連載コラム  
 
Topic 47 市民が参加し、誇れる街をつくるしくみ
  〜都市の持続性を高める「まちづくりの力」とは〜
 
筧 文彦
 
 
●市民参加とは何か
 
 市民参加と聞くと何を思い浮かべるだろうか。
 行政が主催する会議への参加だろうか、それとも地元の親睦を深めるお祭りなど、催し企画への参加だろうか。どちらも市民参加であり、その言葉の意味するところは多様で幅広い。
 自治体による市民参加の定義を見ても、自治体ごとに定義を行っており、多少の差があるのが実情である。一例として逗子市の市民参加条例によれば、「市が意思決定をする過程において市民が意見を述べ、又は提案することにより行政活動に参加し、市政を推進すること」となっている。これは自治体側から見た定義であり、行政活動に参加せずとも、地域課題を解決するために行政や社会に対して影響を与える活動についても市民活動であると定義しているものもある1)。
 現在は市民の価値観が多様化しており、戦後の復興期のように市民意識のベクトルが、その方向性が一にいるわけではなく、多様化した価値観を受容し、方針や計画に取り込んでいくことが求められる。また、町内会や商工会といった地域団体との計画に対する合意形成についても、空間的・地域的なまとまりが必ずしも同質の意見を有しているわけではなく、各団体の代表とのみ調整を行うという従来型手法は変革を迫られている。
 さらには、行政の基本方針や計画策定の制約条件も複雑化し、地球環境への配慮は必須条件となり、高齢者の孤独死や児童虐待など日常生活の裏側で社会問題化する課題への対応も欠かせないものとなっている。
 このような状況の下、縦割り行政的に限られた守備範囲の中だけでは、まちづくりを始めとする地域の活動を、もはや推進することはできない。多様化した価値観を受容し、複雑化する課題に対処するまちづくりに求められているのは、創って終わりのまちづくりではなく、まちをマネジメントし、コミュニティを育成するところまで含めて、より幅広い意見と知見を組み入れ、合意形成を図ることであり、そのためのプロセスの中で「市民参加」は欠かせない。
 
●市民参加の方法と課題
 
 では、市民参加のように異なる利益・価値を持つ多様な主体の提案、意向をどのように調整するのか。集団的な意思決定に関連した諸領域(社会心理学、社会学、都市政治学、経営学)の研究成果を踏まえて、その討議過程を3つの場(フォーラム、アリーナ、コート)に区分した整理が行われている2)(下表)。
 
表 政治・討議過程における3つの場

3つの場

場の概要

我が国における課題

@フォーラム(Forum)
討議の場
討論を行う場を指す。
意向調整・意思決定の前提となる各種の検討を行う場
公聴会が一方的な意見陳述の場であり、討議が成立していない 縦覧による情報提供も不十分 等
Aアリーナ(Arena)
意向調整と意思決定の場
異なる利害・関心を調整し、政策を立案し、決定・実行する場 市民による提案の採用・不採用は基本的に行政に権限が委ねられている 等
Bコート(Court)
司法の場
決定された政策の妥当性を問いただす場であり、法的な調整を行う、司法的過程を行う場 不服審査制度があるが基本的に管轄行政庁が審査するもので中立的でない。
コートの機能が不在 等
 
 我が国の都市計画行政への市民参加の方法の現状を見ると、市民意識調査、モニター制度、審議会への公募委員制度、フォーラム・シンポジウム、パブリックコメント制度、市民会議方式等、実に多様な手法が存在している。しかしながら、例えば公聴会等(フォーラムの場)では、一方的な意見陳述の場に終わり議論にまで至らないことや、市民による提案の採用・不採用(アリーナの場)については、行政に権限が委ねられてしまっている等の課題も見られる。
 最近では、これらの課題について、百人規模の多数の市民、行政職員が参加する市民会議の設置による討論や、行政と市民会議の間で「行政は市民会議の提言をどのように計画素案に反映させたのかを明確にする」決まりを協定で締結したものなど、課題解決に向けた取組も見られる。
 
