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1.井形慶子自己紹介とともに、なぜイギリスという国に魅力を感じるのか

2日本人とイギリス人の住まいに対する価値観の違い。なぜ古家は壊されるのか? イギリス人はどんな家に価値を感じるのか?など。

3. 井形慶子が、住みたい町、No1の吉祥寺に500万円の老朽物件を購入し、300万円でフルリフォーム。ロンドン風フラット完成。

5. イギリスで売り家になっている魅力的な家。(借地権999年の古城、
湖が見えるコッツウォルズの古城)

7. 家づくりとは、住まいに命を吹き込む作業



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2年前、彼と会った私は、「何故あなたのようなセレブなシェフが、こんなところでフレンチレストランを始めようと思ったんですか」と聞きましたところ、クリスティーさんは、ここで料理人をやっていて一番つらかったこと、嫌だったことというのは、せっかく刑期を終えて出所するのに、ほとんどの人が戻ってくるということなんです。一部芸能人なんかの報道でわかりますように、麻薬やドラッグというのは常習性があります。そして、英国は、今でも緩やかな階級社会です。このような麻薬、ドラッグに手を染める人々というのは、もともと移民の方であったり、貧困家庭であったり、教育を受けてなかったり、暴力を受けて育ったりと、そういう環境の方が多いんですね。出ていっても仕事がないんです、行くところがないんです。で、結局同じことをやって戻ってくる。どうすればいいんだろうとクリスティーさんは考え、料理人を続けていました。 ある時、刑務所の有刺鉄線の中をぶらぶら歩いていた時に、古い古いリネンや囚人のシーツが入った倉庫を見つけるわけですね。先程から皆様に、耳にたこができるほど私が言っている、老朽物件、ぼろ家、倉庫でございます。何の価値もない倉庫です。そこに、刑務所で使うたくさんのシーツなどがおさめられていました。彼はそれを見て思うんです。 ひらめくんです。ああ、ここをレストランにすればいいと。
これがイギリスのすごいところなんですが、突如として彼がイメージした、刑務所の中にフレンチレストランをつくるということにすぐに有志の人が集まりまして、イギリス中の金持ちに電話をするわけです。今日こちらにお越しの皆様のように、いろいろな業界の方にも電話をする。電話をかけて、私のこの考えに何とか協力してもらいたい、話をしたいから、ハイダウン刑務所に幾日に来てほしいと言います。イギリス中のアッパークラスのセレブ、貴族、金持ちが集まりました。そして、クリスティーさんは、その人たちに倉庫を見せて、ここをレストランにしたいというわけです。
このハイダウン刑務所には1000人の受刑者がいます。1000人の全ては変わらないかもしれない。だけれども、1年間、受刑者に使われている費用は6400万円もする。私が試算したところ、このレストランを運営するのに、初期投資1600万円で済む。ならば、更生させる方にかけてみませんかということで、一生懸命話をするわけです。そうすると、イギリスというのは、決断が早いですから、「よし、わかった。金を出す」という人が続々とあらわれます。言い出しっぺも必ず私財を投じるんです。彼自身も、400万円近い自分の貯金をはたきまして、ハイダウン刑務所も寄附をしまして、イギリスの金持ちから集めた総費用が約9000万円。それで、スタートする準備を進めるわけです。
彼は考えました。単にここで服役をさせるのでは何も変わらない。この囚人たちにレストランを運営させ、私が自分で培ったシェフとしての腕を教え込むことで、ここを出所した暁にはロンドンの一流レストランの試験を受けて職を得ることができる、そこまでの技術を身につけさせたいと思うわけですね。
彼は、次に、どういう人たちをこのレストランで働かせるかということで、いろいろと条件を出しました。囚人たちを面接していくわけですが、品行方正、まじめというのは当然のことながら、彼が出した最大の条件というのは、服役期間が1年以上ある人ということなんです。まじめで、あと3カ月くらいで出る人というのは駄目なんです。それは何故かというと、彼が持っているシェフとしての技術を継承するのに1年はかかるという考えのもとなんです。そして、選びに選ばれた囚人たちが集まってまいりました。
このころから英国中にニュースが流れまして、大変な騒ぎとなるわけですね。刑務所の中にレストランができる。イギリス人は、こういうユニークな考えというのは好きですから、いろんなオファーが出てくる。取材が殺到する。
そういう中で、いよいよオープンを前にして、支配人が要る、支配人を誰にしますかと刑務所から聞かれるわけです。ところが、クリスティーさんは、既に目をつけていた人がいたんです。それは、このハイダウン刑務所に5年間服役していたスペイン人のフランシスコさんです。この準備中、彼は、刑期を終えて、この刑務所を出ていきました。みんなから「おめでとう。今日からあなたは塀の外に出られますね」と言われて送り出される1人の元受刑者がおりました。スペイン人のこのフランシスコさんなんですけれども、ところが、私たちの想像では感じ得ないような複雑な心境というのがあるそうです。ここを出たはいいが、行くところがない。スペインからやってきた自分は家族もない。とりあえず今晩はホテルに泊まるけれども、一体この先、仕事をどうしようと思いながら、とぼとぼとこの刑務所を後にして出ていくわけです。
そして、彼は安宿に泊まりました。明日からどうしようかな、仕事をどうしようかな、どうやって働こうかなと考えてた時に、1本の電話が入るわけです。顔見知りの刑務所の料理人、クリスティーさんからです。「出所、おめでとう」という電話だったんですが、「ところで、あなたにお願いがあります」と突然電話口で言うわけです。「元受刑者の私に何でしょうか」と言うと、「お願いですから、明日からハイダウン刑務所に戻ってきてもらえませんか」と。彼は意味がわからずびっくりするわけですね。「何故私が戻らなければいけないんですか」「あなたを、ずっと自分は見ていた。あなたには才能がある。つきましては、あなたを是非、私が考えている『クリンク』というフレンチレストランの支配人に採用したい」と言ったんですね。電話を受けた方は、そういう計画も知らないものですから、驚いて、そして大変感動して、「私でよければ、是非働かせていただきます」ということで、刑務所に戻っていくわけです。
クリスティーさんは言ってました。親の顔も知らない、複雑な家庭環境で育った人、自信のない人、生きていく力のない人がハイダウンにはたくさんいる。私の仕事、このレストランの仕事というのは、そういう人に目標を持たせることだというんですね。
実は私は今年の6月、日本で初めて一般のお客様をこのレストランに、私のツアーで案内したんです。是非ともこれは皆さんにも行っていただきたいと思うんですが、何しろ料理がおいしいんです。最初に料理を食べた時に、カニのラビオリというのを食べたんですけれども、余りのおいしさにびっくりしてしまいました。何でこんなカニのパスタがおいしいのかと聞きましたら、ここにまた、この刑務所のレストランの秘密があったんですけれども、イギリスというのは、実は日本と同じく、地方経済が大変苦しい中にあります。この「クリンク」では、スタートする時に、英国中の、まじめに畜産をやっているけれども、商売が上がったりのところ、いいお魚をとる漁師さん、オーガニック農園とダイレクトに契約を結びまして、毎日毎日、物すごい数のお客さんが来ますので、いろんな食材を空輸してもらっているんです。ですから、私がその日食べたカニのパスタというのも、朝到着した生のカニを、囚人みんなでさばいて、パスタの中に練り込むということをして出していたようなんですね。


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