#05
「ウォーカブル」なまちをどう測る?

2024年1月22日

中島 侑江 研究員

松縄 暢 
主任
研究員



「ウォーカブル・シティ」や「ウォーカブルなまちづくり」といったキーワードを耳にしたことはありますか?「ウォーカブル・シティ」とは、歩行者を中心としたまちづくりのコンセプト、およびその考え方に沿って実現されたまちを指し、こうしたまちづくりの方向性は世界的なトレンドとなっています。日本でも国土交通省が、「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくりの推進に向けて、法律・予算・税制などのパッケージによる支援を進めており、「ウォーカブル推進都市」には358団体が賛同しています(2023.11.30現在, 1))。
では、私たちはどのような街であれば「この街はとてもウォーカブルだね!」と言えるのでしょうか?歩きやすさの評価方法には「環境(統計)情報に基づく評価」と「アクセシビリティに基づく評価」の大きく2つのアプローチがあります 2)

「環境(統計)情報に基づく評価」は、歩行距離は考慮せず、一定のエリアを評価単位として、各エリア内の施設密度などの環境(統計)情報を用いる点に特徴があります。その代表的な指標の1つに、Frankらが開発したWalkability Index(FWI)があります。交差点密度、土地利用混合度、世帯密度といったデータから歩きやすさを評価する指標であり、多くの研究論文で引用された実績のある指標です。

一方、「アクセシビリティに基づく評価」は、道路ネットワークデータ等を用いて、施設等の目的地までの移動に着目する点に特徴があります。その代表的な指標として、アメリカのウォークスコア(WS)があります。WSでは、9つのカテゴリのアメニティへの最短経路に対して特定の距離減衰関数を用いた評価と重み付けを行うことで、スコアを算出します。発祥国であるアメリカでは、大手不動産検索サイトでWSが掲載されるなど、一般ユーザー向けにも広く普及しています。しかしながら、指標の算出に必要となるデータ(例えば、正確な道路ネットワークデータなど)がどこでも手に入るわけではないという側面もあり、現時点でWSが提供されているのはアメリカとカナダのみにとどまります 3)


図1 指標によって歩きやすさの評価に必要となる変数が異なる 2)

日本のウォーカブル指標:Walkability Index

日本版の歩きやすさの指標としては、日建設計総合研究所が国立大学法人一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科(清水千弘教授)の監修のもとで2020年に開発した『Walkability Index(WI)』(特許出願済)があります。ある地点から徒歩で到達できる範囲に、生活利便施設、商業・レジャー施設、教育・学び施設といった「都市のアメニティ」がどれだけ集積しているかを、株式会社ゼンリン提供の各種データ及び都市に関するオープンデータを用いて算出しています。
 
WIは、歩行者ネットワークデータを用いて各アメニティまでの歩行距離を考慮していることから、前述の「アクセシビリティに基づく評価」に分類されます。同じ分類の指標としてアメリカのWSがありますが、日本のWIは、アメリカよりもはるかに高密度な日本の都市を適切に評価する上でさまざまな工夫が施されています。例えば、「スーパーが家から徒歩15分にあるよりも、徒歩5分にあった方が嬉しいこと」(効用の距離減衰)に加え、「徒歩圏内にスーパーが複数あれば嬉しいが、10件も20件もあってもそこまで嬉しさは増えないこと」(限界効用の逓減)なども考慮に入れた評価方法が構築されています。
 
また、日本の都市は、鉄道網が高密度に広がり、駅や鉄道沿線に市街地が発達しているという特徴も考慮する必要があります。この特徴により、例えば、目の前に見えるスーパーでも、線路を挟んだ向こう側に位置している場合は、そこに高架や踏切がなければ遠回りをしなければいけないという場面が生じえます。線路だけでなく、横断できるポイントが少ない幹線道路や川、新宿駅のようなターミナル駅等でも同じことが起きるため、普段の生活で似たような場面に出くわした経験は、皆さんも少なからずあるのではないでしょうか。これは、ある施設までの「直線距離」と実際の「歩行距離」の乖離が大きい状況と言えます。この特徴を踏まえつつ、前述した歩きやすさの2つの評価方法を考えると、ある一定エリア内の統計データを用いる「環境(統計)情報に基づく評価」では、日本における実際の歩行距離を十分に反映できず、歩きやすさの評価結果が人々の感覚から大きくずれてしまうおそれがあると考えられます。
 