●市民の自発的な参加を促す仕掛け
 
 では、市民会議、パブリックコメント等の用意された市民参加のプロセスを踏んでいけばよいかというとそれだけではない。地域への周知、多様な市民の意見の反映による計画の最適化といった市民参加の効果を発揮させるためには、やはり、より多くの市民の自発的な参加があることが不可欠であり、そのための仕掛けに必要なことついて考えてみたい。
 その答えの一つとも思える市民参加が、宮崎県日向市駅周辺整備にある。もともとこの事業は鉄道高架化を契機とした公共事業が事の起こりであったが、今では市民の自発的な参加により、駅前広場が単なる交通のための広場ではなく、市民の交流、レクリエーション、賑わい形成のための広場として機能し、周辺の民有地においても自主的な景観まちづくりを誘発している。ここでの特徴的な2つの取組を紹介する。
 
@シビックプライドの醸成・・・ランドマークの創出
 日向市は日本有数の杉の産地であり、地域の象徴である杉の木を使用して質の高いデザインの駅舎を整備した。これがシビックプライド(地元への誇り、愛着)の醸成につながり、市民の活動の活性化に引き起こしたのではないだろうか。
 
 
杉の木を使用した日向市駅(左:外観、右:ホーム部分)3)
 
 イギリスのニューキャッスル・ゲイツヘッドという都市はかつて造船業で栄えたが、その衰退とともに都市が空洞化していった。そこで都市活性化の一つとして「エンジェル・オブ・ザ・ノース」という高さ20mの巨大なアート作品を地元の造船技術を駆使し、都市を見下ろすかつて炭鉱のあった丘の上に整備した。
 完成当初は景観論争を巻き起こしたが、今では市民の誇りとなり、イギリス内でも有数の観光地となっており、そこから多数の地域活動が展開している。
 駅舎とアート作品という違いはあるが、地域の誇りをインプットしたランドマークが、イベント、景観、観光等の多方面への市民参加へとつながり、まちづくりの起点となったという点では、日向市のケースもニューキャッスル同様の効果が現れたといえよう。
 これらのように大掛かりな施設をつくれるというのは稀なケースだが、例えば戦災にも耐えた樹齢百年近い樹木など、身近なものがシビックプライドを醸成し市民活動のきっかけとなることを「発掘」し、市民の「気づきと行動を誘発する」ことが、我々プランナーの仕事ではないだろうか。
 
A参加のハードルを下げる・・・イベントの実施
 日向市は、駅周辺の先行した街区を利用して、夜市、夏祭り等のイベントを用意した。この活動をきっかけに、より多くの市民参加を引き出したと考えられる。
 公聴会、市民会議という名がつくと、専門的な知識がないと近寄り難い印象を受け、もう一歩が踏み出せないという市民もいるだろう。自発的な活動には使命感のみの参加を期待するよりは、やはり何らかの楽しみがあった方が踏み出しやすい。義務感ではなく、自然な形で市民の興味を惹きつけることが、活動の輪を拡げていくことには効果的であろう。
 こうしたイベント等の仕掛けを通して市民の自発的参加により創られるまちは、自分達でまちを創ったという達成感のみならず、そうした成功体験がやがて個別施設やある特定の地区を超え、まちそのものを地域の財産として認識させ、人々の誇りとなるに違いない。
 
●市民参加を「まちづくりの力」に
 
 市民参加が抵抗勢力であったり、社会的拮抗力であったりする場合もあるが、上述のような市民参加・市民活動を誘導できれば、確実にまちづくりを推進するパワーになり、都市は魅力的なものへと変わっていけるはずである。
 ただ、こうした活動を望ましいゴールに導くためには、まちのビジョン、活動資金、推進体制(人的ネットワーク)、行政との調整等、市民が前向きに活動に取り組むための具体的な「かたち」や「仕組み」が不可欠であり、この「かたち」と「仕組み」づくりの場面にこそ、まちづくりのプロとしてのプランナーの役割の重要性と出番がある。
 プランナーが市民の悩みを聞き、「まちをつくる」ことから、市民とともに「まちを育てる」ことまでの一貫したまちづくり活動の中で、明確なオリエンテーションを示し、一緒の成功体験を経て、地域の誇りを確かなものとすることで、市民参加を「まちづくりの力」へと展開していくことが、より一層求められることになるだろう。
 こうした「まちづくりの力」が、市民の中から生まれれば、都市は魅力的で持続可能な街になるだろう。
 
1) 佐藤徹・高橋秀行・増原直樹・森賢三 共著「新説 市民参加〜その理論と実際〜」
2) 高見沢実 編著「都市計画の理論〜系譜と課題〜」
3) 社団法人 鉄道建築協会HP
 
   
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