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1.持続可能社会が論じられる背景

2. 持続可能社会の2つの方向(先端技術型モデル/自然共生型モデル)

3.先端技術型の限界と自然共生型への転換

4.自然共生型モデルの必要条件

5. その実現シナリオ

6.実現のための課題

7.新たな社会への変革(技術/産業、社会/経済、価値観/倫理観)



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桂三枝さんはこの間襲名して偉くなったのですが、三枝さんとトークショーをやった。「先生、おもろいでんな」と言われて、だんだん調子が出てきました。三枝さんから「吉本に来ませんか」と言ってもらった。「いや、私は『学会の三枝』と言われとるんですわ」と言ったら、「いや、よう似てまんな」と。「来ませんか」と言うから、「三枝さんぐらいの才能があったら、私も行って出世したいけど、そんな才能はどんだけないと。しゃーないから京大で教授やってますわ」という話をして受けたのです。
まだ余談があって、私はそのときの打ち合わせで食事をしながらいろいろしゃべっていた。古典落語の「芝浜」を知っている方はおられるかな。あれは、財布を拾った飲んだくれが奥さんに隠されて、「あれは夢やったよ」という話ですよね。何年かたって、真面目に働いて、やっとちゃんと生活ができるようになったときに奥さんが「実は、本当にあれはあんたが拾ってきたんや。そやけど、あのとき渡したら、また飲んでしまうだけやから隠して、やっと今真面目になったからこれを言うてあげる。今日はこのおカネで1杯つけてあげるわ」って言ったら、「いや、やめておこう。また夢になるといけない」というのがオチです。
長い話になったけれども、何がオチかというと、この話のオチは、「これは古典落語で最近余り聞かない話だから、ひょっとしたらご存じないかもしれませんね」と言ったのです。相手が「先生、私は落語家でんねん」。「ああ、そうでしたな」。私もしゃべっていて忘れてしまって、「ご存じないかもしれません」なんて言った。
(図34)
 時代とともに環境保護の技術や自然再生の技術もどんどん変わってきたけれども、企業活動に求められるエコはどう変わってきたかを最近のいろいろな本を集めて整理してみました。私の労作でございます。
昔は事業活動からの環境負荷をできるだけ削減する。紙ごみ、電気をできるだけ抑えよう。ISOというのも中心的でした。次は自社の製品、サービス。自社の営業活動そのものによって社会にエコで貢献するという段階に来た。現在は業態を超えて、社会とともに新たなエコ社会を構築することに貢献していこう。概念としてはあるけれども、これはまだなかなか来ていません。
自動車産業は基本的にはエコではない。何ぼ電気自動車、ハイブリッドといったって、これはもうエコではあり得ない。前よりは少しいいというだけのことであります。それで車をたくさん売ったりしたら、これはもう全然エコになっていないということが、最近出されたアメリカの本でも、データつきで証明されています。物すごく頑張ってエコと言っている。1商品当たり40%もエネルギー消費を減らした。よくやった。売り上げが75%伸びた。これは結果としてエコになっているのかということです。しかし、産業活動としては、売り上げを伸ばすことは当たり前のことですね。75%伸びたら、優良企業で褒められても、けなされるわけがない。しかし一方で、頑張って45%省エネした。これも立派なことで、拍手喝采ですよね。普通なら最優良企業です。
それでは地球に優しくなったかというと、残念ながら負荷はふえているわけです。これをどう評価するのかということが、今真剣に議論になりかけています。しかし、それはアメリカで一番優良と称する企業の例でさえそうだから、要するに産業活動というのは本質的にそういうものだということです。
自動車産業もそのとおりで、産業をやる限りそれはしようがない。発展しない産業界は考えにくいですよね。それが自動車産業から総合輸送サービス事業にかわれないか考えています。ビル管理会社はスマートシステムや低炭素のオフィス提供というような事業に現実に最近かわってこられていますよね。地域の新エネルギーをうまく利用する。そういうことをして、エコ社会構築に貢献する。これはこちらの業態に非常に近い話ですけが、そういうことが起こっているということです。それぞれの事業によって、どういうことをやったら新たな社会構築に貢献するのか。自動車産業のままでは、必ずしも貢献しないので、違う産業形態に、しかし持ち味を生かしてどう変わるかということが今いろいろ考えられているようであります。
