連載コラム  
 
Topic 41 新たな公共インフラとしての自転車の可能性
  〜自転車で都市の形を変えよう〜
 
筧 文彦
 
 
●日本における自転車の可能性
 
 自転車先進国と言えば、オランダをはじめとしたヨーロッパ諸国のイメージがある。世界最大の自転車レースであるツール・ド・フランスの盛り上がりぶりは如何にヨーロッパで自転車人気があるかを示している。最近、ようやく日本人選手が数名参加できるようになったが、日本における自転車は、スポーツや競技としては、まだまだ発展途上にあるのかもしれない。
 ところが、交通手段として自転車を捉えると、日本の都市における自転車の活躍ぶりは、国際的にトップクラスの水準にある。各国の都市交通における自転車分担率(2005年)では、日本は5.7%であり、オランダ、デンマークには及ばないものの、他のヨーロッパ諸国を抑えて高水準にある。
 
各国の自転車の都市交通分担率1)
 

 この数値からも、自転車は、日本の都市交通を支える重要な存在であることは間違いなく、その使い方(使わせ方)によっては、自動車の普及とともに居住地の郊外化・都市の膨張を招き、中心市街地が衰退した現在の都市の「かたち」を、健全な「かたち」に変容させるポテンシャルが十分にあるツールかもしれないという仮説で私論を展開してみた。

 
●自転車を共有し、公共交通機関として使わせる
 
 自転車のメリットは、「近距離の最速移動手段」、「環境負荷が小さい」、「健康増進に役立つ」、「コストが安い」、「スマートなライフスタイルツールの一つ」等があげられるが、自転車は公共物ではなく、個人の持ち物であることが一般的であるため、そのメリットの多くは、個人にとってのものであり、公共(都市)に対してのメリットが強く意識されることは少ない。
 しかし近年、自転車を公共インフラ化しようという動きがある。「コミュニティサイクル」として共有する使い方であり、公共交通の一翼を担う手段として自転車に活躍の場を与えようという政策である。
 古くは、観光地などで「レンタサイクル」という形態が見られたが、近年の「コミュニティサイクル」という形態は、より“共有する”という意識が強く、複数設置されている専用の貸出・返却場所であれば、どこでも貸出・返却できるという特徴を持ち、借りた場所に返却する従来の使い方に比べ、極めて柔軟な自転車利用を可能にしている。このような仕組みを前提とすれば、商業施設が林立しているようなエリアでも、買物等で複数の店舗を回遊してスタート地点に戻ってこなくてよいため、自転車利用が促進され、行動範囲も広がり、店の売り上げ増大にも多少の寄与はするだろう。また、途中から歩きたくなった時でも、最寄りの返却場所に自転車を戻すだけで済む。得てして回遊の魅力が高いエリアというのは、道路が狭く、一方通行や進入禁止等があり、自動車は入りづらい場所が多いような気がする。コミュニティサイクルはそのようなエリアで、最も適した公共交通機関になるだろう。 このように中心市街地における魅力ある回遊性の創出には、都市機能の充実もさることながら、そこを回遊する人々の「足」が重要であり、コミュニティサイクルの普及は、街の賑わい形成に有効かつ重要な政策の一つであるといっても過言ではない。
 
名古屋市における社会実験の状況2)
 
 すでに世界では、日本に先駆けてコミュニティサイクルの本格運用が進み、フランス、ドイツ、イギリス、オーストリア、スペイン等の様々な国で実施されている。我が国にでも千代田区、横浜市、名古屋市、広島市、松山市、北九州市、茅ヶ崎市などの都市で社会実験が実施され、本格運用に向けた動きが出始めている。
 
●走行空間と駐輪空間
 
 ただし、コミュニティサイクルにも課題はある。
 どこを走らせ(走行空間の不足)、どこに止めさせるか(駐輪空間の不足)という、普及には避けて通れない根本的な課題である。
 走行空間不足について、世界最大規模のコミュニティサイクルであるパリの「ヴェリブ(Velib')」では、普段自転車に乗らない利用者が、法に従わずに歩道を走行するケースが増えており、走行空間整備が進んでいるパリで、このような問題が生じているということは、単に走行空間を整備すれば解決する問題でないことの証左でもあり、興味深い。
 一方、駐輪問題は、たしかに空間も不足しているが、「駐輪場と目的地の距離が遠い」ことに、ほぼ原因は集約される。自転車放置者に対してのアンケート調査では目的地から50m以上離れると約半数の人が路上駐車するという結果もある。前述のヴェリブでは約300mごと、2010年度の名古屋市での社会実験でも約300m〜400mに1箇所という密度で駐輪場が設置されているが、これでは自転車のメリットを活かし切るには至っていない。やはり、目的とする施設に直接アクセスできるという人々が自転車に求めるメリットをコントロールしてしまっては、コミュニティサイクルの普及はおぼつかない。
 安全に自転車が走ったり、止めたりできるし、人も安全に歩ける空間が確保されてはじめて、自転車は公共交通機関として機能する。そのためには、モーダルシフトやモビリティマネジメントにより、これまで自動車に傾倒して割り振られた都心の交通空間を再構成することが必要不可欠となる。
 自動車交通を制御し、街なかを人と自転車に開放する。ただ、都心から完全に自動車を追い出すという乱暴な手法ではない。自動車の総量を制御した上で、自動車・自転車・人の全てを均等に扱うのではなく、自動車が走りやすい空間、自転車と歩行者が走りやすい空間というように、それぞれの移動や駐輪・休息に適した都市空間のシェアを行うことが重要である。
 また駐輪問題は、コミュニティサイクルの普及で抜本的解決をみるかもしれない。その根拠としては、今は自転車が個人所有なので、駐輪は深刻な問題となっているが、自転車が公共交通機関化することは、短時間の駐輪以外は、基本的に自転車は共有され、“常に動いているもの”になるため、貸出ステーション以外での長時間駐輪は激減すると考えるからである。
 加えて、施設側も自転車で来訪してもらうことをメリットとして認識し、ステーションの設置に自発的に取り組む動きが広まると、自転車利用の良い循環が生まれ、加速度的に普及が進むのではないだろうか。
 

約300m〜400mに1箇所でステーション設置
(名古屋市における社会実験のステーションマップ2))

 
●自転車が都市のかたちを変える
 
 コミュニティサイクルが都市の公共交通機関となれば、自動車の往来を制御した道路では人々の来訪機会が増加し、機能更新も活発化することになり、都心回帰の一助になるだろう。かつて自動車が都市のスプロール化をもたらし、都市の構造を変えたように、コミュニティサイクルの普及が都市のコンパクト化を後押しする可能性は十分にあると思われる。ただし、コミュニティサイクルの“整備”が、コンパクトシティを推し進めるのではない。重要なことは、“普及”させる(公共交通機関化する)ことであり、そのために、都心交通空間の再構築することである。ロードプライシング等による中心部への自動車の流入の制限とその結果としての車道空間の自転車、歩行者空間への開放が、先行して必要である。
 コンパクトシティ化は、健全な都市経営や地球温暖化対策のための待ったなしの施策である。限られた都心の空間を自動車と自転車と人でどのように「快適」に使うかの決断が迫られているといっても過言ではない。
 是非「自転車」を賢く(スマート)に使う選択をする都市が沢山出てくることを期待したい。
 
  1)古倉宗治「成功する自転車とまちづくり」 学芸出版社
  2)名古屋市HP
 
 
 
   
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