連載コラム  
 
Topic 07

歩行者ネットワークとしての一体性

  〜歩きたくなる都市空間とは?〜
 
藤田 朗
 
 
●歩きたくなる二つのステップ
 
 衰退傾向が見られるまちなかににぎわいと交流を取り戻したい。公共交通の利用を促進するなど環境に配慮し、かつ健康を志向したまちづくりを進めたい。そのような潮流を踏まえ、『歩きたくなるまち』を標榜するまちづくりや都市開発が各地で取組まれている。本稿では、単なる移動や運搬のための歩行ではなく、にぎわいや交流につながる回遊行為を誘発する都市空間のあり方について考えてみたい。
 
にぎわいのある街路(パリのカルティエラタン)
 
 都市開発や市街地再開発を念頭に置くならば、歩きたくなるまちづくりには、二つの段階がある。第一の段階とは、開発主体である事業者・行政・専門家らが、主にハード面で様々な工夫を盛込む設計・施工段階である。第二段階とは、開発後の都市空間をユーザーが使い込み、住み込み、それらの行為自体が歩きたくなる魅力を向上させる供用段階である。
 物理的な空間づくり(第一段階)における工夫として、回遊歩行が可能な距離の設定、沿道低層部における店舗や交流施設の設置、舗装や水や緑を活かした設え、日射の遮蔽、サインシステム、地区内外を連続させた歩行者ネットワークの形成、等が挙げられる(表参照)。しかしこれら第一段階での工夫だけでは、実際にユーザーが使い込み、住み込む十分条件とはならない。沿道店舗に客が集まらず、寂しい雰囲気となった都市開発プロジェクトは、多数存在する。
 問題は潜在的ユーザーのニーズや行動(第二段階)を、都市開発の主体(第一段階)が十分に把握できていない点ではないかと思う。
 
物理的な空間づくりにおける工夫(例)
事例等
工夫
シーサイド(フロリダ州)
歩いて5分(400m)で簡潔する街・縦横に貫く裏道
C.アレグサンダー
「パタン・ランゲージ」
で示される指針
歩いて10分で行けるプロムナード
90m毎に連続的な視覚的目標を置く
中間部にふくらみを設け、人が留まれる歩行路

ウィッテ・デ・ウィット通り
(アムステルダム)

スモール・ビジネスの移民起業家、アトリエやギャラリー、カフェ、レストラン、教育施設等を誘致

天神(福岡)

集客力ある百貨店の立地とそのネットワークとしても活用される天神地下街

天文館(鹿児島)

繁華街全体に面的に拡がるアーケード

用賀プロムナード
(世田谷区)

水遊びを誘発する水路、敷き詰められた瓦に刻まれた百人一首など

podwalk
(コペンハーゲンなど)

ipodなどを使用する音声による観光案内。サインシステムの新しい形
 
●潜在的ユーザーの足どり
 
 ストリートが歩行者やにぎわいで満ちた空間となるには、それはどのような空間としてあるのか?
 ここでは、歩きたくなる都市の魅力をいくつかの水準に分けて考えてみたい。一つは消費への欲求を満たす水準である。休日に子供やペットを帯同した歩行者でごったがえす避暑地のアウトレットモールなどがその好例である。短時間で消費できてしまう楽しみが、まち歩きの誘引剤となっていることを意味する。
 アウトレットモールとは異なる価値の水準として、足どりの多様性に起因する魅力を挙げることができる。モロッコ・フェズの旧市街は、世界最大の複雑な迷路といわれており、訪れる人は、都市構造の不可視性、歩行の漂流性、経路の果てしない多数性、計画されることのない発見、その総体としての異界性に大きな魅力を感じるであろう。同様の経験は、路地が複雑に入り組んだ東京の下町や、小さな飲食店が縦横に軒を連ねる夜の歓楽街などでも得られるはすである。
 さらには、空間体験それ自体が心に沁みるような水準がある。はっと息をのむような風景を目の当たりにしたとき、静かな興奮と幸福感に包まれるであろう。そのような生き生きとした体験が、人を歩かせる魅力となっている都市は存在する。
 街のブランディング、都市のプロモーション、マーケティングといった掛け声が喧しい昨今、重要なことは、「消費への欲求」を超えた水準を見据えて、歩きたくなる仕掛けを練り上げることであろう。
 
●バンコクでの体験
 
 バンコク中心部の幹線道路から一歩入ったとある住宅街。90年代後半にタイに長期滞在する機会を経た筆者は、観光地でも商業地でもないそのエリアを毎週末のように繰返し歩いた。あまり機能的とはいえない道路網のため、広幅員の区画道路は通過交通が少ない。歩道も街路樹もない埃っぽい道、薄汚れ何一つ取り柄を見いだせないありふれた家並み、赤茶けた大地にうずくまる元気のない犬、そのような環境自体に、ある種の魅力を感じずにはいられなかった。
 ストリートは生活で満ちていた。路上で営業する床屋、総菜・麺・飲み物などの屋台や物売り、長閑な午後を身動きもせず佇むお年寄り、意味もなくうろつく中年男性、サッカーに興じる子供、リビングも物干しも台所も外部と連続する南国特有の開放的住居。生活が路上にはみ出し、近隣の一体性が形成され、かつ他者の存在には寛容な態度。そのような都市生活(生活世界)に触れて飽きることとなく歩き続けた。その場所では「空間体験自体」が大きな魅力であった。
 
●コペンハーゲン「ストロイエ」
 
 欧州の事例として、コペンハーゲン中心部の歩行者専用路「ストロイエ」が著名である。50年代後半から問題視された交通渋滞や大気汚染などを背景に、1962年に市中心部の自動車交通規制を行い、歩行者優先化がなされた。その効果は観光行動や市民の歩行活動の増加として実証されており、また規模の上でも歩行者専用空間は当初の約6倍強に増加している。
 近年ではCopenhagen Xと銘打った総合的な都市再生の一環として、市民の細かなニーズ(例:ベビーカー利用)に対応したオープンスペースを土地利用転換の機会を捉えて地区ごとに創出し、歩行者ネットワークとしての結節性や有機的連関を強めている。
 コペンハーゲンのストロイエは行き交う人の行為が溢れている。広大な歩行者専用路、北欧随一といわれるショッピングモールの存在、それだけが理由ではない。そこは旧市街と一体となった空間であり、歴史を帯びた特定の生活と接続しているのである。
 
 
ストロイエ(地図はコペンハーゲン市資料より作成)
 
●歩きたくなる都市空間
 
 ヨーロッパの主だった観光都市の旧市街が、歩いて楽しいのは、観光地化されてもなお、リアルな生活(生活世界)と地続きだからという理由が大きい。
 
 
リヨンの旧市街
 
 本コラムでも、たびたび引用されるジェコブス『アメリカ大都市の死と生』では、古い都市の歩道を行き交う人々の生き生きとした複雑さを『ダンス』と表現している。ダンスの愉悦をもたらす空間的経験は、どのような空間から生成されるのか。逆説的であるが、歩行者ネットワークとしての一体性とは「生活世界」(リアルな生活)との一体性ではないだろうか。
 昨今は、住居が過防備となり、全国展開のチェーン店が各地域で増えるなど、リアルな生活そのものが変容しつつある。そうであればこそ、生活世界(ダンス)が滲みでる歩行者ネットワークは希少であり、都市の価値を高める要素、にぎわいや交流を引き出す魅力の一つとして考えるべきではないだろうか。
 
 
 
   
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