連載コラム  
 
Topic 04

ポテンシャルを有効に活用した機能配置

  〜エキナカ・エキウエが創る駅と都市との新たな関係〜
 
吉田 雄史
 
 
●都市のポテンシャルが高いのはどこか?
 
 都市のポテンシャルとは、いったい何を指すのだろうか?端的に示すものとして、都市計画で定められた用途地域の指定内容(建設可能な建物用途、建ぺい率、容積率など)がある。例えば容積率が高い場所では床面積の大きな建物を建てることが認められており、そこで不動産事業を行えば土地単位あたりの利用効率は高くなる。2009年6月現在、国内の指定容積率の最大値は東京駅周辺で指定されている1300%である。また比較的高い容積率が設定されている「商業地域」は、用途地域等に関する指定標準に基づけば、主要鉄道駅周辺や幹線道路沿いに指定することが定められており、そのような場所はポテンシャルが高いといえるだろう。
 
日本で最も指定容積率の高い地域、東京駅周辺
 
●都市計画のトレンド:駅中心のコンパクトシティ
 
  近年の建築・都市計画分野では「車中心から人中心のまちづくりへ」というスローガンに基づく、駅からの徒歩圏をデザインする都市計画がトレンドである。 
 すなわち都市をコンパクトに計画しようという考え方で、公共交通を基本としてオフィスや住宅も駅から徒歩圏にあれば、車に依存することも少ない。その結果CO2が削減され、地球環境にも優しい都市が実現する。加えて、駅周辺で都市サービスが充実し、バリアフリー化による移動も容易で、高齢者に優しい都市が実現可能という点もクローズアップされる。
 このように、鉄道駅を中心としたコンパクトシティは、現在日本を含め欧州等の先進諸国がおかれている「低炭素化」、「高齢化」に代表される社会的ニーズにマッチした思想なのである。
 
駅を中心としたコンパクトシティによる都市づくりの概念図
 
●日本の都市は鉄道駅中心
 
  日本の都市、特に東京・大阪・名古屋のような大都市圏は、世界的にみても鉄道利用率が高く、かつ自動車利用率が低い。下の図は大阪〜神戸間の鉄道駅からの徒歩圏(半径750m)を図示したものだが、結果として市街地のかなりのエリアがカバーされている。
 これは、鉄道利用率向上を主目的として鉄道敷設と沿線開発が同時に進められたという事情もあるが、結果として日本の都市は鉄道駅を中心としたコンパクトシティの集合体になっている。
 
阪神間における鉄道駅を中心とした徒歩圏の連なり
 
●駅ビルからエキナカ・エキウエへ
 

 鉄道駅に利用客が集まるという必然性は、商売を行う上で絶好の立地であることを意味し、かくして駅舎に商業施設を積んだ「駅ビル」が主要駅前に出現した。その発展形が、近年JRグループのecuteと東京メトロのEchicaに代表されるエキナカ商業である。エキナカ商業の人気の一因は、その圧倒的な収益性で、坪効率は周辺商業(駅ビル含む)に比べて1.5倍から2倍になるという(日経MJ 2007.08.31)。

 さらに「エキウエ」を最大限に活用しようという思想の表れが、大都市駅前を中心に近年増えてきた鉄道駅との多機能複合施設である。JRグループの複合駅ビル(JRセントラルタワーズ(名古屋)、札幌JRタワーズ)、地下鉄駅との複合施設であるクイーンズスクエア横浜などはその一例である。これらのエキナカ・エキウエ開発では、商業、オフィス・ホテルに加え、文化、行政サービス・子育て支援等、事業収益優先から都市生活に不可欠な機能の複合化へと、その場所が果たすべき都市機能としての役割を最大限発揮することを志向しているようにさえ感じられる。
 
エキウエを活用した主な複合都市開発事例

施設名

駅名

開業年

主要用途

京都駅ビル

京都

1997

ホテル、百貨店、文化

クイーンズスクエア横浜

みなとみらい

1997

オフィス、ホテル、商業、文化

JRセントラルタワーズ

名古屋

1999

オフィス、ホテル、百貨店

JR TOWER

札幌

2003

オフィス、ホテル、百貨店、シネコン

グラントウキョウ

東京

2007※

オフィス、百貨店

ecute 立川

立川

2007

飲食、物販、スクール、クリニック、保育園

  ※第1期のみ。第2期は2013年完成予定
 

 駅ビルからエキナカ・エキウエへ推移してきた経緯は、確かに事業者にとっての採算性向上が契機だったかもしれない。しかし都市との関係という観点からみれば、従来電車に乗る・線路を渡るなどの機能しかもたなかった駅舎・自由通路空間に、まずはショッピングという新たな魅力を付与した意義は大きい。そして、立地条件に恵まれつつ、いまひとつ閉鎖的な印象を与えていた鉄道駅という存在を、街に開き、かつそのポテンシャルを周辺に波及させる契機を創出したことは、エキナカ・エキウエ活用の大きな功績であり、今後益々その役割は重要になるといえるだろう。

 
●「ボイド」を都市に提供するヨーロッパの鉄道駅
 
 一方、ヨーロッパの鉄道駅の事情を見てみよう。ヨーロッパの大都市の駅に鉄道で到着すると、先ずホーム上に展開される壮大な空間に圧倒される。それは改札を抜けた後の駅舎においても同様で、屋根の高い開放的な空間に佇んでいると、その街に来たという何ともいえない高揚感を味わうことができる。この静謐さと行き交う人々の喧騒がないまぜになった独特の臨場感は、日本の駅舎ではあまり味わうことのできない感覚である。ここは来訪者に開かれたいわゆる都市の「ボイド」であり、駅だけに留まらず都市全体の価値を高めうる重要な要素といえよう。
 
コペンハーゲンの壮大な駅舎空間
 
●駅と都市との新たな関係
 
 日本の鉄道駅は、高度経済成長を経て社会・経済活動の中心として発展し、時代のニーズに応じて機能を拡張・複合することにより都市に価値を提供してきた。一方でヨーロッパの鉄道駅は、「ボイド」という空間としての価値を都市に提供している。最後に、日本における近年の駅周辺開発事例を通じて、今後の駅と都市の関係について考察したい。
 原広司設計による京都駅は、日本(京都)的ともいえる斜面を活用した壮大な広場空間(ボイド)を中心として周囲をホテル・百貨店等で囲んだ施設構成である。階段広場の下から上空を見上げるとき、ヨーロッパの駅に来たときのような高揚感を感じるのは筆者だけではあるまい。さらに階段広場で憩う人々やそこで展開される様々なアクティビティは、駅というよりは「埋蔵された都市」という設計者の思想を感じさせずにはいられない。
 国内で最も指定容積率の高い地区、東京駅周辺についても取り上げる必要があるだろう。八重洲側では皇居への「風の道」を確保するように高さ200m超のツインタワーが建ち、その間に大屋根に覆われた開放的な駅前広場が整備中。一方丸の内側では煉瓦造の歴史的建物である東京駅舎がリニューアル中である。ここで創出しようとしているものは、経済性に立脚した都市機能や「ボイド」としての駅前広場だけではない。東京の歴史を継承する「イコン」としての駅舎、そしてそれらと皇居を繋ぐ東京という都市を代表する「軸」である。これは、鉄道駅が都市に対して果たすことのできる新たな可能性を示唆している。
 
 
 
   
トップページ
50のトピックス
知のポリビア
研究会について
お問い合わせ

 

 
Copyrights (c) 2009 NSRI All rights reserved