連載コラム  
 
Topic 11 災害への備え
  〜地域の力を活かした災害対策とは?〜
 
藤田 朗
 
 
●「公助」と「共助」
 
 国の中央防災会議では、首都直下型地震や、近年頻度が高まっている局所的大雨など、近い将来の大規模災害に対し、警戒を呼びかけている。地球温暖化が引き起こす異常気象・テロ・新型インフルエンザ・無差別殺人など、現代特有の災害や犯罪も含め、多方面のリスクに対し備えが必要とされている。
 安全と安心。これは、「都市の価値」という点では必須事項であることは疑う余地はなく、この安全と安心を確保するための災害への備えについて、「公助」「自助」「共助」という言葉がある。「公助」とは、公共による防災関連事業(施設の耐震化、道路や堤防・オープンスペースの整備等)である。ハード面を中心とした都市整備・市街地改善が重要であることに異論はないであろう。また、「自助」については、喉元過ぎれば熱さ忘れるといった防災マインドの継続性で課題があるものの、防災関連グッズなどの備えが普及している。
 本稿では、公と私の中間的な領域の活動を担う「共助」について考えてみたい。阪神大震災の教訓として、「街区レベル・近隣レベル」の市街地防災対策の弱さや市民参加の弱さを指摘する声がある。街区・近隣単位での災害対策や、その主体としての「共助」のあり方は、今までの都市計画が取りこぼしてきた領域であり、都市の価値向上に向けて都市プランナーが十分検討すべき項目である。
 
●「公助」の隘路
 
 都市の魅力向上の観点からは、公助の防災メニューには、工夫の余地がある。米国では国際電話・電子メールの盗聴合法化や、ジェントリフィケーション(高所得層の都心回帰)政策によるニューヨーク市の空間管理強化がなされ、「死角」の少ない安全なまちづくりが進んだ。これらテロ対策に象徴されるように、行政府による災害対策(なかんずく市街地の整備・管理に係る施策)は、「死角の排除」もしくは「一望監視」的環境の形成を伴う傾向が強い。
 例えば、地震時の大火の可能性が高い密集市街地の一層の解消を推進すべく2007年9月に改正された密集市街地整備法では、従来の任意性の高い整備手法の代替策として、第二種市街地再開発事業(用地買収方式)等の活用による積極的な面的整備・基盤整備が図られている。
 ソフト面にせよハード面にせよ、安全性の確保のためには、「一元管理」や「見通しの良さ」が追求される。しかし、都市の豊かさや魅力といった視点からすると、公的機関による災害対策には、「行き過ぎた管理」「過防備」「一律化する風景」といった副作用が存在し、都市の「多様な読解可能性(本コラムTopic 02参照)」を損ねているようにも思える。「共助」は、そのような「公助」の隘路を補う役割も期待できる。
 
●共助その1「向こう三軒両隣」
 
  典型的な密集市街地である墨田区京島は、東京都が示す防災パフォーマンス指標「地域危険度」において、毎回最上位にランキングされており、1980年代から、道路拡幅整備、コミュニティ住宅(まちづくり事業用地従前居住者の受け皿賃貸住宅)建設、緑地・ポケットパーク整備が進められてきた。近年では多くの道路拡幅整備事業は未整備のまま残され、「簡易耐震改修」の普及など、役割の比重を区から住民側に移したフットワークの軽い施策へと転換している。
 京島では、建前上は住民組織である「まちづくり協議会」が事業の意思決定を担う。しかし、筆者の取材した範囲では、協議会の役員であれ一般住民であれ、本音ではまちづくり事業に対する異議・違和感を持っている人が多かった。その理由として「ごちゃごちゃしたまちへの愛着」「一律化する風景への反発」そして「地域の防災力への自信」が挙げられた。
 京島住民の防災意識は高く、それが皮肉にも防災まちづくり事業に面従腹背する原因ともなっている。京島では下町特有の近隣コミュニティの結束を活かして、バケツリレー訓練を始めとする地域の防災活動が日常化している。災害危険度の高い地域ならではの人的防災力である。
 現代において、京島のような伝統的コミュニティを他の地域が真似をすることは難しい。従来の近隣コミュニティにとって代わる、現代にふさわしい形でのコミュニティ(新たな「共助」)が再生され、日常の防災力・防災マインド向上を担うことが課題である。
 
