#03
交通事故より多い!?~家に潜む転倒リスク~

2023年9月22日

今枝 秀二郞
研究員

日本における交通事故の死亡者数は3,536人(2021年)で、20年以上減少を続けています。一方で転倒によって亡くなる方は2021年に初めて1万人を超え、交通事故死亡者の約3倍となっています。さらに、救急車で搬送される原因の6割が転倒によるものである他(2021年)1)、要介護の原因としても認知症・脳卒中に続き骨折・転倒は第3位を占めています(2022年)2)。そのような恐ろしい転倒ですが、転倒による死亡事故は家の中や庭で起きていることがほとんどです3)
※「場所不明」を除く

そこで今回は、ICTや新しい技術を用いた転倒予防について、海外事例を中心に紹介したいと思います。




 
図 転倒のイメージ4)

デジタル技術を用いた転倒研究のアプローチ ~新技術で転倒の発生を検知する~

転倒予防については、医療・看護系を中心に運動療法や身体介入などの臨床的な予防策等が実施されており、多くのデータが集まっています。ただし、こうした医療系の転倒予防のアプローチでは、運動療法等の身体への介入によって転倒(一度転倒してからの再転倒を含む)を起こさないようにすることに主眼が置かれており、どのような状況で転倒したか、あるいは建築的にどのように転倒を予防するかという環境条件については考慮されていません。

2000年代より、デジタル技術の発達によって画面上に映っている人の動きを検知するシステム等が登場し、それに伴い「異常行動」としての転倒を検知する技術も向上しました。初期の研究には、加速度センサーを用いた高齢者の転倒検知システムの開発5)や、赤外線センサーを使った住宅内における転倒検知システムの開発6)等があります。

カメラを用いた転倒研究として最も重要な論文の1つとしては、2012年の高齢者施設で実施された研究7)が挙げられます。この研究では、カナダの2か所の高齢者施設の共用部に設置されたカメラ映像を用いることで130人から227件の転倒事例を収集し、高齢者の転倒事故の状況を記録・分析しています。研究の結果、転倒の原因で最も多かったのは誤った体重移動で、次につまずき、衝突、支えの消失、そしてふらつきで、滑りによる転倒は少なかったことが分かりました。また、つまずきの多くは椅子やテーブルの脚に足を引っ掛けることで発生していることも分かり、環境や家具のデザインの改善が必要であることが示唆される結果となりました。


 

 

 

図 高齢施設における転倒検知の事例7)

このように転倒研究におけるカメラの活用は多くの示唆を得られる重要なアプローチですが、一方でプライバシーの問題も生じます。特に転倒のリスクが高いトイレでの転倒検知においてはカメラの設置自体が難しいという課題があり、代替技術として熱画像を使用した方法も提案されています。2009年に発表された論文8)では、熱画像センサーによってトイレ内でのさまざまな転倒を97.8%の判別率で検知できることが示され、プライバシーに配慮しながらも転倒を検知することが可能となっています。




図 熱画像センサーを用いたトイレ内での転倒検知の研究事例8)

最新の転倒検知技術 ~転倒の発生をより正確に、素早く検出!~

 2000年代には研究レベルの実証が主だったカメラやセンサー等による転倒検知も、2010年代や2020年代には現場での実証実験や商品化されるケースが現れました。例えば、ドップラーセンサー及びモーションセンサーで転倒を検知し、異常があった場合に通知するサービス9)や、赤外線3次元センサーを用いて入居者の姿勢から転倒を検知し、事務所のPCや介護スタッフのモバイル端末に通知するサービス10)等はすでに商品化されています。特に、近年発展の目覚ましいAIによる画像やデータの判断により転倒の検知率はさらに高まることが期待できます。これまで病院等の現場では転倒の検知に離床センサーが使われていましたが、誤作動等の理由から電源が切られて活用されていないようなケースも多くありました。そのため、検知率が高いAI技術は従来の離床センサーに代わる仕組みとしても有効だと考えられます。

建物内以外に、屋外での転倒検知等の取組みも進んでおり、駅周辺街区にAIカメラを多数設置し、立ち入りの検知や人流分析と同時に転倒やうずくまり等をリアルタイム画像から取得するシステム11)が柏の葉キャンパス駅周辺街区に導入されています。

また屋内外問わずに転倒を検知するシステムとして、スマートウォッチに転倒検知機能が実装され(Apple Watchでは2018年9月発売のSeries 4より実装)、ウェアラブルデバイスによる転倒検知も標準的になりつつあります。このように、転倒の検知は身近な場所や物で、より広範囲に、より正確に分かるような時代になりました。

今後の展望

今回紹介したように、転倒の発生をいち早く検知し通報することで人々の安全を高めるシステムについては、社会実装が進んでいます。一方で、転倒の「予防」についてはまだ研究段階にあります。

