連載コラム  
 
Topic 25 駐輪場のデザイン
  〜駐輪場はトライバル・メディア〜
 
藤田 朗
 
 
●自転車の運動体
 
 自転車の利用は、二重の意味で「運動」となる。利用者個人の身体運動であるとともに、利用者の振る舞いや利用スタイルが都市内で集合し、ある種(族)の運動体(ムーブメント)をも形成する。個々人の運動が、お互いに反応し運動体としての共通感覚が形成されることにより、都市の価値向上といった効果を持ち得る。例えば、@都市景観や街路に対し固有の速度とリズムで向き合うことにより風景が再発見され地域への愛着が喚起される、A都市型観光の重要な要素である回遊・交流・ヒューマンウォッチングのインフラストラクチャーが軽装備で整う、B目的地へ行くまでの経路選択や街を訪れる人の属性が多様となるなど都市の多様性に寄与する、Cそれらの帰結としてにぎわいが生成される、といった効果である。
 自転車の利用促進に向けた都市整備上の課題は二つある。一つは走行環境の整備(Topic08参照)、もう一つは放置自転車対策である。本稿では、放置自転車対策として駐輪場確保に各地方自治体が力を注ぐ現状を踏まえ、駐輪場デザインのあり方について論じてみたい。
 
●駐輪場を巡る諸問題
 
 放置自転車対策は難問である。自治体等の施策として、@駐輪場経営の創意工夫、A駐輪場の利便性・サービス向上に資する取組み、B路上など駐輪スペース創出に向けた創意工夫、Cレンタ・サイクル・システム、といったメニューが各地で検討・実施されている。
 駐輪場経営や撤去・保管費用の財源確保に向けた試みとして、豊島区・荒川区・板橋区などで検討された放置自転車対策税が、記憶に新しい。鉄道事業者や自転車購入者に放置自転車対策費の負担を求める構想である。新税の構想は各区共に廃案となったが、このような制度化・条例化は、各地の実情に応じて今後必要になると思われる。
 一方、写真家である金村修は、自転車が無数に集積した都市写真を繰返し撮影している。モノが過剰なほど混沌と(クラッシュしたかのように)集積する様相に、都市のリアルさを切り取ったのかもしれない。
 金村の写真が問題提起するように、放置自転車のみならず屋外駐輪場に並ぶ自転車群は、都市景観に影響を及ぼす大きな要素となっている。住宅地に設置された駐輪場は、夜間の騒音や光が漏れるなどの理由により、迷惑施設として認識される場合も多いが、駐輪場の景観価値の低さ(デザインの悪さ)も遠因であると筆者は考える。
 たとえ駐輪スタンドにより、秩序正しく自転車が収容されていたとしても、美しいとは言い難い。景観価値を高めるべく駐輪場をデザインするには、@プロダクトデザイン(自転車やスタンド)のレベル、A建築・都市デザイン(周辺環境との調和やにぎわい形成)のレベル、B利用者行動(立ち居振る舞いやモラル)への影響、などの観点から総合的・相互的に検討することが必要であろう。
金村修 “Clash landing”
(出典:Mole Unit)
商業施設の入口に整然と並ぶ自転車
(筆者撮影)
 
●ヴェリブ・スタイル
 
 世界最大規模のレンタ・サイクル・システムは、パリ市が運営するヴェリブ(Velib')である。ヴェリブは、限られた道路空間から1450箇所の自転車ステーションと2万台(2009年3月現在)の自転車のためのスペースを300m間隔でひねり出した点、広告代理店との契約による広告収入で運用されている点、維持管理が行き届き整然と駐輪がなされている点など、驚くことが多い。
 
パリのレンタ・サイクル Velib'(筆者撮影)
 
 中でもフランスを代表するデザイナー、パトリック・ジュアンが手がけた車両デザインや、ボルヌと呼ばれる利用端末の路上での佇まいは、パリの街並みに適切な秩序を与えている。この秩序とは、自転車の物理的形状のみならず、都市を使う行為(立ち居振る舞い)によっても生成されるものである。2万台ものレンタ・サイクルを短い期間で一気に用意した「量」の効果とあいまって、ヴェリブの使用者におのずと特定の利用スタイルや洗練を促している。都市景観と生活とを共に高める施策と捉えてよいだろう。
 パリ中心部では、自転車に乗る人は知的階層であるといった雰囲気もあるそうだ。それにしてもヴェリブを利用する人の表情は、どこか誇らしげである。車両デザインが洗練されている上、環境に配慮しているといった意識も関係するのであろう。
 
●誇らしく乗る人のために
 
 ここで、自転車の利用者を二つのタイプに分けてみたい。誇らしく乗る人と、機械的に乗る人である。数年前、都市論や文化研究において「都市の部族(トライブ:Urban Tribes)」といった概念で、若い人を中心とした文化や都市生活様式を把握しようとする試みが流行した。例えば、アニメ、ファッション、音楽などによってトライブは形成され、ある都市に空間的に帰着する場合もある。そして、それらの趣味や共通感覚によって、共同性をゆるく形成する。
 本稿の提案は、「誇らしく自転車に乗る人を、一つの種族(トライブ)として、一つの運動体として考えよう。駐輪場はそのトライブに向けてデザインしよう。駐輪場は、トライブのためのメディア(トライバル・メディア)として機能させよう」というものである。自転車に乗ることの共同性、共通感覚を高める取組みは、恐らく日々通勤通学のためママチャリに機械的に乗る人たちに対しても、より誇らしく自転車に乗ることへの普及促進につながると思われる。
 駐輪場を物理的な容器としてのみではなく、楽しく滞留するための空間としても捉えること。具体的には、自転車都市ミュンスターの事例がヒントになる。市内に分散する自転車ステーションでは、レンタ・サイクルやメンテナンスなど様々なサービスを受けることができる。また、街なかには各所に駐輪ラック、駐輪スタンドが配置されており、商店街などで気軽に駐輪することができる。都市のアイデンティティ形成に駐輪場が一役買っているのだ。
 
ミュンスター駅前の巨大駐輪場 (出典:Wikimedia Commons)
 
 トライブのための駐輪場とは、駐輪機能以外に自転車を介して人々が交流することを誘発する機能(例えばカフェやショップ)設置が考えられる。また、環境への配慮を意識させる仕掛け(例えば自動車利用と比較したCO2排出削減換算量の表示)も有効であろう。都市内においては、可能な限り路上や公開空地などを活用(立体活用・複合活用を含む)し、駐輪スペースを分散配置することが、利便性向上と地域活性化の両面から望ましい。誇らしく自転車に乗る人が停める駐輪場は、都市景観を高めることにもいずれは繋がるであろう。
 「いつもと違った駅までトリップしてみよう」という気持ちを駐輪場が抱かせるのならば、都市の潜在的価値は高いと考えられる。
 
参考図:路上植物園を兼ねた自転車(出典:KOSUGE1-16)
 
参考文献:
上野俊哉「アーバン・トライバル・スタディーズ」
 
 
 
   
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