●共助その2「防災隣組」
 
 共助の民間企業ヴァージョンとして、特定の地域にて企業が協力しあって防災活動を展開する「企業防災隣組」が着目されている。2006年4月に内閣府主導で開催された防災隣組全国会議では、東京・横浜・さいたま・神戸・仙台から業務市街地の防災に関わる団体が一堂に会し、ノウハウの共有や他地域との連携について議論がなされた。
 先行事例として著名なのが、DCP(地区活動継続計画)を提唱する東京駅周辺防災隣組(地域協力会)である。帰宅困難者対策や、街のインフラの安定性・冗長性の向上など、企業同士で対策を講じ、地域の防災力を高めている。
 同じ千代田区内では、飯田橋エリアにおいて地域の事業所が、再開発「アイガーデンエア」を契機に「災害活動に関する相互協定」を結んだり、富士見・飯田橋駅周辺帰宅困難者対策地域協力会を町会と連携して設立するなど、共助の防災活動が活発である。これらの取組は、CSRや企業リスク意識の高まりを背景としたBCP(企業内防災)を出発点としているが、地域防災活動として、先駆性・モデル性を備えている。
 
●共助その3「アフィニティ・グループ(類縁組織)」
 地縁によらない防災活動の新しい試みとして「かえっこ」を紹介したい。「かえっこ」とは、アーティスト藤浩志が長年の試行を経て2000年に開発し、全国各地に急速に拡がったおもちゃの物々交換プログラムである。「カエルポイント」という世界共通の擬似通貨を使って、買い物やイベント体験ができる。
 「かえっこ」をベースにした防災訓練が「イザ!カエルキャラバン」である。防災学習や体験コーナーなどに参加するとカエルポイントが与えられ、その後、好きなおもちゃを「オークション」で競り落とすプログラムとなっている。「イザ!カエルキャラバン」「かえっこ」共に、水平展開可能なパッケージ化がなされ、各地で様々な主体により創意工夫が付加されて実施されている。ロゴマーク、かえっこカード、カエルスタンプ、のぼり旗等様々なアイテムのデザインの共通化、子どもの参加意欲を高めるオークションなどの工夫、開催地間相互の支援や交流がなされ、集客力に優れ楽しい雰囲気に包まれるイベントである。
 この種の活動の組織形態を、「アフィニティ・グループ(小さな類縁組織、徒党による運動体)」として捉えることができる。即ち、@個人が主体性を常に発揮できるフラットな組織、A参加するものではなく自分自身でつくるべきものとしての運動体、B小さな組織間の水平的なネットワーク、といった特徴を備えた組織である。それゆえ「かえっこ」に代表される「アフィニティ・グループ」には、市民自らが協働してムーブメントを起こすためのスタイルが見てとれる。「遊びを基調とした非目的ムード」「参加の動機付けの洗練」「防災など身近な環境を切り口とした多地域連携」などといったスタイル(行動様式)である。これらが「新たな共助」を地域に再生し、防災等の地域単位の力を結束させるヒントとも考えられる。
 
 
墨田区京島における「かえっこ」
 
●郊外化した地域を開くモデル
 
 下町風情が色濃く残る地域では、地縁が公助を補完するソフトな防災機能を担ってきた。また、業務機能が集積する都心部では、企業防災隣組など民間主体の新たな地縁の生成がみられる。しかし、都心と下町の中間の郊外化した地域においては、それらとは異なる枠組み、ネットワーク、組織論が必要となる。
 郊外化(とりわけ高層化)した地域の玄関は閉じている。近接が可能なのは、郵便・宅配業者、ゴミ収集車、新聞、電波そしてWeb。ドア越しの対話はインターホンに替わった。地域防災力の基礎づくりを兼ねて、例えばゴミ収集などの公助をインターホン越しにやってみるなど、いくつかの目的を併せた新たな御用聞きが施策のモデルとなるかもしれない。
 都市の魅力には、「死角や盲点」も必要である。また、ソーシャルキャピタルや文化資本の具体例である「アフィニティ・グループ」が孵化する基盤や人的ネットワークにも目配りが必要となる。公助による都市整備の補完装置として、災害に備えた行動様式が地域に確保されなければならない。そのためのモデルづくりが都市の価値を開く重要課題と思われる。
 
※ 1 室崎益輝「安全・安心のまちづくり」『都市の再生を考える 第7巻 公共空間としての都市』岩波書店

 
 
 
   
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