり住民のニーズが高く、現在では0.7台/戸まで増えてきているとのこと。
自動車が生活の一部となっている現代では、都市機能の多様性を維持するために、自動車が不可欠である。公共交通と自動車の二項対立ではなく、両者の共存が重要だと実感される。ジェイコブスの言葉を借りれば、いかに量を操るか。自動車だけでなく自転車も同じ対象になる。それには、交通需要管理の方法がヒントになるかもしれない。(詳しくは交通需要管理のトピックで考えたい。)
 さらに、近年エコカーの開発が進んでいる。技術の進歩で自動車起因の環境負荷が大幅に低減されたとき、公共交通が都市に示すことができる価値とは何か。都市空間の使われ方だけでなく、人々の生活の質についても考える必要がありそうだ。

 
●公共交通だから可能になる都市の魅力
 

 公共交通は都市に住むあらゆる人々が、気軽に移動できる手段の一つである。特にパーソナルな移動手段をあまり持たない人々(高齢者や子どもたちなど)にとっての気軽な移動は、バリアの無い公共交通の充実によって実現する都市の価値の一つであろう。
 路面を走るLRTの駅はバリアフリーであることがほとんどで、ベビーカーや自転車、車椅子利用者も気軽に利用できるようになっている。また、電車の車両に特徴がある例もある。コペンハーゲンの列車には、プラットホームと車両の出入口をつなぐステップが装備されたものや、自転車利用者が気軽に乗車できる車両が設けられたものもある。バリアの無い公共交通という視点で、参考になる事例である。

 
 

コペンハーゲンの列車の例
( 出入口にステップが迫出してくるものや自転車用車両が設けられたものもある)

 
 公共交通が充実することによる生活の質を考える上で、東京の状況は興味深い。東京都市圏の公共交通網は世界に誇る都市インフラである。通勤手段だけをみても、東京都市圏で公共交通を利用する割合は約48%と非常に高い。一方、東京都市圏では通勤時間が非常に長いという現実もある。
 
 
 

通勤手段の比率
(Urban Audit等より作成)

     
     
  平均通勤時間
(Urban Audit等より作成)
 
 

 一時間を越える通勤を可能にしているのは、充実した公共交通網であると少しネガティブに捉えることもできる。逆に、一時間を越える通勤を支える公共交通網があるからこそ、実現される他の価値もあるだろう。それは例えば、都心部で働き、住まいはまだ自然の残る郊外といった生活もできること。もちろん、際限ない都市の拡散が良いはずは無く、公共交通網を軸としたコンパクトシティは大切だろう。しかし、都市の喧騒を離れた静かな住まいも捨て難い。そんな多様な価値観や予想もできないような都市の変化を可能にする素地を提供できることも、公共交通が充実した都市の魅力ではないだろうか。

 
 
 
   
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