2017年07月05日
大きな樹冠(樹木の上部で葉の覆い茂っている部分)を掲げた並木道を見上げると、そのまちの歴史や風格を感じるとともに、心が安らぎ、また爽やかな気分になる経験をされた方は多いのではないでしょうか。特に夏のシーズンには、“樹冠豊かな街路樹”がもたらす、微かな涼みに心も和らぎます。
街路樹には、CO2の削減効果、精神的な安らぎ、生態系確保、ヒートアイランドの緩和効果等、様々な効果があると言われています。高度成長期のわが国では、急激な都市化で減少する都市内の緑を確保するため、さらには公害問題への対策として、アオギリ、ナンキンハゼ等の比較的成長が早く、樹冠に広がりがある樹木が好んで植えられていました。
しかし、最近は、道路の維持管理のコスト削減や交通安全対策等の観点から、ハナミヅキやサルスベリ等の樹冠に広がりのない、コンパクトで成長の遅い樹木が好んで植えられるようになっています。
一方で、最近の私たちの研究では、“樹冠が豊かな街路樹の並木道”等、都市の緑には、経済効率性だけでは語り尽すことができない、そこに暮らす人々のQOLや健康増進を高める効果があることが検証されました。本稿では、その計測方法や効果・知見について、ご紹介します。
なお、ここでご紹介する研究成果は、当研究所が環境省の「低炭素ライフスタイルイノベーションを展開する評価手法構築事業」の研究資金を得て実施したものです。
神宮外苑の街路樹 / 名古屋市の街路樹本数・樹種の推移数(出典:街路樹再生指針(名古屋市))
最近では、色々な生体反応を計測することができる機器が開発されています。また、これらが高精度で小型化している点も特徴です。私たちが行った研究でも、これらの機器を活用しました。
ライフログセンサ / GPS機能付き心拍センサ
首都圏西部の丘陵地区に居住する60名のモニターを対象として、夏季の1週間のダイヤリーやライフログデータを取得しました。このデータを活用して、モニターの外出頻度、その時の移動手段や経路、さらにはバイタルデータ(生体情報)から、街路樹等都市内にある緑が、市民の暮らしに与える影響を分析しました。なお、都市内の緑の効果を計測するため、モニターは、緑の多い地域と、そうでない地域の各々で募集しました。
ダイヤリーやアンケートの分析結果から、緑が多い地域に居住する人達と、そうでない人達では、生活様式や生活感、生活満足度(QOL)に相違点があることが示されました。下の図は、それを示す因果関係の構造モデルですが、少々専門的で難解なので、下記にそのポイントをご紹介します。
緑の多い地域に住む人たちの特徴として、
といった特徴が示されました。この点から、都市の緑は、市民のQOLの向上や健康、環境意識の醸成に有効に作用していることを、定量的に立証することができました。
さらに、市民のライフログデータからは、緑の多い地域と、そうでない地域の住民では、毎日の駅までの歩行距離特性にも相違があることも示されました。具体的には、「緑の多い地域の住民は、相対的に、歩行や自転車による移動割合や距離が長くなる」傾向にあることが示されました。要するに、自動車を利用しない、環境と健康にやさしい移動をしていることになります。
この分析結果を踏まえ、歩行による医療費削減効果(0.061円/歩)※1等の既往研究の諸元値を用いて、緑がもたらす医療費削減効果を試算しました。
その結果、自宅から駅までの道路の緑化率を30%に上げることで、住民一人当たり2,000円/年間の医療費削減効果があることが示されました。また、道路の緑化率を高めるほど、医療費削減効果は高くなることも示されました。
※1:筑波大学・久野譜也教授の研究成果。
長良川
東京と名古屋の2拠点生活を続けています。時間に余裕のある週末には、故郷に帰り、金華山を見上げながら、長良川に釣り糸を垂らす、そんな時間で安らいでいます。