連載コラム  
 
Topic 17 まちの価値を高める福祉とは
  〜高齢者にとっての福祉とは何だろうか〜
 
西尾 京介
 
 
 
 都市で必要とされる福祉の機能は、高齢者以外にも障害者福祉、児童福祉など様々な分野にわたっているが、なんと言っても喫緊の課題とされるのは、介護福祉などを含めた高齢者の福祉対策であろう。本稿では都市における高齢者福祉を通して、まちの価値を高める福祉のあり方について考えてみたい。
 
●「姥捨て山」福祉政策への反省
 
 日本において高齢化が始まったのは概ね高度経済成長期のはじまりと重なる。平均寿命の延びや少子化傾向などとあいまって、1950年ごろまでは5%を下回っていた高齢化率はその後緩やかに増えはじめ、その後急速な加速を見せ始めた。これに伴い、老人福祉の法体系も整備され、養護老人ホーム、特別養護老人ホームなどが各地で次々と整備されることとなった。これらの施設は、特に郊外や町外れで、静かで景色はよいが、まわりには何もなく、また不便な場所でつくられることが多かった。必然的に入居者は血縁と離れ、またその多くは身寄りも知人もなく、地域へのなじみもない場所で、地域と隔絶された環境の中で暮らすこととなったのである。
 高齢者の急速な増加の後を追いながらこうした老人ホームが次々と作られるにつれ、やがてその環境が本当に高齢者のためになるのか、といった議論が聞かれるようになる。「老人ホームはまるで現代の姥捨て山ではないか」といった批判が聞かれるようになり、施設整備のあり方にも工夫が行われるようになる。その一つが老人ホーム等の高齢者施設と保育所等の一体的な整備である。高齢者施設と保育所の一体整備が進められるようになった背景には、自治体の福祉関係予算が年々増大する中で、多くの施設・設備やスタッフを共有できることによって行政コストを抑え効率的に運営できるといったメリットがある、といった点が大きいが、高齢者と幼児の交流が、幼児の教育や高齢者の生きがいづくりにつながるとの期待も少なからずある。
 また、2000年以降、介護保険制度が導入され、老人ホームの整備・運営主体についての民間開放が進んだことも変化を与えている。民間企業が介護・福祉ビジネスに参入し、急速な成長を遂げる中、一定以上の入居費用が必要となる有料老人ホームなどの数もこの10年間で7倍に増えるなど大きな伸びを見せている。こうした施設は、入居者に対するサービスや立地条件をアピールしながらしのぎをけずって販売をおこなうビジネスであることから、立地も一般の住宅地と変わらず、むしろ利便性の高いところに競って進出するような傾向もある。高齢者のまちなかへの居住、都心居住への流れにも合致し、高齢者の生活利便性も向上する。
 こうした点で言えば、施設の整備が進みその内容も改善を見せることによって、特に都市部では「現代の姥捨て山」も少しずつではあるが良くなっているように思える。しかし本当にそれだけでよいのだろうか。
 
