知のポリビア 〜有識者と考える都市のバリュー〜  
 
Poly-via 02 都市のバリューは「人」で決まる〜態度・行動変容研究の応用〜
 
 
この度、筑波大学の谷口綾子先生をお招きし、先生ご自身にとっての「都市のバリュー」を語って頂きつつ、意見交換をさせて頂きました。                記録: 2010/04/20 西尾 京介
 
●「都市のバリュー」について、先生がお考えになっていることをお聞かせください。
 
 「都市のバリュー」で最も大事なのは「人」だと思います。土地利用や交通、景観や環境、歴史など都市計画を構成する要素は様々ありますが、どれだけこれらに配慮してきっちりと計画しても、その都市に住み、働き、学ぶ人の立ち居振る舞いが良くなければ、都市のバリューは高くはなりません。
 本日はこうした問題意識から、都市における人の意識や行動をコミュニケーション施策によって変える、「態度・行動変容研究」についてお話したいと思います。
 
 コミュニケーションによって人の態度や行動を変える研究は教育や医学の分野で発展し、様々な領域へと応用されていきましたが、都市や交通の世界ではあまり進んでおらず、10年前には「態度や行動を変えるなどけしからん」というのが道路行政担当者の一般的な認識でした。これはある態度・行動変容施策を実行した場合に、それが正しい方向への変容を促すものか、誤った方向へのものなのか、客観的には判断できない、という考え方によるものでした。しかし、それはその問題に「社会的ジレンマ」の構造があるかどうかによって判別することができます。社会的ジレンマは個々の主体が短期的・利己的にメリットのある行動をとることにより、全体として社会的・長期的なメリットを低下させてしまう状況です。この場合、個々の主体に働きかけをして、態度や行動を変容さえなければ社会的ジレンマは解決しません。そこに態度・行動変容施策を正当化する根拠があるのです。
 では、行動変容はどのようなメカニズムによって起こるのか。人間の行動は3種類の要因で変わるといわれています。それは「カネ」「チカラ」そして「コトバ」です。前者の2つは「構造的方略」、後者を「心理的方略」と呼んでいますが、従来の都市交通施策などでは、構造的方略に比べて心理的方略の研究が遅れてきました。この「コトバ」によって態度・行動を変化させる施策こそが、私の研究している「態度・行動変容施策」研究です。
 
 
●「態度・行動変容施策」の事例について教えてください。
 
 では、実際にどのようなコトバや方法が人々の行動を変えることにつながるか、事例などを通じてお話しましょう。
 
◆事例1:モビリティ・マネジメント(MM)
 「モビリティ・マネジメント」(以下MM)とは、個々人の移動が社会にも個人にも望ましい方向に自発的に変化することを促す、コミュニケーションを中心とした交通施策のことをいいます。この場合の望ましい方向とは、ほとんどの場合、時流として自動車利用から公共交通や徒歩・自転車利用への転換を指しています。MMの主な施策として、利用者にアンケートを実施して公共交通を利用できないかを振り返ってもらう「TFP(トラベル・フィードバック・プログラム)」、そのまちに転入する人へ情報提供を行うことにより転入を契機に交通行動を変えてもらう「転入者プラン」、企業への働きかけを行う「職場トラベルプログラム」、その他学校のカリキュラム、などがあります。また、MMの代表的な技術要素として、公共交通利用や自転車、ウォーキングのための情報提供、利用転換を動機づける冊子の活用、個々人の状況に合わせたアドバイス等を行う「アドバイス法」、マップ等を使って行動をシミュレーションしてもらう「行動プラン法」などがあります。
 オーストラリアのパース都市圏では、会社と自宅との間のバスの時刻表、バスの路線図、最寄のバス停の地図、バス利用に合わせて活用できるスーパー等の生活情報を盛り込んだ地図、バスの無料チケットなど、一人ひとりカスタマイズした情報を一つのパッケージにして配布しています。製作や配布にかかる経費はそれなりの額になりますが、それでも「道路をつくるよりは安い」というのが当局の認識です。
 私自身も、筑波大学の「学内バス利用促進MM」や「公共交通配慮型居住地選択MM」、茨城県の高校生に対して通学時の公共交通利用を促進するための冊子作成や龍ヶ崎市の「行動プラン」作成に関与してきました。特に筑波大学の「学内バス利用促進MM」、「公共交通配慮型居住地選択MM」についてご紹介しておきましょう。
 プログラムの発端は、従前、筑波大学で運行されていた無料の学内バスが廃止されたことをきっかけに、教員、学生が使える新たなバスの運行を始めたことにあります。新しいバスは民間への運行委託を行い、大学からの運行委託費用を抑制することとあわせて利用者から若干の料金をとる代わりに、運行本数や時間帯、路線の改善などでサービスレベルを向上させる形で行われました。料金をとるといっても月額200円程度と格安であったことから、利用者増を期待したのですが思ったほどの需要増は見られませんでした。そこで、なぜ教員や学生がバスを利用しないか、その原因を探るとともにそれに対処するMM方策を検討しました。具体には、動機づけ、バスの利用例、利用証の買い方、定期券の申込書、主要なバス停の時刻表などを全て盛り込んだチラシを作成し、これを全学に配布したのです。「利用しろといってもどうやって使うのか?どこで利用証が買えるのか?申込書はどこで手に入れるのか?」といった利用者にとってのハードルになる事柄に全て応えるチラシを配布することにより、「意外にも簡単に安く利用証が手に入る」という意識へと誘導するものでした。結果、利用者の販売枚数とバスの利用分担率は2倍以上になる成果を得ることができました。
 しかし、それでもまだまだバスの利用率は低いことに変わりはありません。その原因は、多くの学生がバス停から遠い、利用しにくい場所に住んでいることにあると考え、次に我々は「公共交通配慮型 居住地選択MM」を実践することにしました。これは「居住地を選択する際に、公共交通の利便性に焦点をあてた説得的コミュニケーションを行えば、公共交通が便利な地域に居住地を選択する傾向が強まる」という仮設に基づくものです。結果は、明示的に意識啓発を誘導しない場合でもバスの便利さに焦点を当てた情報を与える(提供する物件情報の横にバス停が近い物件のみ赤いマークを付ける)だけで、居住地の選択行動に影響を与えることがわかったのです。今後は他の大学への展開や、転勤の機会を捉えた事業所MMのケースにも応用していこうと考えています。
 
