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インクルーシブなまちづくりで実現する健幸社会

少子高齢化が急速に進み、社会保障費が増大し続ける日本。高齢者は健康を維持し、子育て世代は安心して子どもを産み育てられる。そんな社会の仕組みづくりが急務となっています。日建グループは、まちづくりを通して、誰もが自分らしく健康で幸せに生きられるインクルーシブ(包摂的)な社会の実現に貢献したいと思っています。そこで、健康政策の第一人者である筑波大学大学院 人間総合科学学術院の久野 譜也 教授に、日建設計総合研究所主席研究員の安藤 章がお話を伺いました。

健康無関心層にどうアプローチするか

安藤: 久野先生は大学での研究にとどまらず、実に多彩な社会活動を展開されています。まずはその系譜をお聞かせいただけますか。


久野: 私はもともとスポーツ医・科学が専門で、運動生理の研究をしていました。30年ほど前に、研究成果を社会に還元したいと思い、実験室から地域というフィールドに出ました。さまざまなデータから、日本で高齢化が今後間違いなく大変な問題になることがわかっていました。それで、当時すでに高齢化が進んでいた茨城県大洋村(現・鉾田市)との共同プロジェクトを皮切りに、各地の自治体と組んで、運動指導などによる高齢者の健康づくりを始めました。
筑波大学大学院 人間総合科学学術院 久野 譜也 教授
筑波大学大学院 人間総合科学学術院 久野 譜也 教授
安藤: 医療の前に病気予防が大切であり、予防には運動が有効だというお考えからですね。

久野: はい。プロジェクトを進める中でわかってきたのは、自治体が主催する健康セミナーや運動プログラムに積極的に参加するのは、住民の3割ほどしかいないということです。つまり、残り7割の健康無関心層は、そうした健康情報にアクセスしないのでリテラシーが上がらない。ゆえに不健康な生活を続け、病気や要介護状態になるリスクが高いままなのです。

安藤: 無関心層は、我々、都市政策の領域でも重要な概念として話題になります。例えば、私が専門とするモビリティ(都市交通政策)でも、モビリティ起因の地球温暖化問題や交通問題等に対応するため、正しく自動車を使ってもらうように市民に協力を求めることが必要です。どのような情報発信や協力の呼びかけをすれば、市民の心に届くか、2000年頃から様々なアプローチが研究されていますが、無関心層の行動変容は極めて難しいというのが、現状かと思います。この点について、久野先生は、どのようにお考えですか?

久野: 情報を届ける工夫をして行動変容を促すほかに、無関心のまま健康になってもらう戦略があります。これにはまちづくりの知見が必要です。一例として、自動車分担率が極めて低い東京は、他の都市に比べて糖尿病の発症者数が少ないというデータがあります。東京の人の健康意識が特別高いからではありません。公共交通機関が発達していることや駐車場代が高いことから、おのずと車を持たず、よく歩くことになり、結果的に健康になっているのではないかと思われます。

“自然と歩かされてしまう”まちづくりを

安藤: 久野先生が取り組んでいるスマートウエルネスシティ(SWC)は、このようなまちづくりと健康政策を関連付ける取り組みだと思いますが、この点についてもう少し詳しくお聞かせ頂けますか?
安藤 章 主席研究員
安藤 章 主席研究員
久野: そうですね。住宅地が郊外へ無秩序に広がり、中心市街地が寂れている地方都市は、まち自体が不健康に見えます。これからは人だけでなく、まちも健康にするという発想が必要です。私は目指すべき健康都市を「スマートウエルネスシティ(SWC)」と名付けて、多くの自治体と一緒に、“住んでいるだけで楽しく歩いてしまう、自然と健康になれる”まちづくりを進めてきました。といっても私は都市工学の素人です。安藤さんのような専門家の方々とのネットワークがあったから、ここまで来れたのかなと思っています。
 
