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岡田 皆さん、こんばんは。大阪の近畿大学から参りました岡田昌彰と申します。
このたびは、このようなすばらしい会場で講演させていただけるということで、大変光栄に感じております。ファシリテーターの西村さんを初め、今日お集まりいただいた皆さんに、まずこの場をかりて深く御礼申し上げたいと思います。
私はもともと土木工学を専攻していました。大学院からは景観工学を専攻して、今も同じようなテーマで研究しております。西村先輩とは15年ぐらい前、私たちの師匠の中村良夫先生が設計された古河の公園を見学に行ったときに知り合いました。こんなおもしろい先輩がいたのかと感激しました。その後もアメリカで産業遺産を専門に撮影されている写真家を紹介していただいたり、事あるごとにいろいろおもしろい企画にまぜていただいたりして、いろいろお世話になり続けています。そして今回、このようなテーマで何かやってみないかというオファーをいただきました。
私は工場景観(テクノスケープ)、産業遺産、土木遺産を中心に研究をしておりますので、今回もそういった内容を話すことになるのかと思っていたのですが、最初にいただいたお題が何と「散歩」だったんですね。私は、散歩はもちろん個人的には好きなのですが、西村さんのように大々的に団体をつくって散歩を実行するという経験はありませんし、ましてや散歩というものをあまり真剣に考えた経験がなかったので、最初は怯みました。しかしいろいろ勉強するうちに、このテーマの中には景観を考える上で有益なヒントがたくさん埋まっているのではないかとつくづく感じました。
今日はいつもの講演のように、自分の研究成果としてまとまった議論をビシッと皆さんにお伝えできる状態ではないですが、「こういった見方や可能性も実は散歩にはあるのではないか」「散歩が景観とどのように結びつくのか」ということを若干試論的に考えてみましたので、そちらを皆さんにご覧いただきたいと思います。
(図20)
まず最初に、テクノスケープについてご紹介します。いわゆる工場景観です。後ほど幾つか写真をお見せいたしますが、このテーマで、私は修士論文の時代からかれこれ20年ほど研究をしています。このテーマに出合うための大きなきっかけの1つとなったのが、修士時代の留学先であるアメリカのシアトル市にある「ガスワークスパーク」という公園です。昔の古い工場跡地を、1970年代に公園として再開発したものです。
その設計者であり、私の学生時代の留学先、ワシントン大学の名誉教授でもあるRichard Haag先生から4年ほど前に、「私の友人でJay Appletonというおもしろい先生がいるので訪ねてみたらどうか」と言われました。景観工学を勉強された方は恐らくAppleton先生のお名前はご存じかと思います。1919年生まれで今年95歳ですが、今もお元気です。この先生は地理学者。イギリスのハル大学の名誉教授です。当時私はイギリスのケンブリッジ大学におりましたので、すぐにコンタクトをとって訪ねてきました。その後、実は中村良夫先生も、Appleton先生を30年ほど前に訪ねられたということをお聞きしました。30年前の中村先生は、ちょうど今の私と同じくらいのお年であったかと思いますが。
(図21)
Appleton先生の著書に『風景の経験』があります。日本語にも訳されています。ほかにも著書はいろいろありますが、先生は「眺望‐隠れ場理論」というものを打ち出され、人間は生物としてどういうところに心地よさを覚えるのかということを明らかにされました。風景美学の大家と言われる方でもあります。さらに興味深いのは、Appleton先生は詩人でもあることです。詩の本もたくさん出版されています。
(図22)
私は3年前にAppleton先生のご自宅を訪ねてきました。先生はお元気で、夜遅くまでいろいろお話ししました。私がテクノスケープに関心があるということは数年前からAppleton先生にメール等でお伝えしていましたが、Appleton先生は「私もすごくテクノスケープには関心があるんだよ」とおっしゃいました。
(図23)
Appleton先生の本の中にはそういうことはあまり出てこないので意外だったのですが、先生は「私の詩を読んでみてくれ」とおっしゃって、このような詩を紹介されました。「RED SKY AT NIGHT(夜の赤い空)」です。今日は全文を訳す時間はないのですが、「私は溶鉱炉が好きなんだ」というようなことをこの詩の中で詠まれているんですね。真っ赤に燃える深紅の炎や、そういった工場の姿に先生はすごく魅力を感じておられる。詩の中でもそのように書かれていますが、実際にお会いして、お酒を飲みながら先生はさらに熱く語られました。
テクノスケープは新しい景観論だと自分は思っていたのですが、実はこのような古典的な景観論をずっと追求されてきた先生も、テクノスケープに深い関心を持たれていたことはある意味想定外で、大変楽しい驚きを持ちました。
(図24)
もう1人、これも大変有名な方ですが、吉田初三郎さんという鳥瞰図を描く絵師がいました。「大正の広重」とも言われている方です。この方はいろいろな絵を描かれていますが、その中にも、例えば八幡市(現在の北九州)の八幡製鉄所の工場や、室蘭の工場の夜景を描いています。この施設自体は既に取り壊されてしまいました。こういう絵を自分はあまり見たことがなかったので、これを初めて見たときはすごく驚きました。この絵から、吉田初三郎の目を通した工場風景の見方がわかるわけです。
 ここで、テクノスケープというものをあまりご覧になったことのない方もいらっしゃると思いますので、幾つか事例をご紹介したいと思います。
(図25)
 これは山口県の周南市にあるタンク群です。かつての徳山市です。最近合併して周南市になりました。ここは瀬戸内海沿岸にありますので、多島海の風景が背後にあります。また、周南市は一部海岸近くまで山がかなり切り立っています。高台からこういった工場景観を俯瞰することができるわけです。
(図26)
15 夜になると、これが非常に美しくなる。また後ほど出てきますが、最近はいわゆる「工場夜景」が、日本全国あちこちでアピールされ始めています。実は今まであまり観光資源について考えたことがなかったという周南市においても、新しい観光資源として注目されています。こういった景観を見に来る人が増えてきましたので、工場の景観をめぐるツアーが企画されています。毎回かなりの集客があって、すぐに定員がいっぱいになってしまうという状況だとお聞きしております。

(図27)
これは工業地帯のすぐ横にあるホテルです。夜景評論家の丸々もとおという方のプロデュースで「工場夜景の見えるホテル」として売り出されている。恐らくこのホテルを建てたときには、そういう意図は無かったでしょう。工場などに出張される方の便を図って建てられたホテルだと思いますが、今は工場夜景の見えるホテルであることが売りになるというようなことが起きているわけです。ここには私も実際に泊ってみましたが、なかなか美しく、普通のホテルとは違う味わいがあると思いました。

 

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