将来はどうかというと、結局社会をどういうシナリオで考えるか。シナリオAは、   レスター・ブラウンあたりが言いました。シナリオAの社会が今までの技術を発展させることによって、地球に優しい、しかし経済も発展する。シナリオBというのは、社会の変革も伴うような産業をやるのだということ。ご関心があれば、シナリオA、シナリオBというのも耳に残しておいていただきたい。
私なんかは社会変革で、シナリオA、Bも超えた自然共生というような新しい社会へどう転換するか。これも東京で言う話ではなくて、地方はこうしないとしようがないということを考えています。
(図35)
ここから後は、地方で具体にやっていることのご紹介です。
地方で将来の社会がどうあってほしいかをいろいろ調査しているわけです。そ心の豊かさ、物の豊かさ、環境、この3つのトリプルボトムラインをどう考えているか。これを聞いてみますと、人と人のつながり、人と自然のつながりが今までよりもずっと大事だというのが、地方の大まかな意見です。それは何に関係するかというと、生活時間の割り振りにかかわってくるのです、遠くへ働きに出て工場勤めするよりも近くで、または自前で農家をしながらということにだんだんなっていくわけです。
本当に心の豊かさは、皆さんそれがいいとおっしゃるけれども、経済、環境が本当によくなるのかということを計算してみると、環境は良いですが、経済はどうなるか。
(図36)
 地域の自給経済で見れば、豊かになります。ただし、外から稼ぐカネはうんと減ります。外へ出ていくカネもうんと減るということです。そうすると、中で回るカネが、結果として実は増えているのです。これは単純な計算のシミュレーションですから、本当にそうかどうかはやってみないとわかりませんが、計算上はこういうことは十分あり得ます。先程から申し上げているように、田舎からどれだけのカネが都会へ抜かれているかを計算したら、すぐわかります。
ある地域経済学者の計算によると、1次産業主体、つまり、農林漁を主体にしている田舎の経済ですら、1次産業の生産額、儲けのかなりは東京に落ちているのです。シコシコ大根をつくり、材木を切り、魚をとって、わずかに稼いだカネの半分以上は東京に来ている。東京に住んでいらっしゃる皆さんに文句を言っているわけではないのですが、事実としてはそういうことです。
地方としては、それをどう取り戻すかを、真剣に考え始めている。6次産業という「キーワード」もあります。自分たちで販売するところまで全部やらないといけない。東京の業者に任せて販売したりすると3次産業にほとんど抜かれるわけです。ですから、6次産業を自分たちでやる。東京にアンテナショップをつくって、地方の若者が売りに来ることをあちこちで今やっていますが、そういう動きが増えると思います。
(図37)
そんなことが、今、地方ではいろいろ起こり始めています。結局、20世紀のパラダイムシフトは、資源と環境は無限と考えた世界観のもとにあって、絶えざる成長こそが正しいのだという歴史観で進んでいました。したがって、市場原理で競争して、成長するものが勝って、しないものは市場から落ちていくのは当然であるというのがアメリカ流の競争原理です。無限の資源と環境を前提とした大量生産・大量消費型の産業システムをつくり上げた。非常に短絡的にステレオタイプに整理すればこういうことであります。
一方、地球は閉ざされた有限の生命体であると仮に考えたとしたら、それはもう絶えざる成長ということは考えられない。自分が成長することは、誰かを犠牲にすることと裏腹ですから、絶えずお互いに持続していきましょうねと言わざるを得なくなる。そのときは、市場原理のみでは支えられない。一定の社会原理や生態原理と言われるような共存原理が必要です。市場経済プラス互酬経済というのですか、お互いに支え合う経済を考えないといけない。
この頃地域マネーというのがたくさん出てきています。多分、ソーラー発電が地域で起こったら、そのリターンは地域商品券などでやろうという動きがあちこちであるからです。ですから、それにふさわしい適正規模の循環やエネルギーシステムができ上がっていくだろう。単純に整理すればいずれはこういうことになるのかなということです。
(図38)
ここから後はいろいろなことを言っておりますけれども、お話しするには恥ずかし過ぎるので、ここで一旦お話は終わらせていただきます。
どうも勝手なことで、過激な話になりましたでしょう。特に東京の方々にとっては、余りにも受け入れにくいというか、ご批判の多い話だと思って、後の質問をお手やわらかに今からお願いしたい。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)
谷 先生のユーモアたっぷりのお話で、わかりやすく聞かせていただきました。ありがとうございました。

 


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