連載コラム  
 
Topic 06

骨格となる空間の軸

  〜都市軸は街の魅力形成に寄与するか?〜
 
吉田 雄史
 
 
●身近に見かける都市軸
 
 筆者の居住地からほど近い横浜のみなとみらい21地区は、元々は造船所などであった場所が埋め立てにともない新たに開発された地区である。先日散歩中に横断歩道橋に登った際「都市軸」の存在にふと気づいた。そこからまっすぐ約800mにわたって直線的に視線が通っているのに加え、軸沿いには商業施設や美術館が立地しており、アイストップには、巨大なオブジェのようなものも見える。マスタープランでは、この地区内にクイーン軸、キング軸、グランモール軸という3つの軸が設定されており、筆者が見たのはグランモール軸であった。
 
 
グランモール軸の西端、横断歩道橋上から東方向を見る(筆者撮影)
 
●都市デザインにおける都市軸の存在
 
 上記のみなとみらい21地区に限らず、新たに都市を計画する際に計画者※は、都市の骨格となるような空間の軸=「都市軸」を設定する場合が多い。なぜ計画者にとっては都市軸が重要なのだろうか?(※ここでいう「計画者」は、都市を計画する主体を指し、具体的には行政・公的機関・デザイナー等を含む)
 都市デザインのセオリーからいえば、「多くの人が様々な価値観を持って居住している空間=都市空間」に組織だった空間変容を行おうとするならば、まず骨格をしっかりと固める必要がある(都市デザインの進め方(佐藤滋他/丸善株式会社))。またプロジェクトを進めていく上では、その過程において様々な変動要因がありうるが、基本となる骨格をしっかりと固めることにより、長い時間の中でも当初のビジョンに基づいて都市が成長することができる。
 上記に基づけば都市軸は、将来にわたり枝(インフラ)や葉(施設建物等)を育てていくためのまさしく大樹の幹のような存在である。それは誰にとっても「わかりやすく」かつ「魅力的な」空間として具体的に示されることが必要とされ、それは計画者の力量によるところが大きい。計画者にとって都市軸が重視される背景には、以上のような事情が影響している。
 
●国内外の都市軸の例
 
 極めて大きなスケールで実現された都市軸の例が、フランス・パリの「歴史軸(axe historique)」である。東端のルーブル美術館からシャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門を経て、西端のラ・デファンス地区まで約8kmの長さの軸が整備されている。この軸上には歴史的建築物や記念碑など、都市を代表するようなシンボル以外は立地していない。もちろんシャンゼリゼ通りの広い歩道エリアにはオープンカフェのような賑わい形成機能が立地しており、パリを代表する景観を形成している。この歴史軸は都市の成長を誘導する骨格として、数百年の長きにわたって機能し続けているのである。
 日本国内では、パリの歴史軸のような大規模な例は見られないが、新規開発における都市軸の例は少なくない(例えば多摩センター駅からパルテノン多摩へ至る中央軸)。やや時代は遡るが札幌・名古屋の中心市街地を貫く幅員100mの大通り公園。そして古くから存在するいわゆる寺社仏閣への参道、例えば明治神宮に至る表参道、長野善光寺に至る参道、鎌倉の鶴岡八幡宮に至る若宮大路なども都市軸と認識される。
ルーブル宮からラ・デファンスまで続くパリの歴史軸
(建築設計資料集成(日本建築学会)より)
 
●都市軸の演出〜計画者がコントロール可能な場
 
  計画者は都市軸をいかに演出すべきかを述べる前に、そもそも都市軸の存在が都市(及び居住者・来訪者)にとってどのような意味をもつかを考えてみたい。
一つ目は、そこに住む人々にとっての「精神的支え」としての意味をもつ。例えば地方都市では歴史的経緯から生まれた通り(門前町、旧街道等)が都市の近代化を経て都市軸として発展してきたケースが少なくない。そのような街では、都市軸が発展することが街の誇りであるし、商業を営む者であれば、その軸沿いに店を構えることが何よりのステイタスとなる。ここでは都市軸は、街なかを直線的に結ぶ空間というだけではなく、そこへの地域の想いがレイヤーとして折り込まれた場として認知される。
 二つ目は、「わかりやすさ」である。例えば我々が見知らぬ街を歩き回っている最中に方向を喪失した場合、最も確実な方法はその街の都市軸を探すことである。一般的に都市軸においては、視線が開けていたり、主要なランドマークがあったり、自らの位置関係を認識しやすい場所となっている。
 このような意味をもつ場を、計画者はいかに演出すべきか。具体的には並木をつくる、広い歩道をつくる、1階部分に店舗を誘導する、壁面のデザインを揃える、アイストップにシンボルを置く、といったデザイン手法を総動員し、さらには沿道建物のデザインガイドラインを定め、色彩・広告物・夜間景観等をコントロールする。これら全ては、都市軸が人々の「精神的支え」と「わかりやすい」空間になるための手段である。
 これらの手段やプロセスは、都市に関わる全ての者にとって共通認識を形成するだけのわかりやすさ、イメージしやすさ、安心感を与えるものである必要がある。こうして生まれ、育まれてきた都市軸こそが、本来備えるべき都市軸としての意味を持ち、生き永らえることができるのではないだろうか。
 
●計画者が意図せざる効用〜ウラの創出
 

 都市軸を設定すること、すなわちオモテ=ヨソ行きの顔をつくることが結果として、そのウラ=くつろぎの顔を生むことがある。例えば御堂筋と心斎橋筋の関係や表参道とそれに直交する渋谷川遊歩道沿いエリアの関係がそれにあたる。後者の事例のウラは呼び名も「裏原宿」で、そこでぶらぶら歩いていると、次の角を曲がったらどんな店があるのか、といった街歩きの楽しみがある。都市の魅力が詰まっているのは、オモテよりもむしろウラではないか、と思ったりもする。
 しかしこうした魅力を感じるのは、「ウラ」だけの存在感ではなく、表参道という「オモテ」があったからこそ生まれたといっても差し支えない。こうした現象は、必ずしも計画者が意図する部分ではない。計画者が徹底的にコントロールしてステイタスの高い「オモテ」としようとする行為が、逆にコントロールされない、もしくはしないことでの「ウラ」を生み、表裏一体で街に深みを与え、その価値を一層高めているように思われるのは、都市軸の隠れた効用といえる。

 
●歴史の経緯と地域が創った都市軸〜ランブラ通り
 
 最後に、スペイン・バルセロナのランブラ通りを紹介したい。ここはバルセロナを代表する繁華街で、形状的には真っ直ぐの軸ではなく、若干カーブしている。これは旧城壁の跡地が都市軸となってしまったからである(古くは城壁外に人々が集まって自然発生した市場が、市街地の拡大に伴い市街地の中心の都市軸となった)。近年は市が沿道建物のガイドラインを決め、都市軸としてふさわしい景観形成を図っている。またこの通り沿いには仮設店舗やオープンカフェが多いが、そのショバ代は市内随一とのこと。まさしく歴史の経緯と地域の情熱によって創り上げられた都市軸であり、通りを歩く人々の活動・表情、その軸沿いにおける営みの素直な表出は、ここが人々の「精神的支え」であることを明らかに示している。
 
常に賑わうバルセロナのランブラ通り(著者撮影)
 
 今後求められるべき都市軸設定のシナリオは、都市のわかりやすさや景観的シンボルとしての意味だけではなく、そこに潜む地域の想いやそこから波及するウラの街も含めた将来像を描いていくことであろう。それこそが都市軸を街の価値を高めうる存在とするための方策ではないだろうか。
 
 
 
   
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