日建設計総合研究所では東京大学、東京大学高齢社会総合研究機構、大阪大学、産業技術総合研究所、北海道科学大学と連携し、人の身体状況と住環境の両方からアプローチすることで、転倒リスクの可視化と予防対策の提案が可能なシステムの開発を目指しています。既に一部学会発表12)~18)等を実施していますが、将来的にはアプリ化等を目指しながら高齢社会におけるユニバーサルデザインの実現や、安心・安全なまちづくりへの寄与に貢献できるよう、今後も研究を進めていきます。

参考資料

1)厚生労働省:「令和3年(2021)人口動態統計(確定数)の概況」. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei21/index.html, (2022年9月16日)
2)東京消防庁:「救急搬送データから見る日常生活事故の実態 令和3年」. https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/nichijou/kkhdata/, (2021年)
3)厚生労働省:「2022(令和4)年国民生活基礎調査の概況」. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html, (2023年7月4日)
4)今枝秀二郞:「転倒骨折を経験した高齢者の居住継続に関わる建築計画研究」, 東京大学博士論文, 2020
5)Hangwei Qian, Xiuyi Fan : Fall Detection for the Elderly by Accelerometers, International Journal of Information Technology, 2003, vol.9, no.1
6)H. Nait-Charif, S.J. McKenna : Activity summarisation and fall detection in a supportive home environment, Proceedings of the 17th International Conference on Pattern Recognition, 2004
7)Stephen N Robinovitch, Fabio Feldman, Yijian Yang, Rebecca Schonnop, Pet Ming Lueng, Thiago Sarraf, Joanie Sims-Gould, Marie Loughin: Video capture of the circumstances of falls in elderly people residing in long-term care: An observational study, The Lancet, 2013, vol.381, no.9860, p.47-54
8)S. Kido, Tomoya Miyasaka, Toshiaki Tanaka, Takao Shimizu, Tadafumi Saga: Fall detection in toilet rooms using thermal imaging sensors, 2009 IEEE/SICE International Symposium on System Integration (SII), November 2009
9)PR TIMES:「介護施設向けドップラーセンサーとモーションセンサーを取り入れた次世代見守りセンサーロボット「ピースAIセンサー」販売開始」. 2018. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000036549.html, (2023年8月10日)
10)日本経済新聞:「グローリー、転倒検知システム発売 高齢者施設向け」. 2023. https://www.nikkei.com/nkd/industry/article/?DisplayType=1&n_m_code=152&ng=DGXZQOUF101YP0Q3A110C2000000, (2023年1月23日, 2023年8月10日)
11)一般社団法人UDCKタウンマネジメント, 三井不動産株式会社, 株式会社クリューシステムズ, ニューラルポケット株式会社:「国内最大規模、柏の葉キャンパス駅周辺街区にAIカメラ29台を設置 AIカメラを柏の葉スマートシティに導入 リアルタイム画像分析で、住民の安心・安全なタウンマネジメントを開始」, 2021. https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2021/0921/, (2023年8月10日)
12)今枝秀二郞、内山瑛美子、高野渉、 三浦貴大、角川由香、田中敏明、孫輔卿、松田雄二、 飯島勝矢、大月敏雄:多職種による住宅内の転倒リスク評価を目的としたアプリのプロトタイプ構築、日本転倒予防学会第10回学術集会、2023年10月
13)内山瑛美子、今枝秀二郞、三浦貴大、高野渉、大月敏雄:間取り情報グラフによる空間内移動情報の定量化、日本転倒予防学会第10回学術集会、2023年10月
14)高野渉:転倒検知AIアプリの研究開発、日本転倒予防学会第10回学術集会、2023年10月
15)内山瑛美子、高野渉、三浦貴大、今枝秀二郞、大月敏雄:「IMUを用いて日常生活環境下で計測された運動からの転倒リスク指標の抽出」、ROBOMECH2023、2A2-G16、2023.6.28-7.1
16)Takahiro Miura, Emiko Uchiyama, Shujirou Imaeda, Wataru Takano, Yuka Sumikawa, Toshiaki Tanaka, Toshio Otsuki, Augmented reality (AR) application superimposing the falling risks of older adults in residential settings and coping strategies, HCI INTERNATIONAL 2023, 2023.7.23-28
17)Emiko Uchiyama, Wataru Takano, Yoshihiko Nakamura, Tomoki Tanaka, Katsuya Iijima: "HEAD SHAKING TEST: HUMAN BALANCE ABILITY EVALUATION TEST BY ESTIMATING CONTROL PARAMETERS FOR FALL PREVENTIONS", The 6th Jc-IFToMM International Symposium(第29回日本IFToMM会議シンポジウム), 2023.5.12
18)今枝秀二郞:自宅での転倒リスクをヒトと空間から評価する~建築学の視点から, 東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻高齢者在宅ケア看護学分野講演, 2023.01.10