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1.メディアの会社で考えたこと

2. メディアは魔法の絨毯のようだ

3.メディアはプロジェクトを動かすドライバーにもなる

4.ささやかでもメディアと現実をつなぐ場の発見

5. メディアに流通/不動産をくっつけたことによるダイナミズム

6.リノベーションの一般化・社会化

7.公共住宅をいかに自由にするか

8.TOOL BOX 住み手に委ねるための空間とシステム

9.エリアコンバージョン 点から面へ/都市計画の方法論

10.イベント(非日常)が次第に日常に還元されていく

11.「新しい郊外」の発見

12.3.11で考えはじめたこと



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(図107)
気持ちのいい家で、家族が仲よくなる。お風呂は外を向いていて、露天風呂みたいなお風呂でも、誰も見てない。
(図108)
また、本がプロジェクトを動かすドライバーなので、「『新しい郊外』の家」という本を書きます。僕がどうやってこの場所を選んだか。その人生のてんまつも含めて生々しく、見積書を全部載っけたり、2拠点居住ってあり得るのではないですかという問題提起をするようになります。
(図109)
こういうビジュアルイメージを書いた。今、うちの周りには20軒ぐらいの家が建って、ちょっとしたビレッジです。お客さんは全部バラバラですが、うちの事務所が町ごとデザインしました。ちょっとしたエリアになっています。もちろん住んでいらっしゃる人もいれば、東京に通っていらっしゃる人もいれば、別荘のように使っていらっしゃる人もいる。新しい郊外の生活のイメージをここで表現していくわけです。
(図110)
敷地境界があるんですが、敷地境界をあえて出さないというのを緩やかな約束事にしています。ちょっとぐらいはみ出してもいいではないか。コーポラティブ一軒家みたいな感覚です。そういうのがあり得るのかという実験であって、うまくいったりいってなかったり、いろいろしますが、とにかくそういう実験を始めてみる。
(図111)
夏は本当に気持ちいいです。こんなところでバーベキューをしたりしています。
(図112)
ただし、これで盛り上がっていたときに3.11が起こってしまって、すぐ近くまで津波が来た。肝を冷やしたということがありました。今はちょっとおとなしくなっていますが。

 

3.11で考えはじめたこと

(図113)
3.11で考えたことを最後に述べておきたいと思います。僕は今、東北芸術工科大学という山形にある大学の先生をひょんなことですることになって、東北に通っていました。その中で3.11が起きて、生徒たちもたくさん被災して、両親を亡くしたゼミの生徒がいたり、結構リアルに3.11を考えざるを得ないような状況になりました。そのときにいろいろ考えたことが出てきた。何かを考えなければいけないんだという思いに駆られているところです。
(図114)
そのときに、ほかの先生たちと考えたのが「新しいふるさと」。東北の大学なので、高台移転であるとか、被災地の復興の相談がやはり持ち込まれます。僕らは何を見ながら、どんな世界を見ながらそれをやらなければいけないかということを否応なく考えさせられます。
(図115)
そのときに描いたタブロー(絵)です。まず、イメージのきっかけを持とうよと言って一緒に先生たちと描いた絵がこれです。「新しいふるさと」と呼んでいる高台移転の絵です。そんなに人口も増えない中で僕らはどういう絵を描くか。ピカピカの新築の住宅ではなくて、風景自体はすごく懐かしくて穏やかで、ふるさとと呼べるものがいいのではないか。でも、そこに建つ家は、エネルギーのこともあるし、高性能でハイテクノロジーに支えられた穏やかな風景、そういうものをつくらなければいけないのではないかという絵です。

 

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