連載コラム  
 
Topic 13 社会背景に適合した先端的な業務機能の導入
  〜業務機能の計画的・無計画・創造的を考える〜
 
辻本 顕
 
 
●“社会背景に適合した先端的な”は都市で生まれる
 
 第二次産業中心の産業構造から第三次産業への転換、知識産業の集積、インフォーマルなコミュニケーション、イノベーションが起こりやすい・・・。都市で起きているこれらの状況を取りあげて、「創造的」という文脈で説明されることがある。その際、創造的であるということは、短絡的な表現をすれば、“稼げる”ことの要因として捉えられていることが多いのではないだろうか。
 例えば、リチャード・フロリダの著書「クリエイティブ都市論」では、東京都市圏やアメリカ東海岸の都市圏などの特定の都市圏(同著ではMega-Regionと呼ばれている。)が、全世界の経済活動の3分の2とイノベーションの8割を産出していることが示されている。これらの都市は、開放的であったり、文化的に充実していたり、基本的なサービスが充実していたりと、多面的に魅力的な場所であるがために、稼げる人々(産業)が集まってきて、稼げる都市圏になっているとされている。(*1)
 多くの人が集まる都市には、J.シュンペーターが“創造的破壊”と呼ぶ新結合を担う優れた“企業家”も集まってくるのではないだろうか。そのことで、都市は非連続的で創造的な場所になるのかもしれないし、そうすることで社会背景に適合した先端的な業務機能が、都市から生まれるのかもしれない。
 では、稼ぐ都市の原動力となるような、社会背景に適合し先端的であるような業務機能を、計画的な意図を持って仕掛けることはできるだろうか。シュンペーターが残した多くの警句の一つに、次のようなものがあるという。
 
  “計画とは無計画と無駄を意味する”(*2)  
 
 どのような文脈でこの警句が語られたのかはわからないが、創造的であることに非連続的な性質がある以上、それを計画しようとすることは確かに無計画と無駄なような気がする。しかしながら、都市が創造的であるという物語をヒントに、少なくとも創造的であることの邪魔はしないような業務機能を仕掛けることには、意味があるのではないだろうか。
 
●目立つ外見の業務機能について
 
 かつての工業集積地や港湾が、産業構造の変化などを背景に新しい業務地に生まれ変わりつつあるバルセロナの22@エリアやデュッセルドルフのメディア港では、世界的に著名な建築家がデザインした新しい業務施設がランドマークとなっている。
 
左:Torre Agbar(バルセロナ) 、右:Barcelona Biomedical Research Park(バルセロナ)、
下:メディア港(デュッセルドルフ)
 
 都市の外見が大事なことは、先の「クリエイティブ都市論」でも取りあげられている。基本的な機能としての性能が満たされていることは当然として、それ以外に人々を惹きつけるためには、業務機能の場合であってもやはり見た目が重要になるだろう。バルセロナの22@エリアでは、建築物の形態規制が緩和されていることや、当該エリアで推奨されている知識経済をベースとした施設を入れることで容積率が緩和されることなどを背景として、目立つ外観の業務機能の立地が可能となっている。もちろん業務施設の中身も重要ではあるが、大きさと外見で目立つ業務機能を周到に立地させることが意図されていると捉えることもできる。目立つ業務施設ばかりが建ち並ぶと、今度は何が“目立つ”のか、という別の問題も出てきそうであるが、それはそれで実は“社会背景に適合した先端的な”状況といえるのではないだろうか。(その状況をどうやって続けるのか、というのもまた別の問題になるが。)
 
●古くて狭くて安い業務機能について
 
 古い街が更新されて、新しくて大規模な業務機能ができてくるような時、古い建物を残すための動きが起こることは少なくない。古いものを残すことには、そのもの自体に歴史的な価値がある場合以外にも、重要な側面がある。
 新しくて大規模な業務機能(ハイスペックな業務機能)は、多くの場合賃料が高い。当然、それなりの規模の会社が借りることになるのだろうと想像されるが、実はそのそれなりの規模の会社に関連するその他の会社が集まってくる場合もある。その場合、賃料が安くて、スペックもそれほど高くない業務機能があることが重要な要素になるとされる。米国のシリコンバレー、日本ではビットバレーが、そのような事例としてよく取り上げられる。
 
デュッセルドルフのメディア港にも、既存施設をアーティストが改修したものもある。
 
 もう一つ新しくて大規模ではない業務機能が必要だと考えられる理由がある。
 “創造的”であるためには、寛容的な場所であるとか、色々なアイデアを持った多くの人と出会えることだとか、インフォーマルなコミュニケーションがあるとか、なんらかの形でのコミュニケーションが必須条件として求められることが多くはないだろうか。ハイスペックな業務機能では、これらのことが考慮され、集中できる執務空間とあわせて、開放的でフェイストゥフェイスのコミュニケーションの機会が生まれるような配慮が少なからず行われる。確かにもっともなことだと思う一方で、創造的であるためには、情報が共有されることなど、ある種のわかりやすさが求められていると考えることもできるし、それ故に否応なく参加が求められるような一見権力的な状況が生まれている、と考えることができる。
 一方で、古くて狭い雑居ビルには、そんな制約から解放された、違った“創造的”を提供できる場になれる可能性もあるのではないだろうか。「都市の空気は自由にする」ということわざではないが、ハイスペックな業務機能と、古くて狭いけれど安い業務機能が混在してあることは、都市が自由な場所であるために、重要なことではないだろうか。
 
●業種を決めることについて
 
 業務施設の物理的な側面以外にも、中身の業種が都市の性格を表すことがある。金融関係の業種が集まる金融街、IT関係の業種が集まるシリコンバレーのような街などがそれに該当するだろう。これら特定の業種が特徴となっているような都市は、先のシュンペーターが創造的破壊と呼んだ企業化を中心とした運動の結果ではあって、都市計画が結実したものではないように思う。
 一方、近年ではバルセロナの22@エリアや日本では神戸市などが特定の業種の誘致を計画的に進めている例もある。都市計画が主導してつくられる特定業種の業務機能集積と、企業家主導でつくられるそれとに、どの程度の違いが生まれるのかは定かではない。しかしながら、いわゆる大都市と呼ばれる場所における“都市計画”が、企業家による不動産開発事業と渾然一体となりつつある状況を踏まえると、都市を計画することは、シュンペーターが警句として語ったほど無計画でも無駄でもないのかもしれない。
 但し、企業家による運動(企業家に限らないが)が、必ずしも良い結果を招くとは限らないように、業種を決めた計画をしても、うまくいかないこともあるだろう。その時に、どこまでの言い訳が受け入れられ、再挑戦の機会が与えられるのか。“創造的”は、開放的だとか美しいとか文化的だということ以外に、投機的な性格をあわせもっているということを、前向きに捉えることが、社会背景に適合した先端的な業務機能を生みだし続ける都市の価値を計画的につくることにつながるのだと思う。
 
*1 「クリエイティブ都市論 創造性は居心地のよい場所を求める」リチャード・フロリダ著 井口典夫訳
(ダイヤモンド社)
*2 「シュンペーター」根井雅弘(講談社学術文庫)
 
 
 
   
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