●奇跡のまち
 
 徳島県の山あいに人口わずか2千人、高齢化率は49%、しかし一人あたりの老人医療費は県内で最も低いといわれる町がある。名前は上勝町。世の中では、高齢者の比率が50%を超える集落を「限界集落」、市町村全体で50%を越える場合を「限界市町村」と呼ばれることもあるくらいだから、かなり厳しい環境であることが想像される。県都徳島から上勝町の役場に行くにはバスに1時間揺られ、さらに町営バスに乗り換えて40分。一般的には僻地と呼ばれてしまうような立地条件でもある。それにも関わらず、高齢者はみな元気だ。その秘訣は高齢者の人が生きがいをもって働いていることにある。
 上勝町は、おばあちゃんたちが集める葉っぱを和食などに使う「妻物」として売り込み、ビジネスとして見事に成功させたとして有名になった町だ。「彩り」事業とよばれるこのビジネスの成功などが大きく貢献し、65歳以上のほとんどの高齢者が働いて収入を得ているとされ、中には95歳にして現役で活躍するおばあちゃんもいるという。それは、単に家計の助けになったというレベルではなく、様々なかたちで町の活性化に効果を及ぼした。まず、お年寄りが元気で医者にいかなくなった。忙しくて医者やデイケアセンターなど言っておられないと言う。町営の老人ホームはついに廃止され、町が医療費や福祉にかける予算も減った。事業の成功によって豊かになり、メディアにも取り上げられて社会が自分たちを高く評価してくれているということがわかってくると、町民たちが町に誇りをもつようになった。すると自然にUターンやIターンも増えていった。およそ30年前には想像すらできなかった状況だという。
 一体何がお年寄りを元気にさせるのか。自分のやれる仕事が社会で評価されることによって自信を覚え、そして皆で共同で取り組むことによって社会とのつながりを感じることができるようになったからだという。「彩り」の生みの親、育ての親であり、今も第一線で事業の陣頭指揮をとる横石知二氏はこれを福祉産業ならぬ「産業福祉」と呼んでいる。私はここにまちの価値を高める福祉についての一つの重要なヒントが見えるように思う。
 
●支えられる福祉を越えて
 
 今、都市における高齢者の福祉は様々な角度から政策が語られている。地域に密着した高齢者の医療や介護の問題だけでなく、福祉の負担の軽減につながる、元気なお年寄りづくりのための健康増進活動や、多世代の交流など、一昔前に比べると政策のバリエーションは相当に広がったといえるだろう。しかし、それだけで高齢者が生きがいや生きる糧を持てるようになるかと言えば必ずしもそうとはいえない。いくら健康増進教室に通っていても、誰かが話し相手になってくれていても、自分が社会にとって必要ではないと思った瞬間から、生きる意欲を失ってしまうことも少なからずあると思うからだ。
 高齢化というと、高齢化率などの数字に意識がいきがちで、勢い高齢化率の高い地方の町村の問題などに目が行きやすい。しかし、どんなに都心でも、若い人が多い地域にあっても、老人ホームへの入居率が高くても、肝心の高齢者の自信と意欲がそがれていたら、それは重大な福祉の問題になる。その意味ではむしろ都市部の方が、問題が見えにくくなっているとも言えないだろうか。
 ではどうすればよいか。それは高齢者の一人ひとりが、いくつになっても自分の役割を自覚することができ、評価される環境をつくることである。上勝町の場合はそれが事業の成功と深くつながっているものだった。なぜなら、以前の上勝町は、その町民の生存基盤が脅かされるほどに経済的な苦境に陥り、町民が自信をなくしてしまった時期があったからである。しかし、いつもそれがお金につながることだけとはいえない。お金にならない社会貢献を通じて得られることも数多くあるだろう。
 高齢者には知恵と経験がある。しかしまわりにいる若い世代はそのことを知らない。何より高齢者自身が自分の経験や知恵が役にたつことを気づいてさえいない。それを活用するには、まずそれを引き出していくところからはじめなくてはならない。これからの都市の福祉には、そうした人間の知恵や経験を引き出すための場作りや仕組みづくりが非常に大切になる。例えば高齢者による起業に税制優遇を行うことも一つの考え方ではないかと思う。
 2009年9月、日本の高齢化率は22.7%、女性は25.3%とついに65歳以上の高齢者の比率が1/4を超える社会となった(政府発表概算値)。
 
 
世界の高齢化の状況(出典:平成21年版高齢社会白書)
 
 日本の高齢化は世界にも例のないスピードで進行しており、約50年後の2055年には国民の40%を越える人間が高齢者という社会が到来すると予測されている。「現役世代」が「高齢者世代」を支えるのが福祉だと考えていては、もはや成り立たない。高齢者の福祉という概念をもう一度捉えなおして考えてみる必要があるのではないだろうか。
 
 
 
   
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