実際に、横浜市民を対象として、歩行量とWI、FWIの関連性を検証した研究 4)では、1日の歩数に対するt値がWIの方で高い結果となりました(表1)。これは、WIがFWIよりも歩行量をより正確に予測していることを示し、WIのスコアが高いエリアでは住民の歩行量が確かに多いことが明らかになりました。
 

   


図2 横浜市のスコア分布(左:日本のWI, 右:FWI)4)


表1 1日の歩数に対するGLMMの結果(ポアソン分布)

Coef.:非標準化係数 , GLMM:Generalized linear mixed model 一般化線形混合モデル, AICs:赤池情報量基準
4)より抜粋

都市がウォーカブルだと、どんなメリットがあるのだろう

そもそもなぜ、これほどまでに都市のウォーカビリティが世界で注目されているのでしょうか。利便性が高まることで、都市の活力が生まれ、持続可能かつ高い国際競争力を持ったまちづくりにつながることはイメージしやすいでしょう。その要因をJeff Speck 5)は「特に若いクリエイティブな人々にとって都市での生活が魅力的であり」、「都市部を好む住民が人口の多数を占めつつあることで都市への需要増加を生み出していること」や、「歩いて生活できるライフスタイルを選択した世帯ではかなりの節約効果があり、その節約分の多くは地元での消費に回されていること」であると指摘しています。

もちろん、健康面でのメリットも無視できません。まちがウォーカブルであることは、住民の歩行量を増加させ 4)、高血圧リスク 6)や肥満のリスク 7)を低減します。また国土交通省では、各種研究から「歩く」ことの医療費抑制効果が0.065~0.072円/(歩・日)(=1日1,500歩の歩行量増加で年間約3万5千円の医療費抑制効果)になると推定しており、歩行量をまちづくりの施策効果の指標の1つとして捉えています 8)
 

Walkability Indexの今後の展開

近年ウォーカブルに関する研究では、ウォーカブルの要素として既往指標の主な関心である「利便性」だけでなく、「安全性」「快適性」「楽しさ」も重要である 5)ことが指摘されています。日本のWIでも、ベーシックな施設充実度(利便性)のインデックスに加え、高低差スコア、みどりスコア(快適性)を算出可能とするなど、ウォーカビリティ評価指標としての機能拡充を進めています。WIは国土交通省によるまちづくりのDX*事業「Project PLATEAU」において一部データの一般公開 9)を行っています。皆さんもお住まいの地域や気になるエリアがどれくらいウォーカブルなのか、ぜひ一度見てみてくださいね!

*DX:Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション

Walkability Index

 『Walkability Index』は、ある地点から徒歩圏で到達できる範囲に「都市のアメニティ」がどれだけ集積しているかを100点満点で評価する指標です。

参考資料

1)国土交通省 ウォーカブルポータルサイト https://www.mlit.go.jp/toshi/walkable/(2023.12.4確認)
2)Horak J, Kukuliac P, Maresova P, Orlikova L, Kolodziej O. Spatial Pattern of the Walkability Index, Walk Score and Walk Score Modification for Elderly. ISPRS International Journal of Geo-Information. 2022; 11(5):279. https://doi.org/10.3390/ijgi11050279
3)Walk Scoreウェブサイト  https://www.walkscore.com/
4)Hino, Kimihiro & Baba, Hiroki & Kim, Hongjik & Shimizu, Chihiro. (2022). Validation of a Japanese walkability index using large-scale step count data of Yokohama citizens. Cities. 123. 103614. 10.1016/j.cities.2022.103614.
5)Jeff Speck, ウォーカブルシティ入門: 10のステップでつくる歩きたくなるまちなか, 学芸出版社, 2022
6)Sarkar C, Webster C, Gallacher J. Neighbourhood walkability and incidence of hypertension: Findings from the study of 429,334 UK Biobank participants. Int J Hyg Environ Health. 2018 Apr;221(3):458-468. doi: 10.1016/j.ijheh.2018.01.009. Epub 2018 Feb 3. PMID: 29398408.
7)McCormack GR, Blackstaffe A, Nettel-Aguirre A, Csizmadi I, Sandalack B, Uribe FA, Rayes A, Friedenreich C, Potestio ML. The Independent Associations between Walk Score® and Neighborhood Socioeconomic Status, Waist Circumference, Waist-To-Hip Ratio and Body Mass Index Among Urban Adults. Int J Environ Res Public Health. 2018 Jun 11;15(6):1226. doi: 10.3390/ijerph15061226. PMID: 29891778; PMCID: PMC6025475.
8)国土交通省 健康・医療・福祉のまちづくりの推進
9)PLATEAU VIEW https://www.mlit.go.jp/plateau/plateau-view-app/(2023.12.4確認)