→日建グループへ





 PDF版はこちらです→ pdf


(図7)
都市を理解していく上で、創造的都市という目から見ると、知識あるいは人間の能力に付随する極めて本質的な特徴というものを幾つか指摘しておかないといけないと思います。これは今後の都市の発展を考えていくときに極めて重要な要素だと思います。
1つ目は、難しい英語です。「inappropriability」。今、ちょっとブームは下火になりましたが、内生的経済成長論という有名な経済理論があります。そこで何人か有名な業績を残した人たちがおります。私も同じような論文を1986年に書きました。ところが、この言葉を思い浮かばなかった。私は、「endogenous public good」という言葉を使って同じような概念を表現したのですが、もっといい言葉、「inappropriability」があった。日本語に翻訳できない言葉です。どういうふうに訳したらいいか。
私は品物を持っています。これを石原さんに売りました。そうすると、私の所有権はなくなります。普通の財の取引ではそういうことが起こります。ところが、知識はそういうことが起きないのです。私は学生にいろいろなことを教える。その知識は当然聞いている側にも行きますが、私の中にも知識は残ったままなのです。売買すると両方に残っていく、この性質を「inappropriability」と言います。日本語に訳しようがない。経済成長はどこで起こるのでしょうか。物の場合は売買の限界があり、貴重品は売ってしまうとなくなってしまう。ところが知識は全員が持つようになってくる。同じことをコピーできる。ここに経済成長の源泉があるのです。今の内生的経済成長、今の経済成長を説明する理論として「inappropriability」というのは強力な理論です。なおかつ、その知識というのは、自己生産し、自己投資する。自分で時間を使って身につけないとだめだということです。
もう1つは、「部分的排除性」。これも難しい言葉です。先ほど知識は誰にでも伝わると言いましたが、これは反面、嘘があります。情報は誰にでも伝わりますが、知識はそうではない。知識は理解できる人の間でしか広まらない。理解できない人の間には広まりません。これが知識だということです。
現在、ニューヨークには膨大な数のファイナンシャル・アナリストがおります。世界で一番集まっています。2位がロンドン。その次がシカゴ。4位がフランクフルト。そういう順番になっていく。例えばドクターを持ったファイナンシャル・アナリストがニューヨークにどれだけいるか、専門家がどれだけいるか、比較できない。実はニューヨークでプロフェッショナルとしてのファイナンシャル・アナリストの数はフランクフルトの人口より多い。世界の半分以上はニューヨークに集まっています。それはなぜか。今、彼らは難しい専門的知識を使っている。たとえば非線形の発展方程式をすぐに解くような差分スキームを開発して商品化している。それだけの知識を持っている人間が、例えば京都大学に何人いるか。理学部にはいるかもしれませんが、ニューヨークにはゴロゴロいます。
この3つ目の性質、これが都市の集積を決めてしまっている。わかる人しかわからない。これが現代都市の抱えている一番の問題点であり、同時に比較優位性の源泉になっていると考えていいと思います。
(図8)
20世紀の最初に、アリン・ヤングという先生が、経済成長の源泉は幾つかあると言っています。先ほど述べたことを集約化したものです。
(図9)
以上のバックグラウンド、基礎的な理論を踏まえて、今後の世界、これからの21世紀を考えるに当たって何が問題になってくるかを一緒に考えてみたいと思います。
これも実は私が言い始めたことではありません。マイケル・スペンスというスタンフォード大学のビジネススクールのディーンを10年ほどされていた人がいます。私も個人的に面識はあります。彼はノーベル賞を取りました。その後、スタンフォード大学のビジネススクールの大学院長となり、アカデミアの世界からほとんど去っていましたが、10年後再び戻ってきました。彼は、当初、情報の経済学を研究していたのですが、復帰後は全く違う研究を始めました。ちょうどリーマンショックが起こる前に、彼は、有名な「スペンスレポート」を発表しました。
その中で、彼は、今の経済成長率が続いていくと今後どうなるかということについて、いろいろと予測しました。今の経済成長率を全ての国が維持できると仮定すると、2050年までに今で言う開発途上国は、ほとんどなくなる。200強の国が世界にありますが、そのうち185カ国以上は中流国以上になる。残りの数十カ国は残念ながら開発途上国にとどまらざるを得ないけれども、そのほとんどは島嶼国であったり小さな国である。アジアでどこが発展途上国として残るかというのは大きな疑問です。ネパールは残るかもしれないが、ほかの国は全部成長を遂げていきます。人口でいえば世界の95%弱が中流国以上の人口になってきます。
