連載コラム    
 
Topic 42 『新しい』公共を支えるまちづくり主体の組織化
  〜「何となくの公共性」からの脱却〜
 
西尾 京介
 
 
●まちづくりにおける「新しい公共」の成長
 
 我々の暮らしを支えていく上で、行政によるサービスと市場経済だけでは限界があるとの指摘がなされるにつれ、新しい公共、新たな公、といった言葉が、政府でも広範に使われるようになっている。地方自治体の取り組みや従来の企業活動と異なる、また町内会などの地縁組織などとも異なる新しい公的なセクターやその活動という意味で使用され、実際にそれに係わる組織の数もこの10年ほどの間に急速に増加している。例えばNPO法人の数でみると、1998年に特定非営利活動促進法(通称:NPO法)に施行されて以来その数は急速に増加し、2000年には全国に約3,500弱であったものが、2010年にはその10倍強、4万を超える数となっている(内閣府資料より)。活動の分野も環境や教育、文化、福祉など生活を取り巻くあらゆる領域にわたっており、まちづくりにおいても新しい公共の必要性が広く認識されるようになっている。そこで本稿では、まちづくりにおける新しい公共を支える組織について考えてみたい。
 
●まちづくり会社の苦戦
 
 まちづくりの組織形態には、多種多様なものがあるが、代表的なものとして、協議会等の任意組織、一般社団法人、NPO法人、株式会社の形態によるまちづくり会社などがある。まちづくりは地域に生活する多くの人々が共同で利用する公共施設や公共空間など、規模が大きな取り組みや事業にも係わる分野であるだけに、まちづくり会社などが話題になることも多い。
 まちづくり会社として思い起こされるのが、1998年、「まちづくり三法」の一つとして鳴り物入りで施行された中心市街地活性化法により、全国で数多くつくられたTMO(タウンマネジメントオーガニゼーション)である。これらが中心市街地の活性化に役立ったかという問題は別の機会にゆずるとして、これらのまちづくり会社が組織として有効なものであったかどうかは、その後の展開をみれば明らかであろう。活動停止・清算に追い込まれた組織が多数あり、また生き残っているものでも、経営資源を自治体からの支援に依存していたり、収益事業の主要な部分を自治体からの委託に依存していたりと、決して経営状況は楽ではない。2006年に中心市街地活性化法が改正されて以降、各地方公共団体の取り組みは、より戦略性を持ったものへと改善されてきているが、まちづくり会社の経営実態に関しては、以前、厳しい状況が続いている。
 
名古屋市における社会実験の状況2)まちづくり会社の公共団体への依存と損益の関係を見たサンプル調査。
委託事業等により公共団体に依存せざるを得ない実態が垣間見える(NSRI作成)
 
 「まちづくりはたぶんに公共性の高いものであり、株式会社のように利益の追求を前提とした組織形態はそもそも不向きである」という見方もある。しかし、それは短絡的にすぎるというものだ。なぜなら、株式会社という形態をとっていても、十分にその役割を果たしている組織はあるし、公共的な色彩の強い組織においても、効率的で持続性のある組織であることは重要であり、そのために収益を管理するなど企業経営の手法が十分参考になるからである。むしろ問題は、その組織の活動目的や、その目的に向けた適切なアプローチが行われているか、という点にある。
 