安藤: 都市政策の分野では、“まちが健康”であるためには、公共交通を中心としたまちづくりが重要だとの考えが一般的です。そのため、人々には過度にマイカーに頼らないライフスタイルに変えてもらう必要があります。このような情報提供により、市民の行動変容を促す都市交通施策をモビリティマネジメントといいますが、効果の高い訴求点として「健康」があることがわかっています。すなわち、「あなたの健康維持のために、マイカーでなく、公共交通を利用しましょう」という感じに、エビデンスを示しながら、公共交通の利用を働き掛けるのです。
ウォーカブルの先進都市、ポートランド
ウォーカブルの先進都市、ポートランド
久野: そうですね。でも、マイカーは便利ですから、自発的に利用をやめるのはなかなか難しいですよね。そこで参考になるのが海外の先進事例です。たとえばドイツのフライブルクという地方都市では、1970年代から中心市街に車を進入させず、LRT(次世代型路面電車)を整備する交通政策を行って成功しています。アメリカのポートランドも、車社会の国の都市とは思えないほど公共交通機関が充実していて、“全米で最も住みたいまち”ランキングの常連として有名です。
安藤: EUは、日米に比べ、中心街からマイカーを締め出し、公共交通を優先する取り組みを逸早く進めていました。一方で、これには市民や商業主の理解と協力が必要不可欠となりますが、この点についてフランスのストラスブールの戦略は興味深いものでした。交通問題としてでなく、都市空間の有効活用という点に訴求し、関係者の合意形成を図ったのです。100人の人を運ぶにしても、マイカーより公共交通の方が都市空間の省スペース化が図れるという点をアピールしたのです。魅力的な都市空間を創造するには、マイカーでなくLRTの方が有効だ、ということですね。これによって、ストラスブールは、歩行者で賑わう中心市街地の再生に成功しました。

久野: 健康無関心層の自発性を促す前に、まちづくりにおいて、“歩かされてしまうまち”にすることが重要ということですよね。

安藤: 私も日本でウォーカブルなまちづくりをいろいろ手がけてきましたが、地元説明会等を開くと、商業主をはじめ、必ず反対する住民の方々がいます。車を抑制すれば来街者が減ると心配してのことですが、最近のビッグデータ解析から、ウォーカブルなまちにすると、来街者数も滞在時間も増え、さらに商業の売り上げ額が増えるといった研究報告もなされています。

久野: 自治体はそうしたビッグデータを活用しながら、なぜウォーカブルなまちにすべきなのかを住民に理解してもらう努力が必要です。ある自治体では、1年半ほど話し合いの場で丁寧な説明を続けたところ、反対派の急先鋒だった方が推進派のリーダーに変わったという例があります。

地域社会の“寛容性”と当事者の”自律性”を高める

安藤: 住民とのリレーションシップ作りはとても大切ですね。日建グループが関与する市街地再開発事業でも、10年ほどかけて合意形成を図るケースがよくあります。

久野: まちづくりに一定の年月は必要ですが、10年は相当長いですよね。もっとスピードアップできれば、住民は変化のメリットを早く享受できるし、民間事業者もビジネスメリットを早く受けられます。ちなみに、私が関わる内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」第3期(2023年度〜)は、課題解決に向けて研究開発から社会実装までを5年で成し遂げようとする国家プロジェクトです。

安藤: SIP第3期が掲げる14課題のうち、「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」のプログラムディレクターをされていますね。先生がSIPで目指す社会像について教えていただけますか。

久野: ひとことで言えば、インクルーシブな社会。つまり一人ひとりの多様な幸せを実現する社会です。私たちはこれを「包摂的コミュニティ」と呼んでいます。地域社会の“寛容性”と、社会的弱者を含めた当事者の”自律性”を同時に高めたいと、人々の価値観や行動を変える“社会技術”の開発を進めています。

