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政治の拠点、経済の拠点、情報の拠点、空港というのもあろうと思います。それをどうするのかというのを同時に考えて、二元論的なことを考えていかないと、東海・東南海・南海の減災計画ばっかりやっていても、日本は立ち行かなくなるというのはおわかりだと思います。
私がもう1つ提案したいのは、スマートキャンパスシティです。この先進例がアブダビにあります。今はスマートシティを東北の高台につくるのがいいということになっています。そこに太陽光のパネルや風力発電をしながらITでコントロールしたスマートシティができるんのではないかという話です。それにいろいろな企業がノウハウ、企業のメリットを注ぎ込めるのではないかというわけです。
ところが、1つ1つ見てみると、僕はいろいろ問題があるような気がします。時間がないので申し上げませんが、例えば太陽光パネルの今の世界のシェアのトップ2は中国です。太陽光パネルを大々的に入れることを前提にするスマートシティを仮に考えたときに、そこは中国のマーケットになってしまう。
(図63)
それを少し引いて考えてみたいと思います。今、世界中そうなんですけど、特に日本の大学に「第二の死」が来ているといわれています。大学は先ほどの資本主義がスタートしたのとほぼ同じ頃に、ヨーロッパで生まれました。知の生産、知の伝播をそこでやったわけです。それ以前の中世時代は国家は十分成立していませんでした。国家が確立して、国家を支えるためのいろいろな技術、思想等々を確立したり伝えていくというのが大学だった。ところが、先ほど話しましたけれども、印刷革命で大学にいる人間以外の人間が思想、哲学、経済を含めての理論を出すようになりました。それが多くの人に伝わり、世界中に伝わったわけです。そうすると大学が存在する意味がない。ここが一番最初の大学の死なわけです。
ところが、19世紀にたくさんの戦争を経て、また、冷戦もありました。国家、国民をどう考えるべきかという議論があって、それを大学が支えた。それで生き返りました。ところが、現在は、大学が危機的な状態になっています。、大学に行かなくも世界中の大学の有名な先生の授業を受けられるのは皆さんご存じだと思います。研究にしても、大学に落とされる研究費はごくわずかで、民間の科学研究を推進する研究所のほうが莫大な予算と莫大な投資と成果を上げている。そうすると、大学で何を伝えるのか。
もう1つ、19世紀から20世紀にかけて、国家として信頼してきたもの、つくり上げなければいけないと思ってきた像が薄らいできている。今、国家間の闘争よりも、宗教間の闘争のほうが多い。超民主主義というのがこの後来るだろう。そうすると、国家という概念はなくなるとまでいう人もいます。そうすると、大学というのは何をすべきなのかということが大学人自体わからなくなってきた。
もう1つ、特に日本の場合は大学がたくさんあります。大学の定員のほうが進学する学生より多いわけですから、誰でも大学に行けるわけです。そういう意味で学生の質が低下する等々あります。
これはヨーロッパでも同じことが言えます。ヨーロッパではどうやっているかというと、例えばドイツの大学はアメリカのトップの大学、アジアのトップの大学と連携をしながら、先生同士のやりとり、学生のやりとりをしています。ヨーロッパに拠点があるけれども、世界中から学生が来て、世界中から先生が来ていると、そこに入る学生のモチベーションが高くなる。それは社会に対する影響が大きい。それを中国はやり始めました。
日本はそれに二歩も三歩も遅れています。大学の危機です。ところが、やはり大学は大事だと社会的にも考える人が多いですし、なくなると国家にとってダメージが大きいわけです。先ほど申し上げましたこれから伸びるであろう地域、これから世界の経済を支えるであろうアジアを意識しながら、中国、韓国、マレーシア、シンガポール、そういうところの大学と連携して、東アジアのネットワークの中でどういうふうに自分たちの大学を考えるのかということが、日本の大学が生き延びるすべだと思います。
そこで、「有用な知」。「有用な知」というのは技術に近いですね。「リベラルな知」というのは、国家を支えるリベラルな知というのもありましたが、21世紀の民主主義を支えるようなものが多分リベラルな知になるんだと思います。そういうものをきちんとサポートする大学の連合、コンソーシアム、これが「第二の死」を乗り越える方法だろうと思います。これは大学にいた実感として強く思います。
(図64)
それと東北の復興をどういうふうにクロスするのかということが、僕は大事だと思います。例えば韓国。韓国は国土の開発軸というのがありまして、それぞれの地域の役割を決めています。
首都圏、地方、もっと田舎もありますが、開発目標をエリアごとに決めています。具体的に何するかということを考えています。その中で大学は何をするのかというのをはっきりさせているわけです。偏差値がこうだから、入りやすいから大学に入るけれども、そこの大学は地域とどういう関係があるのかよくわからないというのではなくて、地域のこういうことを支えるために大学がこういうことを振る舞うということをやっている。そうすると、例えば研究所の提供など大学に対して民間のドネーションや、国際的に有名な先生たちがそこに集まるようになる。そういうかなりダイナミックなところと開発目標がつながって着実に成果を上げているのが韓国なわけです。
(図65)
同じようなことが日本でできるかどうかわかりませんが、特に国立大学が大事かと思います。国立大学は今86あります。これをどうに意識したり、次のステップをどう考えるかということだと思います。僕がこれを考えるべきだと思った理由は、3月の中旬ぐらいから今まで東北に何度か行っています。各大学の学生あるいは夏休みを利用した若い人たちがボランティアで入ってきた。そうすると、大学で教えてもらったこと以外のことを演習のように彼らは体験しているわけです。自分が何を社会にしなければならないのか、あるいは自分が学んできていることをこれからどういうふうに生かしていけるのか、初めて理解したという学生がたくさんいるわけです。
(図66)
東北に大学が少ないから大学をつくりましょうということを申し上げるばかりではない。確かに岩手にもう1つ大学をつくりたいという話は今動いています。少ないのはは国立大学だけで、私立はもっとたくさんあります。体育を学ぶと体育の実習があります。それと同じように、東北のエリアを、仮に座学ではなく演習をする場と理解をすると、どうなるだろうか。
(図67)

今ここで復興計画が動き始めています。仮に日本海側の3県がそれをサポートするような発展計画をつくったり、国全体が、あるいは東北全体が、各県が連携しながら復興を考えたとしましょう。私は仮にスマートキャンパスシティといっていますが、これはそこに大学をつくれという意味ではありません。日本中の大学、アジアの大学の学生がそこに来て、3カ月なら3カ月、そこで演習をする、あるいは現実の場に対峙して自分たちの可能性を試す、そういう場所をつくる、ということでも構わないのではないか。そこをスマートシティにしていく。

 

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