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池田 ご紹介にあずかりました日本生命の池田と申します。
 タイトルが刺激的なので、たくさんの人にお集まりいただいたのではないかと思います。大谷さんから去年このお話をいただいたときに、「少し刺激的なタイトルを考えてください」と言われて、ちょっと長いと思ったのですがこのようなタイトルにしました。今日はこういう路線で話そうと思っています。
 タイトルの2行を読んだとき、設計者と建築主は普通、「不幸な関係」ではなくて、「幸せな関係」だと思っていらっしゃる方が多いと思います。しかし僕は、これは不幸な関係だと思っています。なぜこれが不幸なのか。そのことを少しかいつまんでお話しできればと思います。
(図5)
 この建物は竣工をしてから今年で10年になる、東京駅前にあるオアゾのビルです。先ほど立役者という言い方がありましたが、立役者ではなく、当時、僕は課長職で、もう1人の建築担当課長と、2人の二人三脚でやりました。もう1人がA工事、建物の全体を設計したり計画を進めるというところを担当し、僕の方はB・C工事を担当しました。28階建ての建物で、17階から下を日本生命が使っています。そこから上はテナントさんに貸しています。特に上5層は日立製作所さんが本社を置いておられます。世の中にはこれは日立さんのビルだと思っている方が結構多いのですが、実は日本生命のビルです。その、テナントさんの部分も含めてB・C工事を担当していたのが僕です。
 17階から下の日生は実は本店ではありません。本店は東京ではなく、これから話をさせていただく大阪にございます。実は、日生には本社がない。逆に支店もないのです。これは何の理屈もないと思いますが、本社はなくて、大阪を本店といい、オアゾは東京本部です。ちなみに、地方に行くと支社と呼んでいます。支店もなければ本社もないという非常に不思議な会社ですが、東京本部には実質上のヘッドクォーターが入っています。
 ここには大体2000人の日生社員が働いています。大阪本店は、今度、新東館が竣工すると、4000人~5000人の規模になります。人員的には大阪のほうが圧倒的に多い。ちょっと毛色、内容の違うオフィスが期待されていまして、どうつくるか、丸の内の時も悩みましたが、今回も悩んでいます。
 日本生命に不動産部があることは、さすがにここにいらっしゃる皆さんはよくご存じだと思いますが、今、日本生命は約360棟のビルを持っています。最近、売ってしまったので、大分棟数が減りましたが、一時は500棟に迫る棟数を持っていました。床面積は、貸し床で今110万坪ほど持っていますので、そこを何とか貸して、賃料を多く稼ぐというのが我々のメインの仕事です。
 貸し床面積的には、多分三菱地所さんや三井不動産さんよりも多いと思いますが、もちろん収益力は圧倒的に後塵を拝しています。なぜなら、大して賃料を稼げない地方にたくさん持っているのです。もともと支社がたくさんあり、今も百数十社ありますが、支社の社屋だったものを投資転用していった経緯がある関係で、全都道府県の県庁所在地に最低1本か2本は持っています。町によっては1本しかないところもあれば、多いところは6本以上持っている都市もあります。
 専業会社には全くもってかないませんが、唯一アドバンテージがあると思っているのは、専業会社、例えば三菱地所さんのような会社が使っているオフィス面積と、我々日生本体が使っているオフィス面積では、我々のほうが圧倒的に多いということです。そのため、建物のユーザーとしての経験値は、専業の不動産デベロッパーよりはるかに多いのではないか。我々がビルをつくるときに重要だなと思っているのは、ユーザーエンドの立場に立ったときに、「こういうビルだったら借りてみたい、どうせ借りるならこういうビルがいい」、そういうことを目指して仕事をするということです。そういう思想に立って、それなら、どんなプロセスをたどるのかということをおいおいお話ししていきたいと思います。
(図6)
 多分ご家庭でこんな光景があると思います。奥様が「今日何が食べたい?」。「何でもいいよ。でも、おいしいものがいい」「あなたはいつもそうね。考えるほうの身にもなってよ」ということで、夫婦げんかになるパターンがよくあります。「どんなビルにしたいですか」「良いビルにしたいですね」は、まさにこのとおりの会話ではないか。「何が食べたい?」と茫漠なことを聞くほうも聞くほうだと思うし、「おいしいもの」と答えるほうも、聞いているほうに言わせれば「無責任なことを言わないでよね」という感じのことではないかと思います。
そもそもビルをつくっている発注者は、ビルの「よさ」を定義できるのかと常々思っています。我々が定義するのは、よさではなくて、何のためにビルをつくるのかということではないか。ここを定義するのが我々の仕事ではないか。ありていに言いますと、先ほど申し上げたように、賃料を稼ぐための建物にする、これが目的です。今、よい、よいと言っているのは、この目的を達成するために考えられる方策の列挙なのだろうと思います。
「どんなビルにしたいですか」と聞かれたときに、正しい答えは「これはこういう目的で稼ぐビルにしたい」だと思います。先ほどから紹介がある日生の建物は、社内で使うので、「社員が仕事をしやすいビルにしたい」が答えですが、我々も社内ユーズのビルはそんなに多くつくりませんので、一般的には「稼ぐビルをつくりたい」。どういうものが稼ぎになるか、そのアイデアを出していただくことが、設計者の方に依頼したいことではないかと思います。