安藤: 特に力を注いでいるのは、子育て支援でしょうか。

久野: 核家族化や地域の人間関係の希薄化によって、子育て世代の孤立が問題視されています。そこで子育てへの理解促進と、地域で子育てを支えていく仕組み作りに取り組んでいます。また妊産婦や子育てママの健康ケア、心のケアも行っています。出産や子育てには体力が必要です。あまり運動をしない方は体力がないので、疲れやすい・眠れない・イライラするといった不定愁訴が多いんです。

安藤: なるほど。私たちもインクルーシブデザインを手がけていますが、建築設計会社なので、車椅子が移動しやすい勾配は?など、どうしてもハード面から物事を考えがちです。当事者のために何ができるかというお話を伺って、多様な人々に寄り添うには、箱をつくるというより居場所をつくるという意識を大切にしなければと改めて思いました。

共創でイノベーションを起こし、社会課題を解決したい

久野: 私はベンチャー企業(つくばウエルネスリサーチ)の代表でもあるのですが、オフィスがある千葉県柏の葉キャンパスには、子育てファミリーが驚くほどたくさんいます。子育て環境が整備されたこのまちを見て思うのは、まちづくりが少子化対策の打ち手になりうるということです。もちろん健康政策とまちづくりも切り離せません。だから日建グループのようなまちづくり企業のご協力には大いに期待しています。

安藤: まちづくりは公平性と公共性が大切なので、大学の先生に入っていただくケースが多いです。行政と地域住民と大学の先生。3者をコーディネートするのが、日建グループの重要な役割だと思っています。大学の先生は高い理念をお持ちです。先生が描く理想の社会像を、どうわかりやすく“翻訳”して行政や地域住民に伝えるかということをいつもやっています。私たちはそうして培ったコーディネート力を駆使して、今後は建築設計会社の枠を超え、多様な主体と連携しながら社会課題の解決に貢献する“共創プラットフォーム”になっていきたいと考えています。

久野: いいですね。御社の共創チャレンジから、どんな新しいものが生まれるのか楽しみです。

安藤: 前例として、私がモビリティ研究拠点の副プロジェクトリーダーをしている名古屋大学と日建グループは、2022年に「モビリティとまちのミライ研究会、通称、モビまち研」を立ち上げました。自動運転やMaaS(Mobility as a Service)を活用して、人が中心のまちづくりを実現しようという、大学と企業のコンソーシアムです。他企業の参加を募ったところ、約40社が集まりました。2回開催したシンポジウムの参加者は約800人です。

久野: すごいですね。

安藤: 先進モビリティへの関心が高まっているのだと思います。あと個別の企業が国に規制緩和を提言してもなかなか聞いてもらえませんが、複数企業が集まれば、変化を起こせるかもしれません。大学が入っていることで、中立性をアピールすることもできます。

久野: 筑波大学は2024年3月に、「スポーツ・ウエルネス都市創生コンソーシアム」を設立しました。スポーツ・ウエルネス・まちづくり業界をリードする14の企業・団体に参画いただいています。これは産学協働でイノベーション人材を育成するための共創プラットフォームです。

「スポーツ・ウエルネス都市創生コンソーシアム」記者発表 左から4人目 久野教授、右から2人目 安藤主席研究員
「スポーツ・ウエルネス都市創生コンソーシアム」記者発表 左から4人目 久野教授、右から2人目 安藤主席研究員
安藤: 日建設計総合研究所も参画させていただいています。アカデミアと企業が一緒になって社会人教育をするというのは画期的な試みですね。

久野: スポーツ・ウエルネス・まちづくりは、少子高齢化などの社会課題を解決する手段として、今後ますます重要になる領域です。課題解決力があるイノベーティブな人材の不足が、日本経済を停滞させている原因の1つだと私は考えています。人材育成によって社会にイノベーションが起こることを期待しています。さらに、参画いただいた企業が連携することで、新たなビジネスプロジェクトが立ち上がればいいなと思っています。人材とビジネスの創造。これがコンソーシアムの目指すところです。

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