もう既に、インドも含めたアジア諸国の人口は、アジアサークルの外側の人口より増えてきています。あと10年で先進国の人口を、残りの国の中流所得層の数が抜いてしまいます。中流所得層が圧倒的大多数を占める世界になるということが、間近に迫ってきています。今の計画が順調にいけば、2015年12月にアセアン統合が起こります。アセアンはヨーロッパ統合とは違い、人的資本の統合です。いわゆるナレッジレーバーは自由にアセアンの中を移動できるという社会が訪れます。
今、アジアの大学は英語教育に力を入れています。アセアンの中での比較優位を保ちたいということで目の色を変えました。ミャンマーですら変えた。ミャンマーは長い間、英語教育を禁止しておりましたが、昨年の12月に方針を180度転換しました。ヤンゴン工科大学は、今まで学部学生を全くとっていませんでしたが、学部学生の入学を認めました。認めた途端に英語教育です。初等教育から英語教育を始める。昔のビルマの時代に戻ろうとしている。このように、今大きな勢いでアジアは動いています。世界からミャンマーに人がどんどん帰ってくる。AIT(アジア工科大学)の副学長は、以前はデルフト工科大学にいた女性の先生ですが、去年の12月にヤンゴン工科大学に戻りました。新興国、特に中国が多いのですが、オープンジャーナルという英語のジャーナル、おびただしい数の国際ジャーナルを発刊しています。
(図10) 
そういう中で、21世紀の世界経済レジームは一体どういうふうに変化するだろうか?。スペンスが投げかけた大きな課題です。20世紀には、先進国は知識、研究、そして教育を初めとする人的資本集約型の活動に比較優位がありました。先進国で新しい技術開発をする。新しい知識が生まれる。成熟すると、安い労働力を求めて世界中に生産拠点が移っていく。これがプロダクトサイクルで、20世紀を支えた1つのパラダイムだった。ところが、先ほど言ったような状況になっていったら、一体どうなるのか。21世紀、高度な人的資本市場のグローバル化、知識労働者というのはどこにでも行くことができます。先進国と新興国の間で人的資本のストックに差が少なくなってきました。しかも、新興国の経済規模が非常に大きくなってきました。こういう状況の中で、20世紀の先進国は何で飯を食べていけばいいのか。これが必ずしも自明ではなくなってきました。
彼は、この問題を世界中に問いかけた。それがスペンスレポートの骨子です。この答えは、先進国はそれでも知識、研究及び教育を初めとする人的資本集約型しかないだろう。技術革新、技術開発、ここで勝負していかざるを得ないということです。ますます競争は厳しくなる。それは覚悟の上で、どういう戦略を打っていけばいいかということを考えていかざるを得ないのです。
(図11)
こういう状況の中で、日本経済も含めて先進国経済が抱えている大きな問題の1つは先端技術のコモディティ化です。先端技術が、どんどん安くなってきている。半導体はもうハイテクとは言えない。1つ1つの製品の値段は安いですね。コンピューターも安い。携帯もとんでもない値段になってきている。せっかく技術開発をして、大変な資金を投じてつくり上げた製品も、レッド・オーシャンの中で、価値が毀損していく、安くなってしまう。これをコモディティ化と言います。
もう1つ、この国の問題として、ガラパゴス化ということが言われています。ガラパゴスに失礼だ、日本化と言えと怒られたこともありますが、日本化現象。異常にハイスペックで、現地の輸出先のコンテクストを無視してやっていく、これがガラパゴス化です。私は、ガラパゴス化自体は悪いことではないと思っています。どんどんガラパゴス化をすればいい。「ハイコンテクスト化に基づいた国内技術投資とコンテクストの海外ローカル化を同時に達成せざるを得ない。ガラパゴス化は問題ではない。問題は技術のコモディティ化を防ぎながらガラパゴス化をどうローカル化させることである」と主張したい。国内で技術の高度化を達成しない限りその技術の輸出は無理ですね。その1つの日本的なインセンティブがガラパゴス化にあるのであれば、これをどんどんやっていけばいいわけです。ただ、それをそのまま持っていくから失敗する。そのまま持っていったのではだめです。
その一方で、コモディティ化。これは大変です。せっかくの技術投資が回収できない危険性がある。2番国、3番国にコピーをされてしまう。それではたまったものではないということです。もちろん特許などで部分的には守れるかもわかりませんが、万能ではありません。

 

 

        10 11 12
copyright 2012 NIKKEN SEKKEI LTD All Rights Reserved