したがって、設計者の皆さんと我々施主との間で交わされるべき会話は、いいとか悪いとかではなくて、何のためにつくって、そのためにどういうメニューを用意しましょう、どういうところに気をつけてつくりましょうということではないかと思います。
もうける、もうけると簡単に言いますが、我々賃収を得るための建物をつくる側から見ると、建物は何十年ももつので、それを長期にわたって運用して、ずっと賃料を稼ぎ続けないといけない。長期にわたり高収益を得ることが可能なビルが望ましいわけですから、それをやたらにコストをかけてつくったって意味がない。きちんと高い利回りになるということが最大の目的だろうと思います。
自社で使用する場合は少し違います。利回りという概念はない。社員に向けて、どういうことを職場環境として提示できるかということが大きな目的になるだろうと思います。
生命保険会社の場合、少しややこしいのですが、さらに事情が異なります。保険会社は、先ほどのオアゾもそうですが、駅前の一等地にビルを持っていることが多い。それは何によって許されているのか。会計上、一応資産に計上されていますが、僕は全部負債だと思っています。いざ保険金を支払う事象が大量に発生して、持っている支払い余力を超える、というケースはあり得ないと思いますが、もしも超えそうな場合、丸の内のオアゾだろうが何だろうが、全部たたき売って保険金にかえてお支払いをすべきものなのです。
そういう意味では、内部留保がありそうで、ないのが保険会社です。単純に自社で使っているからといって、好き放題やっていいかというと、そんなことはない。いざとなったら高い値がつくように、「これは高収益物件だよね」と周りの人が思ってくれるような売り方ができるビルをつくる、それが、我々保険会社がビルを所有できることの根底にあるポリシーなのです。
仮に日本生命が潰れそうになって、丸の内のビルを売りに出したとします。そうすると、テナントビルとしては使えない、だからちょっと値がつきません、結局は取り壊しです、これが最低のシナリオです。そんなことがあるのかと思っている方がいらっしゃると思いますが結構あります。関係の方がいたら本当に申しわけないのですが、例えば日比谷公園のほとりに、今はなくなった銀行さんが持っていた足元がすごく不安定な感じの印象を受ける本店があります。あれは投資転用ができなくて、多分取り壊しをすることになったのだと思います。そういうことにならないようにつくるのが保険会社の目的だと思っています。
この中には意匠の設計に携わっていらっしゃる方もたくさんいらっしゃると思います。それから、構造の担当者の方もいらっしゃると思います。建物をつくるときに、きれいにつくろう、格好いいビルにしようというのは大事なことだと思いますが、これは目的ではない。手段です。免震が効いて揺れを余り感じません、耐震性能が高いです、最近、CASBEEのSクラスを取得しましたという環境対応、これも全部目的ではなくて手段なのです。
設計の皆さんと話をしていて、いつも困ると思うのは、手段と目的がどこかで混線する。我々は、貸しビルの価値を高めることができるかどうかということが判断基準ですが、格好よくすることが何となくどこかで目的になっている。耐震性能を上げることが目的になっている。気がつくと、オーバースペックだったり、余分なものがついていたりということになりがちである。そこをどう抑えていくかというのがこれからの大事なテーマだと思います。
先ほど申し上げたように、我々は、所有しているビルもありますが、オフィスをたくさん借りているというアドバンテージを持っています。その中の1つとして、借り手の立場の立つことができます。「借り手に優しい」という表現にしましたが、借り手にとって、どういうビルがよいのかということを考えていくことが大事だと思っています。それも方策なのです。しかし、デザイン性や、環境性能など、そういうカタログに載せやすいものを優先してしまうために、借り手にとって便利なものや、優しさのようなことを犠牲にしている建物が実は結構あって、それをできるだけ減らしたいと思っているのです。
優しくないビルの例を幾つか挙げたいと思います。
窓際のペリカウンター。それから、その周りに柱がありますが実はここも賃料の対象になっています。例えば先ほどの丸の内のビルは、賃料は費用込みで坪単価が大体4万円から5万円の間ぐらいです。そんな高い賃料が柱の中の断面積にも賦課されているという事実を知っている店子さんは、そんなには多くない。
我々にも責任があります。利回りが上がっているように見せないと、投資対象として社内決裁がとれない。要は建築費をかけるからには、賃料が取れる部分を極力多くとらないといけない。それを有効面積といっているわけです。ある方に言わせると有効面積ではなくてカーペッタブル面積というのが正しいのだ、と。「カーペットを敷ける部分が実際に使える面積でしょう。そういうことをちゃんと測って、やってほしいですね」と苦言を呈されている方がいらっしゃいましたが、多分理論的にはそちらのほうが正しい。
それをやらないようにしているのは我々の方に責任があるわけですが、それに乗って、建築工事費がかかるところは全部有効だと言い切るのも、どうか。今は占有部分にあるものは全部占有面積だと定義しているわけですが、本当は間違いだと思っていて、正直言うと、テナントさんを案内するときに、それを指摘されないかとヒヤヒヤしている場合があります。

      
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