知のポリビア 〜有識者と考える都市のバリュー〜  
 
Poly-via 01 英国型タウンマネジメントに学ぶ
 
 
この度、千葉大学の村木美貴先生をお招きし、先生ご自身にとっての「都市のバリュー」を語って頂きつつ、意見交換をさせて頂きました。                 記録: 2010/02/15 藤田 朗
 
●「都市のバリュー」について、先生がお考えになっていることをお聞かせください。
 
 「都市のバリューを考える会」のホームページには、ずいぶんたくさんのトピックが並んでいますが、それらのトピックはどちらかと言えば、まちづくりのハード面でのテーマが多いように感じました。
 本日は、私が研究テーマの一つとしているエリアマネジメントというまちづくりのソフト面の視点から、私が考える都市のバリューについてお話したいと思います。
 都市のバリューについて触れる前に、「都市とは何か?」と考えた時、都市の中には、交通の結節点や文化、教育、住宅、物販など、様々な要素が存在します。これらの要素は各々単独でも魅力を持ち得ますが、「都市の魅力」は、これらの要素が、どのように複合してそこに存在しているかということで、その魅力も価値も大きく異なると思います。
 故に、「都市のバリューとは何か?」と考えると、これらの要素の組み合わせによって、これらを利用する人がいかに多く集まるか、いわゆる「都市のにぎわい」を創っているかということが、その都市のバリューを評価する一つの指標になるような気がします。
 例えば、りっぱな箱モノ(建物)を造り、ハード面での都市整備が進んだとしても、利用する人も少なく、人も集まらず、街に活気がなければ、そのまちは価値ある都市とは言えないと思います。
 つまり、まちの価値を高めるためには、一定の施設整備も必要ですが、むしろ如何にして、そこに人を介在させ、まちのにぎわいをつくり、そのまちに人を惹きつけるか、という取組みこそが大事だということになります。
 このように考えれば、その地域の資源を把握・認識し、地域の弱みを克服しつつ、価値あるものをきちんとマーケットに提供し、まちに賑わいを創りだすというエリアマネジメントの視点は、都市のバリューアップという点において、極めて重要な役割を果たすと思います。
 
 
●エリアマネジメントの先進事例について教えてください。
 

 では、都市のバリューをどのような手続き(プロセス)で認識し、バリューアップを図るかということについて事例などを通じてお話しましょう。

 
◆英国におけるエリアマネジメント
 英国では中心市街地の活性化のため、タウンセンター・マネジメント(TCM)と呼ばれる公共・民間のパートナーシップによる活動が、全土で500ヶ所以上展開されています。
 英国のTCMは、「人のいるタウンセンター」を実現するプログラムやまちの現状把握から事業の事後評価に至る一連の明確な評価システムを持っていることがその特徴となっています。とりわけ、現状把握(まちの健康診断)が重要です。
 私も渋谷のセンター街のヘルスチェックを年1回行っています。エリアマネジメントは、スポンサーである民間企業に、その効果を示すことが重要です。言い換えれば、効果の示せないエリアマネジメントなら実施する意味がないということになります。したがって、その検証のためにも定期的にデータを取って評価し、その結果を説明することによって、新たな取り組みや投資を呼び込むことができるようになるわけです。
 次にTCMの戦略ですが、@アクセシビリティ(Accessibility)、Aアメニティ(Amenity)、Bアトラクション(Attraction)、Cアクション(Action)の「4つのA」というポイントがあります。
 また、まちを評価する指標としては、@良好な環境(ゴミの回収量、清掃回数、落書き消去数)、A安全性(犯罪数、防犯カメラ数、カメラの撮影カバー率)、Bテナントの状況(空き店舗数、賃料、売上、他都市との比較)、C来街者(歩行者数、交通利用状況、駐車場利用状況、サインポストの数、プロモーション数)といった観点が重要視されています。
 これらの4ポイントが各指標に基づいて、魅力的な都市再生ビジョンとヒューマンスケールでフレンドリーな広い意味での「まちのデザイン」のもと、市民の参加を得ながら具体的なビジネスプランやアクションプランが展開されていきます。
 こうしたTCMの運営では「タウンセンター・マネージャー」という専門職が、その中心的役割を果たしており、まちの診断やビジョンづくり、各種指標による評価を実施し、全ての利害関係者と中立的立場で意見調整を行い、タウンセンター再生に向けた取組みを推進しています。
 
◆グレイブスエンド/英国
 グレイブシャム市(ロンドンから東へ約40km、人口約9.2万人の都市)の中心市街地グレイブスエンド(Gravesend)の取組みを紹介しましょう。
 市の近郊15キロ圏内で、1989年に大型ショッピングセンターが開業し、その翌年の1990年にはヨーロッパ最大のショッピングセンターの計画申請が出されました。そこで中心市街地への影響を懸念し、官民の協力により、1991年からTCM活動を開始しています。
 そこでは土地利用と連携して用途を誘導し、最寄り買い回り店舗を中心市街地に集中させ、にぎわいをつくっています。
 特にメインストリートについては物販店舗の比率を決めて通りの賑わいを連続させ、飲食店やナイトクラブ・パブなどはメインストリートとは別の通りに立地させるなど、通りごとにその価値を高める取り組みを行っています。
 また、清掃の充実、防犯施策、時間帯による歩行者専用化、イベントの実施など、「人が集まるタウンセンター」をキーワードに様々なビジネスプランを実施しています。
 さらには、中心市街地に近い老朽化した船着き場を改修し、船を活用してロンドンから直接に人を呼びこむルートづくりや、ディズニー映画にもなった「インディアンの姫」の墓を観光資源として活用するなど、利用できる要素の発掘を果敢に試み、まちは活気づいています。
 ここのTCMでは、評価指標として小売売上高、商取引、来街者数、空き店舗割合、犯罪率等を月ベースで報告していますが、TCMによって郊外の大型ショッピングセンター(建築面積15万u)による中心市街地への影響を軽減させ、賑わいあるタウンセンターの再生に成功した事例といえるでしょう。
 
