デジタル・テクノロジーと都市の変容

技術革新などにより、私たちを取り巻く環境は日々変化しています。
デジタルイノベーションにより未来都市は変わるのか、研究に基づく提言を発信していきます。

#01
メタバースのコンセプト

2022年8月25日

藤田 朗
主任研究員


2021年10月、Facebookが、社名をMeta Platformsに変更して以来、メタバースという言葉が注目されるようになりました。メタバースとは、メタ(超越)とユニバース(宇宙)から成る造語で、そのコンセプトは1999年に公開された映画「マトリックス」や、2009年に発行が始まった小説「ソードアート・オンライン」などで描かれてきました。現在では、インターネットの中の生活圏、没入性の高い仮想空間など様々な意味で使われています。
 

精神科医の 故 中井久夫 氏は、「私が意識する世界の周辺には、さまざまな兆し/萌し(きざし)があり、それは私の知らないそれぞれの世界(メタ世界)を開くかのようである」として、メタバースを先取りするかのように「メタ世界」という考えを1990年に示しています 1)。そこでは、インターネットとは異なる精神医学の文脈ですが、「微分的メタ世界」と「積分的メタ世界」の二つが示されています。

微分的メタ世界は、もう一つの世界へと扉を開く徴候(きっかけ)を感知する能力によるものとされています。例えば、犬と散歩をすると、犬がどう感じてまちを歩くのか気持ちに寄り添うことができます。昨日までに作っておいた縄張りの境界を再編したい、大好きなワン友に出会えるあの路地に行きたい、大声で吠える犬の住む庭の前は避けたい、などです。犬を連れる私は、人間としての日常生活を送っている時は意識することのない、都市の痕跡に目を向けることができます。そのような小さな部分から励起された全体について、意識を拡張することが微分的メタ世界と考えられます。

積分的メタ世界は、索引によって過去のデータを参照する能力によるものとされています。書店街の書棚を巡って歩くと、並んでいる本の背表紙が索引として機能し、内容が頭に浮かんでしまい、意識下とは別の一つの世界が開かれます。表紙の題名とか本の厚みとか装丁などのデータ群が問題を投げかけ、こちらを触発し、意識を拡張することが積分的メタ世界です。

これらは、一言で無意識と語られるものを詳細に見た分析例です。仮想空間における都市設計において、このような日常の意識の外側にある世界を再現することにより、メタバースが提供するユーザー体験が、より新たなものになると考えます。リアルとデジタルが融合する世界については、税制、法律、独自の経済圏、技術ファクターなど、様々な進化が求められています。その進化に向けた世界観の一つとして、無意識や集合的記憶(ひいては時代の無意識)を取り入れることで、未来都市のコンセプトが深まるものと思われます。


1)『世界における索引と徴候 中井久夫集3 1987-1991』.みすず書房.2017