◆事例2:商店街の自動車流入規制に対する商店主の態度変容分析
 今、中心市街地では歩行者中心のまちづくりが標榜されています。商店街における自動車の存在は安全面や経済的な側面だけでなく、まちの雰囲気や景観、歩いている人への心理にも影響しているのではないかと思います。しかし、いざ商店主に対して歩行者中心のまちづくりを呼びかけてみると、その全体的な必要性は理解してくれても、本音では自分の顧客への便宜や搬入車両のアクセスだけは不便を感じたくないと思っています。これもまた典型的な社会的ジレンマです。
 そこで、商店街における自動車の流入が顧客に対して与える心理的な悪影響をアンケートとヒアリングによって検証し、その結果を商店主に対してフィードバックすることを目的とした実験を行いました。来街者に対するアンケート・ヒアリングでは予想通り、自動車が流入している場合に比べて自動車の流入を規制している方が歩行者が快適性や楽しさを感じる率が高く、また、9割を超える人が歩行者天国の延長を希望していました。この結果を商店主に対してフィードバックすると、実験前に比べて自動車に対する流入規制に賛成する人、またその時間の延長に賛成する人の割合が高くなり、商店主の態度変容に影響を与えることがわかりました。同様に、狭い路地で個々の商店が自分勝手にはみ出した商品の陳列や立て看板の設置を行い、乱雑な景観をつくっている例について、第三者に対してアンケートを行って景観が与える印象をたずね、その結果を各店舗にフィードバックして景観改善行動の変化を観測した実験においても、情報を与えることによる行動の変化を確認することができました。
 こうした研究は、心理的方略を活用した施策だけでなく、構造的方略を用いる場合の合意形成の下地を作っていく場面でも有効だと感じています。
 
●「公共交通を使うべき」と訴える根拠はどこに求めればよいのでしょうか。
 
 環境のみならず、健康、事故、個人の負担するコストなど様々な側面で過度な自動車利用の負の効果が検証されています。他にも自動車を利用することによる地域への愛着の低下、あるいは幼児から自動車の利用が日常化している子どもに対する教育上の悪影響なども指摘されているところです。
 
●「人の立ち居振る舞いを正す環境づくり」という視点から何かアドバイスはありますか。
 
 きれいな空間をつくれば、人は心理的にごみを捨てづらくなる、といったことはよく指摘されるところですが、この分野はまだまだ研究の余地があると思います。都市の公共空間において、どのような情報を与えると人々の振る舞いにどのように影響するのか、こうした研究知見を深めて計画に応用していければ発展性がありますね。
 
 
---<講師Profile>-----------------------------------------------------------------
谷口綾子(たにぐち・あやこ)
筑波大学院システム情報工学研究科 リスク工学専攻 講師 博士(工学)
北海道大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。建設コンサルタント、東京都立大学大学院都市研究科非常勤講師などを経て2005年より現職。
専門分野は都市交通計画、態度・行動変容研究、リスク・コミニュケーションなど。
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●最後に
 
 「“人の立ち居振る舞い”と“空間の質”。この2つは互いに刺激しあう関係にあり、一方が他方を改善させる(昇華させる)プランニング&デザインが、結果として“都市の価値”を向上させる。」
 今回、谷口先生と意見交換し、たくさんのご示唆を頂いた中から私の頭に最も強く残ったことは上記のようなことになります。
 人(利用者)と空間との関係の中で、“思ったように使われない”とか、“思ってもいなかった使われ方をしている”ということを聞くことはそんなに珍しいことではありません。
 上記の評価は、実際には人と空間を総合的に捉えて発せられているのでしょうが、私には前者のようなどちらかと言えば否定的見解の多くは「空間」に、後者のような肯定的見解の多くは、その空間を利用する「人」に向けられているように聞こえます。
 私たちプランナーは、空間を対象にアプローチし、プランニングと称して、人の行動様式なりに刺激を与えることを「計画」の理想にしているかもしれません。ただ、「空間」はその包容力が故に、プランニングやデザインの良し悪しが影響することはもちろんですが、結局はそこで「人」が(どういう意識を持って)如何に行動するかによって、その質が評価されるという構図になっている面もあるように感じます。
 したがって、人の意識や行動様式(の変容)からアプローチし、その結果として空間の質を高めるという目標に到達するという「空間計画」としての手法に正当性を強く感じました。
 「空間を上手に使う人づくり」・・・。ここに、空間の質や都市の価値を高めることの可能性が広がるような気がしました。
 
石川 貴之
 
 
 
   
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