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黒木(㈱日本設計) 花田さんの2年後輩に当たる者です。大昔の大学に戻ったような話を聞かせていただいて泣きそうになりました。縁あって現地の建物を見せていただいて、そのときに県庁の方からいろいろご説明いただいた記憶がよみがえってまいりました。大変理論的な背景があるということも今日わかって勉強になりました。先ほどからロジカルに説明していただく話を伺って、大変意を強くしました。私も、若干ですが、保存系のことに関係していて、1つだけどうしても自分ではロジカルに解けていない問題があります。それは、嫌な記憶をとどめているので壊してほしいという問いなんです。これは幾つかの現場で直面して、答えられずにいます。
端的に申しますと、昭和20年代の建物はほとんどないんですね。身近な人に聞くと、貧しくて、町はすさんでいて、暴力的で、とても嫌な時代だった。時代が変わって、自分が若かったあのころのことを一切思い出したくない。だから壊してほしい。でも、建築的に見ると近代建築の時代で、それだけの価値のある部分があったりする。そういうことに対して、情緒ではない答え方が果たしてできないものだろうか。そこを乗り越えたくて何人かの方にお尋ねしています。最近の津波の遺構を残すかどうかという問題と若干似ているところもあって、どう答えていったらいいのか、ご示唆があればお願いします。
花田 本当に難しい問題ですね。植民地の建物もそうですね。韓国や中国に日本が当時つくった建物は現地で批判的に扱われて、壊されたりする。 
ただ、ちょっと他人事のような言い方になりますが、基本的には辛いものでも残すべきだろうと私は思います。つらい思いをしたから壊してほしいとおっしゃるその気持ちは一時的なものであって、100年、200年たったら、やっぱり残しておいたほうがよかったということになる可能性があるのではないかと思うんです。原爆ドームなんかまさにそうですね。あれは丹下さんがピースセンターの軸線を合わせたおかげで、逆に残ったとも言われていますが、現在、原爆ドームのない広島を想像することは難しい。ナチの収容所もそうですよね。基本的には、残すということから出発すべきだと思います。建物だから、壊してくれとおっしゃるけれど、これが文書や写真だったらそういう話にはならないでしょう。いろいろなことを記録した公文書を、つらい記憶だから焼き捨てろとはなりません。建物も、歴史的な史料だというクールな説明を尽くすしかないのではないかと思います。
僕も余り経験がありませんし、それぐらいのことしか今は言えないです。
宋(東京大学大学院) 今日の事例はモダン建築の小学校を保存・再生しただけでなく、もともと小学校として建てられて、使い続けて機能しているところがいいと思いました。自分の質問は、小学校ではなくて、例えばハウジング。そういう建物がある地方の町で、建物が意味があるから残すべきだという意見がある。人口が減っているので、住む人がいないときに建物を使い続けていく、建物自体が残っていくのが大事というところに焦点を置いて、商業的な利用をどんどん入れて、食べ物屋だったり、土産物屋だったり、そういう用途で埋めていく。そういう現象で、それでも建物が残って使い続けているからいいというところは、先生はどういうふうに思われますか。 
花田 コンバージョンですね。用途を変えて保存・再生をする。僕はそれはとても良いことだと思っています。団地を商業施設にという例は余り知りませんが、小学校の校舎は、全国津々浦々にあるので、用途を変えた例はたくさんあります。芸術家の集まりの場所にしたり、宿泊施設にしたり、いろいろなことをしています。文化財的な価値が高い場合は、用途変更まで受け入れるにはかなり変えないといけないのでつらいですが、そこまではいってない、そこそこの建築の場合は、とても有効だと思います。
宋(東京大学大学院) そういうときに、先ほど先生が使われた表現で、日常の場としての記憶は失せていってしまうところがあるような気もします。でも、建物を使い続けて残るからいいことなんだというふうに。
花田先生 そこがやはり設計の上手下手の話になってくる。仮に用途変更しても、きちっと考えていくと、もとの雰囲気を残すことは可能だと思います。
今日お見せした神戸の事例の中で移住センターというのがありました。私はその保存再生に関わりました。そのときに繰り返し設計の方にお願いしたのは、移住に関するミュージアムへ用途転用するところで変な展示計画をしないでほしいということです。建物の空間そのものが展示なんですよというお願いをした。当時そこで研修を受けてブラジルに渡った方が久しぶりに日本に来られて、あの建物にいらっしゃる。するととても懐かしいとおっしゃいます。用途を変えてもデザインさえちゃんと考えたらいろいろなことが可能だと思います。
保存再生の問題は、残せ、残してくれと言っているだけだと絶対うまくいかない。こんなふうに使えますよということを同時にアピールしていくことがすごく大事だと思います。最初お見せした古いお城や神社の保存とは違いますから、使い続けるための案を示すとわかっていただきやすいし、こちらもやっていておもしろいというと思います。
林 建築というのは、負っている遥かな時間を現在に受けとめて、未来につなげていく。多くの人たち、使う人、つくり出した人、大きなテーマが、建築の保存というテーマにかかわってくると思います。今日は本当にドラマを聞かせていただきまして、うれしく思っております。ありがとうございました。
花田 日土小学校は、普段見学をお断わりしています。学校として使っていますので。そのかわり、春休み、夏休み、冬休みと長期の休みには必ず、教育委員会が主催の見学会をやっております。私も学生と一緒に行きます。ぜひ、現地に来てください。心が洗われるのではないかと思います。
林 ぜひ桃源郷へ行ってください。
花田先生、本当に今日はありがとうございました。(拍手)

(了)


 

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