◆ポートランド/アメリカ・オレゴン州
 「全米で最も暮らしやすい街」と称されるポートランド市(オレゴン州)も参考となる成功事例と言えるでしょう。
 ポートランドの中心市街地がにぎわう理由は、既存の商業集積地区に隣接する地域に積極的な住宅開発を行い、都心部への人口回帰を図ったことや、市民が生活を楽しむための施設、最寄り品・買回り品といった商業施設を充実させたことにあります。
 また、NIKE、インテル、コロンビアスポーツといった大企業が、質の高い都市づくりに一定の貢献をしていることや、公共交通無料地区の存在、トランジットモールなど、人々が歩きやすく、安全でアクセスのしやすい都市づくりを徹底していることもその特徴となっています。
 ダウンタウンのマネジメントは、加入者約1300社からなるポートランド・ビジネス・アライアンス(PBI)という主体が、年間約720万ドルの資金により運営しています。
 柱となる事業である安全性プログラムや清掃プログラムとして、防犯パトロール、麻薬常用者への支援、清掃などが徹底して行われているのです。これらのメニューは英国のTCM活動とも共通していますが、まちが安全で、しかも清潔であることが、都市の活力と活気を生むと同時に、秩序あるダウンタウン創出のポイントになっていると言えると思います。
 また、ポートランドのダウンタウンで近年開発が進んだパールディストリクトでは、その名のとおり、人気の高いまちとなりました。成功の秘訣のひとつに、質の高い店舗空間づくりとにぎわいを形成するための建築デザインルールがあり、商業地区でありながら、質の高い住宅を共存させることで、購買層の居住誘導を図ったことやブランド力ある店舗の誘致(セレクトショップ、レストラン、ブランド)によるイメージ向上、といったマネジメントにより、にぎわいに満ちたまちが形成されています。
 
●TCMのタウンマネージャーは、日本でも参考となりそうですね。
 

 タウンマネージャーは、商業や開発など、中心市街地に関する経歴を持っている方が望ましいのですが、それは絶対条件でなく、経歴は様々のようです。契約期間は概ね3年がひとつの目安となっており、まち支える資金提供者(地域の大型店舗等)が、その経費を負担しています。契約期間があり、その期間中に成果を挙げることが仕事へのモチベーションともなっているようです。

 マネージャーは、まち全体の利益を考えるプロフェッショナルですが、いわゆる権限というものを持っているわけではなく、中立の立場で地元に入り込み、まちの中から再生のキーを発掘し、権限を持っている人たちと協力してまちづくりを実行しています。
 また、マネージャーの人材育成のため、サマースクールといった研修プログラムも充実しています。
 日本と英国を比較するならば、英国ではエリアに対する限定性やストリートごとの厳しい規制をかけるメニューがありますが、日本は私権が強いので、なかなかそうはいきません。
 また、日本のまちづくり会社などは、組織形態など形に関する議論がなされがちですが、英国では人と人との信頼形成といった実質的なことが最優先される点が異なります。
 
 
●最後に、都市のバリューアップのポイントについての考えをお聞かせ下さい。
 

 都市のバリューを向上させるためには、マネジメントから考えるまちづくりの戦略が問われており、特に以下の4点が重要と考えています。

@
まずは、バリューが何かも含めて現状を客観的に知ること。つまり、まちのヘルスチェックを行うことです。
A
次に、地域の伸ばすべきところと直すところを把握し実行すること。ヘルスチェックの結果をビジネスモデルやアクションプランとして実行することです。
B
そして、質の高いハード事業と質の高い内容(用途)を入れること。カタチだけではダメだということです。
C
最後に、施策実現のためのサポーターを増やす方法を考えること。都市の価値を持続していくためには、サポーターの存在は不可欠だということです。
 
---<講師Profile>-----------------------------------------------------------------
村木美貴(むらき・みき)
千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻 准教授 工学博士
横浜国立大学大学院工学研究科博士課程後期修了。
三和総合研究所、東京工業大学大学院助手、ポートランド州立大学ポートランド都市圏研究所客員研究員などを経て2002年より現職。
専門分野は都市計画マスタープラン・広域都市計画・中心市街地活性化など。
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●今後に向けて
 
 昨今、マネジメントの重要性は議論を待たない感がある。まちづくりの分野だけでも、エリアマネジメントはもとより、デザインマネジメント、交通マネジメント、環境・エネルギーマネジメントなど、様々な局面で登場しています。
 確かに、「都市の価値」は、そのものができた瞬間に形成されるものではなく、時間の経過の中で土地の記憶と人の意識の中にかたちづくられ、価値を持っていくものであり、バリューアップにマネジメントが重要な役割を果たすのは至極自然のことのように思います。
 そういう意味でも、今回村木先生と意見交換させて頂く機会を得て、今後の私たちの取り組みに多くの示唆を頂けたのではないかと思います。改めて感謝致します。
 最後に・・・・。
 良きマネジメントを実行するためにも、良きインプット(プラニングやデザイン)は重要であり、理想的にはマネジメントを織り込んだ、もしくは良きマネジメントを誘発するようなプラニングやデザインをできるようになりたいものです。
 
石川 貴之
 
 
 
   
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