●目的と対象を明確に絞り込んだ組織づくり
 
 その組織が何のためにあるのか。まずその目的を明確にする必要がある。自治体や地域の不動産オーナー、店舗を営む商業事業者、住民など、利害の異なる複数の主体が一つの方向性を見出すための意識の共有や意向の調整や、地域の活性化や福利の向上のために実施する事業活動など、まちづくりの組織にはいくつかの性格の違うミッションが想定される。その目的に応じた組織の構成員や形態を考える必要がある。
 また、まちづくり会社が事業を通じてサービスを行う対象の範囲も重要である。日本の中心市街地活性化では、100haなどという区域設定が普通にあるが、これは範囲として広すぎる。そもそも、マーケットのニーズを考えても、そこまで大きなエリアの活性化は想定しにくいし、利害の相反する要素も多く含まれる。何千人という関係者が存在する区域のマネジメントを一つの組織が担うこと自体にも無理がある。この点、イギリスのタウンセンターマネジメントでは、対象としている活性化の範囲がはるかに小さい。例えば人口規模10万人程度のまちであれば、メインとなる数10mから数百m前後のストリート1本分に活性化の範囲が凝縮されており、その中の人口や商業の売り上げ、来街者数など活性化の指標がきちんとモニターされ、必要なサービスの業種・業態などテナントのコントロールなどマネジメントがきちんと行われている。
 
●誰にどんな利益をもたらすまちづくり組織か
 
 一方、誰にメリットをもたらすためのまちづくり組織なのか、という点も重要である。多くのまちづくり会社にとっての目標は、「地域における賑わいの向上」などといった漠然としたものだ。しかし、その組織が本来、誰に対してどのようなメリットをもたらすことを目指しているものなのかを明確にする必要がある。
 中心市街地の活性化などでは、市街地に不動産を所有するオーナーと、その施設を利用するテナントである商業事業者といった異なる立場の主体がおり、両者の利害は対立することも多い。従来、中心市街地の活性化はすなわち商業の活性化と捉えられ、テナントである商業事業者の利益のみを考えてきたきらいがある。しかし、本来、その地域に不動産を所有するオーナーの経済活動が利益を生み出さなければ、その効果としての税収増も期待できず、地域全体の経済的な利益へとつながらないことを思えば、不動産オーナーにとって一体何が必要かという視点からのアプローチも必要となる。
 こうしたアプローチに正面から対応しているまちづくり組織はきわめて少ないが、例えば熊本市の「熊本城東マネジメント」は中心市街地の活性化を標榜するまちづくり会社の中でも、その取り組みがユニークなことで知られる。同社が行っている事業は、中心市街地のテナントビルのゴミの一括回収。まず、中心市街地のビルオーナーが個別に行っている事業用廃棄物の回収委託を見直し、一括回収に参加するオーナーを募る。次に一括回収契約をする回収業者を募って価格交渉することによって、個々のビルにかかるゴミ回収の費用を圧縮する。利益の一部は内部留保され、中心市街地の活性化のために再投資される。ゴミの回収にかかるコストの削減は一見小さなことのようにみえるが、ビルオーナーの本業の利益に直結するものであり、その何十倍もの売り上げに相当する。
 このようにして、不動産オーナーの利益に直結する事業を実施しながら、まちづくり会社として再投資に向けるための原資を確実に積み上げる手法は、一般に安定した収益をのぞむことが難しいまちづくり会社にとって、とても参考になる。熊本城東マネジメントのホームページをみると、トップページにコストの削減額や店舗への還付金、地域活性化基金の積み立て推移が人目でわかるように表示され、街づくり会社に参加したりお金を出したりすることに動機付けがなされやすい工夫が行われている。
 「まちづくり」というと公共性が高いというイメージから、公共のために皆が少しずつ自己犠牲を払うような感覚がつきまとう。しかし、イメージと精神論で自己犠牲を強いていくだけでは、新しい公共は持続可能なものとはなり得ない。利益の内容が金銭であるか、その多寡がどうかはさておくとして、新しい公共に期待されるサービスの多くが、何らかの報いが明確にある生業として成立するようになって、はじめて、公共が従来と異なる“新しさ”を持ち得るのではないか。
 街づくりの組織を考える際に、「何となく」ではなく、「誰にとっての」「何のため」の組織なのかという基本的な点に立ち返って考えることが、『新しい』公共への“はじめの一歩”ではないだろうか。
 
参考文献: 「新しい公共を担う人びと」 / 奥野信宏 栗田卓也
 
 
 
   
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