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(図26) 
では、第2のモデルにいきたいと思います。
トルストイの「アンナ・カレーニナ」という小説があります。映画にもなりました。冒頭のシーンで、列車の飛び込み自殺が起こる。それをアンナが見ている。アンナは最終的に飛び込んで自殺します。それを暗示している光景です。そのトルストイの最初のページに「幸せな家庭は皆同じように幸せだけれども、不幸な家庭はそれぞれの形で不幸なんだ」という書き方をしています。貧困というのは1つのモデルでくくれない。いろんな貧困の形がある。極めて多様であるということです。
それをもちろん束ねてやらざるを得ないということですが、その中でどれだけのカスタマイゼーションがやれるか。ここに1つのかぎがある。それと合わせて同時に、スケーラビリティーと我々は言いますが、市場性というものをどれだけうまく整合をとっていけるかが問題になってくる。そこの都市の装置あるいはビジネスのありようというところでブレークスルーが出せるかどうかだと思っています。
(図27)

今私どもがビジネススクールでやっている1つのプロジェクトの事例を紹介したいと思います。
私が代表でやっているものです。この図自体はうちの若い先生がつくり上げたものです。先ほど言いましたシリコンバレー/ハリウッドモデル。これは膨大な固定費を投資して、世界のマーケットを相手にして利益を上げていく、こういうモデルです。シリコンバレーのような巨大な集積をこの国で実現できるかというと、はっきりいって不可能だと思います。考えてみても、シリコンバレーの人口は京都市より多い。京都市の全員が博士を持っていて、しかもハイテクの企業で働いていて、家に帰れば京都市民の半数が日本語以外の言語を話している。そういう町をこの国でつくれるかというと、無理だと思います。それだけ国境を開いてしまえば別ですが、これは物すごく大きな選択です。シリコンバレーにそれだけの集積が起こって、シリコンバレー/ハリウッドモデルを世界的スケールで遂行していっている。この国の場合、分野を限るとかスケールを小さくする、シリコンバレーとの協力関係に持っていくというビジネスモデルのありようはあるかもわかりません。
 
もう1つ、「もえモデル」という別のモデルがあります。うちの卒業生で起業した面白いやつがおります。私のところにやってきて、彼いわく「先生、おたくというのをばかにしたらあきませんよ。おたくというのはすごいんです。どんな物事でも、それをピンポイントで攻めていけば、世界には最低2千人くらいの顧客はいます。それをつかまえられるかどうかだけの問題です。」と言うんです。ピンポイントになればなるほど人は集まる。「例えば、第23代ウルトラマンのファンがおります。第23代ウルトラマンのおたくは、第24代には興味はないんです。」ピンポイントのことに対して、どれだけ顧客を集めてこられるか。顧客を集約化したらビジネスはできる。都市もそういうふうな都市があってもいいのではないかということを言い出した。おもしろいので、サポートしてやらしています。それを「もえモデル」と私は呼んでいます。
(図28)
アーキテクチャと書いております。今、世界はモジュラー型のアーキテクチャです。部品に分解してコンポーネント、モジュールとして組み合わせていく。モジュールは1つ1つ標準化をしていく。世界ではやはりこれが強い。日本が強かったのはインテグラルアーキテクチャです。分解しない。1つの製品としてチューニングしてチューニングして、つくり上げていく。これは、日本は世界に冠たる能力を持っています。代表的な製造業である自動車メーカーは、昔はインテグラルアーキテクチャでした。しかし、自動車メーカーでもだんだんモジュラー型に移行してきている。インテグラルなアーキテクチャの見せ場が本当にないのかを考えていく必要があるということです。
(図29)
日本企業は、「擦り合わせ」技術を遺憾なく発揮し、世界に冠たるインテグラル製品をつくり出してきた。モジュール化による標準化競争は続いていくでしょうが、モジュールをベースとしながらも、現地のローカルコンテンツを踏まえてインテグラル化していく戦略が1つのシナリオであり、正攻法のように思えます。自分の経験から言うと、理論的にきちっと証明できているわけではないのですが、1つの方向性としてはあると思います。それがここで言うそれぞれの国の実情に合ったしなやかな標準であり、日本的「擦り合わせ」の技術が必要とされるということです。
(図30) 
この国はなぜインテグラルなのか。コンテクスト社会なんです。コンテンツとコンテクスト。「これははしです」。橋と箸。コンテンツでは区別がつかない。どちらも同じ「はし」です。しかし、我々は「はし」と聞いても、その人がどういう文脈で言っているのかということで意味を酌み取ってしまうという性格がある。得意芸。ましていわんや、家では私の得意な表現です。皆さんもそうだと思います。例えば、「あれ、とって」、「あれ」、「これ」、「それ」で済ます。話が通じるわけです。これが通じるのは極めてハイコンテクストな社会です。英語社会ではこんなものは通用しません。
(図31)
言葉や文章などの前後関係、背景知識あるいはそれにかかわる事情、文脈。コミュニケーションにおける意味づけのことをコンテクストと呼びます。
キティちゃん。あれも極めて日本的なコンテクスト文化といっていいですね。サンリオはキティちゃんのマークのコピーを許しています。ディズニーランドとは正反対のポリシーをとっている。ディズニーランドは手を加えたら全くだめですが、サンリオのキティちゃんは自由に手を加えていい。ロゴを使いたい企業は自由にキティを変形してもらって結構だ。ただ、ポイントを外してもらったら困る。リボンをつけてほしい、キティは口がないから口はつけをるな、それを守ってくれれば、いかように変形しても、それは認めますよと。全く正反対の文化です。ロゴのコアの部分を守れば、あとはそれぞれのコンテクストで自由に読み取ってくださいというのが日本型の1つのビジネスモデルだということです。
コミケ。先ほどオタクという話をしましたが、これは自費出版の漫画のコミックのマーケットです。晴海で開催されて、膨大な売り上げが出ているということです。オタクの世界だけでも、大規模なマーケットになっています。

 

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